『21世紀の長期停滞論』福田慎一(2018年)を読書。
特に目的はなかったが、本書を選択。
長期停滞について書かれているが、普遍的/基本的な解説で分かり易い。
アベノミクスの金融政策/財政政策/成長戦略を批評している本でもある。
知りたかった「インフレ期待」「GDPギャップ」などが出てきたのは嬉しい。
お勧め度:☆☆(基本的で要点が絞られ、読み易い)
キーワード:<はじめに>長期停滞論、構造問題、<長期停滞と云う新たな時代へ>21世紀型の長期停滞、産業革命、過剰貯蓄=需要不足/余剰供給、実質GDP、低インフレ/低金利、<なぜ長期停滞は起こったのか>金融機関、グローバル・インバランス、人口減少/高齢化、所得格差、<日本の実感なき景気回復>失われた20年、アベノミクス、景気ウォッチャー調査/消費者物価指数、デフレ・マインド/インフレ期待、予想インフレ率、GDPギャップ、労働市場、賃金/設備投資、<長期停滞論から見た日本の景気>景気循環理論、潜在GDP、ヒステリシス(履歴効果)、<長期停滞下での経済政策>金融緩和政策、フォーワード・ガイダンス(時間軸政策)、インフレ目標、財政支出、物価の財政理論、国債残高、<なぜ構造改革は必要なのか>少子高齢化/財政赤字、設備投資/消費、ベースアップ、<少子高齢化が進む日本の現状>人口オーナス、合計特殊出生率、労働参加、外国人労働者、<イノベーションは日本を救うか>ロボット/人工知能、賃金/労働分配率、有効求人倍率、資金余剰、<財政の持続可能性を問う>財政赤字、財政危機、国債保有構造/超低金利政策、国債暴落、社会保障制度、<豊かな社会を実現するために>構造改革、岩盤規制、GDP、経済準福祉、<あとがき>景気回復の実感/慢性疾患、ニュー・ノーマル(新常態)
<はじめに>
・アベノミクスにより雇用関連やGDPギャップ(需給ギャップ)などの指標が改善し、需要不足が解消されたとされる。一方で賃金の上昇は抑えられ、消費者物価指数の上昇も見られず、過去の傷口が癒えたとは云えない。
・シュンペーターは「景気後退は失業者/企業倒産を生むが、非効率な企業を淘汰する」とする「創造的破壊」を提唱している。※日本は個人を保障せず、企業を保護し、そのため世界の潮流から乗り遅れた。
・しかし現在の経済状況は「ヒステリシス」(履歴効果、後述)に大きく影響している。本書は「リーマン・ショックの負の遺産の影響は大きく、非効率の企業だけでなく、効率的な企業も退出させた」とする立場に立つ。
・「覆水盆に返らず」と云う諺がある。リーマン・ショックなどの「負のショック」で低下した生産水準は回復するのだろうか。『長期停滞論』において、「需要不足」の回復が可能か否かの立場によって、経済の現状認識も違ってくる。※抽象的だ。
・米国の論者は金融緩和/財政拡張が長期停滞からの脱却に有効としている。日本は金融緩和/財政拡張だけでは不十分で、構造問題を変革する必要がある。
・バブル崩壊により平時であれば利潤を上げられる企業でさえ縮小・撤退を行った。そのため人件費/研究開発費は削減され、創造的・革新的な前向きな経営は行われなかった。
・バブル崩壊後の悪循環を断ち切るには、経済が発する負のシグナル(※賃金、財政赤字、低インフレ?)を注意深く捉える必要がある。
<長期停滞と云う新たな時代へ>
○21世紀型の長期停滞とは
・長期停滞は新しいテーマではない。19世紀/20世紀前半には、しばしば経済成長が大幅にマイナスになる「恐慌」が起きた。マルクスはこれを資本主義の矛盾とし、これにより資本主義は崩壊するとした。ケインズ経済学は、市場の価格調整メカニズムは機能せず、失業/総生産の下落が起こるとした。
・しかし近年の長期停滞はこれらの「恐慌」とは、性質が大きく異なり、大幅なマイナス成長も起きていないし、市場メカニズムが完全な機能不全にはなっていない。そのため近年の長期停滞を本書では「21世紀型の長期停滞」と呼ぶ。
・戦後の世界的経済成長で長期停滞は忘れられた研究テーマであった。しかし2007年からの世界金融危機により、研究テーマとして復活した。
○世界経済における戦後の繁栄から停滞へ
・戦後50年間、先進国は経済成長を遂げ、2000年代に入ると、新興国にも拡大した(※アジア通貨危機とかあったけど)。一方社会主義計画経済は崩壊し、資本主義経済に移行した。
・ロバート・ルーカスは「戦後の経済成長は、マクロ経済学の供給重視策(?)がもたらした」とした。ただしこれはコンセンサスされてはいない。
・しかし2007年からの金融危機後、生産の停滞/物価の下落が懸念されるようになった。ケインズ経済学が考えた「不況」とは性質が異なるが、経済停滞が続いている。これが「21世紀型の長期停滞」である。
○米国経済に与える生産性の低迷
・『長期停滞論』には2つの流れがある。1つは、この原因を供給能力の伸び悩み(供給サイド)とする考え方である。ロバート・ゴードンは「近年のITなどのブレークスルーは、以前の産業革命に比べ大きく見劣りする」とした。ゴードンは、第2次世界大戦前後の第2次産業革命(重化学工業での技術革新)による生産性の向上は、IT(情報革命)の比ではないとした。※パソコン/スマホは何でもできるので、逆に経済を縮小させているとの見方もある。
・マルサスの『人口論』が示すように、個人の所得の伸び率は低く、経済成長は人口の増加によっている。
○過剰貯蓄=需要不足と長期停滞
・『長期停滞論』のもう1つの流れが、需要サイドの「過剰貯蓄=需要不足」が長期停滞の原因とする考え方である。ローレンス・サマーズなどがこれを主張し、こちらの方が主流になっている。ただし需要不足の原因を、余剰供給を生む構造的問題としている。※供給過剰は頻繁に聞く。今は資金/資源/労働力などが余剰で、物が簡単に作れる時代。
・サマーズは「米国の潜在成長率は2%を超えているが、過度の金融緩和/総需要刺激政策で支えられている」と警鐘を鳴らしている。
○サマーズの懸念を示した概念図
・サマーズの懸念は、横軸:時間と縦軸:米国の実質GDPのグラフから理解できる。リーマン・ショックが起きなかった場合の右肩上がりの点線(潜在成長率が2%超)に、実際の実質GDPの折れ線(※Nを右に45度回転、またはZを左に45度回転)が接近できていない。サマーズはこのグラフから、「米国のGDPは10%低いままだ」とした。
・この10%の乖離がサマーズの云う長期停滞である。またこの状態は「ニュー・ノーマル」(新常態)とも呼ばれている。サマーズは「リーマン・ショックにより金融危機/世界同時不況が顕在化したが、その影響はGDPを恒常的に下落させるものではない」としている。
※潜在成長率が2%を超えているのに”停滞”は変かな。階段の踊り場があっただけだけど。
○大きく下回る先進主要国の実質GDP
・この状況は、他の先進主要国(G7。カナダ、ドイツ、英国、フランス、日本、イタリア)も同様で、いずれの先進主要国も長期停滞にある。
・ただしイタリアは例外で、リーマン・ショック直前の実質GDPを回復しておらず、実質GDPの伸びは見られない。
○長期停滞と低インフレ/低金利
・長期停滞では、戦前の「恐慌」のような深刻な生産の下落は起きていない。しかし10%の乖離が起きている。この長期停滞には2つの特徴がある。
・1つは、超金融緩和にも拘わらず、インフレ率が2%を割り込んでいる。2000年代前半までは高インフレの発生を抑制するのが、先進主要国の主要政策であった。
・もう1つは、低金利である。欧米諸国は短期金利が2%を切る事はなかったが、短期金利がゼロとなり、低金利が顕在化している。名目金利はゼロを切らない(非負制約)とされていたが、ゼロとなり、調整機能が失われている。
・この原因は長期停滞下での過剰貯蓄にある。過剰貯蓄は家計部門だけでなく、企業部門にも広がっている。
・『長期停滞論』で重視されているのが、実質利子率に相当する「自然利子率」がマイナスになっている事である。「自然利子率」は、様々な市場での需給で瞬時に調整される実質利子率である(?)。これは経済が正常であれば、マイナスにはならない。「自然利子率」がマイナスになっているのは、経済の構造的な問題が要因とされる。
<なぜ長期停滞は起こったのか>
○需要不足から捉える長期停滞論
・バブルが崩壊すると金融機関の貸出が不良債権化し、財政の健全性を毀損する。リーマン・ショック前、金融機関のレバレッジ(他人資本への依存)は拡大した。バブルが崩壊し貸出の多くは回収不能になった。
・金融機関の健全性の毀損は、2つのルートで需要不足/超過供給をもたらした。1つは、融資枠の縮小/融資条件の厳格化によるクレジット・クランチ(信用収縮)で総需要が抑制された(※いきなり需要抑制?)。BIS(国際決済銀行)の自己資本規制により、銀行は貸出を回収する必要があった。多くの企業/消費者は資金を調達できず、設備投資/耐久財の消費など総需要は大幅に落ち込んだ。
・もう1つは、「ゾンビ企業」への「追い貸し」で、供給能力が維持された。「追い貸し」の要因は、将来への楽観/会計処理の裁量(?)/政府による救済への期待/債権者間の調整/大き過ぎて潰せないなどである。これにより市場規律は機能せず、非効率の生産能力が温存された。
・バブルの発生/崩壊は余剰供給力(デフレ・ギャップ)を発生させ、財市場は低インフレ、金融市場は低金利となり、長期停滞を生み出した。※日本の”失われた30年”はこれだな。
○グローバル・インバランス(不均衡)を引き起こす要因
・「過剰貯蓄=需要不足」の第2の要因は、「貯蓄余剰」である(※おい、結果を要因にするな)。これはFRB前議長バーナンキが指摘した要因である。従来、成長率が高い新興国は設備投資が活発で、貯蓄不足であった。近年、新興国は消費/投資を控え、貯蓄を増やす傾向にある。
・1990年代までは先進国と新興国との貿易収支の不均衡は、ほとんどなかった。ところが21世紀になると、先進国と新興国との間に大きな貿易不均衡が生じた(グローバル・インバランス)。※グローバル・インバランスとは貿易不均衡の事か。
・1990年代の「アジア通貨危機」などにより、新興国は危機を予防するため、消費/投資を控え、貯蓄を増やした。また新興国は通貨安に誘導し、外貨準備も蓄積させた。
○先進国で進む人口減少と高齢化
・「過剰貯蓄=需要不足」の第3の要因は、人口減少/高齢化である。戦後、大半の先進国は「人口ボーナス」で経済成長が促進された。しかし今後、先進主要国(カナダ、米国を除く)は「人口オーナス(重荷、負荷)」に入る。
・人口減少/高齢化は2つのルートで影響を与える。1つは、労働人口の減少で、これは供給能力を低下させる。高齢化は介護などの労働集約型産業の比率を高め、人手不足を促進する。
・もう1つは、人口減少/若者減少は国内消費を減少させ、企業は設備投資を控え、総需要を減少させる。
・2つのルートで特に懸念されるのが、後者(需要サイド)である。前者(供給サイド)は機械化/IT化で、幾らか代替可能である。
○世界的な所得格差の拡大
・「過剰貯蓄=需要不足」の第4の要因は、世界的な所得格差の拡大である。ピケティ『21世紀の資本』にあるように、戦後は所得格差は縮小する傾向にあったが、1980年代頃から所得格差が拡大している。金融緩和は資産価値を上昇させ、資産を持つ者と持たない者の格差を広げている。
・低所得者の消費性向は高い。一方高所得者の消費性向は低く、所得が増えても消費せず、貯蓄に回してしまう。そのため一部の富裕層が富が集中しても、それは貯蓄され、その結果経済全体では、過剰貯蓄/需要不足となる。
○その他の要因
・「過剰貯蓄=需要不足」のその他の要因として、技術の進歩による資本財価格の下落も指摘されている。例えばコンピュータ価格の下落により、投資金額は減少し、資金需要は低迷し、低金利をもたらしている。
・また企業経営者の消極的姿勢も見られる。かつては技術革新によって競争力を高めていたが、今はリストラなどのコスト・カットに向っている。
・これらの様々な要因により「過剰貯蓄=需要不足」に至った。
※異次元の金融緩和しても貯蓄に回るだけなら、金融緩和する意味がない。ただし円安と株高には効果があったかも。
<日本の実感なき景気回復>
○失われた20年の教訓
・サマーズの『長期停滞論』は、「日本の失われた20年」(日本化)が先進国で顕在化しつつあると警告するものであった。
・1952~72年日本の実質成長率は10%近くあった。その後もバブル崩壊まで、日本は高い経済成長率を維持した。
・バブル崩壊後、最初の「失われた10年」で金融危機が発生した。次の「失われた10年」で不良債権処理は進むが、構造改革の遅れから生産性/価格競争の低下が顕著になり、経済の低迷は続いた。2008年リーマン・ショックが発生し、日本は反面教師にされている。
○実感なき景気回復
・2012年12月第2次安倍政権が誕生し、「アベノミクス」(大胆な金融緩和、機動的な財政出動、民間投資を喚起する成長戦略)を開始する。
・2013年4月からの日銀による「異次元の金融緩和」は、様々な経済指標(日経平均株価、企業収益、雇用など)を改善させた。しかし家計/企業からは「景気が回復した実感はない」との声が上がっている。
・内閣府『景気ウォッチャー調査』では、雇用関連のDI(ディフュージョン・インデックス)は50を超えているが、家計動向関連/企業動向関連のDIは50前後で改善の兆候はない。※景気ウォッチャー調査について知りたかった。
・通常景気が回復するとインフレになる。しかし日銀が「インフレ目標」2%を掲げ、「異次元の金融緩和」を続けているが、その傾向は見られない。
・2000年以降の消費者物価指数の「コアコア指数」(食料、エネルギーを除く)を見ても、プラスに転じたのは2013年11月~16年7月に過ぎない。その後はマイナスに転じており、日本が長期停滞から脱却したとは言い難い。
○なぜ物価は上がらないのか
・物価は上がらない原因に、2つの考え方がある。1つは、実際には経済は回復しておらず、需要不足も続いているとする考え方である。
・もう1つは、経済は回復し、需要不足も解消されているが、人々の「デフレ・マインド」「インフレ期待」が物価上昇を阻害している、とする考え方である。
・人々が高い「インフレ期待」を持っていれば、価格が高い財・サービスも購入する。企業も高い「インフレ期待」を持っていれば、価格を上げやすい。この考え方だと経済は回復しているが、後は気分だけの問題になる。
○日銀の異次元の金融緩和に関する総括的検証
・2013年4月以降、日銀は「異次元の金融緩和」を続けている。しかし「2%の物価安定の目標」は実現できていない。日銀はこの原因を「予想インフレ率」(=期待インフレ率)とした。
・2016年9月日銀は『異次元緩和に関する総括的な検証』でこの見解を説明している。インフレ率低下の原因を、原油価格の下落/新興国経済の減速/不安定な国際金融市場と共に、「予想インフレ率」の弱含みを挙げた。
・日銀は、インフレ率は低い「予想インフレ率」によって引き下げられたとし、「2%の物価安定の目標」を実現するためには、「インフレ期待」を高める必要があるとした。
※インフレ期待/予想インフレ率について知りたかった。
○日本のGDPギャップ
・政府/日銀は、「需要不足は、ほぼ解消された」としている。その根拠に「GDPギャップ」がある。
・潜在供給力を表す潜在GDPをY*、実際のGDPをYとすると、「GDPギャップ=(Y*-Y)/Y*」である。「GDPギャップ」がマイナスの時、超過供給/需要不足を示す。※分子の符号が逆では?説明とも不一致。
※GDPギャップについて知りたかった。
・2000年以降の「GDPギャップ」を見ると、2001~03年/2008~10年に大きくマイナスになり、消費者物価指数も同時期の2001~03年/2009~10年で1%近く下落している。
・しかし2013年以降は「GDPギャップ」がマイナスになる事はなく、需要不足が解消されたと云える。よって直近の消費者物価指数(コアコア指数)の低下は、需要不足では説明できない事になる。※なので「インフレ期待により物価が下落している」か。※GDPギャップもプラスになるんだ。
○人手不足や企業の高収益は続いている
・政府/日銀が、「需要不足は、ほぼ解消された」とする根拠は他にもある。厚生労働省の「有効求人倍率」は、2010年以降上昇を続け、2013年1を上回り、今は90年代のバブル期の水準を超えている。これは労働市場の需要超過(人手不足)を示している。
・総務省の「完全失業率」(※こっちは総務省か)も、2010年は5%を超えていたが、2017年は3%を下回った。これは「完全雇用」と云える。
・企業の収益も大幅に増加している。2013年以降、経常利益/連結純利益で過去最高を更新する企業が増えている。全産業の大企業の経常利益は、2012年以降26兆円/35兆円/37兆円/40兆円/42兆円と毎年増加させている。
・大企業の収益の拡大は、総資本経常利益率(ROA)/自己資本経常利益率(ROE)にも見られる。2012年それぞれ3.6/8.4であったが、2016年5.1/11.5に伸ばしている。
※企業だけでなく家計も見る必要があると思うが。
○需要不足は本当に解消されたのか
・労働市場での強い指標/企業の収益増加から、需要不足は解消されたと云えるのだろうか。
・労働市場で強い雇用関連の指標が見られるが、賃金は伸びていない。厚生労働省『毎月勤労統計調査』(※これは不正があった統計だな)の「現金給与総額」は、2009年以降も伸びていない。2016年の実質賃金は、2011年より4%下落している(※これは驚き。リーマン・ショック後より、さらに下落しているんだ)。これは正社員より賃金水準が低いパート労働者が増えた事による。
・通常、企業が収益を増やすと、設備投資を推進する好循環が生まれるが、企業は現預金の積み上げ(過剰貯蓄)に向かっている。
・以上より「需要不足は解消された」とする見方に疑念を呈する。
<長期停滞論から見た日本の景気>
○先進主要国の消費者物価
・1995年を基準として消費者物価の推移を見ると、世界では2.5倍に上昇し、先進国は1.5倍に上昇している。しかし日本は1.5%しか上昇せず、異常と云える。物価が10%以上上昇すると経済に悪影響となるが、物価が上昇しないのも悪影響である。日本はこの長い低インフレで、少し位の上昇圧力があっても、マインドは変化しない。
○長期停滞下での景気循環の捉え方
・「21世紀型の長期停滞」では、戦前の「恐慌」ような生産の下落は起こっておらず、マイナス成長に陥る事はない。しかしリーマン・ショックから回復しても、リーマン・ショック前の成長トレンドから大きく乖離する状態が続き、低い所得水準(?)が長期間続き、低インフレが常態化している。※所得の話はない。
・標準的な「景気循環理論」(?)では、景気指標が一定期間改善すれば「景気の拡大」と判断し、一定期間悪化すれば「景気の悪化」と判断する。
・内閣府によれば、2009年3月が「景気の谷」となり、2012年3月が「景気の山」となった。2012年11月「景気の谷」となり、以降「景気の拡大」が続いている。これは1960年代の「いざなみ景気」を超え、戦後2番目の長さとなった。しかし「いざなみ景気」は年率10%を超える景気拡大で、今の景気回復とは比べ物にならない。
・日本の経済状況を、標準的な「景気循環理論」で捉える事に意味はなく、中長期的なトレンドで現在のGDPと「本来の水準」とを比較する必要がある。※私としては本来の水準が怪しいと思っているのだが、これが本書の主旨なので黙認しておこう。
○潜在GDPの計算方法
・「景気循環理論」では、「GDPギャップ」が重要な指標となる。そのためには潜在GDPを、いかに正確に推計するかが重要になる。
・潜在GDPは利用可能な全ての資源を利用した場合のGDPの水準である。標準的な推計方法は、「マクロ生産関数」を想定し、技術水準を表す全要素生産性(TFP)を与えられたものとして、労働力/資本を投入した場合の生産水準である。※全要素生産性は聞いた事はあるが、難解だな。
・「マクロ生産関数」はY(実質生産量)=A(全要素生産性)f(N(労働人口)、K(資本ストック))で表される。これに潜在的な労働(N*)/潜在的な資本(K*)を代入し、潜在GDP(Y*)を求める(※何となく分かる)。内閣府/日銀が推計しているが、ほぼ同様の数値が算出されている。
○内閣府による潜在GDPの推計
・内閣府/日銀が推計した潜在GDPの推移を見ると、3つの局面に分かれる。第1局面は2000~06年で、潜在GDPは年率1%の安定した伸びを示している。この期間は「いざなみ景気」である。第2局面は2006~10年で、潜在GDPの伸びは見られない。この期間に世界同時不況が起こったが、一時的なものと判断できる。第3局面は2012~16年で、潜在GDPは年率0.8%の安定した伸びを示している。
○GDPギャップの再考
・本節は推計された潜在GDPの水準から、実際のGDPの水準が「本来の水準」と比べ、高いか低いかを考察する。
・リーマン・ショック後、潜在GDPが年率1%あるいは年率0.8%伸びた場合、推計された今の潜在GDPは5%あるいは3%低い水準にある。※試算された潜在GDP(本来の水準)と推計された潜在GDPを比較する意味はないと思うけど。
・サマーズの『長期停滞論』が正しいとした場合、「GDPギャップ」はどれ位だったのか。潜在GDPが第2局面以降も年率0.8%で伸びたとして、「GDPギャップ」を試算する。そうすると内閣府/日銀が推計した「GDPギャップ」は、2010年以降はゼロに隣接するが、試算された「GDPギャップ」は、2010年以降も-3%程度で推移する。
・サマーズの『長期停滞論』(試算された「GDPギャップ」)が正しいとすると、内閣府/日銀が言う「需要不足は解消された」にはならない。
※大体歴史的にはGDPが拡大する期間はそんなにないはず。潜在GDPが伸び続けると想定する事に疑問を感じる。
○恒常的な潜在GDPの低下
・内閣府/日銀とサマーズの『長期停滞論』の違いは、第2局面での潜在GDPの恒常的な下落の有無である。
・「負のショックが、その後の経済活動に恒常的に影響を与える」とするのが「ヒステリシス」(履歴効果)である。それは参入/退出共に「埋没費用」(回収不可能な固定費用)が必要になるためである。
・また「規模の経済性」(スケールメリット)が存在する場合、経済活動が活発になると「知識のスピルオーバー(伝搬)効果」が大きくなり、技術進歩は加速される。逆に経済活動が停滞すると「知識のスピルオーバー効果」が低迷し、技術進歩は低迷する。※抽象的で難解。
※これは内閣府/日銀の正当化だよな。著者はどっちの立場なんだ。
○望まれる新しい視点
・内閣府/日銀が、第2局面で潜在GDPの恒常的な下落があったとする背景は、この「ヒステリシス」「規模の経済性」が考えられる。リーマン・ショック後は、潜在GDPの恒常的な下落を回復させる政策が必要であった。しかしそれができなかっため、長期停滞を生んだ。※潜在GDPを増やすと、「GDPギャップ」は益々マイナスになるけど。
・リーマン・ショックなどの「負のショック」直後に「正のショック」を与える事で、退出した企業の参入を促し、「知識のスピルオーバー効果」を活性化し、技術進歩を回復できる。リーマン・ショック後に金融緩和と云う「正のショック」を与えたが、潜在GDPの回復は部分的であった。潜在GDPの回復が部分的となった原因は、90年代のバブル崩壊/不良債権処理の遅れなどの構造問題である。日本の経済状況を、標準的な「景気循環理論」で見る事はできない。
※ヒステリシスがあるのは当然と思う。構造問題については、これから出てくるのかな。
<長期停滞下での経済政策>
○21世紀型の経済政策
・21世紀型の長期停滞に対する経済政策は、その起因が「供給サイドにある」とするか、「需要サイドにある」とするかによって異なる。ゴードンのように「供給サイドにある」とすると、非効率の資源配分を取り除き、技術革新を促進する必要がある。一方サマーズのように「需要サイドにある」とすると、ケインズ政策(金融政策、財政政策)で需要不足/過剰貯蓄を解消する必要がある。
・21世紀型の長期停滞から脱却するための経済政策では、2つの論点を考慮する必要がある。1つは、大きな速やかな「正のショック」を与える事である。もう1つは、長期停滞の原因に構造的問題(供給サイドの問題)もあり、これにも取り組む必要がある。
○非伝統的な金融政策の必要性
・「非伝統的な金融政策」は、21世紀型の長期停滞から脱却するために提案された経済政策である。金利を引き下げる伝統的な金融政策だけでなく、「非伝統的な金融政策」が必要になった。
・2006年以降のベース・マネー(中央銀行の通貨供給)を見ると、金融緩和政策により日本は10倍近く、英国は8倍近く、米国は5倍近く、欧州は4倍に増やしたのが分かる。この大きな速やかな「正のショック」でデフレの進行を食い止めた。
※デフレを止めた事になっているんだ。それにしても10倍は凄いな。ベース・マネーは流通量ではなく供給量だから、それ程影響はないのかな。
○フォーワード・ガイダンス(時間軸政策)
・今日、各国の中央銀行が実施ている「非伝統的な金融政策」は、国債を購入する「量的緩和政策」と、リスク資産を購入する「信用緩和政策」である。しかし最も効果があるとされているのが「フォーワード・ガイダンス」(時間軸政策)である。これは人々の期待に働き掛け、総需要を刺激する政策である。
・中央銀行が将来の「短期金利ゼロ」をコミットメントする事で、長期金利は大きく下落する。2013年4月に始まった「異次元の金融緩和政策」は、それを狙ったものであった。
○インフレ・ターゲット
・中央銀行がインフレ目標を設定する事は、「フォーワード・ガイダンス」と云える。実質金利は、名目金利から期待インフレ率を引いたもので、クルーグマンは期待インフレ率を高める事で、実質金利を下げれるとした。
・2013年4月日銀は2%のインフレ目標を設定し、「異次元の金融緩和政策」(量的・質的金融緩和)を開始した。しかしインフレ期待がインフレ目標(2%)に達する事はなく、その達成はいばらの道である(※インフレ期待って算出できるの?)。大規模の金融緩和により追加緩和の余地は少なく、副作用も懸念されている。
・「異次元の金融緩和政策」は「正のショック」にはなったが、構造問題を解決する手段にはならなかった。
○財政政策の役割とは
・多くの主要国で「非伝統的な金融政策」が行われたが、多くの国が長期停滞から脱却できていない。そのため財政支出の拡大が主張された。財政支出は総需要を直接増やす対策である。サマーズもクルーグマンも、一時的で大規模の財政支出に賛成している。これは大胆な「正のショック」になるからである。しかしこの対策も構造問題を解決する手段にはならない。※構造問題が重要と言い続けているが、その具体策は出てこない。
○物価の財政理論という新たな観点
・大規模の財政支出を異なる観点から説いているのが「物価の財政理論」である。伝統的なマクロ経済学では、物価は貨幣供給量に比例するとした。一方「物価の財政理論」は物価の決定を財政政策に求めている。※シムズ理論かな。
・この理論は、式「公債残高/物価水準=現在から将来にかけての基礎的財政収支の割引価格」が基になっている。この式は、古くからある会計上の恒等式で、政府の予算制約式である。一方「物価の財政理論」は、式の右辺(基礎的財政収支)を与えられたものとし、物価水準の上昇で式が均衡するとする考え方である。※公債残高が増えても物価が上昇するので問題ないとするの?
・シムズは長期停滞になり物価水準が上昇しないのは、実質金利(割引率)が下がり、式の右辺が増加したためとした。そのため物価を上昇させるには、金融緩和を止めて実質金利を高くし、かつ将来増税を行わないと約束する事とした。
※実質金利=名目金利-期待インフレ率である。今は金融緩和で名目金利を下げ、期待インフレ率を上げ、実質金利を下げようとしているが、全く逆の金融政策になる。
・「物価の財政理論」はインフレ目標を掲げる「能動的金融政策」ではなく、「受動的金融政策」と云える。しかしこの政策も、人々の期待が望む方向に進む必要がある。
○非ケインズ効果がもたらすもの
・米国では財政支出の拡大が支持されるが、ドイツなどの欧州は財政の緊縮が主流である。これは第1次世界大戦後のドイツのハイパーインフレや、近年のギリシャ/イタリア/スペインでのユーロ危機(欧州債務危機?)が影響している。また財政支出の拡大で財政破綻に至らなくても、将来増税や支出削減が必要になり、消費の減退に向かうためである(非ケインズ効果)。
○日本に必要な第3の処方箋
・日本は90年代のバブル崩壊以降、国債残高が膨大に累積している。そのため欧州と同様に、長期停滞下での財政支出は効果が限定的との意見がある。日本の国債残高は先進主要国で突出しており、また日銀が購入できる国債は限界に近付いている。
・金融政策/財政政策いずれも拡大しきっており、構造的問題(供給サイドの問題)と需要不足(需要サイドの問題)を解決する構造改革が求められる。
※常に構造問題に帰着する。後、気分かな。裕福な人には分からないだろうが、今の所得格差や将来不安が解消されない限り、消費には向かわない。本書には書かれていないようだけど、この政策が本筋と思う。今の大衆を無視した「格差を拡大させる政策」は逆効果である。
<なぜ構造改革は必要なのか>
○デフレ脱却に向けた構造改革
・構造改革はデフレ脱却に繋がらないとして、否定的な意見もある。しかし総需要を刺激する金融政策/財政政策は、日本では限界に達している。そう考えると時間を掛けてでも供給サイドを改革する構造改革は必要になる。
・日本の労働市場は人手不足で完全雇用の状態にある。しかしインフレ率(コアコア指数)は、0%近傍を推移している。本章では時間を掛けての構造改革(供給サイドの改革)の必要性を考察する。
○日本が抱える構造的な問題とは
・先進国はそれぞれ独自の構造問題を抱えている。日本は少子高齢化と、巨額に累積した財政赤字(国債残高)である。
・『日本の将来推計人口』によれば、2050年総人口の40%以上が高齢者(65歳以上)になり、現役世代(15~65歳)1.3人が高齢者1人を支える状態になる。国と地方を合わせた債務残高はGDPの2倍に達しており、今後さらに社会保障関係費の拡大が続く。
・これらの構造問題が表面化するのは数十年先なのに、既に将来の経済見通しは悲観論で溢れている。特にこれからの人生が長い若者世代で顕著である。企業部門もこの悲観論から、国内での設備投資を控え、海外市場への転換を進めている。
・少子高齢化/財政赤字の累積は悲観論を高め、長期デフレの起因になっている。
※日本は近い内、「もうこんな国には住めない」となって、脱日本国籍が問題になるのでは。
○需要不足の原因を探る
・日本は総供給が総需要を上回り、デフレが長期化している。財務省『法人企業統計調査』を基に、設備投資と減価償却を比較すると、1990年代前半までは設備投資が上回っていたが、2000年代に入ると減価償却の方が上回ってきた。
・日本政策投資銀行『全国設備投資計画調査』を基に、年度当初の設備投資計画と実績を比較すると、2000年代を通じて実績が当初の計画を大きく下回っている。それは人口減少などで国内市場に期待できなくなったためである。設備投資は不可逆的なので消極的になっている。
・総務省『家計調査』を基に、勤労者世帯(2人以上)の可処分所得と消費支出を比較する。可処分所得/消費支出は1990年代末までは共に上昇するが、それ以降減少し、その後維持している。問題は消費性向(可処分所得に対する消費の割合)で、1980年代は80%近かったが、1990年代半ば以降は70%台に下落する。これらより、2000年代に勤労者の世帯収入は減少し、かつ消費に慎重になった事が分かる。※グローバル化と一致している。
○続く賃金の低迷とデフレ傾向
・1990年代後半以降、賃金が伸び悩み、これがデフレの原因とされる。賃金を見る上で重要な指標が、全ての報酬である「現金給与総額」と、基本給である「所定内給与」である。
・ミルトン・フリードマンは『恒常所得仮説』で、人々の消費は一時的な所得(ボーナス、残業代など)より「所定内給与」に影響されるとした。すなわちデフレ脱却には。「所定内給与」の引き上げ(ベースアップ)が必要とした。
・厚生労働省『毎月勤労統計調査』を基に「現金給与総額」「所定内給与」の増減の推移を見ると、「所定内給与」は安定しているが、「現金給与総額」は景気に大きく左右している。
・アベノミクスにより、有効求人倍率は1.5倍になり、完全失業率は3%を下回っても、企業はボーナスなどは増やすが、定期昇給(ベースアップ)を行っていない。企業が定期昇給(ベースアップ)をできるような実効性のある構造改革で、悲観論を払拭させる必要がある。
※勤労関連の良好な指標は、「給与が少ないので、少しでも働かないと真面な生活ができない」とも考えられる。
○日本経済の復活に向けた処方箋
・構造改革は供給サイドの問題で、その効果が現れるには時間を要する。しかし人々が将来に確信を持つようになれば、家計の消費は伸び、企業は設備投資を増やし、賃金のベースアップも行われるであろう。構造改革によって将来に対する悲観論が解消されれば、需要不足も解消されるであろう。そのためには大きな痛みを伴う規制緩和も必要になる。
<少子高齢化が進む日本の現状>
○人口オーナスの時代
・先進主要国はそれぞれ構造問題を抱えているが、日本の少子高齢化/人口減少は突出している。合計特殊出生率(女性が子供を生む数)はフランス/スウェーデン/米国/英国は2に近いが、韓国/シンガポール/イタリア/日本は1.5を切っている。特に日本が危機的なのは、出生率(人口1千人当たりの出生数)が最も低く、これは出産可能な女性が少ないためである。
・戦後、合計特殊出生率は減少を続けるが、1970年代半ばまでは2.0以上を維持し、「人口ボーナス」であった。しかしその後2.0を切り、1993年には1.5を切る。今後は高齢者が急増し、生産年齢人口は減少する。そのため日本経済の縮小は避けられない。
○広がる地方圏と大都市圏の人口動態格差
・日本の少子高齢化問題には地域差がある。都道府県別の合計特殊出生率を見ると、沖縄は1.8近傍であるが、東京は1.1近傍である。全体として九州は高く、大都市圏で低くなっている。さらに問題を複雑化させているのが人口動態で、地方圏から大都市圏への”若者”の移動が続いている。そのため地方圏は一早く高齢化が進行し、大都市圏は”若者”を増やすが、彼らの合計特殊出生率を著しく低下させている。
・内閣府は、2060年には地方自治体の1/4が行政が困難になると予想している。大都市圏もやがて高齢化が進行し、2020年代には人口の1/4が高齢者になると予想されている。
○進まない少子高齢化対策
・少子高齢化対策としては、①人口減少を直接止める方法、②負の影響を軽減する方法が考えられる。
・2015年9月政府は『夢を紡ぐ子育て支援』を発表した。合計特殊出生率1.8を目標とし、それに直結する対策として、幼児教育の無償化/結婚支援/不妊治療支援/待機児童の解消を取り上げた。
・地方には合計特殊出生率1.5を超える都道府県があり、人口の流出を食い止めれば、ある程度は引き上げられるかもしれない。しかし人口構成が特定の年代に偏っているため、合計特殊出生率が高まっても、出生率を高めるのは困難であろう。※人口構成の説明がないので、理解できない。
※合計特殊出生率が低いのは、未婚が原因と聞いている。配偶者がいる人に限れば、合計特殊出生率は低くないはず。
・政府は「50年後も人口1億人を維持する」と意気込むが、既に女性の半数は45歳以上で、その実現はいばらの道である。
○女性や高齢者の活用も一時的な対策
・少子高齢化/人口減少による経済への悪影響を軽減する方法に、女性/高齢者の労働力への参加がある。2011年総務省の調査では10.1万人の介護離職者がおり、政府は「介護離職ゼロ」を目標としている。しかし女性/高齢者の労働参加率が上がっても、2013年6600万人いた労働人口は、2060年には4800万人に減少するとされている。
○外国人労働者をめぐる問題と実情
・労働人口を増やす方法として、外国人労働者の受け入れがある。2016年6月政府は『日本再興戦略2016』を閣議決定した。これに高度な外国人人材の受け入れを記している。
・しかしアンケートを取ると、治安の悪化/価値観の相違など非経済面から反対が見られる。また欧州で見られるように「移民」への反対も見られる。しかし日本の外国人労働者の受け入れは期間限定で、「移民」とは区別する必要がある。
・日本は他に留学生/技能実習生を受け入れている。しかし労働人口に占める外国人労働者の割合は1.6%で、米国15%/ドイツ10%と比べると、はるかに少ない。ちなみに技能実習生は国際貢献の目的で始まったものだが、今は人手不足解消のために乱用されている。
※この前揉めたのは出入国管理法だな。外国人労働者には3種類あるみたいだが、全く理解していない。
○アジアで進む人材獲得競争
・少子高齢化は韓国/台湾/中国でも重要な政策課題である。かつてよりフィリピンが海外に労働力を提供していた。フィリピンのGDPの1割は海外からの送金である。アジアにはインド/ベトナム/カンボジアなど若い労働力が溢れており、優秀な人材を戦略的に獲得していくべきである。
<イノベーションは日本を救うか>
○人口減少下のイノベーション
・日本の少子高齢化は懸念されているが、そこで期待されているのがイノベーション(技術革新)である。その中でも労働力を代替するロボット/人工知能が注目されている。
・マサチューセッツ工科大学のアセモグルは、「労働力を代替する技術革新により、労働人口の減少は必ずしも経済成長にマイナスにならない」とした。
・これは従来の経済成長理論と彼の経済成長理論の違いによる。従来の経済成長理論は、「技術/資本と労働は補完的な関係で、技術の進歩や資本の蓄積が進めば、労働生産性も高まり経済成長する」とした(※補完かな?)。これに対し彼は、「労働人口が減少しても、その分新技術により生産性は高まる」とし、「新技術と労働は代替的関係にある」とした。
※「労働」と云う要素を、単に人の労働とするのが間違いなのでは。「労働」を生産能力(労働資本?)みたいに考えて、人的労働+生産技術と考えた方が良いのでは。生産技術は資本に含まれるのかな。すみません経済の基本を分かっていません。
○イノベーションによる負の側面
・労働力をロボットなどで代替すると、賃金/労働分配率への負の影響が考えられる。アセモグルは「新技術が労働力を代替すれば、賃金は下落し、労働分配率は低下する。現在はロボット/人工知能が労働力を代替し、この傾向が顕著になっている」とした。※そんな業種あるの。大体人は同じ業種に固着しないと思うけど。
・日本の労働分配率(=雇用者報酬/国民所得)の推移を見ると、高度経済成長期に大きく伸びるが、その後は穏やかな伸びになる。しかし1990年代末以降は低下傾向となる。この期間は労働人口が減少し、ロボット/人工知能が労働を代替し始めた期間である。ロボット/人工知能の代替は、労働分配率低下の一因と考えられる。
※ロボット/人工知能がどれだけ導入されているんだ。大体コンピュータが導入されて労働分配率が下がったか。
○新時代に不足する労働/余る労働
・新技術がもたらす影響は産業/職種で異なる。労働人口の減少を新技術で代替可能な職種では人手不足にならないが、新技術で代替不可能な職種では人手不足になる。
・2016年有効求人倍率を職種ごとに見ると、保安/建設/介護は3.0を超えているが、事務/運搬・清掃・包装は1.0を大きく下回っている。後者の職種で労働力が過剰なのはOA化/ロボットが労働力を代替したためである。これは、新技術の導入/労働力の代替が、雇用/賃金に与える影響を表している。
※違うと思うけど。労働力が充足している職種は、給与が高いとかで、逆に労働力が不足している職種は、法制度の変更/公共投資の急増/給与が安いなどでは。人はバカじゃないから職種を変える。
○需要不足による影響とは
・セモグルの理論は供給サイドのみに注目した理論である。それは価格の需給調整メカニズムが働き、労働や資本ストック(機械、設備)が適切に変化する事を前提としているためである。しかし価格が硬直的で、労働や資本ストックが調整されない経済では、労働人口減少による需要サイドの影響を考慮する必要がある。※今は価格が硬直的なんだ。低インフレだからな。
・労働人口の減少はロボットなどの代替により、供給サイドへの影響は限定的となる。一方人口減少によって総需要は低迷し、供給過剰となりデフレ圧力が働く。したがって需要サイドから人口減少の影響を抑える対策が必要になる。※何か原点に戻った。基本的には供給/需要共に縮小すると思っているけど。
・需要不足を補うためには外需が重要である。製造業に限らず外需は重要で、インバウンドも重要である。
○景気動向を反映しなくなった有効求人倍率
・サマーズの議論だと、政府/日銀の解釈と異なり、リーマン・ショック後も「GDPギャップ」が存在した事になる。これは「実感なき景気回復」「デフレ懸念」と整合する。その一方で有効求人倍率は1を大きく超え完全雇用の状態で、人手不足が顕著になっている。
・従来の経済成長理論では労働と資本は補完的であり、労働市場が人手不足であれば資本もフル稼働となり、有効求人倍率と景気動向は密接な関係にあった。一方アセモグルの経済成長理論では労働と資本は代替的とされ、労働市場が人手不足になっても、資本はフル稼働とならない。※今は資本余剰(過剰貯蓄)なので同期しなくなったのでは。
・かつては有効求人倍率と景気動向は密接な関係にあったが、近年その関係が薄れてきた。近年の内閣府「景気動向指数CI(コンポジット・インデックス)一致指数」と有効求人倍率を見ると、リーマン・ショックまでは同じ波形を描いていたが、その後有効求人倍率は一方的に上昇し、アップダウンのある景気動向と不一致である。
※人手不足の原因は、過剰サービス/労働生産性の低下などでは。日本企業の低いROA/ROEがそれを示していると思う。
○企業に広がる資金余剰
・労働は完全雇用に近いが、経済は需要不足で資本はフル稼働していない。これは物理的な資本ストックではなく、手元資金の増加に現れている。かつて企業は銀行などからの借入に大きく依存していたが、今では手元資金が有利子負債を上回る企業が大幅に増加している。
・日銀『資金循環統計』で企業(民間非金融法人)の資金過不足の推移を見ると、1990年代初頭までは資金不足が続いていたが、それ以降は資金余剰に転じている。近年は大企業だけでなく、中堅・中小企業でさえ資金余剰に転じたとされる。※これでは銀行の貸出業務は成り立たない。
・資金余剰の内容は、現金/定期性預金ではなく、利子率がゼロに近い流動性預金(普通預金、当座預金)である。これは日本企業の収益性(ROE)が低い原因とされる。
○伸び悩む借り入れ需要
・アベノミクスにより様々なマクロ経済指標は改善されたが、貸出残高は回復せず、銀行の預貸率は下落傾向にある。さらに問題なのは、貸出金利は下落を続け、短期/長期共に1%を切ってしまった。これでは銀行は利ザヤを得られない。
※低金利時代は銀行受難時代だな。手数料業務とかで生き残るしかないのかな。
<財政の持続可能性を問う>
○拡大を続ける日本の財政赤字
・日本の国・地方の債務残高はGDPの2倍を超えている。少子高齢化により社会保障関係費は今後も拡大する。財政赤字削減は、日本で最も優先度の高い構造改革である。1990年代初頭まで、政府財務残高は先進主要国では中位であったが、それ以降増え続け、先進主要国で突出する大きさになった。
・この財政赤字は健全な資金のフローを歪めている。本来資金は「家計→金融機関→非金融法人」と流れるべきであるが、金融機関が国債を大量に保有する事で、「家計→金融機関→政府」と流れている。金融機関は、生産性の高い非金融法人から、生産性の低い政府に資金を流すようになった。
○遠い財政再建の道のり
・政府は毎年多額の国債を発行している。このまま放置すれば、欧州のような財政危機が発生してもおかしくない。少なくとも後世の世代はこれを返済する負担を負う。
・政府は「2020年度までに基礎的財政収支(プライマリー・バランス)を黒字化する」としてきたが、2017年9月に先送りを決定する。2017年7月内閣府は「経済再生ケース(GDP成長率を実質2%、名目3%)で、2025年度に黒字化を達成する」と試算している(※GDP成長率が実質2%を超えるのは、バブル崩壊以降ないのでは)。なおより現実的な「ベースラインケース」(GDP成長率を実質1%弱、名目1%半ば)では、財政赤字10~20兆円が継続される。
・日本は少子高齢化で、社会保障費は着実に増加する。「埋蔵金」があるとされるが、これを直ちに売却する事はできない。政府は「経済再生なくして財政再建なし」と繰り返してきたが、経済再生の足取りは鈍い。
○財政危機のリスク
・政府債務は借金であり、いずれ返済しなければならない。そのためには増税/歳出カットしかない。しかし借金は必ず返済されるとは限らない。※恐ろし。デフォルトか。
・第2次世界大戦後に先進国が債務不履行となったケースはないが、途上国では利払いが困難になり、しばしば債務不履行となっている。近年ではギリシャの財政問題から、イタリア/スペインなども懸念され、ユーロ危機(欧州債務危機)が発生した。これが日本で起こる可能性はある。※そろそろ政府債務残高が家計貯蓄に接近するはず。
○なぜ国債利回りは低いのか
・膨大な国債残高にも拘わらず、国債利回りが低水準で推移している要因は2つある。1つは、国債の大半を国内の金融機関が保有している。もう一つは、日銀による低金利政策である。
・2011年末の国債保有比率を見ると、日銀10%/金融機関44%/保険会社・年金基金22%になっている。さらに2017年6月末には日銀が、量的・質的金融緩和政策により40%まで保有比率を伸ばしている。今後国債残高が増えても、金融機関が安定的に保有する限り、利回りは上昇しない。
・また日銀の超低金利政策により、利回りは押し下げられている。
・日銀は量的・質的金融緩和政策で国債を大量購入し、「財政ファイナンス」(中央銀行が財政赤字を負担)している。これは財政再建を遅らせる要因でもある。
○低利回りはいつまで続くか
・国債保有構造/超低金利政策から国債利回りは低いままで抑圧されてきた。しかし超低金利政策にも「出口」があり、日銀が国債を売却し始めると、国債市場が波乱する恐れがある。
・また金融機関も、今後も国債を保有し続けるとは限らない。今までは貯蓄超過で国債が買われていたが、少子高齢化で家計が貯蓄が取り崩すようになると、国債の売却も起こり得る。※金融機関の抜け駆けとかあるのかな。
○財政危機がもたらす負の連鎖
・国債価格が暴落すれば経済は深刻な影響を受ける。この場合、金融機関の自己資本比率を回復させる必要がある。しかし公的資金の投入は、政府債務を拡大させ、さらに国債暴落を招くので、この手段は取れない。
・この財政危機/金融危機の連鎖が起こったのが欧州債務危機のスペインであった。スペインの政府債務はそれほど問題ではなかったが、銀行が大量の不良債権を抱えていたため、それに公的資金が投入されるとの思惑から国債が暴落し、金融危機を深刻化させた(※国債の暴落は救済が原因だったのか)。これは最終的にドイツなどによる救済スキームで収束に向かう。※欧州安定メカニズムかな。
○不可欠な社会保障制度
・日本の財政に関し、高い経済成長(?)すれば持続可能とするエコノミストも存在する。しかし日本の政府債務残高が異常なのは事実である。そのためには社会保障制度での給付/負担のアンバランスを解消する必要がある。日本は”中福祉・低負担”であり、社会保障制度関係費の見直しが喫緊の課題である。
<豊かな社会を実現するために>
○望まれる構造改革
・21世紀型の長期停滞は低インフレ/低金利の特徴があるが、日本はその持続性が深刻である。第2次安倍政権はそのレジューム・チェンジを目指してきた。特に”第一の矢:異次元金融緩和”は一定の成果をもたらした。
・しかしその背後にあるバブルの発生・崩壊/過剰貯蓄/人口減少/所得格差の拡大などの構造問題を解決する必要がある。その点から”第三の矢:成長戦略”は最も重要な政策である。日本は家計/企業共に悲観論が強く、それを払拭させる必要がある。
○実効性のある改革とは
・構造改革は総論では賛成されるが、それによる便益は広く薄いため、今の仕組みに頼っている人から反対され事が多い。そのため構造改革の断行には、強い政治的リーダーが必要である。
・また構造改革は新自由主義のような政策ではなく、少子高齢化/巨額な財政赤字などにターゲットを絞った政策が望まれる。役所/業界団体が強く反対する「岩盤規制」が存在するが、これも最も障害となっている「岩盤規制」に絞って切り崩すのが重要である。
○GDPは信頼できるか
・経済を見る上で重要な指標がGDPである。2015年9月安倍政権は「新三本の矢」として、2020年に名目GDPを600兆円にする目標を掲げた。
・しかしGDPの有用性について様々な議論がある(※この点も興味があった)。その議論には2つの観点がある。1つ目の観点は、「GDPが正確に測られているか」である。速報値と確定値に大きく差異がある事もこれに含まれる。
・GDPは半世紀以上前に「国民経済計算」として始まり、その後大幅に改定されてきた。しかし近年様々な財・サービスが現れ、それらが適切に組み込まれているか疑問がある。サービスの価値を正しく評価しているのか、市場価格で表せないサービスがあるのでは、など様々な問題がある。
・また企業/個人から調査票を回収する統計作成方法も限界に達している。
○豊かさを捉える試み
・2つ目の観点は、「国の豊かさを表す指標として適切か」である。GDPは「物質的豊かさ」であるが、経済が成熟すると人々は「精神的豊かさ」を求めるようになる。ボランティア活動や自然環境などの価値は、経済活動から算出しているGDPに含まれていない。
・GDPに変わる指標は数多く提案されている。福祉を考慮した「経済準福祉」があり、これは教育・医療・保険/余暇/無償労働などを考慮している。他に「人間開発指数」(国連開発計画)、「世界幸福度指数」(ニュー・エコノミクス財団)、「より良い暮らし指数」(OECD)、「国民総幸福量」(ブータン)などがある。これらの指標は心理的幸福/医療/教育/寿命/分化/環境などを考慮している。
○実りある議論のために
・これらの問題を前提として、GDPを経済指標として取り扱う必要がある。GDPには生産/支出/分配(所得)の3つの側面から測っており、これは政策判断に有用である。
○不都合な真実に目を向けよう
・伝統的な景気循環理論からすると、2017年9月までの景気拡大で高度成長期の「いざなぎ景気」を超えた。有効求人倍率は高く、企業収益も大幅増加となっているが、一方で力強さに欠ける指標もあり、「不都合な真実」(※賃金、財政赤字、低インフレ?)に目を向ける必要がある。
・賃金の伸びは低く、企業の設備投資も伸びを欠き、資金余剰は高止まりしている。長期的に見れば、少子高齢化/累積を続ける財政赤字などの問題がある。これらに真摯に向き合う姿勢が、長期停滞からの脱却に繋がる。
<あとがき>
・2017年10月総選挙で与党が圧勝した。これはアベノミクスが認められた結果と云える。しかし景気回復に実感がない以上、この現状を放置できない。構造問題に真摯に取り組む必要がある。
・この現状は慢性疾患のようで、深刻な症状はないが、何となく体のだるさが続き、処方薬を飲んでも改善されない状況である。これをニュー・ノーマル(新常態)として諦めてはいけない。
※本書と密接には関係ないが、「現代貨幣理論」(MMT)と云う理論がある。これは現状(巨額な政府債務残高、過剰貯蓄)を容認/加速させる、とんでもない理論だな。