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『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』島田裕巳を読書。

日本の神道で主要な八幡、伊勢、天神など11信仰を解説。

膨大な量で全部は覚えられないけど、大変参考になる。特に以下の点が記憶に残った。
・自然を崇めるのが信仰の起源で、社殿がない神社(?)も多かった。
・記紀神話に登場する神を祭神とする信仰は、それ程多くない。
・中世は神仏習合が当然で、明治になり神仏が分離された。

お勧め度:☆☆☆

キーワード:記紀神話、八幡信仰、弥勒信仰、勧請、天神信仰、菅原道真、天神祭、稲荷信仰、本地垂迹説/神仏習合、伊勢信仰、天照大御神、三種の神器、式年遷宮、伊勢参り、出雲信仰、大社造、出雲国造、大国主神、春日信仰、興福寺、春日宮曼荼羅、熊野信仰、熊野詣、一遍、熊野修験、賀茂信仰、葵祭、祇園信仰、祇園祭、諏訪信仰、御柱祭、大祝/神長官、白山信仰、禅定道、白山比咩神社/平泉寺/長滝寺、修験道系信仰、住吉信仰、灯籠、宗像信仰、宗像三女神、沖ノ島、七福神、恵比須信仰、金毘羅信仰

○はじめに
・神社、祠は全国に膨大に存在する。神社には「縁起」「由緒」が掲示されている。「記紀神話」に登場する神を祭神とする神社は、それ程多くない。
・藤原氏の氏神の春日大社は「武甕槌命」「経津主命」などを祭神とするが、共に東国の神。神社を知る事は、日本を知る事。
・全国に神社は約8万社ある。祠や屋敷神を含めると、その倍位ある。社数上位は、1位八幡(7817社)、2位伊勢(4425社)、3位天神(3953社)、4位稲荷(2970社)、5位熊野(2693社)、6位諏訪(2616社)、7位祇園(2299社)。

○八幡
・八幡神は『建立縁起』『託宣集』から渡来人が持ち込んだ神と思われる。
・8世紀前半英彦山で修行した法蓮が「弥勒の化身」となり宇佐八幡宮の別当となる。当時「弥勒信仰」が盛んであった。
・745年聖武天皇が東大寺に大仏を建立する時、宇佐八幡宮が建立費を送っている。八幡神は、この頃から地位を上げ、「記紀神話」とは無関係であったが、八幡神と応神天皇が結び付けられる。769年宇佐八幡宮、和気清麻呂は道鏡の皇位就任を妨げた。
・859年京都の石清水八幡宮に八幡神が「勧請」され、源氏は八幡神を氏神とした。八幡神は各地に広まり、仏教とも強く結びつき、「僧形八幡神」が生まれる。

○天神
・天神信仰の神社に天満社/天神社/北野神社がある。903年菅原道真は大宰府で亡くなり、記紀神話とは無関係。天神信仰は歌舞伎『菅原伝授手習鑑』の主題になっている。道真は梅を愛したとされ、梅が社紋である。
・895年道真は次官の権中納言となるが、901年大宰府に左遷される。930年清涼殿に落雷があり、大納言などが亡くなり、道真の怨霊の祟りとされた。
・947年北野天満宮が創建され、949年大阪天満宮が創建された。大阪天満宮の「天神祭」は「祇園祭」「神田祭」と日本3大祭。「天神祭」の内容は道真とほとんど関係なく、町民の娯楽として発展した。
・天神は時代を経ると、悪神から善神に変わる。童歌「通りゃんせ」は、幼児から子供への節目が7歳である事を表している。寺小屋では道真を「学問の神」として祀った。他に道真は「書道の神」にもなった。

○稲荷
・稲荷社は摂社・末社としても祀られている(鶴岡八幡宮、石清水八幡宮、湯島天神など)。また資生堂など屋敷神も多く、摂社・末社を含めると社数は最多と思われる。
・稲荷は京都南部で稲で富を得た渡来人の秦氏が「伊奈利」を祀っていたのが始まり。伏見稲荷は背後の稲荷山が御神体で、そこに3つの磐座がある(奈良の大神神社と同様で、三輪山には辺津、中津、奥津の磐座がある)。平安時代は下社・宇迦之御魂大神、中社・佐田彦大神、上社・大宮能売大神を祀っていた。何れも食に関する神である。
・稲荷神は空海の密教真言宗と密接に関係し(本地垂迹説)、各地に広まった。また「神仏習合」により狐と結び付いた。伏見稲荷は東寺の末寺の愛染寺に管理された。
・稲荷神は本来「農業の神」だったが、各地に広がると共に「漁業の神」「商業の神」に拡大した。
・「お塚」「千本鳥居」は明治の「神仏分離」により生まれた。伏見稲荷の祭りとして「稲荷祭」「初午」がある。

○伊勢
・伊勢神宮は天照大御神を祀る「内宮」と豊受大御神を祀る「外宮」からなる。伊勢神宮から勧請された神社に、神明社/神明宮/皇大神社があるが、伊勢神宮と比べると立場は大分低い。
・天照大御神は「国生み」を行った伊邪那岐命と伊邪那美命から生まれ、皇祖神である。当然『古事記』『日本書紀』に登場する。天照大御神は「天孫降臨」する瓊瓊杵尊に「三種の神器」の「八咫の鏡」を授けた。
・天照大御神は当初は天皇の宮殿に祀られていたが、近江、美濃を経て伊勢に落ち着いた。
・伊勢神宮に行幸した天皇は、明治天皇より前は持統天皇しかいない。
・伊勢神宮では20年毎に遷宮が行われる(式年遷宮)。「応仁の乱」時には遷宮が中断した。
・本地垂迹説で天照大御神の本地仏を「観音菩薩」や「大日如来」とする説が生まれた。
・江戸時代「御師」により「伊勢参り」や「お蔭参り」が盛んになる。外宮と内宮の間には古市があり、それも目的だった。

○出雲
・出雲大社の本殿は高床で高さが8丈(24m)あるが、中世は16丈(48m)あったとされる(大社造)。
・出雲大社の本殿は二重構造で、御神体は「神座」に祀られている。「神座」の前には「国造の座」もあり、出雲国造も祭祀の対象である。出雲国造の祖先神「天之菩卑能命」(天穂日命)は、天照大御神と須佐之男命の誓約から生まれた。他では紀伊国造が日前宮、阿蘇国造が阿蘇神社の神職を務めている。
・出雲大社の祭神は、須佐之男命の子孫で多くの異名を持つ「大国主神」である。「大国主神」は『古事記』の「因幡の白兎」「国譲り」に登場する。奈良の大神神社は「大国主神」の異名の「大物主神」が祭神。
・出雲には「四隅突出型墳丘墓」が存在し、荒神谷遺跡から358本の銅剣、加茂岩倉遺跡から39口の銅鐸が発見された。

○春日
・春日大社の祭神は「武甕槌命」「経津主命」「天児屋根命」「比売神」の4柱。武甕槌命と経津主命は大和朝廷による征服を助けた神で、武甕槌命は鹿島神宮から、経津主命は香取神宮から勧請されている。天児屋根命は天照大御神が「岩戸隠れ」した時、鏡を差し出した神で、中臣氏の祖先神。比売神はその妻。768年大阪の牧岡神社に4柱が祀られたのが創建とされる。
・藤原氏の繁栄により春日大社と興福寺(藤原氏の氏寺)は一体となり、大和一国を支配する。興福寺の僧兵は「強訴」を行った。
・多くの「春日宮曼荼羅」が描かれ、武甕槌命の使いが鹿のため、曼荼羅に鹿が描かれた。

○熊野
・平安時代、熊野は浄土とされ「熊野詣」が盛んになり、江戸時代に入ると庶民にも広まった。那智には海に極楽浄土を求める「補陀落渡海」があった。
・熊野信仰は本宮/新宮/那智の3神社からなり、13柱の祭神を祀っている。本宮は明治の水害で流され、上四社は再建されたが、中四社/下四社は再建されていない。
・「一遍」は浄土教を広めるため熊野を訪れたが、熊野権現との出会いが「時宗」の始まりとなる。
・熊野では「熊野修験」が盛んで、熊野神社は修験者により全国に広まった。

○賀茂
・上賀茂神社は賀茂氏の祖先の「賀茂別雷命」、下鴨神社はその両親を祀っている。6世紀欽明天皇の時、賀茂別雷命の祟りを鎮めたのが「葵祭」の始まり。

○祇園
・「祇園祭」は庶民の祭りで、日本3大祭かつ京都3大祭であり、付け祭の「山鉾巡行」が有名。「神幸祭/還幸祭」では牛頭天王(素戔嗚尊)などが乗った3基の神輿が引かれる。869年祇園祭の前身である「祇園御霊会」が開かれた記録がある。「山鉾巡行」は999年に始まったとされ、「応仁の乱」前は58基の山鉾が引かれた。
・祇園祭は「博多祇園山笠」など各地に広まり、祇園神も八坂神社から勧請された。

○諏訪
・諏訪大社は上社(本宮、前宮)、下社(秋宮、春宮)の4つの神社からなる。本殿があるのは前宮だけで、本宮の後方には守屋山がある。祭神は蛇神の「建御名方神」(諏訪明神)。
・諏訪大社には「御頭祭」「御射山祭」など狩猟に関する行事が多い。「御柱祭」は6年毎に行われ、式年遷宮に相当する。
・諏訪大社には「大祝」「神長官」などの神職があった。「大祝」には諏訪氏(神氏、金刺氏)、「神長官」には守矢氏が就いた。※諏訪は農耕民と狩猟民の最後の戦いの場とされる。

○白山
・白山信仰は白山(標高2702m)に関連した信仰で、白山頂上に奥宮がある。718年伝説上の修行僧泰澄が奥宮を創建し、「白山三所権現」(白山妙理権現、大行事権現、大汝権現)を拝した。
・9世紀白山信仰が高まり、加賀/越前/美濃から白山への登山道「禅定道」が形成される。白山比咩神社(石川県白山市)、平泉寺白山神社(福井県勝山市)、長滝寺白山神社(岐阜県郡上市)がそれぞれの起点になった。その後これらの社寺は天台宗比叡山延暦寺の末寺となる。戦国時代、一向一揆により衰退するが、前田家により復興され真言宗に改宗された。
・西日本には三徳山/大山/英彦山、北陸には立山、東海には富士山、関東には御嶽山/日光男体山、東北には出羽三山など修験道系信仰が多数ある。

○住吉
・以上紹介したのは「山の神」で、住吉/宗像/恵比須/金毘羅は「海の神」。
・住吉大社の歴史は古く、伊邪那岐命が穢れを清めた時に生まれた底筒男命/中筒男命/表筒男命(安曇氏の祖先神)を祭神とする。この3柱は志賀島の志賀海神社の祭神でもある。
・住吉大社では夏に「住吉祭」が行われる。住吉大社には廻船問屋が奉納した灯籠が600基ある。中には7mを超える灯籠がある。

○宗像/恵比須/金毘羅
・「宗像三女神」は天照大御神と須佐之男命の誓約から生まれ、沖ノ島の沖津宮に田心姫神、中津宮に湍津姫神、辺津宮に市杵島姫神が祀られている。沖ノ島は歴史的に注目される。※宮の名前が大神神社とほぼ一緒だ。
・安芸の厳島神社は市杵島姫神を祭神とする。市杵島姫神は神仏習合により「七福神」の「弁財天」(ヒンドゥー教の女神サラスヴァティー)となった。
・恵比須の由来は不明だが、蝦夷とも考えられる。その後「事代主神」と結び付けられ「漁業の神」となり、「七福神」の一つになった。西宮神社が恵比須信仰の総本社。
・金毘羅信仰は金刀比羅宮(真言宗松尾寺)を中心とする修験道系信仰。金毘羅はヒンドゥー教の神クンビーラに由来する。

○おわりに
・その他に荒神、三島・大山祇、豊国、東照、靖国などの信仰がある。

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