『大格差社会アメリカの資本主義』吉松崇(2015年)を読書。
著者は日本の銀行やリーマン・ブラザーズに勤務し、米国勤務の経験もある。その経験から米国の資本主義について解説している。
主題はピケティ『21世紀の資本』の「格差固定」である。
著者は経済学者でないので、自論を強く主張するのではなく、著名経済学者の様々な論説を比較している。
米国の政治思想の2大潮流であるリバタリアン(共和派)とリベラリズム(民主派)を理解できる。また米国の自由主義は放任的であり、仏国の自由主義は平等的である事も理解できる。
ただし経済論理の説明が懇切丁寧でない所があり、そこは少し不満。まあ経済専門書でないので、仕方ないか。
『21世紀の資本』は読んでいないが、関心があった主題なので満足。
お勧め度:☆☆☆
キーワード:ピケティ『21世紀の資本』、格差、ウォール・ストリート占拠運動、お金持ち、労働所得、慈善事業、プライマリー・ディーラー(ブティック)、リーマン・ブラザーズ、CDO、サブプライム問題、ディック・ファルド、政府からの自由、南北戦争、セオドア・ローズヴェルト、革新主義、格差固定、機会の平等、ロボット/AI、高額報酬、ベーシック・インカム/負の所得税、大学授業料、ドッド=フランク法、癒着、アカデミズム
○プロローグ
・2014年ピケティ『21世紀の資本』が出版され評判となる。ピケティは「r(資本収益率)>g(経済成長率)」(格差拡大)を主張している。
・2011年(リーマン・ショックから3年後)、金融街で「ウォール・ストリート占拠運動」が起こる。彼らのスローガンは「我々は99%」であった。
○お金持ち
・「ウォール・ストリート占拠運動」は金融関係者を攻撃する運動であった。しかし統計では年収上位者はメディア/エンターテイメント/ITであり、金融関係者はいない。また富豪(財産)ランキングの上位者も企業の創業者(IT、ウォルマートなど)で、金融関係者はいない。米国の相続税は50%で、ピケティ理論に反し、格差は固定していない。
・リーマン・ブラザーズCOOグレゴリーは別荘を持ち、その年間維持費は1300万ドル(約14億円)であった。著者が共に働いたジョイント・ベンチャー社長マークの年収は100万ドル(約1億円)であった。
・統計によると格差は「労働所得の格差」であり、ここ30年高額報酬を受ける「スーパー経営者」の登場が格差の原因である。
・ビル・ゲイツは「資産家は事業/慈善事業に投資している」としてピケティの唱える資産課税に反対。米国は建国以来、「自由」に「政府からの自由」が含まれている。また米国の「セーフティネット」は慈善事業で成り立っている。
・ポーランド/ウクライナ/韓国など多くの国から、今でも米国に「自由」を求め、移民している。
○ウォール街
・米国には個人・法人を顧客とする証券会社(メリルリンチ)、法人のみを顧客とするインベストメント・バンク(モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス)、国債を扱うプライマリー・ディーラー(ブティック)など、多様な証券会社がある。
・1989年著者は5人のパートナー(社長-マーク、トレーダー-ポール、CEO-ダニーなど)から成るプライマリー・ディーラー(ブティック)の立上げに従事する。
・彼らの業務は同業他社との頻繁な情報交換であった。彼らにWASPはいなかった、また運動系が多くプロに近い人が何人かいた。彼らのリクルートは知人採用で、ポールとダニーがイタリア系なのでイタリア系とユダヤ人の採用が増えた。パートナーの年棒は社長50万ドル、他の4人が30万ドルで、ウォール街で標準的な年棒だった。
○リーマン・ブラザーズ(以下リーマン)
・2000年著者は日本の銀行を退職し、リーマンのトレーディング部門に転職する。トレーディング部門は流動性が高い国債/社債、マージンが高い証券化商品(政府保証債、モーゲージ証券)を扱っていた。そもそもリーマンCEOディック・ファルドはモーゲージ・ビジネスの成功者であった。
・米国では昔から政府保証の住宅ローンの証券化が行われていた。さらに民間の住宅ローンの証券化(CDO)が行われた。これが「サブプライム問題」発生の原因である。2000年代になると銀行は住宅ローンを証券会社に売却するので、銀行の審査は形骸化した(これも要因)。
・リーマンは子会社リーマン・ブラザーズ・コマーシャルペーパー・インクで資金調達していた。当社が発行するCPなどは劣後保証であった(これも要因)。
・リーマンは19C中にリーマン兄弟が興した。1984年内部対立からアメリカン・エキスプレスに合併される。しかし1994年分離・再上場する。CEOに就いたファルドのワンマンで業界4位になる。
・リーマンの営業部門は公社債/株式/投資銀行の3部門から成った。最高経営会議はCEO、COO、CFOと3部門のヘッドから成った。彼らの年棒は一律800万ドルと巨額であった。
・2007年リーマンCFOが辞任する。さらに2008年6月COOと新CFOが辞任する。これは公社債部門(ファルド)に対する株式/投資銀行部門のクーデターと云われている。9月リーマンは経営破綻する。
・リーマン破綻の原因は社内的にはファルドのワンマン体制で、社外的には金融機関規制の失敗(リーマンの自己資本比率は2.5%)にある。
○格差と自由
・米国は広大な土地と豊富な天然資源で繁栄する。これに対し英国が課税し、独立戦争が起こる。米国の植民地軍は劣勢であったが、最終的には経済力と仏国の軍事支援で勝利する。
・独立当初は「州権論」(ジェファーソン)と「国権論」(アダムス、ハミルトン)の対立があった。これにより米国の「自由」に「政府からの自由」が含まれる事になる(リバタリアンの源流)。米国の農民は自作農が大半で、「機会の平等」や「有益なものに価値がある」(プラグマティズム)がイデオロギーとなる。
・南北戦争は北の保護貿易と南の自由貿易の対立であった。
・1870年からの30年間(金ぴか時代)で米国は世界一の工業国になる。その要因は豊富な天然資源と移民による安価な労働力であった。この時代は「大格差社会」であったが、慈善活動があった。
・1900年代に入ると「大企業の横暴」「政治の腐敗」「貧困・衛生」などが問題となる。1901年大統領に就任したセオドア・ローズヴェルトは反トラスト法、労働争議などで大企業に対処する(革新主義)。彼はワシントン、リンカーンと並ぶ偉大な大統領とされる。
○格差固定
・ピケティの主張は①「r(資本収益率)>g(経済成長率)」により「格差」が固定する②1980年代からの「新自由主義」による所得税・相続税の切下げで「格差」は拡大する③これを回避するため、資本に対し累進課税が必要である。
・リバタリアンのグレゴリー・マンキューは「r<g」だと収益機会の喪失になると批判、資本税も批判。彼は「義務教育の充実」(機会の平等)を主張する。同じくリバタリアンのミルトン・フリードマンも「教育バウチャー」による「機会の平等」を主張する。
・リバタリアンのタイラー・コーエンは①資本にはリスクがあり、格差は固定しない②「r>g」は収益機会があり、好ましい状態である③ピケティが挙げた例は農業社会での格差で、産業社会での格差でない④問題なのは「資本所得の格差」ではなく「労働所得の格差」であると批判。
・ピケティはロボット/AIの発達は、労働者に不利になると懸念する。
○格差解消
・ピケティは米国の以下を評価。①独立戦争後に「長子相続制」を廃止②「革新主義」で累進課税を導入。ピケティはアーヴィング・フィッシャーの66%相続課税も評価。
・リベラル派のポール・クルーグマンは「資本所有の格差」が相続で固定する事に同意。彼は高額報酬を受ける「スーパー経営者」の登場を問題としている。
・ジェフリー・フランケルは①技術力による賃金格差②金融機関経営者の高額報酬③多くの職種で見られる「一人勝ち」④同じ所得階層内での結婚を問題としている。
○格差社会の行方
・以上リバタリアンとリベラル派の意見の相違を見てきたが、以下の共通認識がある。①「労働所得の格差」が存在し、貧困対策は必要②金融機関規制の矯正が必要。
・米国人は「結果の平等」ではなく「機会の平等」を求めている。しかし現代の移民(ヒスパニック系、アジア系)には「労働所得の格差」が存在する。※白人も格差を実感しているのでは。
・リバタリアンのミルトン・フリードマンはベーシック・インカムに相当する「負の所得税」を提起した。
・米国の大学授業料は高額で、学生ローンの債務不履行が問題となっている。※政官業学が癒着していると聞いた事がある。
・2010年金融機関規制「ドッド=フランク法」が発効した。しかし規制する側と規制される側で「情報の非対称性」があり、リスクが回避されたと断言できない。
・アナト・アドマティはモラルハザードの源泉は「預金保険」とし、自己資本比率30%と「預金保険」の廃止を提起。
・英国の商業銀行も米国の投資銀行も大半は有限責任の「株式会社」ではなく、無限責任の「パートナーシップ」である。これは「情報の非対称性」を埋める制度と推測できる。
○エピローグ
・ルイジ・ジンガレスはブッシュ政権もオバマ政権も「金融資本」に取り込まれていたと批判。「ウォール・ストリート占拠運動」「ティー・パーティ運動」が共に成果を上げられないのは、政府と「金融資本」が癒着しているためと批判。
・ルイジ・ジンガレスは大統領選を前に、以下の理由でポピュリズムは可能と主張。①米国人の46%が「自由市場システム」を信用している②逆に50%以上が政府を信用していない③世論調査「財務長官は誰のために行動しているか?」で50%がゴールドマン・サックスと回答④世論調査「オバマ大横領は誰のために行動しているか?」で32%が金融機関、22%が労働組合と回答⑤世論調査「大企業は市場を歪めているか?」に53%が合意。
・アナト・アドマティが自己資本比率30%を提起したが、「アカデミズム」の有用性はそこにある。1950年代ミルトン・フリードマンが為替レートの変動相場制を主張したが、1970年代にこぞって移行した。これも「アカデミズム」の価値を示している。