『思考停止社会』郷原信郎(2009年)を読書。
日本には「遵守」の呪縛があり、これにより日本人は本質を見る目を失い、「思考停止」に陥っていると訴えています。
食品/建設/司法/年金/メディアにおいて、「遵守」の呪縛から生じた問題を解説しています。
著者は法律家の重要性を提言していますが、私達一般人も本質を見れる目を身に付けたいものです。
お勧め度:☆☆(少し難しい)
キーワード:印籠、法令違反/偽装/隠蔽/改竄/捏造、法令遵守/思考停止、<食品問題>不二家/牛乳/箝口令、伊藤ハム/シアン化合物、<建設問題>耐震強度偽装問題/建築基準法、ステンレス鋼管/水圧試験、<経済司法>村上ファンド事件/インサイダー取引、ブルドックソース事件/買収防衛策、ライブドア事件/損害賠償、<裁判員制度>重罪事件/就業予定期間/心証形成/量刑、<厚生年金制度>厚生年金記録改竄問題/遡及訂正/標準報酬額/滞納、<マスメディア>TBS/捏造疑惑/放送法/利益追求、<遵守>法令/社会的規範、<思考停止からの脱却>社会的要請/センシティビティ/コラボレーション/法律家、法治社会
○はじめに
・日本人は「水戸黄門」の印籠に無条件にひれ伏し、「法令違反」「偽装」「隠蔽」「改竄」「捏造」を行った集団には一切弁解を許さない。
・日本ではトラブルは通常、慣行や仲裁によって解決され、司法で解決されるのは稀である。しかし近年自由化により「法令」との関わりが強くなり、法令にひれ伏す(法令遵守)のを改める必要がある。
・「法令遵守」による「思考停止」を改め、物事の本質/根本を理解し、認識し合い、目指すものを明確にし、力を合わせていくべきです。
○食での思考停止
・2007年不二家/「白い恋人」/赤福餅/ミートホープ/比内地鶏/船場吉兆など食品業界で多くの問題が発覚し、この年の漢字は「偽」になった。マスコミも「思考停止」し、世論に合わせ、彼らをバッシングし続けた。
・不二家は「消費期限切れの牛乳」を使い、それに箝口令を敷き、問題となった。著者は不二家の「信頼回復対策会議」の議長に就く。
・「消費期限」「賞味期限」は似ているが、一般的に日持ちしない物に「消費期限」、日持ちする物に「賞味期限」を表示します。牛乳は普通「賞味期限」ですが、不二家の工場は開封容器を使用するため、「消費期限」表示の牛乳を原料に使用していました。不二家はこの「消費期限」を超えた牛乳を使用しましたが、実質的には問題のない範囲でした。
・箝口令「発覚したら雪印の二の舞」はコンサルタント会社が報告書に書いた言葉で、不二家自身から出た言葉ではありません。
・これらにより不二家の基準違反/細菌数/苦情件数/異物混入などが連日報道されました。「細菌数」では「大腸菌」と混同され、「大腸菌が検出されたのに、回収しない」と報道されました。
・TBS「朝ズバッ」では1月に3時間40分報道しました。不二家の製品は販売店から撤去され、不二家は製造/販売の全面停止に陥りました。
・これにより各社が消費期限/賞味期限切れの商品を回収しました。ローソンは賞味期限切れの醤油を添付していたため、「焼鯖寿司」「にぎり寿司」を回収しました。
・2008年伊藤ハムはソーセージ/ピザなど267万個の回収を公表しました。原因は”工場で使用する地下水”に、基準値の倍のシアン化合物が検出されたためです。
・しかしこの基準値は飲用水の基準で、検出された値はWHOの基準値は満たしています。また「水道法」「食品衛生法」にも違反しません。ではなぜ公表/回収したかと云うと、柏市の「食品衛生法施行条例」に「工場で使用する水は飲用に適するもの」と規定されていたからです。
・伊藤ハムは9月18日に排水からシアン化合物を検出します。原因追及のため当初工場内の処理水を検査していましたが、10月に地下水が原因と判明し、10月25日に記者会見でシアン化合物の検出を公表しました。これにより伊藤ハムは印籠「隠蔽」を突き付けら、バッシングは続き、東京工場は閉鎖になります。
・食品は人間に必須のため、食品企業は食品に関する情報を「公表」する義務があります。しかしその「公表」は①食品がまだ市場に残留している場合②食品が市場で既に全量消費されている場合で分けて考える必要があります。
・不二家の場合、②全量消費済みでしかも健康上の問題もありませんでした。
・伊藤ハムの場合は①市場に商品が残留しており、微量のシアン化合物により生産停止する事も考えられますが、それが社会の要請に応える事でしょうか。諸外国では健康被害の危険があると判断された時に初めて回収します。マスコミもそれを前提としています。日本は異常な状態にあります。
・不二家の場合、TBS「朝ズバッ」での「チョコレート再利用疑惑報道」(後述)が起こり、不二家へのバッシングは鎮静化しました。しかし伊藤ハムの場合は問題の本質を全く理解されず、食品問題での「思考停止」は深刻と云えます。
○建設での思考停止
・2005年国交省が「耐震強度偽装問題」を公表します。国交省は問題のある建物の使用を禁止し、社会問題に発展します。そのため国交省は「建築基準法」を改正し、ソフトウェアで構造計算書を「偽装」できない様にしました。ソフトウェアの対応遅延やリーマンショックなどにより、建築業界は不況に陥ります。
・近年の建物は複雑で、「建築基準法」の耐震性能は実質的には意味をなさないものでした。耐震性の低い建物がゴロゴロしているのに、新たに建てる建物には「建築基準法」の改正で高い耐震性が要求される不自然な状態になりました。また1990年代価格競争の激化で、設計段階では耐震性能を満たしていても、施行段階で手抜き工事が横行する様になりました。
・そんな中で耐震強度が「偽装」された建物は使用が禁止され、取り壊されました。これは正に印籠「偽装」の突き付けです。
・「耐震強度偽装問題」は耐火建材の「偽装」や鋼材試験データの「捏造」に拡大します。
・2008年ステンレス鋼管の試験データの「捏造」が相次ぎます。JIS規格では水圧試験が義務付けられていましたが、水圧試験は実態にそぐわず、行われていませんでした。2004年にJIS規格が改正されましたが、その後も試験データの「捏造」が続いていました。2004年の改正時に「法令違反」を認め、実態に則した改正にすべきでした。
※この問題はどちらかと云うと、行政の問題だな。
○経済司法の思考停止
・2007年「村上ファンド事件」の1審判決が出ます。本事件はライブドアによる日本放送株の大量取得において、村上ファンドがインサイダー取引したとする事件で、1審判決で有罪になります。
・「ブルドックソース事件」は、スティール・パートナーズ・ジャパンの敵対的TOB(株式公開買付け)に対するブルドックソースの買収防衛策(新株予約権の発行)の事件です。ブルドックソースはスティール社に23億円の対価を支払い買収を逃れますが、最高裁はこれを合法とします。
・この両事件での判決は、証券市場/企業買収市場の発展を妨げる判決で、公正な市場を支えるはずの経済司法の「貧困」を表しています。この経済司法の「貧困」は裁判所と検察の問題です。
・「村上ファンド事件」の問題の本質は、村上ファンドが高値で「売り抜けた事」です。米国では株式市場の不公正取引は「相場操縦あるいは策略を用いる事」と包括的規定になっています。検察は包括的規定(不正な手段)を適用せず、インサイダー取引の禁止を適用しました。
・ライブドア社長堀江氏は出資していた投資事業組合の粉飾決算(虚偽記載)で有罪になります(ライブドア事件)。またライブドア株下落で金融商品取引法(以下金商法)の推定規定から95億円の支払いを命じられます。しかし堀江氏は総選挙で与党から立候補したり、経団連の会員になったり、社会全体が「粉飾」していたと云えます。それが検察の情報リークによりライブドアの株価が急激に下がったのです。
※この辺り法律/経済用語が多く、難しい。
・2008年8月アーバンコーポレーションが倒産します。アーバンは倒産2ヶ月前に転換社債型新株予約権を発行し、資金繰りを改善させたと思われていました。しかし転換社債はスワップ契約しており、全額がアーバンに渡らなかった事を、倒産の記者会見で初めて公表しました。これは投資家を欺く行為で金商品法に抵触しますが、金融庁は軽微の処罰で終わらせます。
・これらの経済司法の「貧困」の原因は、検察/裁判所での年功序列/終身雇用による閉鎖的人事にあります。検察の起訴/不起訴の判断は内部で完結されます。「村上ファンド事件」で金商法の包括規定を適用せず、従来からのインサイダー取引に固執したのもこれに依ります。検察/裁判所が証券取引/金融取引の基本を理解していない事も原因です。司法制度改革において、経済司法は重要な分野です。
※司法/医師/教員などは個人事業的で、変化への対応が遅い気がする。
○裁判員制度での思考停止
・裁判員制度と太平洋戦争は、一度始めたら止められないで似ている。裁判員制度の主目的は「国民の司法参加」と思われるが、その議論が尽くされたとは思えない。「国民の司法参加」を求めるなら、国民に身近な事件を裁判員裁判の対象にすべきで、「死刑を含む重罪事件」を対象にするのは不適切です。
・また裁判員制度は欧州の参審制と米国の陪審員制をミックスした妥協の産物で、それを上から押しつけています。
・裁判員制度では裁判員の負担軽減のため「公判前整理手続」が導入されます。しかし「就業予定期間」も導入されるため裁判員交替の可能性があり、事実認定/量刑判断を誤らせる要因になります。
・またマスコミの事件報道は裁判員の心証形成(※事実認識)に大きく影響を与えます。
・裁判員の負担は時間面だけでなく、量刑から心理面でも負担になります。
※「秋田連続児童殺害事件」での裁判員裁判を想定し、評価しています。審理時間/部分判決などを評価していますが省略。
・最高裁は裁判員裁判でも「スピード審理」より「充実した審理」を重視すべきとの報告書を作成しています。
・「民」(日弁連)は裁判員制度の目的を「裁判官と検察官の癒着の断ち切り」とし、「官」(最高裁、法務省、検察)は「国民に刑事裁判を理解してもらう事」としています。※他にも裁判官の増員や裁判の増進などもあった様な。
・裁判員制度の目的が「国民に司法を理解してもらう」のであれば、今の閉じられた司法に国民を取り込むのではなく、司法を開く方が望ましい。
○厚生年金制度での思考停止
・「年金記録改竄問題」で社会保険庁(以下社保庁)への非難が拡大しています。著者は本問題で厚労省の調査委員会に加わりました。調査を通じて、マスコミ/国民に大きな誤解がある事が分かりました。またこの問題は社保庁の組織的な犯罪などではなく、厚生年金制度自体や大企業/中小零細企業の2重構造に問題の本質がある事が分かりました。
・厚生年金は事業者/従業員/事業主(5人以上雇用)は加入が義務付けられ、標準報酬額に応じて保険料の支払義務と年金の受給権利が生じます。
・本問題は標準報酬額を過去に遡って引き下げた(遡及訂正)ため「改竄」とされました。事業主が自身の判断で引き下げたのであれば問題はありませんが、従業員が知らないうちに引き下げられたのであれば問題になります。
・社保庁の調査で6.9万件に「改竄」の可能性がある事が判明しました。この6.9万件の内、従業員に実際に被害が及ぶ「遡及訂正」は僅かであり、さらに社保庁が直接関与した件数はさらに少なくなると思われます。しかしマスコミは大々的に「組織的改竄」と報道しました。
・中小零細企業の事業主の場合、報酬額の変動が激しく、標準報酬額の算定は容易ではありません。標準報酬額を大企業の事業者と中小零細企業の事業主で一律に定めている厚生年金制度に問題があります。中小零細企業事業主の厚生年金加入は、再考の必要があります。
・社保庁が保険料の滞納を解消するため、標準報酬額を「遡及訂正」する行為は、実態に則した適切な対応と云えます。その理由は、今の厚生年金制度では滞納の有無に関係なく、標準報酬額から年金受給額が決まるからです。また滞納者に対しては資産を差し押さえる事になっていますが、これは逆に中小零細企業の倒産を招き、適切な対応ではありません。
・この「遡及訂正」が「組織的改竄」と一方的に非難された背景に、政治家の国民年金未納(2004年)/未納情報の目的外閲覧(2004年)/カワグチ技研事件(2004年)/保険料の不正免除(2006年)/宙に浮いた年金記録(2008年)/保険料の横領(2008年)/組合活動への給与支給(2008年)などの一連の不祥事があったからです。特に免除制度からの保険料の不正免除が、この「遡及訂正」を「組織的改竄」と決定付けました。
・また舛添要一厚生労働大臣の社保庁に対する発言もこれを助長しました。
・個人事業者と変わらない「小規模法人の事業者」をどう扱うかが重要です。しかし会社法制は最低資本金がなくなるなど、逆の方向に向かっています。
・産業の2重構造(大企業と中小零細企業が存在する)の下で厚生年金制度をどう実態に適合させるか、抜本的に検討する必要があります。
○思考停止するマスメディア
・食品偽装問題/耐震強度偽装問題/年金記録改竄問題などで国民を「思考停止」に導いた責任はマスメディアにもあります。
・関西テレビ「発掘!あるある辞典」で「納豆を食べると痩せる」を放送します。しかしデータの「捏造」が発覚し、番組は打ち切られ、同社は民間放送連盟から除名されます。しかしこれは特異な例である。
・TBS「みのもんたの朝ズバッ!」は2007年1月不二家問題の最中に「チョコレート再利用疑惑」を放送します。当放送で「不二家が賞味期限が切れたチョコレートを牛乳で溶かし、再利用していた」との証言ビデオを流します。
・同月著者は不二家の「信頼回復対策会議」の議長に就きます。当放送を調査すると、①不二家は返品自体、行っていない②カントリーマアムは当工場で扱っていないの矛盾があり、証言ビデオの「捏造疑惑」が起こります。
・捏造ビデオを作成し、出演者が寄ってたかって批判し、「そんな会社には廃業してもらいたい」とまで言った罪は重いと考えます。
・4月「朝ズバッ!」で「謝罪」まがいの放送が行われます。しかし「チョコ再利用は証言者が間接的に聞いた話だった」と弁解するだけでした。
・総務省が放送法改正に踏み切った事により、民法/NHKは「放送倫理・番組向上機構(BPO)」に「放送倫理検証委員会」を新設します。しかし当委員会の見解も「捏造」ではなく、担当ディレクターの単なる誤解からの「過失」としました。
・TBSも「検証委員会」を設け、11月報告書を公表しますが、「誤解/過失」で片付けました。
・不二家は山崎パンの子会社になり、フランチャイズ店の20%は閉店しました。その原因が「チョコレート再利用疑惑」とは言い切れませんが、その影響は多大だったと思います。
・放送は社会に重大な影響を与えます。放送内容には真実性/客観性/公平性が求められます。放送法では「公安/風俗を害しない」「政治的に公平」「事実を曲げない」「多面的に論じる」などを規定しています。さらに「放送内容を第3者機関がチェックし担保する」が枠組みになっています。
・ところが放送事業者は利益追求に走り、視聴率を高めるため、事実の脚色/誇張/歪曲が見られます。その上、放送内容に対する自主的な検証/フォローも見られません。「捏造」などを認め、真実を明らかにした者(関西テレビ)は重いペナルティを受け、真実不明で曖昧に対応した者(TBS)は不問に付されるのが現状となっています。これはマスメディアの「思考停止」と云えます。
※少し外れるけど、ある党が広告料に上限を設ける事を提案をしていた。
○「遵守」は思考停止に繋がる
・「遵守」には法令に従う「法令遵守」と、「社会的規範」に従う「規範遵守」があります。「社会的規範」に反すると「偽装」「隠蔽」「改竄」「捏造」などのレッテルを貼られます。
・今は社会の変化が激しく、法令が社会の変化に追い付けない状況にあります。この乖離を解消する方法に①法令を柔軟に変える②乖離した法令は使用しないがありますが、日本は②に該当します。
・また日本では刑事司法/民事司法は特殊な問題を解決する方法であり、法令は問題解決の周辺部でしか機能していません。日本の法令は「伝家の宝刀」であり「印籠」なのです。
・また法令に対してだけでなく、「社会的規範」に対しても「遵守」が求められ、これに反すると「偽装」「隠蔽」「捏造」「改竄」と批判されます。これも「遵守」による「思考停止」と云えます。
・不二家/伊藤ハム/耐震強度偽装/社保庁は「偽装」「隠蔽」「改竄」と決めつけられ、バッシングが続きました。かつては問題を話し合いで解決していたのが、「遵守」一辺倒になっています。
○思考停止からの脱却
・「思考停止」から脱却するには、印籠に対し頭を上げ、しっかり向き合う行動が必要です。その行動は①「社会的要請」に応じている(センシティビティ、鋭敏性)②複数の人間/組織で取り組む(コラボレーション)によりパワーを増します。
・「社会的要請」を把握するには、法令の趣旨/目的を理解するのが最良です。しかしこれには法的知識が必要で、法律家の仕事になります。
※この章難解。
・伊藤ハムは「柏市保健所は違法な行政指導をした」として国家賠償請求訴訟するのも選択肢です。これに同調するジャーナリスト/法律家もいるはずです。
・「社会的規範」は法令の様に明文化されていないため、、相互理解が必要になります。
・法律家はかつては特殊な問題を解決するのが役割でしたが、「社会的要請」に応じていくため、法令と「社会的規範」の双方を理解する必要があります。
・司法制度改革の1つに法曹資格者の大幅増員があり、その目的は「国民に身近な司法」です。しかし法科大学院修了者の司法試験合格率は3割に低迷し、若手弁護士の就職難も深刻化しています。※まだまだ需要がないのか。
・英国には2種類の法曹資格があり、法廷弁護士と事務弁護士(経済社会で法的問題に対応できる)があります。
・日本が「真の法治社会」になるためには、個人やあらゆる組織が法令と「社会的規範」を理解し、「社会的要請」に応じる行動が必要になります。