『ケインズは資本主義を救えるか』平井俊顕(2012年)を読書。
リーマン・ショックによりケインズが見直され、資本主義は何かが問われている。著者はネオ・リベラリズムを強く批判。
本書は4部構成(理論、先進国の現状、資本主義、世界の現状)。Ⅰ部で手こずったが、中盤以降は何とか読めた。
お勧め度:☆☆(情報量が莫大)
キーワード:リーマン・ショック、サブプライム・ローン、証券化商品、ネオ・リベラリズム、ケインズ=ベヴァリッジ、フリードマン、新古典派総合、新しい古典派、ニュー・ケイジアン、シャドウ・バンキング・システム、バブル、一般理論、期待、ティー・パーティ、アメリカ復興・再投資法、量的緩和策、健康保険法、ドッド=フランク法、ユーロ危機、PIIGS、超緊縮財政、ゼロ金利、失われた20年、ショック療法、オルガルヒ、改革開放、金融自由化、グラム=リーチ=ブライリー法、商品先物現代化法、グローバリゼーション、BRICS
○理論-資本主義
・リーマン・ショックにより「ネオ・リベラリズム」は批判され、「ケインズ=ベヴァリッジ体制」(資本主義は放任できず、政府は雇用・社会保障に責務がある)が見直された。しかし今日、確たる社会哲学、経済理論・経済政策は存在しない。
・証券化商品(サブプライム・ローン)の破綻は直接の金融機関に限らず、それらの国との貿易に依存している中国、日本にも影響が及んだ。
・2009年オバマ大統領は「アメリカ復興・再投資法」で大規模な財政政策(ケインズ政策)を復活させた。
・「ネオ・リベラリズム」の魁はフリードマンを領袖とするマネタリスト。1980年代のサッチャー政権、レーガン政権で政治的支援を得る。「新しい古典派」もマネタリズムから生まれた。彼らは「自己責任」を掲げたが、公的資本による救済を要請した。
・金融自由化で証券化商品(CDOなど)に驀進し、不透明化・オフバランス化し、果てに破綻した。
・資本主義の特徴は市場化にあるが、自由放任主義(レッセ・フェール)が歓迎されたのは19C第3四半期のみ。
・資本主義の特徴は①二重システム(大企業、中小企業)②非人間的労働(非正規労働者)の出現③大企業と官僚の類似。
・「新古典派総合」(ミクロ経済-一般均衡理論、マクロ経済-ケインズ理論)は1970年代に崩壊。その後ケインズ理論を批判する「新しい古典派」(ルーカス-均衡ビジネス・サイクル理論、プレスコット-リアル・ビジネス・サイクル理論)と「ニュー・ケイジアン」が誕生。「ニュー・ケイジアン」は「新古典派総合」を継承し、価格硬直性から市場の価格均衡化作用に懐疑的。
・サブプライム・ローン危機により「ネオ・リベラリズム」「新しい古典派」から「ニュー・ケイジアン」に目が向けられた。
・世界状況は2009年財政政策が発動されるが、2011年ユーロ危機から超緊縮財政に転換。
○理論-社会哲学
・政治家・企業家・大衆は経済理論には関心を示さないが、社会哲学には関心を示す。
・社会主義が崩壊しグローバリゼーションが進展する。グローバリゼーションは金融グローバリゼーション(シャドウ・バンキング・システム(SBS)の巨大化)と市場グローバリゼーション(新興国の台頭)から成る。
・価値基準(正義/不正義、善/悪、公平/不公平など)は曖昧だが、不可欠な倫理的概念である。
・資本主義では実体経済とかけ離れた「バブル」が発生する。その暴走を止めるのは政府しかない。
・資本主義は腐敗・不正を生みやすい。会計での操作は容易である。また金融は不透明で、不正を働く余地が大きい。
・資本主義が効率性・自由を追求するため、平等・正義がないがしろにされ格差が拡大している。経済学の「正義」は市場における「交換的正義」であって結果の「分配的正義」ではない。
・資本主義を「適正な」資本主義に導く必要がある。①本来金融(債券、株式)は資金調達の手段であったが、証券化商品により投機となっている。②今の企業活動はビジネス・エシックス(倫理観)を失っている。③無制限の自由化・規制緩和が市場を不透明化した。労働組合は衰退し、非常に不安定な派遣労働者を生んだ。金融・貨幣資本の自由化によりSBSが肥大化した。④政府は格差解消に積極的に取り組む必要がある。
○理論-ケインズ
・今日では「新しい古典派」も「ニュー・ケイジアン」も無力さを露呈している。証券化商品崩壊によるメガバンクの呻吟、ローンで破綻した大衆は「ネオ・リベラリズム」「新しい古典派」「ニュー・ケイジアン」からケインズに目を向けるようになった。
・ケインズの『一般理論』は経済学に多大な影響を及ぼした。『一般理論』は対照性を持つ(安定/不安定、確実/不確実、単純性/複雑性)。市場は均衡に収束させるスタビライザー(安定/確実/単純性)を持つが、それは期待(貨幣量など)に大きく影響される(不安定/不確実/複雑性)。
・『一般理論』では雇用には公共投資より、利子率に依存する民間投資が重要とする。従って金融政策が最重要で、次に公共投資政策が来る。
・ケインズは数学に長けていたが、著述には数学的叙述は少ない。
・ケインズは市場の不安定性から政府の役割を重視していたが、消費と投資からなる総需要で雇用が決まる単純な理論に光が当てられた。
・戦後ケインズのマクロ経済理論「IS・LMモデル」とワルラスのミクロ経済理論「一般均衡理論」からなる折衷的な「新古典派総合」が主流となるが、1970年代に「新しい古典派」と「ニュー・ケイジアン」に二極化する。
・ケインズはパリ講和条約でドイツへの賠償請求に反対。1920年代以降、政府の重要な経済委員となる。1930年『貨幣論』1936年『一般理論』を刊行。1942年国際通貨体制で国際通貨バンコールを使用したケインズ案を提出するが米国案となる。社会保障政策では『ベヴァリッジ報告』に寄与。
○先進国の現状-米国
・1990年代ITブームにより経済発展するが、2001年エンロン事件2002年ワールドコム事件でITバブルとなる。経済悪化によりFRBは金融緩和、ブッシュ大統領は減税を行う。2005年以降主要銀行はサブプライム・ローンを買い上げ証券化商品を作り出した。
・2008年9月リーマン・ブラザーズが倒産。リーマン・ショックにより消費は落ち込み、企業はリストラを断行し、世界的経済危機になる。
・2009年オバマ大統領は経済政策を行う(詳細は次章)。2010年7月金融規制改革法「ドッド=フランク法」が成立、しかし2010年11月中間選挙での敗北で実効性を失う。一方巨大銀行は金融緩和によるドル・キャリーで新興国で巨額の利益を得ている。
・金融緩和や「アメリカ復興・再投資法」(2009年2月成立)で景気刺激策を取るが、実体経済(メイン・ストリート)は低迷し、失業率は高止まり。
・クリントン政権時代は財政黒字であったが、ブッシュ政権になりアフガン戦争、イラク戦争、ブッシュ減税で財政赤字に。小さな政府を掲げる「ティー・パーティ」により中間選挙で共和党が大勝し、オバマ大統領は2012年予算案で大幅に妥協(社会保障費の大幅削減、富裕層減税の維持)。デッド・シーリング問題でも妥協する。
○先進国の現状-米国・経済政策
・財政政策が重視され、公共投資(インフラ、エネルギー)・減税・地方救済からなる「アメリカ復興・再投資法(ARRA)」が2009年2月成立。しかしARRAの実施状況は思わしくなかった。
・2010年ギリシャ財政危機に端を発するユーロ危機で世界的に財政政策から超緊縮政策に転換する。金融政策と異なり、財政政策は批判される傾向にある。
・金融政策はグリーンスパン時代(1987~06年)はFF金利による利子率政策であった。バーナンキ時代(2006年~)はリーマン・ショック以降、非伝統的な「量的緩和策(QE)」を実施。2010年11月QE2を実施。
○先進国の現状-米国・健康保険改革
・米国には健康保険が適用されない国民が3千万人以上いる。オバマ大統領の2大改革は健康保険改革と金融規制改革。2010年2月建康保険サミットを開く、3月「健康保険法」成立。しかし共和党は裁判などにより法案の無効化を試みている。
○先進国の現状-米国・金融規制改革
・オバマ大統領はSBSに対し①証券化商品、金融デリヴァティブ、先物取引の透明性を高める②ヘッジ・ファンド、格付け会社、投資銀行を監視下に置くを目的に金融規制改革に取組む。
・2009年6月「金融規制改革案」を公表するが進行は緩慢であった。2009年12月金融規制改革法が下院で可決。2010年1月上院補欠選挙で民主党が議席を失い過半数を失う。2010年5月金融規制改革法(ドッド案)が上院で可決。2010年7月両案を統一した「ドッド=フランク法」にオバマ大統領が署名し成立。
・「ドッド=フランク法」は1933年成立「グラス=スティーガル法」を継承し、消費者金融保護局、ヴォルカー・ルール、リンカーン条項などを規定。しかし共和党は消費者金融保護局を局長承認や予算で無力化を試みている。
○先進国の現状-ユーロ危機
・1999年統一通貨ユーロは高い評価を受け採用される。2009年秋ギリシャ財政危機が現出、2010年5月ユーロ危機に拡大。
・PIIGS(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)はユーロ採用で実質金利(利子率-インフレ率)がマイナスとなりバブルに。
・2010年5月ユーロ加盟国、IMFが1100億ユーロのギリシャ救済で合意。更に7500億ユーロの「安定化基金」の創設で合意。財政規律である「安定・成長協定」の厳格化が至上命題となった。
・ユーロ・システムは加盟国から金融・為替政策を奪い、唯一残された財政政策は超緊縮財政で不況脱出の手段がない。ECBは低金利政策でPIIGSのバブルを誘引。為替レートはドイツに影響され、高いユーロはギリシャ産業を衰退させた。
・今はユーロ危機を超え、EU各国で自国優先主義が横行し、EU崩壊の危機にある。
○先進国の現状-日本
・1985年プラザ合意で急激な円高に。中曽根内閣は金融財政政策として低金利を維持。貿易黒字や低金利による豊富な資金は不動産や金融資産に向かいバブルとなる。1990年不動産融資を制限する「総量融資規制」でバブル崩壊。
・バブル崩壊後、景気対策で景気回復。しかし金融自由化(証券・金融・保険の自由化、大蔵省の再編)により不良債権問題が表面化し、1997年北海道拓殖銀行、山一證券、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行などが倒産(金融危機)。
・1999年小渕内閣によるゼロ金利政策で景気回復に向かう。小泉内閣はデフレ政策(消費税引上げ、医療費値上げ、年金支給年齢引上げなど)であったが「イザナミ景気」を現出。「イザナミ景気」はゼロ金利による「円キャリー・トレード」から生じた円安が要因。リーマン・ショックによる米国経済悪化は日本経済にも波及。
・「失われた20年」でも購買力平価ベースのGDPは一貫して上昇している。ただし世界経済における日本の地位は、G20に象徴される新興国の台頭で後退した。
○資本主義
・資本主義の特性は①動態性(ダイナミズム)-爆発性、不安定性などを持つ。②市場・資本-市場にて財やサービスが取引される。資本には実物資本と金融資本がある。金融資本は重要な牽引車。③企業-経済主体には企業、家計、労働者(※政府?)があるが企業が最重要。④不確実性・脆弱性。⑤曖昧さ-資本主義は合理的と云われているが、市場・会計・債務契約、いずれも曖昧さを有する。
・ロシアの資本主義化は「ショック療法」(価格自由化、バウチャー方式、株式市場など)で行われたが、「オルガルヒ(新興財閥)」を生んだ。1998年ロシア国債はデフォルトに陥るが、プーチン大統領時に原油価格の高騰で奇跡的に回復。プーチン大統領は「オルガルヒ」の解体、官僚支配の強化、官僚への富の集中を試みている。
・1978年中国は鄧小平の「改革開放」路線で漸進的に資本主義化。2002年にはWTOに加盟。中国と米国は金融機関への国家支援、独裁、覇権、官僚の腐敗、貧富の格差、社会保障の遅れなど類似点が多い。
○資本主義-金融自由化
・1933年「グラス=スティーガル法(GS法)」が成立。GS法は①金利の統制②銀行と証券の分離③州際間業務の規制で構成される。GS法は徐々に緩和され、1999年「グラム=リーチ=ブライリー法(GLB法)」で全てが自由化される。GLB法を推進したのは、ルービン財務長官、グリーンスパンFRB議長、グラム共和党議員などのネオ・リベラリストであった。ネオ・リベラリズムは金融資本と金融当局のクレプトクラシー(泥棒政治)である。
・金融自由化により、どの機関からも監視されないヘッジ・ファンド、投資ビークル、プライベート・エクィティが生まれ、彼らは証券化商品(MBS、CDO、CDSなど)やレバレッジを編み出した。これによりSBSが肥大化し、世界金融は不安定化し、アジア金融危機、サブプライム・ローン危機を起こす。
・21Cに原油価格が暴騰したのは「商品先物現代化法(CFM法)」(2000年成立)によりインデックス投機が可能になったため。1次産品(トウモロコシ、小麦など)は同様に高騰した。
・金融本来の役割は資本主義の健全な発展である。それが金融自由化の美名のもとに金融は自己利益を追求した。「自己責任」を高唱したのに、リーマン・ショックで破綻した銀行は莫大な公的資金で救済され、他方サブプライム・ローンで破産した大衆のローンは残存している。
○資本主義-グローバリゼーション
・グローバリゼーションには「金融のグローバリゼーション」と2つの「市場システムのグローバリゼーション」がある。
・石油ショックなどにより米英の経済が低迷する中、サッチャー政権、レーガン政権が登場。経済学はケインズ=ベヴァリッジからハイエク=フリードマンにシフトする。米英の地位を回復するために行われたのが「金融のグローバリゼーション」である。
・「市場システムのグローバリゼーション1」は社会主義の崩壊を指す。ソ連は1980年代の石油価格下落とアフガン戦争敗北で弱体化。ゴルバチョフ(1985年書記長)は東欧の民主化を容認。ロシアのソ連からの脱退でソ連は崩壊。中国は鄧小平の「改革開放」路線で漸進的に市場システムに。
・「市場システムのグローバリゼーション2」はBRICSなどの新興国の躍進を指す。
○世界の現状
・リーマン・ショック後は2つの期に分けられる。第1期は「ケインズ政策の復活期」、第2期は「超緊縮財政の蔓延期」。
・リーマン・ショック後に真っ先に行った政策はベイルアウト(公的資金による救済)と景気対策(ケインズ政策)であり、中央銀行はゼロ金利・量的緩和策であった。経済学・社会哲学・現実政治のコンビネーション(マネタリズム、新しい古典派、ネオ・リベラリズムなど)は瓦解した。
・2010年6月頃からギリシャ財政危機により超緊縮財政に転換。
・米国では「ティー・パーティ」がこの流れに乗り、2010年11月中間選挙で共和党が大勝。オバマ政策(グリーン・ニューディール、ドッド=フランク法、健康保険法、デッド・シーリング問題)の遂行が困難になり、唯一頼りにするのが金融政策に。米国には特有の政治思想(例外主義、孤立主義、ネオコン、福音主義)がある。また個人の自由を絶対視するのが共和党で、弱者救済を国家に求めるのが民主党。
・EUではPIIGSがユーロ危機を起こす。2011年7月、12月EUサミットで「救済パッケージ」に合意するが鎮静化せず、政治不安・社会不安が高まっている。
・日本は金融政策の無効性(マネタリー・ベースに比しマネー・ストックが伸びない)、外為政策の不在、資源外交の不在、産業の空洞化、政局不安、消費低迷、円高、原発危機など問題が山積み。
・中国はG2と云われるほど地位を高めている。ブラジルは資源大国として存在感が増した。インドは1991年ラオ政権の自由化路線が継承され経済成長。英語を武器にアウトソーシング、IT産業が急速に成長。
○エピローグ
・資本主義は公平/不公平、平等/不平等、正義/不正義、合理性/非合理性が混在する複雑な世界。著者は資本主義の探求に魅力を感じる。