『東京ユートピア』寺田悠馬を読書。
著者の世界各国を飛び回った経験から、日本と外国を比較しています。日本異質論、ガラパゴス化などがテーマになっています。
前半は日本を絶賛していますが、後半はこのままでは日本は世界から取り残されると懸念しています。
作り話もあるかもしれませんが、ユニークな本です。
著者は作家寺田憲史の子息です。
お勧め度:☆☆
キーワード:コロンビア大学、ヘッジファンド、グローバル化、アニメ、妥協なきこだわり、マクドナルド/オールジャパン・クルー・コンテスト、六本木ヒルズ、マンション、損得勘定/非合理、地下鉄、資本主義/合理性、ガイジン、欧州/国際感覚、ガラパゴス化/国際標準、異国情緒、コア・カリキュラム、熱気、ユートピア、ソフトパワー、ピーター・パン
<序章>
・著者はニューヨークのコロンビア大学に留学した。小劇場で手動照明のアルバイトをしたが、それは舞台の臨場感を高める重要な仕事であった。
・著者はコロンビア大学で美術史を学んだため、ゴールドマンサックス日本法人の就職はためらったが、自分の居場所が見つかると思い、契約書にサインした。
・2007年ヘッジファンドに転職し、ロンドン/香港で勤務する。ヘッジファンドは株価が暴落した時に買うので、株価の安定に寄与している。ヘッジファンドは、成功した投資家が金融機関から独立し、立ち上げるケースが多い。
・鳩山首相は「日本は市場至上主義で崩壊した。金融危機は米国が起こした」と批判。しかしこれは世界常識と異なる。今は世界はグローバル化/一体化し、一つの国際社会しか存在しない。「リーマンショック」の言葉自体和製英語で、世界では通用しない。
・日本社会は高品質で、それを世界に訴えるべきである。※「クール・ジャパン」とかあったけど、どうなったんだ。
<日本人の楽園>
○香港-アジアの御曹司
・2008年著者は香港転勤になる。香港でマレーシア財閥の御曹司Gに会う。彼は日本アニメに興味を持ち、大変な親日家である。彼は日本アニメはドラマ性があると絶賛し、日本人の「妥協なきこだわり」に感嘆する。
・著者も食事の旨さ/温水シャワー/ウェイターの態度/文房具の使い易さ/空調の温度/交通機関の運行/おいしい水など、日本の世界的優位を感じている。
○東京-マクドナルド
・ヘッジファンドの創業者で上司のMは東京マクドナルドのファンである。彼はそのサービスの質の高さに驚いている。米国のマクドナルドは店舗は汚く、店員は不愛想で、低所得者/学生が行く場所になった。
○東京-日本人特別論
・香港の「半山エスカレータ」や「空中通路」は外国人を主眼に作られた。
・日本のマクドナルドは「オールジャパン・クルー・コンテスト」を30年以上実施している。これは全国13万人のバイトが参加し、調理/接待などの技術を競う。これに勝ってもバイト料が上がるなどのメリットはない。この話を上司Mにすると、日本人の「損得勘定」のなさに驚く。
・日本人のこの「非合理さ」が高品質を生んでいるのだろう。そもそも日本人には対立を好まない傾向がある様に思う。
○香港-マンション選び
・著者は「六本木ヒルズ」商業区域のデザインに建築家ジャーディが参加したことに落胆する。世界のスタンダードに媚びる事を疑問視する。
・著者は香港転勤となりマンションを探すが、不動産屋が紹介するのは趣味の悪い「金ぴかタワー」や「ヒョウ柄クラブ」であった。
・香港は裕福になることを目指し、切磋琢磨している街なのかも。日本は対立を避けることが前提で、品質は追求されるが、「損得勘定」が無視され「非合理」な社会なのでは。※これは本書の重要ポイント。
○ロンドン-オスカー・ワイルドが去った街
・著者にはインド系アメリカ人の友人Aがいる。彼は若くして金融業界で成功し、休暇になると世界各国を旅行する。著者は小さな劇場/古本屋/骨董屋などがある下北沢が好きで、そこで彼と待ち合わせた。
・ロンドンは金融産業に偏り過ぎたため、殺伐とした社会になったのでは。ロンドンの地下鉄はストライキも故障も多い。しかし彼らがストライキするのは「合理的」である。世界が資本主義になったのは、その分かり易さ(合理性)にあるのでは。
○香港-タクシー狂騒曲
・香港では台風が来るとタクシー会社は休業するが、個人タクシーは営業し、平然と高値を要求して来る。出社すると、いくらで乗れたかが話題になる。
・日本は高品質のモノ/サービスを提供し続ける社会であるが、その出発点は「損得勘定」がないためか。
<楽園人とガイジン>
○東京-外の人と内の人
・外国人が日本に来て、最初に覚える日本語は「ガイジン」だろう。「ガイジン」は”日本人ではない”の意味で、日本独特の閉鎖的/排他的な言葉である。
○ロンドン-倫敦小噺
・ロンドンで話題になった話がある。「モノ言う株主」のファンドAが日本のソースメーカーBに財務の懸念事項を説明していると、B社の重役が「財務のことを言っているが、ソースの材料を知っているのか」と、それに対しA社の代表は「水ですか」と答え、全く話が噛み合わなかった。
・著者はロンドン勤務の時『FTマガジン』を取っていた。それに「外国人は、なぜ日本を理解するのに苦しむか」の記事があり、そこで紋付袴/相撲取り/舞妓の写真が使われ、ジャーナリストのピリング氏は「日本人は自分達を外国人は理解できないと信じ、理解を促そうともしない」と書いていた。
○ブダペスト-西方のサーカス
・2004年は中東欧10ヵ国がEUに加盟した歴史的な年である。その直前著者はブダペストを旅行した。聖イシュトバン大聖堂/国会議事堂/ブダ城などは大変な迫力があったが、市街は薄暗かった。例外はEUの事務所であった。
・著者はそのEU事務所に入る。受付の女性はマジャール語で話すので全く通じなかった。マジャール語はウラル語族で特異である。この国が「一つのヨーロッパ」に加盟するとは信じ難い。
・ベルリンを旅行した時、初老の男と出会う。彼は「東ドイツの時代は、少なくとも仕事はあった」と嘆く。「中東欧諸国のEU加盟をどう思うか」の質問に「嫌なら加盟しなくても」と答えた。
・最近「ドラクマ」「マルク」「リラ」と云う言葉をよく聞く。これらはEUからの離脱を想像させる言葉である。
・欧州はEUに代表される様に、自身の価値観/感性を相手に説明し、理解を促し、コンセンサスを見い出してきた。逆に云えば、この選択肢しかなかった。彼らは柔軟な対応力/相手の受容/自己主張など研ぎ澄まされた国際感覚を持っている。
○東京-ガイジンには分からない
・日本の産業は「ガラパゴス化」と云われる。これは高機能だが世界ではビジネスにならないことを指す。他方GSM(携帯電話の通信規格)/IFRS(国際財務報告基準)など欧州は国際標準を作る能力に長けている。「ガラパゴス化」は産業界だけでなく、文化面でも価値観/感性で日本は孤立している。※米国は全く新しいモノを作るのに長け、欧州はマネージメント面での国際標準を作るのに長けていると思う。
・グローバル化が進展し対立が深まる中では、自身の損得を守り自身の立場を構築する能力は不可欠である。このまま行けば、日本人だけが異なるアイデンティティを違和感なく受容できる国際感覚を持てず、まさしく世界の「ガイジン」になる。※この辺りも本書の重要ポイントか。
○メリオン-透明人間
・著者は高校の時に米国に留学した。通ったメリオンの高校は大半がWASPで、存在感は薄かった。しかし人種差別を受けることはなかった。
○東京-アメリカから来た道化師
・著者はメリオンの高校に通った後、寮のある進学校に転校する。そこでポーランド系アメリカ人Eと知り合う。その後彼は「JETプログラム」で日本の小学校の英語教師になる。彼はそこで”愉快なガイジンのお兄さん”を強要されて困っていた。これはテレビに登場する”派手な動作や表情を見せるガイジン”と共通する。
<楽園人と仮面>
○トキヨー-不思議の国
・2003年映画『ロスト・イン・トランスレーション』が高い評価を受ける。この映画は東京が舞台で中年男性と若妻の恋愛映画である。背景に渋谷の交差点/カラオケボックス/バラエティー番組/選挙カーなどが使われているが、日本人の会話は英語訳されていない。これは日本に異国情緒(日本は理解できない国)を求めたからである。
※映画は見ないけど、視聴者を俳優に集中させる手法では。
・なお題名の『ロスト・イン・トランスレーション』は”訳すとニュアンスが正確に伝わらない”を意味する。
・2000年フランスの出版社より短編小説集『東京小説』が出版されたが、そのフランス語タイトルは『トウキョウ・パチンコ』であった。「パチンコ」は娯楽の場だが、フランス人には労働の場を思わせ、「ピンボール」とは異なる場である。
○ニューヨーク-オーダーメイドの綻び
・日本文化を海外に広める団体(ジャパン・ソサエティーなど)は多くあり、そこでのイベントは「寿司/ハッピ/和太鼓/茶道」がお決まりである。これは”外国人がイメージする日本”の正当化に過ぎない。
・近年は政府が「マンガ/アニメ/コスプレ/カワイイ」に気付き、「カワイイ大使」を海外に派遣したが、これも”外国人がイメージする日本”の単なる輸出に過ぎない。
○ニューヨーク-感情教育
・コロンビア大学には「コア・カリキュラム」と云う必修過程がある。これは歴代の名著(1年生は文学、2年生は哲学)を週1冊以上読んで、週2回それについて議論する過程である。教授は議論の方向を微調整したり、安易な結論に至った時は、学生を煽ったりする。学生は世界各国の出身者で、イデオロギーも違えば価値観/社会観/倫理観/歴史観/宗教観も違う。すなわち「ガイジン」の集まりである。そのため自分の考えを理論立てて説明する能力が不可欠になる。※これは凄い。
・米国の大学は世界の縮図であり、世界の優秀な学生が意見を闘わせ、今後の世界を模索する場所になっている。日本人の留学生は減少しているが、留学を思い止ませる大人の言動も残念である。※米国の大学の学費は高いそうだけど。
・哲学者カントは小論文『啓蒙とは何か』で、王室/教会が支配する社会を否定し、一般人の現状に甘んじる怠慢を批判した。これは「啓蒙主義」になり、アメリカ独立戦争/フランス革命の思想的根拠になった。
○上海-民工たちの午後
・2010年中国の日本現地法人を訪れた。売り手市場の労働者が簡単に転職するので、工場長は労働者の確保に苦労していた。しかし労働者には将来への楽観的な明るさが見られた。
・同様の「熱気」は香港でも感じられる。立ち止まると後ろから押しつぶされそうな「勢い」を感じる。様々な国の人と接し、政治/メディア/資本市場/教育/文学/美術などの話をすると、日本はすでに博物館に展示されてしまった国に思えてしまう。※香港は凄いらしいね。やはり日本は化石賞に相応しいのか。
・本書で紹介した友人達は、日本の魅力を認め、日本に好意を持つ人達である。日本人は「損得勘定」を無視し、高い品質にこだわる民族である。日本はもっとそれを訴えるべきだ。
<終章-東京ユートピア>
・「ユートピア」の本来の意味は「非空間」「存在しない場所」である。このままでは日本社会は消滅し、「ユートピア」になるのでは。
・東京のホテルで夜景を見ていると、東京には「ポストカード・ショット」(代表する風景)がないと思う。東京は多様で混沌としているが、世界から確実に注目される「ユートピア」である。
・「マンガ/アニメ/コスプレ/カワイイ」などがよく「ソフトパワー」に例えられる。しかしある政治学者は「ソフトパワーは、自分が望むことを、相手にも同様に望ませる力」と定義する(一時期の米国など)。日本の「寿司/ハッピ/和太鼓/茶道」「マンガ/アニメ/コスプレ/カワイイ」を押し付けるのではなく、日本の「妥協なきこだわり」を外国人に望ましいものと思わせて、初めて「ソフトパワー」と云えるのでは。
<あとがき-ネバーランドの悲劇>
・作家バリーが書いた「ピーター・パン」には少なくとも4作ある。1902年『小さな白い鳥』で少年半分/小鳥半分の「ピーター・パン」が初めて登場する。1904年戯曲『ピーター・パン』を書き、1906年児童向けの『ピーター・パン』を書き、さらに1911年小説『ピーターとウェンディ』を書く。
・「ピーター・パン」は永遠のイノセント(子供時代)の象徴である。「ピーター・パン」が永遠に過ごすネバーランドは楽園であるが、牢獄でもある。
・著者は時々東京に戻るが、やがて外に出たい衝動に駆られ、東京を離れる。これは東京と云う楽園があるお蔭かもしれない。