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『新・リーダー論』池上彰/佐藤優(2016年)を読書。

書名はリーダー論ですが、米国大統領選/英国EU離脱/租税回避/核保有/沖縄/政治家などについて対談しています。
2016年は重大な出来事が多かった事が分かる。

要点を押さえた、分かり易い本と思う。ただし対談なので、話題は簡潔で変わり易い。
やはり佐藤氏は慧眼と感じた。

私の考えでは、かつての世の中は巨大なピラミッド1つで、その頂点にリーダーが存在した。
ところが今の世の中は多様化し、大小様々なピラミッドが混在するようになり、専門的なリーダーが多数存在するようになったと考える。

お勧め度:☆☆

キーワード:<リーダー不在の時代>諮問会議、エリート、組織、独裁、タブー、官僚、サルコジ、新自由主義、ナルシシズム、<独裁者たちのリーダー論>プーチン/スポーツ組/倉庫番、エルドアン/クーデター/クルド、金正恩、<トランプが生み出したもの>取引、発言、共和党/ティーパーティー、新鮮、<エリート VS 大衆>献金、ヒラリー、アメリカ・ファースト/孤立主義、諮問会議/エリート、教育格差、<世界最古の民主主義国のポピュリズム>EU離脱/スコットランド/アイルランド、極右、<国家VS資本>パナマ文書、タックスヘイブン、資産課税、反ユダヤ主義、<格差解消の経済学>教育の無償化、預金退蔵、コンソル公債、<核を巡るリーダーの言葉と決断>広島訪問、核保有、沖縄、<リーダーはいかに育つか>伊勢志摩サミット、国会議員、東京都知事、官僚、田中角栄/ロッキード事件、沖縄、アトム化、育成、組織

<はじめに> 池上彰
・佐藤氏との文春新書は3冊目になります。リーダの待望は、ない物ねだり、危険なものかもしれません。反面教師としてプーチン大統領/エルドアン大統領/金正恩委員長などが挙げられます。プーチンは自分を批判するジャーナリストを殺害し、ロシア帝国の再興を狙っています。エルドアンは自分に従わない公務員などを大量に追放し、オスマン帝国の再興を狙っています。
・米国ではトランプが大統領候補になりました。これは白人層の焦りかもしれません。本書では他に、英国のEU離脱/パナマ文書/核拡散などについて触れます。

<第1章 リーダー不在の時代>-新自由主義とポピュリズム ※以下発言者を明示しません。
・これからリーダー論を論じますが、これは難しくなっています。英国/米国の結果は、エリート層への不満が爆発した結果です。エリート/リーダーの在り方が変わったのは、グローバル化/新自由主義により、格差は拡大し、階層は固定化し、民主主義が機能不全に陥ったためです。
・民主主義を迂回する形態に「諮問会議」があります。「経済財政諮問会議」などで重要な政策が決められています。※本書の前に主権に関する本を読んだが、迂回ルートとしてこの諮問会議が挙げられていた。
・2016年7月、NHKが「天皇陛下の生前退位」のニュースを「宮内庁関係者から」として報道しました。宮内庁長官・次長はこれを否定します。これは報道の倫理が問われます。

・今はインターネットやSNSがあるので、簡単に大衆を操作できません。今はエリートは自信を喪失し、国民はエリートへの不信感を高めています。
・日本は経産省が最も権力を持っていますが、それでもバラバラで、カオス状態です。裁判員制度が始まりましたが、これは裁判官の職務怠慢です。国民を裁判員にするのは憲法違反です。民主主義はエリートの責任感と、エリートへの信頼感で成り立っているのです。※前書は裁判員裁判も民主主義の揺らぎの一つとしていた。

・時代の変化は「シールズ」(SEALDs)を見ても感じます。2015年安保法案の反対運動をした学生達です。これは「新しい運動」ではなく、売名行為に感じます。彼らはキチンとした組織を作りませんでした。人間は「群れを作る動物」で、組織・連携なしに生きられません。ロビンソン・クルーソーの無人島での生活も、他人が作ったもので生き延びたのです。
・ところが最近は組織の評判が悪く、企業などに「ブラック」が付けられます。しかし組織には「基礎体力」を付けさせる大きな役割があり、組織に10年所属すると、様々な能力が身に付きます。

・組織にはリーダーが必要ですが、独裁的なリーダーは弊害になります。部下や現場が「待ちの姿勢」になり、彼らは育ちません。※今の官邸主導もかな。リーダー論の本は何冊も読んだ。東芝の失敗もこれだった。一方で「日本は常に中間層が動かしてきた」とする本も読んだ。
・業績が悪化するとトップの独裁権が強くなります。そうすると「全てを社長に報告しろ」となります。これは「透明化」と云えますが、結果的にはトップと部下の双方が不信感を強めるだけです。
※独裁とリーダーは近い言葉に感じる。リーダーの多くは独裁的なのでは。※国のリーダー(大統領、首相など)の独裁性は、国によって強弱がある気がする。

・社会にはタブーも必要です。タブーは言論の自由/民主主義から否定されますが、タブーがある社会の方が健全です。※この観点は持たなかった。
・例えば2016年7月、障害者施設で19人が殺されました。事件前、容疑者は衆議院長に「重複障害者を保護者の同意で、安楽死させたい」と書いています。これはナチスの優生思想と同じです。彼は独善的な理論で正当化する思想犯と思います。生命至上主義はタブーです。人間の命さえも経済的に計算されれば、恐ろしい事になります。

・日本人には今も城山三郎のリーダー論が留まっていると思います。『毎日が日曜日』に、社長が中堅社員の主人公に話す場面があります。※一部省略。
 「君の様な真面目な兵隊が居らんとうちの会社、いや日本は保たない」。彼は慰められた気もするし、「おまえは将軍・参謀の器でない」と決めつけられた気もした。
・王様は臣下あっての王様です。しかし新自由主義になり、「誰もが王様になろう」としている。

・官僚の多くは「自分はすぐにでも次官に就ける」と思っている。それで課長に就く前に役所を辞め、選挙に出たり、実業界に転職する。組織を見渡せない官僚は役に立ちません。若手官僚には「幼児的な全能感」がある。彼らは全国模試の順位や、東大二次試験の結果を自慢します。まるで柚木麻子『伊藤くん AtoE』の伊藤くんです。

・彼らのナルシシズムと新自由主義は裏腹(?)の関係にあります。その先陣が仏大統領サルコジです。エマニュエル・トッドがサルコジ論『デモクラシー以後』を書いています。そこで「思考の一貫性の欠如」「知的凡庸さ」「攻撃性」「金銭の魅惑への屈服」「愛情関係の不安定」をサルコジの特徴とし、これは仏国のエリート層に共通するとしています。トランプは「米国版サルコジ」です。
・トッドは「彼は再び飛躍(※大統領再選かな)するかもしれない。不幸な政治経験の後に、さらに惨澹たる経験が訪れる」と書いている。彼らを生み出す社会構造がそのままなら、無責任なポピュリストやナルシシズム政治家が、幾らでも再生産される。※この文は重いな。

・サルコジとサッチャー首相/レーガン大統領は全く異なります。当時の英国社会は社会民主主義で、国家は「揺り篭から墓場まで」を言っていました。そこでサッチャーは「これでは国家も社会も弱体化する。競争原理を導入しろ」と主張したのです。当時「サッチャーみたいなやつ」と言われるのは、恥ずかしい事でした。ところが今や新自由主義が当然視され、自己利益/自己実現が優先される社会になったのです。

・またトッドは、「問題は右派・左派両方に見られる」とし、ある女性活動家を取り上げます。彼女は「活動家は、じっくり考え、文を書き、議論し、考えを主張する人間」と述べます。トッドは「これはナルシシズムであり、これにより左派から民衆が排除され、サルコジ大統領が誕生し、国民戦線が出現した」とします。これはシールズにも共通するように思える。

<第2章 独裁者たちのリーダー論>-プーチン、エルドアン、金正恩
・プーチンは米国の経済誌『フォーブス』で「世界で最も影響力がある人物」に3年連続で選ばれるなど、世界のキーパーソンの一人です。※佐藤氏のソ連/ロシアを題材にした『国家の崩壊』は、かなり面白かった。
・1952年プーチンはレニングラード(現サンクトペテルブルク)に生まれます。ここでドイツ軍により100万人以上が亡くなり、彼の兄も亡くなっています。そのため彼は「国は強くならないといけない」がトラウマになったと思われます。KGBの要員として東ベルリンに駐在していた時、東欧の社会主義国家の崩壊を経験します。国家崩壊を経験したロシア国民が、「強いリーダー」「強いロシア」を求めるのは、これらの理由からです。

・プーチンの本質が表れたのはドーピング問題です。彼は「これはロシアだけの問題ではなく、スポーツ界全体の問題だ」と発言します。ロシアは薬を抜く技術の開発を止め、検体をすり替える方法に切り替え、問題が発覚しました。
・彼は国内でボロクソに言われていますが、外国人が彼を批判するとロシア人は怒ります。これは米国とも似ています。

・ロシアの選挙は、米国より品性があると思います。お金は掛からず、クルーズ/トランプのような人物は出て来ないし、スキャンダル合戦もありません。ロシアでは「プーチンを讃える合戦」になります。
・ロシアの選挙は、悪い政治家/うんと悪い政治家/とんでもない政治家から、後者を排除する選挙です。これは危険な僭主を国外追放した古代アテナイの陶片追放を継承しています。

・2007年プーチンは小選挙区制を廃止します(2016年9月復活)。ロシアは議員特権が強く、不逮捕特権などを持ちます。そのためマフィアが選挙に出て当選し、行政を牛耳っていたのです。これに国民が反発し、政党の名簿方式に替わったのです。※何でマフィアに票を入れるのか。
・プーチンがマフィアを抑えるのに使ったのが「スポーツ組」です。ソ連にはスポーツ選手を幼少期から育てる仕組みがありましたが、ソ連崩壊で彼らは用心棒や、みかじめ料を取り立てるようになります。エリツィン大統領はこれに警戒し、スポーツ観光国家委員会(スポーツ省)を作ります。そしてスポーツクラブに、酒/タバコを無税で輸入できる免税特権を与えます。さらに石油/魚介類の輸出ライセンスも与えます。これらで彼らは潤い、相当な闇権力を持つようになります。※スポーツと石油/魚介類の輸出が繋がらない。
・佐藤氏はスポーツ省初代大臣と親しくなり、「スポーツ組」を知る事になりました。これは怖い世界ですが、仕事には役立ちました。

・エリツィンは後継者プーチンを作りましたが、プーチンは作っていません。これは心配です。
・プーチンは教養はあります。彼は演説でネオ・ヘーゲル哲学の話を延々とします。しかしメンタリティーは、KGBの中堅職員です。エリツィンは要職を歴任した後、大統領に就いています。ところがプーチンがKGBを退役したのは中佐の時で、倉庫番が代表取締役社長になった感じです。

・これがかつてのリーダーと彼が違う点です。ブレジネフ書記長は「制限主権論」(※内容の説明は省略)で西側に対抗します。ところがプーチンに理屈はなく、あるのは実力行使だけです。クリミア併合がそれです。小室直樹は「ロシアは国際法の濫用者で、無法者ではない」としましたが、プーチンは無法者です。
・彼が法/習慣/国際世論などを無視するのは、帝王学を学んでいないからです。それは倉庫番から、いきなり社長になったからです。それは新自由主義により”乱暴な世の中”になったからです。

・トルコのエルドアン大統領も乱暴なリーダーです。2016年7月軍によるクーデター未遂事件が起きますが、これは独裁国家の切っ掛けになるかもしれません。もし彼がホテルから出るのが5分遅れていたら、クーデターは成功していたと思います。
・トルコ軍は過去に3度、クーデターを成功させています。政治が混乱したり、政教分離が脅かされた際、軍が全権を掌握し、安定した後に民政に移管しています。多くのイスラム国では、イスラム原理主義者などが政教一致を求めてクーデターを起こしますが、トルコは逆なのです。
※トルコの革命史を読んだが、政教分離が根底にある。エジプトの革命史も読んだが、民衆の蜂起に軍が加担するか否かが成否を決めていた。

・問題はクーデター以後です。クーデターが未遂に終わると、彼は非常事態を宣言します。これにより反エルドアン派を弾圧します。軍7500人/公務員2万5千人/教員2万1千人/大学教員1600人/裁判官2745人を処分し、テレビ局・ラジオ局24局の免許を停止します。※あのクーデターはそんな内容だったのか。

・彼はこの事件以前から反対派を弾圧していた。クルド系のクルディスタン労働者党の掃討作戦に抗議した大学教授を拘束したり、政権批判する記者を逮捕したり、ツイッターで政権批判した人を拘束していた。
・彼は死刑制度の復活を発言していますが、そうするとEU加盟は益々難しくなります。※最近ロシアへの接近が顕著だな。

・トルコ国民の世俗主義は健在なので、彼のイスラム化政策が抵抗なしに進むとは考えられません。一方イスラム主義者からは彼の政策は中途半端なのです。今は絶対権力を持っていても、支持基盤の両側から世俗派/イスラム急進派から侵食され、弱体化する可能性もあります。
・彼に取って目障りなのが、米国に亡命しているギュレン師です。教育に力を注いできたギュレン師は、教員/裁判官/軍幹部に影響力を持っています。

・クーデター直後の8月、エルドアンはロシアを訪問し、両国の親密関係をアピールしました。プーチンはトルコ/シリアを通じ、中東での影響力を高めようとしています。
・同月、トルコ軍がシリア北部のクルド人組織「民主統一党(PYD)」を空爆します。エルドアンは「PYDもテロ組織で、根絶やしにする」と明言しています。クルドと協力関係にあった米国はこれを黙認しています。※弱い米国になった。

・金正恩も目が離せない独裁者です。理解不可能な隣国ですが、それでは済まされません。
・金日成から金正日に権力が移行された際、リーダー論が起きました。それは2つの福(人民福、首領福)があるとする理論です。人民福は「素晴らしい人民を持っている首領の幸福」で、首領福は「立派な首領を戴いている人民の幸福」です。金日成の両親も本人も熱心なクリスチャンで、この理論にはキリスト教の論理が入っています。平壌はアジアでマニラに次ぐキリスト教都市です。※これは知らなかった。

<第3章 トランプが生み出したもの>-米国大統領選1
・米国の大統領選は「世界の大統領選」でもあり、私達も影響を受けます。トランプはタブーに触れ、質の悪い連中を駆り立て、共和党を乗っ取りました。
・トランプは橋下徹と似ています。橋下は「大阪の子供の学力が低いのは、教育委員会のせい」とします。その原因は貧困にあるのに、本質でない所に敵を作り、バッシングして人気を得るのです。トランプの「米軍の駐留を止める」なども注目を集めるためです。彼らはサルコジ現象の「思考の一貫性の欠如」「知的凡庸さ」「攻撃性」「金銭の魅惑への屈服」「愛情関係の不安定」でも一致します。

・トランプは「有能なビジネスマン」と云われますが、会社を4度倒産させています。彼は「経営」が優れているのではなく、「取引」が好きなだけです。彼の自伝『トランプ自伝』に、それが書かれています。
・彼は父から莫大な財産を相続しますが、それを増やした訳ではありません。『フォーブス』が彼の資産を調べましたが、公言している資産の半分しかなかった。

・彼は潔癖症で自分専用のトイレしか使いません。米国は大統領専用のトイレを持ち歩いています。それは大統領の便で、健康状態を分析させないためです(※ホントかな)。ニューヨークのホテル「ウォルドルフ・アストリア」が中国資本に買収されました。盗聴などの危険から、その後オバマ大統領は泊まらなくなりました。

・トランプの言動は乱暴なようで、周到に計算されています。彼は「不法移民を送り返せ」と言っていますが、これは違法ではありません。また「イスラム教徒を入国させるな」と言っていますが、これも入国管理は主権行為です。どちらもタブーでしたが、彼は多くの米国人が思っている事を口にしたのです。
・これらの戦略は「炎上商法」でもあります。注目される発言を行って、視聴率を取るのです。普通、大統領候補は自身のコマーシャルを流すのですが、彼はその必要がありません。彼は「マスコミは記事に飢えていて、人と違ったり、大胆で物議を醸す発言をすればマスコミが取り上げる」と言っています。さらに彼は「宣伝の最後はハッタリである。人は大きな考えに興奮する。この誇張に罪はなく、宣伝の効果は絶大である」と言っています。

・彼の支持率と得票には差がありました。それは人種差別主義の彼を支持していると口にできないが、投票は彼にするからです。※これが予備選/本選で表れたのかな。

・”マシンガン・ベーコン”のテッド・クルーズとトランプの間で泥仕合が繰り広げられます。クルーズ側は「トランプは不法移民を追い出せと発言するが、彼らがトランプタワーを作った」とする政治CMや、トランプ夫人の過去のヌード写真を使った政治CMを流しています。※米国大統領選は全てを裸にされ、人間性が問われる選挙。
・アイオワ州でのクルーズの集会では、まず夫人が長々と喋り、「私が最も尊敬する夫、次期大統領です」と締め、彼が登場します。その彼は「最も尊敬する妻から紹介されたテッド・クルーズです」と続きます。
・共和党の幹部に「トランプとクルーズ、どちらが良いですか」と尋ねると、「死刑になる時、『銃殺が良いか、毒殺が良いか』と訊かれているようだ」と答えました。

・トランプはかつては民主党員でした。米国で政党に入るのは簡単で、大統領予備選では「党員として投票したい」と名前を登録するだけです。そのため彼が過激な発言をする度に、共和党は党員を増やしました。そのため「トランプが共和党の候補になった」と云うより、「共和党はトランプの支持者に乗っ取られた」と云うべきです。※これは分かり易い。
・そのため共和党の中には「何でトランプに従わないといけないのか」とする党員もいて、党は崩壊しています。これは日本でもあった「加入戦術」に似ています。※そんなのあったかな。

・共和党の崩壊は自業自得です。共和党はウォールストリートの利益に迎合し、異質なティーパーティー(茶会)を取り込み、政策はネオコンのトロツキストに丸投げしてきました。
・共和党の崩壊は、ティーパーティーに乗っ取られたのが始まりです。上院議員も下院議員も選挙区での予備選挙から始まります。それぞれ6年前と4年前の選挙の予備選挙で、ティーパーティーの若手が重鎮を叩き落したのです。クルーズもその一人です。※一時騒がれたティーパーティーは今でも多いのかな。
・彼らはオバマの政策にことごとく反対します。2013年オバマ・ケア(医療保険改革)の予算審議で、クルーズは21時間以上の演説をして、予算は成立しませんでした。一方のオバマはティーパーティーの法案に対し、拒否権を発動し、結局「何も決められない政治」になります。

・今回の大統領選の両党の予備選を取材しましたが、民主党(ヒラリー・クリントン、バーニー・サンダース)の集会は多人種でスマートな人が多く、トランプの集会は肥満体の白人が多かった。
・また極左のトロツキストであったサンダースと、過激な右派のトランプの支持者は似ていました。既成秩序に反発する人達や、マイノリティに転落する危機意識のある白人層が、二人を支持していました。「決められない政治」になり、発言が新鮮な二人に支持が流れたと考えられます。※政治不信だな。
・サンダースはウォールストリートの投機資金への課税を主張しており、2011年「オキュパイ・ウォールストリート」の流れを汲んでいます。ヒラリーの娘はウォールストリートの投資銀行で働いており、サンダースの支持者は「ヒラリーはウォールストリートの手先」としています。

・トランプもサンダースも既存の体制への反発を象徴し、民衆の破壊願望に支えられています。その点でも、サルコジ現象/橋下徹現象に似ています。
・米国にはこの傾向(※体制への反発かな)があり、農場主だったジミー・カーターが登場したり、レーガンもカリフォルニア州知事を務めましたが、俳優上がりです。クリントンもアーカンソー州知事でワシントン政界の出身ではありません。米国では現職より、新鮮な候補者が選ばれるのです。※革新的だな。日本は逆で「5期以上当選しないと大臣になれない」とかあるが。
・共和党の候補に、相当真面なジョブ・ブッシュがいましたが、「やはりブッシュだろう」「ワシントンの内輪だろう」と思われ、早々に脱落します。

・米国は格差拡大などで疲弊し、アメリカン・ドリームなど考えられなくなったのです。前回の大統領選(2012年)で共和党の議員が高校で、「米国は可能性の国です。君たちからスティーブ・ジョブズが出てくる」と熱弁しても、高校生はシーンとしていました。米国は冷めてしまったのです。

・トランプの勢いも失速気味です。それはイラク戦争で戦死した米兵の両親を中傷したからです。父親が民主党の大会でトランプに「国のために犠牲を払った事があるのか」と感動するスピーチを行ったのです。これに対しトランプは暗にイスラム教を批判し、「妻は発言を許されないのでは」と発言したのです。さらにテレビで「あなたは犠牲を払ったのか」と訊かれ、「多くのビルを建て、多くの従業員を雇用した」と答え、キャスターから「それは犠牲ではなく、成功だろう」と突っ込まれます。
・これを切っ掛けに彼の「徴兵逃れ」疑惑が再燃します。彼は18歳の時、学業を理由に徴兵を猶予され、大学卒業後には「踝の骨の損傷」で徴兵を免除されます。※丁度ベトナム戦争が激しかった頃だ。

<第4章 エリート VS 大衆>-米国大統領選2
・米国の大統領選は予備選/本選があり、とにかくお金が掛かります。大統領選(※本選?)には公費負担制度がありますが、上限があります。党の候補者選びは任意団体のため、金額が幾ら増えても問題はありません。これは自民党の総裁選挙で幾らお金が動いても、公職選挙法に違反しないのと同じです。
・大統領選を勝ち抜くには、数百万ドル(※数億円)必要です。予備選で上位になれば献金が集まり、選挙戦を継続できます。2012年の大統領選では、オバマ/ロムニーの両陣営で4800億円が使われました。※数億円どころじゃないけど。
・トランプの資産は45億ドル(5404億円)で、選挙で戦えます。共和党のカーリー・フィオリーナは5800万ドル(70億円)、ジョブ・ブッシュは2200万ドル(26億4千万円)、テッド・クルーズは350万ドル(4億2千万円)、マルコ・ルビオは10万ドル(1200万円)、民主党のヒラリー・クリントンは4500万ドル(54億円)、サンダースは70万ドル(8410万円)です。※トランプが突出しているな。

・ヒラリーは「献金問題」「メール問題」で批判されています。彼女が不人気な理由は3つあります。①既成の政治家である。国民はワシントンは腐敗していると考え、既成の政治家を忌避します。②政策を簡単に変える。彼女に対し国民が思い浮かべる言葉は「嘘つき」です(※これは酷いな)。③ウォールストリートとの親密関係です。彼女はゴールドマン・サックスで行った3回の講演で、67万5千ドル(7400万円)を受け取っています。※こんな人物が大統領候補になる米国は、崩壊していると思う。当然格差は拡大する。
・2016年7月映画『クリントン・キャッシュ』が上映されます。この副題は「外国政府と企業が、クリントン夫妻を『大金持ち』にした手法と理由」です。このポイントは、外国企業がクリントン一家の慈善財団「クリントン財団」に多額の寄付をする点にあります。法律では外国からの献金は禁止されていますが、財団への寄付は可能なのです。ヒラリー(当時国務長官)は多額の講演料を受け取り、その企業に有利な取り計らいをします。
・彼女には、ロシアの国営企業がカナダのウラニウム・ワンを買収した件、サウジアラビアへの戦闘機売却の件、イランで事業を展開していたエリクソンの件などの疑惑があります。

・彼女が公務に個人メールを使用した「メール問題」も深刻です。米連邦捜査局(FBI)は「軽率だが違法ではない」として訴追は見送りましたが、秘密情報を軽率に扱っていたのは事実です。あの年齢で、そんな事をするようでは、資質が問われます。そのため大統領選で共和党のバッジには「トランプを大統領に」の他に、「ヒラリーを刑務所へ」もありました。

・一方共和党の主流派は、トランプが大統領になるのを阻止したい考えています。そのため彼らは「本選ではヒラリーに投票する」と言っています。実際彼女のウォールストリートの利益やネオコン的な思想は、共和党と一致しています。逆に民主党のサンダースの支持層は、彼女への投票を棄権したり、トランプに投票する可能性があります。要するに両党で捻れが起こっています。特に共和党はトランプ支持者に乗っ取られたため、党は機能しておらず、党員は重鎮/主流派の言う事を聞きません。

・今の常識では共和党は「保守」、民主党は「リベラル」ですが、共和党の前身の「連邦主義者党」は北部を地盤とし、奴隷制に反対する「進歩的な党」でした。一方民主党の前身の「民主共和党」は南部を地盤とし、大規模農場経営者のため奴隷制に賛成する「保守強硬派」でした。
・やがて北部の民主党に移民などが流入し、リベラルな党に変身します。それに着いて行けない南部の民主党員を、共和党が吸収したのです。民主党は社会保障を充実させる「大きな政府」を目指す政党になり、共和党は社会保障などに反発し、「小さな政府」を目指す政党になります。

・もしトランプが大統領になったら、どうなるでしょうか。戦争は遠のくと思います。「トランプは何をするか分からない」が抑止力になると思います。また彼の周囲にいるエスタブリッシュメントは戦争を望みません。
・皮肉な事に「平和」と結び付くのは「格差」で、「戦争」と結び付くのは「平等」なのです。ピケティは『21世紀の資本』で「第一次世界大戦までで格差が減った様子はない。もし世界大戦がもたらした経済的・政治的ショックがなかったら、この方向がどこに向かったか見極めるのは難しい」と書いています。

・日本はどうなるでしょうか。トランプは日米安保条約に不満を持っています。彼は「アメリカ・ファースト」なので、日本/韓国から米軍を撤退させたいと思っています。「米国は世界の警察」と思っている我々には、彼の発言は突飛に聞こえますが、歴史的には米国の国是は「孤立主義」です。
・1823年第5代米国大統領モンローは、「米国は南北アメリカ以外に関与しない」とするモンロー主義を提唱します(※でもアジア/中国には進出したかった)。第一次世界大戦も第二次世界大戦も不介入主義でした。第二次世界大戦後米国がこの不介入主義/孤立主義を放棄したのは、ソ連に対抗するためです。従って米国の介入主義は、歴史的には例外です。
・米国を理解するのに役立つのが、ラインホールド・ニーバーの『光の子と闇の子』(1944年)です。これは、「『光の子』のデモクラシーと共産主義は、『闇の子』のナチズムと闘わなければならない」としました。トランプは「この価値観を止め、アメリカ・ファーストに戻ろう」と言っているのです。

・トランプが孤立主義を貫けば、日本から米軍が出て行き、自主国防体制を取らなければいけません。そうなれば核抑止力も問題になります。
・2016年3月彼はインタビューで「日本が駐留経費を増やさなければ、米軍を撤退させ、日本の核保有もあり得る」と言っています。彼の発言の背景に、孤立主義があります。これはヒラリーが大統領になっても同様です。
・両者はTPP反対でも一致しています。TPP撤回は、「ガソリンを撒き散らす自動車を買え。子供が間違って入り、運転音が酷い冷蔵庫を買え」を意味しています。経済面での孤立主義は成立するのでしょうか。彼は中国/メキシコ/日本を同一視し、批判しています。日本の円安政策を批判し、ドル安政策に踏み切る可能性があります。米国は、南北アメリカ大陸に目を向けるモンロー主義に回帰する可能性があります。

・トランプが大統領になると、米中関係/米ロ関係は改善するでしょう。彼とプーチンは相思相愛の関係です。ただしその後軌道修正しています。
・2015年9月トランプは、「ロシアはISISを排除したいと考えており、それは我々と一致する。ロシアの好きにさせれば良い」と言っています。これはシリア内戦への深入りを避けたい考えで、モンロー主義と云えます。
・トランプは「中東に対して中立の立場を取る」と言っています。これは「イスラエルへ肩入れしない」を意味し、イスラエル/イラン/トルコ/アラブの関係が劇的に改善される可能性があります。※これは予想に反し、イスラエルを強固に支持している。

・トランプが大統領になっても、エリートがすんなり従うか分かりません。元中央情報局(CIA)長官が、「米軍は彼の指示に従わないだろう」と発言しています。彼は「忠誠を誓うのは大統領ではなく、国体に対してだ」と考えています。彼らエリートは、政策は諮問会議やウォールストリートが決めると確信しています。※今のところ大問題は起きていないので、上手くやっているみたい。

・彼が大統領になって一番注目すべきは、諮問会議のメンバーです。米国はWASP(英国系白人のプロテスタント、※正確にはアングロ・サクソン系)の国と云えます。彼らにとって、トランプは都合の良い大統領です。
・C・W・ミルズが『パワー・エリート』(1956年)で、「大統領は助言者からなる『内輪のサークル』を必要とするようになった。改革者であれば、なおさらである。彼らは職業政治家/専門官吏でも良いが、通常は何れでもない」と書いています。民主主義が機能不全となった今日、諮問会議による政策決定は、多くの先進国で見られる現象です。※他に補佐官/戦略官などがいる。

・米国では政権が代わると、エリートも入れ替わります。共和党/民主党にはそれぞれシンクタンクがあり、政権が代わると、5千人程度が入れ替わります。しかし民主的な手続きやエリートによる手続きを経ずに、トランプの側近で政策が決まるリスクがある。共和党/民主党のエスタブリッシュが「旧来型のエリート」なら、彼らは「新エリート」です。この新旧エリート間で熾烈な戦いが始まります。新エリートが利権構造を手にすれば、エリートの入れ替えが起きます。※諮問会議などが新エリートかな?
・米国の高官(局長以上)は政治任用(ポリティカル・アポインティ)です。政治任用される外交官は、活動費を自分で用意します。そのため公職に就いていない間に、投資銀行に入ったり、企業の顧問になり、数十億円稼ぐ必要があります。※驚き。逆に言えば、外交官になるとそれ以上の収入があるんだ。

・大統領選と同時に、下院の全議員と上院の1/3が改選されます。大統領がどれだけ力を持てるかは、この選挙次第です。特に上院は、大統領が指名した長官を不承認できます。※上院は共和党が過半数を占めている。

・経済格差を解消するには、教育を受ける必要があります。ところが教育格差自体が起こっています。ハーバート大学に通った山口真由さんは、10ヶ月で7万ドル掛ったそうで、これだとロースクール6年間で5千万円必要になります。これは簡単に出せる金額ではありません。州立大学だと年間200万円、それ以外だと年間400万円位必要になります。
・米国の学生は平均3万ドル(320万円)の学費ローンを残し卒業します。上手く就職できないと、破産します。そのため「公立大学授業料の無料化」を掲げたサンダースに、若者は熱狂しました。ところが冷静に考えれば、共和党が多数を占める議会での成立は困難です。

・日本でも学費が上がっています。東工大で50万円、私立で百数十万円、文系の高い大学で150万円程度です。
・日本では日本育英会が日本学生支援機構に改組され、金融事業に変貌しました。保証人を立てない場合は機関保証料を払う必要があります。返還期日を過ぎると延滞金が掛かります。また延滞4ヶ月で債権回収会社に委託され、延滞9ヶ月で裁判所による督促に替わります。

・こんな状態だと下層の人は「勉強してもしょうがない」となり、階層は固定化します。ポール・ウィリスの『ハマータウンの野郎ども』の世界です。”野郎ども”は「教育が人を選別する機能である」と見抜いています。「学校は少数者だけが成功する条件を掲示しているが、全員が成功しない矛盾を明らかにしていない」「学業成績に努力すれば報われると言いつつ、成績だけが尺度ではないと言っている」。彼らはそれらを見抜いる。
・しかし彼らは二重の意味での牢獄を味わいます。見習工時代が終わり、不快な環境で他者の利益のために骨身を削る生産労働の時代になり、職場は二重の意味での牢獄になる。そこで教育こそ、この牢獄から免れる唯一の脱出口だった事実を知る。
・どこの国でも階層の固定化が進んでいます。偏差値の高くない大学を出た人達はボリュームゾーンになり、反知性主義(?)/ポピュリズムに左右されています。

・一方米国の富裕層は、自分達の特権を守る戦略を採っています。ハーバート大学の入試項目にTOEFL試験がありません。要するにお金を積めば、入学できるのです。しかし日本の東大を卒業して米国の投資銀行に入っても、官僚組織/民間組織で鍛えられるはずの10年間をマネーゲームでボロボロにされるだけで、エリートの再生産は起きません。ところが米国の富裕層は、親の資産を引き継ぎじっとして、格差が新しい身分制度として固定化しています。

・ただし新しい動きもあります。サンダースの背景に「ミレニアル世代」があります。彼れらは子供の頃からインターネットに親しみ、高学歴者が多くいます(※香港のデモも、ネット世代かな)。予備選でヒラリーが過半数を獲得して勝利した後も、サンダースは闘い続けました。その結果民主党の政策綱領に、「公立大学の学費無償化」「時給15ドルの最低賃金」が盛り込まれました。

<第5章 世界最古の民主主義国のポピュリズム>-英国EU離脱
・2016年3月英国での国民投票で、EU離脱(ブレグジット)が選択されます。これも大衆のエリートに対する不満です。「自国の事が一番だ」と吠えるボリス・ジョンソンは、全く「英国のトランプ」です。彼は移民/出稼ぎに仕事を奪われた白人を扇動するポピュリズム政治家です。

・離脱派の主張の背景に、アイルランド/コモンウェルス(英連邦、旧植民地)がありました。英国には人・物・金の移動制限が緩いコモンウェルスがあり、離脱しても困らないと主張したのです。しかし離脱派の主張は、現実からかけ離れていました。「EUへの分担金(480億円/週)を国民保健サービスに使う」「移民を受け入れないで済む」「離脱後もEUとの関税はない」などを主張します。ところが後に嘘だったと認めています。ボリス・ジョンソンは、キャメロン前首相の後任選挙にすら出馬しませんでした。※今はジョンソンが首相に就き、離脱に向かっている。
・キャメロン前首相も、2014年スコットランド独立を問う住民投票で勝利した経験があり、EU残留に総力を挙げれば、国民は従うと誤解していたのです。

・英国のEU離脱により、スコットランドの独立が現実味を帯びてきました。2014年国民投票は賛成45%/反対55%で、独立派は敗れました。しかし英国議会のスコットランド選挙区59議席中、56議席が独立派が占めています。スコットランドでのEU離脱国民投票では、残留票が大きく上回りました。
・スコットランドが独立した場合、通貨の問題がありました。独自通貨を持つのは力不足で、ポンドを使うと英国への従属が続きます。ユーロを使うのが理想ですが、ユーロを使うにはEUの全加盟国の賛成が必要で、当然英国は反対します。ところが英国がEU離脱すると、その障害がなくなります。
・スコットランドの独立/EU加盟が現実的になったため、企業は支店をロンドンからエジンバラに移しています(※支店だけ?)。シティの金融機関はエジンバラに移る事になります。※スコットランドの独立は確実だな。

・ただしEU離脱は簡単ではありません。離脱の手続きはリスボン条約(EU基本条約)第50条に定められていますが、簡潔なもので、離脱を想定していなかったと思われます。離脱の通告から2年でEU法の適用は消滅しますが(※強制離脱かな)、延長もできます。

・EU離脱決定により、様々な影響が表れています。英国人がアイルランドのパスポートを取得しているのです。申請が1日200件だったのが、4千件に増えました。英国は二重国籍を認めており、またアイルランドのパスポートの取得が容易なのです(※アイルランド国籍のパスポートだな)。英国のEU離脱後も、それで自由にEUに行き来できます。ここから個人は国家の原理ではなく、経済の原理で動いているのが分かります。
・1986年佐藤氏は英国に滞在していましたが、アイルランドに行くには、ピザもパスポートも不要で、国境管理はありませんでした。英国がEU離脱すれば、ここが国境になります。

・スウェーデン/デンマーク/オランダ/オーストリアでも国民投票の動きがあります。欧州各国でポピュリズム/極右の活動が活発です。2016年6月オーストリア(自由党、ハインツ・シュトラーヒェ)/仏国(国民戦線、マリーヌ・ルペン)/ドイツ(ドイツのための選択肢)/英国/ベルギー/イタリアなどの極右勢力が会合を開きました。

<第6章 国家VS資本>-パナマ文書と世界の富裕層
・これまで新自由主義により格差が拡大し、政治体制が揺れ動いている状況を見てきました。「パナマ文書」が世界に与えた動揺も、同じ文脈です。
・パナマ文書はパナマの法律事務所「モサック=フォンセカ」が持っていたデータで、それが「南ドイツ新聞」に流れ、それを「国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)」が裏付けし、2016年4月報道しました。これによって各国の首脳やその家族が、タックスヘイブン(租税回避地)を利用していた事が明らかになりました。
・近年「富裕層による富の独占」が問題になり、「オキュパイ・ウォールストリート」のデモが行われたり、ピケティの『21世紀の資本』がベストセラーになっています。

・まず槍玉に上がったのがアイスランド首相グンロイグソンで、首相を辞任します。他にウクライナ大統領ポロシェンコ、サウジアラビア国王サルマン、英国元首相キャメロンの父、中国国家主席・習近平の義兄、ロシア大統領プーチンの親友などの名前がありました。
・「モサック=フォンセカ」は、節税したい顧客のペーパーカンパニーを設立していました。これは合法的な方法で、会社登記の登録料だけ払い、後は低い税金だけで済ませられます。
・主なタックスヘイブンには、欧州のモナコ公国/サンマリノ共和国、中米のパナマ、カリブ海のバミューダ諸島/ケイマン諸島/バハマ、英国領のマン島/ジャージー島、中東のドバイ/バーレーンなどがあります。これらの小さな国・地域は、登録料で外貨を稼いでいます。
・少しでも節税したい多国籍企業/富裕層と、少しでも税収を増やしたい国家との間で、いたちごっこになっています。

・ただ今回のパナマ文書では、流出の仕方が不可解です。ジャーナリズムでは、取材源を明かさないのが基本なので、情報源は明らかにされないでしょう。個人やウィキリークスであれば、「正義感でやった」と明らかにするでしょう。それがないので情報機関がやったと思われます。「南ドイツ新聞」はミュンヘンにあり、パナマ文書にドイツ/米国の政治家は出て来ません。従ってこのターゲットは英国と考えられます。
・世界で「為替ダンピング」の競争があります。「英国がダーティな事をやっているので、ポンドが高い」との疑念があります(※ダンピング?)。パナマ文書で問題となったバージン諸島は、英国領です。

・節税して利潤を追求するのは、資本の当然の論理です。またタックスヘイブンを利用し、節税するのは合法的な方法です。一方国家は徴税に努め、租税回避は国家への反逆です。従ってこれは「国家VS資本」の闘いで、第三次世界大戦です。※本書の前に主権に関する本を読んだが、多国籍企業/富裕層による租税回避(タックスヘイブン)を批判していた。
・グローバリゼーションでお金の流れは世界的に自由になりました。しかし国税当局/検察当局は国境を越えられません。そのため「経済協力開発機構(OECD)」は多国籍企業の課税逃れのルール作りを始めています。パナマ文書の追及も各国が分担してやっています。

・日本の国税当局も、ペーパーカンパニーと国内の収益を合算して課税するようになりました。かつては二重課税方式でしたが、今は多くの国と租税条約を結び、二重課税は回避されています。※上手く徴税できているのかな。
・贈与があった場合、日本では贈与された方に課税され、一方米国では贈与した方に課税されていました。そのため日本から米国に贈与した場合無税でしたが、今はその方法も使えなくなっています。

・今回のパナマ文書はほんの一部で、ドイツ/仏国/イタリア/ギリシャなどの名前は出ていません。他のタックスヘイブンのデータが漏れると、大変な騒ぎになるでしょう。
・米国デラウェア州は法人税が非常に安く、マイクロソフト/グーグル/アマゾンなどが本社を置いています。これには強い反発が出ています。
・最近税金逃れの問題がありました。アイルランドの製薬会社アラガンが、米国製薬大手ファイザーを買収する合併話がありました。しかも合併後は、ファイザーのCEO(最高経営責任者)が新会社のCEOに就き、アラガンのCEOがCOO(最高執行責任者)に就くのです。米国の法人税率は35%で、アイルランドの法人税率は12.5%です。財務省が新たな規制を設けた事で、合併は流れます。

・パナマ文書には、日本人400人の名前もありました。ただ日本では余り問題にならないと思います。日本には富裕層(金融資産が1~5億円)が200万人(人口比1.6%)、超富裕層(5億円~)が15万人(0.1%)です。そのため「超富裕層1%、庶民99%」と云われる米国ほど、超富裕層は多くいません。ただし金融資産なので不動産を含めていません。金融資産1億円を持っている人は、不動産を2~3億円を持っています。
・またタックスヘイブンの資産は非常時に凍結・没収されるなどの心配があります。そのため日本の富裕層は、税率の低いシンガポール/香港などに逃げています。シンガポールに所得税はありますが、キャピタルゲイン課税/住民税/贈与税/相続税はなく、法人税は最高で17%です。日本で年収4千万円だと、所得税45%/住民税10%/復興税2%で、合計57%課税されます。シンガポール/香港だと20%以下です。

・ただしエリートが国から抜け出し、税金を払わないのは深刻な問題です。「納税の義務」を、しっかり教育する必要があります。児童養護施設・至誠学舎の理事長は、「良き納税者になりなさい。それが社会への恩返しだよ」と教えています。※エリートはしっかり教育されていると思うが。

・パナマ文書にはロシア人の名前もあります。プーチンの親友で音楽家のセルゲイ・ロルドゥーギンです。彼はタックスヘイブンに複数の会社を持ち、20億ドル(2200億円)のお金をやり取りしていました(※芸術家がそんな大金を持つのか?)。彼はプーチンのお金に関与しているとの疑いがありますが、ロシア人は「プーチンはエリツィンより清潔」と思っています。
・パナマ文書には中国人の名前もあります。習近平の義兄がバージン諸島に、ペーパーカンパニー3社を保有していました。ネットで「姉夫」で検索すると、その情報が得られたのですが、当局が直ぐにブロックしました。5年前中国にはサイバーポリスが3万人いました。今は10万人いるかもしれません。習近平は汚職追放キャンペーンをやっており、バツの悪い思いをしました。

・パナマ文書の提供者がドイツ当局か分かりませんが、以前にドイツは味を占めています。ドイツの国税庁がリヒテンシュタインの流出文書を、5億円で買ったのです。このデータを基に脱税をどんどん摘発し、あっという間に5億円を回収しました。さらにこのデータを各国に渡しました(※無償?)。帝京大学創立者の遺産相続が摘発されたのは、このデータからと云われています。

・国家VS資本の闘いは、資本に有利に展開していましたが、国家の巻き返しも見られます。2014年海外資産が5千万円以上ある場合は、申告が必要になりました。これは資産課税の準備です。マイナンバーもそのためです。年収が2千万円以上あると、資産の一覧を申告する用紙を渡されます。※国内資産も海外資産もか。
・ピケティも資産課税を主張しています。資産課税は国家にとって魅力的な財源です。国家は暴力装置を持っており、これには実効性があります。

・国家VS資本の闘いは、金融取引のスピードでも見られました。株の超高速取引(HFT)問題です。村上世彰がこの件で捜査されましたが、起訴を免れています。※もっと詳しく説明されているが省略。
・ただし国家が起訴するのは可能です。本人に「違法だと知っていた」と自白させれば良いのです。身柄を拘束し独房に入れ、健康診断を受けさせ腎臓疾患/肝臓疾患などにし、不味い食事を食べさせ続ければ、「違法だと知っていた」と白状します。そうすれば公判を維持できます。※自白の強要だな。佐藤氏の経験かな。
・高速取引の問題も、国家VS資本の闘いです。これは柄谷行人の3つの交換様式で理解できます。交換様式A-互酬(贈与と返礼)による共同体、交換様式B-収奪と再分配(支配と服従)による国家、交換様式C-商品交換(貨幣と商品)による資本があります。いずれかが強くなるとバランスを取るため、別のものが強化されます。資本が強くなり、国家/ナショナリズムが強化されるトレンドに入ったのです。※柄谷行人『世界史の構造』にある理論みたい。これは知らなかった。

・反ユダヤ主義の高まりも同じ文脈です。ウンベルト・エーコ『プラハの墓地』は、偽書作りのシモニーニが偽書『シオン賢者の議定書』を作り、それがユダヤ人迫害の原因になる小説です。シモニーニ以外の登場人物は実在する人物です(※そんな小説があるんだ。ベストセラーみたい)。これを書いた理由は2つ考えられます。1つは、反ユダヤ主義を煽っている。もう1つは、『シオン賢者の議定書』みたいなのが書かれれば、反ユダヤ主義が再燃するとの警告です。※これも国家VS資本かな。

・自身の祖先にユダヤ系を持つエマニュエル・トッドも、『シャルリとは誰か?』で反ユダヤ主義の広がりを懸念しています。
・ユダヤ陰謀論者のノーマン・コーンは『ユダヤ人世界征服陰謀の神話 シオン賢者の議定書』を書いています。ユダヤ陰謀論者には、「ユダヤ人だけが良い思いをしている」「ユダヤ人は優秀だ」の2つの考えを持っています。
・これらの本を読むと、新自由主義による資本のグローバル化で、人種・民族を巡るキナ臭い雰囲気が噴出していると感じます。※何で反ユダヤ主義が出て来たのかと思ったが、資本=ユダヤ人か。

<第7章 格差解消の経済学>-消費増税と教育の無償化
・2016年5月衆議院の財務金融委員会で、建設的な質疑応答がありました。民進党・前原議員が以下の内容を述べます。
 「社会保障と税の一体改革」での消費税引き上げ分5%は、社会保障の安定化・維持に4%、機能充実に1%が充てられる。要するに大半が借金返済に充てられる。これを半々にすれば、国民も理解する。今後の10%への引き上げで、これを行って欲しい。
 「2020年プライマリーバランスの黒字化」は、いずれにしても6.5兆円不足で、財政健全化目標は立て直す必要がある。
・前原議員が念頭に置いていたのは「教育の無償化」です。新自由主義により拡がった経済格差と教育格差は連鎖しています。※格差の固定化だな。

・消費税を1%上げると、2兆円の増収になり、この2兆円で教育の無償化を実現できます。給食費/私立大学の学費を加えると6兆円ですが、それも消費増税3%で実現できます。財務省の主張する「プライマリーバランスの黒字化」ではなく、社会保障の機能充実に充てるべきです。国民は子供の教育/親の介護/自分の老後に不安があります。この不安がある限り、消費は低迷します。※日本は政府の教育支出が少ない。昨年より幼児教育の無償化が実施されている。
※社会保障費は年1兆円増えるとされる。ならば毎年0.5%の消費増税が必要になる。やはりお金が余っている法人から、確実に徴税するのが適切では。

・アベノミクスで金融緩和しているのに、なぜ景気が回復しないのか。それはお金が循環していないからです。2016年4月政府は1年間の1万円札の印刷枚数を、10億5千万枚から1億8千万枚増やし、12億3千万枚にしました(※2割に近い増刷だ)。これはタンス預金などで貨幣が貯め込まれているからです(貨幣退蔵)。
・現在はデフレ傾向でないため、貨幣退蔵は非合理です。この非合理な行動が一部ではなく、全体で起こっています。これはマイナンバーで資産が把握される前に銀行からお金を引き出す動きがあったのでしょう。日本は戦後に預金封鎖し、新円に切り替え、国民の財産を間接的に没収しています。この経験があるのに、国民は国家を信用しています。

・先日、官僚/金融関係者/国会議員の会合で「コンソル公債」が話題になりました。これは償還されない代わりに、利子が永久に支払われる「永久国債」です。これで財政危機を収める話が官僚から出ました。英国はこれで危機を逃れた事があります。財務省もこれを検討しているようです。
・またある国会議員は「我々政治家は貨幣を腐らせる政策(インフレ政策)を考えている。デフレの時にコンソル公債を発行し、インフレになるとその元本を返せば良い」と言いました。
・日本は2060年以降、急激に人口が減少します。その時に特定の人からお金を収奪し、特定の人に与えると、社会は分断します。全員が裨益するには、コンソル公債が有効と考えています。※コンソル公債は初めて聞いた。まあ借金の返済の放棄に近いかな。

<第8章 核を巡るリーダーの言葉と決断>-核拡散の恐怖
・2016年5月伊勢志摩サミットで来日したオバマ大統領が広島を訪問しました。池上氏はNHK呉通信部に勤務した経験があり、多数の被爆者を観ており、これに感涙しました。謝罪の言葉はなくても、米国大統領が広島を訪れた事に意義があります。
・原爆慰霊碑には30万人を超える被爆者の名簿が保管されています。そこには12人の米国人捕虜の名前もあります(※朝鮮人は別にあるらしいが)。広島に捕虜収容所はなかったのですが、前日に呉から移送されていたのです。これも彼の訪問を説得する材料でした。

・オバマの演説も注目されました。米国大統領として、原爆投下は否定できません。池上氏はこの演説を東工大の授業で取り上げました。ここには様々なレトリックが使われています。冒頭で「爆弾が降ってきた」とせず、「死が降ってきた」としています。最後には「今、子供達は平和の中に生きている。貴重な事だ」と締め括っています。
・また「広島・長崎は核戦争の夜明けとしてではなく、道義的な目覚めの始まりとして記憶されます」としています。「ユダヤ人虐殺」「シリア内戦」なども暗に批判しています。またこの演説には主語がありません。これは原爆慰霊碑に書かれた「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しません」に呼応します。
・この訪問は、トランプの日本の核武装を認める軽々しい発言も影響しています。彼は米国の良識を示したかったと考えます。2009年彼はプラハ演説でノーベル平和賞を受賞します。これを任期終盤で示せた事も意味があったと思います。

・ところが日本では信じられないやり取りがされています。2016年3月参議院の予算委員会で民主党・白眞勲議員が、「政府は核保有は憲法違反ではないとしているが、使用はどうか」と質問します。これに内閣法制局長官は「使用も禁止されているとは考えていない」と答えます。これは以前の政府見解と異なります。「核兵器は憲法で認められるが、非核三原則により持たない選択をしている」が歴代内閣の立場です。※核兵器も通常兵器も一緒で、結局自衛権の問題に含まれるのか。非核三原則が束縛しているなら、米国次第で変わるのか。
・今の国際情勢で核拡散は深刻な問題です。北朝鮮の核実験により、韓国が核保有する話があり、中東では核拡散の脅威が現実化しています。その中でのこの回答は大変な意味を持ちます。

・日本は「核を保有しないが、いつでも作れる」を抑止力としてきました。国際原子力機関(IAEA)を含む国際社会は性悪説を採り、日本に対する査察は大変厳しくなっています。日本には使い物にならないプルトニウムが48トンあり、それは原爆数千発に相当します。
・ところがウラン型原爆の方が製造が容易で、北朝鮮はそれを作ったのです。ウラン型の起爆装置は簡単で、ウランを90%に濃縮する技術さえあれば作れます。

・日本は「核保有の『能力』はあるが、『意志』はない」を通してきました。その「能力」を維持するために、原発はなくせません。今の核不拡散条約(NPT)体制だと、核保有を選択した時点でウラン/プルトニウムの供給が止められます。そうなると日本はエネルギー危機になります。従って現時点、核武装はあり得ません。たとえ日本が核兵器を使ったとしても、原子力潜水艦もなく、その設置場所もありません。

・沖縄の新聞はオバマの広島訪問を冷ややかに見ていました。『琉球新聞』では、サミット初日の一面は「基地なき島訴え 4000人、抗議決議」「オバマ氏謝罪せず 協定改定も否定」、二日目の一面は「海兵隊撤退を初要求 県議会が抗議決議」などで、一切触れていません。報じていたのは、2016年4月に起きた軍属による強姦殺人事件や、終戦間際にソ連に送った特使の要求範囲に沖縄が含まれていなかった記事などです。沖縄では日本(本土)の話は関係ないのです。
・訪問に際し、翁長知事はオバマとの会見を安倍首相に求めましたが、安倍首相は断りました。70年前は戦艦大和を送るなど、援けてくれたのに、会見さえ許されないとの怒りがありました。沖縄の人口は日本の1%です。民主主義に従えば、これは理に適っています。

・ソ連の人口は1億5千万人、バルト3国の人口は670万人で、5%に達しません。ソ連がバルト3国の独立を認めたのは、彼らを理解したからではなく、政治的な思惑です。
・日本と沖縄の関係も同じです。「分かるはずはない」のですが、分からなければいけません。沖縄は米軍基地を過重負担しています。日本は沖縄を植民地支配しているのを認識しなければいけません。※結構冷淡だな。
・沖縄は植民地支配から脱せないと思います。それは人口の少なさや、米国/中国/日本に囲まれた地理的条件からです。
・日本における子供の貧困は深刻な問題です。6人に1人が貧困と云われています。ところが沖縄は2人に1人が貧困です。その理由は沖縄に二次産業がないからです。二次産業を育てると、労働運動から共産化する恐れがあったからです。

<第9章 リーダーはいかに育つか>
・2016年5月伊勢志摩サミットが開かれました。安倍首相は「世界経済はリーマンショック前に似ている」「世界経済は危機に陥るリスクに直面している」を認めさせようとしましたが、「リスクがある」に留まりました。これは消費増税の先送りの条件が「リーマンショック級」だったからです。
・この時各国の首脳を伊勢神宮に連れて行きましたが、一神教の人間をどう考えていたのか。また首脳を日本の水素自動車/自動運転車に試乗させる行事もありましたが、メルケルが車に乗って、手を振るのは考えられません。しかも当時は三菱自動車/スズキの不正事件が起きている最中で、余りに鈍感です。

・こんな信じられない事が、様々起こっています。2016年2月衆議院の予算委員会で民主党・山尾議員が、ネット上の「保育園落ちた、日本死ね」を取り上げ、待機児童問題の質問します。民主党は偽メール事件で代表が辞任した過去があります。そもそも「死ね」などの言葉が国会で飛び交うのは、政治の否定です。
・山尾議員の政治資金報告には、コーヒー代7万円とか、ガソリン代247万円/429万円などの記載があります。これで摘発されないのは不思議です。
・近年政治資金に厳しくなりましたが、これは政治資金に、国民の税金である政党助成金がブレンドされたためです。しかし山尾議員程度の政治資金疑惑で自民党を揺さぶったら、議員の1/3はいなくなります。

・派閥政治が問題視され、公募の議員が増えましたが、むしろスキャンダルは公募の議員に多い。武藤貴也議員はインサイダー取引を知人に持ちかけており、反社会的です。これは「犯罪者が政治家のバッジを付けている」と云えます(※まるで前述のロシアだな)。他に本会議を欠席して温泉に行った上西小百合議員などもいます。マスコミは彼らに厳しく当たるべきですが、そうなっていません。

・東京都知事は2代連続して「政治とカネ」の問題で任期途中に辞職しました。舛添前知事は、毎朝登庁するので評判が良かった。前の知事は午後に登庁し、その分職員は夜遅くなった。その前の知事は週に2・3回しか登庁しなかった。
・舛添前知事は国際政治学者で常識人だったが、贅沢志向でした。ファーストクラスで出張し、スイートルームに泊った。さらに回転寿司/理髪店/風呂などの”せこい話”もある。彼は税金をどう考えていたのか。「政治資金規正法」は性善説に立っているので、こうなる。
・この事件の裏には機密費があるのでは。彼はこれを使わせろと言って、この事態になったのでは。猪瀬元知事が「都が尖閣諸島を買う」として簿外で15億円を集めた。彼はこの「裏金」に手を突っ込んだと仮説できる。

・官僚のエリート主義も目に余る。若くして亡くなった外務省人事課の外交官の「檄文」が、2016年3月『朝日新聞』で記事になった。内容は以下。※大幅に省略。
 彼は内定者に向け、「諸君は公的な人材である。自分自身だけの人生は終わった」「諸君には成長する義務がある。謙虚さを忘れず、自己鍛錬し、人を率いる能力と人徳を培う義務がある」と書いた。彼の同期は、この「檄文」パソコンや携帯に保存し、負けそうになった時は、これを見た。
・この記事には、「国家を守るには、エリートの結束が重要」との意志が窺われる。彼らは「なぜトランプが出て来たのか」などは考えない。「資格試験に通った官僚が最も優秀なので、官僚に任せれば良い」と考えている。この独りよがりのエリート意識/ナルシシズムは懸念する。

・この「檄文」にいかなる法的根拠があるのか、外務省設置令のどの法令に基づいているのかです。※よく分からない。
・この「檄文」を礼賛する朝日も異常です。これはトランプ現象/安倍首相の反知性主義(?)に対する、官僚/エリート記者の危機感である。
・これは「民主的な手続きで、なぜヒトラーを阻止できなかったのか」「エジプトの『アラブの春』で生まれたムスリム同胞団の政権より、クーデターを起こした軍事政権の方が良かった」「民主主義的な手続きで民主主義の首を絞める動きが出て来たら、エリートは阻止しなければいけない」などの議論と一緒です。思い上がったエリート意識は危険です。

・今、田中角栄ブームが起きている。時代が複雑になり、物事が決められなくなり、決断力のある角栄が求められてきた。しかし今彼がいても、結果は同じです。日本の右肩上がりの時代は終わったのです。一昔前は、「一内閣一テーマ」で良かったが、今は貧困問題/教育問題/安全保障問題などが同じ比率で重要です。
・「列島改造論」は「富の再配分」で、社会民主主義的な政策です。政治家が「富の再配分」を行うと、腐敗が伴います。ところが当時はそれを上回るメリットがあって、目をつぶっていたのです。※古き良き時代かな。

・このブームで多くの角栄論が出ていますが、石井一の『冤罪』が秀逸です(※その内読みたい)。彼は角栄に私淑していました。またスタンダード大学大学院を出ており、米国側の資料も調べています。この本の結論は以下の箇所と考えられます。※大幅に省略。
 ロッキード社は民間機と軍用機を製造し、特にP3Cの売り込みが貿易のインバランスを解消する最重要課題だった。しかしP3Cを取り上げると、安全保障上の大スキャンダルになる。そこでトライスターを取り上げたのです。
 従って、児玉/小佐野や中曽根などの灰色高官のP3Cには触れず、田中のトライスターに絞って日米両国が立件したのです。キッシンジャーの陰謀と三木の怨念が一致し、それがなされたのです。
・彼は、「本来ロッキード事件はP3C(中曽根)の汚職だったが、それがトライスター(田中)に置き換えられた」と書いています。彼は資料収集/調査のために相当なお金を使っています。これは田中側から流れたのかもしれません。

・この本の面白さは、彼が角栄から幾らお金を貰ったかを具体的に書いている事です。
 田中との会見は5分程度だった。竹下から「目白に行ったら、はっきり喋れ。多分お金をくれるから、俺に報告しろ」と言われていたので、「封筒には30万が入っていた」と報告した。すると「君は期待されているぞ」と言われた。
・他に「田中事務所の佐藤秘書から、毎月50万円貰った」「選挙の時は、500~1000万円届いた」なども書かれている。

・「カネ」と「権力」が代替可能かを考えます。米国では、カネとリーダーシップが直結しています。欧州はそうではなく、階級社会と人種差別・民族差別が残っており、新自由主義は完全に浸透していません。一方日本はお金を持っているのを隠します。堀江貴文/村上世彰などは、それを隠さない新自由主義の象徴です。
・経団連会長も変わってきました。土光敏夫/奥田碩などは存在感がありましたが、今の経団連会長は、直ぐに頭に浮かびません。労働組合の会長も同様です。

・カレン・チャペックが小説『山椒魚戦争』を書いています。山椒魚が突然変異し、数学/工学/経済/軍事ばかりに関心を示し、音楽/美術/文学に関心を示さなくなります(新自由主義)。やがて山椒魚総統が率いる山椒魚と、貴族的古老が率いる山椒魚が戦争を始めます。これは今の時代に通じます。
・テレビドラマ『半沢直樹』がありました。主人公は反体制なのでリーダーになれませんが、多くのサラリーマンが共感して見ていました。
・グイグイと引っ張るリーダーもいれば、多くの人の意見を聞いて組織を動かすリーダーもいます。世の中が順調な時は「良きにはからえ」が理想で、乱世になるとグイグイと引っ張るリーダーが理想なのかもしれません。

・共産党の不破哲三/創価学会の池田大作/公明党の山口那津男はリーダーとして機能していると思います。彼らには下部組織が存在します。カトリックのローマ教皇/沖縄県知事・翁長雄志も機能しています。
・翁長知事が辺野古基金を作ると6億円が集まりました。彼はオール沖縄を束ねています。これはスコットランドと同じで、虐げられている負の連帯感情による結束です。幸せを感じ、アトム化している集団にはリーダーは存在しません。※これがリーダーが存在する/しないの結論かな。

・リーダーは猜疑心が強くなります。部下に任せる事ができない。そうすれば組織が壊れるのに、あちこちにチェックシステムを入れたり、複数の人に同じ課題を与えて、競わせる。NHKの籾井会長もそうでした。部下は消極的になり、それが余計にリーダーの猜疑心を強め、負のスパイラルに陥ります。
・今は会社と社員の関係が希薄になっています。社長は「こんなに頑張ってくれる立派な社員がいる」、社員も「こんなに社員の事を考えてくれる立派な社長がいる」となれば、双方が幸せです。これは北朝鮮で、余計な事を考えなければ、幸せと思います。※公開処刑とかあるのに。
・リーダーには共感力が不可欠です。ところが非情に切り捨てなければならない事もある。近年はこの非情なコストカッター/リストラ屋が、理想の経営者として評価されている。※求められる仕事が変わったのか。厳しい時代になった。

・リーダーを育成する必要があり、その教育にはリーダー論/リーダーシップ/愛国心を埋め込む必要があります(※愛国心はどうなんだろう)。以前はこれらを文化に埋め込んでいましたが、小説を読んでも無駄/日本史は役に立たない/和歌を詠んでも意味がないと、文化が弱くなっています。これではリーダーは育ちません。※何か右寄りだな。国に縛られるのは良くないと思うが。
・池上氏が東工大で教養教育を始めたのは、リーダーを育てるためです。海外のリーダーはリベラルアーツ(※自由七科。文法学、修辞学、論理学、算術、幾何、天文学、音楽。役に立つかな)を習得しています。

・トランプは「人をやる気にさせる方法」「人間関係の構築の仕方」などを書いています。それなりに説得力があり、思想家です。彼は「勤勉」を最重視しています(※プロテスタントだな)。そのため金融資本とは対立します。ただし彼は「優れた経営者」と云うより、「タフな交渉人」です。
・日本の政治家は雄弁だけど教養がない人が多い。ただし大平正芳は教養人でした。

・いきなりトップ・リーダーが出てくる訳ではありません。それには中堅/ボトムのリーダーが育たなくてはいけません。どの組織も下士官クラスが育っていない(※中堅が育たないのは、効率性が重視され、この階層がなくなったためでは)。人間が成長するには組織に帰属する事が重要です。そのため終身雇用制がある企業に期待します。近年社風/社訓が希薄になったのはマイナス要因です。
・「リーダー」と「組織」は補完関係にあります。人間は「群れを作る動物」で、「組織」「リーダー」が不可欠な動物です。「組織」「リーダー」を忌避し、自己利益/自己実現だけを追求するナルシシズムに陥ってはいけません。向上心の高いエリートほど、この罠に陥る危険性が高い。エリート教育で最も必要なのは、「人間は群れを作る」「人間は独りでは生きられない」を教える事と考えます。

<おわりに> 佐藤優
・今はリーダー不在の時代である。この状況で、あえて対談を行った。1991年12月ソ連が崩壊し、その後資本主義が剥き出しになり、グローバリゼーション/新自由主義が世界を席巻した。アトム化した人間は、自己中心的なナルシシズムに陥り易くなった。社会のアトム化で、企業/学校/家庭は共同体としての機能を失った。宗教集団や差別されている地域(沖縄など)を除いて、リーダーは存在しなくなった。扇動によって人を集め、目的が達成されると解散する実行委員会型の組織が現れ、それが新しいリーダーになった。

・資本主義は崩壊しないと思うが、人間の本性を破壊する新自由主義には歯止めが掛るだろう。ポスト新自由主義時代はアトム的世界とは異なる社会になり、そこに新しいリーダーが生まれると信じる。
・自民党などの保守派は、「一君万民」のようなプレモダンな思想で、政治・外交・経済を統合しようとするが、それはできない。一方リベラル派は制度設計で分断社会を克服しようとするが、その線引きによってはソフトファシズムとなるリスクがある。
・新しいリーダーは必ず出現すると思っている。それはキリストの言葉(※省略)にもある。ナルシシズムが肥大化したリーダーは必要ない。民衆にへりくだり、弱い人と共に進む事ができるリーダーが本当のリーダーである。

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