『一冊でつかむ日本中世史』武光誠を読書。
中世(平安時代から安土桃山時代)の政治/経済/文化を解説。
中世は農業の生産力が高まり商工業が発達し、貴族から武士に権力が移った時代です。
その経緯が大変詳しく解説されています。
お勧め度:☆☆☆
キーワード:中世、武士、小領主、桓武天皇、国司、公領/荘園、軍事貴族、国風文化、院政、平清盛、源頼朝、守護・地頭、承久の乱、御家人、禅宗、御成敗式目、元寇、建武政権、足利尊氏、守護大名/国人、座、惣村、応仁の乱、倭寇、戦国大名、城下町/門前町/自由都市、鉄砲伝来、キリスト教伝来、織田信長、足軽、豊臣秀吉、検地/刀狩、朝鮮出兵
○序章
・中世に農業生産は着実に増加、それに応じ人口も着実に増加した(奈良時代450万人、安土桃山時代1800万人)。武士は小領主であり、農民と共に生活した。
○平安時代-貴族と武士
・奈良時代、地方は「郡司」により支配されていたが、平安京に遷都した桓武天皇の健児、雑徭軽減、勘解由使、班田収授の政策で、「国司」の支配が強まる。律令を補足する弘仁格式、延喜格式が作られた。貴族は文人が尊敬された。仏教では天台宗(最澄)、真言宗(空海)が開かれた。藤原良房/基経が天皇の外戚となり摂関政治を始めた。中下級貴族は地方の武士になった。
・当時の農村は「国司(受領)」が治める「公領」と、貴族/社寺などが治める「荘園」があった。鉄器の使用により農業生産が増加し、名(農村)を治める小領主(下司、公文、荘司=武士)や名主が表れる。
・関東では武士が武士団を結成。939年平将門は朝廷に反旗を翻し、関東の大半を支配、瀬戸内海では藤原純友が反乱を起こした。鎮圧に当たった清和源氏/桓武平氏などの軍事貴族が勢力を拡大。
・平安時代中期になると平仮名/片仮名が確立し『源氏物語』などが書かれる(国風文化)。貴族では極楽浄土を願う浄土教や陰陽道が流行る。
○院政/平氏政権
・1068年摂関家を外戚としない後三条天皇が即位。「延久の荘園整理令」で公領と荘園を明確化し、国司の権力を強化。1086年白河天皇は院政を始める。白河上皇(法皇)は朝廷と院庁を支配した。12世紀前半は牛耕/馬耕により「大開墾時代」となる。
・1156年「保元の乱」1159年「平治の乱」で平清盛が勝利し、権力を握る。彼は日宋貿易で利益を得る。これにより多量の宋銭が流入した。1180年後白河法皇の意向を受け源氏が挙兵。源平争乱と共に、地方でも公領/荘園を巡って武士団が争う(治承・寿永の乱)。
○鎌倉時代
・1185年勝利した源頼朝は守護・地頭を設置(実質的な鎌倉幕府の成立)、幕府には侍所・公文所(政所)などを設置した。幕府と朝廷の二極支配となった。1219年源実朝が暗殺され、1221年後鳥羽上皇は幕府の廃止を企て「承久の乱」を起こすが敗北、幕府の権力が強まる。
・源頼朝に従う御家人は名字を名乗り、国司に従う武士も名字を名乗った。肥料などにより農業生産はさらに増加。銅銭の普及で商工業が盛んになり、市が開かれた。
・末法思想や武士の影響で浄土教系の浄土宗(法然)、浄土真宗(親鸞)、時宗(一遍)が農村に広まった。武士には臨済宗(栄西)、曹洞宗(道元)の禅宗が広まった。民衆には『平家物語』、公家社会には『宇治拾遺物語』『古今著聞集』などの説話集が広まった。
・1242年後嵯峨天皇が即位。後嵯峨天皇は息子兄弟(後深草天皇-持明院統、亀山天皇-大覚寺統)を即位させ南北朝の遠因になる。執権(得宗)の北条家は1213年和田家、1247年三浦家を滅ぼす。1232年北条泰時は武家法『御成敗式目』を制定。
・元寇(1274年文永の役、1281年弘安の役)が起る。幕府は窮乏した御家人を救うため徳政令を出すが、北条家以外の御家人や商工民の不満が高まる。
○南北朝・室町時代
・1331年後醍醐天皇(大覚寺統)は倒幕を企て挙兵。1333年北条家に反する新田義貞、足利尊氏が味方し倒幕なる。しかし建武政権は不評で、1336年尊氏は京都に入り光明天皇(持明院統)を立て、『建武式目』を出す(実質的な室町幕府の成立)。後醍醐天皇は吉野に逃れるが、1392年足利義満の時、南北合一。
・幕府は御料所(山城)から年貢を徴収し、商工民から各種の税を徴収。幕府は三管領(細川、斯波、畠山)などの連合政権であった。地方の武士は「国人」となり、守護大名の下に結集した。
・文化は南北朝、北山、東山と変遷するが内容は同じ。書院造、茶道、華道、茶の湯など日本文化の基礎が作られた。幕府は臨済宗を保護し、南禅寺の下に京都五山、鎌倉五山を置いた。観阿弥・世阿弥により「能」が広まる。「連歌」も広まる。
・農業は水車などによりさらに発展。桑・楮・漆・藍・茶などの栽培は農民の現金収入になった。公家・寺社が本所となり「座」を組織し、全国で特産品を売買。農村では農民がまとまり「惣村」を組織した。
・1467年将軍後継争いから「応仁の乱」が起き、細川家、山名家などが戦う。
○戦国時代
・日明貿易で細川家(堺)と大内家(博多)が対立、国内では「応仁の乱」、海外では「寧波の乱」で戦う。その後松浦家、村上家などが密貿易を行う(倭寇)。
・伊勢長氏(北条早雲)は浪人から伊豆・相模を治め、戦国大名になる。戦国大名の出自は守護大名、守護代、守護大名の家臣、国人など様々。
・1543年種子島時尭がポルトガル人より鉄砲を購入。鉄砲は根来(紀伊)、国友(近江)、堺(和泉)で作られた。火薬の原料の硝石は中国から輸入された。1549年フランシスコ・ザビエルがキリスト教を日本に伝える。
・戦国大名は農民と連携し、治水・用水路・ため池・新田を築く。また鉱山開発・伝馬制・関所廃止・市場開設・城下町などで商工業も発展させた。社寺の門前町や自治を行う自由都市(堺、博多、平野、下京、桑名、大湊)も発展した。
○安土桃山時代
・1560年織田信長が「桶狭間の合戦」で今川義元を破る。1573年足利幕府を滅ぼす。1576年安土城に移る。「足軽」を召し抱え、鉄砲などを活用した。イエズス会宣教師ルイス・フロイスに布教を許し、キリスト教が広まる。1582年本能寺で討たれる。
・1582年「山崎の合戦」で勝利した豊臣秀吉は、1590年天下統一。太閤検地と刀狩で兵農分離する。1587年バテレン追放令を出す。中国征服を企て朝鮮出兵(1592年文禄の役、1597年慶長の役)。
・安土城、大坂城、伏見城(桃山)、犬山城、聚楽第は豪壮であった。朝鮮出兵により薩摩焼、萩焼などが広まる。
・豊臣政権は独裁であり、連合政権であった。1600年「関ケ原の合戦」で徳川家に政権が移る。
○あとがき
・日本の文学は『平家物語』など西洋・中国と違って戦争を批判。日本の中世は武士が農工商民と手を携え、産業を育成した時代。ササン朝ペルシャ、イスラム帝国、モンゴル帝国、ムガール帝国、清帝国などは首都のみが高度な文化を有した。日本では文化は全国に均一に広まった。
・著者は「学問三則」を守ってきた。①良い本をじっくり読み、広い教養を身に付ける②文科系の人も理科系の知識を身に付ける③教養は品性を高める。ゆえに学者は上品な紳士である。