『歴史の見方 西洋史リバイバル』玉木俊明を読書。
歴史家に必要な姿勢を解説。歴史家には理論と歴史叙述が必要と解説。
2部構成。1部は歴史家・歴史書を批評。2部は著者の歴史での関心事を解説。
お勧め度:☆☆(専門的)
キーワード:歴史家、西洋史、中世、近世、貿易、工業化、産業革命
○大塚久雄『近代欧州経済史序説』
・大塚は戦後史学の生みの親。英国の工業化は農村での毛織物工業に始まると記す。実際はプランテーションによる砂糖と綿織物で世界市場を制覇した。戦後は留学は困難で史料の入手も困難な時代だった。
○越智武臣『近代英国の起源』
・越智には英国留学経験があり、英語が流暢。政治、経済、文化の3部構成。1部-テューダー朝で国制を転換し、クロムウェルで完成と記す。2部-ロンドンと蘭アントウェルペンの経済関係や農業問題を記す。3部-紳士道倫理と人文主義を記す。
○川北稔『工業化の歴史的前提』
・1部(経済成長)-マルサスの罠(人口増が経済成長を抑制)を実証。2部(商業革命)-工業製品の多様化と砂糖などの大西洋貿易を記す。3部(生活史)-ジェントルマンと欲望の解放を記す。「帝国とジェントルマン」の図式を実証。
・川北の修士論文は英国本国での研究水準を超えていた。川北は英国留学時、西インド諸島出身者に接し従属理論を深化。
○E.H.カー『歴史とは何か』
・本書は「史学概論」での標準テキスト。「史学概論」の教授は、歴史の理論と実証を熟知しておく必要がある。
・カーは「歴史は特殊な事を一般化する事で科学と同様」「事件には複数の合理的な原因と複数の偶発的な原因がある」「歴史は終わりのない進歩で、成功の記録」と記す。
・カーは「歴史は現在と過去の対話」と記すが、歴史家は過去の事実と研究史から主観的に歴史叙述する。
○堀米庸三『中世国家の構造』他
・堀米は国制史が専門だが、文化史で飛躍。『中世国家の構造』-国家は税を徴収する機関。『西洋中世世界の崩壊』-中世末期の欧州全体を記す。『正統と異端』-カトリックは客観主義立場を正統とし、主観主義立場を異端とした。
・『中世の光と影』-中世はカール大帝戴冠から始まるとし、ビザンツ帝国と共に記す。法王・皇帝は封建国家の台頭で衰退。政治史・国制史・文化史の広い分野を記す。『西洋精神の探求』-12C法王と皇帝が欧州を革新とするが、実際は植民地などの外部との接触で欧州は誕生。
○カービー他『ヨーロッパの北の海』
・北の海(北海、バルト海)は資本主義の揺籃の地で、ロンドン、アムステルダムは北海に面する。北の海の自然環境、航海と船舶、国家の役割、貿易、船乗り、環境などを記す。秀逸な海事史で、人と海の関係が逆転した事が分かる。
○ノース、トマス『西欧世界の勃興』
・ノースはヨーロッパ中心史観で「欧州は新世界と石炭で経済発展」と主張。ノーベル経済賞を受賞。本書は最も読まれた経済史の一つ。経済成長には「所有権の確保」が重要と記す(制度学派)。
・中世(封建社会)-国民国家、市場経済でマルサスの罠から脱出。近世-仏国、スペインは巨額の戦費と所有権の不整備で停滞。蘭国は国際貿易で経済発展。英国は慣習法、航海法で台頭し、農業・工業での所有権が確保され特許法、農奴制廃止、議会制民主主義などが整備された。
・著者は本書を外生要因の不足、歴史の単純化、「所有権の確保」への一元化で批判。レインは経済成長には国家が深く介入する事が重要とした(新制度学派)。経済成長には市場の保護が重要で「所有権の確保」より「情報の非対称性」が有効。
○ウォーラーステイン『近代世界システム』
・近代は工業国が第1次産品輸出国を収奪する国際分業体制(支配=従属関係)と記す。17C経済は世界規模に拡大され、中国など巨大化した世界帝国は停滞するが、主権国家間で競争する欧州は発展と記す(ヨーロッパ世界経済)。
・本書は4巻構成。1巻-「ヨーロッパ世界経済」を主張するが実証的でない。2巻-蘭国から英国へのヘゲモニー国家の移行を解説するが実証的でない。3巻-英国の繁栄を記す。4巻-社会主義の台頭、人種問題、科学の発展を記す。
・ヨーロッパ中心史観の「近代世界システム」とは別に、アジアの停滞に欧州の影響は少ないとする「グローバル・ヒストリー」が存在する。
・19C英国の自由主義による貿易と移民でグローバル化が進展。今は「未開拓の土地」はなく、資本主義は短期的な利益を追求している。
○プロト工業化
・16C欧州は人口増から慢性的な食糧難に。西欧は東欧からバルト海を経て食糧を輸入、北欧から海運資材(鉄、亜麻、麻、リネン)を輸入。逆に植民地物産(砂糖など)を輸出した。
・産業革命前、農村にて繊維工業が発展(プロト工業化)。「プロト工業化」は農村における毛織物工業が中心で、都市における綿織物工業(産業革命)と直接的関連はない。しかし「プロト工業化」によって欧州は経済発展し、対外進出が可能になった。
○日本語で書く
・欧州では博士論文は母国語で書いたが、近年は英語で書く事が多い。明治当初、高等教育は英語で授業。日本の西洋史研究者は日本人のために日本語で論文を書く。この時、他国語の研究史を熟読し、論文で紹介する必要がある。そこにも日本語で書く意味がある。
○史料
・歴史家は史料は問いかけ主観的に判断し論文を書き、読者に共感される事で価値される。
・深沢克己はマルセイユの更紗から、染色技術がインド→レヴァント→欧州と伝播した事を実証。
・川北稔は年季奉公人のデータから米国移民は農民ではなく年季奉公人(貧民)と実証。
・歴史家は、ある時代の全体像を描きたいが、史料からは事実の一部しか得られない。そのため、どうしても主観が入る。
・歴史家は史料から得たシェーマ(図式)を、分かり易く、美しく歴史叙述する必要がある。
○異文化間交易
・中世の地中海貿易はイスラムの独占ではなく、カトリック、ビザンツも交易。欧州ではイタリア都市国家(フィレンツェ、ヴェネツィア)が最も繁栄。
・ポルトガルは衰退したが、ポルトガル商人の活動は続いた。アジアでの交易にはポルトガル語が使用された。
・18C商業取引規則(商業書簡、推薦書、自己紹介文書)が統一される。これは印刷機の発明でマニュアルが作成・配布されたため。
・19C後半になると蒸気船が導入され、英国は世界の交易ルートに電信ケーブルを敷設。
○重商主義
・ポルトガルは衰退するが、ポルトガル商人の活動は続いた。16C蘭国は「ヨーロッパ世界経済」のヘゲモニー国家になる。重商主義時代は国家と商人が協力した時代。欧州は大西洋貿易で経済力を付け、アジアに進出した。
・18C英国は金融財政、海運業、産業革命(二つはクロムウェルが起源)でヘゲモニー国家になる。英国の貿易の大半は帝国内部の貿易。
○歴史家
・「勤勉革命論」(日本は農民が労働時間を増やし経済成長した)が存在したが、この理論は家庭内労働を考慮していない。
・歴史家は史料を読み、歴史叙述するのが仕事。個別事例を理論・モデルで一般化し歴史叙述する。
・堀米庸三は構造史家から文化史家に成長。これは国制史の根底があったため。川北稔は「帝国とジェントルマン」のシェーマ(図式)を作成。これは計量経済史の根底があったため。