『青木理の抵抗の視線』青木理(2014年)を読書。
ジャーナリストとして、公権力を批判しています。批判対象は政府、刑事司法(検察、警察)、メディアなどです。
本書は3部構成で、第1部と第3部は対談で、第2部は著者が書いた記事を収録。
お勧め度:☆☆☆(世の中を見る目を養いたい)
キーワード:集団的自衛権、憲法解釈、立憲主義/民主主義、内閣法制局、特定秘密保護法/特定秘密、刑事司法、代用監獄/人質司法/密室での取調べ/証拠の隠匿/検察に追随する裁判、法制審議会、検察審査会、裁判員制度、公権力、暴力団排除条例、銃摘発/覚せい剤密輸、沖縄基地問題、原発再稼働、脱原発、風評被害、情報公開、愛国心、記者クラブ、社会部、内部告発、知ること
<第1部-対談>
○集団的自衛権
・「集団的自衛権の行使容認」は戦後日本を根本から覆します。自衛隊は「憲法解釈」で「最低限の防衛手段」として認められていたのです。「集団的自衛権の行使」を容認すれば、海外で武力行使する「フツウの国」になります。「集団的自衛権の行使容認」は9条削除に等しい。
○立憲主義
・国民が立憲主義/民主主義を享受できないのは、これらが自分達が勝ち取ったものではなく、与えられたものだからです。
・ヒトラーは全権委任法(立法権を政府に与える法)でワイマール憲法を骨抜きにした。これは日本の「憲法解釈」に類似している。
・日本国憲法は不戦条約が元にあり、最先端で理想の憲法である。
○安倍政権
・内閣法制局は「憲法の番人」です。安倍首相が内閣法制局長官に「集団的自衛権の行使容認」を唱える小松一郎を据えたのは問題です。他にも日銀/NHKの人事にも介入している。警察出身の漆間巌など安倍首相が重用する人物は偏った人が多い。
・安倍首相を支える人は、哲学者のNHK経営委員/憲法改正案を作成した磯崎陽輔など復古主義者が多い。
○外交
・安倍政権では靖国参拝/歴史認識に絡む軽率な発言など外交問題が多い。安倍首相は海外から「歴史修正主義者」と懸念されている。
・戦後日本は分断を逃れた。逆に分断された朝鮮での戦争で経済成長した。
・欧州は統一に向かっている、東アジアもその方向に向かうべきである。
・拉致問題を解決するためにも、関係国である中国/韓国との関係を改善する必要がある。
○特定秘密保護法
・特定秘密保護法を作成したのは、公安警察の出先機関の内閣情報調査室である。「特定秘密」に指定できる条件は外交/防衛/テロ防止となっているが、公安警察はテロ防止として国内を治安維持するのが目的である。
○将来不安
・金融緩和による景気幻想だけで政権を選ぶのは問題である。公共事業によるバラマキで財政再建は見えず、原発問題も先が見えず、貧困格差も広がる一方である。これらの原因に2世/3世議員への世代交代/首相独裁を招く小選挙区制/メディアの劣化がある。今や「戦後」は終わり「戦前」に戻った感がある。
・田中角栄は金権政治だったが、弱者への配慮があった。
・近年日本にレイシズム(人種主義)/不寛容が広がりつつある。この原因は景気低迷/少子高齢化/貧困格差などの将来不安である。
・景気低迷/貧困格差の中で殺人事件は減少している、逆に自殺は高止まりしている。
○メディア
・京都大学熊取に原子炉があり、彼らは原発の危険性を訴えた。しかしメディアはこれを取上げず、原発タブー作りに加担した。
<第2部-記事>
○刑事司法
・日本は有罪率が99%を超え、足利事件など冤罪が多く、小沢事件の様な裁判もあり、刑事司法を根本から考え直す必要がある。また裁判所は検察から「自動販売機」と揶揄されている。
・ここ5年で永見事件/足利事件/布川事件/東電女性社員殺害事件/PC遠隔操作事件と冤罪は多い。刑事司法の問題点は明確になっている(①代用監獄②人質司法③密室での取調べ④証拠の隠匿⑤検察に追随する裁判)。発覚した冤罪は一部であり、この国の刑事司法は後進国並みの暗黒地帯である。
・2013年「法制審議会」の「刑事司法制度の見直し案」を見て愕然とした。「取調べの可視化」は後退し、逆に「通信傍受法の拡大」が掲げられていた。まさに焼け太りであり、言語道断である。
・「PC遠隔操作事件」で検察は4人を誤認逮捕、うち2人は犯行を自白している。これは「人質司法」などの悪弊が原因である。「法制審議会」の見直しで「取調べの可視化」は抵抗され、逆に「通信傍受法」は拡大された。権力をチェックすべきメディアは、権力に寄り添い、警察/検察が流す情報をそのまま垂れ流している。
・2010年検察は小沢氏秘書の石川知裕を逮捕するが立件できず。検察は一般市民から成る「検察審査会」を悪用して強制起訴する。メディアは「小沢叩き」に奔走し、民主党は「小沢外し」で分裂する。
・猪瀬知事の5千万円受領は、東京地検特捜部が徳洲会の次男毅氏の公職選挙法違反の強制捜査から発覚した。しかし法務/検察の上層部の圧力で「略式起訴」となった。検察は「正義の機関」ではなく、組織保身に注力する官僚組織なのだ。
・「死刑制度」が維持されている国は、先進国では日本と米国のみである。
・尾形英紀は2人を殺害し、地裁で死刑判決を受ける。彼は「反省しないから死刑を受ける」と控訴を断る。彼に対する警察/検察/裁判所/メディアの対応が、彼を反発的にさせた。
・「耳かき店員殺害事件」で東京地検は「人の命を尊ばない犯罪には極刑を求む」とした。これは「健全な正義」なのだろうか。
・「鳥取連続不審死事件」は裁判員裁判となった。当裁判は強盗殺人2件/詐欺/窃盗で起訴され、裁判員には負担の重い裁判であり、さらに死刑判決する責務と苦悩が加わった。これらの点から「裁判員制度」を改善して欲しい。
○警察
・冷戦終結で公安警察は縮小されたが、「9.11事件」で警視庁公安部は増強された。その公安部から、テロとは無関係の在日イスラム教徒の個人情報が多量に流出し、彼らは多大な被害を受けた。しかし警視庁公安部は被疑者を断定せず、時効となった。
・最近「芸能人の不祥事」や「角界の八百長」が報道された。これらの情報源は警察である。警察は全国に25万人を擁し、強制捜査権を持ち、Nシステム/銀行口座などどんな情報でも収集する「公権力」を持つ。警察が発信する情報は、醒めた目で見る必要がある。
・島田紳助が芸能界から引退した。これに喜んだのは「暴力団排除条例」を主導した警察であろう。またこの情報源も警察が押収した携帯メールからである。
・今日各所に防犯カメラが設置されている。警視庁は「民間防犯カメラの映像」と「警視庁が所有する手配被疑者の画像」を自動照合するシステムを稼働させた。
・1990年代警察庁が「銃摘発」の大号令を掛けた。これにより北海道警は協力者と「拳銃200丁の摘発」と「覚せい剤(100億円分)の密輸」を暗躍した。結果覚せい剤は密輸されたが、協力者に逃げられ銃摘発には失敗する(その後当事者が手記を出版)。実は出版前に北海道新聞が「泳がせ捜査の失敗」という記事を書いていた。これに対し北海道警は圧力を掛け、北海道新聞に「誤った記事」として謝罪させていた。
・1995年「警察庁長官銃撃事件」が起こる。警視庁刑事部はオウムの犯行と推察していたが、狙撃したのはオウム信者の警視庁公安部巡査長であった。警視庁はこれを隠蔽した。
・北海道新聞の高田昌幸記者は、「北海道警の裏金作り」を記事にした。新聞業界は彼に新聞協会賞/菊池寛賞を与え、矜持を示した。これに対し北海道警は圧力を掛け、高田氏は退社する。今は高田氏は高知新聞で反権力で闘っている。
○外交/沖縄
・北朝鮮への圧力重視から、今は対話チャネルを失っている。
・国際情勢を報道する雑誌『フォーサイト』『プレイボーイ』『フォーブス』が相次いで休刊した。この状況は絶望的である。※ネットによりメディア業界も厳しそう。
・沖縄基地問題は県外移設で迷走したが、米軍基地の74%が沖縄にある事が問題の本質である。
・鳩山首相のドタバタ後の2010年沖縄県知事選で、安保堅持/県外移設の仲井眞氏が再選する。普天間基地の移設先は「ヤマト」で考えないといけない問題である。
・安倍政権は双務性から「集団的自衛権の行使容認」に向かっている。ならば不平等の「思いやり予算」「地位協定」も見直すべきである。ひたすらな「米国追従」は「売国」である。
○原発事故
・京都大学熊取に研究用の原子炉がある。彼らは准教授にすら成れない中、原発の危険性を訴え続けた。御用学者/御用記者/御用文化人が多い中、彼らを真の知識人だと思う。
・福島原発事故の真相が解明がされていない状況で、原発の再稼働が進められている。「脱原発」で自然エネルギー/再生可能エネルギーの活用を望む。
・「風評被害」が問題になっているが、その沈静化よりも①客観的なデータを収集し、明確化する②風評被害者に対し補償するが必要である。これは電力を享受した者の責務である。
・10万人の避難民が帰郷できない状況で、原発の再稼働が進められている。「安全だから動かす」ではなく、「動かしたいから安全にする」では論理が逆転している。
・専門家は「放射能漏れはしない」「原子炉は健全だ、炉心溶融は一部」など大嘘をつき、文化人は原発PRに手を貸した。原発は止まっても、利権に群がる体質は変わらない。
・ドイツでは福島原発事故により「倫理委」が「10年以内の原発停止」を結論付け、メルケル首相は2022年までの原発全廃を宣言する。
○その他国策
・「秘密保全法(後の特定秘密保護法)」は「尖閣ビデオ流出問題」が発端である。「特別秘密(後の特定秘密)」は当該行政官庁が指定するので、隠したい情報を幾らでも隠蔽できる。今必要なのは「公的情報を隠す法」ではなく、「公的情報を出させる法」である。
・「秘密保全法」「マイナンバー法」でほくそ笑むのは警察/検察/国税である。原発事故で見られた様に(SPEEDI情報の隠蔽/重要会議の議事録がないなど)、この国は「情報公開」では後進国である。
・「特定秘密保護法」は「テロ防止」から何でも、「特定秘密」に指定できる(例:原発関連)。この法律により行政官庁の職員は委縮し、この法律は関連企業にも適用されるため、民間企業も委縮する。当然社会に流通する情報は減少する。この法律は外交/防衛の秘密を守るのが目的ではなく、治安維持が目的である。
・NHK籾井会長は就任会見で「特定秘密保護法は通ってしまった、世間が心配する事は起きない」「国際問題で政府が右と言う事を左と言えない」「靖国参拝は問題ない。慰安婦はどの国にもあった」などと発言。彼は日本最大のメディアの会長に相応しくない。類は友を呼ぶ。
・第1期安倍政権は官邸主導から官僚を遠ざけたが、警察官僚の漆間巌は例外であった。小沢事件で「自民党に捜査は及ばない」と問題発言する。また憲法解釈で「集団的自衛権の行使」を容認したのも彼である。
○メディア
・2010年朝日新聞が大阪地検特捜部の「押収証拠改竄事件」をスクープする。しかし大手メディアは「記者クラブ問題」や「当局ベッタリの報道」で批判されている。
・2012年首相官邸周辺で1万人を超える反原発デモが行われたが、大手メディアは報道しなかった。首相官邸の「記者クラブ」には約400名が登録されているが、彼らはそれに気を回す感性がないのである。「デモを空撮したい」の訴えに、ネットで1千万円の寄付が集まった。メディアへの不信は想像を絶する程深い。
・警視庁には3つの「記者クラブ」があり、百人以上の記者が常駐する。社会部記者の2割が警察/検察を担当する。原発/冤罪/社会保障/医療/農業など、それとは別の担当に回して欲しい。
・読売新聞は元球団代表清武氏に「巨人軍契約金問題」を暴露され民事裁判に出る。この一連の行動は「内部告発」への抑圧であり、読売新聞は「内部告発」を報道する資格を失った。
・日経新聞は枚方市長の「ゼネコン汚職事件」で、読売新聞は福岡県警の暴力団からの現金受領で「情報源」を明かした。メディアにおいて「情報源」の秘匿は大原則である。
・朝日新聞は「慰安婦誤報問題」で現政権や他メディアから猛攻撃を受けている。しかし誤報は当然非難されるべきだが、御用メディアとならず、自国や政権の歪を指摘するのがメディアの役割である。
・アフリカなどで事件・事故/災害で数百人が亡くなっても大きな記事にならない。一方欧米で同程度の事件・事故/災害が起こると大きな記事になる。まして邦人が含まれていると大変である。「命の不平等」を感じる。しかしフィリピンは例外である。
・2013年安倍首相とオバマ大統領の会談で「TPPで関税撤廃はない」が明確になる。全国紙はこれを称賛した。一方地方紙は「聖域がある事は既知」「農業強化策が必要」などを訴えた。
○その他
・東京都議会の野次には辟易する。
・東京都知事選で舛添要一が当選したが、元幕僚長が61万票を獲得した。彼は「南京大虐殺はなかった」「靖国参拝は日本の誇りである」「治安/テロ対策を強化する」などと演説。野蛮で不寛容なエセ愛国心に薄ら寒さを感じる。※今の世界には愛国心より大きなものが必要なのかも。
・小泉政権で経済財政担当相などを歴任した竹中平蔵は「パソナグループ」の会長に就いており、「利益誘導」に見える。彼は正月前に住民票を移し、住民税を支払っていなかった。
<第3部-対談>
○「知ること」が人を自由にする
・ジャーナリストは様々な出来事を取材/記録する。評論家/歴史家がこれを論評/検証し、歴史が作られる。こんな面白い仕事はない。
・同じ出来事/事実でも人によって解釈が全く異なる。相手の立場で考える事は重要である。そのためには、多くの人の話を聞き、色々なものを見て、色々な本を読んで、その上で行動するだけの事である。
・国会図書館には「真理は我らを自由にする」が掛けられている。これには色々な解釈があるが、真理にたどり着くには、「知ること」が絶対必要である。
<あとがき>
・「特定秘密保護法」は成立し、刑事司法も改悪され、「集団的自衛権の行使」は容認され、著者にとって本書は「敗北の記録」である。しかしジャーナリストとして権力に「抵抗の視線」を投げた証しであり、皆様に本書を読んで頂けるのは幸せである。