『叩かれても言わなければならないこと。』枝野幸男(2012年)を読書。
少し古い本ですが枝野氏の著書を読んでみました。「脱近代化」「負の再分配」が基本になっています。
どちらかと云うと、前半(エネルギー政策)より後半(脱近代化、国内経済、参加型民主主義)が面白かった。
お勧め度:☆☆(政治の方向や枝野氏の理念が分かった)
キーワード:脱近代化/負の再分配、情報伝達、原発事故/水素爆発/計画停電/絶対安全、経済成長/活力の維持、産業構造/就業構造、自己実現/中小企業/家族、省エネルギー/新エネルギー、脱原発依存/使用済み核燃料/廃炉/発送電分離、社会保障/消費税、若者/女性/高齢者、部品/素材、海外展開/中小企業政策、クールジャパン/システム輸出、近代化の敗戦処理、情報公開/公平さ
<はじめに>
・近代化により様々な歪が発生しています。原発事故はその代表です。今はその歪を修正する時代です(脱近代化)。
・経済成長が望めない今、リスク/コストを国民全体で負担する「負の再分配」が必要です。※マイナスイメージの言葉だな。まあ平準化かな。
<3.11>
・東日本大震災でシビアアクシデント(過酷事故)への備えがない事を露呈した。マニュアルがなかったり、あっても役に立たなかったり。本来拠点となるべきオフサイトセンターは使えなかった。
・情報伝達は最重要であったが、「情報の途絶」が見られた。地震当日、十数の自治体とは連絡が取れなかった。またJR東とは通常ルートでは連絡が取れず、結局著者自身が直接社長と話し、帰宅を停止させた。
・福島原発からの要請で60台以上の電源車を集めたが、プラグが異なる/電圧が異なる/ケーブルの長さが足りないなど問題が多出した。
・12日午後3時36分に1号機が水素爆発し、テレビ放映されるが、午後5時35分官邸が東電から受けた資料には「1号機で白煙発生。4名負傷」としか書かれていなかった。この状況で定例の記者会見を行った。
・「計画停電」は13日夜に発表され、翌朝から実施される予定であった。著者は直接交渉し、東電の電力需給対策担当に14日午前の「計画停電」を止めさせた。
・原子力の安全/監視に関する原子力安全委員会/保安院/文科省/国交省の業務を環境省「原子力規制委員会」に集約した。それ以前は原発を推進する資源エネルギー庁と原発を規制する保安院が共に経産省にあった。
・電力会社も所轄官庁も「原発は絶対安全」と言うしかなかった。「安全性を高めます」と言うと、「安全でない」事になるからである。
・マニュアルを作る/防潮堤を高くするなどの近代化には限界がある。それを認識する事は「脱近代化」の一歩である。
視点-記者会見
・官房長官の会見はノーカットで放映された。これにより批判が少なかったと思う。政治家の発言がカットされて放映された場合、誤解が多いと思う。
<負の再分配-脱近代化>
○大量生産社会の終わり
・日本は「坂の上の雲」を追う時代は終わった。今からは「量」ではなく「質」を求める時代である。大量生産は労働単価が圧倒的に低い新興国が優位である。
○「成長」から「活力の維持」へ
・経済成長期は「富の再分配」であったが、今は「負の再分配」の時代である。日本は成長幻想/改革幻想から覚めるべきだ。
・政府は経済成長名目3%を目標にしているが、これは庶民が思う成長とは異なり、「経済活力の維持」である。
・近年の経済は「痩せ我慢」であった。企業は国際競争に勝つため賃金を下げ、労働所得は低下し、消費は低迷する。悪循環に陥っていた。これを解消するには、産業構造/就業構造の転換が必要である。
・「産業構造の転換」では、内需では医療/介護/子育ての民間サービスの育成とエネルギー転換が重要である。外需ではアニメ/ファッション/伝統工芸/日本食などの日本的価値を産業化(クールジャパン戦略)する必要がある。
・これらを成すには多様な人材が必要で、「就業構造」を「終身雇用、正社員、男性中心」から「女性、若者、高齢者、障害者、外国人」を活用する社会に変換する必要がある。
○幸福のかたち
・一生懸命働いて、いい給料をもらって、いい生活をする時代は終わった。今からの生きがいは「自己実現」である。そのための環境を作るのが、政治の役目である。
・「自己実現」を阻害するものに「介護難民」がある。介護サービスなどの社会保障と失業対策を充実させるためには、税金や社会保険料を増やす必要がある。
・「自己実現」は小さなフィールドの方が望ましい。そのため中小企業はそのフィールドになる。また社会的に排除されている人を包摂する「社会的包摂戦略」が重要になる。
・「自己実現」のベースは家族であり、家族の経済的/時間的/精神的な余裕を確保する必要がある。
・「近代化は終わった」認識を共有する事も必要である。
視点-政権交代
・2009年総選挙で圧勝し政権交代したが、支持率は急速に低下した。これは課題解決には何年も掛かるのに、直ぐにできると勘違いされたためである。「大きくなったパイを分配する幻想」ではなく、「どうやって負担を分担するか」これを理解してもらう必要があった。
<脱原発依存-エネルギー政策>
○政治の責任と役割
・資源/エネルギーを大量消費する時代は終わった、今後は「脱近代化」から省エネルギー/新エネルギーへの転換が必要になる。
・日本は人口密度が高く、自然災害も多いため、原発に適していない。なるべく早い「脱原発依存」(以下脱原発)を考えている。
・「脱原発」の課題に、使用済み核燃料と廃炉の処理がある。また原発を止めると、電気料金の負担と電力不足が問題となる。
・自民党はわずか5年で郵政改革を骨抜きにした。「脱原発」もこの様に転換されては困る。2012年6月から始まった官邸での抗議デモは毎週金曜日に行われているが、これは力になる。
○脱原発のプログラム
・安全基準を満たす原発は再稼働させるが、満たさない原発は安全ランキングの低いものから廃炉にする。
・2012年7月「固定価格買取制度」の施行で再生可能エネルギーは進展する。
・次は電力供給システムの転換である。電力料金を決める「総括原価方式」はコストに報酬率を上乗せする。そのため「電力ムラ」の温床となっており、これは廃止する。
・「電力ムラ」の解体には「発送電分離」が必要である。原発は国が運営するのが望ましい。国が運営すればリスクの負担も廃炉の決定も可能になる。
・深刻な問題は「核燃料サイクル」の問題である。高速増殖炉「もんじゅ」はトラブルが続き、六ヶ所村再処理工場は本格操業できず、高レベル放射性廃棄物の処分場は決まっていない。これまで原発の恩恵を受けて来たのは東京などの都市である。都市に「使用済み核燃料」の貯蔵をお願いする事になる。
○エネルギーを選ぶ社会
・今後は「省エネルギー」が重要になる。建物の「断熱材」は効果がある。「パワー半導体」の素材をシリコンからケイ素に転換する事で、消費電力が激減する(※知らなかった)。火力発電所のエネルギー効率は40%で、6割のエネルギーが捨てられている。蓄電技術にも期待される。
・太陽光発電/風力発電/燃料電池/蓄電池/次世代自動車などの新エネルギー産業は今後拡大する。「脱原発」は「地デジ化」と同じく、乗り換えと考えれば良い。
・「電力小売りの自由化」は電力/ガス/熱などを含めたエネルギー全体の自由化です。
視点-地球温暖化
・日本はCO₂排出量を1990年から2020年で25%削減する目標を立てています。これを省エネルギー/新エネルギーで実現する必要がある。
<安心社会による活力-国内経済>
○安心というサービス
・内需喚起には医療/介護/子育てサービスを充実させる必要がある。
・これらのサービスには安定性/継続性が求められます。そのためにはサービス提供者の雇用を安定させる必要がある。
・サービスを安定させるためには分厚い中間層が必要です。今の社会の二極化は問題です。
・今は現役世代の所得が下がり、貯蓄率は上がっています。「もの」も通貨量も十分にありますが、有望な投資先がないため、銀行預金などにお金が貯まる一方です。今必要なのは「老後の安心」と「子育ての安心」です。
○中核となる社会保障
・「老後の安心」を満たすのは医療/介護サービスです。著者は役所の無駄を省く一方、社会保障を充実させる「小さな役所、大きな政府」を目指しています。
・社会保障の負担を次世代に押し付けている(借金する)のは問題です。しかし社会保障の予算を減らすと、高齢化で益々医療/介護の質が低下し、さらに貯蓄率が上がり、消費は低迷します。
・社会保障を充実させるためには、保険料または税金を増やす必要があります。消費税はフェアな税です。所得税は年金で生活している高齢者には掛からず、現役世代だけに掛かるアンフェアな税です。※これは気付かなかった。
・社会保障を充実させるためには、医療(医師、看護師)/介護(介護士)/子育て(保育士)の雇用を安定させる必要があります。そのためには「社会保障と税の一体改革」が必要です。
○民間サービスの充実
・医療/介護/子育てサービスはコアな部分とそれ以上の部分を分け、それ以上の部分に「民間サービス」を取り入れ、質と量を向上させるべきです。
・今まで社会保障が充実しなかったのは「負担」と考えていたためで、「サービス」への意識転換が必要です。※さらにビジネスになれば。
・「民間サービス」は、コナミスポーツ&ライフ「リハビリサービス」や東急グループ「キッズベースキャンプ」などで見られます。
○新産業の担い手
・経産省の試算ではヘルスケア/子育て/クリエィティブ産業(アート、ファッション)/エネルギー産業で1千万人の担い手が必要になります。「新しい産業」の担い手は多様性を持つ若者/女性/高齢者が有効です。
・「新しい産業」は地域に密着したサービスのため、中小企業に有利な産業になります。若者は「大企業幻想」を捨て、中小企業に就職すべきです。これからは人口減少で労働力が不足するので、女性/高齢者の労働力は不可欠になります。
・女性の労働力率はM字カーブを描いています。女性の再就職にはインターンが有効です。また女性がネットワークを利用し起業する事も考えられます。
・高齢者を再教育し、彼らの経験/知識を有効活用すべきです。
視点-公平感
・「年金制度」は”高齢者のための保険制度”と思われていますが、間違いです。「年金制度」は”現役世代が親の心配をせず、自由に活動するための保険制度”です。※確かにそうだ。
・人口構成が逆ピラミッド型になると年金保険料の負担は増えますが、逆に遺産相続は増えます(※これも認識していなかった)。負担すべきを負担せず、借金をして次世代に押し付けている事が問題なのです。
・世代間の格差も問題ですが、世代内の格差(横の格差)も問題です。資産相続で格差が固定化しています。これを解消するには、相続税の強化が必要です。※金持ちの子は苦労せず金持ちなので、これも正論だな。
<生き残りの新戦略-対外経済>
○勝ち残れる技術力
・2011年貿易収支は2兆5千億円の赤字でした。この要因は円高/タイの洪水/国際的な経済低迷/化石燃料の輸入増などです。日本が大量生産する時代は終わり、これからは「日本で作れる高付加価値のものは何か」の競争になります。
・東日本大震災でサプライチェーンが寸断され、日本の工場だけでなく、世界の工場で生産がストップしました。しかも震災の直撃を受けた企業は、無名の中小企業が少なくなかった。大震災で日本の部品/素材メーカーの存在感を改めて感じました。
・炭素繊維では国内メーカーが世界シェアの7割を占めています。ボーイング787の35%は日本製です。飛行機/パソコンなどを作る競争には勝てませんが、部品/素材を作る競争では、日本はトップを走っています。
・日本は技術で勝っても、事業で負けるケースが多くあります。パナソニック/シャープはプラズマ/液晶を作り、さらにテレビを作った事で負けたのです。※最近は部品/素材でも負け始めている気がする。
・日本にはダイヤモンドの原石の様な中小企業が沢山あります。今までの経産省の中小企業政策は、弱くて小さい会社を「保護する政策」でしたが、これからは優秀な人材の確保/海外展開の支援など「攻めの政策」に転じる必要があります。
・海外展開すると国内産業が空洞化すると思われているが、間違いです。海外展開した企業ほど、国内の雇用を増やしています。経産省は中小企業に海外展開のノウハウ(政情、制度、法律、知的財産権など)を伝え、海外展開を支援すべきです。
○ブランド戦略
・「クールジャパン」は世界から高い評価を受けている日本の文化/価値/食などを海外展開する戦略です。日本のメロン/牛乳/米は海外で高価格で売れています。
・2009年政権交代以来、力を入れているのが鉄道輸送システム/上下水道システムなどの「システム輸出」です。日本の原発技術は高く、原発もこれに含まれます。
○新たな戦略
・海外展開では現地のニーズを把握する事が重要です。高性能/多機能であっても現地のニーズに合っていなければ売れません。
・食器(漆塗り、陶磁器、金属加工品)と日本食をセットで売る(食のシステム輸出)のも有効です。
・今後世界でエネルギー/食糧が不足するので、これらは重点項目になります。※陸の食物は増産可能だろうが、海の食物は自然頼りなので心配だ。
視点-ハイパーインフレ
・デフレから抜け出すには医療/介護/年金にお金を注ぐ必要があります。これにより「老後の安心」が得られ、消費を拡大できます。
・国と地方の累積債務は1千兆円あり、金利が1%上がると10兆円も金利負担が増えます。金利が1%上がるのは十分あり得ます。一方税収は40兆円しかありません。借金の膨張を早急に止める必要があります。
<覚悟を求める政治-参加型民主主義>
○敗戦処理からの出発
・今は「第3の改革」の時代です。第1は明治維新、第2は敗戦処理、今は「近代化の敗戦処理」の時代です。
・歴代の首相で最も困難な仕事をしたのは鈴木貫太郎(任1945年4月~8月)です。軍部のクーデターが懸念される中で、平和裏に降伏に導いた手腕は評価できます。
・次に大きな仕事をしたのは吉田茂(任1946年~54年)です。1951年サンフランシスコ平和条約/安全保障条約を締結しました。安全保障条約は吉田の心情に合わなかったと思いますが、的確に成し遂げました。
・改革を成すには「意識改革」(封建社会は終わった、軍国主義は終わった、近代化は終わった)が不可欠です。
※「封建社会は終わった。近代国家を作ろう」「軍国主義は終わった。民主国家を作ろう」「近代化は終わった。福祉国家を作ろう」など、次の目標の設定/認識が必要では。
○負の再分配
・「55年体制」は拡大するパイを自民党サイドと社会党サイドで奪い合う時代でした。田中首相は正しく拡大したパイを分配する首相でした。小泉首相は人件費を下げるなど近代化のアクセルをさらに踏む首相でした。今は「近代化」ではなく「負の再分配」が必要な時代です。※首相評価は中々面白い。
○情報公開の原則
・「負の再分配」を実現するには、それを国民に説明する必要があります。その大前提は「情報公開の原則」です。※情報公開は最低条件だと思う。
・原発事故の際、「SPEEDI」の存在をマスコミの報道から知った。これは国民の政治不信を招いた。原子力対策本部での「議事録未作成」は関係者の感度が問われる。
・「政治資金収支報告書の公開」は当然である。「利害関係者との接触」にも配慮がいる。利害関係者とは会わないのが原則だが、会う場合は必ず議事録を残し、それを公開すべきである。※正しい。昨年はこの手の問題が多かった。
○責任の共有
・「負の再分配」を国民に納得してもらうには、「情報公開の原則」と共に「公平さ」が重要である。「公平さ」を実現するには、国民に政治に参加してもらう事だ(参加型民主主義)。それには中央の権限を地方に移譲し、地方分権化する必要がある。
・著者は薬害エイズ問題に取り組んだ。複雑化した社会の中で、政治家は自分の軸となる政策テーマに対し努力するものである。国民にはそのための声を上げて欲しい。
・また政治家は「負の再分配」を国民に説得する責任がある。テレビで説得する時代は終わった、これからは1対1での説得(ドブ板、街頭演説、オープンミーティング)が重要になる。
視点-インターネットと政治
・インターネットが政治に与える影響は増大し続ける。しかしその功罪を忘れてはならない。
<おわりに>
・日本は「もの」が溢れている。今からは「生きがい」を求める時代である。そのためには「近代化の敗戦処理」が必要である。