『経済学を味わう』市村英彦/岡崎哲二/佐藤泰裕/松井彰彦を読書。
経済学の概略を解説している。詳細な解説はなく、各分野を解説している。
経済学にも複数の分野が存在する事が分かる。
大半の章で事例を使用し、理解し易いが、専門用語/数式が出てくる章もある。
お勧め度:☆☆☆(経済学の概要を理解できる。個人的には満足)
内容:☆☆
キーワード:<はしがき>経済学、<経済学>ものの見方、ゲーム理論、談合、文系2類、進学選抜制度、<市場>市場メカニズム、パレート最適、公共経済学、市場の失敗、情報の非対称、公共財、租税競争、ふるさと納税、<国民所得と分配>マクロ経済学、財・サービス市場/労働市場/金融市場、国内総生産、本源的生産要素、総生産/所得/支出、経済成長、幸福、実質賃金、金融政策、所得分配、男女不平等、<データ分析>ビッグデータ、因果関係/相関関係、ランダム化比較試験(RCT)、<実証分析>計量経済学、確率モデル、母集団、プログラム評価問題、ランダム化実験、構造アプローチ、<グローバリゼーション>重力モデル、国際貿易、交易条件、光と影、<都市>都市経済学、人口集中、比較優位/規模の経済/公共財、集積の経済/混雑の不経済、ヘンリー・ジョージ定理、<応用ミクロ分析>産業組織論、定量化、再生エネ買取制度、構造推定、シミュレーション、CO₂排出量削減効果、<貧困削減>開発経済学、実証的分析、アジア、規範的分析、輸入代替工業化政策、ワシントン・コンセンサス、ランダム化比較試験、<経済史>金融危機、市場統合、経路依存性、<会計情報>測定/伝達、規範的会計研究/実証研究、情報の非対称性、会計情報の有用性、経営者報酬契約/利益調整、<デリバティブ>先渡し/オプション、複製戦略/リスク中立確率、ブラック=ショールズ・モデル、<あとがき>大学院、キャリア
はしがき
<1.経済学とは>
・「経済は市場に任せれば良い」と考えられていますが、そんなに単純ではありません。そこで経済学者は「どうすれば市場が機能するか」を研究しています。かつてはマクロ経済政策が重要でしたが、今はエビデンスに基づいた経済分析を踏まえた政策形成「EBPM」(Evidence Based Policy Making)が重要になっています。近年、経済学を学んだ人材の需要も高まっています。
<2.経済学を伝える>
・経済学の専門教育を受けるには、大学院に進む必要があります。しかし1・2年で教養学部、3・4年で就職活動して大学を卒業します。そこで経済学の面白さ/有用さを伝えるため、オムニバス講義「現代経済理論」を始めました。これは人気の講義で、理系の学生も履修しています。
<3.本書の特徴>
・本書はこの現代経済理論を書籍にしたものです。経済学を学ぶには、まず「ミクロ経済学」「マクロ経済学」「計量経済学」の方法論的基礎を学び、そして個別の研究や高度な方法論の研究に進みます。本書も1章から5章までが基礎で、6章以降が都市/貿易などの個別の分野を扱っています。
第1章 経済学が面白い 松井彰彦
<1.ものの見方>
○経済学とは
・経済学は市場/お金/売買/財政などを対象にします。しかし近年は、学力/医療/障害なども対象にしています。障害では「障害者のための費用と便益の関係でしょうか」と訊かれますが、お金ではなく、「健常者と障害者のせめぎ合い」を研究しています。※余計分からない。
・高校で学ぶのが「狭義の経済学」で、大学・大学院で学ぶのが「広義の経済学」ですが、後者は「対象の捉え方」「ものの見方」が特徴になります。※抽象的。
○経済学特有の考え方
・「ものの見方」とは何でしょうか。アダム・スミスは『道徳感情論』で「人間社会をチェスに例えると、それぞれの駒が自身の行動原理に従って行動している。これは為政者が押し付けようとしている行動原理と異なる」(※大幅に省略)と述べています。
・「経済学は合理的な人間を扱う学問」と云われるが、彼はそれを問うていません。また「それぞれの駒が自身の行動原理に従って行動する」は、本書の共通した考え方です。これらから経済学は障害/スポーツ/医療なども対象になり得るのです。
<2.ゲーム理論>
○ゲーム理論の誕生
・ゲーム理論はフォン・ノイマン/モルゲンシュテルンの『ゲームの理論と経済行動』(1944年)に始まります。彼らは人間の行動の統一理論を打ち立てたいと考えた。彼らはまず「マッチング・ペニー」を考えた。日本で云えば、ジャンケンに置き換えられます(※詳細省略)。どんな学問でも、初めは簡単なものから始まります。
○ナッシュ均衡
・次に考えられたのが「チキン・ゲーム」で、「ナッシュ均衡」の概念が生まれます。1994年ジョン・ナッシュはノーベル経済学賞を受賞しています。
・有名なものに「囚人のジレンマ」があります。双方が黙認すれが高い利得があるのに、自白してしまいます。単純な理論ですが、司法取引に使われています。
<3.ゲーム理論による制度設計>
○入札と談合
・基本的に公共工事は「入札」され、最も安い価格を掲示した建設会社が請け負う。入札前に建設会社が話し合い、価格を吊り上げる事を「談合」と云う。談合による損失は、年間2~5兆円あるとされます。消費税1%で2.5兆円の税収です。
○独占禁止法の失敗
・これに対し「独占禁止法」が作られた。違反すると課徴金が課せられる。しかし談合は通報すると全ての企業が課徴金を課されるが、通報しなければ全く課されない。そのため摘発はほとんど行われなかった。
○ゲーム理論を活用した新制度
・2006年「リニエンシー制度」(課徴金減免制度)が導入される。これは通報者の課徴金を減額する制度で、非常に効果があった。この制度は、最初の通報者は100%、2番目は50%、3番目は30%と減免する。企業は自分可愛さのため、通報し合う結果になった。
○効果絶大だったリニエンシー制度
・私(※著者)は、この制度の導入に関係したが、企業からは強く反対された。「日本は和の国なので、上手くいかない」などの意見があった。私は「消費者の利益を守るためだ」と説得した。
・2006年1月4日改正独占禁止法が施行された。3月には水門工事で行政措置が取られている。2007年度は課徴金減免申請70件/課徴金命令額100億円でしたが、2011年度は同140件/400億円に増えています。法律の文言を変えただけで、効果があったのです。単純な理論でもバカにできません。※司法取引も同様かな。
<4.マッチング理論に基づく制度設計>
○ネコ文二
・東京大学は文系1~3類/理系1~3類に分かれます。希望する学部・学科に進めなくなるので、理系1類の学生はよく勉強します。ところが文系2類の学生は単位が取れれば経済学部に進めるため、余り勉強しませんでした。
・2008年「全科類枠」を導入した事で変わります。定員の2割を他の科類に門戸を開いたのです。そのため文系2類の下位2割の学生は経済学部に進めなくなったのです。こうして文系2類の学生は、ネコを超えたのです。
○人生を賭ける進学選抜制度
・他に進学選抜制度の問題もあった。各学部学科の最低点「底点」が毎年乱高下し、学生は翻弄されました。そこで2018年新しい進学選抜制度が導入され、マッチング理論の「受入保留アルゴリズム」が適用された。
○従来の制度
・単純な例で示す。A君/B君/C君がいて、X学部/Y学部があり、定員はそれぞれ1名とする。A君は80点でX学部を希望、B君は70点でX学部を希望、C君は60点でY学部を希望とする。従来の制度だと、第一志望が優先されるので、A君がX学部、C君がY学部に進学し、B君は進学できなくなる。この様に評価点が中位の人が進学できず、後悔する事になる。
○受入保留アルゴリズムの威力
・受入保留アルゴリズムを取り入れた新制度では評価点が優先される。上記の例で説明すると、A君がX学部、C君がY学部と仮に決まる。次にX学部に入れなかったB君は、Y学部で比較され、評価点が低いC君が落とされ、評価点が高いB君が受け入れられる。新制度によりB君などの中位の者は、不要な心配をしなくて良くなった。※これは2段階ではなく、最初から評価点順に決めれば、1回で済んだのでは。
<5.おわりに>
・経済学の方法論は多様で、数理的な分析もあれば、歴史学的なアプローチもあれば、データ分析・実験・実証などもある。本書はこれらを紹介していく。
第2章 市場の力、政府の役割 小川光
<1.はじめに>
・1980年ノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマンが「1本の鉛筆」の話をしている(※全文が記されているが省略)。「鉛筆は木材/鉄鉱石/鉛/ゴムなどの原材料から作られている。1本の鉛筆でも、世界の何千人の協働の結果である。これは彼らが計画的に行ったからではなく、あちこちに『市場』があり、『価格メカニズム』が働いているからだ」と彼は言いたかったのだ。
<2.市場の力>
○なぜ欲しいものが買える
・人は年齢・性別・所得・家族構成・考え方・好みが多様である。これに応じ商品・サービスも多種類ある。例えば2017年、日本には清涼飲料が6191種類あるあが、これに1184種類が市場に加わり、1269種類が市場から消えている。清涼飲料だけで6千種類以上ある。全ての商品・サービスとなると膨大な数になるが、それらが消費者に円滑に行き渡っている。
・なぜこれが可能なのか、ある料理店で考える。店じまいまじかになって、常連から食事したいと電話があった。彼らを招くと2万円の利益が出る。しかしアルバイトに延長してもらう必要がある。ところがアルバイトは映画を見る予定で断った。そこで店主は時給を1千円から3千円に上げ、延長してもらった。これで全員がハッピーになれた。
○市場が最適な状態に導く
・これはアルバイトの時給を上げる事で、サービスが提供された。これは一般的な事で、モノが不足している時は価格が上がり、余っている時は価格が下がる。これは労働にも当てはまる。これが「市場(価格調整)メカニズム」である。
・これが世界中で行われている。またこのケースも、各自が自分の損得だけを考えて判断している。そしてハッピーな結果になったのだ。各自が社会全体の事を考え行動した方が良い社会になりそうだが、経済学では自分の利益だけ考え行動し、望ましい状態になる。状態が改善される事を「パレート改善」と呼び、その状態を「パレート最適」と呼ぶ。
<3.政府の役割-公共経済学>
・経済学で最も重要な結論は「市場は効率的」で、次は「市場は万能でない」と思っています。それは市場で解決できない問題(市場の失敗)があるからです。また市場では公平な分配ができません。そのため公共が市場に介入し、望ましい社会に向かわせる必要があります。
・公共経済学は自由な取引を前提に、公共(政府、自治体、公企業)が果たす役割を研究する学問です。具体的には、貧困/老後/少子化/インフラ/地球温暖化などの課題への提言です。
<4.市場は失敗する>
・例えば所得を上げる方法に資格の取得があります。そのために労働時間を減らすと所得が減ります(機会費用)。教科書などの購入も必要です。全部で500万円必要ですが、確実に取れる資格で生涯所得は800万円増えます。また資格を取得すれば、社会も望ましい方向に向かいます。
○個人が合理的でない場合
・これまでは「完全競争」を前提にしていました。これは全ての条件が満たされている場合です(※詳細省略)。例えば供給者が1人しかいなくなると、それは「独占市場」になります。この場合、独占企業は価格支配力を持ち、品質改善の努力を怠るようになります。そのため独占禁止法を定め、公正取引委員会に監視させています。
・しかし大量の財・サービスを提供するほど単位費用が下がる産業では、競争が成立しません。これに該当するのが電力・ガス・鉄道などで、これらの独占は認めるが、価格を規制しています。
○情報の非対称
・またこれまでは、市場の参加者全員が同じ情報を持っているのが前提でした。しかし現実は情報に偏りがあります。先程資格取得の例を掲示しましたが、雇う側と雇われる側で「情報の非対称性」があります。雇う側が給料の引き上げ分を抑えると、資格を取らなくなります。
・例えば医療保険市場は、加入者は自分の健康状態を把握していますが、保険会社は個人の健康状態を把握していません。もし自由化されると健康な人は保険に入らず、不健康な人だけが加入し、保険市場は成立しなくなります。そのため政府は国民全員を医療保険に加入させています。※そのため保険料が異常に高くなっているが。
○対価が正当に支払われない
・ある川の対岸に2人が住んでいたとします。橋の建設に1千万円掛かります。もし橋が建設されれば、2人の生涯収入が800万円増えるとします。双方が500万円を負担すると、双方が300万円の利益を得ます。しかし相手だけが負担すると、800万円の利益を得ます。そのため双方が負担を見送るのです。この様な財を「公共財」と呼び、政府などが税金で負担します。
・公共財と似た概念に「外部効果」があります。例えば隣家の花壇が綺麗だと、対価を払わず楽しめます。逆に道路の排気ガスを吸い、不快に思うのも外部効果です。
○分配の公共性
・所得を得るには労働が必要ですが、その労働所得は本人の努力・能力などにより格差があります。これは公平とも云えますが、先天的な障害や事故が原因の場合もあります。この市場での所得格差も「市場の失敗」と云えます。そのため政府に所得・富の再配分が求められます。
<5.政府も失敗する>
・市場の欠点を政府が補正する事を述べてきました。ところで政府ならそれが可能なのでしょうか。政府は、「費用はどれ位掛るのか」「効果は出ているのか」「誰が恩恵を受けているのか」「誰が被害を受けているのか」「費用を誰から徴収すれば良いのか」などを考えないといけません。しかし官僚・政治家も人間であり、失敗するのです。自分の利益を優先したり、市場の情報を正確に把握できなかったりします。これを「政府の失敗」と呼び、これも公共経済学の一部です。
○租税競争
・欧州はEUにより、ヒト・モノ・カネ・サービスの移動が自由になりました。その後30年で、法人税率は半分になります。特にチェコ/ハンガリー/アイルランドなどの小国に顕著で、チェコは45%から19%にまで下がっています。これはドイツ/仏国などにある拠点を自国に誘致し税収を増やし、国民の厚生を高めようとしたからです(※グローバリゼーションがEU内でも起きているのか)。これは東アジアにおける日本も同様です。この様な状況を「租税競争」と呼びます。
・この競争が必ずしも望ましくない事を、例で説明します。売上10億円の企業4社を2国が誘致し合う状況で考えます。両国が税率20%だと、2社ずつに別れ、両国が4億円の税収を得ます。片方が税率20%で、もう一方が税率30%だと、4社は1国に誘致され、税収8億円を得ます。両国が税率30%のケースが多くの税収を得られるのに、自国に誘致するため税率20%に引き下げます(ナッシュ均衡)。両国が協調して税率30%にすれば、パレート改善できます。※移動性の高い法人は優遇され、移動性の低い国民は消費税で苦しむかな。
・租税競争は多くで研究されています。EUでは「2006年の平均法人税率は27.5%でしたが、競争がなければ40%程度だった」としています。また米国でも「競争により5%引き下げられた」としています。また「先進国の租税競争は、途上国の経済成長を1.3%阻害した」との研究もあります。※最近決まった最低法人税率15%は低過ぎでは。逆効果になりそう。
○ふるさと納税
・「ふるさと納税」でも自治体間で競争になっています。ふるさと納税(寄付)すると、同額を税控除されます。自治体は税収を得るため、返礼品競争を始めます。この制度により地場産業の活性化や、税収の地域間格差が是正されます。一方で地元物産と無関係のiPadやギフトカードが返礼品になりました。この返礼品競争に歯止めを掛けるため、総務省は「返礼品は寄付額の3割」としました。
・ある個人が6万円を寄付するとします。これに対し2つの自治体が返礼品の割合を10%か50%で対応する場合を考えます。両自治体が10%にすると、各自治体は2.7万円(3万円-3千円)の収入を得ます。片方の自治体が50%にすると、その自治体は3万円(6万円-3千円)の収入を得ます。両自治体が50%にすると、各自治体は1.5万円(3万円-1.5万円)の収入を得ます。ナッシュ均衡は、多くの寄付金を得るため自治体は50%にします。しかし10%にした方が自治体は多くの収入を得る事ができます。※法人税率と同様だな。
<6.おわりに>
・公共経済学は、ミクロ経済理論と解決が迫られている諸問題を橋渡ししています。しかし年金/国債/公共投資など、マクロ経済理論を基にした議論も必要です。従ってミクロ・マクロ経済理論の基礎を築いた上での研究が重要になります。
第3章 国民所得と分配 楡木誠
<1.はじめに>
・本章ではマクロ経済学を解説します。これは国全体の経済を分析する学問です。重要なのは「どうすれば経済が良くなるか」「経済状況を何で判断するか」などです。しかしこれは単純ではありません。また富の遍在により、所得分配の問題があります。
<2.マクロ経済学とは>
・マクロ経済学は、政府の『GDP統計』を対象にします。マクロ経済学は、どんな政策を行えば経済が良くなるかを考える学問です。典型的には財政政策・金融政策になります。
・ミクロ経済学は個々の経済主体を対象にしますが、マクロ経済学は国全体を対象にします。また消費者・労働者・企業・銀行などの間で相互作用が起こると考えます。この様に大胆な抽象化が必要になります(※抽象的な文章の羅列で大幅に簡略化)。そこでアクターを家計/企業/政府、市場を財・サービス市場/労働市場/金融市場に分けて考えます。
<3.市場とアクター>
○財・サービス市場
・市場は、需要と供給の関係で価格・量が決まる。これはどの市場も同じです。財・サービス市場では主に家計が消費し、企業が供給する。政府は警察・防衛などの公共サービスを提供するが、行政のために財・サービスも購入する。価格・量は市場均衡で決まり、総生産も決まる。
・企業は生産のため労働/資本/中間生産物を投入する。その中間生産物も企業の生産物である。従って企業の全ての生産物を合計すると重複される。その中間生産物を除いた付加価値の合計が「国内総生産」(GDP)である。
・この付加価値の生産に寄与しているのが労働/資本で、これを「本源的生産要素」と呼ぶ。労働/資本も、それぞれ労働市場/金融市場で価格・量が決まる。
○労働市場
・労働市場は財・サービス市場と逆で、需要家が企業で、供給者が家計になる。家計は労働を提供し、対価として賃金を得る。
○金融市場
・金融市場は資本の貸し手と借り手の場である。資本は保険会社/預貯金にあり、家計が供給者で、需要家が企業になる(※企業も預貯金を持っていると思うが)。そして金融市場における価格は金利となる。
・以上マクロ経済学は、3つの市場における3つのアクターの相互作用である。それを纏めているのが『GDP統計』である。GDPは3つの側面から成り、1つ目は国全体の「総生産」である。企業の生産物は生産要素市場(※説明なし)を通じ、各アクターに分配される。これが2つ目の「所得」であり、雇用者所得/営業余剰などがある。
・3つ目は「支出」で、各アクターの民間消費/民間投資/政府支出/純輸出に分かれる。支出の多くは民間消費で、不況でも安定している。一方民間投資/純輸出は変動し、マクロ経済学はこれを観察し、原因を探求する。※三面等価だな。
<4.マクロ経済現象>
○マクロ経済の主役GDP
・マクロ経済の主役は総生産(GDP)である。これが本章の主題である。
○ストックとしての富、フローとしての所得
・GDPが重視されるようになったのは、それ程古くない。これを主張したのが、『諸国民の富(国富論)』を著したアダム・スミスである。当時は「国民の所得」の最大化ではなく、「国家の富」の最大化が目的だった。例えば仏国王が「経済を立て直せ」と言えば、それは国王の富を増やす事だった。英国は他国から富を奪う「重商主義」を取っていた。そこで彼は「国の生産力(所得)が重要」と唱えた。
・資産はストックで、過去からの積み重ねを表す指標である。一方所得はフローで、ある期間の生産を示す指標である。彼はこのフロー(GDP)が重要とした。GDPは短期・中期の波があり(景気循環)、長いスパンで見ると、成長あるいは停滞する(経済成長)。
○長期で見た経済成長
・GDPを長いスパンで見ると、どの様に推移しているのか。日本は1955年から1970年代初頭まで年率7%の高度経済成長する。その後1990年まで4%程度の成長を続けた。今はGDPは約500兆円で、1人当たりは約400万円である。1955年から半世紀で10倍になった。
・成長率は低く見えるが、長いスパンにすると効果は大きい。倍増で簡単な式「70÷成長率」がある。成長率が7%だと、10年(=70÷7)で倍増する。今の日本の成長率は1%弱で、政府は1.5~2%にしようとしている。
○短期の景気変動
・次に短期の景気変動を見る。1990年以降日本は500兆円でアップダウンしている。グラフを見ると、景気変動は大した問題でないと感じる。しかし不況で所得が減るのは、一部の人に集中する。例えば2008年頃の世界金融危機により、有期雇用者/派遣労働者の失業者を増やした。そうした人が日比谷公園の「年越し派遣村」に集まった。
・失業対策として、政府が失業者を雇用する方法も考えられる。しかしこれは納税者から失業者への再分配政策であり、合意が容易でない。また労働者を適切にマッチングさせる機能は労働市場にある。そのため政府は景気を回復し、労働市場を活性化する政策が必要になる。
<5.幸福の源泉>
・「経済学は金儲け話」と思われるが、経済学者は、経済的な豊かさ以上に「幸福には文化的・社会的な豊かさも重要」と考えている。しかし経済的な豊かさが大きな制約条件になっている。※結局、経済的・物質的な話かな。
・家計の経済問題を単純化すると、「家計は予算制約の下で、効用を最大化する」となる。効用は「できるだけ働かず、遊んで暮らしたい」「お金にしか興味がない」など、一人ひとりで異なる。これをさらに単純化すると、消費と余暇になる(※労働と消費・余暇の気がするが)。消費は重要で、食事・住居・衣類が必要だし、文化的な生活には交通費・医療費・教育費なども必要になる。そのためには労働により所得を得る必要がある。しかし楽しむためには余暇が必要だ。哲学・音楽・恋愛などは余暇が享受する。従って家計では余暇を大きくする事が問題になる。
・ここで難しいのが、消費と余暇がトレードオフの関係にある事である。消費を増やすためには、余暇を減らす(労働を増やす)しかない。
・すなわち家計の幸福・厚生は、賃金を物価で割った「実質賃金」が重要だと分かる。この実質賃金は労働1時間でどの程度の消費財が得られるかで、消費と余暇の交換比率である。※労働=消費の感覚は薄いな。まあ消費のために働くのだが。
・しかし勤労だけが生き方ではない。「できるだけ働きたくない」と考える人もいる。けれども実質賃金が上がれば、消費を維持したままで、余暇を増やす事ができる。時間は有限で、家計はそれが制約になる。経済成長は実質賃金の上昇を伴う。そのため経済成長は勤労家計/働きたくない家計、いずれにも有効である。
<6.マクロ経済政策>
○厚生経済学の基本定理
・財の市場で成立する競争均衡価格は、生産者と消費者がウィンウィンとなる「パレート改善的取引」の最も効率的な資源配分である。同様にマクロで成り立つのが一般均衡理論における「厚生経済学の基本定理」である(※いきなり抽象的な言葉の羅列になる)。「厚生経済学の基本定理」は「競争的な完備市場で成立する均等価格体系はパレート最適の資源配分である」と主張する。ここで競争的とは価格支配者がいない事を指し、完備市場とは全ての財で市場が存在する事を指す。※完備市場は完全市場の集まりかな。
・従って「厚生経済学の基本定理」は自由市場主義の理想である。「市場の失敗」に対し、マクロ的政策は制度はそのままで、政府の活動を調整する事で改善する。
○不完備市場
・現実の家計は不確実である。例えば手元にある傘の価値は、明日の天気で変わる。しかし傘の先物市場はないので、明日の天気に紐づいた傘は売っていない。この様な完結しない取引を可能にするのが金融取引である。すなわち明日が満期の債権を買う事もできるし、雨の日にお金が支給される保険を買う事もできる。金融は不完備性の塊で、これを解消するためミクロの金融政策が構想される。※超難解。傘を買って置いたり、雨が降った時に傘を買ってはいけないのかな。
・しかし普通の取引は金融取引である。そのため貨幣は、将来での購入を保証する金融商品である。そしてこの貨幣は政府(中央銀行)が発行するため、マクロ金融政策が可能になる。
○金融政策
・ワシントンDCに、若い官僚が多く住むキャピトル・ヒルがある。そこでベビーシッターの協同組合が作られた。ベビーシッター券20時間分を配り、ベビーシッターを頼む時に、その券をベビーシッターに渡す仕組みにした。しかし券を使うのを渋ったため、この仕組みは機能しなかった。
・この街は法律・経済の専門家が多かった。法律の専門家は「券を半年に1回は使うルールにしよう」と提案する。一方経済の専門家は「配る券を30時間に増やそう」と提案する。この対応で仕組みは回るようになった。
○合成の誤謬
・この例でベビーシッター券を貨幣、ベビーシッターを財・サービスと読み替えると、金融政策の話になる。行きつけの店に行かなくなり消費を控え、貯蓄を増やすと、その家計は節約できるが、店は所得が減少し、その従業員の所得も減少する。これが連鎖すると、経済全体が縮小する。部分の性質から全体の性質を類推する事を「合成の誤謬」と云う。※合成の誤謬とは、部分では正しいが、全体で見ると正しくない事では。この表現では、部分の理論は、全体の理論として通用するとなる。
・ベビーシッターの例でも、皆が券を使わなくなると、各自が券を増やす事ができなくなる。この場合の解決策は券をもっと配る事だった。同様に経済を回復させる政策は、貨幣を増やす金融緩和政策である。
○財政政策
・「節約のパラドックス」は政府債務問題に応用できる。日本の国債残高はGDPの2倍以上で、歴史的な状況にある。政府は支出を減らす必要があるが、そうすると国民の所得を減らし、税収を減らす可能性がある。
・この様にある市場での部分的均衡分析が、他の市場への副次的効果を通じ影響を受ける事を「一般均衡効果」と呼ぶ(例えば財市場が労働市場に影響を与える)。政務債務を減らすには政府貯蓄(歳入-歳出)を増やすしかないが、実行するタイミングが重要で、財政政策はマクロ経済学の問題になる。
<7.所得分配>
○所得分配とは
・これまでは一国の国民所得を増やす経済政策を説明してきた。ここからはその付加価値を家計に配る「所得分配」を説明する。経済学には、誰に財を配るかの「資源配分」の問題と、誰が所得を得ているかの「分配」の問題がある。経済学が威力を発揮するのは前者で、後者の問題には立ち入らない。
・国民所得は本源的生産要素である労働/資本に分配される。労働はフローで、資本はストックである(※一方はフローで、他方はストック。なんか変)。また労働には時間的制限があるが、資本は金利が変動するため、上限がない。企業家はランダムな資本取得を得る。これを再投資すれば、この蓄積は指数関数的に成長しうる。所得格差は、この倍々ゲームで説明できる。※ピケティの資本収益率>経済成長率かな。
・この富の源泉は19世紀以前は土地だった。しかし今の金持ちは、凄く働いている。スティーブ・ジョブズ/ジェフ・ベゾス/孫正義などで、ワーキング・リッチである。かつての生産要素は物質的資本だったが、今は経験・人脈などの人的資本に変わった。
○男女間の不平等
・日本には男女間の所得格差がある。女性の給料は男性の3/4しかない。かつては4割位の差があった。これは高賃金の仕事に女性が就いていないのが主な原因である。女性の管理職(課長以上)は13%しかおらず、先進国で突出して低い。これは人的資本の非効率的配分で、日本の潜在的生産性を毀損している。※日本の生産性の低さは、これも原因か。
<8.おわりに>
・国民所得を中心にマクロ経済学を説明してきた。「実質賃金」こそが家計の幸福の鍵で、消費だけが幸せの根源ではない。しかし経済成長は、分配問題を緩和させる。
・市場は効率的な資源配分を達成する優れた制度である。それは個人が自分が得になる様に動く事で解消されるからだ。しかし分配問題の解決には不向きである。それは「ゼロサム・ゲーム」だからだ。しかし経済成長により分配問題も解決し易くなる。
第4章 データ分析で社会を変える 山口慎太郎
<1.経済学が社会を解き明かす>
・因果関係とは原因があり、それによる結果をもたらす関係の事だ。経済学で公共政策での因果関係を考える事は重要である。筆者は政策の効果をデータから分析するのを専門としている。このアプローチを「実証ミクロ経済学」と呼ぶ。例えば「幼稚園を整備すれば、母親の就業は増えるのか」「偏差値の高い大学を出れば、高収入を得られるのか」などを分析している。※中々面白そう。
<2.経済学はビジネスで使われる>
○巨大IT企業の猛威
・経済学の話の前に、ビジネスの話をする。今日デジタル化が進展しているが、ビジネスにおいてデータの重要性は高まり、「データは21世紀の石油」と云われる。特に顕著なのがIT業界である。そのGAFAM5社は、世界の時価総額トップ6に入っている。
○IT企業の利益の源泉
・彼らの利益の源泉は、ユーザーの利用履歴のデータだ。彼らはプラットフォーム企業で、様々なサービスを提供している。これらのサービスは大半が無料だが、それは広告主・出店者がスポンサーになっているからだ。そのため彼らは「ユーザーが何を購入したか」「ユーザーが何に興味を持っているか」などのビッグデータを収集し、分析している。彼らの強みは、ビッグデータの収集・分析能力にあり、多くの経済学者が働いている。
○なぜ経済学者が活躍できる
・GAFAM/ウーバー/ネットフリックス/エアビーアンドビーなどで、多くの経済学者が働いている。アマゾンには150人以上の経済学博士がいる。同社のチーフエコノミストは産業組織論のトップ研究者だ。彼らは、より望ましいレビュー・システムを設計したり、価格戦略を検討したり、商品需要を推定している。
・彼らが重宝されるのは、①データから因果関係を見出せる、②市場とインセンティブを設計できるからだ。①に関しては、彼らは現実のデータから因果関係を見出すツールを持っている(※簡略化)。②に関しては、経済学は社会・市場を分析する学問である。ここで鍵になるのがインセンティブで、彼らはオークション/プラットフォームを設計し、より多くの企業・ユーザーを集める仕組みを提案・実装してきた。
○政策もデータと因果関係が重要
・政策においてもデータ分析が重要である。これを英国のブレア政権(1997~07年)が始め、世界に広がっている。2009年オバマ大統領(2009~17年)は就任演説で「政策は効果を発揮している事が重要」と述べている(※本文省略)。これには実証分析に基づく「科学的根拠」が必要である。
<3.因果関係を見出す> ※この節は面白い。
・これまでにデータ分析の重要性を述べてきた。本節で経済学は因果関係をどう捉えるかを、次節でその手法を解説する。
○その関係は因果関係?
・多くの人は「偏差値の高い大学を出ると、高収入を得られる」と思っている。実際に出身大学別の平均年収を見ると、上位には国立大学・有名私立大学が並んでいる(※グラフあり)。しかしこれで仮説は正と結論づけて良いのか。
・2つ目の例は、横軸に保育園の整備状況、縦軸に6歳未満の子を持つ母親の就業率をグラフにした。これを見ると保育園の整備状況と母親の就業率は、正の相関関係がある。しかしこれで「保育園を整備すれば、母親の就業は増える」と結論づけて良いのか。しかし何れも「因果関係がある」とは言えない。
○相関と因果
・重要なのは相関と因果を区別する事だ。上記2例は、何れも「見かけ上の関係」(相関関係)があるだけだ。「因果関係」とは「ある事が原因で、その結果を引き起こしている」事である。意思決定で重要なのは因果関係である。「偏差値の高い大学に入るための投資」「保育園を増やすと母親の就業が増える」は考慮すべき要素である。
○「因果のない相関」はなぜ起こる
・因果でない事は、①別の要因がある、②逆の因果関係があるで判断できる。先の例では、「地頭の良さ」が別の要因として考慮される。地頭が良ければ、偏差値の高い大学に入れるし、高収入を得易い。よって「偏差値の高い大学を出れば、高収入を得られる」は因果関係ではない。
・保育園の例では、「地域毎に女性に対する価値観が異なる」が要因として考えられる。伝統的な地域では母親の就業が好まれず、保育園の整備が進められない。※原因と結果の逆転だな。「母親の就業が増えないので、保育園を整備しない」だな。
・②「逆の因果関係」を「警察官が多い地域は、犯罪が多い」で考える(※これは犯罪が起因かな)。しかしこれから「警察官を増やせば、犯罪が増える」とは考えられない。これは明白だが、複雑な現実世界では、逆の因果関係が度々見られる。
<4.因果関係を明らかにする手法>
○効果を測る
・因果関係を見出すには、まず「偏差値の高い大学を出る」「幼稚園を整備する」などの原因を特定する。経済学はこれを「介入」とし、その「介入効果」を測定する。例えばAさんが東大を出た場合と、そうでない場合の年収の差を測定する。しかしこれは困難なので、一方を推測するしかない。
○ランダム化比較試験
・これを解消する手法が「ランダム化比較試験」(Randomized Controled Trial、RCT)である。例えば、病気のマウス10匹を集める。10匹を薬を投与する「介入群」5匹と、投与しない「対照群」5匹に分ける。介入群は4匹が生き残り、対照群は2匹が生き残れば、薬に効果があったと結論できる。ここで重要なのがランダムに選ぶ事である。
・この手法は新薬の検証だけでなく、様々な社会実験に使われている。1985年米国のテネシー州で「STARプロジェクト」が実施された。これは少人数学級の効果を検証する社会実験である。13~17人の少人数学級を介入群、22~25人の通常学級を対照群として実験された。
・この手法にも問題がある。1つ目は、費用が多額になる。米国のプロジェクトも学校制度の変更で可能になった(※短期間で結果を得られないのも、これに含まれるかな)。2つ目は、倫理的な問題である。米国のプロジェクトでも、親は少人数学級に入る事を希望した(※ワクチンの検証では、危険性を伴うかな)。
○実験と見なせる状況を探せ
・現実を見渡すと、あたかも介入群と対照群に分かれている事がある。例えば道路が県境で、その両サイドのファーストフード店で賃金が異なる場合がある。この場合、両店の採用数/労働時間などの差を検証できる(※別に県境でなくても良いのでは)。この様に政策・制度の変化・区別、自然災害の有無などの違いを利用し実験する事ができる。※この違いは、介入が恣意的か自然的かの違いかな。
○差の差分析
・この「自然実験アプローチ」で最も使われるのが「差の差分析」である。1997年カナダのケベック州で保育改革が行われ、多額の補助が給付された。このケベック州を介入群、他の州を対照群として自然実験が行われた。グラフは母親の就業率を時系列で表している。この両群を単純に比較しても介入効果は分からない。ここで使われるのが「差の差分析」である。介入(教育改革)前、介入群と対照群で母親の就業率に一定の差があった。介入がなかった場合、その差が続いたと仮定し、その仮定値と介入後の実測値を比較する。
○回帰非連続デザイン
・もう1つの「自然実験アプローチ」が「回帰非連続デザイン」(Regression Discontinuity Design、RDD)である。ここでは「教育は年収を上昇させる」を例にする。1947年英国は義務教育の終了年齢を14歳から15歳に引き上げた。制度改革前に14歳になった人を介入群、制度改革後に14歳になった人を対照群とし(※逆の気がするが)、1998年の年収を比較した。グラフは横軸が14歳になった年、縦軸が年収である。そうすると1947年を境に曲線が不連続になり、年収が上昇した事が分かる。※曲線は右肩上がりになっている。若い人の方が年収が少ないと思うが。
<5.おわりに>
・本章は実証ミクロ経済学を解説した。因果関係を突き止めるのは難しい。ここで紹介したアプローチは、ビジネス/政策の現場で利用されている。
第5章 実証分析を支える理論 市村英彦 ※本章は数学的で難解。
<1.計量経済学とは>
○問題意識と分析対象の拡大-マクロからミクロへ
・計量経済学は実証分析の手法を提供する。そのため確率論・統計学と深く結び付いている。これにより社会現象の実態を報告したり、介入の効果を評価できる。
・経済の実証分析と聞くと、失業率/国民所得/インフレ/株価のイメージがあるが、よりミクロの実証分析が行われている。例えば保育所に関する実証分析では、家庭の状況や通う手段などの解明も行っている。行動様式/制度設計理論から、入所の選考ルールが妥当なのかの実証分析を行っている。
・同様に、少子化対策の効果、少子化が進む原因、結婚年齢が高まる原因、友人関係の形成などの個別の実証分析が行われている。さらにオークション/公共調達の分析、教育におけるインセンティブ、マイクロ・ファイナンスの起業促進効果などの実証分析が行われている。
・家計・企業を実証分析するには、意思決定毎の「ミクロデータ」が必要になる。これは膨大なデータになるため以前は困難だったが、コンピュータの発展で可能になった。1960年代から米国を中心に、家計の「パネルデータ」を蓄積し、実証分析するようになった。このミクロデータを扱う計量経済学は「ミクロ計量経済学」と呼ばれ、ドンドン発展している。※最近は実証分析に、AIも投入されているのでは。
○計量経済学で用いるデータ
・実証分析のデータは4つの角度で整理できる。①意思決定単位のデータか、②他の意思決定のデータが含まれているか(※購買データは、買う方だけでなく、売る方のデータでもある)、③時間変化が伴うか、④介入がない「観察データ」なのか、介入が行われた「実験データ」なのか。
・データが意思決定単位の場合は「ミクロデータ」、そうでない場合は「マクロデータ」と呼ぶ。他の意思決定のデータが含まれるデータには、労働に関するデータ、企業間取引に関するデータ、企業への融資に関するデータ、友人関係に関するデータなどがあり、「マッチドデータ」「ネットワークデータ」などと呼ぶ。時間を通して追跡されたデータを「時系列データ」と呼び、一時点に属している場合は「クロスセッションデータ」と呼ぶ。また複数年追跡したデータを「パネルデータ」と呼び、それと関連して追跡されたデータを「マッチド・パネルデータ」と呼ぶ。
・ミクロ計量経済学では、クロスセッションデータ/マッチドデータ/ネットワークデータ/パネルデータなどが使われる。また実験データの場合もあるし、観察データの場合もある。
<2.統計学と計量経済学>
・計量経済学は確率モデルから推定・検定するため、統計学と似ている。本節では「離散的確率モデル」を紹介し、統計学と計量経済学の違いを整理する。
○確率モデル
・離散的確率モデルは変数Yが複数のyの値を取り、それぞれが確率pを取るモデルである。この時、変数Yは「確率変数」と呼ばれ、確率pはこのモデルを表すパラメータになる。
・例えばコインの表裏は、y₁=1(表)、y₂=0(裏)と書ける。同様に失業者が次の期に働いているとy₁=1、働いていないとy₂=0と書け、p₁は就職確率になる。これに就職訓練プログラムの参加を示す変数Xを追加できる。この場合もx₁=1(参加)、x₂=0(不参加)と書ける。この場合、確率pは4つになり、「同時確率関数」と呼ばれる。また変数X・Yの個別で見た確率pは「周辺確率関数」と呼ばれる。さらに変数Xが特定の値の時のYの確率pは「条件付き確率」と呼ばれる。※この感想文で複雑な数式を表せないのが残念。
○期待値と条件付き期待値
・変数が1つの場合、変数Yと確率pの積の総和で「期待値」が得られる(Σyp、※数式は簡略化)。変数Xが追加されても、同様に事象xの場合の「条件付き期待値」が得られる(※詳細省略)。
○統計学による推測
・統計学は確率モデルで得られたデータから未知のパラメータを推測する(統計的推測)。また統計的推測はパラメータ自体を推測する「推定」と、仮定したパラメータを取るかを推測する「仮説検定」に分かれる(※前者は現実の把握で、後者は仮定の検証かな)。また統計学には、確率モデルの将来を予測する「予測」もある(※これは仮説検定に近いかな)。
・統計的推測の具体例を示す。ある時点で失業している人/働いている人/労働市場に参加していない人に分け、それぞれの状態Yを0/1/2の値とする。この前提となる確率モデルで、条件Aが真の時は1(A)=1、偽の時は1(A)=0となる関数を用いると(※関数名が1?変な関数?)、条件付き確率Pr=Pr(Y₁)Pr(Y₂)・・Pr(Yn)=p₀Σ1~n1(y₀)p₁Σ1~n1(y₁)p₂Σ1~n1(y₂)となる(※Σ(総和)を無理やり~で表示。各確率の積かな?和なのでは?)。人々の就業データを確率モデルに結び付け、p₀/p₁/p₂の統計的推測を行う。※難解。
○調査データの偏りの問題
・統計的推測で重要なのが、確率モデルの全体である「母集団」である。例えば母集団が日本全体だと、用いるデータに偏りがあってはいけない。この問題はよくあり、「サンプル・セレクション問題」として研究されている。
・実際、母集団と用いるデータの整合性を注意していない場合が多い。例えば選挙前に電話で調査すると、昼間に電話に出られる人に限定される。この様にデータを収集する場合は、偏りが起き易い。特に回収率が低い場合は、その可能性が高い。
・最近ウェブ調査が多いが、これも代表性に問題がある。これはビッグデータも同じである。また顧客データから非顧客の事は分からないので、新規顧客を獲得するため分析には適さない。
○統計学と計量経済学の違い
・統計学は確率モデルが前提で、パラメータを統計的推測する。一方計量経済学は、分析対象が先にあり、確率モデルを用いて対象を分析する。※要するに計量経済学は実証学で、その分析に用いるのが統計学の手法かな。
・例えば需要関数と供給関数を考える。これらは財の価格pと外から与えられる変数xの関数で、希望需要量q=f需要(p、x)、希望供給量q=f供給(p、x)となり、f需要(p、x)=f供給(p、x)となる変数を求めれば良い(※変数xは何だろう)。xを固定すると、均等価格での需要関数の1点は分かるが、需要関数自体は推定できない(※意味不明)。これは供給関数でも同様である。この問題を「識別可能性の問題」と呼ぶ。
・供給関数だけをシフトさせる変数zがあれば、xを固定したときに観察される均衡価格が変わるので、需要関数を推定できる。これにより識別問題は解決される。この「操作変数法」は広く使われている。
・経済学では、確率モデルを定義する前に、パラメータを推定したいとの願望がある。一方統計学では、確率モデルのパラメータを推定の対象にしている。そのため経済学では、確率モデルと願望対象を理論的に結び付ける必要がある。それが計量経済学の役割である。※確率モデルは多種類あるのかな。
<3.プログラム評価問題>
・願望対象を常に推定できる訳ではない。適当な操作変数がないと、需要関数は推定できない。本節では、この「プログラム評価問題」を解説する。
○プログラム評価問題とは
・あるプログラムに参加したかを示す確率変数D(1:参加、0:不参加)を定義する。それぞれの効果を確率変数Yとすると、「プログラム参加の効果」はY₁-Y₀となる。しかし人は、参加/不参加の一方しか実現できない。これが「プログラム評価問題」である。現状とプログラム参加後の状況から効果が観測できると思われるが、これは間違いで、プログラムに参加していなくても効果があったかもしれない。
・参加者の効果E(Y₁|D=1)と不参加者の効果E(Y₀|D=0)は推定できても、参加者の効果E(Y₁)と不参加者の効果E(Y₀)は推定できない。本来は参加者の効果E(Y₁|D=0)と不参加者の効果E(Y₀|D=1)が必要なのに、効果をE(Y₁|D=1)-E(Y₀|D=0)として計算している例が多い。※優秀な人がプログラムに参加し、そうでない人がプログラムに不参加だと、相当誤った結果になりそう。
・プログラムに参加したグループと不参加のグループで、性質が全く異なるかもしれない。参加したグループは就職意欲が強く、自分のスキルが不足していると感じている。一方不参加のグループの就職意欲は低い。従って得られた効果は「プログラム参加の効果」を表していない。
○ランダム化実験による克服
・このプログラム評価問題を克服するため、「ランダム化実験」「ランダム化比較試験」(RCT)が行われてきた。対象者とは独立し、プログラムへの参加・不参加を割り当てる(※就労者をプログラムに参加させるのかな)。これはY*₁、Y*₀、D*と表される。Y*₁、Y*₀はD*と独立しているため、E(Y*₁|D*=1)=E(Y₁*)、E(Y*₀|D*=0)=E(Y₀*)となる。これからE(Y*₁|D*=1)-E(Y*₀|D*=0)で、プログラム効果の期待値が測定できる。しかしランダム化実験でもプログラム効果の期待値しか測定できない。
○ランダム化実験の問題点と自然実験
・上記で注意しないといけないのは、参加・不参加の割り当てに従う事である(※本人の意思が入るとダメの意味かな)。また不参加に割り当てられた場合、自主的に別のプログラムに参加する可能性がある。逆に参加に割り当てられても、実際は参加しない場合もある。この様に生身の人間なので、様々な問題がある(※色々書かれているが省略)。そのため研究者は実験結果が、通常の状況に当て嵌まるかを厳密にチェックする必要がある。
・ランダム化実験は、他にも経済的・政治的・時間的な問題がある。そのため現実の観察データから問題を回避する努力が続けられてきた。これが「自然実験アプローチ」である。
○環境改善施策の評価
・本項では、大気汚染の浄化政策を住宅価格の変化で評価した自然実験アプローチを紹介する。1970年米国で大気汚染浄化法が改正され、郡が環境改善投資の義務を課されるかの分析である。総浮遊粒子(TSP)が規定値を越えると、翌年に非達成郡に指定され、環境改善の義務が課される。
・規定値を超える郡をD=1とし、下回る郡をD=0とする。D=1の郡の住宅価格をY₁、D=0の郡の住宅価格をY₀とする。手法は自然実験アプローチの「回帰非連続デザイン」(RDD)を用いる。これにより環境改善政策による経済的価値の変化を住宅価格で測定する。
・図1の横軸は1974年のTSP量、縦軸に1970~80年でのTSP量の減少量を示す。これを見ると、非達成郡がTSP量を大きく減少させている事が分かる。図2の横軸は図1と同様で、縦軸に1970~80年での土地価格の上昇率を示す。これも非達成郡の方が、住宅価格の上昇率が高い事が分かる。
・規定値(75μg/㎥)付近の非達成郡と達成郡を比較すると、TSP量は4μg/㎥程多く減少させ、住宅価格は0.02程多く上昇させている。従って弾力性は0.02/(4/75)=0.375となる。つまり大気汚染を10%改善すると、住宅価格は4%弱上昇する。
<4.実験的手法の限界と構造アプローチの必要性>
・ミクロ計量経済学には自然実験アプローチ以外に、パネルデータを用いる手法、マッチング法、操作変数法、Bloomによるアプローチ、サンプル・セレクション法などの手法がある。自然実験はある場所・ある時点での結果であり、それが別の場所でも同様の結果になる保証はない。
・またプログラムが制度化されると、その前後で結果が異なる可能性がある(ルーカス批判)。例えば大卒者の所得は増えるため、大学授業料を無償化したとしよう。そうすると大卒者が増え、大卒者の需要が一定なら、その賃金は下がっていくと考えられる。また無償化されると、大学に入学する者の属性も以前と変わる可能性が高い。
・こうした問題を解決するためには、経済モデル(?)を適用する必要がある。これにより家計・企業・政府の意思決定やプログラム効果を解明できる。この手法が「構造アプローチ」である。構造アプローチでは消費者・企業の行動は変わらないとし、消費者であれば目的関数(?)、企業であれば生産関数(?)になる。目的関数・生産関数は変わらないため、政策による変化が予測できる。
・この分野(※構造アプローチ?)の研究は静学的な選択モデルから始まり、動学化され、一般均衡モデルに拡張された(※貢献した経済学者の名前を羅列しているが省略)。経済学の学習は、実証分析の手法は計量経済学で、部分均衡モデル/ゲーム理論はミクロ経済学で、一般均衡モデルの枠組みはミクロ経済学で、構築方法はマクロ経済学で学ぶ。構造アプローチは経済学の知識を総動員し、経済学の真骨頂である。
第6章 グローバリゼーションの光と影 古沢泰治 ※前章までが基礎で、本章から個別事例になる。
<1.はじめに>
・1990年代インターネットが普及し、情報のグローバリゼーションが起こった。モノ・サービス・人・アイデアの国際的な移動は、各国を繁栄させた。日本にない物を手に入れたり、海外のサービスを利用できるようになった。
・一方で反グローバリゼーションを唱える人がいる。彼らは「グローバリゼーションの恩恵は一部の人に集中している」と訴える。1990~2017年で、米国の中位層の所得は12.4%(年率0.4%)しか増えていないが、上位5%は37.1%(年率1.2%)上昇した。そのため「グローバリゼーションは中下位層の仕事を奪った」と考える人が増え、ポピュリズム政治が台頭している。トランプ大統領が当選し、欧州では英国がEUを離脱し、極右政党が台頭している。
<2.貿易の重力モデル>
○国際貿易の物理法則
・ニュートンの「万有引力の法則」があるが、国際貿易にも「重力モデル」「重力方程式」、X₁₂=Y₁Y₂/(b(d₁₂)Yw)(式1)がある(※iを1、jを2で表記)。X₁₂はi国からj国への輸入額、Y₁とY₂は両国のGDP、Ywは世界のGDP、b(d₁₂)は両国間の距離関数である。貿易コストがゼロなら。j国はi国の所得シェアY₁/Ywだけ消費し、輸入額はY₂×(Y₁/Yw)となる。これに貿易コストが加味され、上記式になる。
○重力モデルの推定
・実際のデータを用い、重力モデルを推定する。b(d₁₂)=ad₁₂^ρで定式化し、自然対数を取ると、logX₁₂=logY₁+logY₂-logYw-loga-ρlogd₁₂(式2)となる。日本のGDP/世界のGDP/2国間の距離から、定数化し、誤差項ε₁₂を用いると、logX₁₂=a₀+a₁logY₁+a₂logd₁₂+ε₁₂となる(※logY₁に定数a₁は必要?)。最小2乗法を用いると、logX₁₂=2.22+1.18logY₁-1.73logd₁₂となり、それぞれの係数に、1.53/0.06/0.33の標準偏差が計算された。
・これらの係数は「弾力性」の推定値である。輸出国のGDPが1%と大きくなると、日本の輸入額は1.18%増える。また輸出国との距離が1%遠くなると、輸入額は1.73%小さくなる。※輸出国のGDPと日本の輸入額のグラフがある。
○重力モデルの測定結果から
・上記理論モデルから、輸出国のGDPが大きくなると輸入額も増える。一方距離が遠くなると、輸入額は減る。距離が遠くなると輸送コストが増えたり、情報が伝わり難くなったり、言語・文化の距離も遠くなる。また関税/非関税障壁も輸入額に影響するだろう。これらの貿易コストの政治的・経済的要因を研究する分野が国際経済学である。
<3.グローバリゼーション>
○世界のGDPと国際貿易
・世界のGDPの増加と貿易額の増加を比較したのが図2である(※横軸が年で、縦軸が増加率で、1980年を100とする)。2000年頃までは同率で増加したが、それ以降は貿易額の伸びが著しい。この要因は貿易障壁b(d₁₂)の減少である。1995年「世界貿易機関」(WTO)が設立され、GATT体制が強化された。2001年中国がWTOに加盟している。また1990年代に始まったIT革命も影響している。
○グローバリゼーションへの賛否
・グローバリゼーションには賛否両論がある。中国に代表される新興国は経済成長を成した。国際的な分業が進み、多国籍企業は国際的なサプライチェーンを構築した。これにより世界の人々は安価で高品質の財・サービスを消費できるようになり、多国籍企業はその利益を手にした。グローバリゼーションの賛成派は、世界レベルでの競争により生産活動が効率化したと評価する。
・一方反対派は、多くの人が職を失ったと批判する。米国では製造業が急速に縮小した。また所得格差が拡大し、欧米社会でポピュリズムが台頭した。人の移動も活発になり、移民への反感を生み、英国はEUから離脱した。
<4.国際貿易の利益-グローバリゼーションの光>
○輸入によってもたらされる利益
・貿易の利益で最も分かり易いのは日本では得られない物で、インドネシア/ケニアなどから輸入されるコーヒーや、イタリアから輸入されるフェラーリなどがある。※化石燃料もかな。
・国際貿易により、外国で作られた財・サービスを消費できる。輸出は輸入品を得るための行為である。輸出だけだと、それで得た外貨の使い道がない。また外貨を円に替えようとしても、海外に円の所有者がいない。※それで輸出大国だった日本は、海外資産(ドル資産)が世界最大かな。
○新しい生産技術としての国際貿易-寓話
・ノーベル経済学賞を受賞したクルーグマンの「イングラムの寓話」を以下に紹介する。※大幅に省略。
ミステリアスな企業家がノースカロライナに工場を作った。その工場は、米国で産出した石炭/小麦を布地/カメラに作り替えた。ある者が工場に忍び込み、それが輸出入だった事がバレる。工場は閉鎖され、従業員は解雇された。※米国そのものかな。
○新しい生産技術としての国際貿易-日越貿易
・彼の事業は、「輸出品から輸入品を生み出す技術」と云える。例えば日本がパソコン(PC)を輸出し、ベトナムからシャツを輸入するケースを考える。日本でPCを生産するのに100時間の労働が必要で、シャツは10時間の労働が必要とする(※労働としているが、生産コストかな)。この場合、PC1台の輸出で何枚のシャツをえられるだろうか。
・これが「交易条件」と呼ばれるもので、1単位の輸出財で得られる、輸入財の量である(相対価格)。日本の交易条件(※国際的な相対価格?)が20とすると、PC1台の輸出でシャツ20枚が輸入できる。PC1台の輸出(労働時間100時間)で、シャツ20枚(労働時間200時間=10×20)が得られる。日本でシャツ1枚を作るには、PC1/10台の労働が必要だが、輸入すればPC1/20台の労働で輸入できる。
○ウィンウィンと比較優位
・日本は貿易により利益を得たが、ベトナムはどうなのか。ベトナムではPCを生産するのに450時間の労働が必要で、シャツは15時間の労働が必要とする。そのためシャツ20枚の生産(労働時間300時間)で、PC1台(労働時間450時間)を得られ、ベトナムも貿易で利益を得ている。国際貿易はウィンウィンの関係になる。
・これはPCの国際的な相対価格が20のためで、相体価格が40になると、ベトナムはPCを自国で生産する事になる。相対価格が10~30の間であれば、双方が利益を得る。これは「比較優位」の概念で、日本はPC、ベトナムはシャツに比較優位を持つ。
<5.国際貿易の負の側面-グローバリゼーションの影>
○勝者と敗者
・「イングラムの寓話」に話を戻すと、この事業により、国内の石炭/小麦の生産者は潤ったが、布地/カメラの生産者は損失を受けた。要するに国際貿易は勝者と敗者を生んだ。
○勝者と敗者-長期的視線
・長期的視線で見ると勝者と敗者は、また変わってくる。長期では生産要素(労働、資本)は移動し、輸出財産業の生産要素への実質報酬は増加し、輸入財産業の生産要素への実質報酬は減少する。※輸出産業は常に発展し、輸入産業は常に後退するかな。でも日本は輸出品を製作するため、エネルギー・資源などの輸入が必要だが。
・日越貿易の例で、PCは資本集約的、シャツは労働集約的である。これにより資本の需要は増え、資本の実質報酬も増える。一方労働の需要は減り、労働の実質報酬も減る(※労働より資本が求められる。深刻な話だな)。これにより日本全体の実質所得は増加するが、利益を得る人から損失を被る人への補償が必要になる。※資本家から労働者へだな。
○所得格差
・国際貿易は、資本・労働間だけでなく、労働者間の所得格差も助長する。ハイテク財/情報サービスは、資本集約的でも労働集約的でもなく、知識集約的である。GAFAに代表されるこれらの産業は「勝者総取り」で、その企業の一部の労働者が富を独占する。またコンピュータの発達で、単純な作業をする中間層の所得は伸び悩んでいる。
・これらによる格差拡大により、2011年「ウォール街を占拠せよ」運動が起きるなど、ポピュリズムが台頭している。
○発展途上国が直面する問題
・国際貿易により発展途上国も利益を得るが、産業構造の変化が妨げられる問題がある。比較優位を保つため、農業などの労働集約的産業に特化し、知識集約的産業の発展が妨げられる。
・普通、発展段階の国は産業育成のため保護主義になる(幼稚産業保護論)。それなのに中国/東南アジアなどは関税を引き下げている。これは生産工程の細分化と最適配置が進んだためだ(※比較優位が徹底されたのかな)。情報交換が安価・スピーディー・安定的に行われるようになり、先進国が資本集約的工程・知識集約的工程、発展途上国が労働集約的工程を行う国際分業体制が整った。※今経済安保で問題になっているグローバル・サプライチェーンだな。
<6.おわりに>
・国際貿易は自然な経済現象であり、全ての国が利益を得られる。しかし所得格差の拡大などで、近年はその負の側面が強調されている。またトランプ大統領の登場で世界貿易は揺らいでいる(貿易戦争)。国際貿易は「新しい生産技術の導入」である。これを維持するため、各国は国際ルールを守り、貿易で得られた富を再分配する必要がある。
第7章 都市を分析する 佐藤泰裕
<1.はじめに>
・「東京一極集中」の言葉をよく聞く。これは悪い意味で使われている場合が多い。しかしこれは移住した方が良いので、人が移住するからだ。この問題を分析するのが都市経済学である。
<2.都市化と都市経済学>
○人口集中
・世界の人口は約74億人で、日本は1.2億人である。仏国6400万人、ドイツ8100万人で、日本の方が多い。それなのに日本の方が面積は小さい。そのため日本はどこに行っても人が密集していそうだが、そうではない。夜の衛星写真を見れば分かるが、東京・大阪・名古屋などに集中している。
・東京都・愛知県・大阪府の面積は日本の5%しかないが、人口は2割以上、GDPは3割以上を産出する。南関東(東京、神奈川、埼玉、千葉)の人口は3千万人を超え、GDPは150兆円を超える(※共に日本の1/4位だな)。この人口/GDPはカナダと同規模だが、面積は1/27しかない。
・人口集中を表す指標に人口集中地区(Densely Inhabited District:DID)がある。表1は、1960年/1980年/2000年/2015年のDIDのデータである。DIDの人口は割合で40%強から70%弱に増えているが、面積は1%から3.5%にしか増えていない(※人口の7割が、僅か3.5%の土地に住んでいるのか)。
・通勤パターンから市区町村を纏めた「大都市雇用圏」がある。この都市圏の人口は、東京3500万人/大阪1200万人/名古屋700万人となっている。この傾向は大戦後からではなく、江戸時代からの傾向である。
○都市経済学とは
・この人口集中の善悪などを分析するのが「都市経済学」である。都市経済学に近いのが地域経済学である。都市経済学は応用ミクロ経済学として、地域経済学は応用マクロ経済学として発展した。しかし地域経済学もミクロ的基礎付けされた枠組みを利用するようになり、両者の区別は曖昧になっている。共に国際経済学を融合しており、空間経済学の領域を含む。また共に経済学以外の経済地理学/都市社会学/土木工学/都市計画とも接点がある。
<3.都市化のプロセス>
・図4は、3大都市圏の転入超過数(転入-転出)の推移である。高度成長期、この3大都市圏は大幅に人口を増やす。しかし1970年代になると、大阪圏はマイナス、名古屋圏は横ばい、東京圏はプラスを続ける。
・総務省は「住民基本台帳人口移動報告」を発表している。これに移動前の都道府県と移動後の都道府県のデータがある。これを広域地域(北海道・東北、北関東・甲信越・北陸、南関東、東海、近畿、中国・四国、九州・沖縄)で集計したのが、図5である。北海道・東北からの移動を見ると、南関東45%/北海道・東北29%となっている。九州・沖縄では、九州・沖縄44%/南関東26%となっている。この様に、同一広域地域と南関東への移動が多い。
・さらに鹿児島県から同一広域地域への移動を見ると、福岡県42%/宮崎県20%となっている。長崎県では、福岡県59%/佐賀県13%となっている。これも同様に近隣県と中核県(福岡県)への移動が多い。さらに都道府県内の移動を見ても、近隣市町村と都道府県庁所在地への移動が多い。
<4.都市化の功罪>
・近隣の場所と、政治経済の中心への移動が多くなっている。本節はこのメカニズムを概観する。
○比較優位、規模の経済、公共財
・人口集中の原因に比較優位がある。ある事を諦める事によって失う価値を「機会費用」と呼ぶ。この機会費用が少ないと、比較優位を持つ。この比較優位を交換するため、ある産業が特定の地域に集中する。
・規模の経済も重要である。設備の許容範囲内であれば、多く作る方が1製品当たりの生産費用は下がる。そのため大規模投資が行われた場所に、人や生産活動が集中する。また行政・教育などの公共財も集中をもたらす。
○集積の経済と不経済
・上記の要因はそれなりの規模の都市には当て嵌まるが、東京・大阪などの巨大都市には当て嵌まらない。巨大都市には、「外部経済」の総称である「集積の経済」が適切である(※これは比較優位や規模の経済などの結果では)。外部経済とは市場取引を介さない良い影響を指す。※悪い影響が外部不経済かな。
・例えば労働市場で労働者が持つスキルと企業が要求するスキルとの相性がある。例えばシリコンバレーのように、特殊なスキルを持つ人が集まると、両者が出会う機会が増え、生産性も高まる。
・取引費用も集積の経済をもたらす。企業が集まる事で取引費用を節約できる。他企業の移動は意図せざる効果なので、外部経済である。また大都市ではリスク分散も可能になる。取引先を増やす事ができ、ショックの影響を軽減できる。
・日常生活でも大都市は財・サービスが豊富で、消費者は好みのモノを選択できる。多種類の消費財が提供されていると、そこで暮らしたいと考える人が集まって来る(※消費のためでなく、雇用を求めての方が多いのでは)。市場規模が拡大すると、企業の進出も増え、大規模の都市になる。※ニワトリが先か、卵が先かかな。
・メリットを述べてきたが、デメリットもある。土地は間単に増やせない。土地・家の価格上昇は資産家にはメリットだが、借りる側はデメリットである。また通勤は金銭費用・時間費用でデメリットになる。これらは「混雑の不経済」と呼ばれる。
○最適都市規模
・最適な都市規模は、そのメリットとデメリットのバランスで決まる。メリットはどこかで頭打ちになり、デメリットは人口が増えるに従って増大する。図7の横軸は都市人口、縦軸は集積の経済と混雑の不経済を示している。この集積の経済と混雑の不経済の差は、半円形になる。この半円形の頂点で純便益が最大で、望ましい人口である(安定均衡)。※理論的には納得するが、これを算出するのは困難かな。
○ヘンリー・ジョージ定理
・高度成長期は人口の移動が盛んだったが、今は落ち着いた状態にある。集積の経済と混雑の不経済を比較するのが「ヘンリー・ジョージ定理」である。外部経済・外部不経済は税や補助金で解消できる(ピグー税、補助金)。そしてヘンリー・ジョージ定理は、「都市規模が最適なら、ピグー補助金の総額が地代の総額に等しい」としている。
・金本良嗣がこれを検証している。ただし地代のデータはないので、地価を使っている。地価はストックの価値で、地代は一定期間のフローの価値である。そのためこの検証は、地価総額とピグー補助金総額を比べ、どの都市が過大になっているかを吟味している。結果、東京・大阪はこの比率が高く、規模が大きくなり過ぎていると思われる。
※大都市のメリットは企業に厚く、家計に薄い気がする。それを高給で補っているのかな。
<5.おわりに>
・都市経済学は、「なぜ都市が成立するのか」「都市では、どの様な問題が生じるのか」などの課題を経済学の手法で考察する。日本には東京・大阪などの巨大都市があり、都市経済学の重要性は高い。
第8章 応用ミクロ分析 大橋弘
<1.はじめに>
○産業組織論
・産業組織論は企業・消費者の行動を考察し、市場の競争状態や産業構造を理解する分野で、ミクロ経済学が基礎になる。ミクロ経済学は完全競争と独占を最初に学ぶが、産業組織論は寡占を分析する。
・海外ではこの知見を活かしたコンサルタントが多く存在する。経営学は、マーケティング/消費者行動/企業の戦略・組織を分析する。一方産業組織論は、競争政策・規制政策などを分析する。そのため政策のデザイン、政策の評価、社会厚生の推進、代替的な政策などを議論する。※前者は家計・企業が対象で、後者は政府が対象かな。ならば経済政策論になるか。
○産業組織論の起源
・19世紀米国では巨大企業が各産業を支配していた。彼らは政府との繋がりが密接で、消費者が被害者となる時代が続いた。この反競争的な行為を解消する方法として、産業組織論が始まった。そのため産業組織論は実務的で、政策・規制などの提案が目的で、競争政策を導入させた。※競争政策が元々あった訳ではなく、後から導入されたのか。
・例えば携帯電話市場は3社体制で良い状況なのか。良くない状況であれば、どの様な政策が必要なのか。あるいはエネルギー市場は「再生可能エネルギー」(再エネ)の導入が進められているが、どの様な競争環境が望ましいのか。産業組織論はこれらの分析を行っている。
○理論による理解と定量的な検証
・産業組織論は現実を対象にするため、多くの場合寡占になる。また各業界・産業での制度・商習慣も重要になる。例えば携帯電話市場では、「複数年縛り」などを理解する必要がある。また産業組織論では問題の有無より、問題の大きさが重要になる。問題を定量化し、政策によるメリットとコストを比較する。複数の政策オプションからの選択が重要になる。そのため定性的な議論ではなく、定量的な議論が行われる。数字による「見える化」が行われる。
・産業組織論では、①制度の理解、②理論に対する理解、③実証分析による定量化が必要になる。これらがベースで、さらに競争法・規制の理解が必要になる。
<2.再エネ買取制度>
○再エネの重要性
・東日本大震災により原子力発電は停止し、化石燃料による発電は二酸化炭素(CO₂)の排出が問題になり、再エネへの期待が高まっている。そんな中で実施されたのが再エネ買取制度である(※以下買取制度)。再エネには太陽光/風力/水力/地熱/バイオマスがあり、これを電力事業者が買い取る制度である。買い取る費用は電気料金に上乗せされる(再エネ発電賦課金。※以下賦課金)。住宅用太陽光発電は、48円/kWhで買い取られた。これは一般的な売電価格の2倍で、太陽光パネルを設置する一般家庭が急増した。
○再エネ買取制度の賛否
・買取制度により再エネが普及し、CO₂排出量は削減されている。デメリットはないのだろうか。賦課金により、一般家庭が負担を余儀なくされている。また補助金により、市場も歪められている(※補助金の説明はない)。これらを定量的に評価する必要がある。
<3.産業組織論の分析ツール>
○自然実験による政策評価
・政策評価で最初に検討されるのは手法である。まず考えられるのは自然実験だが、買取制度の場合、全国一律で導入されているので対照群を見付ける事ができない。従って手法に自然実験を使えない。米国は州毎に制度・法律が作られるため自然実験が可能だが、日本ではできない。
○構造推定による政策評価
・対照群が存在しないため、経済モデル(構造)を用いたシミュレーションを行う(構造推定)。まずは賦課金が発電者に、どのようなインセンティブを与えるかを考える。経済モデルの重要なパラメータを確定する。これは消費者の効用関数だったり、企業の費用関数だったりする(※重要要因の確定かな)。これにより仮想的な状況をシミュレーションできる。推定されたパラメータを用いた経済モデルにより、買取制度がない場合や補助金が変わった場合をシミュレーションできる。
・「デジタル・ツイン」と云う言葉がある。これは現実の世界をバーチャルな世界に再現するものである。シンガポールでは都市全体をモデル化し、都市計画の策定に使用されている。
○構造推定の進め方
・ここでは住宅用太陽光発電に特化し、構造推定を試みる。これは2ステップで行われる。第1ステップは、経済モデルを構築し、現実のデータからパラメータを推定する。第2ステップは、経済モデルでシミュレーションを行う(※経済モデルの作成と、経済モデルでのシミュレーションだな)。買取価格がなかった場合や半額の48円になった場合をシミュレーションする。パネルの普及量が変化すると、CO₂削減量も変化し、消費者・生産者の利益も変化する。
<4.第1ステップ:需要と供給の推定>
○需要の推定
・まずは各家庭が太陽光パネルをどれだけ購入するかを推定する。要するに需要関数である。「単価48円の時、家庭が太陽光パネルをどれだけ購入するか」から推定する。※0円と48円しかないのに推定できるのかな。
・これに3つの要因が影響する。1つ目は、パネルの価格である。2009年は180万円だった。2つ目は、パネルを設置した場合の補助金である。国だけでなく、自治体が補助している場合もある(※複雑だな)。3つ目は、家庭の「属性」である。日照条件、家の広さ、戸建て・マンションなどの属性である。
・ある都道府県のある時点での需要関数qは、lnq=αln(ps-G-EV)+Σβx+ε(ps:システム価格、G:補助金、EV:将来の電力価格、x:その他要因。※何で対数なのか)となる。またEV=(p買取・SE+p電力(E-SE))・(1-δ^T)/(1-δ)(p買取:買取価格、SE:売電量、p電力:電力価格、E:発電量。※δとTの説明はない)となる。現実のデータからαを推定するのが第1ステップである。
q
○供給の推定
・次にパネルの供給サイドを見る。これには2つの要因がある。1つ目は、1単位を生産・販売する時の費用である(限界費用)。2つ目は、1単位に上乗せする利益である(マークアップ)。この2つを合計すると、システム価格になる。後者は競争環境で決まる。独占的であれば高くなり、競争する企業が増えると低くなる。
・費用の構造は産業で様々である。太陽光パネルの場合、「学習効果」が見られ、生産が増えれば、経験が蓄積され、コストは下がる。
<5.第2ステップ:需要と供給に基づくシミュレーション>
○様々なシナリオ設定
・第1ステップで需要関数と供給関数が得られた。両者の市場均衡から、均衡普及量と均衡価格が分かる。この構造推定により、買取制度がなかった場合の太陽光発電の普及量などをシミュレーションできる。これが構造推定の強みである。※詳しく説明しているが簡略化。
・この買取制度に対し3つのシナリオをシミュレーションした。①買取価格は24円/kWhで一定とし、限界費用も2007年のまま不変とする。②買取価格は48円/kWhで一定とし、限界費用は5年間で半分に低下する(年率13%減)。③買取価格を毎年6円下げ、その後24円/kWhで一定とし、限界費用は5年間で半分に低下する(年率13%減)。他に「太陽電池(※パネル?)に新規参入・退出はない」「補助金は7万円/kWで一定」とする。
○CO₂排出量のシミュレーション ※これは太陽光発電の普及政策の次ぎの2次的な分析だな。
・政府が補助金を付与するのは、CO₂排出量削減による正の外部性が存在するためだ。太陽光発電のライフサイクル(20年)におけるCO₂排出量は、58.6g/kWhである。一方電力全体は445.6g/kWhである(※全然違うな。石炭火力と比べると1/10かな)。CO₂削減効果の価値は3つの推定値がある。①CO₂削減枠の取引値(1,212円/t)、②CO₂の社会的費用負担(3,044円/t)、③CO₂削減費用の上限値(10,882円/t)。
・さらに買取制度の費用対効果として、社会厚生(消費者余剰、生産者余剰、電力買取費用)を求めた。シナリオ①の社会厚生を基準として、シナリオ②③と比較した。表1がその結果で、CO₂削減量/消費者余剰/生産者余剰/余剰電力/社会余剰を表している。※消費者余剰/生産者余剰/社会余剰は何で、どうやって算出するのか。
<6.おわりに>
○構造推定のメリット
・本章で伝えたかったのは、産業組織論の分析ツールである「構造推定」である。構造推定には、経済理論/制度的背景/実証分析の3つが必要になる。経済理論によって需要関数・供給関数が求められる。そしてもう1つ重要なのが制度の理解である。制度を理解した上でデータを見る必要がある。最終的にどの程度の補助金が望ましいかを提案できる。
・本章は国の政策を例にしたが、企業のマーケティング戦略などもシミュレーションできる。経済モデルと制度から、非現実をシミュレーションできる。
・構造推定は理論・制度・実証から政策を評価でき、経済学の強みが最も反映されるアプローチである。ただし構造推定は仮定の下でモデルが作成されるため、結果の頑強性を謙虚に確認する必要がある。
○環境政策の視点
・関心が高い人のために環境政策の話をする。CO₂排出量削減に、太陽光発電の買取制度が効果的なのだろうか。他に省エネ政策などもある。例えば10年以上前のクーラーは買い替えると、CO₂排出量を大幅に減らす。※断熱材、LEDライトなども効果がある。
・本章はCO₂排出量の削減を議論したが、エネルギー以外の分野でも削減政策が存在する。例えばCO₂排出に課税する「カーボン・プライシング」(炭素税)がある。これはあらゆる排出に及ぶので、包括的な政策である。だからと言って、買取制度を廃止し、カーボン・プライシングだけにはできない。ステークスホルダーの理解を得るためには、経済学に基づいて政策を定量的に評価し、「見える化」する必要がある。
・さらにCO₂排出量削減に関しては、地球規模で考える必要がある。日本の排出量は世界の4%に過ぎない。日本の環境技術をインド/中国などに輸出する方が有効であろう。
第9章 貧困削減 澤田康幸 ※章題に貧困とあるが、主に経済発展を解説している。
<1.はじめに>
・本章は開発途上国の経済発展を研究する開発経済学を説明する。以前の開発経済学は、「経済はどの様に発展したか」(実証的分析)、「貧困国の経済発展には何が必要か」(規範的分析)を目的とした。近年、これに発展のための政策をエビデンス(科学的証拠)を基に提供する「実践的分析」が加わった。
・植民地経営の研究は古くから行なわれていたが、開発経済学が始まったのは戦後である。1955年バンドンでアジア・アフリカ会議が開かれ、多くの国が独立した。2019年ノーベル経済学賞は、実践的分析を切り開いた3名が受賞した。他にも開発経済学の発展に尽力した多くの経済学者が、ノーベル経済学賞を受賞している。
<2.実証的分析>
○アジアの発展
・戦後、アジアの国々は経済発展を遂げた。一方世界を見ると、経済が停滞し、先進国との経済格差が広がっている国もある。この実状を研究するのが実証的分析である。
・低所得国のGDP統計は正確とは言えない。よく用いられるのが夜間の衛星写真「夜間光」である。1992年と2010年を比較すると、1992年は北米/西欧/日本の3極だったが、2010年は中国/韓国/インドなども明るくなっている。これはアジアの経済発展を表している。図2は、世界全体のGDPでアジアが占める割合を示している。1700年・1820年は5割を超えていたが、その後減少し、20世紀中頃に2割を切る。その後徐々に上昇しており、2050年には5割まで回復すると予想される。
○貧困と格差
・1日の収入1.9ドルが「貧困線」である。1980年代東アジアの80%以上が貧困だった。その後着実に減少し、今は数%になっている。これにより中間層(10~100ドル)が増えている。世界の中間層でアジアの比率が6割になっている(※元々アジアは人口が多いので、何とも言えない)。アジアは「世界の工場」だったが、消費も増え、「世界の市場」になりつつある。
・貧困率が下がっているが、富裕層も出現している。図5は各国の所得トップ10%の所得シェアを示している。中国の富裕層は1990年25%だったが、2017年29%に伸ばした。アジア各国の富裕層は軒並み伸ばしている(※アジアの国しか載っていないので、比較できない)。
○経済発展のメカニズム
・経済発展(1人当たりGDP)が増えると、貧困人口が減り、中間層が増える。これを支えるのが、第1次産業(農業など)から第2次産業(製造業など)、さらに第3次産業(サービス業)への産業構造の変化である。先進国はこの道を辿ってきた。アジア/ラテンアメリカは農業の生産性を劇的に高めた(緑の革命)。※緑の革命は何時のどんな話なのか。説明が欲しい。
・アジアの米は、国際稲研究所により多肥多収量となった。農業従事者は所得を増やし、次世代の教育水準を高めた。これにより工業化が可能になった。東アジア/東南アジア、近年では南アジアで工業化が進んでいる。
・日本は軽工業、重化学工業、電気電子工業、自動車産業と進展したが、韓国/台湾/タイなどが同様の進展を見せている(雁行型経済発展)。スマートフォンなどの製品は発展途上国/先進国が連携し生産されている(グローバル・バリューチェーン)。
・この様な工業化には、農業の生産性向上と民間企業の技術導入・設備投資が必要で、さらにこれを支える政策が必要になる。近年この様相が、東アフリカでも見られる。※国名を挙げて欲しい。
・さらに経済発展が進むと、消費・教育・医療・レジャー・金融などの需要が増え、経済は第3次産業(サービス業)中心に移行する。低所得国でもサービス業は重要である。バングラデシュのグラミン銀行は貧困層への小口融資で成功を収めた。創始者ムハマド・ユヌスは、2006年ノーベル平和賞を受賞した。
<3.規範的分析としての開発経済学>
・1950・60年代、開発経済学は黄金期になる。統計で実証分析したサイモン・クズネッツ、格差拡大を論じたグンナー・ミュルダール、産業構造の変化を論じたアーサー・ルイスなどが後にノーベル経済学賞を受賞する成果を挙げる。本節は経済発展するために、どんな政策が必要かを述べる(規範的分析)。
○輸入代替工業化政策の失敗
・経済発展した国は、大概農業から工業(製造業)への構造変化に成功した。そのため1950・60年代の開発経済学は「輸入代替工業化政策」(※後で出てくる)を推奨した。当時、開発経済学では、「経済をバランスよく発展させるか、効果が高いセクターを中心に発展させるか」が議論された。しかし需要の制約や価格調整メカニズムの硬直性を問題視し、需要拡大政策を重視した。※開発独裁で行われたのが、これかな。しかし輸入代替工業化と需要拡大は一致しないと思うが。
・さらに発展途上国が輸出できる1次産品は所得弾力性(※説明なし)が低く、1次産品の輸出による成長は望めなかった(※当時は農業国・資源国は厳しかったかな)。これは「プレビッシュ=シンガー命題」と呼ばれ、1次産品の交易条件が長期悪化する「輸出ペシミズム」(輸出悲観主義)である。そのため輸出に頼るのではなく、保護貿易と産業育成・工業化を組み合わせた「輸入代替工業化政策」が取られた。※日本の戦後復興もこれかな。
・しかし1970年代、内向きの輸入代替工業化政策を採用したラテンアメリカの経済は停滞し、外貨獲得のため輸出を軸に外向きの戦略を採用した東南アジアは経済発展する。※東南アジアの発展は、南アジア-東南アジア-東アジアの人口集中にもよるかな。
○市場志向の改革とワシントン・コンセンサス
・1970年代のアジアの成功は、開放的な貿易、海外直接投資、農業の近代化、技術進歩支援、教育・保健などの人的資本投資、インフラ整備、マクロ経済政策などによる。つまり市場志向の改革を行った。そのため1960年代の開発経済学は廃れ、貿易自由化・市場自由化の標準的な規範論が開発政策の中心になる。
・厚生経済学の第1定理のベンチマークである「市場の価格調整機能を歪めない」「価格は適正にすべき」を規範論とする開発政策が実施された。これはワシントンの世界銀行/IMFにより支援された(ワシントン・コンセンサス)。
<4.開発経済学における実践>
○開発経済学の衰退と再興
・輸入代替工業化政策が失敗したため、開発経済学は衰退する。しかしここ15年で、開発経済学は復活し、今では経済学のトップフィールドになっている。マサチューセッツ工科大学/イェール大学/ハーバード大学/スタンフォード大学などで、開発経済学の博士課程の学生が増えた。
・これは「ランダム化比較試験」(RCT)などのフィールド実験の研究が盛んに行われるようになったのが切っ掛けである(※コンピュータの性能向上が遠因かな。しかしフィールド実験の効果は、開発経済学に限定されないと思うが)。マサチューセッツ工科大学に研究機関「J-PAL」が設立され、RCTを用いて政策評価が行われるようになる(※詳細省略)。
・政策評価するためには相関関係ではなく、因果関係を識別する手法が必要になるが、それがRCTである。様々な実践的研究が行われ、従来の見方が覆され、新しい政策が実践されるようになる。これは「RCT革命」と呼ばれた。
○RCTとは
・J-PALは、RCTで農業/法制度/教育/環境/ジェンダー/保険医療/金融/企業経営など、様々な分野の政策研究を行った。RCTは介入(d)と結果指標(y)の因果関係を示す手法である。例えば奨学金の学業への影響、生活保護金の健康状態への影響などである。介入を受ける処置群をd=1とし、受けない対照群をd=0とするのがRCTである。処置群と対照群の結果指標yの差が「因果効果」となる。※前述には介入群とあった。
○ミレニアム開発目標から持続可能な開発目標へ
・1970年代は貧困問題が取り上げられ、「ベーシック・ヒューマン・ニーズ」の考え方から衣食住の供与が議論された。2000年代には国連が「ミレニアム開発目標」(MDGs)を設定する。教育分野では「2015年までに、全ての子供が初等教育を修了できる」が目標となる。RCTを用い様々な政策研究が行われ、「寄生虫駆除」による教育推進が安価な政策である事が明らかになる。また貧困層への現金給付が教育に留まらない政策である事も明らかになる。※MDGsは認識がないな。
・MDGsは世界で顕著な改善を見せた。そして2015~2030年の目標として、「持続可能な開発目標」(SDGs)が設定される。SDGsの教育分野では、「質の高い教育」に拡張されている。
○効果を測る
・教育の質の問題は、教員の資質、教材(黒板、チョーク、教科書)が整備されていないなどが原因である。ここでフリップチャートの有無が教育に与える影響を検証しよう。実際にフリップチャートを使って授業すると、使わなかった場合(反事実)の効果を測定できない。自然科学だとこの実験は可能だが、社会科学では不可能である。しかしRCTであれば、使う学校(d=1)と使わない学校(d=0)を無作為に割り当てる事で可能になる。実際にケニアの178校で実験したところ、学力の差は生じなかった。
○公文式学習法の効果
・バングラデシュの学校で公文式学習法の効果を測定した事がある。当国には小学校を卒業できなかった子供のための特別な学校BPSが34校ある。その内17校(500人)で公文式の授業を8ヵ月間行った。その結果、普通の授業を受けた生徒に比べ算数能力が2倍になった。
<5.おわりに>
・開発経済学で最も重要な実証・規範・実践について解説した。さらに開発経済学を学ぶ上で重要な2点を述べる。1点目は、開発経済学は他の経済学を応用し、データ分析し、実践まで踏み込む。そのため他の経済学の理解が不可欠である。例えば貧困の解消には、ミクロ経済学/労働経済学/公共経済学/国際経済学などの視点が必要になる。さらに医療経済学/企業の生産・研究活動/産業組織論/都市経済学/マクロ経済学などの視点も必要になる。※要するに開発経済学は経済学応用だな。
・また経済史も重要になる。第2節でアジアの経済発展を見たが、日本だと江戸時代/明治維新以降/戦後の経済発展を理解する必要がある。特に最近は経済史と開発経済学を結び付いた研究が多い。例えば格差と汚職の関係など、国のガバナンス(統治)に過去の植民地経営の在り方が深く関係しているとの研究がある。※さらに民族・宗教とも関係していそう。
・2点目は、開発経済学は貧困問題の解決策を求められている。また経済学の全ての分野を動員するエキサイティングな分野である。経済学を学び、国際機関でキャリアパスを目指す事もできる。この場合、国連/アジア開発銀行(ADB)/世界銀行/国際通貨基金(IMF)などが選択肢になる。これらは幹部候補生登用プログラム/ヤング・プロフェッショナル・プログラムなどを提供している。東京大学大学院で修士・博士過程を修了し、これらに応募するのを望む。※この手の日本人は少ないらしい。中国と大違いだ。
第10章 歴史の経済分析 岡崎哲二
<1.はじめに>
・経済史は歴史学の1分野とも見れる。しかしこの研究には経済学の知見が必要である。本章では経済史と経済学の関係を、具体的な研究を用いて説明する。経済史研究の意味は、①頻繁に起こらない経済事象を理解する、②実験室としての経済史(※過去に起きているのに実験?)、③過去によって現在を説明するである。
<2.頻繁に起こらない経済事象を理解する>
○歴史を遡る
・頻繁に起こらない重要な経済事象に不況がある。2008年リーマンショックは「100年に1度の経済危機」と云われた。この念頭にあったのが1930年代の大恐慌である。1929年10月24日(Black Thursday)ニューヨーク証券取引所のダウ工業平均株価は2.1%下落し、さらに10月28日12.8%、翌日11.7%下落する。米国のGDPは1930年から4年間連続して縮小し、32.6%減少する。一方リーマンショックの縮小は2年間で、2.7%しか減少していない。
○金融危機の原因
・1983年バーナンキが大恐慌に関する論文を発表している。2008年リーマンショックが起きた時、彼は丁度FRB議長を務めている。彼は論文で、大恐慌の過程で経済縮小と同時に、銀行が倒産し、金融危機が進行した事に注目している。
・当時、マクロ経済変動の原因を通貨量とするマネタリストと、通貨量と実体経済とするケイジアンが対立していた(※マクロ経済と実体経済は違うのか)。前者は大恐慌での金融危機は、住宅建設/個人消費などの実体経済の縮小が原因とした。一方後者は、金融危機による通貨供給の縮小が実体経済を縮小させたとした。※前者と後者が入れ違っているのでは。
・これに対し彼は、後者の立場に立つが、金融危機が実体経済を縮小させる別のチャネルを特定した。それは銀行の「金融仲介機能」である。銀行は資金余剰を経済主体から集め、資金不足の経済主体に融資する。収益性が高い投資プロジェクトを選別し、プロジェクトを監視する。多数の銀行が倒産すると、この機能が失われ、実体経済が縮小する。彼はこれに注目した。※銀行の倒産や貸し渋りも原因かな。
・検証の前提は、家計・企業の最適化行動から導かれ、生産変化率(?)を予想させない通貨供給変化率を表す新古典派的マクロ供給関数である(※難解。結局、通貨供給量と考えれば良いのかな)。これに倒産銀行の実質預金の増加分、倒産企業の実質負債額の増加分を追加した。
・その結果が表1である。これは回帰式の推定結果で、社会科学で広く使われる。1列目は推定された説明変数である。2列目は推定された係数である。3列目は係数の統計量(t値)で、係数を標準偏差で除したもので、バラツキを表す。一般に、t値の絶対値が2以上であれば、係数の符合は信頼できる。4列目/5列目は説明変数を追加した場合の係数と統計量である。※係数の意味が分からないので、話にならない。
・上記より、予想されない通貨供給は新古典派的マクロ供給関数の中心的な変数になる。これにより新古典派マクロ経済学の含意は、検証された事になる。さらに倒産銀行の実質預金増加分/倒産企業の実質負債額増加分の変数は、符合が負でt値も大きいため、金融危機が実体経済にマイナスの影響を与えた事を示している。※生産変化率の説明もあるが省略。
・金融危機は頻繁に起きないため、歴史を遡る必要がある。彼は経済史研究により、金融とマクロ経済を繋ぐチャネルに関する新しい知見を加えた。
<3.実験室としての経済史>
○歴史から自然実験を探す
・経済史の2つ目の意味は、実験室としての経済史である。データから因果関係を識別する事は難しい。どちらが原因でどちらが結果なのか明らかでない場合もあれば、別に原因がある場合もある。これを識別可能にする手法が自然実験である(※詳細省略)。
・空間経済学に「空間的・地理的に近い場所に存在する大きな市場は、経済活動/人口成長にプラスになる」との仮説がある。そこで私と中島賢太郎は、1910年日本による朝鮮の植民地化に着目した。これにより日本と朝鮮との関税は段階的に引き下げられた。図3は日本の輸出・移出総額に占める朝鮮の割合を示している。1920年朝鮮への移出品に対する関税が大幅に引き下げられ、それと共に総額に占める朝鮮の割合が高まっている。
○差の差分析による仮説の検証
・私達は、市場の統合により日本の各地域がどのような影響を受けたかを検証した。日本の地域を朝鮮に近い地域と遠い地域に分け、「差の差分析」を行った。表2が推定結果で、説明変数は人口増加率である。※朝鮮との貿易が人口に影響を与える?
・「近接地域×市場統合後」が「差の差」を捉える。係数は0.359で正の値になった。3列目は標準偏差で0.359より十分小さいので、係数は有意と云える。0.359は、近接地域の市場統合前後の人口増加率の差である。よって市場統合が影響を与えた事が示唆される(※他の要因はないのかな)。4列目以降は、地域を市町/村に分けた結果である。これを見ると市町では、市場統合の影響が小さかった事が分かる。
・植民地化は市場統合以外のチャネルを通じても日本の地域に影響を与える。そのため市場統合の影響を受けやすい地域と受けにくい地域に分けて検証する必要がある。そこで朝鮮への主要な輸出・移出品である繊維工業に特化した地域とそうでない地域に分ける(※繊維製品の需要は朝鮮だけではないと思うが)。表3がその推定結果である。
・「近接地域×市場統合後×繊維工業特化」が、繊維工業に特化した地域とそうでない地域との差である(※人口増加率の差?)。係数が正の大きな値なので、市場統合が寄与した事をサポートしている。
<4.過去によって現在を説明する:経路依存性>
・歴史研究の意味に経路依存性がある。これは現在の事象は現在の要因だけで説明できないとするものだ(※詳しく説明しているが省略)。ここでアフリカの貧困と奴隷輸出との関係を検証したイサン・ナンの研究を紹介する。
・彼は奴隷輸出人数を国別に集計した。そしてそれを国の面積で割ったものと1人当たりGDPの関係を検証した。その結果、両者には負の関係が見られた。※奴隷は過去の事で、今は資源の有無などが大きく影響するかな。
・しかしこれを因果関係と断定するのは難しい。そこで彼は因果関係を証明するため、操作変数法を用いた(※操作変数法の説明があるが省略)。①各国の港と南北アメリカの港で最短のもの、②各国の港とインド洋対岸(※アフリカ東岸?)の港で最短のもの、③各国の重心とアフリカ北岸の市場で最短のもの、④各国の重心と紅海沿岸の市場で最短のものを操作変数にした。
・その推定結果が表4で、距離が遠いと奴隷の輸出が少なくなっている。さらに2段階目の推定をすると、奴隷輸出人数/面積が、1人当たりGDPにマイナスの影響を与えている事が示された。
<5.おわりに>
・本章は経済史研究の3つの事例を紹介した。またこれに経済学・計量経済学が利用されている事を示した。経済史研究には、経済学・計量経済学・歴史学などの知見が必要である。ジョン・メナード・ケインズはアルフレッド・マーシャルを「経済学者は数学者・歴史家・政治家・哲学者でなければいけない。普遍的見地から特殊を考察し、抽象と具体を同時に思考し、未来のため現在と過去を研究しなければいけない」と評している。経済史研究にはこの様な資質が必要で、これにより経済・社会・歴史の理解が深まる。
第11章 会計情報開示の意味 首藤昭信
<1.会計学の体系>
○会計学
・会計学の定義は難しい。多くの人は企業が報告する企業業績・決算報告を思い浮かべるだろう。会計は、「特定の経済主体の経済活動を、計数的に測定し、報告書に纏め、伝達するシステム」である。従って、①企業活動を財務諸表に集約する、②利害関係者に開示・伝達するの2段階になる。
○会計学の分析手法
・会計学は会計を分析するが、日本は欧米と比べ、多様な分析を行っている。日本は会計の基礎概念を理論的に検討しているものが多く、これは「規範的会計研究」と呼ばれる。これは会計制度の理解・設計に有益だが、欧米では余り行われていない。
・一方欧米では実践研究が主流である。現行の会計基準は、ある事象に対する手続きを、複数の選択肢から選ぶようになっている。例えば「減価償却の計算方法で、多くの経営者が定額法でなく、定率法を選択するのはなぜか」などを目的にしている。これは財務諸表の伝達プロセスに着目した研究である。
○経済学ベースの実証会計学へ
・2013年徳賀と大日方は『會計』に掲載された論文を分類し、規範的会計研究が53%、実証研究が10%である事を示した。一方米国の会計学の学会誌は、91%が実証研究だった。日本の大学では、低学年で規範的会計研究を学び、高学年・大学院で実証研究を学んでいる。
<2.財務会計の機能>
○逆選択
・会計情報が開示される目的は「情報の非対称性」を緩和するためである。これに起因する1つ目の問題は「逆選択」である。売り手と買い手がこの状況にあれば、この問題が生じる(※逆選択は普通の言葉だが、経済用語なんだ)。アカロフはこれを中古車市場を例にとり、低品質の財が市場を支配する事を示した(※中古車市場は悪い物が多くなりそうだな)。会計学であれば、株式・社債などの証券市場で発生する(※投資家騙しか)。高品質の証券を発行できる企業は、証券市場を利用しなくなる(※ユーロみたいだな)。これにより証券市場が崩壊するのが、逆選択の帰結である。
・この情報の非対称性を緩和するのが、会計の1つ目の役割である。この機能は「意思決定支援機能」と呼ばれる。日本には「金融商品取引法」があり、有価証券届出書/目論見書の提供を義務付けている。この中核が財務諸表だが、企業は自主的に情報開示(IR)している。
○モラル・ハザード
・情報の非対称性はモラル・ハザードももたらす。これは契約を結んだ当事者全てが被害を被る現象である。これを分析するのが「エージェンシー理論」で、契約を本人(プリンシパル)と代理人(エージェント)の問題として考察する。※エージェンシー理論は初めて聞いた気がする。
・典型が株主(本人)と経営者(エージェンシー)の関係である。経営者は自己の利益を追求し、企業価値を低下させるかもしれない(モラル・ハザード)。株主は情報劣位にあるため、経営者を直接観察できない。これを抑制するには、情報の非対称性を緩和させるシステムが必要である。あるいは経営者と株主の利害を一致させる必要がある。会計情報にはモラル・ハザードを削減する役割がある。
・この様なシステムに「モニタリング・システム」と「インセンティブ・システム」がある。前者は、本人を監視するための情報を収集するシステムである。この代表例が財務報告である。後者には、企業業績と経営者の報酬を連動させるシステムがある(利益連動型報酬契約)。利益連動型報酬契約は、会計情報の会計利益が利用される。これは「契約支援機能」と呼ばれる。
・会計学はこの経営者と株主の関係だけでなく、株主と債権者の関係(債務契約。※株主が債務者?)、企業と政府の関係(政府契約)などにも注目する。
・情報の非対称性から生じる逆選択/モラル・ハザードの問題を緩和させるため、会計は意思決定支援機能/契約支援機能を提供している。次節以降で、この実証的会計研究を紹介する。
<3.株式市場と会計情報>
○会計情報の潜在的有用性
・米国では「投資家は会計情報を利用している」が前提になっているが、本当なのだろうか。米国で、まずこの会計情報の有用性の検証が始まった。この検証に依拠したのが「資本資産評価モデル」と「効率的市場仮説」である(※両方共初耳)。前者は証券の市場価値を決定するメカニズムで、会計情報の有用性の検証する理論的支柱である。また会計情報の有用性の検証する仮定は後者に求められた。※前者が理論で、後者が実証かな。
・効率的な市場とは、「市場は入手可能な情報を反映しており、かつ価格は新情報に即座に反応する」と定義できる。1970年代の研究で、「米国の証券市場は半強度の効率性を有する」とされた。半強度とは上記定義を満たしている事を意味する。当時会計利益と株価の関連性を検証する研究がされた。この関連性があれば、会計情報にはリスクとリターンに関する情報が含まれていると判断できる。
・これを最初に検証したのが、「Ball and Brown」(1968年)と「Beaver」(1968年)である。前者は、「会計利益が予想以上に増加/減少した場合、投資収益が平均より増加/減少する」を検証した。期待外利益が予想以上に高い「Good News」株式群と予想以上に低い「Bad News」株式群を抽出し、決算公表12ヵ月前からの異常投資収益率(平均を超える株価変動)を累積した。その結果が図2である。
・この図2から2つの事が分かる。1つ目は、「Good News」株式群も「Bad News」株式群も12ヵ月前から異常投資収益率が増加/減少している。これは会計利益と株価に正の相関関係があり、会計利益情報の有用性を示している。2つ目は、決算公表後に増加/減少が止まる。これは半強度の効率的市場仮説と整合している。※決算公表前に株価が変動し、発表後に止まるのは、有用性でないのでは。
・一方「Beaver」は、利益公表週の異常投資収益率の分散に着目し、利益公表週に大きな株価反応がある事を示した。これは年次利益の公表が有用な情報になっている事を示し、「Ball and Brown」と一致する。※1年前に予想利益を公表しているのか。それが書かれていないので困る。
・両研究は、会計利益情報の有用性を検証した記念碑的な研究である。ただしこれは、投資家が公表された会計利益情報を入手している事が前提で、潜在的有用性と云える。
○会計情報の実際的有用性
・初期の研究は、会計情報の潜在的有用性と、米国の株式市場が半強度で効率的である事を示した。会計情報が公表されてから投資しても、異常投資収益率を獲得できないからだ(※株価は予想利益に反応するが、利益報告には反応しないの意味かな)。これは効率的市場仮説と一致しないため、「アノマリー」と呼ばれる。※効率的市場仮説の説明がないので困る。
・会計情報の有用性において効率的市場仮説はパラドックスを有している事になる。効率的市場仮説では会計情報が株価に迅速に織り込まれるため、過大・過小評価は存在しない。この様な状況では、会計情報のメリットがなくなり、会計情報は関心を持たれなくなる(※余りに迅速なので、意味がないかな)。これが会計情報が市場において効率的でないパラドックスである。ある程度の非効率性(アノマリー)があれば、投資家は会計情報を分析し、市場は効率的となる。従って会計情報の実際的有用性を確認する事が重要になる。
・上記を勘案し、投資における会計情報の意義をさらに考察する。投資戦略にはパッシブ戦略とアクティブ戦略がある。パッシブ戦略は、効率的市場仮説を受け入れ、ポートフォリオに見合ったリターンの獲得を目指す。これは一般投資家に向く。一方アクティブ戦略は、アノマリーを活用し平均を上回る投資収益の獲得を目指す。これは上級の投資家に向く。この場合、会計情報に期待されるのが、①会計情報が期待以上に良い(悪い)場合、迅速に購入(売却)する、②会計情報から将来の業績を予測するとなる。
・「Ball and Brown」「Beaver」の研究以降は、アクティブ戦略のアノマリーの研究が多くなっている。ここで代表的な4つの報告を紹介する。1つ目は、「利益発表後の株価のドリフト」である。利益発表後、利益が予想外に良い(悪い)場合、その後株価は上昇(下落)する。そのため利益が良かった銘柄を買い、悪かった銘柄を空売りするのが戦略になる。
・2つ目は、「会計発生高アノマリー」である。会計利益はキャッシュ・フローと会計発生高に分類される。会計発生高は、キャッシュ・フロー以外の全ての要素を集約したものだ(※初耳)。そのためキャッシュ・フローより信頼性が低く、次期利益との相関関係で測定する持続性が低い(※意味不明)。そのため会計発生高が低い企業の株式を購入し、高い企業の株式を空売りするのが戦略になる。これは会計発生高とキャッシュ・フローの持続性の相違を識別できないアノマリーである。※持続性の説明が欲しい。
・3つ目は、「ファンダメンタル分析」である。これは財務諸表を分析し、将来業績が良い(悪い)企業の株式を購入(売却)する戦略である。「Ou and Penman」(1989年)は、財務比率(?)を用い利益の予想モデルを構築し、異常投資収益率を獲得できる事を示した。
・4つ目は、「剰余利益モデル」である。「Ohlson」(1995年)は、ファンダメンタル分析の理論的枠組みを構築する。彼は割引配当モデルから、株価が純資産簿価と将来の剰余利益の現在割引価値から決まる事を示した。この価値は本源的価値と呼ばれている。「Frankel and Lee」(1998年)は、この本源的価値で高い異常投資収益率を獲得できる事を示した。
・以上の様に、決算報告・財務諸表を分析する事で、異常投資収益率を獲得できる事を示した。しかしこれから市場が非効率であると結論付ける事はできない(※分析が必要なので非効率?)。これまでの実証研究から効率性を有しているのは明らかだ。会計学で重要なのは、会計情報が実際的有用性を持ち、投資家の情報源になっている事実である。
<4.契約と会計情報>
○契約の束としての企業と会計情報
・1970年代までは「効率的市場仮説」に依拠し、会計情報の有用性を示す証拠が蓄積された。しかし効率的市場仮説で説明できない経営者の行動が存在した。特定の会計手続きの選択で、例えば定率法と定額法の選択である。しかしそれで利益を増加させても、変更情報が財務諸表に記載されるので投資家は修正でき、投資家を騙す事はできない。※騙される人がいるからでは。
・これは効率的市場仮説で説明できない。そこで会計研究は、企業を「契約の束」として見る企業理論に注目するようになった(※また初耳の言葉)。効率的契約のために会計情報が果たす役割を、会計の「契約支援機能」と呼ぶ。
・契約の中で会計情報が利用されるのであれば、経営者の行動を説明できる(※この契約は、経営者の報酬の契約かな)。利益連動型報酬契約であれば、会計手続きを変更する経営者の行動が説明できる。
○経営者の報酬契約
・初期の会計研究が注目した契約は、①報酬契約、②債務契約、③政府契約である。ここでは報酬契約の経営者報酬契約に注目する。これは株主が本人、経営者が代理人のエージェンシー関係になる。報酬を企業業績と連動させると、モラル・ハザードを防げるシステムになる。
・このシステムを設計するポイントは3つある。1つ目は、インセンティブの強度とリスク分担である。業績連動型報酬契約の場合、どの程度のインセンティブを付与するか、失敗した場合、経営者と株主でどの程度負担するのかがポイントになる。
・通常経営者の報酬は、固定給と変動給(ボーナス)に分かれる。経営者に固定給だけを払うケースだと、インセンティブにならない。経営者が失敗すると、株主が全てのリスクを負担するため、モラル・ハザードになる。逆にボーナス(業績連動型報酬)だけにすると、リスク分担はなされ、経営者のインセンティブも高くなる。しかしインセンティブが過度のため、経営者がリスクを取らなくなる。よって固定給とボーナスの調整で、経営者をコントロールするのが望ましい。
・2つ目は、インセンティブ契約には短期の業績から報酬を決めるものと、長期のものがある。短期のものに年次の会計利益があり、長期のものにストック・オプション/譲渡制限付株式などがある。短期のみを採用すると、経営者は長期の利益を犠牲にし、短期の利益を追求するようになる(近視眼的行動)。短期と長期の併用が望ましい。※株主も長期保有するとは限らない。
・3つ目は、業績連動型報酬の測定尺度である。業績連動型報酬契約でエージェンシー費用を削減させるためには、業績の測定尺度が重要である。最も利用されているのが、会計利益/株価である。会計利益は経営者が恣意的に操作できるが、株価はそれができない。しかし会計利益は、経営者の努力と相関が強い。一方株価は、経営環境や仕手戦などの影響を受ける。測定尺度も併用するのが望ましい。
○報酬契約における会計の役割
・会計は報酬契約を通じてエージェンシー費用を削減し、企業価値を向上させている。これが会計の「契約支援機能」である。この機能に対しても、様々な実証研究が行われている。
・初期の実証研究では、会計利益と経営者報酬の相関関係に焦点が当てられた。また現金報酬(?)は株価より会計利益の方が関連性が高かった。ただし成長企業では、株価との関連性が高かった。これは成長企業は長期的な視点を重視するためだろう。また経営者の雇用期間が限定的な場合、研究開発費を削減し、利益を増加させていた。また株価に経営者以外のノイズが多く含まれる企業は、会計利益を重視していた。
○利益連動型報酬契約と利益調整
・利益連動型報酬契約は株主と経営者の利害対立を緩和し、エージェンシー費用を削減しているのが分かった。しかしこれは経営者に機会主義的な行動(利益調整)を誘発する可能性がある。会計基準が経営者に幾分かの裁量を認めているため、これが起こる。利益調整の初期の研究では、会計発生高が代理変数(?)として利用された。
・利益調整は将来の利益を現在に移行、あるいは現在の利益を将来に移行する手続きである。これは「会計発生高の反転」と呼ばれる。※素直に「利益損益の移行」にしたら。
・経営者報酬契約における経営者行動は「ボーナス制度仮説」と呼ばれる。初期の研究では、ボーナス制度を導入している企業とそうでない企業で、利益増加の手続きが選択されているかを検証した。結果、ボーナス制度仮説が支持された。しかし初期の研究には2つの問題があった。1つ目は、利益増加の手続きが確認されても、経営者の意図は確認できなかった。2つ目は、利益連動型報酬契約の有無は確認できても、契約内容は把握していなかった。
・これらの問題から「Healy」(1985年)は、第1に会計発生高に注目した。会計発生高は会計利益からキャッシュ・フローを控除、あるいは会計発生高の構成要素を加減する事で算定される。彼はこれを利益調整の変数として掲示した。
・第2に、彼は利益連動型報酬契約を詳しく調べ、ボーナスに連動させる会計利益指標に下限/上限が設けられている事を明らかにした(※大半の企業がそうなのかな)。会計利益が下限を超えると、一定の比率でボーナスが支払われ、上限に達すると、それ以上支払われなくなる。
・彼は会計利益が下限を下回っている企業は、利益圧縮(ビッグバス)が行われていると予想した。ボーナスが獲得できない時は、現在利益を将来利益に移行すると予想した。同様に会計利益が上限を上回る時は、上限を超える利益を将来利益に移行すると予想した。結果、この仮説が明らかになった。※結局、利益調整する。
<5.会計学の可能性>
・本章は会計学の実証研究を紹介した。「情報の非対称性」に起因する逆選択/モラル・ハザードを緩和させるため、会計情報の「意思決定支援機能」「契約支援機能」が期待されている。会計学は、この両機能を証券市場/契約で実証してきた。
第12章 デリバティブ価格の計算 白谷健一郎 ※本章は数学的で難解。
<1.はじめに>
・本章ではデリバティブの価格を計算する方法を説明する。デリバティブは原資産(株、為替、金利、コモディティなど)に基づいて価格が決まる金融商品で、先渡し、先物、オプションなどがある。これを研究する分野が「金融工学」「数理ファイナンス」である。
・デリバティブは必要不可欠な商品で、金融機関だけでなく事業会社や個人の投資信託などにも内包されている。デリバティブは確率論により価格やリスク指標が計算されている。デリバティブ価格の計算式は普及しているが、環境が常に変化しており、理論を正しく理解していないと、多額の損失を被る事になる。
・本章では基本的な考え方と計算方法を説明する。第2節で基礎的事項、第3節で1期間2項モデルでの計算、第4節でブラック=ショールズ・モデル、第5節でそのイメージを説明する。
<2.準備>
・本節では、確率/金利/デリバティブ商品を説明する。なお以降では原資産を株、満期は差金決済されるとする(※詳細条件は省略)。
○期待値、分散
・「期待値」は、得られる値の平均である。サイコロの場合、出た目の数を確率変数Xとすると、期待値E(X)=3.5になる。「分散」は得られる値と期待値との差の2乗平均である。サイコロの場合、分散V(X)=2.91・・になる。
○お金の価値と金利と時間
・1円を金利rで時刻Tほど預金すると単利の場合、預金残高B(T)=(1+rT)となる。1年n回複利の場合、預金残高B(T)=(1+r/n)^nTとなる。時刻tでの1円の価値を現在価値に変換する関数D(t)を「割引関数」と呼ぶ。これはD(t):=1/B(T)と定義できる。※:=は定義式。
○デリバティブ商品
・本項では代表的なデリバティブ商品を説明する。「先渡し」は、将来の定めた時刻(満期)に定めた価格で原資産を売買する契約である。満期時に差金決済されるペイオフは、市場価格S(T)-契約価格(先渡し価格)Kとなる。
・似た物に「先物」があり、取引所で売る側と買う側の双方に公平な価格(先物価格)で売買される。また「値洗い」と呼ばれる含み損益を調整する仕組みがある。
・「オプション」は将来、行使価格で原資産を売買する権利である。これは権利放棄できる。例えば満期時にS(T)>Kだった場合、買う権利(コール・オプション)を放棄できる。ただしオプション料を払う。オプションには複数の種類があり、本章では「ヨーロピアン・オプション」を扱う。これは契約時に満期/価格を決める。
・なお売る権利は「プット・オプション」と云う。この場合、満期でのペイオフは(K-S(T))⁺となる。※⁺はカッコ内が正の場合はその値、負の場合は0。
・「裁定取引」は、元手0で絶対損をしない取引である。しかしデリバティブは価格が動くので、前提として裁定取引ができないと仮定する。そのため時刻tにおいて、先渡し価値V(t)=コール・オプションの価値V(t)-プット・オプションの価値V(t)となる(プット・コール・パリティ)。※これは意味不明。価値とは何?誰にとっての価値?
<3.1期間2項モデル>
・本節は単純な「1期間2項モデル」を使用する。契約時(t=0)の株価は100円、満期時(t=T)の株価は2種類(160円、80円)とし、満期で株を120円で買うオプションとする。
○複製戦略を使った計算
・最初に「複製戦略」を考える。銀行預金x(金利は0とする)で、y単位の株のオプション投資(マイナスの場合は空売り)をする。時刻tで価値V(t)=B(t)x+S(t)yとなる(金利0なので、B(t)=1)。
・ペイオフで相殺するには、(160-120)⁺=x+160y(株価160円の場合)、(80-120)⁺=x+80y(株価80円の場合)の取引をすればよい。これを解くと、x=-40、y=0.5となる。※預金がマイナス、単位が0.5とは変な数字。
・この場合時刻0での価値は、V(0)=-40+100×0.5=10で、10円でオプションを売れば良い。満期Tで株価が160円になると、損失160-120=40円と借入金40円を、0.5株を売却(160×0.5=80円)して相殺できる。株価が80円になると、借入金40円を0.5株を売却(80×0.5=40円)して相殺できる。
・ただし複製戦略は1期間2項モデルでしか存在しない。またオプションを10円より高くすると、必ず利益が得られる。借入金は15円となり、160円になった場合でも、80円になった場合でも、5円の利益が得られる。
○リスク中立確率を使った計算
・モデルを複雑にすると、オプション価格の計算は大変になる。複製戦略以外に「リスク中立確率」がある。これは時刻Tでの株価S(T)の現在価値E(D(T)S(T))が、現在の株価S(0)と等しくなる確率である。
・これで複製戦略の時と同じ条件にし、160円となる確率をp1/80円となる確率をp2とする。金利=0より、D(T)=1となり、上記等式は100=160p1+80p2となる。p1+p2=1なので、p1=0.25、p2=0.75となる。
・「無裁定」と「リスク中立確率が存在する」は同値である事が証明されている。よってD(T)S(T)>S(0)が成り立つモデルでは、リスク中立確率は存在せず、無裁定でもなくなる。※現実はどうなんだろう。
・デリバティブの時刻0での価値Eは、リスク中立確率を使っても計算できる。E(D(T)(S(T)-K)⁺)=(160-120)⁺×0.25+(80-120)⁺×0.75=10。これは複製戦略と同じ結果になる。
<4.ブラック=ショールズ・モデル>
・本節は株価がブラック=ショールズ・モデルに従うとして、ヨーロピアン・オプションの価格を計算する。このモデルは「正規分布」に従っているため、本節は正規分布を説明する。
○正規分布
・平均μ/分散σ²の正規分布N(μ,σ²)は、以下の密度関数φで表せる(※大変複雑な式のため省略)。図3のグラフは、横軸が確率変数Xで、縦軸がその取りやすさを表している。正規分布は平均を中心に、左右が対象になる。分散σ²が小さいと、平均に集中する。
・正規分布での確率/期待値の計算には積分を用いる。正規分布N(μ,σ²)に従う確率変数Xがa~bの値となる確率P(a~b)は、密度関数φの積分になる(∫a~bφ(x)dx、※積分を無理やり~で表示、以下同様)。また確率変数Xを変数に持つ関数f(X)の期待値E(f(X))は、∫-∞~∞f(x)φ(x)dxとなる。
・それぞれが正規分布N(μ₁,σ₁²)/N(μ₂,σ₂²)に従う確率変数X₁/X₂の和は、正規分布N(μ₁+μ₂,σ₁²+σ₂²)に従う。※なぜここで確率変数の和が出てくるのか?
○ブラック=ショールズ・モデルにおける株価
・ブラック=ショールズ・モデルではリスク中立確率が一意に決まる。この場合、時刻Tでの株価S(T)=S(0)e^((r-σ²/2)T+σW(t))(式1)となる。金利rは連続複利で、W(T)は平均0/分散Tの正規分布N(0,T)に従う確率変数である(※Tは時刻なのでは)。σは「ボラティリティ」と呼ばれ、株価の変動の大きさを表す(※ニュースに出るボラティリティだな)。
○オプション価格の計算
・満期T/行使価格Kのヨーロピアン・コール・オプションの時刻tでの価値Vは、E(D(T)(S(T)-K)⁺)となる(※コールとプットの両方が記されているが、コールだけに限定。以下同様)。これはS₀φ(d₊)-e^-rT・Kφ(d₋)と変形できる(※d₊、d₋はなんだ?)。これが「ブラック=ショールズ式」である。
・ブラック=ショールズ式でオプション価格を計算する時、ボラティリティσ以外のパラメータは市場から得られる。しかしボラティリティはオプション価格の推移から推定できる。ボラティリティは満期/行使価格毎に推定されるが、これはブラック=ショールズ・モデルが現実を再現できていない事を意味する。これを補うため、ボラティリティを確率的に変動させている。
<5.ブラック=ショールズ・モデルの考え方>
○伊藤積分とブラック=ショールズ・モデル
・満期までの時刻をn分割すると、S(t₁)=S(t₀)+rS(t₀)Δt₁+σS(t₀)ΔW(t₁)となる(※Wが何者か理解していない。単に正規分布の確率変数?)。これは(時刻t₁での株価)=(現在の株価)+(株価のトレンドによる変動)+(株価のランダムな変動)を意味する。
・右辺第2項はリスク中立確率で考えると、時刻0でS(t₀)円預金し、その増額分と同じ額、株価も変動しなくてはいけない(※金利と株価の変動は一致?)。従って期待値E(D(t₁)S(t₁))=S(t₀)となる(※詳細省略)。右辺第3項は、サイコロのような「ランダムな変動」である。a~bが出る確率P=∫a~bφ(x)dxとなる(※詳細省略)。
・次に時刻tiでの株価S(ti)を漸化式にすると(※iは下付き文字、以下同様)、S(ti)=S(ti₋₁)+rS(ti₋₁)Δti+σS(ti₋₁)ΔW(ti)となる。よってn分割した時刻Tでの価格S(T)=S(0)+Σ1~nrS(ti₋₁)Δti+Σ1~nσS(ti₋₁)ΔW(ti)となる(※Σ(総和)を無理やり~で表示。以下同様)。
・積分が離散和の極限で定義されていた事から(?)、右辺第2項は、limn→∞Σ1~nrS(ti₋₁)Δti=∫0~TrS(t)dtとなる(※limを無理やり→で表示。以下同様)。
・右辺第3項も同様に、limn→∞Σ1~nσS(ti₋₁)ΔW(ti)=∫0~TσS(t)dW(t)となる。W(t)がtに関して連続な時、W(t)は「ブラウン運動」と呼ばれ、この積分は「伊藤積分」(確率積分)と呼ばれる。
・g(S(t)):=rS(t)、h(S(t)):=σS(t)と定義すると、S(T)=S(0)+∫0~Tg(S(t))dt+∫0~Th(S(t))dW(t)となる。伊藤積分は以下の「伊藤の補題」(※省略)が成立し、これをf(x)=log(x)として計算すると、ブラック=ショールズ・モデルの式1が算出される。
<6.おわりに>
・「ブラック=ショールズ・モデル」はヨーロピアン・オプションの価格の標準的な計算モデルである。しかし現実は不十分のため、様々なモデルが研究されている。この分野は、デリバティブ評価以外にも、事業収益/リスク管理/投資・運用手法/プロジェクトの価値評価などにも関係している。
あとがき
<1.経済学がキャリアを広げる>
・本書は経済学のエッセンスを紹介した。あとがきでは、経済学の専門職として働く事と、大学院に進む事の意義について述べる。日本では「大学院に進学=研究者になる」と思われるが、そうではない。世界では大学卒業後、就職し、改めて大学院に進学する事も多い。例えば博士号は、世界銀行/IMF/OECDなどの国際機関や、中央銀行/政府機関などで専門家として働くための必須条件になる。よって博士号は「運転免許証」みたいなものだ。巨大IT企業も博士号取得者を積極的に採用している。
・研究者にならなくても、大学院への進学は可能性を広げる。大学院で学ぶミクロ経済学/マクロ経済学/計量経済学のトレーニング・プログラムは確立している。経済学を大学院で学ぶ以外に、フリースクール/公共政策大学院で学ぶ事も出来る。フリースクールでは民間企業、公共政策大学院では官公庁の幹部候補が学んでいる。職業経験を経て、大学院で博士号を取得し、実社会で活躍する人も多い。
<2.どの様に学び始めるか>
・経済学では動機が重視される。動機の持ち方/問いの立て方/社会問題に対する考え方には、現実社会に触れ、教員・仲間との議論が重要になる。理論分析も実証分析も実際にやってみないと理解できない。
<3.専門的な学習>
・大学院の修士課程に進学するための準備を紹介する。必要なのは経済学/数学/英語/プログラミングである。授業には英語で行われ、英語で解答するものある。修士課程の「コアコース」は、ミクロ経済学/マクロ経済学/計量経済学で、1年目はこれに集中する。また線形数学/解析(微積分)/確率・統計の理解も必要になる。
・修士課程に進学するための書籍を紹介する。※ミクロ経済学/マクロ経済学/計量経済学/数学の書籍が紹介されているが省略。
<4.博士課程への進学>
・博士課程に進学するには、英語/線形数学/解析/確率・統計が必須になる。線形数学などは以下の文献で学んでほしい(※省略)。大学院への進学は研究者になるためだけでなく、キャリアへの道を開く事と伝えておく。