『宗教国家アメリアの不思議な倫理』森本あんりを読書。
米国の特徴を「キリスト教の土着化」として解説しています。
さらにポピュリズムと正統/異端を解説しています。
「福音派」を時々耳にしますが、何となく理解できた。
また米国人が何に対しても規制されるのを嫌うのも理解できた。
お勧め度:☆☆☆(大変面白い)
キーワード:<はじめに>リベラルアーツ、<序>二面性、キリスト教/土着化、<「富と成功」の福音>ピール牧師/トランプ、片務契約/双務契約、ウィンスロップ/幸福の神義論/明白な天命、落し穴、<反知性主義>リバイバル(信仰復興)、政教分離、チャーチ型/セクト型、平等、<トランプ政権の誕生>米国大統領、アンドリュー・ジャクソンン/猟官制、陰謀論、<ポピュリズム>ベラギウス主義、民主主義/理性的な人間、自由意志の崇拝、代替宗教、権威の衰退、<正統>異端
<はじめに>
・ビジネスパーソンは米国の「リベラルアーツ」(歴史、哲学、宗教など)を知る必要があります。米国の「本質」を知る事で、ポピュリズム/覇権/小さな政府などを理解できます。
<米国を解くカギは宗教>
・米国は「二面性」が強く、両極端な国です。道徳面では、日曜日に商売/飲酒を禁止する地域もあれば、酒/ドラッグ/セックス何でもありの地域もあります。科学面では、ノーベル賞受賞者を多く生み出す一方、キリスト教により進化論を否定する国です。政治面では、大統領選で熱狂する一方、健康保険制度/銃規制などに反対しています。
・キリスト教が米国に根付く時、「土着化」しました。「土着化」はどの宗教、どの地域でも起こる事です。
<「富と成功」という福音>
○福音とは
・2016年11月9日大統領選が開票されトランプが勝利した日、著者はニューヨークを訪れました。翌日トランプタワーのある5番街の「マーブル教会」を訪れます。この由緒ある教会はノーマン・ビンセント・ピールが牧師を務めていました。1952年彼が著した『積極的考え方の力』は米国でベストセラーになります。
・「自信を持ち、楽観的に考えれば、必ず成功する」が彼の主張です。この主張に聖書を引用しています。これは「ポスト真実」です。
・「ポジティブ思考」は「何かを記述する方法」ではなく「何かを行う方法」です。これは「命題の真理」を判断する時、迂遠な議論で決めるのではなく、「そう考える事で、うまく機能するかどうか」で決める「プラグマティズム」に則しています。※哲学は難しい。
・このピール牧師の「積極的思考」に心酔したのが、1960年代のドナルド・トランプです。しかし全てに忠実であった訳ではなく、謙虚であれ/怒りに身を任せるな/口を慎め/人を憎まないなどは、彼の耳に届いていないようです。女性関係も、その一つです。
・トランプ家は長老派教会に通っていました。彼の父は伝統的なプロテスタントで、関心は勤勉・努力や競争・勝利にありました。父が子に教えたのは「一生懸命働けば、必ず報われる」と云う信念でした。
・トランプの兄はアルコールで身を滅ぼしたため、彼はアルコール/喫煙/コーヒー/ギャンブルには手を出しません。彼のこの奇妙な信心深さは、米国では特殊ではありません。彼らは17世紀の「ピューリタン」以来の「福音」の伝道者です。この「福音」とは「富と成功」を指します。
○幸福の正当化
・本来聖書は、神と人間の関係を「片務契約」としています。ところが「ピューリタニズム」が米国で「土着化」するにつれ、「双務契約」に変移します。要するに「人間が神に従う事」と「神が人間に恵を与える事」が共に義務になるのです。つまり「正しい者には祝福を与え、悪い者には罰を与える」で、「因果応報」「信賞必罰」の論理です。
・さらに前後が逆転します。「正しい者は、祝福を与えられる」から「祝福を与えられているのは、正しい者だから」となります。これはマックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』と一致しています。
・この固有の発展により、「福音」は「富と成功」になったのです。日本では「成り上がり者」「にわか成金」は冷たい目で見られますが、米国では彼らは成功者として称賛されます。米国では「この世の成功」と「神の祝福」は一致しています。
・この倫理は、1630年ピューリタン指導者ジョン・ウィンスロップが新大陸に移住する人々に送った説教にも述べられています。
・ヴェーバーの「幸福の神義論」も幸福を正当化する宗教理論です。「今の幸福は偶然ではなく、正当な根拠がある」とする理論です。
・19世紀前半、米国は西に膨張します。この西部開拓を正当化した言葉に「明白な天命」があります。
○「富と成功」の落し穴
・これらの理論は、全て「勝ち組」の理論です。では「負け組」は現実をどう受け止めれば良いのでしょうか。2016年大統領選で民主党サンダース候補が若者にあれほど支持された背景に、この不満があります。またトランプを支持した「ラストベルト」の人達も同様です。
・米国は負けを知らない国です。1960年代「ベトナム戦争」「公民権運動」などで揺れ動きますが、その後も「米国の世紀」は続いています。
・本来宗教は「負けている人」を擁護するものです。キリスト教も、この「逆説の福音」を説いています。キリスト教は4世紀ローマ帝国に公認されるまで、宗教的には成功しましたが、世俗的には成功していませんでした。この「迫害の時代」は、世の不条理を説く「苦難の神義論」の時代でした。
・米国には、この苦難の時代がないのです。これはイスラム教にも云えます。米国もイスラム教も「負け」を内面的に処理し、成熟する機会がなかったのです。
・「富と成功」の福音には危うさがあります。無限の富を手に入れても、その先の目的がないのです。ビジネス/テクノロジーでの成功は目的でも、その先の目的がないのです。
・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』では、「成功で得た富は、遊興/放蕩に費やされることなく、再投資される」と無限ループになっています。しかしこの理論は現実的ではありません。
※他に「シンギュラリティ理論」「巡回説教師」について書かれているが省略。
<「反知性主義」という伝統>
○リバイバリズム(信仰復興運動)
・米国のキリスト教は現世的利益と深く結び付き、キリスト教の亜種と云えます。これまでの解説だと、米国では「平等」の理念が消滅したと思われますが、そうではありません。宗教的「平等」と「富と成功」の福音が伝統的な「反知性主義」として結び付いています。
・「反知性主義」と聞くと、知性を否定する主義と勘違いされますが、そうではありません。「反知性主義」はハーバード大学を卒業したエリート牧師が支配する教会への反発を指します。
・米国では植民地時代から、突然宗教心が深まる「リバイバル」(信仰復興)の波が何度も訪れています。この「リバイバル」の波は、18世紀には「独立革命」、19世紀には「奴隷制廃止運動」「女性の権利拡張運動」、20世紀には「公民権運動」「消費者運動」を起こしています。それは「リバイバル」が、キリスト教の「平等」と深く結び付いているからです。このラディカルな「平等意識」は「反知性主義」の主成分でもあります。
・1734年牧師ジョナサン・エドワーズにより、最初の「リバイバル」が起きています。彼が説教を始めると呻きや悲鳴が起こり、最後まで説教を続けられなかったそうです。※ポピュリズムの原型かな。
・1740年英国の牧師ジョージ・ホイットフィールドは米国に招かれ、東海岸を巡回しています(巡回説教師)。
・「リバイバル」の集会は教会ではなく、町の広場や森の空き地で開かれました。「巡回説教師」の唯一の収入は献金のため、説教は人を惹きつける必要がありました。彼らは権威ある牧師達を「学者パリサイ人」と批判しました。そこにはラディカルな「平等意識」があります。
・この「リバイバル」が起こった背景に人口の増加と大衆メディアの発達があります。1700年から40年間で、マサチューセッツでは書店業者が4倍に増え、定期刊行物は12誌になります。ホイットフィールドは、この定期刊行物を活用しています。この状況は、16世紀宗教革命が起きた時と同様です。
・この「リバイバル」が「独立戦争」に直接影響したかは証明できませんが、教会の相対化や人々が民主的で平等な社会を意識する切っ掛けになったと思われます。また英国の植民地でなく、「米国」としての自覚が芽生えたと思われます。
○米国型の政教分離
・米国の起源は、「英国国教会」の改革に不満を持った「ピューリタン」が目指した理想の宗教社会です。1776年米国は英国から独立し、史上初の「政教分離」した世俗国家になります。「ピューリタン」と世俗国家、矛盾すると思われますが、それは間違いです。米国の「政教分離」は、各人が自由に宗教を信仰するための制度です。
・この「政教分離」により、教会は自分達で献金を集め、それで運用する必要に迫られます。第2次信仰復興運動(19世紀前半)/第3次信仰復興運動(19世紀後半)で、大衆動員の方法やビジネス化が洗練されます。第2次信仰復興運動ではチャールズ・フィニー/第3次信仰復興運動ではドワイト・ムーディなどのリーダーが生まれ、集会はエンターテインメント化/ショービジネス化されます。米国のキリスト教が今なお活発なのは、そのためです。※米国大統領の演説もショーだな。
・第3次信仰復興運動のムーディは、「幸福の神義論」を説いています。
○チャーチ型とセクト型
・米国には「チャーチ型」と「セクト型」が存在します。「チャーチ型」は社会全体を覆っているグループで、生れ落ちて特に意識する事なく所属するグループです。日本の「檀家制」「氏子制」は「チャーチ型」と云えます。一方「セクト型」は既存の宗教団体に反発する改革派のグループです。こちらは「反知性主義」の源泉です。
・この集団区分は世俗にもあります。例えば大学にテニス部があったとします。しかしこの部は初心者の大人数の集まりで、練習にならない。そこで勝ちたい意識の強い部員が別のテニス部を作る場合です。当然前者が「チャーチ型」、後者が「セクト型」になります。この様に「セクト型」は精鋭集団になります。
※分かり易い例だ。「セクト型」は革新派かな。
・この「セクト型」は、反権力/反政府の立場に立ちます。米国人には、「政府は必要だが、最小限でなければいけない」の考えがあり、この二律背反的な考えが米国人の基本姿勢です。また旧世界を否定し、新しい世界を作ろうとした事が米国の起源であり、米国自体が「セクト型」とも云えます。
・「米国は宗教国家である」と云う場合、「キリスト教徒が何パーセントいる」とかの話ではありません。米国の枠組み自体が宗教的なのです。国家的問題に対し国民が「チャーチ型」と「セクト型」に分かれ、振る舞うからです。不満に対する国民の行動が神学的なためです。※難解。
・「セクト型」精神は「反知性主義」の源泉です。「反知性主義」の極めつけのヒーローがビリー・サンデーです。彼をモデルとした映画で、主人公はハーバード主義/イエール主義/プリンストン主義を嫌悪します。つまり「知性と権力の固定化」に反発しているのです。これはトランプ/サンダースの政治・経済の主流派に対する反発と同じです。今の米国人は「再生産」「階層の固定化」に立腹しているのです。
・米国には「反進化論」がありますが、これは科学(進化論)自体に反発しているのではなく、進化論を押し付けてくる権力(政府)に反発しているのです。トランプの「パリ協定離脱」も同じ原理です。※「銃規制反対」なども同じだな。超自由主義だ。
・「反知性主義」はどんな権威もぶっ飛ばしてしまうのです。その根底にあるのが、宗教的に基礎付けられたラディカルな「平等意識」なのです。※この「平等」とは、聖書の「神の福音は、『幼な子』に表される」かな。
・米国で「反知性主義」が生まれた原因は、国民が民主的で平等な社会を求めるからです。米国では知性は「反知性主義」によって検証されます。これは民主主義の健全な仕組みです。
・サンデーが生きた時代、教会の席は社会階級で決められていました。しかし「リバイバル集会」では銀行の頭取も炭鉱夫も隣り合わせで座りました。この「平等意識」が米国人をしびれさせました。「リバイバリズム」は、力のある者に怯む事なく頭を上げてきました。
<何がトランプ政権を生んだか>
○反知性主義の大統領
・これまで「富と成功」の福音と「反知性主義」を解説してきましたが、トランプの勝利はこの両方に起因しています。彼は福音派に支持されますが、彼は数度離婚し、中絶は支持し、聖書も間違える人です。彼はキリスト教的とは云えません。キリスト教の「土着化」による「富と成功」の福音が、彼を聖者(※要するに成功者)としているのです。
・トランプ勝利の要因に「反知性主義」もあります。彼の言動は反ウォールストリートで、政治・経済の中枢にいるエスタブリッシュメントを否定しています。
・実はこの「反知性主義」で勝利した大統領は多くいます。近年では2000年ジョージ・W・ブッシュがいます。彼は語彙が貧弱で何度も笑われています。1952年大統領選ではアイゼンハワーが勝利しています。彼は凡庸で、演説は下手で、政治経験はゼロでした。いずれも秀才に勝利しています。某政治史家はこれを「知識階級と民衆の不健全な断絶」と云っています。
○ジャクソンン大統領
・トランプと極めて近い大統領に、第7代大統領アンドリュー・ジャクソンンがいます。1828年大統領選で彼は第6代大統領ジョン・クインシー・アダムス(第2代大統領ジョン・アダムスの息子)に勝利します。
・それまでは選挙人は州議会が選んでいましたが、この選挙でほとんどの州が一般投票に変わりました。そのため様々な選挙キャンペーンが行われました。ネガティブキャンペーンが始まったのも、この選挙からです。米国はこの選挙により、インテリ貴族の国から、西部開拓のワイルドな国に変わったと云えます。
・しかしジャクソンは優れた大統領になります。サウスカロライナの独立を阻止する/第2合衆国銀行を破産させる/フランス・メキシコとの戦争を回避するなど大活躍します。少し脱線しますが、米国は連邦制なので「合州国」ではなく「合衆国」です。
・政府官僚をそっくり入れ替えたのも、彼が最初です(猟官制)。これもトランプと共通する反ワシントン/反ウォールストリート/反エスタブリッシュメントが伺われます。またネガティブな面でも両者は似ています。ジャクソンが米国人と云う場合、そこに黒人/先住民は含まれていません。
○米国の行方
・米国の政治的熱狂は特異です。この原型は「リバイバル集会」にあるのです。それは両者の目的が「人の心を掴む」で同じためです。
※大統領選の間接選挙(選挙人制度)を批判しているが省略。
・トランプは「米国を偉大にする」と人を惹きつけましたが、「偉大」になるのでしょうか。彼の掲げる政策は雇用の回復/不法移民の追い出し/不要な福祉の廃止などで、これは正義/平等/人権の棚上げです。本来米国は世界に正義/人権/民主主義を敷衍するのを目的としてきました。
・近年トランプ本が多く出版されています。『熱狂の王 ドナルドト・ランプ』『トランプ』などを見ると、トランプの目的は、「大統領選で勝ち、自分が最強である事を示す」と書かれています。そのため政策に実現性/実効性が乏しいのでは。※この指摘は見直しが必要かも。
・トランプが大統領になった事で、政権の中枢が「反知性主義」に占領されました。そのため権威への反発は国外に向いています。その代表が「京都議定書」「パリ協定」への反発です。米国の国連嫌いは有名です。そもそも米国は「政府は小さければ小さいほど良い」とする国です。
・これらの傾向はキリスト教右派に顕著です。フィリス・シュラフリーは「白人男性中心主義の米国」を、女性の側から支持しました。
・また米国は「パラノイア」(偏執病)が強い国です。「パラノイア」とは自分が常に誰かに攻撃されていて、危険が迫っていると妄想する病気です。そのため米国では「陰謀論」が頻出します。
・19世紀前半には「カトリック陰謀論」が登場します。その結末が、19世紀末の「米西戦争」やスペイン旧植民地(キューバ、プエルトリコ、フィリピン)への侵攻です。
・白人至上主義のフリーメーソン/イルミナティ/KKKなどの組織が、「陰謀論」を撒き散らしています。トランプの発言も「陰謀論」だらけに思えます。オバマ大統領の出生や宗教に関する発言は、真にそれに該当します。
<ポピュリズムをめぐる「なぜ」>
○なぜ世界でポピュリズムが蔓延するのか
・英国のEU離脱/トランプ大統領の就任/極右政党の躍進などは、ポピュリズムの蔓延によるものです。本章では3つの疑問、①なぜ世界でポピュリズムが蔓延するのか②なぜ米国でポピュリズムが蔓延するのか③なぜ常識ある市民がポピュリズムに染まるのかを解説します。
・古代に「ベラギウス論争」がありました。380年頃ローマにベラギウスがやってきて、「人間は自由意思を持っているので、障害を乗り越えられる。障害を乗り越えられないのは、努力が足りないから」(ベラギウス主義、自己責任論)と説きます。しかし彼は異端となります。
・「フランス革命」も「自由意思でユートピアを建設する」思想でしたが、目指す社会は明瞭でなく恐怖政治に至ります。この思想は、植民地主義の正当化/爆弾を投下してまで民主主義・自由市場を強制する進歩主義などで繰り返されます。
・民主主義は人民/自由/進歩の3要素が根拠となっていますが、その一つが暴走すると、どうなるでしょうか。新自由主義が良い例です。それは民主主義が「自律した理性的な人間」が前提となっているからです。
・21世紀はマスメディア/インターネットによって益々デマゴーグが煽られる時代になりました。
・人間は誰もが善を知っていますが、それを完遂できる人間は存在しません。パウロ/アウグスティヌス/ルター/親鸞は人間の意志の弱さを吐露しています。「自律した理性的な人間」を問い直す必要があります。※前提が間違っていたら、全く成り立たない。
○なぜ米国でポピュリズムが蔓延するのか
・ポピュリズムは世界で蔓延していますが、米国で特に蔓延するのは2つの伝統(「富と成功」の福音、反知性主義)がポピュリズムと親和性が高いためです。
・『米国的、英国的』で米英を比較した批評家テリー・イーグルトンは、米国の特徴として「何でもできる精神」を挙げています。「Success comes in cans」は「成功は缶詰で手に入る」が直訳ですが、「成功は、できる(can)と思えば手に入る」を意味します。
・オバマとトランプは異質に思えますが、オバマのキャッチフレーズは「Yes,We Can」で、トランプのキャッチフレーズは「Make America Great Again」です。これは共に「意志力の崇拝」(何でもできる精神)で同様のものです。
・米国でサンドイッチを注文すると、まずパンの種類を聞かれ、次に野菜の種類を聞かれ、さらにハム/チーズの種類を聞かれ、さらにバター/マヨネーズ/マスタード/お酢などの塗り方を聞かれます。ここにも「自由意思の崇拝」があるのです。そもそも米国自体が自由意思によって築かれた国です。
・米国の「平等主義」もポピュリズムを蔓延させる要因になっています。反エリート/反権威の精神は、反感/反発を容易に呼び起こします。
○なぜ常識ある市民がポピュリズムに染まるのか
・ポピュリズムを「悪」とする見方と、民主政治が機能している証拠だとする見方に分かれます。それは、そもそもポピュリズムが何か定義されていないためです。
・トランプもサンダースもポピュリストです。ポピュリズムには極右勢力もあれば、左翼勢力もあります。民主主義が未熟な国では、ポピュリズムによって前進します。一方民主主義が成熟した国では、ポピュリズムは反動的です。そもそもポピュリズムにはイデオロギーがなく、「雇用」「移民」「テロ」などシングルイシューなのです。そのためポピュリズムに対してはパッチワークで対応するしかありません。
・政治は経済・外交・安全保障など様々な論点があります。しかしポピュリストがシングルイシューで過半数を取る恐れがあります。そうなるとポピュリストはアマチュアとして振る舞い、権威(野党、メディア、司法)を批判します。これは全体主義に近いものです。
・ポピュリズムを「ポピュリストに踊らされた一時的な熱情」と見るのは間違いです。民衆はそんなにバカではありません。かつては社会の不正義を宗教的組織が受け持っていました。しかし既成宗教が弱体化した今、ポピュリズムがそれを受け持っているのです(代替宗教)。
・ポピュリズムは善悪二元論に導きます。これにより市民は「正統性」の意識を抱きます。これこそが良識ある市民がポピュリズムに巻き込まれる理由です。
○権威の衰退
・今日「権威の衰退」は否めません。超大国から新興国、軍事力から文化力、ハードパワーからソフトパワーなど、ヘゲモニーの移行が見られます。権力の分散・衰退は、政治/軍隊/メディア/非営利団体/宗教集団など様々な分野で見られます。
・この要因に、インターネット/携帯電話の普及、物資/情報の自由な交流、識字率/教育水準の向上などがあります。かつては知識/技術/資源/能力などは独占され、既得権を保持できましたが、今はそれができなくなったのです。※平準化の流れかな。
・大衆は「もっと良い暮らしがあるはずだ」の期待感を抱くようになりました。インターネットにより「異端」である事への抵抗が減り、「正統」であろうとする努力もしなくなりました。
<「正統」とは>
○正統と異端
・ここまで「富と成功」の福音と「反知性主義」から、トランプの出現が偶然でないのを解説してきました。ここからは「異端」である事に痛痒を感じなくなった世界で「正統」を復活させる事ができるのかを解説します。
・トランプは「米国ファースト」を掲げていますが、米国は世界を考えるのを止めて、米国最優先に変わったのでしょうか。それは勘違いです。米国は以前から米国最優先でした。ただ変わったのは正義/人権/民主主義などの理念を優先していたのが、経済成長や軍事覇権に変わったのです。
・米国は2度の世界大戦でも勝利し、「負け」を経験した事がなく、自らを振り返る事がありませんでした。しかし2001年9・11/2008年リーマン・ショック、さらに新興国の台頭などにより、自らの「正統性」を再確認する必要が生じたのです。
・ところで「正統」とは何でしょうか。「正統/異端」は宗教だけでなく、政治/芸術/学問にも見られます。共産主義では、かつてソ連と中国が「正統争い」しました。第2章で説明した「チャーチ/セクト」の関係も「正統/異端」です。一般的に「異端」には知的/道徳的に優れた人が集まります。
・実は「正統」としての明確な定義はありません。「異端」は「正統」の中から生まれ、やがて巨大化し「異端」となり、母体(正統)から攻撃を受けるようになるのです。
○正統の気構え
・日本では「判官贔屓」があり、「正統」より「異端」の方が人気があるように思います(※これはどうかな)。しかし日本の「異端」は「居直り異端」「片隅異端」と呼ばれ、飲み屋の片隅で終わっています。西洋では権力を国家と宗教の楕円で表します。しかし日本では国家の円しか存在しません。米国では宗教から来るラディカルな「平等意識」があり、それが「異端」が生まれる基盤になっています。
・日本で「IR推進法」が成立しました。ある会社がカジノに参入するか迷ったそうです。結局「人を破滅に導きかねないビジネスに参入できない」として断念したそうです。これは会社の哲学の問題ですが、ここには「正統」の在り方が示されています。※これが「正統」?
・某総合商社が木材ビジネスを行っていましたが、森林破壊を考慮し、ビジネスから撤退します。ところが後続の会社が伐採を繰り返したため、当社が非難を浴びます。そんな時でも自らが信じる理念/目的を掲げ、「正統」を担って下さい。※これも「正統」かな?
※ヤクザの世界での「正統」を解説しているが省略。
・人が満足して働けるケースは、「やりたい事」と「やらなければいけない事」が一致している場合です(コーリング)。この場合は使命感を持ち、全力で仕事に当たる事ができます。それを願っています。
<あとがき>
・先日洋画『サークル』を見ました。ある会社のウェブカメラが世界中にばら撒かれ、最初は便利だったが、やがて全体主義への狂気になる映画です。この会社の社長は「人間の完全主義を信じる」と語ります。これは「ベラギウス主義」であり、「個々人の努力で、完成に近付く」と云う思い上がりです。
・翻って日本の現状はどうでしょうか、情報公開は進んでいるでしょうか。メディアによる情報操作はないでしょうか。プライバシー/内心の自由は尊重されているでしょうか。
※終盤は話が少し逸れた。