『トッド 自身を語る』石崎晴己を読書。
人類学者エマニュエル・トッドとの7つの対談を編訳しています。
彼は家族構造/識字率/出生率などの統計から世界を分析する優れた学者です。
彼の複数の著作を基に対談しているので、その内容を知っていないと理解が難しい本です。
お勧め度:☆(専門的)
キーワード:エマニュエル・トッド、進化、宗教、家族構造、アナール派、心性、識字率、出生率、核家族/直系家族/共同体家族、保護層、目に見えないもの、マルクス主義、ユーロ、アラブの春、東日本大震災、核、シャルリー・エブド襲撃事件、二つのフランス/ゾンビ・カトリック教/共産主義、MAZ
○日本の読者へ
・人類は「進歩」と云う普遍の流れにあり、識字化は重要な要素である。
・世界には多様な文化があり、それを形作っているのは「宗教」や「家族構造」である。
・エマニュエル・トッド(以下彼)の考え方は仏国/英国の大学で学んだものである。
○エマニュエル・トッドは何者か-『家族システムの起源』(2011年)
・仏国ソルボンヌ大学で学んだ後、英国ケンブリッジ大学で学ぶ。よってアナール派とケンブリッジ派を学んでいる。また速水融教授とは知己である。
・ローレンス・ストーンの「識字率がハードルを越え、英国革命/仏国革命/ロシア革命が起こった」などに影響を受けた。アナール派は歴史おける心性の重要性を証明した。
・フェルナン・ブローデルに関してはアナール派にル・ロワ・ラデュリを導いた人と認識している。彼が学び始めた頃はアナール派の最盛期であった。
・彼の研究は統計(家族構造/識字率/出生率など)に基ずく。クルバージュとの共著『文明の接近』(2007年)も統計に基づいている。
・人類は「核家族」から始まった。ユーラシア大陸中央部ではより統治に優れた「父系共同体家族」に進化したが、周縁部の欧州には「核家族」が残った。ドイツ/日本は中間的な「直系家族」。一方英国/米国は無秩序な「核家族」が残り、今なお力強さを持っている。
・米国はオバマ大統領になり「寛容」に変わりつつあり、これは世界にとって重要です。
・中国は急速に高齢化するため、中国の将来に対しては懐疑的です。また経済発展させたのは西側の多国籍企業です。中国は平等主義なので、今の格差社会は不安を抱かせます。
○今何が起こっているのか-『不均衡という病』(フランスの謎、2013年)
・本書はエルヴェ・ル・ブラーズとの共著で、ブラーズは「居住環境」を重んじていた。本書は「人類学的基底」(家族構造、居住環境、宗教など)から、仏国を個人主義的地域/中間的地域/集団的地域に区別するのが目的であった。本書により世代間での継承だけでなく、地域による継承が存在するのを学んだ。
・ユーロを構築した人達は、世界は収斂に向かって行くと考えたが、実際は分岐である。
・仏国は民族的にも地理的にも多様である。
・パリは近代化(啓蒙/革命)の震源となったが、今は移民により混沌としている。しかしこれは一時的な事で楽観視している。
・生活様式/人類学/文化は経済の基盤である。苛烈な個人主義/資本主義に対して「保護層」(宗教、共産主義など)が存在する。
・共産主義は準宗教であり啓蒙の副産物である。そして進歩/平等/教育などの価値を生んだ。※彼は一時期共産党員であった。
・国民戦線に投票する人は敗者である。また高等教育を受けた人は免疫があるため国民戦線は核心にならない。
・仏国はドイツ/日本と比べると経済指標で劣るが、出生率などで将来は明るい。経済偏重のエリート教育には問題がある。
・日本は「直系家族」が基本だが地域により差がある。本書での分析方法を利用し、日本も分析してみたい。ドイツも同様である。
・ブラーズは情報学/数学に優れ、二人は相互補完的で、この傑作が生まれた。
○ソ連崩壊の予言とマルクス-『最後の転落』(1976年)
・本書は彼の処女作である。当時「国立人口統計研究所」に出入りしており、ソ連の「乳児死亡率」に唖然とし、ソ連の崩壊を予言した。
・歴史には「目に見えないもの」(乳児死亡率、識字率、出生率など)が重要である。全ての変動(西洋の諸革命、ロシアの変動、アラブの変動)は、「識字率の上昇→出生率の低下→心性の変遷」と全て同じ経路を歩んでいる。
・彼の著作(本書、『文明の接近』など全て)は、人類統計学の忠実な表現です。
・ソ連崩壊後にロシアが混乱したのは、共産主義が準宗教的だったから。
・彼の研究主体は80年代に「家族構造」に移っていた。ロシアは「共同体家族」なので、「直系家族」のドイツ/日本、「核家族」の英国/米国とは別形態の資本主義・民主主義になると予想されます。
・マルクス主義には2つの要素(①階級に対する考え方②経済に対する考え方)がある。本書では階級には十分考慮したが、本書を著した時期は経済発展期だったため、マルクス経済学は考慮していない。しかし近年は獰猛な個人主義/資本主義による危機によって、マルクス経済学を再考している。
○ユーロ危機と「アラブの春」-『アラブ革命はなぜ起きたか』(2011年)※本書は読んだ
・2012年仏国大統領選で民族差別的なサルコジと伝統的なオランドが闘い、オランドが僅差で勝利する。この選挙は「アラブが問題だ」とするサルコジと「ドイツが問題だ」とするオランドの闘いでもあった。
・仏国は自由主義/平等主義の中央部(パリ近隣)と不平等主義/権威主義の周縁部が存在する。
・「緊縮政策」は危機を脱するための適正な政策ではない。しかし「景気刺激策」も借り手が借金を増やし、貸し手が貸金を増やすだけで、結局新興国(中国、インドなど)を富ませるだけである。
・欧州には①自由貿易②ユーロの2つの「ゾンビ・コンセプト」があるが、危機脱出の解決策としてはユーロを諦めるしかない。
・ギリシャはユーロから離脱すると1年間は厳しい状況かもしれないが、その後は適正な為替レートにより復活する。
・ユーロが崩壊するとドイツは万事休します。ドイツはそれを恐れています。
・イスラムには暴力的な「イスラム主義」と穏健な「イスラム政党」がある。トルコはドイツには「キリスト教民主主義」政党があると批判している。
・欧州はキリスト教民主主義が穏健化し多数派になる事で民主主義が安定した。アラブでも同様で、忍耐強く見守ろう。
○イスラム諸国の民主化-『文明の接近』(2007年)
・本書のタイトル「ランデヴー」を「収斂」でなく「接近」と訳したのは適切である。世界は一つに「収斂」するのではなく、「多様化」する。
・世界が識字化し出生率が低下するのは明言できる。民主主義化も普遍的ですが、その形態は様々となる。現にドイツ/日本型、ロシア型、中国型など様々の形態がある。
・チュニジアが「アラブの春」の発端となったのは、マグレブ三国(モロッコ、アルジェリア、チュニジア)として仏国の影響が強かったため。
・エジプトはアラブ圏で人口が突出しており、「家族構造」も内婚率(いとこ同士の結婚)が低く、典型的なアラブ国ではない。
・リビアは産油国。産油国(リビア、サウジアラビアなど)は強力な抑圧機関を保持できます。
○東日本大震災
・東北に対しては以前から「家族構造」で関心を持っていました。彼の研究は机上での分析(目に見えないもの)なので、被災地を訪問する試み(目に見えるもの)は初めての経験でした。今回の被災地訪問は日本研究の始まりです。
・「青森ねぶた祭り」で「企業グループ内の序列」「組織内の序列」を感じた。
・被災者が親切で寛容なのに驚いた。しかし南相馬では日本ではない違和感を感じた。それは被災者よりボランティアの方に強く感じた。
・60歳以上の人は津波の経験があり、高台への避難を渋った。放射能に対しても、若者に比べて恐怖感が少なかったように思う。
・人は危機に見舞われた時、それに対処する方法を自己の伝統/文化から探し出すのを感じた。また日本人はグループ主義(集団的?)なので、この危機に巧く対処できると思う。
・日本でも通常は企業間は競争関係だが、危機的状況に至ると連携関係に変わるのに驚いた。
・日本は巨大で余剰な生産力を持つため、問題なく復興する。
・他方核に対しては、女川原発/福島原発で見られた様に完璧ではなく、理性に反して小児性が見られる。
○(補)『シャルリーとはだれか?』(2015年)
・2015年風刺漫画『シャルリー・エブド』がテロリストに襲撃された。数日後、反テロ/表現の自由を訴える370万人に及ぶ大デモが発生した。彼らは「私はシャルリー」を掲げた(※シャルリーは英語のチャーリー)。彼は「私はシャルリー」側を批判し、イスラム教への寛容を説いた。
・『不均衡という病』で「二つのフランス」論を説いている。仏国は平等主義で核家族の中央部(パリ近隣)と不平等主義で直系家族の周縁部に分かれる。しかし1960年頃から周縁部でも脱キリスト教化が進んだが、その心性/生活様式は「ゾンビ・カトリック教」として「保護層」にそのまま残った。一方中央部では共産主義が「保護層」となったが、共産主義の崩壊で今は「宗教的空虚」に至っている。
・「私はシャルリー」を掲げた人達は、周縁部で左派政党社会党を支持する中産階級/高齢者/ゾンビ・カトリック(MAZ)であった。彼らは不平等主義者で、EU/ユーロを支持する売国者であった。また彼はオランドを「ドイツへの隷属」を選んだと批判する。
・イスラムに対しては対決ではなく、妥協が必要とした。
・彼は本書により多くの批判を受けた。彼が使用した「大衆的寡頭制」「他者の宗教」も批判を受けた。
○6つの対談について
<エマニュエル・トッドは何者か-『家族システムの起源』(2011年)>
・本対談は最新作『不均衡という病』の発表後(2013年)に日本で行った。本対談はその後半部である。
・本書は彼のライフワークである。彼は宗教革命(16世紀)以降、家族構造は根本的に変わらないとし、心性史/政治・経済・社会史を分析している。ただし欧州に対しては工業化以前に限定している。
・家族構造は「核家族」が起源で、「共同体家族」に進歩した。欧州に残る「核家族」は、国家による社会インフラ(道路、病院、学校、社会保障など)が「保護層」となって支えている。
・内婚制(いとこ同士の結婚)には父方と母方があるが、アラブの父方の内婚制を重視している。
・日本を独立した文明として扱っている。
<今何が起こっているのか-『不均衡という病』(フランスの謎、2013年)>
・本対談は最新作『不均衡という病』の発表後(2013年)に日本で行った。本対談はその前半部である。
・心性/イデオロギーに多くの影響を与える「人類学的基底」(家族構造、農地システム)に、居住環境を新たに加えた。また宗教を上部でなく、下部の「人類学的基底」に含めている。
・仏国周縁部では「ゾンビ・カトリック教」が「保護層」となり、中央部では「啓蒙→大革命→共和国→世俗主義」の流れから共産主義が「保護層」になった。
<ソ連崩壊の予言とマルクス-『最後の転落』(1976年)>
・本対談は2012年『最後の転落』の和訳出版前に仏国で行った。
・20歳代で本書を書けるのは、天才の証しである。
・人類はソ連が崩壊した原因を解明していないと思える。ソ連が何であったのか/社会主義・共産主義が何であったのか/ロシア革命が何であったのか解明する必要がある。※ある程度解明されているのでは。
<ユーロ危機と「アラブの春」-『アラブ革命はなぜ起きたか』(2011年)>
・本対談は2012年仏国大統領選直後に仏国で行った。
・サルコジが敗れオランドが勝利し、普遍主義・平等主義の「正常なフランス」が保たれた。しかし『シャルリーとはだれか?』(2015年)では、期待を裏切り「ドイツ追従路線」を取ったオランドを酷評している。
・対談では「ゾンビ・コンセプト」(自由貿易、ユーロ)が登場し、『不均衡という病』(2013年)では「ゾンビ・カトリック教」が登場する。
<イスラム諸国の民主化-『文明の接近』(2007年)>
・本対談は2011年「アラブの春」直後に仏国で行った。
<東日本大震災>
・本対談は彼の被災地訪問後に再度日本を訪れた時(2011年)、被災地訪問を企画したジャーナリスト三神万里子氏が行った。
○あとがき
・6つの対談は雑誌『環』に掲載されています。これらの対談の対象には彼の処女作『最後の転落』から最新作『不均衡という病』までが含まれています。