『世界を知る力』寺島実郎を読書。
「世界を知る」事の重要性を解説。それには知識を付けるだけでなく、屈辱や感情が必要としている。日本は豊かになり、それが出来なくなったのかも。
戦後の米国従属を歴史的視点で批判。
日本は世界を見れないと批判する本を、何故か最近数冊続けて読んだ。
お勧め度:☆☆☆(特に若い方に)
キーワード:極東ロシア/蝦夷、孫子/論語、空海、ネットワーク、大中華圏、ユニオンジャックの矢、ユダヤ、IT革命、グリーン・ニューディール、漂流、米中関係、ヘンリー・ルース、グローバル化、通信社/シンクタンク、相関、怒り/問題意識、マージナルマン
○はじめに
・近年世界は身近になってきたが、断片的かつ固定的な鋳型でしか世界を認識していない。戦後の米国による占領政策によって、米国と云うフィルターを通してしか世界を見れなくなった。米国依存を止め新しい観点で世界を見るには、世界に張りめぐられたネットワークを理解する必要がある。
○ロシア
・ロシアのサンクトペテルブルク大学には1705年(ペリー来航の150年前)から続く日本語学科が存在する。カムチャッカに漂着した大阪商人・伝兵衛がピヨートル大帝の命令で開いた日本語学校が始まり。
・1792年女帝エカテリーナ2世の命令でラックスマンが国交を求め根室・函館に来航、これには漂流民・大黒屋光太夫が同船していた。1804年アレクサンドル1世の命令でレザノフが国交を求め世界一周し長崎に来航、これには漂流民・津太夫らが同船していた。
・極東ロシアと蝦夷(北海道)の歴史は同時並行で進行した。1807年蝦夷を幕府直轄地に、59年箱館開港、60年ウラジオストックの建設が始まる。
・極東ロシアの人口600万人の半分はウクライナにルーツ。それはウクライナ人がロシア革命に反対しシベリアに送られたため。「白系ロシア」と云う言葉があるが、これは色が白いからではなく、王党を意味する(共産党は赤)。
○ユーラシア
・約400年前、武田信玄は「風林火山」を旗印にした。「風林火山」は紀元前400年頃(武田信玄からすると2千年前)に書かれた『孫子』にある言葉。現代人の道標とされる『論語』は2500年前に書かれた書物。このように日本人には中国の思想が連綿と受け継がれている。
・奈良時代の天平文化は日本文化と大陸文化の融合。七福神は三国伝来(日本→恵比寿、インド→大黒天、毘沙門天、弁財天、中国→布袋、福禄寿、寿老人)。
・国際感覚に秀でた人物に空海がいる。空海は真言密教に留まらず、土木工学、薬学、冶金なども持ち帰る。空海に「全体知」を見る事ができる。
○戦後
・第2次世界大戦の敗戦は米国に敗れたのではなく、米国と中国の連携に敗れたのが正しい。
・今日「表日本」「裏日本」と云う言葉が存在するが、かつては存在しなかった。米国を通してしか世界を見れない様では「世界を知る力」を涵養できない。
○大中華圏
・海外でチャイナ(チャイニーズ)と云えば中国だけでなく、香港、台湾、シンガポール(華僑)を含めた大中華圏を指す。
・中国と台湾の経済は緊密で、中国のエレクトロニクス産業の輸出額の半分は、中国に生産拠点を置いた台湾企業による。日本の貿易も大中華圏が3割を占める(対アジアは5割)。香港の一国二制度(2047年まで)もソフトランディングに成功。
・シンガポールは医療、IT、ゲノム・バイオの研究拠点になっている。かつては華僑と中国の繋がりは仕送り程度だったが、今日ではビジネスに拡大している。
○ユニオンジャックの矢
・一直線に並ぶロンドン=ドバイ=バンガロール(インド)=シンガポール=シドニーは英連邦の「ユニオンジャックの矢」と呼ばれる。ドバイは英国により「中東の金融センター」になった。ドバイでも英国と同様にクリケットやラグビーが盛ん。バンガロールはインドIT革命の起点。シンガポールは発展中のインド、オーストラリア、大中華圏、ASEANを結ぶ頭脳で「バーチャル国家」と呼ばれる。
・英連邦は①英語②文化遺産③法制度で共通性が高く、競争力が高い。
○ユダヤ
・ユダヤ人とはユダヤ教を信じる人を指す。ユダヤ人は「信頼に値する人」を意味する「MENSCH(メンチ)」をよく使う。モーゼ、キリスト、マルクス、フロイト、アインシュタインはいずれもユダヤ人。ユダヤ人は①国際主義②高付加価値主義の思想を持つ。
①国際主義-離散(ディアスポラ)の歴史を持つユダヤ人は国家への帰属意識が弱く、国境を越えた価値を重視。「万国の労働者よ団結せよ」と言ったのはマルクスであり、国際連盟・国際連合を創設したのもユダヤ人。
②高付加価値主義-「無から最大な価値を生み出す」考え方。米国には総人口の3%しかユダヤ人はいないが、名門大学アイビーリーグではユダヤ人が2割以上を占める。ユダヤ人は知識集約的職業(科学技術、金融、ジャーナリズム、映画、ファッション、医師、弁護士など)に就き、強力なロビー団体もあり、影響力は甚大。
○IT革命
・情報通信技術は、のろし、電信・電話、ラジオなど開発され続けた。90年代のIT革命は、冷戦終結によりインターネットが民生転用された事で始まった。
・IT革命で米国は復活すると思われたが、イラク戦争、サブプライムローン問題で後退。オバマ大統領に期待が掛かる。
○分散型ネットワーク社会
・オバマ大統領は「グリーン・ニューディール」政策で分散型の再生可能エネルギーの普及を目指す。
○自民党大敗
・90年代に「55年体制」が終わり、政治が「漂流」する。米国は「年次改革要望書」で改革(規制緩和)を迫る、日本は外圧により「漂流」する。日本は米国のイラク戦争、サブプライムローン問題で「ご本尊」を失い、民主党政権が誕生する。
○米中関係
・米国のアジア進出は列強の中で最も遅く、理想主義(門戸開放、機会均等)を唱えた。そのため米国と中国は「相思相愛」となった。
・日米中3国に関係が深い人物に、『タイムス』『フォーチュン』『ライフ』を創刊しメディア王と呼ばれたヘンリー・ルースがいる。ルースの反日・親中報道は顕著。
・中国が大陸と台湾に分かれ対立した事で、日本は独立し復興・成長する事ができた。
○グローバル化
・当初のグローバル化は米国流資本主義の波及だったが、近年になって本来の意味でのグローバル化(多極化)が進んでいる。その世界はユダヤ人、大中華圏、イスラムなどのネットワークが折り重なっている。その中で日本は日本人学校の生徒を減らし、帰国子女を減らし、国際化が後退。
○友愛
・日本は冷戦終結後も米軍駐留を許している、米国に基地縮小、地位協定改定を求めるべきである、また中国に対しても外交原則(環境、知的財産権などの国際ルールに従わせる)を持つべきである。この外交政策の転換は、多様性を認めるオバマ大統領の誕生で可能となった。また東アジアの国々は相互不信が解消されていないため、「東アジア共同体」構想を唱え続ける必要がある。
・日本が「世界を知る」には、通信社とシンクタンクが不可欠。世界にはロイター、AP通信、新華社などの通信社があり、その人員は日本の時事通信社、共同通信社とは一桁以上違う。また英国には国際戦略研究所、王立国際問題研究所、米国には外交問題評議会、ブルッキングス研究所、戦略国際問題研究所の大シンクタンクがある。
○世界を知る力
・「世界を知る」手段としては古本屋通いが最良。また断片的知識を相関させる事で「世界を知る」事ができる。「世界を知る」には「鳥の眼」と「虫の眼」が必要。
・日本と中国では歴史認識が異なり、「agree to disagree」が必要である。
・1970年代著者は日本人と云うだけで海外で孤独と屈辱を味わった。異文化に接する事で「日本人は何か」を再考する事ができる。
・著者は三井物産在籍時にイスラルに派遣される。イスラエルの情報機関の情報収集・分析能力やその強い意思に驚愕する。
・著者が尊敬する評論家加藤周一は「知的世界を深めるためには、知識だけでなく、不条理に対する怒りや問題意識が必要」と発言。
○おわりに
・著者は「マージナルマン(境界人)」を心掛ける。マージナルマンとは所属組織に埋没するだけでなく、もう一つの足を別の世界に置き、課題に取り組み役割を果たす生き方。著者は産官学にてそれを成せたと実感している。