『キャンセルカルチャー』前嶋和弘(2022年)を読書。
米国の大統領選を意識した訳ではないが、それに深く関係する内容。
分極化する米国の現状を深く理解ができた。この要因は、アイデンティティ/選挙制度/メディアなど。
大変詳しいが冗長的で、終盤は推敲が行き届いていない感じ。
お勧め度:☆☆☆
内容:☆☆☆
キーワード:<はじめに>ブラック・ライブズ・マター、公平性、<キャンセルカルチャー>像撤去、トランプ、ポリティカル・コレクトネス、ラシュモア山、公民権運動、南北戦争、<多様性>批判的人種理論、デリック・ベル、1619プロジェクト、<政治的分極化>2000年大統領選、フロリダ州、選挙人制度、保守派/リベラル派、自由、リバタリアン/新自由主義、共和党/民主党、<文化戦争>妊娠中絶、プロチョイス/プロライフ、コロナ対応、選挙産業、選産複合体、選挙制度、民主主義、<メディア>脱真実、選択的接触、フィルターバブル、ラッシュ・リンボウ、FOX NEWS/MSNBC、フェイク、陰謀論、インターネット、<ヘイトクライム>リンチ、エメット・ティル、ヘイトクライム規制法、アジア系、州の独自性、<銃規制>ブレイディ法/アサル・ウェポン規制法、銃を持つ権利、全米ライフル協会(NRA)、<キャンセルカルチャー>プーチン、ウォーク、カレン、権利拡大、MeToo運動/タイムアップ運動、人口動態
はじめに
・今は平等性・公平性・多様性などに敏感で、人種問題・ジェンダー平等などの意識が大変高い。2020年ブラック・ライブズ・マター(BLM)運動は全米だけでなく、世界に広まった。しかし米国では、これへの反作用があり、BLMの参加者を「暴徒」と呼び、警察の強化が要望された。
・この改革に対する反発は、以前から保守派に見られる(※保守/保守派/保守層/保守側の記述があるが、保守派で統一。リベラルも同様)。争点は「公平性(エクイティ)とは何か」である。BLM運動により「建国の父祖」であるジョージ・ワシントン/トーマス・ジェファーソンらの銅像が倒された。彼らは奴隷を所有していたからだ。
・平等性・公平性のために歴史・文化・習慣を見直す行為が「キャンセルカルチャー」である。この行為を強く批判し、保守派から喝采されたのがトランプ前大統領だ(※その2020年彼は大統領選で敗れる)。この作用・反作用が強まり、米国の分断が深まっている。
第1章 キャンセルカルチャーとは
・「キャンセル」の意味が変わりつつある。40年前は軽い言葉だったが、今は価値観の変化や多様性の包摂に取り残された保守派の強い怒りが込められている。
○偉大だった大統領
・サウスダコタ州のラシュモア山に、4人の大統領(ワシントン、ジェファーソン、エイブラハム・リンカーン、セオドア・ルーズベルト)の胸像がある。ワシントンは独立戦争(1775~83年)を戦い、初代大統領(1789~97年)に就く。ジェファーソンは独立戦争中の1776年、独立宣言を起草している。リンカーン(在1861~65年)は南北戦争に勝ち、国家統一を死守した。ルーズベルト(在1901~09年)は独占禁止法/自然保護などの改革を行った。ジェファーソンは人権・民主主義の代名詞であり、彼の理念は世界の憲法に影響を与えている(※詳細省略)。
○堕ちた英雄
・しかしワシントン/ジェファーソンは大地主で、奴隷を所有していた。そのため彼らへの批判が高まっている。特にジェファーソンは言行不一致で、奴隷を所有しているのに、「奴隷輸入禁止法」に署名した。さらに奴隷に7人の子供を生ませている。2020年BLM運動は本格化するが、この年の6月、オレゴン州ジェファーソン高校にあるジェファーソンの銅像に「奴隷所有者」「ジョージ・フロイド8:46」と落書きされる。「8:46」はジョージ・フロイドが首を閉められていた時間である。
・彼だけでなく、ワシントン/リンカーン/ルーズベルトの銅像も引き倒しの対象になった。リンカーンは奴隷制を廃止した人物である。しかし平等性・多様性や先住民に対する態度から対象になった。リンカーンの台座には「ダコタ38」と落書きされた。これは米史上最大の処刑(ダコタ族38人が絞首刑)による。
・ルーズベルトは優生学を信奉し、「先住民はいなくなるべきだ」と発言している。自然史博物館に彼が先住民とアフリカ人の男性を引き連れた像があり、2021年この像の撤去が決まる。
○コロンブスも
・これらの大統領の像の撤去は、人種差別の歴史の見直しである。さらに大陸を発見したコロンブスも対象になり、幾つかの像が壊された(※詳細省略)。
○奴隷制という暗黒の歴史
・米国にとって奴隷制は原罪となった。2021年南北戦争で南部連合を率いたロバート・リー将軍の像も撤去された。彼は奴隷制の象徴で、以前からエクイティ(公平性)の観点から撤去の声があった。連邦議会でも黒人に差別的な言動をした人の像を撤去する法案が提出された。下院は民主党が多数を占め、285対120で可決されるが、上院では審議されていない。
○キャンセルカルチャーに対する総攻撃
・歴史の見直しに異議を唱えたのがトランプである。2020年7月4日彼はラシュモア山で集会を開き、「建国の父祖」らの前で、「これはキャンセルカルチャーだ」と批判する(※詳細省略)。当然この日は独立記念日だ。これを機に、キャンセルカルチャーの言葉も広まる。
○キャンセルの語源
・「キャンセル」は止めたり、否定を意味する。これは黒人のコミュニティで使われ、軽い言葉だった。それが今は「文化を潰す」(キャンセルカルチャー)の重い言葉になり、強い怒りが込められている。
○ポリティカル・コレクトネスへの逆襲
・この保守派の怒りは、リベラル派の「ポリティカル・コレクトネス」(政治的公平。※以下ポリコレ)が前提だ。このポリコレは人種・宗教・ジェンダーの違いによる差別・偏見の是正を指す。1960年代公民権運動などで意識改革が進み、1980年代ポリコレが社会に浸透した。これに対し、ビル・ベネットの反発などがあった(※『政治的に正しいおとぎ話』などを解説しているが省略)。
○的外れのキャンセルカルチャー批判
・トランプにより「キャンセルカルチャー」の言葉は浸透し、保守派は「ポリティカル・コレクトネス」から「キャンセルカルチャー」に言葉を変えて、リベラル派への批判を強めた。彼らは「少数派の意見が大き過ぎる」「歴史的人物を攻撃し、抹殺するのか」「企業・書き手が自己検閲し、文化がしぼむ」「正しい社会はいらない」などと批判した(※「ウォーク」(意識高い系)を解説しているが省略)。米国には依然差別があり、これを是正しようとするリベラル派と保守派の対立が深まっている。※ある意味、既得権益者とそうでない者の対立だな。
○ラシュモア山は差別の象徴
・キャンセルカルチャー批判が的外れな事を、ラシュモア山で解説する。この地は先住民の聖地で、19世紀に先住民と白人の激戦になる。結局金が発見され、白人が奪い取る。トランプや保守派は、ここを「合衆国の歴史の聖地」とした(※よくある話だな。大阪城もそんな感じだ)。これは先住民には、許し難い差別の象徴になっている。
・この山に先住民のリーダー「クレイジー・ホース」の胸像を彫る事業があるが、進んでいない。1971年先住民の権利を訴える「アメリカ・インディアン運動」(AIM)のメンバーがこの山を占拠し、山の名前をクレイジー・ホース山に改名すると宣言した。AIMも、1960年代の公民権運動から生まれた。公民権運動は「ブラックパワー」(黒人解放)、「ブラウンパワー」(ヒスパニック系解放)、「レッドパワー」(先住民解放)などに分かれる。
・先住民は法廷闘争も続けている。1980年連邦最高裁は「ラシュモア山一帯において、先住民は正当な補償を受けていない」と判決する。しかし先住民はラシュモア山一帯の完全返還を求めている。先住民はラシュモア山でのトランプの発言に猛反発する。7月4日は先住民の自由が奪われた日でもある(※前日に先住民が道路封鎖したが、この話は省略)。
○米国社会は大きく変化
・保守派のキャンセルカルチャー批判の背景に、米国社会の多様化がある。1963年キング牧師が「ワシントン演説」を行った。彼は人種差別を訴えたが、今はほぼ解消されている。
・先進国の出生率は低いが、米国は移民により、OECD加盟国で最も高い人口増加を続けている。これは強い米国の源泉になっている。人口の15%は外国生まれの移民で、起業家の25%も移民だ。さらにユニコーンの創業者になると44%が移民だ。
・ジェンダー平等も進んでいる。ワシントンにアムトラック(長距離鉄道)のユニオン駅がある。かつては久し振りに再会する男女のカップルが多かったが、今は同性のカップルが目立つ。2015年連邦最高裁は、同性婚を禁止する全州の法律を違憲とし、同性婚を合法とした。
○人種間のエクイティを目指す
・2020年ジョー・バイデンは「より良い形での立て直し」を公約とし、経済政策にも人種マイノリティに対する教育・福祉・介護を盛り込んだ。彼は「エクイティ」(公平性)を目指している。インターネットでは「エクイティ」(公平性)と「イコーリティ」(平等性)の違いを説明する絵が拡散した(※詳細省略)。※大学入学で黒人などに下駄を履かせるせるのは平等に反し、行き過ぎとの主張を聞いた事がある。
・「犯罪は黒人が犯す」とのステレオタイプがある。警察の職務質問も圧倒的に黒人などのマイノリティが多い。BLM運動はこの解消も求め、警察改悪が進んでいる。
○過去の歴史の清算
・エクイティを求める声は世界に広がっている。これは歴史の見直しであり、キャンセルカルチャーそのものだ。またセクシャルハラスメントが明らかになった著名人も糾弾されている(MeToo運動)。日本でもオリンピック組織委員会の会長などが辞任している。これらは公民権運動のボイコット運動(?)と似ているが、今はソーシャルメディアにより、拡散するスピードが全く異なる。
○保守派の苛立ち
・これらの社会変化に保守派は取り残され、キャンセルカルチャー批判を始めた。歴史の評価を修正主義とし、平等性の追求を独善的とした。都市部では民主党が支持され、BLM運動は盛んだが、共和党を支持する地域はそうではない。トランプは「野蛮な運動から法と秩序で人々を守る」と宣言する。この様にリベラル派と保守派の隔たりは大きい。
○南北戦争の見方
・南北戦争(1861~65年)の見方も大きく異なる。これは奴隷制廃止を迫る北軍に、南軍(米連合軍)が蜂起した。これは内戦を意味する「Civil War」と表記される。米国史上最大の死者(60~80万人)を出し、第二次世界大戦の40万人を超える(※そんな大戦争だったのか)。リンカーンは「正しい勝者」とされ、国家の危機を救った偉大な大統領となった。議会と折衝し、奴隷制を廃止した。これらから人気No.1の大統領である。一方敗れたリー将軍は「賊軍の長」となった。
・ところが南部では別の見方がある。南部ではリー将軍の像を所々で見るし、南軍の旗が公的な場所に掲げられる。当時南部の経済は奴隷を用いたプランテーションで支えられた。そもそも奴隷制が社会に組み込まれていた。所有物だった奴隷が、人権が理由で奪われた事になる(※160年前の話だけど)。南部には「自分達の生活を守ろうとした人が侮辱されるのは耐えられない」と言う人がいる。
○黒人から見た南北戦争
・しかし抑圧された黒人からすれば、「キャンセルカルチャー批判」「ポリコレ疲れ」は不当でしかない。リー将軍像も人権を無視した白人による抑圧の歴史で、撤去は必然だ。2017年バージニア州シャーロッツビルでの撤去で衝突が起き、死亡者が出る。この時トランプ大統領は当初は「人種差別は悪」と発言したが、後に「白人至上主義者と反対派の双方に非がある」と言葉を変えた(※撤去の賛成派だが、人種差別・奴隷制の反対派かな)。
○歴史の政治化による分断
・なぜ今、奴隷制が問題になるのか。奴隷制が廃止されたのは150年以上前で、公民権運動により法的に解消されたのは50年前である。しかしBLM運動にある様に、人種問題は心の問題で、近年経済・社会における「政治的分極化」が極まっているからだ。保守派/リベラル派それぞれの結束が強まり、分断が深まっているからだ(※蒸し返されている感じかな)。「トランプが分断を深めた」との言説は間違いだ。40年間で徐々に深まり、オバマ政権/トランプ政権で一気に噴出した。
・保守派は増々保守党支持を強め、リベラル派は増々民主党支持を強めている。この両極による均衡状態により、様々な政治的な争点が生まれている(※これを均衡と言うかな)。リー将軍像撤去などの歴史や世界観の対立を「文化戦争」と呼ぶ。1990年代のポリコレと今のキャンセルカルチャーは分断の度合いが異なり、文化戦争はより激しくなっている。
第2章 多様性に対するアレルギー
・キャンセルカルチャーは政治的争点を生んでいる。その中心が「批判的人種理論」(CRT)である。これは差別を研究するアプローチで、長年定着していた。ところがこれを保守派が批判する様になった。CRTに沿って「1619プロジェクト」が纏められるが、保守派はこれをバッシングしている。
○批判的人種理論の提唱者
・CRTは「差別の背景に社会制度がある」とする。これは1970年代に弁護士・大学教授のデリック・ベル(※1930年~)が唱え、法学者の間で広まった。彼はCRTの体現者で、大学でも講義する。最も有名な書籍は『人種、人種差別と米国法』(1973年)である。私(※著者)は米国の大学院に留学したが、「米国の司法政治」の教科書の1つだった。彼は「人種差別は永続する。人種平等への憧れは幻想」と主張する。
・例えば彼はリンカーンの評価が高すぎると指摘する。南北戦争は南部2州が合衆国軍(連邦軍、北軍)と戦った内戦で、米国史上最大の死者を出した。この核心は奴隷制だった。北軍が勝利し、1963年「奴隷解放宣言」により400万人の奴隷が解放される。しかし彼は奴隷解放宣言に意味はなかったとする。それは奴隷は実際には解放されなかったからだ。また北部の多くの州は、既に奴隷制を廃止していた。
・南北戦争前(1857年)に奴隷の地位を争った連邦最高裁の判決がある(ドレッド・スコット事件)。スコットはミズーリ州に住む奴隷だったが、自由州のイリノイ州に移住する。その後ミズーリ州に戻り。スコットは「自由人」になったと訴訟を起こす。しかし最高裁は「奴隷は所有者の財産」と判決する。この事件に対しベルは「当時の判事は人種差別主義者だった」と一刀両断する。彼は「黒人の権利が拡充されるのは、白人の利益になる場合のみ」(利益収斂理論)を主張する。※黒人をベトナム戦争に参加させるため、公民権を認めたなどかな。
・50数年前まで南部では異人種間の結婚・同棲が禁じられていた。1960年代半ば最高裁がこれらの州法を無効とした。しかしこの判決後も、若者は異人種間の結婚などを受け入れなかった。※慣習は間単には変わらないかな。
○ベルの教科書
・1990年代私はワシントンに住み、ベルの教科書も学んだ。当時ワシントンの人口の7割が黒人で、「チョコレートシティ」と呼ばれた(※この辺は知らなかった。首都なのに何故だろう)。黒人の富裕層もいて、学校・職場での人種融合も常識だった。訪れたのもニューヨーク/シカゴ/ロサンゼルス/サンフランシスコなどのリベラル派な街だった。そのため彼の教科書は、時代遅れの「1970年代の昔話」と思っていた。
・ところが南部・中西部を訪れると、白人と黒人が住み分けていた(※詳細省略)。これらの地域は彼の教科書そのものだった。2002年に帰国し、その後も米国を訪れたが、これらの地域は依然変わっていない。一方リベラル派な大都市では、人種融合だけでなく性的マイノリティの平等なども進んでいる。
・今のワシントンはさらに変化している。人口が増え、黒人の割合が4割に減り、白人が4割になった。地価の高騰で、黒人はダウンタウンから郊外に移っている。街は清潔になり、人懐っこさが薄れている気がする。
○批判的人種理論の根本
・ベルの話に戻す。彼は多くの文献を書いているが、共通するのは社会制度に組み込まれた人種差別だ。白人は有益かコストが掛からないと認識し、黒人の雇用・大学入学を促進した。一方白人が損失したり、動揺すると考えられる場合は差別を継続した。そのため異人種間の関係、雇用における差別、住宅を借りる際の差別などの制度は継続された。彼は法律・社会制度・政策により差別が継続されているとした。
・彼が先鞭となり、CRTを研究する学者が生まれる(※複数人列挙するが省略)。南北戦争で奴隷制は廃止されるが、隔離政策は続けられた。性的マイノリティ/女性も同様の状況だ。彼の利益収斂理論に従えば、BLM運動の限界が見える。彼は「黒人の法的・社会的地位が認められたのではない。反差別が社会に受け入れられ、企業がイメージアップを図っただけだ」と主張するだろう。
・2020年BLM運動が唐突に起こったが、この結果は今の段階では評価できない。※トランプ再選を拒む運動だったかな。
○行動の人
・人種差別は心の問題である以上に社会の問題である。そのためベルは制度を変える必要があると考え、行動を起こした。1950年代末、彼は司法省の公民権部に採用される。彼は黒人弁護士で、将来を嘱望された。しかし間もなく彼が「全米有色人地位向上協会」(NAACP)に所属している事が問題になる。退会を求められるが、信念を貫き、司法省を辞める。彼は公民権運動の中、様々な訴訟で弁護士を任される。※キング牧師は知っているが、彼は知らなかった。彼が運動を支えたのかな。
・1960年代に大学教授になり、1971年ハーバード大学法科大学院でテニュア(永久職)を得る。彼の教え子にバラク・オバマがいる。オバマが演説する彼を紹介する映像は、何度も流された。しかし彼は同大学のテニュアに女性がいない事に抗議し解職され、ニューヨーク大学に移る(※詳細省略)。
・私は彼の晩年の講演を聞いている。彼を過激な人と思っていたが、温和だった。ただ人種問題になると、厳しい目で語った。彼の生きざまは、CRTと一致する。1954年「隔離は不平等」(ブラウン判決)が出るが、制度変更のペースは遅かった。そのため彼は行動を続けた。
○1619プロジェクト
・米国の小中高等学校の教材に「1619プロジェクト」がある。これはCRTを具現化したものだ。これは、1619年に初めて黒人奴隷が北米に上陸した事による。プロジェクトのサイトには、「私達の物語を語る時が来た」「奴隷制度と黒人の貢献を国の発展の中心に置き、歴史の再構築を目的とする」とある。
・プロジェクトは元々はニューヨーク・タイムズの企画で、当紙の人気コンテンツになる。様々なエッセイ/詩/写真/短編小説/動画が蓄積され、イベントやポッドキャストで公開されている。掲載されたエッセイのタイトルは「プランテーションまで遡れる米国資本主義の残虐性」「身体的人種差の誤った信念がいかに今日も医学に生きているか」「2019年の反動的な政治が奴隷政治に負っているもの」「なぜみんなブラックミュージックを盗むのか」などである。これらは分かり易く、学校の歴史の参考資料になった(※新聞企画から教科書か。こんな事があるんだ)。NAACPや優れた報道を検証するピューリッツァー・センターが、プロジェクトを支援している。
○プロジェクトの生みの親
・プロジェクトの生みの親は、当紙の黒人記者ニコール・ハンナジョーンズだ。2020年プロジェクトはピューリッツァー賞を受賞する。彼は『The 1619 Project』を書き、歴史の教科書や児童書に黒人が登場しない事を訴えている(※子供の時『アンクル・トムの小屋』『ルーツ』は見た)。彼は「南北戦争は英国の奴隷制廃止の反動で、一部の入植者が奴隷制を維持するため」としている。「米国史は人種差別の繰り返し」とし、「批判的人種理論」(CRT)と同じ考えである。
○波及と共に目立つ非難
・CRTにより様々な差別が是正されるのは素晴らしい事だ。かつてCRTは大学で学ぶ内容だったが、小中高等学校に波及している。そのため、これに対する反発も起きている。2020年夏頃から保守派による攻撃が激しくなる(※大統領選が背景かな。しかし今回(2024年)は人種差別問題を余り感じない)。これも「キャンセルカルチャー批判」の一角で、リベラル派と保守派の分極化による。多様性の包摂を進める事に対する賛否が、「文化戦争」として表れている。多様性重視に取り残された保守派の反発が強まっている。
○保守派からの総攻撃
・2020年秋、保守派によるキャンセルカルチャー/CRTへの総攻撃が本格化する。トランプは連邦政府内でのCRTによるトレーニングを禁止した。南部・中西部でもCRTに基づく教育を禁止し、図書館では陳列する書籍を制限している。この様にCRTは政治対立に変貌した。
・プロジェクトに対しても反発が起きる。ジェファーソンが独立宣言に「平等」を記したからこそ、奴隷制が廃止され、公民権運動も進んだとの見方があった。また「イデオロギーの優先は分断を深める」「人種問題の政治化」との批判もあった。2020年7月共和党の上院議員が、プロジェクトに沿った教材を使う小中学校への補助を禁止する法案を提出する。これによりプロジェクトの名前が全米に広がる(※詳述されているが省略)。
○教育現場への政治的介入
・CRTは50年近く研究されていたのに、なぜ急に注目される事になったのか。切っ掛けは保守派が好む「フォックス・ニュース」で保守派の作家が、「政府職員に多様性を強要するトレーニングが行われている。CRTが連邦政府に浸透している」と批判した事に始まる。南部・中西部の白人が多い学校では、親から「白人そのものが差別的というのか」「罪悪感を持てというのか」などの苦情が殺到する。共和党はCRTに異論を唱え、支持層を強固にしている。さらに共和党は「教育現場での自由を守る」と唱え、CRTをやり玉に挙げる。これは共和党と民主党の激戦州でも行われる。「批判的人種理論に反対する親の会」も結成された(※詳述されているが省略)。
○奴隷制という原罪
・米国は奴隷制を原罪とする。しかし移民国家ゆえに差別を完全になくす事は難しい。人種的に多様な大都市では、CRTは受け入れられる。一方白人が多い南部・中西部では「自分達が悪者にされる」「白人差別」となる。フロリダ州知事ロン・デサンティスは「子供に読み書きでなく、憎しみを教えている」と述べる。
・CRTへの批判は広がるだろう。しかし多様な社会を作るためには重要である。しかしCRTは分断を深める要因になり、保守派とリベラル派の対立は政治化している。この分極化は当面続く。※今は多様性・包摂性の踊り場なのか、転換点なのか。
第3章 大統領選に見る政治的分極化
・多様性が重視されれば、それに対する反発も強くなる。この強まる分断を、2000年大統領選での保守派とリベラル派の対立で確認する。※直近の2020年ではないのか。
○露呈した分断
・米国を説明するのに「分断国家」が使われる。分断が世界に露呈したのが、2000年の共和党ジョージ・W・ブッシュと民主党アル・ゴアによる大統領選だ。この選挙でフロリダ州の結果が再集計された。さらにゴア側が再々集計を訴えたが、連邦最高裁が棄却する。
○フロリダ州
・投開票日(11月7日)、私はワシントンで票の行方をテレビで見ていた。米国の大統領選はネブラスカ州・メイン州を除き、「ウィナー・テイク・オール」(勝者総取り)だ(※変則もあるんだ)。選挙前から激戦州(スイングステーツ)のフロリダ州の結果が雌雄を決めるとされた。この選挙で生まれたのがブルーステーツ/レッドステーツだ(※詳述されているが省略)。
・米国でも事前取材・出口調査を基に、メディアが「確定見込」を出す。当日午後8時前、NBCは「フロリダ州はゴア」と確定を打った。CBCなども同様に打った。米国は東海岸と西海岸で3時間の時差があり、投票が終わる東部時間の9時頃から選挙結果を伝える。1996年の選挙では、9時には「クリントン勝利」と報じた。一方今回は激戦で、10時になっても確定が出なかった。この時テイム・ラッセルは「残る全州でブッシュは全勝しないといけないが、フロリダ州が覆ると一変する」と言う。さらに「フロリダ州は未集計の地区がある」として、ゴアの確定を取り消す。
・翌朝2時、NBCは「フロリダ州はブッシュ勝利」とし、ブッシュ次期大統領の確定を打つ。各局はブッシュの組閣などに話を移した。4時フロリダ州の得票差が1.1万票と僅差のため、再集計になると伝える。※経過を詳述しているが大幅に省略。
・今回の放送はドタバタだった。これはフロリダ州の支持者が拮抗していたからだ。これが米国の縮図だ。
○パンチカード式が招いた混乱
・フロリダ州の得票差は1784票に過ぎなかった。旧式のパンチカード式投票機が使われたのが問題だった。そのため穴が貫通していなかったり、二人の間に穴が空いていたりした。判定に虫眼鏡を使う時もあった。再集計の結果、得票差は537票にさらに縮まる。ゴア側は再々集計を求めるが、連邦最高裁が差し戻し、ブッシュの勝利になる。ブッシュは一般投票で54万票少なかったが、選挙人で5人上回った。これは112年振りの珍事だ。
○進む分断
・その後も分断は進む。2016年大統領選でもトランプは一般投票で286万票少なかったが、選挙人は77人も上回った(※共に共和党候補で、共和党に有利な選挙制度かな)。逆転現象が起きる原因は、選挙戦術が巧みになったからだ。勝敗が明白な州では選挙運動をせず、激戦州に注力する様になった。かつては民主党支持者がレーガンに投票する「レーガン・デモクラット」があったが、「トランプ・デモクラット」「バイデン・リパブリカン」はいなくなった。
○トランプ時代に分断が極まる
・トランプの支持率は41ポイントで、戦後最低となった。しかし共和党支持者からはスーパーヒーローだ。2020年10月(大統領選直前)の世論調査で、彼の支持率は46%だった。共和党支持者は95%(過去最高)、民主党支持者は3%(過去最低)で、その差は92ポイントもあった。米国は共和党支持3割、民主党支持3割、無党派3割である。無党派の内、共和党寄り3割、民主党寄り3割で、9割近くが政党に思い入れがある。
・トランプ政権は、多様性・人種平等などのリベラル派が望む政策を無視した。一方で規制緩和・減税/保守系判事の任命/国境の強化などの保守派が望む政策を推し進めた。政党別の支持率は広がり続けている。支持率の差は、オバマ政権は70ポイント(民主党支持者83%、共和党支持者13%)、ジョージ・W・ブッシュ政権は61ポイント(共和党支持者85%、民主党支持者24%)、ビル・クリントン政権は55ポイント(民主党支持者82%、共和党支持者27%)、ジョージ・H・W・ブッシュ政権は38ポイント(共和党支持者82%、民主党支持者44%)だ。それ以前の政権は、20~30ポイントしかない。※正に分極化だな。
○南北戦争前夜
・2020年11月3日大統領選でトランプは選挙人232対306で敗れる。その選挙人が12月14日投票する。選挙人は一般投票の前に各党の州支部が決める。これを選挙人制度という。基本選挙人は一般投票の結果に従うが、2016年大統領選では7人が従わなかった(誠意なき選挙人。※そんな事もあるんだ)。さらに1月の議会承認で大統領が決まる。
・この2ヶ月間でトランプは結果を覆そうとした。一般投票後、「投票機が不正だった」「投票用紙がなかった」などのデマを流す。さらに選挙人を共和党支持者に替えようとしたが、効を奏さなかった(※詳細説明なし)。最後の議会承認もターゲットにする。1月6日トランプ支持者が議会に侵入し、承認を止めようとした。議会襲撃前、ワシントンに集まった支持者に「弱腰では国を取り戻せない。強さを見せなければいけない」と煽った。隣接するバージニア州の州兵が暴徒を議会から追い出し、選挙結果が深夜に承認される。この事件で支持者に死者が出て、責任を感じた議会警察官が自殺する。
・1月中旬の世論調査で彼の支持率は34%に下がる。しかし共和党支持者82%、民主党支持者4%で、共和党支持者からの信頼は変わらなかった。この分断の激しさを歴史学者は「南北戦争前夜」と表現した。
○バイデンとトランプの共通項
・バイデン政権発足直後の支持率は57%で、民主党支持者98%/共和党支持者11%だった。この差は90ポイントから87ポイントに縮まるが、依然分極化は収まらなかった。
・政権発足後100日間はハネムーン期間と呼ばれ、支持率が高い期間である。5月のバイデンの支持率は54%で差は84ポイント、同じ時期のトランプの支持率は38%で差は76ポイントである。従ってバイデンになり、差はさらに広がった。2022年4月のバイデンの支持率は41%で史上最悪に並ぶ。これはリベラル派はバイデンを支持するが、保守派が蛇蝎の如く嫌う事による。
○政治的分極化
・この現象を政治学では「政治的分極化」と呼ぶ。これは両党の議員・支持者の立ち位置が離れるだけでなく、両党の同質性が高まる現象である(※分断は聞き慣れていたが、分極の方が適切だ)。分極化は1960年代に始まり、2000年大統領選で顕著になり、その後両党の対立はさらに深まった。
・NPOビューリサーチセンターは長い年月、「政治的立ち位置」の世論調査をしている。10の設問は、①政府の役割、②ビジネスの規制、③貧困者の見方、④貧困者支援、⑤黒人対応、⑥移民対応、⑦企業の利益、⑧外交・安保、⑨環境、⑩同性愛だ。①で「政府は無駄遣いし、非効率」と考える人は保守派、「政府は上手くやっている」と考える人はリベラル派になる(※各設問の例を説明しているが省略)。最初の1994年の調査では、共和党支持者と民主党支持者の立ち位置はかなり重なっていた。しかし2017年の調査では重なる部分が少なくなった。
○妥協できない議会
・米国の社会・政治・生活は二元論になり、異なる政党・議員を否定する。保守派はコロナによる失業対策を「無駄遣い」とし、性的マイノリティ支援も「キリスト教への挑戦」とする。50年前は穏健派議員が両党で160人いたが、今は20人しかいない。共和党議員は南部出身の白人ばかりになり、民主党議員はマイノリティ(黒人、ヒスパニック、アジア太平洋)ばかりになった。
・議員の法案投票から保守的かリベラル的かを測る指標「DW-NOMINATE」がある(+1保守的~-1リベラル的)。下院議員で50年前と今を比べると、民主党は-0.31から-0.38に、共和党は0.25から0.51に分極化が進んだ。
○棲み分け
・支持者も「棲み分け」が進んだ。多くの州で政治風土/人種構成/産業・所得/宗教から、どちらの議員が勝つか決まっている。この棲み分けが決まっていない州が、ウィスコンシン州/ノースカロライナ州/フロリダ州/アリゾナ州/ペンシルベニア州/ミシガン州/オハイオ州/テキサス州/アイオワ州/ジョージア州/ネバダ州だ。
・分極化が進んだ理由は、①政党と支持者の変化、②選挙制度の大改革(?)と選挙産業の発展、③党派性の強いメディアの台頭、④インターネットの普及などがある。本章で政党と支持者の変化、次章で選挙産業の発展、次々章でインターネットを解説する。
○保守派とリベラル派
・分極化の最大の理由は政党と支持者にある(※当然人が判断した結果なので)。そこで「保守派」「リベラル派」は何なのか。保守派/リベラル派は共和党/民主党の方向性とどう関係しているかを解説する。どの民主主義国にも保守派/リベラル派(革新)の対立がある。ただし争点は国によって異なる。日本は、憲法9条/選択的夫婦別称/原発再開などが争点になる(※詳細省略)。
・米国では経済政策/価値観が異なる。政府が経済にどれだけ関わるのかが異なる。保守派は「小さな政府」が基本で、政府の経済への干渉をできるだけ少なくする。ただしスタートラインまでは支援するので、無政府主義ではない(※大学の授業料は高く、政府がスタートアップを支援しているとは聞かないが)。「レーガノミクス」がこの代表だ。第二次世界大戦後、米国経済は弱体化するが、減税により経済成長させた。
・一方リベラル派は政府のリーダーシップを志向する。平等が目標で、所得再分配が主要な経済政策になる。大恐慌後に大統領になったフランクリン・ルーズベルトの「ニューディール政策」が代表する。貧困・社会福祉に対しても政府が解決しようとする。
・保守派からは、リベラル派の方向性は「無駄遣いする大きな政府」となる。逆にリベラル派からは、「保守派の規制緩和は、格差を拡大する弱者切り捨て」となる。これは新自由主義への批判に似る。
・キリスト教へのスタンスも異なる。保守派は福音派に代表される様に、同性婚/妊娠中絶に反対する。リベラル派はキリスト教にとらわれず多様性を重視し、これらに賛成する。
○自由の変遷
・米国に不可分の理念である「自由」についても整理する。米国には王政がなく、生まれながら自由主義社会だった。これを「古典的リベラリズム」と呼ぶ。この上下関係が少ない中で発展した。「大統領閣下」(ミスター・プレジデント)は「大統領さん」である。米国でタクシーに乗ると、運転手が気軽に話し掛けてくる。英国人はこれに面食らう。米国は平等だからだ。
・1950年代、新しい「自由主義」が生まれる。米国は豊かになり、貧困国を援助した。しかし国内に黒人差別/貧困は残っていた。これを解消する所得再分配や公民権運動が今のリベラル派である。つまりリベラル派は自由主義より平等主義に近い(※自由主義<平等主義<公平主義の順で平等が強まるかな)。リンドン・ジョンソン政権(在1963~69年)はリベラルを掲げたが、簡単には実現しなかった。一方黒人・人種マイノリティへの支援を不公平とする自由主義も生まれた。これが「リバタリアン」である。彼らは「小さな政府」を主張し、レーガン政権以降、保守派の潮流になっている(※リベラルとリバタリアンは対立する)。日本では平等主義のリベラル派を革新と呼び、保守派が主張するリバタリアンを「新自由主義」と呼ぶ。
・リバタリアンが保守派の根本思想になり、これに宗教保守の価値観が加わった。さらにトランプの国際協調を控える「米国第一主義」が加わった。
○政党という世界観
・共和党・民主党の方向性も変化している。米国では政党を通し世の中を見るので、政党は世界観そのものだ。日本も保守派(自民党)と革新(立憲民主党)に分かれるが、立憲民主党の議席は20%しかない。一方自民党は過半数を超え、多様な派閥の集合で、世界観も多様である。米国ではこれに人種などのアイデンティティも絡んでいる。1990年代までは両党の重なる部分が多かったが、一気に少なくなった。これは政治家の鈍化で、政治的分極化が進んだ(※鈍化と解説するのは初めてだな)。
○政党再編成
・政党の変容を「政党再編成」という。米国は個々のアイデンティティ/世界観と政党が一致する。従って政党再編成は棲み分けが変わった事を意味する。政党再編成の起源は1960・70年代で、公民権運動/反文化運動と移民の影響による(※反文化運動の説明は一切ない。移民はヒスパニックの増加があるかな)。1980年代までは民主党に投票する白人もいた。
・南北戦争の時代は北部が共和党支持で、南部が民主党支持だった(※リンカーンは共和党)。1930年代(ニューディール政策)以降は、北東部の一部が民主党支持になり、南部の民主党支持は残った(※フランクリン・ルーズベルトは民主党)。80年代白人の地位が相対的に低下し、宗教保守が共和党に流れていった(※公民権運動が根付いたのかな)。これにより北東部/カリフォルニア州/ハワイ州が民主党、南部・中西部が共和党の棲み分けとなった。民主党=リベラル派、共和党=保守派に分極化した。
・共和党の強固な支持層がキリスト教福音派で、「小さな政府」を求める。一方民主党の支持者は政府に社会改革を求める(※この辺り繰り返しで省略)。大統領選の投票率は6割だ。両党をそれぞれ国民の3割が支持し、これを固めるのが最重要になる。後は無党派を、どれだけ取り込めるかになる。
○アイデンティティと分断
・アイデンティティが政治的分極化の要因になっている。民主党=都市/共和党=田舎、民主党=世俗的/共和党=宗教保守、民主党=人種的多様性/共和党=白人優位などである。この両勢力が拮抗し、政治が機能不全になった。※一番増えるのはヒスパニックと思うが、彼らの立ち位置はやはりリベラル派かな。いずれにしても多様化の過渡期だな。
・カナダ/オーストラリアでも多文化化している。しかし米国の様に分極化していない。それは米国は歴史的に白人優位だったからだ。キャンセルカルチャー批判程度なら根は深くないが、白人至上主義者には「グレートリプレースメント理論」(有色人種の流入で白人が絶滅)を主張する者もいる(※詳細省略)。2022年この理論を信奉する白人がスーパーで銃を乱射し、黒人10人が死亡する(※同様の事件は幾つもあった気がする)。
第4章 文化戦争-妊娠中絶、ワクチン、マスク
○世界観の違いが文化戦争に
・政党間の対立は戦争であり、「文化戦争」と言える。妊娠中絶/銃規制/移民/ワクチン接種・マスク着用/性的マイノリティ/ジェンダー平等などに対するキャンセルカルチャー批判は、文化戦争そのものだ。人種平等においては「批判的人種理論」(第2章で解説。※社会制度が問題とする理論)、多様性においては英雄の評価(第1章で解説)が争点になっている。
○リークされた「くさび型争点」
・妊娠中絶も文化戦争の争点である。2022年6月連邦最高裁は、中絶を認めた「ロウ対ウエード判決」(1973年。※以下ロウ判決)を覆し、州法の「妊娠中絶禁止」を合憲とした。この訴訟はミシシッピ州が「妊娠中絶規制」を導入し、唯一残ったクリニックが訴訟を起した。判決が出る前月、政治情報サイト『ポリティコ』が、ロウ判決を違憲とする判事が多数とし、その判決文草案をスクープしていた。これは前代未聞の出来事だ。※トランプが最高裁を保守派で固めたからな。
・妊娠中絶は憲法9条の様に米国を二分する「くさび型争点」だ。判事9人の内6人が保守派で、、ロウ判決が覆されるのは既定路線だった。そのため最高裁に反感を持つ人物がリークしたと思われる。
○判決の意味
・判決の結果、中絶規制は州の権限となり、保守派の勝利となった。キリスト教保守派(宗教保守。※キリスト教福音派だな)が妊娠中絶禁止派で、「プロライフ」と呼ばれる。一方「妊娠中絶は女性の権利」とする妊娠中絶賛成派は「プロチョイス」と呼ばれる。※pro-には賛成の意味がある。
・1973年ロウ判決が出ると、宗教保守はこれを政治化し、1980年大統領選の争点する。宗教保守は共和党の最大支持者になっている。ロウ判決で妊娠中絶は容認されたが、南部・中西部では中絶を禁止する州が増えている。
・判決よるプロチョイスの怒りは、2022年11月中間選挙に影響するだろう。訴訟において保守系判事は、「中絶をプライバシー権とするロウ判決の理由は脆弱」とした。これに耐えられない人物がリークしたのだろう。判事の承認は上院が行う、そのため今回の中間選挙は現状を変えるかもしれない(※米上院の任期は6年で、2年毎に1/3が改選される)。
○世論と議会
・プロライフは喜ぶが、中絶を迫られる人には耐えがたい判決だ。世論調査ではロウ判決の維持を望む人が54%、覆すべきとした人が28%だった(※詳細省略)。世論と判決に食い違いがあった。既に13州に妊娠中絶のトリガー法があり、判決により中絶は違法になる。さらに13州が中絶を制限する可能性がある。
・プロチョイスとプロライフの棲み分けは、ブルーステーツ(民主党支持)とレッドステーツ(共和党支持)の棲み分けと重なる。今の議会(2021年1月~2023年1月)は上下院で民主党が多数だが、中絶禁止に規制を設ける動きがある。上院には「フィリバスター」(合法的議事妨害)があり、少数派が多数派を止める事ができる(※詳細省略)。
○文化戦争の戦後
・人工妊娠中絶の文化戦争はどうなるのか。ロウ判決が覆されるまでは、中絶が禁止されていない州のクリニックで中絶できた。しかし経済的理由などでそれができない人は、非合法の処置で中絶し、悲劇が起こった。これは映画『スリーウィメン この壁が話せたら』が参考になる。これは1952年編/1974年編/1996年編の3部構成になっている。52年編では、友人に編み針で堕胎してもらうが、本人もなくなる。74年編では、子供を生む事を決断する。96年編では、クリニックで手術に成功するが、そこにプロライフが侵入し、医師が殺される(※詳細省略)。今回の判決により、52年編の時代になる。
○ワクチンを打たない自由、マスクをしない自由
・新型コロナウイルスへの対応も文化戦争の争点になった。2022年5月までの2年余りで、米国の死者は100万人を超えた(日本は3万人)。スペイン風邪(1918年)は67万人、最大の死者を出した南北戦争で80万人である。※近代化によって死者は減るはずなのに。
・コロナ禍でも、マスクの有無/ワクチン接種で意見が分かれた。共和党支持者は、「マスクをしない自由」「ワクチンを打たない自由」があるとした。コロナは当初は西海岸・東海岸で広まった。そのため民主党支持者はマスク着用・ワクチン接種を進めた。一方南部・中西部の共和党支持者はコロナを軽視し、ロックダウンでなく経済再開を正義とした。ワクチン接種者の比率は、ブルーステーツとレッドステーツで3割も違う。両党の支持者の数が拮抗し、政治的解決が困難になっている。
○選挙産業の発展
・米国の分断は、世界観からの政党再編成による。この分断を選挙産業がビジネスチャンスとして創ってきた。選挙産業は、スピーチライター/選挙ストラテジスト/CM作成者/広報担当者など選挙請負人の集団だ。各自事務所を持つが、チームで活動する。当然だが党派色がある。さらに世論調査会社/データ分析者/マーケティングのためのソフトウェア業者も加わる。
○選挙制度の大改革
・米国の選挙は1970年代に大きく変わった。それまでは大統領予備選挙であれば、候補者選定に政党幹部が大きく影響した。これは日本の自民党総裁選と似ている。ところが70年代以降は、党員による予備選挙が行われる様になる。2016年の予備選挙でトランプはアウトサイダーだった。ところが共和党支持者の圧倒的な支持で共和党候補になり、大統領にまでなった。この予備選挙が、上下院議員選挙/州知事選挙でも導入される。候補者選定が政党幹部から有権者に変わり、選挙産業の役割が増大した。選挙産業はハイテク化し、投じられる資金も増大した。
○選挙産業により分断が広がる
・米国の選挙は予備選挙と本選挙になった。どちらでも他の候補者より自分が優位とPRする。かつては分断がなかったため、自分が中道である事を主張したが、今は自分の政治的立ち位置を強く主張し、分断が深まった。共和党では、より右である事を主張し、民主党では、より左である事を主張する。これが共和党のトランプであり、民主党のバーニー・サンダースだ。トランプは自分はキャンセルカルチャーの闘士と主張し、サンダースは国民皆保険/大学無償化などを主張した。
・2020年民主党の予備選挙でバイデンが候補者になる。本選挙でオール民主党を印象付けるため、公約に左派の気候変動/格差是正を含めた。選挙産業の進言を取り入れ、「自然保護区での石油採掘をしない」と明言する。しかし2021年にはインフレ/エネルギー不足になり、石油採掘を推進している。
・1970年代に選挙制度が変わり、選挙産業が生まれた。当時は分断していなかったので、予備選挙では民主党候補も共和党候補も自党の真ん中に票があり、本選挙では中道(※無党派?)や対立党に隠れている票を狙った。ところが分断が始まると、民主党候補はより左、共和党候補はより右を主張する様になる。そして本選挙では自党を固め、無党派から得票する事が重要になる。予備選挙は極端を競い、本選挙は対立党との差を強調する様になる。これに拍車を掛けたのが選挙産業である。
○選産複合体
・この状況は「選産複合体」と考えられる(※選挙産業複合体の略かな)。「軍産複合体」は、戦争で利益を得る集団である(※軍事産業複合体の略かな)。具体的には軍需企業/軍/政府/政治家である。安全保障の危機を煽り、予算を増やし、軍需/人事などで潤う(※詳細省略)。米国では政府に多くの民間人が登用される。これは「回転ドア」に例えられる。シンクタンクの研究員が政権交代で登用され、箔を付けていく(※詳細省略)。選挙でも同様の事が起きている。
・候補者は中道がいなくなり、保守派かリベラル派になった。予備選挙は投票率が低いため、より熱心でより党派的な層に投票してもらうかが勝利の方程式になる。中道的な候補は選挙区に合わせた特性を主張する。一方党派的な候補は、例えば共和党なら「小さな政府」「プロライフ」「銃規制反対」「マスク不着用」「ワクチン拒否」を主張し、さらに「民主党はダメだ」と主張する。民主党なら「政府による平等の模索」「多様性」「プロチョイス」を主張し、さらに「共和党はダメだ」と主張する。この状況なので、偏れば偏る程、勝利が近づく(※無党派からの得票が勝敗を分けるらしいが)。これに乗じているのが選挙産業だ。
・選産複合体にも「回転ドア」が見られる。候補者が勝利すると、コンサルタントは広報担当や補佐官として政府に登用される。箔が付くと、テレビのコメンテーターとして重用される(※ビル・クリントン政権のジョージ・ステファノポロス/ジェームス・カービルを紹介しているが省略)。「伝説のコンサルタント」「政治の現場を知っている人物」になると、次の選挙でも高額で依頼される。
○選挙制度の問題
・選挙制度も分断の原因である。米国の大半は小選挙区制だ。そのため共和党と民主党の二者択一になる。大統領選も特殊だ。有権者の一般投票で各州とワシントンの選挙人を奪い合う。ネブラスカ州・メイン州を除いて総取りする。各州の選挙人の数は、上下院議員の数に等しい(ワシントンは議員はいないが、選挙人3人が選ばれる)。※これは知らなかった。立法と行政が同じ配分をしているのか。
・予備選挙でも本選挙でも、候補者は州の特性に合わせた選挙活動をするため、それを選挙産業が担う。大統領選はアイオワ州での党員集会から始まる(※今年は1月15日)。しかし選挙産業は1年以上前から活動する。最初に勝つと、一気に勢いが付くので、序盤が重視される(※相手を早く撤退させれば楽になる)。この複雑化・長期化も選挙産業に頼る要因である。
○民主主義への脅威
・米国は世界観が真っ二つq分かれた。それが拮抗しているため、政治は停滞する。これは民主主義の脅威だ。民主主義は妥協で導かれるが、分極化していると妥協は許されない。
・カーネギー国際平和財団が報告書『民主主義が極端に偏向するとどうなるか』を出した。これによると米国の分極化は、民主主義52ヵ国(欧州、中南米、オーストラリアなど)の中で明らかに大きい。1950年以降に起きた悪質な分極化の52件の内、26件が民主主義の評価を下げた(※詳細説明が欲しい)。1980年代米国の分断の度合いは中間だったが、その後一気に進んだ。
・1950年代以降に分断が進んだ国は、いずれも民主主義の歴史が浅い国で、米国は例外だ。フランス(1968年)/イタリア(1971~78年)でも見られたが、短期で終わっている(※それぞれ詳述しているが省略)。一方米国は30年の長期に亘り分断が進み、民主主義が機能不全に陥っている。
第5章 キャンセルカルチャーとメディア
・米国は報道に対する規制が少ない。これは利点と言えるが、分断を深める要因になっている。ニュースは保守派かリベラル派のニーズに合わせた内容になった。さらにソーシャルメディア(※以下SNS)が分断を深めている。
○自由が生む2つの真実
・独裁国家なら政府がメディアに介入し、メディアは政府の手先になる。その対極が米国で、憲法で「表現の自由」が保証され、報道の自由度は高い。しかしこの30年間でメディアは大きく変貌した。それまでは「権力監視」(※自主規制?)され、メディアは保守派に肩入れしなかった。ところが1980年代になると宗教保守(福音派)に寄り添うメディアが増える。今は保守派とリベラル派に分かれ、分断を深めている。さらに個人がその報道をSNSで拡散し、分極化を促進させている。
○メディアの分極化
・この30年間の世論の分極化とメディアの分極化は同期している。真実は1つだが、それぞれが保守派向け/リベラル派向けの政治情報を提供している。メディアは党派性が強くなり、インターネットがそれを増長させている(アドボカシー化。※アドボカシーは弱者の援護を意味する)。文化戦争により左派の真実と右派の真実が生まれ、「脱真実」(ポストトゥルース)の世界になった(※オルタナティブの言葉が流行ったな)。
・1980年代後半、規制緩和により政治色が強い政治情報番組が増える。そして今は特定のメディアが左右どちらかの応援団になっている。情報の真偽を検証する報道機関/NPOもあるが、これさえ党派性が強くなっている。メディアの能力も低下している。チャンネルは増え、インターネットも政治情報を伝える様になり、取材報道する記者は圧倒的に足らない。また即時性が要求され、情報を確認する時間はなく、情報の厚みもなくなった。24時間政治情報を提供するニュースチャネルがあり、「FOX NEWS」(保守派)/「MSNBC」(リベラル派)などが極端な報道をしている。
○選択的接触、フィルターバブル
・自分が受け入れ易い情報だけを信じる傾向を「選択的接触」と呼ぶ。米国はこの状況になっている。様々な情報から総合的に判断するのではなく、「信じたい情報」だけを選択している。
・インターネットの検索サイトやSNSの広告は、アルゴリズムにより利用者に適した情報を提供している。これを「フィルターバブル」と呼ぶ。これにより利用者は自分が関心がある情報だけに囲まれ、無関心の情報に触れなくなる。利用者は特定の情報(バブル)に包まれた状態になる。これにより納得がいかない情報/不都合な情報をフェイクと認識する。
・1990年代インターネットが普及し、「地球村が登場した」と言われた。しかし逆に人々は分断した(※冷戦終結と同じ感じだな)。検索サイトは自分が見たい情報しか提供せず、SNSは自分と同じ意見の人同士を結び付けている。これらも分断を深化させている。
○ラッシュ・リンボウとトランプ ※リンボウは初めて聞いた気がする。
・メディアの分極化は直ちに起こったのではなく、時系列で見ると保守派が飛び出した事から始まった。1990年代、ラジオで保守系のトーク番組(トークラジオ)が隆盛する。トーク番組は政治的な話題を、面白おかしく話し、これに不満を感じる視聴者も参加する。
・1980年代ケーブルテレビ/衛星放送が普及し、ラジオは衰退する。しかしこれを救ったのがラッシュ・リンボウのトーク番組だった。彼は1990年代からトランプ的だった。彼はトランプ以上にリベラル派に批判的で、エンタテイメントとしても優れていた。彼が作った言葉に「フェミナチ」があり、「女性の権利主張、ジェンダー平等はナチスに匹敵する」を意味する。これを女性の社会進出を象徴するヒラリー・クリントンに使った(※大統領夫人で、後に国務長官だな)。
・彼はオバマにも反発し、バラク・フセイン・Oとムスリム的に呼んだ。2008年民主党を分裂させるため、「共和党支持者は民主党予備選挙に行き、オバマではなくヒラリーに投票せよ」と呼び掛けた。
・トランプはリンボウの番組に何度も登場している。彼の言葉遣いもリンボウとそっくりだ。フェミナチの様に、平易な言葉でファンに突き刺さる言葉を発する(※MAGAを言えば、支持者が熱狂する)。2016年選挙では、「心がねじ曲がったヒラリー(crooked Hillary)」「頭がいかれたバーニー(crazy Bernie)」などを連発し、支持者もこれを連呼した(※争った共和党候補に対する言葉も解説しているが省略)。彼はこの言葉遣いをリンボウから学んだ。
・2020年彼は一般教書演説で最高栄誉「大統領自由勲章」をリンボウに与える。これは平和や民主主義に貢献した人物(ヨハネ・パウロ2世、マザー・テレサ、ヘレン・ケラー、キング牧師など)に与えられてきた。一般教書演説は議会に対する勧告なのに、大統領に近い人物のPRになった。りベラル派は反発するが、保守派は歓喜した。
○2つの真実
・メディアの分極化に話を戻す。1996年右派系の24時間ニュースチャネル「FOX NEWS」が登場し、ケーブルテレビ/衛星放送で最多の視聴者を獲得する。右派系メディアは肥大化し、既存メディア(伝統的メディア)は左派と見られる様になる。「MSNBC」は視聴者の伸び悩みから、2004年頃から左傾化を強め、メディアの分極化が進展する。
・「日本のメディアにも左右がある」と思われるかもしれないが、度合いが全く違う。FOX NEWS/MSNBCなどはニュースショーである。BLM運動をMSNBCは「正義の運動」とするが、FOX NEWSは「暴動に近い過剰な意思表示」とする。過去の英雄の銅像撤去をMSNBCは「時代に合わせた動き」とするが、FOX NEWSは「不正な歴史改竄」とする(※妊娠中絶も紹介しているが省略)。
・私はポッドキャストなどで、これらのショーを見続けたが、FOX NEWSとMSNBCの立ち位置は、どんどん離れた。保守派/リベラル派に与えられる政治情報はかけ離れ、国民の分極化を促進している。
○+「嘘」のレッテル貼り
・メディアの分極化を象徴するのが「フェイクニュース」の言葉だ。自分に都合が悪い報道にこれを使っている。これを定着させたのがトランプで、リベラル系メディアの報道に対し使った。メディアは彼の大統領当選を予想できなかったため、彼の「フェイク」に対する反発は弱い。2017年彼は「リアルニュース」と名付けた1分半の動画をフェイスブックに載せ、自身の経済面での実績を示している。
・2021年彼は議会襲撃を仕向けたとして、ツイッター/フェイスブックの利用を禁止される。そのためSNS「トゥルース・ソーシャル」を立ち上げ、自前で発信を続けている。そもそも何が正しく、何が正しくないかは曖昧だ。
○メディアへの信頼の差
・メディアへの信頼も分極化している。2021年民主党支持者の68%がメディアを信頼しているが、共和党支持者は11%しか信用していない。全体は36%で過去2番目に低く、2016年の32%(民主党支持者51%、共和党支持者14%)に次ぐ。しかし差は37ポイントから57ポイントに広がっている。共和党支持者のメディアへの信頼が低い事が分かる。トランプの「フェイク」の発言に、彼らは共感している。
・「脱真実」を止めるのも簡単ではない。アカウント凍結などの方法があるが、そもそも「嘘」を証明するのが難しい。フェイスブックは検証サイトと連携するが、保守派は「検証サイトはリベラル派に肩入れしている」と批判している。
○相手を認めない民主主義の危機
・正確な報道は民主主義の血液だ。嘘の血液が流れ、二項対立するのは民主主義の危機だ。米国は分極化し、「私達vsやつら」になっている。相手を認めない社会は民主主義の危機だ。キャンセルカルチャー批判により、他党を否定し、相手を「国家への脅威」と認識している。一方で自党の候補者を無条件に受け入れ、問題点や過去の失言を追及する事はない。
・2016年トランプが立候補した時、共和党内から「政治を知らないアウトサイダー」「ピエロの様なテレビタレント」と批判された。しかし彼が勝ち抜く毎に批判は収まり、最後はタブー化した。バイデンも同様だ。2020年大統領選で当初は穏健過ぎると批判されたが、4月にサンダースが撤退すると、「バイデンならトランプに勝てる」となった。
・党派性は強まると、中道の候補者への支援は減り、消えていく。社会は分極化し、敵への批判が強まっている。銃保持/ヘイトクライムなどに対する立ち位置は、支持する政党で固定化する。
○嘘まみれの時代
・意図的に虚偽の情報を流す勢力がある。その代表がロシアだ。2016年大統領選でヒラリーを陥れる情報を拡散させた。彼女とイスラム過激派との関係、夫クリントンの隠し子の存在などだ。この情報を米国民1.5億人が見たとされる。これは大統領の投票者より多い、結果が僅差だった事を考えると、影響を無視できない。ロシアは英国のEU離脱投票にも関与したとされる(※詳細省略)。SNSの普及で、組織的な情報戦や愉快犯により虚偽の情報が容易に拡散する時代になった。
○2016年大統領選の衝撃
・ロシアの情報戦に米国は無防備だった。「首都ワシントンのピザ店が児童買春の拠点になっている」との陰謀論から、同店で発砲事件が起きる。銃を持った男が店に乱入し、銃を数回発砲した。他に「トランプの集会に、クリントンの回し者が参加した」などの偽情報もあった(※幾つか列挙しているが省略)。
○Qアノンと陰謀論
・その後も陰謀論は続く。2020年大統領選ではQアノンや不正投票疑惑、翌年はワクチンに関するデマなどが流された。Qアノンとは、「ディープステート(闇の政府)と民主党は幼児売春しながら人々を搾取している。これを打破しようとしているのが匿名Qだ。この匿名Qこそトランプだ」を信じる人々である(※そんな内容だったのか)。彼らは「バイデンが選挙結果を盗んだ」「中国とベネズエラが投票機械を操作した」なども信じている。また反ワクチン主義者になり「殺人ワクチン」「注射でチップが埋め込まれる」「資本家が人口削減を狙っている」なども信じている。
○国家ぐるみのフェイクニュース
・近年ハイブリッド戦争になり、情報戦も行われる。ウクライナ侵攻では、ロシアにより「ウクライナはナチスが支配している」「ウクライナには米国主導の生物化学兵器研究所がある」などが流された。この様なフェイクニュースが日本のツイッターだけで900万回見られた。※詳しく解説しているが大幅に省略。
・ウクライナ侵攻により「制脳権」の言葉も生まれた。ロシアに共鳴し、これらの情報を拡散する人が米国にも日本にもいる。「メディアにより洗脳される」は第二次世界大戦中の話で、それ以降は「限定的結果論」が主流だ。これは「人は何らかの事前知識があり、洗脳される事はない」とする理論だ。ただしオピニオンリーダーが流すと、洗脳される。ウクライナ侵攻に関してはフィルターバブルに包まれているため、受け入れてしまう。日本では在日ロシア大使館のアカウントが、これらの情報を発信した。
○作られる「真実」
・ウクライナ侵攻が長引くと、陰謀論者はロシアを支援する声を高めるだろう(※何のために)。自身をQアノンと公言するマージョリー・グリーン議員は、議会襲撃事件の乱入者を擁護し、議会で懲戒処分を受ける。彼はロシアを支持し、ウクライナを批判している(※自国第一からウクライナ支援を止めたいのかな)。
・FOX NEWSの看板キャスターのタッカー・カールソンもウクライナを批判している。彼はトランプの最側近でもあり、米国メディアの最高権力者でもある(※何でこんな人物がメディアの最高権力者になれるのか)。米国の力の源である多様性は、諸刃の剣になっている。
○処方箋はあるか
・メディアの分極化に処方箋はあるのか。米国は人口動態が変化している。これにより多様性や民主主義の議論も深まるだろうが、直ぐには始まらないだろう。そのため情報の判断力(メディア・リテラシー)が重要だ。メディア・リテラシーが重視されるのは、メディアに構造的な問題があるからだ。
・かつてはニュース/新聞の黄金期で、3大ネットワークがゲートキーパーの役割をしていた。しかし今はその力を失っている。今はインターネットで、最新で膨大な情報が得られる。新聞は「昨日のニュース」の纏めに過ぎなくなった。視聴者・購読者が減り、予算は減り、取材能力は弱まった。さらに面倒なのが、インターネットで検索すればする程、フィルターバブルに陥ってしまう。またインターネットには偽情報を拡散する勢力が存在する。
○読み解きが難しい
・ゲートキーパーが不在になり、メディア・リテラシーが問われる時代になった。しかしこれを習得するのは容易でない。これには知識・経験の蓄積が必要で、これは瞬時に判断する総合的な能力だからだ。そのためできない人は、何時までもできない。これを習得するには、情報の窓口を広げ、距離を適度に保ち、バイアスを捨てる必要がある。
第6章 ヘイトクライムとBLM運動
・新型コロナウイルスの感染拡大を機にアジア系住民への暴行・脅迫(ヘイトクライム)が増加した。この根底に変化に対する保守派の苛立ちがある。米国ではヘイトの意識に地域差がある。リベラル派が多い地域は敏感だが、保守派が多い地域は逆である。米国には変化が激しい地域と、なかなか変化しない地域がある。
○特定の属性に向かう憎悪
・まずヘイトクライム(憎悪犯罪)の定義を確認しよう。これは人種/肌の色/宗教/出身国/性/障害などの属性に基づく、嫌がらせ/脅迫/暴行/殺人などの犯罪だ。このヘイトは特定の属性に対する憎悪で、個人に対する憎悪ではない。ヘイトクライムの衝撃は大きく、地域だけでなく、国・他国に影響を及ぼす。
○リンチとヘイトクライム
・ヘイトクライムは「現代版のリンチ」と称される。リンチは法的手続きを踏まない私刑だ。米国はこのリンチが脈々と行われてきた。18世紀東部13州が建国し、ネイティブアメリカンが住む西に開拓を進めた。ここで行われたのが「無法者に対する私刑」だった。独立戦争時、民兵を率いるチャールズ・リンチが、非正規の法廷で裁いたのが由来とされる。19世紀末「未開の地」はなくなるが、リンチは存続した。※この話は知らなかった。
・法が確立しても、20世紀半ばまでリンチが存続する地域があった。19世紀末から「反リンチ法」が州毎に導入されるが、その対応に差があった。南部・中西部では対応が緩く、白人が黒人に嫌がらせする手段として続けられた。
・公民権運動で知られる全米有色人地位向上協会(NAACP)によると、1882~1968年に米国で4743件リンチがあった(※約90年間で、1年で約50件)。内訳はミシシッピ州581件、ジョージア州531件、テキサス州493件などである。また3446件が黒人に対するものだ。白人至上主義の「クー・クラックス・クラン」(KKK)は黒人だけでなく、ヒスパニック系/アジア系/ユダヤ人も対象にした。しかし南部・中西部は取締りが緩いため、過小報告と考えられる。
○残虐さの告発
・リンチに対する怒りは様々な方法で表現された。それを3つ紹介する。まずはジャズ歌手ビリー・ホリディの『奇妙な果実』(1939年)を紹介する。これはリンチで殺され、木に吊るされた黒人の遺体を指す。この歌を多くの黒人シンガーが歌い継いでいる。
・2つ目は、1955年に起きた黒人少年エメット・ティルに対するリンチ殺害事件である(※この話も聞いた事がある)。2021年に再捜査されるが、刑事責任を問われなかった。シカゴに住むティルはミシシッピ州の親戚を訪ねた。友人と食料品店で買物し、白人の店主の妻に口笛を吹いた。これに立腹した店主とその兄が、滞在先で彼を拘束する。ここまでは証拠がある。その数日後、彼は川で遺体で発見される。彼には無数の銃弾が撃ち込まれ、首には有刺鉄線で重りが巻かれていた。遺体はシカゴに戻され、多くの市民が葬儀に参列した。黒人雑誌『JET』などには原形を留めない彼の遺体が掲載された。
・2人は起訴されるが、白人陪審員による裁判で無罪になる。保安官も「遺体は大人に見える」「損傷具合から、遺体は以前から沈められていた」などと発言している。弁護側も「彼は白人女性をたぶらかそうとした」と人格攻撃している。
・デビュー当時のボブ・ディランが殺害事件の詳細をラジオ局で弾き語っている(『エメット・ティルの死』)。後に彼はノーベル文学賞を受賞する。この殺害事件は様々な形で告発される。黒人画家リサ・ウイッティングトンは『エメット・ティル 母が息子を送り出した時と出迎えた時』(2012年)を描いている(※詳細省略)。アフリカ系米国人歴史文化博物館には彼を納めた棺などが展示され、人が絶えない。この殺害事件への怒りが公民権運動に火を着けた。
・1964年リンチ事件が起きる。3人の公民権運動家がミシシッピ州の小さな町を訪れるが、消息を絶つ(※事件の内容説明はない)。2人のFBI捜査官が現地に入るが、現地の人は非協力的・人種差別的だった。保安官は事件を隠蔽し、捜査を妨害した。捜査官が滞在するモーテルは襲撃された。操作によりKKKが政治家・警察と融合し、リンチを続けてきた事が明らかになる。この事件は映画『ミシシッピ・バーニング』(1988年)になっている。
○ヘイトクライム規制
・米国では人種差別によるリンチが続けられる。リンチを禁止する州法やヘイトクライムの法的規制が導入され、通常の犯罪より罰則が加重される。人種/宗教/民族/国籍/性別/性的指向/性自認などが条件で、認定・立証されれば罰則は加重される。今47州とワシントンで「ヘイトクライム規制法」が導入されている。ただし州により差があり、性的指向/障碍者/年齢/ホームレスなどの条件が異なる。NAACP/南部貧困法律センターやユダヤ系のADLなどがヘイトによる犯罪・誹謗・中傷などを公表している。
・連邦政府もヘイトクライムの統計を公表している。州を超える犯罪や連邦政府施設での犯罪は、連邦法が適用される。1994年「ヘイトクライム判決強化法」が導入され、ヘイトクライムの罰則が3段階厳しくなった(※詳細省略)。2010年連邦法は性的傾向/性同一性なども対象にする。この法律はリンチで殺害された同性愛者にちなみ、「シェパード・バード法」と命名される。
○ヘイトクライムの動向
・2016年大統領選頃から米国の分断は深まり、ヘイトクライムも増加する。FBIは2020年8,263件のヘイトクライムが発生し、11,126人が被害を受けたと公表する(※リンチは年50件だった。これは軽微な犯罪が含まれるかな)。カリフォルニア州立大学によると、2021年はアジア系に対するヘイトクライムが前年比3倍に急増した。これに新型コロナウイルスは無縁ではない。米国人が中国から来た人と米国で育った中国系・韓国系・日系を区別するのは難しい。※新型コロナで多くの米国人が亡くなったが、多くのネイティブアメリカンが天然痘などで亡くなった逆パターンだな。
○アジア系のステレオタイプ
・アジア系は「遅れて来た移民」だ。19世紀半ばに金採掘/鉄道建設で中国系が流入する。彼らはカリフォルニア州/ハワイ州などに多い。白人はアジア系を「永遠に異質」とし、ステレオタイプを持っている。背が低い、メガネ、従順、集団主義、英語が下手、米・魚が中心、運転が下手、技術者、医学者、バイオリン演奏家などだ(※西洋人にメガネが少ないのは遺伝かな。AIに尋ねると、それは事実ではないと答えた)。19世紀後半になるとアジア系に対する排斥運動が起こる。1941年に太平洋戦争が始まると、日系人は強制収容される。1980年代にはジャパン・バッシングもあった。
・アジア系に対するヘイトクライムで有名なのが、ビンセント・チン事件だ。1982年自動車工場を解雇された2人が、「解雇されたのは日本メーカーが米国メーカーを押しのけているため」とし、ナイトクラブで出会った中国人青年チンをバットで撲殺した。※英国では階級によって飲食店が分かれるが、米国は同席可能かな。
○地域差の根源
・FBIのデータが2年前なのは南部・中西部の法執行機関がデータの提供に消極的だからだ。さらに数字そのものも当てにならない。警察は18,625機関存在するが、ヘイトクライムの情報を提出したのは8割に過ぎない。
・ヘイトクライムの増加の要因に「トランプが保守派の地域の白人至上主義を助長した」「トランプによりリベラル派な地域が偏見に敏感になった」などがある。しかしヘイトの認定が曖昧なので、増加したと断定するのは難しい。この地域差がヘイトクライム規制の諸悪の根源になっている。明らかに偏見があっても、ヘイトを認定しない地域がある(※白人を擁護する地域だな)。ヘイトに鈍感な地域では、ヘイトクライムの数が少なくなる。ヘイトクライムは法執行機関が認定するが、それに地域差がある。
・FBIのデータ(2020年)では、カリフォルニア州1,339件(人口約4千万人)、ワシントン州451件(760万人)、ニューヨーク州463件(1,940万人)に対し、南部のアラバマ州27件(490万人)、アーカンソー州19件(300万人)、中西部のワイオミング州18件(57万人)と差が大きい(※関係ないけど米国も人口差が激しいな)。アラバマ州は最も人種差別が激しいのに、2019年は0件だ。キング牧師が拠点にしたのは、アラバマ州バーミングハムだ。
・そもそもアーカンソー州/サウスカロライナ州/ワイオミング州にはヘイトクライム規制法がない(※それでも認定はある?)。また逆の動きも見られる。ルイジアナ州では警察官・消防士がヘイトクライムの対象に加えられた。これはBLM運動を抑制するのが目的で、彼らの制服が青色のため「ブルー・ライブズ・マター運動」と呼ばれる。何がヘイトなのかは心の問題で、定義が難しい。
○州の独自性の病理
・米国は連邦制で、連邦政府と州政府の権限は棲み分けられている。刑事犯罪の大半は州が対応する。ヘイトクライムも同様だ。連邦政府が対応するのは、州を跨る犯罪/連邦税詐欺/郵便詐欺(?)などに限られる。前述の映画『ミシシッピ・バーニング』は、FBIが南部での人種差別を発見する構成になっている。この二重構造がヘイトクライムが減らない要因だ。
・ヘイトを実証するのは難しい。ヘイトクライムと認定され、罰則が重くなると、その事件は注目され、「対象が過剰に保護されている」となり、逆に偏見が助長される(※アファーマティブ・アクションに対する反対もあった)。「州の独自性」は差別を容認する法文化になっている。
○表現の自由
・合衆国憲法は最低限を規定するもので、10の人権条項(権利章典)が規定されている。その最初に「表現の自由」がある。そのため「表現の自由」は尊重され、ヘイトスピーチ規制には慎重だ。リベラル派市民団体「米市民自由連合」(ACLU)はヘイトスピーチ規制を「思想警察」と批判している。※ヘイトスピーチも含め、反ヘイトとして考えないといけないと思うが。
・欧州にはヘイトスピーチ規制に積極的な国がある。またグローバル化により多くのムスリムが流入し、それへのヘイトクライムも目立っている。またユダヤ人への偏見も歴史的に存在する。
○差別構造
・差別の構造は複雑で、多数派が少数派をいじめるだけでなく、少数派が多数派をいじめる場合もある。ウィスコンシン州で映画『ミシシッピ・バーニング』を見た黒人が、白人を殴る事件が起きる。これもヘイトクライム規制の対象になり、「2年以下の懲役」に「7年以下の懲役」が適用された。
・他に黒人が黒人に、女性が女性に、ゲイがストレートに対する犯罪もある。また被害者が複数の対象に属する場合もある。犯罪の動機を認定するのは簡単ではない。
○新しい変化
・それでも反ヘイトは進みつつある。教育でも反差別が進んでいる。アジア系に対するヘイトクライムが連日報じられている。2021年「新型コロナ・ヘイトクライム法」が成立する。これはヘイトクライムの防止や、摘発の促進を意図している(※詳細省略)。
・2022年連邦法の「反リンチ法」がようやく成立する。反リンチ法が最初に提出されたのは1900年で、これまでに200以上の法案が提出されていた。同法より地域差が縮小すると考えられる。同法は前述したエメット・ティル事件にちなみ、「エメット・ティル・反リンチ法」と命名されている。
第7章 銃と米国とキャンセルカルチャー
・銃規制に賛成する人と反対する人が対立し、規制賛成派=リベラル派、規制反対派=保守派となっている。これもキャンセルカルチャーと同様で、規制を強く訴えると、規制に抗う声も強くなる。
○増え続ける銃
・米国での銃犯罪のニュースが毎週の様に流れる。米国は人口3.2億人に対し、銃火器が3.1億丁ある。米国の所有数は世界1位で、他の上位25ヵ国の合計より多い。特筆すべきは、銃乱射事件が起こると銃の販売数が急伸する。銃は小規模の銃火器店で売られるが、近年はウォルマートなどの大型小売店でも売られる。
○銃所有の地域差
・ただし銃の所有者は約40%で、所有者は複数の銃を所持している。私はワシントンにいたが、銃の所有者も銃火器店も見た記憶がない。コロンビア大学の調査では、アラスカ州61.7%からデラウェア州5.2%と差が激しい(※アラスカは狩猟したり、野生動物の危険があるかな)。米国の国土は日本の25倍で、南部・中西部では自衛のために銃が不可欠だ(※人口密度は1/10位だな)。因みにワシントンは20%台だった。
○銃規制の現実
・銃が増え続けるのは「全米ライフル協会」(NRA)が強いからと言われる。しかし背景は複合的だ。まず大量の銃が出回っているため、これを全て取り上げるのは不可能だ。取り上げると「ギャングが独占し、かえって一般市民が危険になる」「銃の所持は憲法で保障されている」などの反発が起きるだろう。憲法第2条で保障されており、「刀狩り」みたいな規制はあり得ない。銃規制賛成派のバイデンも厳しい規制を求めていない。
○3つの銃規制
・銃規制は3つに分類される。まずは供給側の規制で、殺傷能力が高い銃(アサルト・ウェポン)や連射を可能にする改造(バンプストック)の禁止だ。次は購入者の犯罪歴の確認(バックグラウンド・チェック)や年齢の引き上げだ。最後は所有者の言動をチェックし、危険があれば取り上げる「レッドフラグ」だ。
・1980・90年代米国は治安が悪く、銃犯罪が多発した。1993年「包括的犯罪防止法」が成立し、その中に銃規制「ブレイディ法」「アサル・ウェポン規制法」がある。前者はバックグラウンド・チェックで、後者は殺傷能力の弱体化だ。ただしこれらは10年間の時限立法だった。※少し調べたが、「包括的犯罪防止法」ではなく「暴力対策および刑法改正法」かな。
○銃規制の連邦主義
・銃規制も地域差があり、連邦主義になっている。刑事事件は州政府やその下の警察が担当し、連邦政府の担当は限定的だ。しかし銃の取引は州を跨る事もあり、両法の効果はあった。ところが1997年連邦最高裁が「ブレイディ法によるバックグラウンド・チェックは不当」と判決し、骨抜きになる。2004年両法は更新されなかった。
・ただし連邦主義は多様性を認めるもので、両法と同等の州法を持つ州がある。一方で規制緩和を進める州もある。これに「銃犯罪を減らすには、銃を増やす方が良い」との考えがある。小学校の教師・職員に銃を持たせる事を進める州がある。この様な州では、展示会で銃が売られたり、3Dプリンターで作られた銃をネットで購入できる。
○マッチョ的文化
・米国には狩猟を楽しむ銃文化が残っている。私は森に接するアパートに住んでいた。その森には小鹿が棲んでいた。ある日管理人が「鹿をライフルで射止めよう」と話していた。翌日から小鹿を見なくなった。米国にはマッチョ的文化があり、銃は格好を付けるための小道具でもある。※西部劇が大ヒットする国だからな。
○銃を持つ権利
・米国の銃文化は憲法第2条「武装権」が支えている。「規律ある民兵は必要で、武器を持つ権利を侵してはいけない」とある(※リンチの公認でもあるな)。米国では「銃を持って立ち上がる権利」(革命権)が認められれている。そもそも米国は武力によって英国から独立した。憲法を変えるには、両院での修正手続き後、国民の2/3の同意が必要になる。この憲法第2条「銃を持つ権利」が銃規制に対するラスボスになっている。
○悪の結社か人権団体か
・憲法第2条を擁護するのが「全米ライフル協会」(NRA)だ。NRAは日本からは「悪の結社」に見える。NRAは「殺すのは銃ではなく人」とし、ロビー活動を行い、銃規制を阻んでいる。NRAは1871年に設立され、「銃を持つ権利」を擁護する利益団体だ。衝撃的な銃犯罪があると、彼らはメディアに登場し、銃の所持を訴える。トランプが銃規制を諦めた様に、彼らは議会・ホワイトハウスに圧力を掛けている。
・NRAは非営利団体(NPO)で、環境保護のシエラクラブ/環境防衛基金、女性運動の全米女性組織(NOW)、アフリカ系支援の全米有色人地位向上協会(NAACP)、消費者保護のパブリック・シティズンなどと同類である(※私益・公益が目的のため利益団体だが非営利団体。なんか紛らわしい)。個人・企業からの献金で運営され、活動を行い、社会・政府に影響を与える(※寄付と献金が使われているが、献金で統一)。
・米国では利益団体の影響が大変大きい。政治活動を一人でする事は難しく、集団になると影響力が高まる。また利益団体への献金は税控除される。これは「ふるさと納税」に近いが、返礼品ではなく希望する政策を実施してもらう。ただしNRAは献金を受けるためのNPO「Friends of NRA」があり、こちらは雑誌/ナイフ/ライフル/ピストルなどを返礼する。
○会員数500万人
・NPOは税制上、幾つかに分類される(※内国歳入法第501条(C)項で27団体に分類している)。NRA本体は「501(C)4団体」で、「Friends of NRA」は「501(C)3団体」だ。前者は政治活動できるが、献金を受けるには制限がある。後者は献金を受けれるが、政治活動できない。そして「Friends of NRA」からNRAに献金する仕組みにしている。シンクタンク「ヘリテージ財団」「米革新センター(CAP)」などもこの仕組みになっている。
・NRAの会員は500万人とされ、これは利益団体としては多い。先のシエラクラブ/グリーンピースは350万人、環境防衛基金は250万人、全米女性組織は50万人だ。NRAはシングルイシューでこの会員数で、「数の力」は強力だ。
・南部・中西部は銃規制に否定的で、NRAの会員になっている共和党議員も少なくない。民主党議員でも会員になっている人がいる。一方リベラル派の地域はNRAに反発している。2019年サンフランシスコ市はNRAをテロ組織に認定している。
・銃規制派の「エブリタウン・フォー・ガン・セイフティ」は2年間で385万ドルの献金を受けた。同時期にNRAは84万ドルしか受けていない。他に「ギフォーズPAC」「ブレイディPAC」などが通販・見本市での銃販売規制やバックグラウンド・チェックの必要性を訴えている。※米国ではロビー活動が政治行動委員会(PAC)に限られる。ギフォーズはガブリエル・ディー・ギフォーズから、ブレイディはジェイムズ・ブレイディからの命名で、共に銃撃された人。
○教員が銃で守る時代
・米国で銃乱射事件が起きると、日本は驚愕する。2022年テキサス州で18歳の少年がマシンガンで生徒19人/教師2人を射殺した。これは2007年バージニア工科大学(射殺33人)、2012年サンディ・フック小学校(射殺28人)に次ぐ事件になった。この事件により、2022年オハイオ州で学校で教師が銃を所持する法案が成立する。教員の責任は教育けでなく、銃で生徒を守る事も含まれる様になった。※警備員を配置する方法もあると思うが、現状はどうなのか。
○銃が増えれば犯罪は減る?
・銃の数と殺人事件の関係を見てみよう。2007年頃まで、銃の販売は400万丁を越えなかった。しかし2013年1千万丁を超え、2016年には1,149万丁まで増えた(※激増だな)。一方10万人当り殺人件数は、1990年代半ばから2014年までは減り続け、4.5人まで減った(1957年は4.0人)。このデータから「銃の増加が殺人事件を増やす」と断言できない。しかしその後は増加に転じ、2015年4.9人、2016年5.3人となり、2020年6.2人と増えている。※2008年~2014年は販売数は増えたが殺人件数は減った。しかしそれ以降は共に増えている。銃の販売数と殺人件数のグラフが欲しい。
○銃規制と銃犯罪の関係
・この間(?)を振り返ると、ブレイディ法/アサル・ウェポン規制法(1994~2004年)により銃規制に向かった。延長されなかったが、犯罪率は減り続けた。それよりも長期的な銃増加と近年の銃事件の低下が目立つ(※2015年以降は殺人事件が増えているが)。殺人事件が減ったのは、銃規制の影響が長続きしたと考えられる。NRAが主張する「銃で自衛する人が増え、殺人事件が減った」が成立する(※2008~2014年はそうかな)。
・銃による死者は1980年代末から1990年代初頭に増え(※数年間だけかな)、近年も増えている。何れも治安が悪い時代だ。前者は景気も悪化した期間で、その後のネットバブルで景気も治安も改善した。2020年はコロナ禍で街に人が減り、治安は悪化し、社会的格差も広がった。長年銃による死者より交通事故による死者が多かったが、2017年に逆転する。※やはり2015年が転換点だな。因みに2008年世界金融危機、2011年ウォール街占拠、2017年トランプ大統領就任。
・2020年銃による死者は4.5万人で(※10万人当り14人?)、その内自殺が2.5万人(54%)だ。常に5~6割が自殺である。銃がなければ、これも減らせる。
○銃規制の日米差
・日本人が考える銃規制と、リベラル派が考える銃規制には差がある。米国で銃規制しても、それに従うのは真面な人で、ギャングなどの犯罪組織には効果がないだろう。そもそも人口並に行き渡った銃をなくすのは困難だ。銃規制反対派は「規制してもギャングが銃を持ち込む」と主張するだろう。かつて禁酒法時代があったが、薬用アルコールとしてバーボンが流通した。
○「銃もキャンセルされるのか」
・銃規制も文化戦争の1つだ。保守派は「銃もキャンセルされるのか」と主張する。銃による死者の4%は「AR-15」などの半自動ライフルによる。これらの殺傷能力の高い銃は規制する必要がある。また緊急時(※所持者に犯罪性が高まった場合かな)に警察が銃を取り上げる「レッドフラグ法」も必要だ。「包括的犯罪防止法」が導入される直前は「今より強い銃規制を求める」が7割を超えた。近年もこの割合が高まり、2021年は52%で、2022年はさらに高くなっている。
第8章 キャンセルカルチャー
・キャンセルカルチャーの言葉は米国以外でも使われる様になった。米国ではキャンセルカルチャーに関連する新たな言葉も生まれている。
○キャンセルカルチャーの波及
・ロシアのウラジミール・プーチン大統領がウクライナ侵攻を批判する西側を「キャンセルカルチャーだ」と批判した。2022年彼は文化勲章授与式で、ロシア人の作曲家や作家の作品を排除してるとして、「ロシアに関する全てが差別されている」「ロシア文化が否定されている」「文学の破壊はナチス以来」などと演説し、西側をナチスと同一視した。しかしこの理論はプロパガンダそのもので、西側の結束を緩めるのが目的だ。
・ロシア人作曲家・作家の作品が実際にどれだけ排除されたかは不明である。これは彼の戦術に過ぎない。しかしキャンセルカルチャーの言葉に世界は敏感で、米国の保守派は「リベラル派がやっている事をロシアにやっているのかも」と考え、リベラル派も「ロシア文化の否定は多様性重視の否定かも」と考えるかもしれない。彼もトランプと同様にキャンセルカルチャーの効果を知り尽くしている。
・プーチンは演説で『ハリーポッター』の作家J・K・ローリングを擁護した。それはローリングがトランスジェンダーを揶揄し、これにより「ジェンダーの自由」の支持者から反発を受けているからだ。しかしローリングは直ぐに「ロシアは市民を虐殺している」「抵抗・批判する人を投獄し、虐殺している」などと反論する(※大幅に簡略化)。
・キャンセルカルチャーは日本でも使われ始めている。これは多様性を冷笑するが、皮相的である。ポリティカル・コレクトネスやキャンセルカルチャーを批判する文脈で、嘲笑的に使われている。日本はポリティカル・コレクトネスの土台ができておらず、キャンセルカルチャーの先行は不幸だ。※具体例がないので全く理解できない。
○キャンセルカルチャーに続く言葉
・政治的対立により様々な言葉が生まれている。キャンセルカルチャーは、保守派がリベラル派を揶揄する言葉だ。同様なのが「ウォーク」(woke)だ。これは「黒人英語」で、wakeの過去分詞形wokenとして使われ(※wakeの過去形だけど)、「目が覚めた」「気が付いた」を意味する。またwokeは形容詞で、awakeと同様の「常に目が覚めている」「常に警戒している」を意味する。そのためウォークは「人種的偏見・差別を警戒しろ」の意味で使われる。また名詞の「ウォークネス」(wokeness)も定着している。
・この意味からウォーク/ウォークネスはリベラル派で使われる様になる。使用は拡大し、企業が社会正義/人種平等を戦略に含める事を「ウォーク資本主義」と呼んでいる(※ナイキが広告でアメフト選手コリン・キャパニックを起用した話を詳しく紹介しているが省略)。拝金主義の企業がマーケティングにウォークを使用するのを批判する「ウォーク・ウォッシング」の言葉も生まれている(※グリーン・ウォッシングなどの言葉もあるな)。いずれにせよBLM運動頃から「ウォーク」が当然の様に使われている。
・一方保守派はウォークをポリティカル・コレクトネスの誤謬だと批判する。多様性/平等/環境に目覚めた人を、「ウォーク」(あちらの人、意識高い系)と嘲笑している。トランプを支持するジョシュ・ホーリー議員は「ウォークのならず者(ウォークモブ)が弾圧している」と述べ、トランプも「バイデンがウォークで国を破壊している」と発言している。彼の発言でウォークはキャンセルカルチャーと同様に一気に広まり、リベラル派を揶揄する言葉として使われる様になった。
・ウォークは保守派がリベラル派を揶揄する言葉になったが、逆の言葉も生まれた。「カレン」(Karen)で、「人種差別的な白人女性」の蔑称だ。1960年代この名前が流行した。彼女らは今50歳代後半で権利意識が強く、面倒な存在だ。それで黒人が使っていた。2020年白人女性と黒人男性のいざこざがあった(※詳細省略)。その動画がSNSで流れ、「彼女はカレンだ」との投稿が溢れ、カレンの言葉が一気に広まった。※SNSの力は絶大だな。
○キャンセルカルチャーと分極化
・終盤に来たので、原点に戻る。本書の目的は、今の米国を知る事にある。これはキャンセルカルチャーの議論の動向を見れば分かる。リベラル派が多様性を求め、これに保守派が反発している。この分断が収束すれば、対立も収束する。分断の解消が重要になる(※新しい対立点が生まれ、半永久的に収束しないかな)。しかしこれには時間が掛るだろう。南部・中西部には変わらぬ価値観があり、政治的に分極化している。1990年代まで対立は穏やかだった。これを巻き戻すのは容易でない。
○権利を求める歩み
・分断の解消は見えない。そこで長期的な視点で見てみよう。女性に対する意識は世界で変わりつつある。マイノリティとの共生も浸透しつつある。時代は着実に変化している。私が最も素晴らしいと思っているのが、2017年オバマの退任演説だ(※大幅に省略)。
米国は常に市民の権利を拡大してきた。愛国者は共和国を選んだ。奴隷は自由を求め、逃亡のための組織を作った。移民・難民を引き寄せたのは、この理念があるからだ。女性参政権も労働組合も認めた。ノルマンディー/硫黄島/アフガニスタンで戦ったのも、この理念のためだ。一連の公民権運動も権利を勝ち取るためだ。
米国は最初から完壁だったのではない。変化する能力を持つからできた。民主主義を達成するのは容易でない。1歩後退しても、2歩進んできた。建国の信条を持ち続け、全ての人を受け入れてきた。
・この演説はリベラル派の主張だが、権利の拡大は米国の歴史だ。武器を持ち英国から自由になった。南北戦争で奴隷は解放された。女性の権利も拡大された。常に戦って権利は拡大された(※女性の権利拡大も世界大戦だな)。
・米国に来た移民は、最初は階級の最下層に入るが、やがて権利を拡大する。ジェンダー平等もさらに進むだろう。これらには作用・反作用が伴った。キャンセルカルチャーも乗り切れるだろう。これは世界も同じだ。産業界には多様性を重視する「ダイバーシティ・コンサルタント」があり、映画産業にはセクシャルハラスメント(※以下セクハラ)防止のための「インティメイト・コーディネーター」がいたり、「ダイバーシティ・センター」が存在する(※説明が欲しいが、何れもなし)。
○女性を巡る変化
・米国の女性の社会進出と人口動態の変化について考える。まずは女性を巡る変化だが、これは世界的な変化で、今は女性の権利と保護を強化するエンパワーメント施策に拡大している。これは「MeToo運動」の変化を見れば分かる。これは2017年ハリウッドの女優がセクハラをツイートした事に始まる(※詳細省略)。
・これに続いて起きたのが「タイムズアップ(Time's Up)運動」だ。MeToo運動はセクハラを公表する運動だったが、こちらは被害者の支援やセクハラの撲滅が目的だ。弁護費用の基金やセクハラを容認する企業を罰する法律を提唱している。2018年ゴールデン・グローブ賞授賞式で、多くの女優が黒い衣装で出席した。同月のグラミー賞授賞式でも多くのミュージシャンが白いバラを身に着けた。
・両運動は、キャンセルカルチャーに対し「時間切れ」を宣言している(※説明が欲しい)。女性の権利・保護を強化する運動が拡大している。
○政治の世界の変化
・実際に女性の社会進出は進んでいるのか。女性の政治参加は増えている。今の第117議会(2021年1月~2023年1月)の女性議員は過去最大の146人(535人中)で、前議会(2019年1月~2021年1月)より20人増えた(※欧州はクォーター制を導入している国があり、米国はまだまだかな)。民主党106人/共和党40人だが、共和党にいるのがポイントだ。
・2018年中間選挙は両運動が盛り上がり、女性議員が次々誕生した。この2018年や1992年は「女性の年」と呼ばれている(※共に共和党政権だな)。因みに第78議会(1943~1945年)では女性議員は9人しかいなかった。人数だけではない。ナンシー・ペロシ下院議長など、女性議員が主要委員会の委員長などに就く様になった。
・しかし女性議員が占める割合は33%で十分と言えない(※計算すると27%だが)。連邦議会研究では、女性議員を増やす「量的な代議」と女性のための立法をする「実質的な代議」が論じられる。「実質的な代議」だけでなく「量的な代議」も達成されつつある。
○ペロシは強力なリーダー
・ペロシは下院で最も影響力を持つ下院議長を2期(第116・117議会)務めている。前議会ではトランプと激しい舌戦を行い、2020年一般教書演説ではトランプの演説の草稿を破り捨てた。彼女は第110・111議会(2007年1月~2011年1月)でも下院議長を務め、史上初の女性下院議長だ。下院議長は副大統領に次ぎ、大統領継承順位2番目だ。彼女はリベラル派だが、現実主義者だ。ただ2022年台湾訪問は大きな議論を呼んだ。
○若手のオカシオコルテス
・次世代のホープがアレクサンドリア・オカシオコルテスだ。2018年中間選挙で彼女は女性として史上最年少の29歳で当選する。彼女の発言には抜群の切れがある。ニューヨーク市ブロンクス出身で、父はプエルトリコ生まれ、母もプエルトリコ出身だ。名門ボストン大学で学ぶが、卒業後にバーテンダー/バス運転手などをしている。
・2016年民主党の大統領予備選挙に立候補したサンダースの運動に加わる。2018年6月民主党の下院議員予備選挙で、現職が当選する確率は9割を超えるのに、10期連続当選の現職に勝つ(※丁度「女性の年」だ)。この大番狂わせで、彼女はマスメディアの寵児になる。11月本選挙前は他の民主党候補者の応援に行っている。本選挙では8割の得票で当選する。
・彼女は国民皆保険/大学授業料の無償化/富裕層の課税強化/気候変動対策などを掲げ、サンダースと同様に「民主社会主義者」と称している。2019年「グリーン・ニューディール法案」を提出する。これは再生可能エネルギーに財政出動し、経済効果と気候変動対策を狙う政策だ。彼女の政策は「現代貨幣理論」(MMT)に依拠する。これも日本で話題になった(※彼女が発端なんだ)。
・彼女は「AOC」(アレクサンドリア・オカシオ=コルテス)の愛称で呼ばれる。民主党の「FDR」(フランクリン・デラノ・ルーズベルト)/「JFK」(ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ)/「RFK」(ロバート・フィッツジェラルド・ケネディ)と同様に、彼女への期待は高い。
○女性大統領の可能性
・黒人という「ガラスの天井」はオバマが破った。ペロシはバイデンより2歳年上で、大統領になるのは難しい。米国は男女差を意識する時代ではなくなった。2024年オカシオコルテスは34歳になり、大統領の被選挙権を持つ。「まさか」もあるかもしれない。※バイデン政権の副大統領になるには若過ぎたか。左派なのも障害かな。
○移民の増加
・米国の分断は終わりそうにない。しかし人口動態は変化している。1980年米国の人口2.2億人は2020年3.3億人に増えた。一方日本は1.17億人が1.26億人に増えたに過ぎない(※近年日本は減少)。OECD34ヵ国でも、米国が最も伸びている。この人口増は移民による。
・移民増には理由がある。1965年移民法改正で受け入れ枠が国から地域に変わった。親族を優先的に受け入れ、必要な職業も積極的に受け入れる様になった。合法移民は1965年30万人だったが、今は年間100万人だ。特に増えているのはヒスパニック系で、1970年960万人が2020年6208万になり、6倍に増えた。2045年、白人5割/ヒスパニック系25%/黒人13%/アジア系8%と予想されている。
・非合法移民も増えている。2017年非合法移民は1160万人(人口の3.3%)だ(※30人に1人は多いな)。非合法移民は、カリフォルニア州(5.6%)、テキサス州(5.7%)など、6つの州に集中する。彼らは最低賃金で働き、経済を支える。非合法移民は家族の場合が少なくなく、米国で生まれた子供は出生地主義により米国籍になる。また公立学校に通う権利、自動車免許の取得、公的医療保険の助成を認める州がある。
・米メキシコ国境に壁を築く動きもあるが、国境は3千Kmもある。私有地もあり、建設費は天文学的になる。1980年代非合法移民が問題になり、「1986年移民改革統制法」(シンプソン・マゾーリ法)が成立する。しかし不作為が続き、全米各地に非合法移民を摘発しない「サンクチュアリ・シティ」(聖域都市)が200も存在する。
○人口動態が時代を変える
・米国は人口動態により白人の優位が脅かされている唯一の国だ。分極化の理由の1つにアイデンティティがあり、そのアイデンティティが変化している。この変化はリベラル派に有利になる。これを阻止するため、保守派はリベラル派を切り崩そうとしている。この重なる範囲が広がれば、対立は緩和される。
・過去にも極化があったが、人口動態の変化で解消された。19世紀末貧富の差が激しくなるが、移民の取り込みで解消された。移民への反発は常にあるが、これにより経済成長し、国力を増大させた。移民は米国に溶け込み、社会を多様に、柔軟にした。※日本が経済成長しないのは、グローバル化によりヒト・モノ・カネが流動化したのに、ヒトの流動化(移民の受け入れ)が行われていないからかな。
・19世紀後半、イタリア系・ギリシャ系・アイルランド系が大規模に移住して来た。彼らは「遅れた移民」「新移民」と呼ばれた。彼らは主流のプロテスタントではなくカトリックだ。彼らは150年の時間を経て、米国の中心になりつつある(※トランプの祖父はドイツ人で、1885年に移住している)。保守派がいくら反対しても、人種エスニシティは解消される(※初めて出てる言葉だが説明はない。アイデンティティに近いかな)。
○米国の理念の達成
・キャンセルカルチャーを巡る軋轢の先には、多様・平等の世界がある。今の苦しみは、新しい「米国の理念」のためにある。キャンセルカルチャーは、文化を強靭・柔軟にするために存在する。
・人口動態以外で米国を変革する要因が国外にあるのか。ロシアによるウクライナ侵攻は、米国をウクライナ支援で団結された。長期化すると「米国ファースト」に転じるかもしれないが、超党派で纏まっている。※今は共和党がウクライナ支援を政治手段に使っている。
・分断の収束は米国の再定義・再構築になるだろう。ウクライナ支援は「世界の警察官」を復活させるかもしれない。ロシアだけでなく中国との長い戦いもある。分断収束の先には、第二次世界大戦後の様な米国が見られるかもしれない(※世界は無極化している感じだが)。南北戦争/大恐慌により政党の再編成が行われ、「米国の理念」が達成されてきた。
おわりに
・米国は常に変貌する。その変化は常に予想を超える。変化に着目すると、米国の「別の顔」が見える。※別の顔って何?
・数年前カリフォルニア州の大きな農場を訪ねた。作業員は10人全てがヒスパニック系だった。彼らは非合法移民だ。農場主は「彼らがいないとビジネスにならない」と言う。多くの産業の中核に非合法移民がいる。カリフォルニア州ではサービス業の1割以上が非合法移民と言われる。彼らは何れ永住権を得る。米国籍を得て「あり得ない事」(アメリカンドリーム)を掴む事ができる。
・米国の分断はキャンセルカルチャーを見れば理解できる。この状況の中でアメリカンドリームの概念が揺れている(※説明が欲しい。分断によりアメリカンドリームが難しくなった?)。移民排斥の議論が南部・中西部で広がっている(※移民が必要な南部・中西部で排斥議論があるのは少し変だな。南部・中西部は移民に鈍感なのでは)。これらの地域は移民に対し恐怖感もある。景気後退し、中間層の所得が伸び悩むと、移民のせいにする。実際はグローバル化による中国の影響が大きい。それなのに「怒れる白人」は移民叩きに共感する。
・移民の多さは米国の強さだ。移民は増え続けている。ヒスパニック系だけでなく、黒人/アジア系などのマイノリティの影響力は強まる。両党は彼らを支持層に取り込もうとする(※共和党も?)。移民により分断は乗り越えられ、政党は再編成されるだろう。アメリカンドリームの揺らぎはキャンセルカルチャーの議論と同様で、生みの苦しみだ。いずれ別の顔が見えて来る。※「アメリカンドリームの揺らぎ」とは、移民が起業し、著名人になれなくなる事かな。結局「別の顔」は何だったのか。