『革新の再生のために』碓井敏正を読書。
前著『成熟社会における人権、道徳、民主主義』の反響が大きく、本書はそれを深化させた本。
本書は第1部「成熟社会論」、第2部「貧困・格差問とまちづくリ」、第3部「組織と大学」の3部構成。
第3部の大学関連が具体的で特に面白かった。
哲学的で難解な本ですが、理論だけでなく所々で現実を混ぜて説明しているので、少しは理解しやすかった。
日本は様々な点で成熟していないと感じる。正義と善は少し考えさせられる課題だ。閉鎖的な組織も参考になる。
非営利法人や社会的事業に関する本をたまに読むが、イマイチぴんと来ない。
お勧め度:☆☆(大著)
キーワード:成熟社会、革新、実践、市場経済、民主主義、参加と責任、人権、組織、開放性、市民社会(アソシエーション)、受動的、正義論/共通善、要求の事業化、組織の病理、農村の倫理(責任の倫理)、都市の倫理(自由の倫理)、ケアの倫理、貧困・格差問題、社会関係、地方分権/NPO/介護保険制度、まちづくり、正義、グローバル化、人権NGO、国際刑事裁判所、大学、評価問題、学費問題、批判精神/内省的人格
○第1部-成熟社会再論
・革新と左翼は異なる。革新は政治以外でも使われ、組織/習慣/方法などを新しくする事。社会は革新が定着する事で成熟する。
・「成熟社会」は課題に対する革新的活動を実践する事で得られる。ただ革新勢力が体制批判と弱者救済に重点を置いているのは問題である。日本はゼロ成長時代に入り、最大の課題は富の再分配である。
・「市場経済」は成熟社会の土台で、その主要なアクターである企業の成熟は重要。市場経済に国家の規制は必要であるが、社会性から第3セクター(民間非営利セクター)の拡大が重要。
・成熟社会には人権と民主主義が重要。民主主義には「参加と責任」が重要。今の民主主義は政党制であるが、政治参加を嫌う選挙民により官僚主義/腐敗/政治不信/財政赤字を生んだ。
・人権には内容の進化が求められる。主体が女性・子供・障碍者に広がり、知る権利/プライバシー権/環境権などに発展したのは進化である。
・成熟を妨げるものに「組織」がある。組織は一旦成立すると当初の目的を外れ、その存続が主目的となる。これは全ての組織(行政機関、民間組織、非営利組織)に当てはまる。組織は従順な人間を重用し、背いた人間を排除する(杉原千畝、古賀茂明など)。これへの対応策は組織の「開放性」を高める事である。
○第1部-成長社会から成熟社会へ
・日本は成長社会から成熟社会に移った。これは国家主導から市民主導への移行を意味する。ソ連崩壊により教会/サークル/市民運動/労働組合/結社などの「市民社会(アソシエーション)」が評価された。市民社会は生活様式の変化で希薄化しているが、「まちづくり」で成功した例もある。
・日本は人権と民主主義を敗戦により与えられたため、政治に対し無関心で受動的である。近代は公共的業務を代理人に委任する代議制・間接民主主義であり、腐敗と不効率を招いた。
・政治哲学者ロールズは「正義論」(他人を侵害しない限り、最大限の自由を享受する=自由・権利(正義)は道徳・宗教(善)より優先する)を唱える。「共通善」を唱えるコミュニタリアンのサンデルは、連帯や相互扶助の精神から、これを批判した。
・課題が二つ存在する。①相変わらず国家権力の乱用が見られるため、これを監視する。②地域社会においては自由・権利よりも責任が優先する。
・成長社会と成熟社会で対照的なキーワードが存在する。社会観では国家中心/市民社会中心、受動的な政治文化/公共的業務への参加、権利観では個人主義的権利/コミュニティへの責任。他にも現在中心社会/持続可能社会、物質的豊かさ/精神的豊かさなどがある。
○第1部-成熟社会
・ソ連崩壊は以下の事を証明した。①経済システムは市場経済に限られる②人権と民主主義を保障しない体制は存続できない③市場経済と近代政治制度を進化させる事は重要である。
・成熟社会の課題が2つある。①市場経済は国家/市民社会の基盤である②日本は人権と民主主義が実質化していない。②について云えば、特権の排除や公正なルール/能力主義/分配が必要である。「衣食足りて礼節を知る」にある様に貧困・格差問題は基礎的条件である。
・ルソーは「英国人が主権者なのは選挙の時だけ、その後は奴隷となる」と議会制民主主義を批判。自ら勝ち取ったのではない日本人は、その傾向がもっと強い。しかし地域において生活協同組合/労働者協同組合/地域人権総連合など「要求を事業化」する運動が表れた。また地方分権一括法/NPO法/介護保険法などがその運動を促進している。
・2009年「裁判員制度」開始の様に、公共的業務への市民参加は中央でも行われており、民主主義は深化している。公共的業務への市民参加で重要なのは、①参加領域の切り分け②専門家と一般市民との協働体制である。
・成熟社会を考える上で「組織の問題」は避けて通れない。社会には企業や行政組織など様々な組織が存在し、人はその一員として生きる。ドラッカーは「組織はある目的で作られるが、成立後はその存続が最優先される」(組織の病理)を説く。これは全ての組織(営利/非営利、私的/公的)に当てはまり、特に閉鎖的な組織は問題を起こす事が多い。
○第1部-成熟社会の倫理
・農村には農村の、都市には都市の倫理が存在する。「農村の倫理」は「責任の倫理」であり、共同体の「共通善」でもある。「都市の倫理」は近代社会が確立した「自由の倫理」である。「自由の倫理」はミル『自由論』ロールズ『正義論』で唱えられたが、人間関係の希薄化や地域社会の崩壊をもたらした。これに対しコミュニタリアンのサンデルは、コミュニティ(共同体)の利害を重視する倫理を唱えた。
・ギリガンは子供・老人・患者・障碍者などを保護し、彼らの尊厳を守る「ケアの倫理」を唱えた。
○第2部-格差社会
・ワーキングプア、ネットカフェ難民、年越し派遣村、大量殺傷事件など貧困・格差問題が頻発した。貧困問題は教育格差、雇用・所得格差、健康格差をもたらす。
・子供の頃に多くの体験(自然体験、友達など)をした方が学歴・所得が高くなる。これは家庭における「社会関係資本」の重要性を示している。また「所得の豊かさ」よりも「人間関係の豊かさ」の方が生命への影響が大きい事が証明されている。低所得だと結婚・家族などの社会関係を築く事ができない。
・貧困・格差問題に対する経済的政策としては最低賃金引上げや労働分配率の改善などがあり、教育的政策としては学費低減や奨学金制度の充実などがある。さらに社会関係を高める政策が必要で、それには地域に市民社会組織を形成し、それを援助する事が重要。
・近年は高校はつぶしの利く普通科が重視され、工業科/農業科などが軽視される様になった。一方大学は二分化され、エリート大学では教養教育が重視され、非エリート大学では職業に直結する専門教育が重視される様になった。
○第2部-貧困・格差問題とまちづくリ
・グローバル化による競争激化は新自由主義政策(規制緩和、民営化、福祉・教育予算の縮減など)を後押しした。これにより地方は疲弊し、東京などの巨大都市に富・情報・人が集中した。しかし「小さな政府」により福祉・教育の地方分権化が進み、1998年NPO法/2000年介護保険制度により変革主体である市民社会的組織の形成が始まった。
・「まちづくり」の段階は、第1段階-行政当局と地域社会の協働による「社会関係資本」の充実。第2段階-地域を活性化して、持続可能な経済を創る。
○第2部-人権要求とまちづくリ
・貧困・格差問題の要因として学歴格差(※教育格差は「機会の平等」で学歴格差は「結果の平等」かな)がある。学歴格差により所得格差/健康格差が生まれる。また学歴格差は子供に引き継がれる事が多い。
・貧困者は社会関係が希薄で孤立状態にある事が多い。その解決策には①従来型の所得再配分機能の強化②地域における変革主体の形成がある。なお社会関係は2種類ある。①自発的な組織(アソシエーション)-ボランティア、NPOなど②従来型の地縁組織-町内会、老人会、PTA、商店街など。
・「社会関係資本」とは信頼できる人間関係を指す。「社会関係資本」は民主主義の深化に有効である。
・「まちづくり」には①災害に対する安心・安全の確保②医療・福祉・教育などの基礎的条件は必然である。さらに「まちづくり」には持続可能性からエネルギーの地産・地消や粘り強い議論が必要である。また新自由主義を端から否定するのではなく、規制緩和により有用となった法律は利用すべきである。
・「地域人権総連合」の意義は「要求に留まらない活動」であり、介護事業に取り組んでいる。生活協同組合は成功により財政力を身に付け、各種の事業に取り組んでいる。介護事業を営む上で、要介護者と共に発達する意思が重要である。
・組織は一旦成立すると、その目的はその維持に変わる。閉鎖的な組織は営利/非営利にかかわらず、必ず腐敗を起こす。私立大学などがその例です。
・「地域人権総連合」の経験をネットワーク化し、医師・弁護士・ケアマネジャー・社会保険労務士・税理士に加わってもらう事が重要である。それは福祉制度が申請主義のため。
○第2部-成熟社会における正義
・2012年若者が正義感「金持ちはもっと税金を払え」からウォール街でデモ。正義は社会形成の根本原理である。しかしハイエクなどの新自由主義者は社会正義を批判している。
・ロールズが『正義論』で唱えた正義が正義論の分水嶺になっている。ロールズ(リベラル派)の正義論は、個人の自由(正義)は社会・国家(善)より優先する。さらに「格差原理(博愛)」は「機会の平等」より優先する。
・リバタリアン(自由至上主義)はリベラル派の拡大国家を批判し、交換的正義(獲得の正義、移転の正義)のみを認める。
・またサンデル(コミュニタリアン)は「リベラル派は男女/人種/能力/コミュニティなどの条件を捨象している。人は常に一定のコミュニティの一員である」と批判。
・ロールズの正義はグローバル化による超国家的視点から、さらに動物や自然を含めた地球的視点から批判されている。またロールズの正義は自律と理性を価値とする男性中心主義との批判もある。
○第2部-グローバル化
・性急なグローバル化は労働権・生存権を危機に晒し、産業構造をいびつにし、ナショナリズムを刺激した。これにより経済規制/労働規制が必要になった。しかしグローバル化は①大規模戦争の放棄②人権の普遍化をもたらした。
・1948年「世界人権宣言」1966年「国際人権条約」1979年「女子差別撤廃条約」1989年「子供権利条約」1990年「移住労働者権利条約」などで人権の普遍化は進んだ。しかし東アジアでは北朝鮮や中国の政治体制や日本の歴史認識問題で人権の普遍化は遅れている。人権NGO「アムネスティ」などが人権保障に取組んでいる。
・近代政治を動かしたのは国家とナショナリズムで、人権は国家から与えられたものであったが、近年はグローバル化で国際正義が要求されている。2003年国際刑事裁判所が設立され、独裁者などを裁いている。
○第3部-大学と社会的責任
・著者は京都橘大学で正義論/権利論などを教えている。大学では教員の任期制が定着しつつある。
・「大学基準協会」が大学評価を行っているが、限界を感じる(評価問題)。批判精神、社会的役割の一面性、学問論、大学自治論、評価対象が正規教職員に限定などで限界を感じる。ユネスコの「高等教育に関する宣言」(1998年)と比較しても評価項目が劣っている。特に批判精神の欠如を感じる。
・「病院評価機構」が病院の評価を行っており、評価項目に「患者の権利」を明文化する事が規定されている。医療者と患者の関係は、教職員と学生の関係に類似するが、大学の評価項目に「学生の権利」の明文化はない。
・大学での障碍者雇用も法律を満たしていないと思われる(コンプライアンス違反)。経営優先で弱者への配慮が欠けている。
・海外では学生が中央組織(日本では中央教育審議会)に参加するが、日本はそれがない。日本は「学生の位置づけ」が遅れている。
・大学の評価項目に「安定した経営基盤の確立」があるが、これは高い授業料(学費問題)の容認になる。これは同業者評価の弊害である。
・アンケート「教育格差は存在するか」の質問に、高校関係者は37%がYes、大学関係者は10%がYes。この結果は大学関係者の国民的感性の欠如を表す。これも学費問題の要因である。
・近年企業はステークスホルダーを意識して経営しているが、大学はステークスホルダー(学生、その父母、卒業生、住民、社会など)を意識していない。これも学費問題の要因である。
・有力私立大学は多額の内部留保を抱えており、財政力のある大学は助成金を減額すべきである。そもそも学校事業は成長段階を過ぎ成熟段階にあり、学校への間接助成ではなく、学生への直接助成に切替えるべきだ。
・私立学校は篤志家の寄付で始まったため自主・自律が保障されており、多くの特権を持ち、非常に閉鎖的である。閉鎖的な組織は必ず問題を起こす。
・福島原発事故は政府・財界・大学が一体となった結果であり、大学の批判的機能は回復されるべきである。
・大学の評価は同業者によって行われているため、評価後も大学の基本的体質は変わらない。大学の理事会をチェックする評議会があるが、これも身内のため機能していない。
・「組織の病理」(前出)により組織は反社会的な行為に手を染めやすい。この条件は閉鎖性と競争性であるが、大学は両方とも高い。
○第3部-大学における教養教育と哲学
・原発政策は国家主導で始まり、それに財閥が乗り進められた。組織の意思が圧倒的に強く、個人は「3ない主義」(議論なし/批判なし/思想なし)で自己規制し、終身雇用を確保した。
・大学は産業界からの要請で実用的教育(キャリア教育)を重視し、教養教育が軽視している。これは大学の本来の目的である批判精神を衰退させた。
・中国人の斬首を拒否した兵士(僧侶出身)、日露戦争に反対した内村鑑三(キリスト教徒)、ユダヤ人を助けた杉原千畝(キリスト教徒)などは「集団の倫理」に抵抗する批判精神や内省的意識を持っていた。
・時代が大学に教養人ではなく職業人を求める様に変わり、人文学を中心とする教養教育は軽視され始めた。
・学術会議は「学問知/技術知/実践知」を「市民的教養」として上げている。今求められているのは「内省的人格」と「市民的教養」である。
○あとがき
・前著『成熟社会における人権、道徳、民主主義』の反響が大きく、その後の成果をまとめたのが本書である。前著で成熟社会について疑問が寄せられたので、第1部で成熟社会を再論した。また運動論/組織論も取り上げた。第2部/第3部は各論で、第2部で人権論/民主主義論、第3部で大学論/教育論を取り上げた。
・現実の問題から出発し、理論を深める著者の研究スタイルは哲学を専攻した事による。
・著者はコミュニタリアンではなくリベラリストで、個別の状況を超越するところに思想の特徴がある(※良く分からない)。