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『黒い同盟 米国、サウジアラビア、イスラエル』宮田律(2019年)を読書。

ガザ侵攻などがあり、当書を選択。
サウジアラビアを中心とした中東情勢を解説。

サウジ王政/米政権/イスラエルの関係や武装勢力(アルカイダなど)を解説。
米国/サウジ/イスラエルを「黒い同盟」としている。

石油が如何に世界を動かしているかを理解できる。
サウジ王政は国内的にも不安定に思える。

お勧め度:☆☆☆(サウジなどの中東情勢を深く理解できる)
内容:☆☆☆

キーワード:<はじめに>カショギ殺害事件、イエメン空爆、イラン、黒い同盟、<記者殺害事件>武器輸出、総合情報庁、イエメン空爆、ショーン・ペン、ムハンマド皇太子、アルカイダ、<米国・サウジの特殊関係>石油、武器購入、アラブ・イスラエル紛争、イエメン、サファリ・クラブ、オサマ・ビンラディン、ワッハーブ派、死の商人、湾岸戦争、<過激派を生んだ同盟>タリバン、パキスタン、アルカイダ、アブドゥッラー・アッザーム、<9.11を巡る関係>バンダル王子、イラク、レバノン侵攻、シリア内戦、IS、ハーリド・ビン・マフフーズ、ブッシュ・ファミリー、<自由と民主主義に反する同盟>バーレーン危機、ムスリム同胞団、カタール封鎖、デーオバンド派/アフレ・ハディース派、スーダン、リビア内戦、<反イラン枢軸>トランプ大統領、イラン/イラク、パレスチナ問題、シリア撤退、世紀のディール、ネタニヤフ首相、ゴラン高原/ヨルダン川西岸、イラン核合意、<戦争を望む同盟>反イラン・反シーア派、ボルトン大統領補佐官、イラン強硬策、ユダヤ教、犠牲者、<おわりに>石油、イランの脅威、中東外交

はじめに

・2018年10月イスタンブールでサウジアラビア(※以下サウジ)のカショギ記者(※以下カショギ)が殺害される。彼はサウジ王室を批判する記事を書いていた。CIAからのリーク情報によれば、サウジのムハンマド皇太子(※2017年6月より王太子。以下ムハンマド)と、その弟ハーリド駐米大使の計画だ。サウジの検察は5人に死刑を求刑するが、ムハンマドは関わっていないとした。しかしトルコのエルドアン大統領(※以下エルドアン)はムハンマドの音声データを握り、サウジの犯行としている。

・一方米国のトランプ大統領(※以下トランプ)は、サウジは対イランにおいて重要な同盟国で、巨額の武器輸出先で、原油価格の安定に重要とした。これに両国の特殊な関係が伺われる。サウジはイエメンに非人道的な空爆を行っているが、これも批判していない。
・エルドアンは議会制度の中でイスラム主義を実現しようとしている。2011年エジプトは「アラブの春」後の総選挙でイスラム主義のムスリム同胞団(※以下同胞団)が勝利するが、エルドアンはこれを支持している。一方ムハンマドは同胞団をサウジ王政に対立するカルト教団とし、排除しようとしている。※同胞団が中東でどの程度の活動をしているのか知らないといけない。

○他者への干渉を戒めるイスラム
・カタールの衛星放送局アルジャジーラはサウジの人権侵害を批判し、サウジが当局の閉鎖を要求した事もある。サウジには2大聖地(メッカ、メディナ)があり、「イスラムの盟主」を自任する。しかしイスラムは「協議」を重んじ、言論弾圧を認めない(※クルアーンを引用しているが省略)。サウジは他にも、カタールにイランとの外交関係の縮小を求めたり、レバノン首相に辞任を求めたりした。

○人道危機をもたらすイエメン空爆
・2015年イエメン戦争(※イエメン内戦かな。イエメン紛争の表記もあるがイエメン戦争で統一)が始まり、2018年6月サウジ/アラブ首長国連邦(UAE)はイエメン空爆を強化する。サウジは「首都サナアを支配する武装勢力ホーシー派(※以下フーシ派)をイランが支援している」としている。サウジはアラブ・イスラエル紛争(※特定の戦争ではなく、中東戦争などの総称みたい)や湾岸危機で兵力を派遣しているが、サウジが主導した事はない(※意外と穏健かな)。それは地上兵力が少ないからだ。空爆が中心で、甚大な人道危機をもたらしている(※イエメンの状況を詳述してるが省略)。

・米国の75%の人がイエメン戦争に反対し、57%がサウジへの武器売却に反対している。ニューヨーク・タイムズは「サウジがイエメンに送っているスーダン民兵の約3割が少年兵」と伝えた(※富裕国なので傭兵が多そう)。スーダンは民兵1千人を送る毎に、2億ドルを受け取ったとされる(※1人20万円。スーダンの国情を詳述しているが省略)。ムハンマドは中東での覇権を目指していたが、カショギ殺害事件により権威が失墜する。

○ムハンマドは向こう見ず
・サウジは初代国王アブドゥル・アズィーズ・イブン・サウードの子孫が王位を継承している。彼には45人の息子がいたが、1953年に亡くなり、2~7代目までは彼の息子が即位している。2015年1月サルマンが7代目に即位し、ムハンマドが副皇太子に就く(※同月としているが、実際は4月。当年がサウジの大きな転機かな)。ムハンマドは「向こう見ず」とされ、異母兄スルタン王子とも比較された。サウジは初代国王の息子が国王に就く時代が終わり、約1.5万人いるとされる王族間での権力闘争が懸念される。1979年イランはイスラム革命により王政が打倒される。サウジはこれが自国に及ぶのを恐れ、欧米に依存した政策を取り、イランを敵視する政策を取り続けている(※隣国の影響は大きいかな)。

・これは米国の対イラン強硬派とも一致する。1979年イランの米大使館が占拠され、大使館員が人質になる。80年代レバノンに駐留する米海兵隊を親イランのシーア派民兵組織が自爆攻撃する。米国の保守派は、イランに反感を持っている。サウジは人権侵害/女性の権利/政治腐敗などの問題が多いが、欧米はサウジの重要性を認識している。サウジは石油収入で欧米から軍備を調達している。トランプが最初に外国訪問したのもサウジである。

・2011年「アラブの春」を契機にシリア問題が起きる。イスラム国(IS)の登場以前は、アサド政権をロシア/イラン/イラク/中国が支援し、反政府勢力をサウジ/ペルシャ湾岸(※以下湾岸)諸国/トルコ/欧米が支援する構図だった。しかしISの台頭で欧米はアサド政権/イランとも妥協する様になる。※同時多発テロは2001年、イラク戦争は2003年、シリア内戦は2011年、ISの台頭は2014年。

○サウジがイランを疎んじる背景
・サウジは2014~19年石油を増産する。これは米国のシェール開発を挫折させ、アサド政権を支えるロシア/イランを経済的苦境に置くためだ。シェールは90年代に新しい掘削技術が開発され、2012年米国が最大の天然ガス生産国になる。イランも経済制裁が解かれ、日量100万バレルの増産を目指す。原油価格は低迷し、2015年IMFは「サウジは5年以内に財政破綻」と予測する。これもサウジがイランを疎んじる背景だ(※王政維持と石油覇権か)。
・2016年1月サウジはシーア派の聖職者を処刑し、イランと断交する。イエメン首都の空爆も行う。軍事費調達のため、国営石油会社サウジアラムコの上場/国有地売却/教育・医療の民営化も視野に入れる。

・米国はサウジに武器を売り続けるが、同国の政治・社会の変化には無関心だ。冷戦時代、米国はサウジとイランの王政を中東の軸とした。ところがイランは親米政策/大量の武器購入/王族の奢侈/政治腐敗/欧米文化浸透などにより、保守層(宗教界、バザール商人)が革命を起こす。米国はこれを教訓としていない。※サウジ(3.5千万人)はイラン(8.7千万人)より人口が少なく、政権に依存する人の割合が高いイメージがある。

○サウジの戦略的重要性
・冷戦時代サウジ/イラン/トルコは西側の同盟国で、イラク/シリアは親ソ的だった。サウジは中東戦争(1948年、1973年)でイスラエルと戦うが兵力は少数で、米国との同盟に影響しなかった。サウジは親ソ的なエジプト/南イエメン(※イエメン東部)/リビアやイスラエルに対抗するため、60年代より大量の武器を米国から輸入した。軍産複合体の米国に、サウジは魅力的な国だった。80年代アフガニスタンでソ連軍とムジャヒディン(イスラム戦士)が戦った。サウジはこれに義勇兵を送った(※ムジャヒディンにはスンニ派もシーア派もいる様だ)。

・1980年イラクのサダム・フセインは革命により反米国家となったイランに侵攻する(イラン・イラク戦争、1980~88年)。イラクは化学兵器などを使用するが、米国は黙認する。1990年イラクがクウェートに侵攻する。米国はサウジの同意を得て、領内(※サウジ国内)に50万人の兵力を駐留させる。米国にとってサウジ/クウェートは戦略的重要性を持つ。※イラン・イラク戦争では欧米/ソ連/中国などがイラクを支援している。イラクはイランと戦った事で、親米になったかな。

○トランプとサウジの蜜月
・2人の大統領を輩出したブッシュ・ファミリーはサウジの銀行家ハーリド・ビン・マフフーズと親交があった。マフフーズはオサマ・ビンラディン(※以下ビンラディン)に献金していた(※変な三角関係だな)。バンダル王子(※初代国王の15男の子かな)は80年代から20年余り駐米大使を務め、ブッシュ・ファミリーと親密だった。彼はサダム・フセインの排除を要求し続けた。イラク戦争後、シーア派政権が成立すると、サウジは今度はイランを警戒する様になる。

・オバマ政権がエジプトのムバラク大統領に退陣を促すと、米国とサウジの関係は冷え切る。また米国がシリアのアサド政権に断固とした措置を講じなかった事も、サウジを苛立たせた。またオバマがイラン核合意に調印した事も、サウジを不安にさせた。
・2015年第6代アブドラ国王(位2005~15年。※初代国王の12男かな)が亡くなり、サルマン(※初代国王の25男かな)が国王に就く。これを機にイランとの対立は深まり、シリアのスンニ派武装集団への支援も強める。アブドラ国王はオバマにイラン攻撃を促したが、オバマは断った。一方オバマはサウジが各地の武装集団を支援する事を懸念していた(※オバマは穏健派かな)。

・ところがトランプ政権になると、イラン核合意から離脱するなど、サウジ寄りの政策を取る。彼の娘婿クシュナーとムハンマドは蜜月関係になる。トランプが在イスラエル大使館をエルサレムに移しても、サウジは批判しなかった。トランプにより、米国/サウジ/イスラエルの同盟関係が築かれつつある。
・しかし米国内にはサウジとの特殊な関係を批判する声がある。2018年12月バーニー・サンダース議員が中心になり、サウジのイエメン空爆への協力を審議する決議が上院で可決する。その際ポンペオ国務長官が議員に圧力を掛けたが、効果がなかった。これこそが米サウジ関係の「黒い一面」だ。米国の議員はカショギ殺害事件にも強い反感・嫌悪を抱いている。※米国は中東外交でも分断かな。

○『ゴルゴ13』での米サウジ特殊関係
・さいとうたかをが『ゴルゴ13』(1983年)に、中東の指導者は偽物との話を書き、その国から抗議を受けた。サウジの王子の姪が米国で殺害され、王子がゴルゴ13に犯人の殺害を要請する。しかし犯人は王子の息子の皇太子と判明する。そのため王子はハリージュ派(架空)にゴルゴ13の殺害を依頼する。ところがゴルゴ13はハリージュ派も皇太子も殺害する。こんな内容なので抗議を受けるのも当然だ。
・作品の中で王子は「サウジは米国から55億ドルの武器を購入している。この半分をフランス・西ドイツに振り向けるとレーガンの首は危うくなる。彼は軍産複合体の威力を知り抜いている」と発言している。また王子は国王に「イスラエルが核を使うなら、イランに限る事」と進言している。中東情勢は80年代と変わっていない。

・ペルシャ詩人が「力ある腕とかぎ爪の力により 力無き貧者のかぎ爪を打ち負かすのは過ちである」と詠んでいる。これはサウジの人権侵害を批判している様だ。これは国連憲章の違反でもある。米サウジの同盟関係は中東を変動させるだろう。カショギ殺害事件やカタールとの断交など、サウジは対話ではなく力で秩序を作ろうとしている。

・日本は、力で国内外を威圧するサウジに石油の40%を依存する。サウジにどう向き合うか議論すべきだ(※メディアがサウジに触れるのはタブーかな)。日本の指導者は日米同盟を基本とするが、米サウジの「黒い同盟」に配慮が必要だ。米国のトランプ/サウジのムハンマド/イスラエルの強硬なネタニヤフは連携し、反イランを強めている。
・国際原子力機関(IAEA)はイランの核合意順守を確認している。それなのに3国は「イランは信用できない」とする。2019年トランプはペルシャ湾に空母打撃群を派遣するなどした。この3国に同調する国は少ないが、影響力は大きい。イスラエルを含めた「黒い同盟」が、中東/国際社会をどう不安定にしているかを解説する。※現にイランは困窮し、ガザでは甚だしい人権侵害が行われている。

第1章 記者殺害事件から露呈した闇

○カショギを何とかしろ
・サウジの人権抑圧は知られていたが、2018年10月カショギ殺害事件により国際社会から反発が起こる。彼はムハンマドを批判する著名なコラムニストだった。ムハンマドにはサウジを持続的発展させる願望があるが、同国のイメージを低下させた。2017年6月ムハンマドは皇太子に即位し(※皇太子も即位か)、人権活動家や政府の批判者を逮捕した。カショギはこれに反発し、2017年9月米国に逃れる。事件当日、婚姻に必要な書類を受け取るため、イスタンブールのサウジ領事館を訪れた(※事件詳細は省略)。

・トルコは、サウジが断交するカタールやサウジがテロ集団とする同胞団と親密である。両国の対立は中東の不安定要因になる。クルアーンは、他人の監視/住居への侵入/拷問/殺人などを禁じている。サウジの行動は背教行為である。

○ごろつき国家
・2018年10月ヒューマン・ライツ・ウォッチは「ムハンマドはカショギの現状を開示すべき」とし、「米英EUなどの同盟国は『ごろつき国家』との関係を見直すべき」とした。また「サウジへの武器売却を止め、安保理決議第2140号・2216号に従って、イエメン空爆を行う有志連合の司令官に制裁を科すべき」とした(※有志連合が行っているのか)。さらに「サウジを国連人権理事会から除名すべき」とした(※ロイター通信/ワシントン・ポストなどの報道は省略)。また領事に関するウィーン条約には「領事機関を領事以外で使用してはいけない」とある。

○ハディースが戒める世界一の石油輸出国
・イスラムのスンニ派には6つのハディースがあり、クルアーンに次ぐ聖典である。そこには「血・財産・名誉は侵すべからざるもの」とある。※クルアーンは神の啓示で、ハディースはムハンマドの言行録。

・サウジは世界一の石油輸出国で、米国の軍需産業を支える重要な輸出先だ。サウジはその武器でイエメンを空爆し、多数の犠牲者/飢饉/コレラなどを発生させている。米国政府・経済界に、軍需産業を次世代エネルギー産業などに転換させる発想はない。サウジはその輸出先で、中東の不安定化を固定させている。中東で混乱が起これば、欧州に難民が流入し、極右勢力が台頭する(※シリア難民だな)。また中東への大量の武器供与は過激派を伸長させる。結局は米国の安全保障を損なう。
・サウジは民主主義に反する行動をしている。2013年エジプトでの軍事クーデターを支持し、シリアでは過激な「イスラム軍」(※反政府勢力?)を支援している。チュニジアの民主化を好まず、トルコ/イランとも対立している。これらは米国の理念(民主主義、人権、自由)に反する。※金持ちの横暴は許せないな。

○百万人の死は統計
・「1人の死は悲劇だが、百万人の死は統計」をスターリンあるいはナチスの高官が言ったとされる(※詳細省略)。カショギ殺害事件は注目されるが、イエメンの犠牲者は忘れさられている。

○サウジの情報機関は外務省より予算が多い
・2018年10月サウジは総合情報庁の副長官らを解任した。また検察庁は「カショギは領事館内で殴り合いになり殺害された」と公表する。またサルマン国王は総合情報庁を再編する閣僚級委員会の委員長にムハンマドを就かせた。疑惑の人物に再編を任せるとは、自浄能力が問われる。イスラムには懺悔の行い「イスティグファール」があるが、サウジの姿勢はかけ離れている。

・総合情報庁は国内外の脅威に関する情報を収集する情報機関で、外務省より予算が多いとされる。米国のCIAと連携していたが、能力不足で9.11テロを招いたとされる。中東では情報機関が人権侵害をもたらし、体制への憎悪になっている。イランではSAVAKによる拷問などが、イラン革命の要因になったとされる。サウジの総合情報庁も体制への憎悪になっていると思われる。

○ドイツはサウジへの武器輸出を凍結
・カショギ殺害事件により、欧州はサウジに反発する。2018年10月ドイツのメルケル首相はサウジへの武器輸出を凍結する。緑の党はサウジへの恒久的な武器禁輸を主張している。ドイツの武器輸出先はアルジェリア/サウジの順になっている(※アルジェリアの宗主国は仏国だけど)。ドイツの経済相はEU各国に同様の対応を要請した。

・サウジは武器を製造しておらず、2017年は694億ドル(7.8兆円)を輸入した。これにより中東での軍拡競争を呼び起こし、イエメンを空爆している。サウジの武器輸入元の上位は米国/英国/仏国で、何れも安保理常任理事国だ。国連憲章の前文に「我々は平和・安全のため協力し、共同の利益の場合を除き武力を用いない」とあり、この精神に背いている。

○サウジ王政は連帯意識が崩壊
・サウジは1932年に誕生した新しい王政だ。アラブの歴史家イブン・ハルドゥーン(1332~1406年)は王朝の3世代論を説いている(※詳細省略)。サウジ王政にも、この連帯意識の弱体化が見られる(※日本の幕府にも通じそう)。ドイツに在住するハーリド・ビン・ファルハーン王子はサルマン国王を批判している。彼は初代国王の31番目の息子アフマド王子が王位に就くべきと主張する。2017年11月ムハンマドが王子11人を逮捕するが、アフマド王子は直前に米国に移住した(※北朝鮮の金正男殺害事件を思い出した)。
・カショギ殺害事件でサウジへの批判が高まる中、初代国王の甥ハーリド・ビン・アブドゥッラー王子は、クウェートの同胞団を追放するため、イエメンを空爆する「決意の嵐」作戦を同国にも実行すべきと主張する。※多くの隣国を敵に回すつもりだな。

・ノルウェーのオスロの平和研究所(※オスロ国際平和研究所?)は、イエメン戦争での2016年1月から2018年10月までの犠牲者を5.6万人と報告する。これには餓死やそれ以前の空爆による死者は含まれていない。歴史家三木亘は「未開から文明が生まれ、文明が飽和すると野蛮を生む」(※簡略化)と述べている。正にサウジは金満になり、野蛮となった。
※本書では触れないようだが、サウジのワッハーブ派はかなり厳格かな。

○カショギが殺害直前に語った事
・カショギ殺害事件に対し反発が起き、多くの著名人がサウジ王政の人権侵害を批判している。イスラエル生まれのジャーナリストのルーラー・ジェブリールは殺害される直前にカショギにインタビューしていた。殺害後、その内容が報道番組で公開される(※簡略化)。
 ムハンマドはカショギを「裏切り者」と考えた。私が彼にインタビューしたのは、米国の議員にムハンマドの実像を見て欲しかったからだ。
 彼は「ムハンマドがレバノン首相に辞任を強要したのは、レバノンのヒズボラ(シーア派武装組織)を挑発し、イランと戦争するため」「国際社会の圧力が、地域の人々を救う唯一の希望」「ムハンマドは改革に熱心と言われるが、それは欧米向けの言葉で、サウジ/イエメン/カタール/レバノンの人には当て嵌まらない」と語った。彼は「アラブの人は民主主義/社会正義/尊厳に値する」と確信していた。彼は「ムハンマドはトランプ政権からCIAの情報を受け取り、それを政敵の逮捕・粛清に利用した」と語った。

○ショーン・ペンは「同胞団のスパイ」とされる
・米国のショーン・ペンは俳優・映画監督だ。彼はイラク戦争が始まる直前にイラクを訪れている。イラク戦争に反対で、大量破壊兵器の確証が必要と主張し、ブッシュ大統領を批判した。2018年1月トランプがハイチ/エルサルバドル/アフリカ諸国を「肥溜めの様な国」と形容する。これに対しても彼は「トランプは米国民の敵」と述べている。
・2018年11月彼はカショギが殺害された領事館前でのトルコ政府高官とカショギのフィアンセへのインタビューを企画する。これにサウジと同盟関係のエジプトは、「ショーン・ペンはカタール/トルコ/同胞団のスパイ」と断定する。人権意識の高い彼は、事件の真相を明らかにし、中東の政治状況を改善しようとしている

○親サウジの米国メディアはアマゾンCEOを脅迫
・2019年2月アマゾンのジェフ・ベゾスCEOは、アメリカン・メディア(AMI)傘下の会社から脅迫された事をブログで明らかにする。AMIのデヴィッド・ベッカー会長はトランプと親しい関係にある。「ベッカー会長はホワイトハウスでの夕食に招かれた際、サウジ王族と親しいフランス人ビジネスマンを同行した」とブログにある。ベッカー会長はサウジでのビジネスを計画していた様だ(※これは脅迫と関係がある?)。ベゾスは不倫をしたとして脅迫された。ベゾスがオーナーの「ワシントン・ポスト」はカショギ殺害事件でサウジの関与を追及していた。これを緩めるのが脅迫の目的と考えられる。

・「ニューヨーク・タイムズ」も、ムハンマドが「銃弾を使ってもカショギを黙らせろ」と指示したと明らかにする。国連もサウジ高官による指示と確認している。トランプは議会からムハンマドがカショギ殺害事件に関与しているか報告を求められたが、報告しなかった。超党派議員はサウジへの武器輸出を削減する法案を提出する(※結果はどうなったのか)。

○ムハンマドの奢侈
・2018年3月サウジは「シーア派武装勢力のホーシー派(※以下フーシ派)が人道支援物資の搬入を妨げ、人道危機を招いている」と主張する。しかし国連はサウジが妨げていると報告している。ムハンマドは女性の運転を解禁したが、イスラムへの冒涜/魔術/姦通/同性愛に対する死刑は継続させ、残酷な斬首を行っている。カショギはムハンマドをロシアのプーチン大統領になぞらえ、「サウジの最高指導者」とした。2017年11月ムハンマドは他の王子を腐敗を理由に逮捕するが、自身の腐敗には口を閉ざしている。
・2015年ムハンマドはパリ郊外の「ルイ14世の城」を3億ドルで購入する(※他にヨット/絵画の購入が書かれているが省略。外遊に何千人とかが同行するらしい。飛行機から降りる専用タラップを作った事もあったな)。ムハンマドは「ニューヨーク・タイムズ」のインタビューで「汚職を厳しく取り締まっており、200人以上を摘発した。専門家によると政府支出の1割が汚職に流用されている」と述べている。

○アルカイダの誕生
・サウジは反ユダヤ宣伝を繰り返している(※サウジとイスラエルは不思議な関係だな)。サウジの軍機関紙『イスラム兵』には、「これまでに起きた革命・戦争はユダヤ人の暗躍による。トーラ(聖書)/タルムード(聖典)/シオン長老の議定書は、ユダヤ人が世界を支配し、非ユダヤ人の壊滅を命じている。物資・文化・精神の支配を企み、土地・黄金を手にし、金融機関を支配している」(※簡略化)とユダヤ陰謀論を展開している。

・2018年3月ムハンマドは「イランがアルカイダの指導者を匿っている」と述べる。一方米上院情報委員会の委員長は、「9.11同時多発テロの報告書に『サウジがアルカイダの実行犯を支援していた』とある」と述べている。80年代アフガニスタンでの対ソ戦争でサウジがアラブ・ムスリムを支援した事で、アルカイダが誕生した。
・アルカイダはスンニ派で、イランのシーア派を嫌っている。アフガニスタンではシーア派のムジャヒディン組織「イスラム統一党」を攻撃している。イランがアルカイダを匿う事はない。アルカイダはアラブ語を話すアラブ人で、イラン人はペルシャ語を話す。アルカイダの創設者ビンラディンはサウジ出身である。またアルカイダの思想はISやサウジと近い。※なぜ著者はワッハーブ派の名前を出さないのか。サウジ王政がワッハーブ派を凌駕しているから?

・ムハンマドは「イランが中東で影響力を拡大している」と警戒する。サウジはイエメンを空爆したり、レバノン首相を軟禁し辞任を強要するなど、強引な手法を用いるが、イランが他国に介入するのはここ200年ない。イランとイラクのシーア派の繋がりは、80年代にサダム・フセインがシーア派を弾圧した事に始まる。

○大義がないイエメン空爆
・2019年4月トランプはイエメン空爆によりサウジへの軍事支援を停止する決議に拒否権を発動する。この拒否権を覆すには2/3以上の賛成が必要だが、見込みはない。2019年4月国連開発計画(UNDP)はイエメンに関する報告をする。同国は人間開発指数で189ヵ国中178位、家庭収入は約8割が1日1.9ドル以下(※300円)、2500の学校が破壊されていた。同年に戦争が終われば犠牲者は23.3万人(幼児14万人)だが、2022年まで続けば48.2万人(幼児33.1万人)と予測した。
・同月ポンペオ米国務長官は「イエメン戦争は米国の国益。戦争の原因はイラン」と発言するが、イランの関与は極めて薄い。イランのシーア派は12イマーム派だが、イエメンはザイド派だ。イエメンの人道危機はシリア/アフガニスタンより深刻だ。イエメンの25万人が飢餓状態で、13.1万人が餓死すると予測されている。この戦争が米国/サウジの国益と思えない。※潤うのは米国の軍産複合体。

第2章 米国・サウジの特殊関係

○欧米の歓心を買うための武器購入
・サウジはイスラムを建前とする絶対王政で、米国と価値観が異なる。従って米国とサウジの緊密関係は米国外交の偽善を表す。アラブの独裁国家は反米の姿勢を示すと米国から非難・否定される。サウジには米国に石油を輸出し、その見返りに米国に投資し、武器を購入する暗黙の協定がある。

・米サウジの関係を紐解く。サウジ経済は石油で成り立つ。埋蔵量は世界3位で、油田は東部に存在する。1933年米国の石油企業とサウジ政府が石油探査の協定を結ぶ。1938年カリフォルニア・スタンダード石油(現シェブロン)の子会社(現アラムコ)が3200万バレルを産出する油田を発見する。1945年ラース・タヌーラ製油所が設立され、掘削が始まる。

・サウジは中東で最も多くの軍事費を使っている。2018年サウジは676億ドルで世界3位だった(※米中の次かな。異常だな)。因みにイスラエルは159億ドルだった。しかし兵隊は23.1万人で(イランは53.4万人)、近代化を進めている。それはエジプト(1952年)/イラク(1958年)の王政が軍事クーデターで崩壊した事による。サウジの武器購入は欧米の歓心を買うためで、武器の多くは倉庫に眠っている。

○第1次石油危機
・1973年10月ユダヤ教の「贖罪の日」、エジプト/シリアがイスラエルを奇襲し、第4次中東戦争が始まる。米国/オランダはイスラエルに軍事物資を送り、ソ連はエジプトに軍事物資を送る。同月「アラブ石油輸出機構」(OAPEC)はエジプト/シリアへの支援を訴え、石油の減産を決定する。さらにニクソン政権がイスラエルに22億ドルの軍事支援を決めると、サウジは米国/オランダへの石油禁輸を決める。※今回のガザ侵攻では、アラブ諸国の反発は見られず、静観の感じだな。

・「石油輸出機構」(OPEC)はメジャーとの交渉が主な活動だったが、政治的重要性も高まる。米国は燃料配給制/道路の速度制限を行い、湾岸地域の占領も検討する。
・サウジの第3代ファイサル国王(位1964~75年。※初代国王の3男。約10年毎に継承している)はパレスチナ問題に強い関心を持っていた。1969年イスラム諸国会議でエルサレムをアラブ・ムスリムが再支配する目標を確認する。また駐サウジ米国大使を通じ、サウジが反ソで重要な事を訴える。アラブ・イスラエル紛争においてエジプトはソ連に接近したが、サウジは米国との同盟を維持した。※エジプトも揺れ動く国だな。

○冷戦時代
・冷戦時代米国は中東が東側に落ちる事を警戒した。米国系アラムコ(アラビア=アメリカ石油会社)を通じ、安価な石油が同盟国に供給される事を目指した。第1次石油危機(1973年)で石油価格が上昇し、サウジなどのオイルマネーが米国製兵器/米国債に充てられる。サウジ東部の米国ダーラーン基地はアフガニスタンでの対ソ戦争や湾岸戦争で重要な役割を果たす。

・サウジの初代国王は無神論の共産主義に対する闘いを明らかにした。しかしエジプトのナセル大統領(任1956~70年)が主導したアラブ世界の統一・繁栄を訴える「アラブ・ナショナリズム」ほど求心力はなかった。第3次中東戦争が起きた1967年までサウジに脅威を与えたのがナセルだった。第1次世界大戦後イエメンはイエメン王国として独立するが、1962年軍事クーデターによりイエメン共和国(北イエメン)が成立する。ナセルは軍を派遣し、イエメン共和国を支援する。一方サウジは国王復権を図る王党派を支援する(※北イエメン内戦。1962~70年)。1963年米国がイエメン共和国を承認すると、エジプトはサウジの反体制派(※詳細説明なし)を支援し、サウジの王政を揺さぶる。※アラブ内にも主導権争いがあり、その背景米ソ対立がある。

・サウジの共産主義者は50年代に「国民解放戦線」を結成していた。1953~60年サウジ東部の石油産出地帯で労働運動が盛んになるが、アラムコはCIAエージェントなどの協力で労働運動を抑圧する(※西側での世界的な現象かな)。1967年イエメン南部に社会主義のイエメン人民民主共和国(南イエメン)が成立する。ファイサル国王は、イエメンから王政打倒が広がるのを恐れる。70年代末ソ連/キューバは南イエメンの協力でエチオピアを軍事支援する(※1990年冷戦終結で北イエメンと南イエメンが結合)。※イエメン/紅海/アフリカの角も不安定だな。

○サファリ・クラブは反ソの冷戦戦略を担う
・冷戦時代、サウジ/イラン/エジプト/モロッコ/フランスは反共の「サファリ・クラブ」を築いた(※調べたが存在を確認できなかった。因みにサファリの意味は狩猟旅行)。ファイサル国王時の総合情報庁長官カマール・アドハム(任1965~79年)は、エジプトのアンワル・サダト大統領(任1970~81年)をサウジに接近させる役割を担った。彼は50年代からサダトと知り合いで、彼の結婚式にサダトが出席している。彼はエジプトを親ソから親米に転換させるため、サダトに金銭工作を行った。1972年エジプトはソ連顧問を追放し、親米に転換する(※1973年第4次中東戦争でソ連がエジプトを軍事支援したとあったが)。※他にも幾つかの功績が記されているが省略。

・1976年サファリ・クラブの情報機関が憲章を結び、ソ連がアフリカでの社会主義革命を支持し、資源確保のため衛星国家を作ろうとしている事を脅威とした。1979年総合情報庁長官はトゥルキー・アル・ファイサル王子に替わる。彼はアフガニスタンでの対ソ戦争の工作を担い、米国のCIA/パキスタンの軍統合情報局(ISI)と連携し、アフガニスタンのムジャヒディンに武器を提供する。1979年イラン革命により、サウジがサファリ・クラブを主導する様になる。

○サウジ政府と密接だったビンラディン
・CIAはアフガニスタンでのムジャヒディンの戦いを「聖戦」とし、支援額を増大させた(※詳細省略)。サウジはソ連がアフガニスタンからペルシャ湾に進出するのを恐れた。CIAは総合情報庁のシステムを整備し、ソ連の通信を傍受させた。ソ連がアフガニスタンに侵攻した直後(1980年)、カーター政権(1977~81年)の大統領補佐官ブレジンスキーはサウジを訪問し、サウジが米国と同額をムジャヒディンに支援する事を約束をさせる。米国はムジャヒディンへの支援が中央アジアのムスリムを刺激し、ソ連を弱体化させると考えていた。

・パキスタンもイスラム化政策を追求しており、ソ連と対立していた。サウジとパキスタンはパキスタンで道路・設備などのインフラを整備した。これを主導したのがサウジ最大のゼネコンの御曹司オサマ・ビンラディンだった(※初耳。こんな繋がりがあるのか)。ビンラディン・ファミリーはサウジで宗教施設などを建築し、サウジ政府と緊密だった。ビンラディンはムジャヒディンの戦いで工兵部門を担当する。

○ワッハーブ派 ※やっと出てきた。
・サウジがアフガニスタンでの戦いを支援し、これがサウジの国教ワッハーブ派のイデオロギーが世界に広がる契機になる。アフガニスタンとパキスタンの国境地帯にモスク/マドラサ(神学校)が建てられ、ワッハーブ派の解釈が教えられた。ワッハーブ派の教義の中心は神の唯一性で、偶像崇拝の対象である聖廟・墓石は破壊された(※墓石も)。

・20世紀初頭、初代国王アブドゥル・アズィーズ・イブン・サウードはアラビア半島の遊牧民を統合し、ワッハーブ派を正統とした。政治と宗教の融合は継続され、王族と宗教指導者の通婚も継続されている。ワッハーブ派はイブン・タイミーヤ(1268~1328年)の影響を大きく受けている。彼は通俗な宗教的慣行や聖廟への崇拝を否定した(※詳細省略)。彼の思想はパキスタンのマドラサでも説かれ、パキスタンとサウジは宗教的に近い。

・80年代アフガニスタンで対ソ戦争が行われるが、サウジは国内での反発を恐れ、米軍基地を設けなかった。エジプト/イラク/シリアでは民衆はアラブ・ナショナリズムを支持し、米国のイスラエル支援に反発した。サウジは王政が揺らぐ事や、ソ連がイラク/シリアを支援する事を恐れた。

○アラブ・イスラムの大義とシーア派革命
・米国がイスラエルとエジプトの和平を仲介する様になり、サウジはキャンプ・デービッド合意(1978年)前にエジプトと国交を断絶する。キャンプ・デービッド合意はパレスチナ難民の帰還などに触れておらず、第4代ハーリド国王(位1975~82年。※初代国王の5男)は合意をイスラエル寄りと考えた。イスラエルに敵対するナショナリズムや過激主義がもたらされ、無神論のソ連の影響力が拡大するのを恐れた(※これらを恐れたが合意した?)。1970年頃はリビアのカダフィー大佐を中心とするアラブ・ナショナリズムが席捲していた。これは旧秩序(※王政?)に対する挑戦でもあった。実際1977年リビアの支援で空軍将校がクーデターを起こす計画があったが、情報機関の摘発で防がれた。

・イラン革命によりサウジ東部のシーア派が待遇改善・権利拡大の抗議デモを起こした。レバノンではヒズボラが誕生し、勢力を拡大させた。イラン王政はサウジと同様に親米路線をとり、大量の武器を米国から購入したが、革命により倒れた。「米国に死を」「米国は大悪魔」などのスローガンがイラン国民に受け入れられた。サウジは米国と距離を置き、米軍基地の受け入れから離れていった。

○軍事費の増加
・サウジの近代化は、1973年第1次石油危機によるオイルマネー収入の増加に始まる。1979年度の石油収入は540億ドルだが、翌年は930億ドルに増えている。同時に王族の奢侈・腐敗も顕著になり、イスラムの擁護者としての正統性が疑問視される。他のアラブ諸国は世俗化されており、王政はこれがサウジの伝統を損なうと考えた。1975年共産党が設立され、労働者/農民/遊牧民/インテリ/学生の連帯を訴えた。東部では労働者による抗議運動が展開された。軍事費の増加で、1976年兵力は5万人になる。不足する兵力はパキスタンから補われ、1980年頃にはパキスタン将兵が1.5万人になった。

○メッカ大モスク占拠事件
・サウジにもイランと同様に王政の腐敗/親米姿勢への反発があった。1979年11月(イラン革命と同じ年)、5~600人がメッカの大モスクを占拠する。武装グループの指導者は、「王室はワッハーブ派の指導者としての自覚を失い、腐敗・堕落している」と批判した。彼らはイスラムの公正・平等を重んじない王室を不敬虔とした。カーター政権はサウジとの同盟を重視し、1978年F15戦闘機62機のサウジへの売却を決定する。それでもハーリド国王は米軍基地を受け入れなかった。

・1980年9月イラクのサダム・フセインがイランに侵攻する(イラン・イラク戦争)。サウジはイラクを支援する。イランの指導者ホメイニはイスラムの普遍的有効性から、「イスラムは世界の傘」と訴えた。ホメイニの後継者は、「イスラムに国境はなく、革命はイランに留まらない。革命により貧しい人々が優位になる社会を建設すべき」と訴え、革命の輸出を「ジハード」とした。湾岸諸国は革命が国内に波及するのを恐れ、「湾岸協力理事会」を結成する。サウジはイラクの与党バアス党の社会主義/アラブ・ナショナリズムを快く思っていなかったが、イスラム主義の復興を脅威を感じ、湾岸諸国はイラクに5~600億ドルを支援する。

○サウジはニカラグア内戦にも関与
・1981年3月レーガン政権(1981~89年)はサウジに最新鋭の武器を移転すると発表する(※移転と売却は違う?)。これに議員の反発があったが、4月国家安全保障会議(NSC)はAWACS偵察機など85億ドルを売却すると発表し、法案は10月に議会で承認される。AWACSはサウジが要望していたもので、その後サウジは米国の世界戦略に協力する。

・パレスチナ系ビジネスマンのバーミフがファハド皇太子の親書をレーガンに届けている。それにサウジが経済的・戦略的に米国に協力し、反共運動を支援する姿勢が示されれていた。またバーミフは「バンダル王子が、『サウジは中米/アフガニスタン/アンゴラで反政府勢力を支援し、南アフリカで石油を売却する事に関心がある』と述べた」と米議会で証言する(※南アフリカに石油?これが米国の戦略?)。
・サウジが最も評価されたのはニカラグアの反政府勢力コントラへの支援だ。1979年ニカラグアはサンディニスタ民族解放戦線がサモア一族の独裁政権を倒すが、中道勢力/財界はサモア派ゲリラ「コントラ」を支持し、内戦になる。米国はコントラを支援する。1984年レーガン政権は議会の承認を経ず、サウジに地対空ミサイルなどを移転する。これに応じ、サウジは毎月100万ドルをコントラに提供する事を決める。※その後サンディニスタ民族解放戦線とコントラは和平合意したみたい。

○「死の商人」アドナン・カショギ
・米国からサウジへの武器売却には巨額の賄賂が絡み、腐敗が定着している。1935年アドナン・カショギは、初代国王の待医ムハンマド・カショギの子に生まれる。彼は武器売却により3500億円の資産を得る。殺害されたカショギ記者は甥だ。1956年(21歳)彼はエジプトに300万ドルのトラックを売り、15万ドルを得る(※メーカーは?)。1962年より武器ビジネスを始める。1967年アラブ諸国が第3次中東戦争で大敗し、軍備を増強する様になり、莫大な利益を得る(※米英仏との武器取引を解説しているが省略)。
・彼はサウジのオイルマネーを米英からの武器購入に注ぎ込むのに成功する。手数料は売却額の15%だったとされる。彼は豪華ヨット「ナビラ」を購入しているが、1987年トランプがこのヨットを3千万ドルで購入している。彼は英国との長期武器取引に関与し、この時バンダル王子に10億ポンド(2400億円)の裏金が渡ったとされる。彼はロンドン/パリ/カンヌ/モンテカルロに私邸、ケニアに放牧場、リムジン100台、プライベート・ジェット3機などを所有していた。
・彼はイラン・イラク戦争時、イランに武器を売却する「イラン・コントラ事件」にも関わった(※詳細省略)。彼は金儲けのために手段を選ばないロッキード・マーチン社とも関係が深い。当社は1970~75年に外国との手数料に1.65億ドル(田中角栄への贈賄は5億円)を使っているが、その多くが対サウジである。
※米国は中東を危険地帯としているが、武器を売って自ら危険地帯にしている感じだな。背景に米国とロシア/イランの対立があるかな。しかし米中対立がある東南アジアには武器売却はない気がする(台湾は除く)。これは東南アジアに中国が軍事侵攻する可能性が低く、親米より親中で、かつ武器購入する余力がある国がないためかな。

○湾岸戦争で関係強化
・1990年8月サダム・フセインがクウェートに侵攻する。これを重大な脅威としたブッシュ政権(1989~93年)はサウジに軍を派遣する。冷戦終焉直後で、米国が国連安保理に提出した決議(イラクへの非難、経済制裁)は成立する。サウジにイラクに対抗する軍事力はなく、米軍の駐留を受け入れ、米国は「砂漠の盾作戦」を開始する。米国が主導する多国籍軍に40ヵ国超が参加する。※侵攻の発端である国境紛争などを詳しく説明しているが省略。
・米軍がサウジに駐留すると、サウジの最高位の宗教指導者は「イスラムの聖地メッカを異教徒が防衛するのは正当でない」と発言する(※正統と正当が混在するが、まま表示)。また開戦すると、サウジは社会主義のソ連/中国/イランと国交を樹立し、逆にイラクを支持したヨルダン/イエメンの人を国外追放する。純粋なムスリムは、米軍駐留はイスラム聖地ではなく王室を守るためと判断した。

・80年代サウジは米国から284億ドルの武器を購入したが、湾岸危機では米国に防御された。さらに260億ドルの武器を購入する事を約束し、最新鋭の武器を購入する。F15E戦闘機は米国議会が認めていなかったが、イラクの脅威が高まり、イスラエルとの関係が改善されたため、1992年48機が売却される。これは外国への初めての売却だ(※原型機のF15戦闘機は1978年に62機を売却かな)。

○王政への不満
・サウジは1995~97年で310億ドルの武器を購入するが、財政の悪化で見直す。ガソリン/電気/水道への補助金は削減され、経済も低迷する。米国からの武器購入は批判され、反米感情も高まる。1995年11月リヤドの米軍施設で爆破事件があり、米国人5人が犠牲になる。1996年6月ダーラン近郊で自動車搭載爆弾によるテロがあり、米軍関係者19人が犠牲になる。これらの事件の背景に反米感情があるが、サウジ政府は米軍を撤退させなかった。この頃アルカイダの創設者ビンラディンは王政に対するジハードを説いている。※この延長が9.11同時多発テロだな。

第3章 過激派を生んだ同盟関係

○普及されるワッハービー
・イスラムの過激な思想・活動を「ワッハービー」と言う。これはワッハーブ派から派生している。タリバン/アルカイダだけでなく、中央アジアでの分離独立運動・反体制運動なども含まれる。ワッハーブ派は60年代から世界に波及し、世俗的なアラブ・ナショナリズムや社会主義に対抗した。これにオイルマネーが使われた。ファイサル王子はナセル主義(世俗的な社会主義)やソ連・東欧の共産主義に対抗するため、ワッハーブ派の教義に訴えた。
・1962年サウジ主導で「世界イスラム連盟」が創設され、教義を広める「ダワ運動」が進められる。モスク/学校/図書館/病院などを作り、イマーム(礼拝指導者)を支援し、クルアーンやイスラムに関わる図書を翻訳した(※この運動は知らなかった)。1969年「イスラム諸国会議機構」(現イスラム協力機構)が設立され、イスラム諸国の結束やメッカ/メディナの保護やパレスチナの救済を訴えた。70年代「イスラム開発銀行」が創設された(※詳細省略)。この様な組織を通じ、ワッハーブ派がイスラム諸国に浸透する(※普及、波及、浸透などが使われている)。
・1969年タリバンがアフガニスタンを支配する。イスラム的行動を遵守させるため宗教警察を設置する。これもサウジの影響である。サウジもタリバンも反体制運動を抑制するためインターネット/衛星放送を禁止している。
※サウジも中国に似て、相当な監視社会だな。サウジとタリバンは宗教的に近いが、サウジは米国と同盟するが、タリバンは欧米民主主義の敵とされる。

○タリバンへのワッハーブ派の影響
・タリバン政権を3つの国が承認しているが、その1つがサウジだ。タリバンは凧揚げ/ビリヤード/音楽/マニキュア/テレビなどを禁じている。タリバン政権はビンラディンを匿った事で米国に打倒される。サウジもキリスト教会の建立や活動を認めていない。この様にサウジの価値観は米国とかけ離れているのに米国はサウジを支持し、論理的矛盾が見られる。

・ソ連がアフガニスタンに侵攻し、パキスタンにサウジの援助で多くの神学校が作られた(※アフガニスタン紛争、1978~89年)。これによりワッハーブ派の影響が及んだ。70年代パキスタンの首相は社会主義者のズルフィカール・アリー・ブットだった。1971年内戦によりバングラデシュが独立する。パキスタンは財政難になり、彼はサウジなどの湾岸諸国を頼り、イスラム的方策(イスラム法の導入、イスラム的施設の支持など)に訴える様になる。
・1977年ブット政権はズィア・ウル・ハク大統領に打倒される。ソ連がアフガニスタンに侵攻すると、パキスタンの神学校でワッハーブ派の影響が増大する。これはイラン革命を起こしたシーア派からの防塁の目的もあった。サウジ政府/富裕層は積極的の神学校建設を支援した。80年代初パキスタンの人口は8千万人で、その8割が非識字で、平均年間所得は180ドルだった(※数万円だな)。神学校では子弟に教育・食事が与えられた。アフガニスタンから逃れてきた難民も神学校で寝食を与えられた。※タリバンは神学校の子弟を意味する。

○急進的なデーオバンド派
・パキスタンではデーオバンド派も神学校を設立している。当派は19世紀、インドで実生活とイスラム原理が調和して生まれた。当派は保守主義を強め、ワッハーブ派との結び付きを深める。当派は戦闘的で、シーア派には極度に不寛容だ。この神学校で学んだアフガニスタン人も自国でソ連と戦うジハードに参加した。1988年当派は政党「イスラム聖職者協会」を創設する。当政党は「政府がビンラディンを米国に引き渡せば、国内の米国人を殺害する」と公言する(※イスラムの教えに「逃げて来るものは守る」みたいなのがある)。※この状況なので、米国は入らず、中国が進出しているのかな。
・当政党から「スィパー・サハバ・パキスタン」「ラシュカレ・ジャングヴィ」が分かれ、シーア派を襲撃している。ナワーズ・シャリーフ首相が両組織を抑圧し、指導者はアフガニスタンに逃れた。※彼の弟が現首相。彼らの所属はパキスタン・ムスリム連盟で保守的政党かな。

○ムジャヒディンへの支援
・1981年レーガン政権は駐サウジ大使に7年間アフガニスタン大使を務めたロバート・ヌーマンを任命する。この年サウジはムジャヒディンに1.2千万ドルを供与するなど、米・サウジは武器・資金を提供した(※今のウクライナと同様だな)。サウジの支援はパキスタンの情報機関ISIを通さず行われ、多い時は月2.5千万ドルに達した。この中心にいたのが情報機関トップのトゥルキー王子だ。彼は穏健だが、パキスタン/アフガニスタンの親サウジ集団への支援は惜しまなかった。彼はこの支援で国内の急進的イスラム集団を懐柔できると考えていた。しかしそうならなかった。

○ヒズボラ指導者暗殺未遂事件
・サウジはCIAによるレバノンでのヒズボラ指導者暗殺未遂事件にも資金を提供していた(※米国が計画!この前はイスラエルがレバノンでヒズボラ指導者を暗殺したはず)。サウジは誘拐されたCIAのベイルート事務所長の解放にも米国に300万ドルを支援している。1985年サウジはレバノンの情報機関と協力し、ヒズボラ指導者のアパートを爆発させる。80人が犠牲になるが、本人は難を逃れた(※レバノンはどちら寄り?)。他にもサウジはチャドに800万ドル、イタリアに200万ドルを投じている。
・サウジはCIA事務所長の解放のためにイランと交渉し、身代金を払う(※米国人をイランが誘拐し、サウジが身代金を払う?)。この交渉でイランは、石油を増産し価格を抑えたヤマニ石油相の解任と石油価格の引き上げを要求している。またイランはイラン・イラク戦争で王政時代に米国から購入した武器を使っており、このスペアパーツの調達をサウジが行う事になった(※この前米国製ヘリコプターが墜落し、イラン大統領が亡くなった)。

○最大のテロ支援国家
・2003年米両院情報委員会は「アルカイダはサウジからの寄付で支えられている」とする。サウジの外交目標は王政の存続で、イスラムへの支援で王政を正統化している。それためモスクを改修し、布教活動を支援している。

・サウジ/米国の支援でアフガニスタンに戦闘的なイスラム集団が作られた(※ムジャヒディンだな)。1989年ソ連がアフガニスタンから撤退すると、新たな闘争の舞台が必要になった。冷戦後は各地で民族紛争が起こり、イスラム集団はカシミール/ボスニア/チェチェンなどに赴く。ビンラディンはサウジ/米国と敵対する様になる。湾岸危機で米軍がサウジに駐留したが、彼は許容できず、米国をイスラム世界から駆逐する事が目標になる。1983年レバノンでシーア派武装集団が米軍兵舎を自爆攻撃し、米兵250人が犠牲になり、米軍が撤退した。彼はこれをモデルにする。またワッハーブ派は排外主義で反欧米・反西欧が思想的背景になる。

・1979年イラン革命以降、サウジが米国が中東で最も信頼するパートナーになった。サウジ王政が倒れ、反米のイスラム国家になると悪夢になる。9.11同時多発テロの実行犯19人中、15人がサウジ人だった。ブッシュ政権(2001~09年)はテロリスを匿ったり、テロを支援する国家・勢力を追及するが、サウジには矛先を向けなかった。2016年両議院合同の調査委員会が作った報告書の黒塗りページ「28ページ」が公開される。これにサウジの外交官がサンディエゴで9.11実行犯を支援していた事や、サウジが原理主義の普及を支援し、アルカイダを支援する慈善グループと関係を持っていた事が書かれていた。

○サウジの鬼子
・サウジのゼネコンの経営者ムハンマド・ビンラディンには50人余りの子供がいた(※子供は差別用語だが、使わせて貰います。最近、子共の表記もある)。その1人がオサマ・ビンラディンだ(※以下ビンラディン)。父はイエメンからの移住者だが、サウジ王族の建設事業を請け負い、中東で最大のゼネコンになった。子のビンラディンはサウジ西部のジェッダの大学でイスラム学を学ぶ。1979年ソ連がアフガニスタンに侵攻すると、彼は抵抗運動のための資金を集める様になる。彼の活動の中心はアフガニスタン/パキスタンになる。1988年義勇兵を中心とする武装組織「アルカイダ」を結成する。1989年ソ連が撤退すると、サウジに戻る。※ソ連と戦う位なので、アルカイダは相当な規模かな。
・1990年湾岸危機が起きると、彼はアルカイダが国土防衛する要求をしたが、政府は認めなかった。一方米軍駐留を認めた事に反発し、スーダンに移る。1993年イスラム世界での米国との闘争を目標に設定し、ニューヨーク世界貿易センター爆破事件などを称賛する様になる(※まだ事件は起きていないけど。それとニューヨークはイスラム世界ではない)。1994年スーダンにアルカイダの軍事拠点を築き、異教徒と戦う民族紛争に義勇兵を送る。1996年彼はスーダンから追放され、アフガニスタンに戻る。タリバン政権が彼らを庇護する。彼は米国に対するファトワ(教令)を出し、米国に対する聖戦を宣言する。

・1998年彼は「米国の中東への介入は、経済的・宗教的要因の他にユダヤ国家への奉仕がある。エルサレム占領/パレスチナ人殺害から目を逸らせるためだ。例えばイラクを破壊しようとした。イラク/サウジ/エジプト/スーダンを弱小国にし、イスラエルを存続させ、十字軍的にアラビア半島を占領しようとしている」(※簡略化)と声明している。彼の目標はイスラム世界で米国を大規模な戦争に引きずり込み、米国の世界秩序を覆し、単一のイスラム国家を作る事だ。そのため世界各国でテロを起こした。1998年ナイロビ(ケニア)/ダルエスサラーム(スーダン)の米大使館で同時多発テロを起こし、2000年アデン港に停泊する米駆逐艦に自爆攻撃している。

○ビンラディンの師匠
・ソ連がアフガニスタンに侵攻し、サウジの若者にイスラム防衛の意識が芽生えた。それを米国/サウジ/パキスタンが支えた。これによりサウジ政府はイスラムの擁護者として正当性を得た。若者はパレスチナからヨルダンに逃れたアブドゥッラー・アッザームの支持者になっていた。彼は同胞団員になり、カイロのアル・アズハル大学でイスラム法の博士号を取得し、ヨルダン大学で教職に就く。しかし同胞団員が理由で解雇され、サウジのキング・アブドゥルアズィーズ大学に移り、ビンラディンなどに教鞭を執る。
・ソ連がアフガニスタンに侵攻すると、彼はイスラムの土地を守る聖戦のファトワ(教令)を出す(※ファトワは誰でも出せたかな)。間もなくパキスタンに移り、聖戦のための組織を結成する。ビンラディンはこれを支えた。彼はイスラムの土地を異教徒・無神論者から守る事をムスリムの義務とした。占領されているムスリムは当然戦うが、その力が及ばない時は全てのムスリムがその義務を負うとした。アフガニスタンでの戦いは、パレスチナより緊要性が高かった。1989年彼は暗殺されるが、エジプトの過激派「イスラム聖戦」によると考えられている(※詳細省略)。

○王政は米国に騙されている?
・湾岸危機により米軍がサウジに駐留した。これを文化的侵入/軍事的征服の前触れとする議論がイスラム宗教学者の間で起こる。これは王政の正統性を疑うものだ。これに危機を感じた第5代ファハド国王(位1982~2005年。※初代国王の9男かな)は、高位聖職者に王政の正当性を裏付ける見解を出させる。しかしこれは逆に王政・高位聖職者への信頼を低下させた。
・米軍に対する反感・運動は、モスク/大学などで急拡大する。中にはイラクのクウェート侵攻自体が欧米の陰謀とする神学者もいた(※詳細省略)。国内に欧米の価値観を主張する人が現れる様になり(※世俗化だな)、宗教学者は文化的侵入を危惧した。1990年リヤドの女性が車を運転する示威行動を行った。これにサウジ政府は女性の運転を厳格に禁止する(※最近解禁されたかな)。同年ビジネスマン/知識人がウラマーの役割を減じる嘆願書を出す。1991年湾岸戦争が始まると、「チャネル2」が米CNNのニュースの放映を始める。サウジ軍が多国籍軍に従属し、イラク軍に勝利するのは、ウラマーには屈辱的だった。

○米国へのジハード
・湾岸戦争が終わっても米軍はサウジから撤退しなかった。そこで若いウラマーはウラマーが国を運営すべきと考える様になる。1991年ウラマーはウラマーで構成され、国内外の問題を統括する「諮問評議会」を設立する要望書を提出する。これに説教師/イスラム機関の長/宗教判事/学者など4千人が署名する。ファハド国王は宗教界を懐柔せざるを得なくなり、宗教界の職員を増やしたり、欧州に居住するムスリムのための放送局を開設した。また欧米文明は物質的で、世界の覇権を追求していると批判した。

・それでもビンラディンは許容できず、暴力で実現しようと、サウジに駐留する米軍に宣戦布告する。1996年ダーラーン基地で爆破事件が起きるが、これに犯行声明を出している。また彼は「サウジはシオニスト・十字軍同盟の側にいる」と批判する。90年代後半になると彼のスタンスは世界に広がる。1998年「ユダヤ人と十字軍に対するジハードのための世界イスラム戦線」を設立する。同年ケニア/タンザニアの米大使館で同時テロを起こす。

第4章 9.11を巡る奇妙な関係

○サウジ政府と9.11の関連
・2014年イスラム国(IS)がモースル(イラク)にカリフ国家を設立する。米国で、「サウジが過激派組織を支援するのを、歴代政権が目をつぶった」との議論が起こる。第3章で解説したが、2016年サウジ政府と9.11の関連性が記された「28ページ」が公開される。駐米大使バンダル王子(※この人は最重要人物だな)はサウジの情報機関員ウッサーマ・バッスナーンと親交があった。バッスナーンは9.11実行犯を支援するオマル・アル・バユーミーと交流があり、実行犯を支援していた。バンダル王子は1983年から2005年まで駐米大使を務め、「バンダル・ブッシュ」と呼ばれるほど、ブッシュ大統領と親密だった。

○バンダル王子のロビー活動
・2009年ヒラリー・クリントン国務長官は「サウジ政府はアルカイダ/タリバンなどの過激派に資金を提供している」と述べる。イラク戦争により「イラクのアルカイダ」が生まれ、それが2010年代にISになった。2014年イラク首相は「サウジとカタールがイラクの宗教対立を煽り、危機をもたらした」と批判する。某米上院議員は「バンダル王子と9.11実行犯の関係をさらに調査すべき」と述べる。

・バンダル王子は毎日の様に大統領と面会していた。彼はコントラへの資金提供での事情聴取を、外交特権を盾に拒否している。カーター政権時サウジはF15戦闘機の購入に成功するが、これも彼のロビー活動による(※カーター政権は1977~81年で、1978年F15戦闘機62機の売却だな)。1982年ファハド国王が即位し、その功から駐米大使に任命される。サウジはイラン/イラクなどに囲まれ、F・ルーズベルト政権時(1933~45年)から米国の軍事力が不可欠になっている。

○バンダル王子により明らかにされた米国の戦争計画
・バンダル王子はアフガニスタンでの対ソ戦争で貢献し、湾岸危機では米国に戦争を決意させた。しかしサダム・フセイン政権が残され、彼は先代ブッシュ大統領に不満を持った。2004年大統領選でサウジはブッシュ大統領に「選挙前は石油価格を上昇させない」と約束している(※石油価格は常に重要な選挙材料だな)。『攻撃計画』(※雑誌かな)では、2003年イラク開戦をパウエル国務長官に伝える前、チェイニー副大統領とラムズフェルド国防長官が彼に戦争計画を漏らしている。この時彼はサダム・フセインの排除を確認している(※詳細省略)。
・2001年彼はブッシュ大統領と面会した時、「米英仏によるイラクでの飛行禁止空域のパトロールはサウジに軍事的・財政的・政治的な犠牲を強いている一方、サダム・フセインにダメージを与えていない」と訴える。これにブッシュ大統領は、「米国がイラクに軍事行動を起こせば決定的になる」と応えている。※この辺りが大量破壊兵器の捏造に繋がるのかな。

・2002年アブドラ皇太子(後のアブドラ国王)がブッシュ大統領と会談するため訪米する。これに指名手配者1人、テロリスト2人が随行していた。FBIは拘束を予定していたが、国務省は躊躇する。これに前述の実行犯を支援する情報機関員ウッサーマ・バッスナーンも随行していた。

○米国防総省と武器商人カショギの癒着
・2003年3月調査報道記者ハーシュが『ニューヨーカー』に米国防政策委員会の委員長パールは利益相反で有罪と書いた。それは彼が武器商人アドナン・カショギと食事したり、軍事会社の顧問をしているからだ。彼はトライレーム・パートナーズの執行役員をしており、当社はイラク戦争で巨利を得た(※詳細省略)。2003年1月彼はアドナン・カショギとビジネスマンのズハイル(イラク生まれ、サウジ国籍)とマルセイユで会い、トライレームへの投資を促した。トライレームが利益を得るかは、イラク開戦に掛かっていた。
・2002年彼のビジネス仲間のヒルマンは、「サダム・フセインが大量破壊兵器の保有を認めれば、本人・家族・閣僚の国外逃避を認める」とのメモをアドナン・カショギに送っている。彼らはイラク戦争回避の工作も行っていた。

○黒い送金と賄賂
・2002年米連邦銀行検査官がリッグズ銀行の調査を始める。サウジの駐米大使館がリッグズ銀行経由で9.11実行犯に資金を提供していたからだ。大使館の口座が慈善事業の名の下に運用されていた。バンダル王子は、80年代のアフガニスタン支援やコントラ支援でCIAと協力関係にあった。
・1985年英BAEがサウジに武器を売却するが(ヤママ契約)、これもリッグズ銀行の口座が利用されていた。BBCや『ガーディアン』は、BAEはバンダル王子に10億ポンド(2400億円)を支払ったと報じている(※超巨額な手数料だな)。2006年英政府はこの調査を、「国益を守る」として捜査を打ち切っている。ヤママ契約は総額430億ポンドで英国最大の武器売却だった。英国には「賄賂は当然」と発言する政治家もいた。バンダル王子も同様の発言をしている(※省略)。

・2005年バンダル王子は駐米大使を辞任し、トゥルキー・アル・ファイサル王子(※父は第3代ファイサル国王)が後任になる。彼も総合情報庁長官(任1979~2001年)に就いている。彼はアフガニスタンでの対ソ戦争でビンラディンに協力し、義勇兵を募っている。米国は彼やビンラディンを通し、アフガニスタンのムジャヒディンと接触した。

○イラクの反政府シーア派組織
・2006年チェイニー副大統領はサウジでアブドラ国王/バンダル王子と会談する。国王は「米軍がイラクから撤退すれば、シーア派と戦うスンニ派を支援する」と述べる。国王はイランが支援するシーア派が中東全域に拡大するのを懸念していた。※同じ宗教でも、スンニ派とシーア派の対立は激しい。

・イラクはシーア派が多数だったが、オスマン帝国はスンニ派が支配する構造にした。それが続き、サダム・フセインなどのスンニ派が支配してきた。しかしイラク人は宗教対立の意識は希薄で、金曜礼拝などを一緒に行っている(※礼拝所が一緒?)。しかしサウジなどがスンニ派を支援する事で、対立が激化した。1980年イラン出身のイラク人が副首相を暗殺する未遂事件が起こる。サダム・フセイン政権はシーア派を弾圧し、シーア派の高位聖職者やシーア派の反体制組織「ダワ党」の党員が処刑にされる。1980年代イランに亡命していたシーア派の反体制勢力は「イラク・イスラム革命最高評議会」(SCIRI)を結成する。サダム・フセイン政権の崩壊でSCIRIの指導者はイラクに帰還する。内務省で影響力を持つ様になり、スンニ派を暗殺するなど、混乱を招いている。

○ブッシュ政権からスンニ派武装組織への資金提供
・イラクでのシーア派の伸長は、サウジ東部のシーア派にも影響するかもしれない。そのため米国は、サウジによるスンニ派武装組織への支援を黙認した。前述ハーシュ記者によると、ブッシュ政権は邪悪なスンニ派武装組織にも資金を提供していた。またレバノンやシリアの同胞団にも資金提供した。これを主導したのがチェイニー副大統領などで、バンダル王子も関わった。1980年代アフガニスタンで戦うムジャヒディン/アラブ義勇兵にも武器・弾薬を与えたが、彼らは反米テロを行う様になる。

○イスラエルとサウジの極秘関係
・2005年バンダル王子は駐米大使を退任し、アブドラ国王の安全保障のアドバイザーになる。彼は度々ワシントンを訪れ、国家安全保障会議(NSC)の中東担当のエリオット・エイブラムスとイランを封じ込める政策について話し合う。これは後任大使トゥルキー王子の職権を奪うもので、2007年トゥルキー王子は大使を辞任する。2007年バンダル王子はエイブラムスに、「サウジは9.11実行犯の動静を把握していた。米国の治安当局が適切に対処しなかったためテロが起きた」と伝えた。
・2000年代に入るとイスラエルはシーア派(イランなど)への警戒を強める。イランの最高指導者ホメイニはイスラエルの解体を説いている。2006年イスラエルがレバノンのヒズボラを攻撃するが、サウジはこれを支持する(※レバノン侵攻/第2次レバノン戦争だな)。2006年7月レバノン侵攻するが、ヒズボラに決定的なダメージを与えられなかった。停戦後、イスラエルの諜報機関モサドのダガン長官とバンダル王子が会談するが、バンダル王子は米国からの武器購入に反対しないよう要請している。しかしこれが報道された事で、イスラエルとサウジの極秘関係は進展しなかった(※世論を気にしたのかな)。

○サウジのIS支援でシリア内戦が激化
・2012年バンダル王子は総合情報庁長官に就任する。サウジによるスンニ派武装集団への支援がISを生んだとされる。2014年ISはモースル(イラク)を支配する。シーア派のモスク・聖廟を破壊し、ヤジディ派(※クルド人の宗派だな)を虐殺したりした。

・2014年英国のMI6元長官は、「ISはサウジ/カタールの支援で拡大した」と講演する。支援を主導したのがバンダル王子で、これによりシリア内戦は悲劇的になった。2014年ミュンヘン安全保障会議でジョン・マケイン上院議員は、サウジ/カタールに謝辞を述べ、シリアの反政府勢力に武器を与えたバンダル王子を称えた。反政府組織にはアルカイダと関係があるヌスラ戦線とISがあるが、前者をカタール、後者をサウジが支援した。米国/仏国/トルコは穏健な自由シリア軍を支援し、サウジ/カタールにこれを要請する。2014年バンダル王子は総合情報庁長官を解任され、ISへの公的支援は停止される。
・ジョン・マケイン上院議員はシリアの反政府勢力を利用し、アサド政権を打倒しようとした。しかし独裁政権が倒れても民主的な政権になる保証はない。例えばリビアではカダフィー政権が倒れたが、安定した政権は生まれていない。バンダル王子はイラク/シリアの武装組織を支援したが、両国の混乱は続いている。

○クリントン国務長官の懸念
・2013年バンダル王子はヨルダンを訪れ、アサド政権打倒に協力するよう要請する。同年「イラク・イスラム最高評議会」(SIIC。SCIRIが改称)はバンダル王子が数千万ドルを用い、米国がシリアに軍事行動する様に高官にロビー活動したと報じる。サウジはアルカイダなどの過激派組織が王政の脅威になるのを恐れていたが、これもバンダル王子が総合情報庁長官から解任される理由になる(※武装組織を過度に支援したからかな)。

・2014年ISがイラクで実効支配を始めると、米国とイランは軍事協力する様になり、イラン革命防衛隊はイラクでISと戦う。バンダル王子は総合情報庁長官解任後は、国家安全保障会議事務局長に留まり、国王顧問などを務める。サウジの目的はイラク/シリアの親イラン政権の弱体化で、ISとの共闘も視野に入れる(※米国との不一致が生じたかな)。バンダル王子は総合情報庁長官の解任で反政府勢力への支援から外れる。しかしロシアに「ロシアがアサド政権への支援を止めれば、サウジがロシア製兵器を購入する。ロシアが支援を続けるなら、ソチ・オリンピックを標的にしたテロを活発化させる」と申し出ている。

・2016年ウィキリークスはクリントン国務長官の電子メールなどをリークする。2013年彼女は「サウジ/カタールはスンニ派過激派組織を支援しており、外交的圧力を掛ける必要がある」との電子メールを送っている。また2013年国務長官解任後、「サウジほど過激主義が普及した国はなく、米国の無差別の武器供与は将来問題を起こす」と述べている(※IS台頭の直前だな)。また2014年「米国はISと戦うべきだが、アサド政権を利させてはいけない。IS打倒後は自由シリア軍を支援し、アサド政権打倒に傾注すべき」との電子メールを送っている。結果ロシアが支援するアサド政権が自由シリア軍を圧倒し、米国は失敗に終わった。

○ムハンマド皇太子による外交政策の転換
・2017年ムハンマド皇太子(※以下ムハンマド)はバンダル王子を不正蓄財の容疑で逮捕する。これはサウジの外交政策の転換を表す。シリアはアサド政権の復権が明らかになり、反政府武装組織の弱体化は顕著になった。そこでムハンマドの関心は、2015年3月に空爆を開始したイエメンと封じ込めを行うカタールに移った(※サウジとカタールの関係は、そんなに悪かったのか。カタールの大半はワッハーブ派なのに。親イランだからだな)。トランプ大統領になると、彼は娘婿のジャレッド・クシュナーと親密になる。

○黒いバンカーのマフフーズ
・ハーリド・ビン・マフフーズ(1949~2009年)はサウジの銀行家・投資家である。9.11実行犯19人中15人がサウジ人で、彼の関与が疑われた。マフフーズは「バンク・オブ・クレジット・アンド・コマース・インターナショナル」(BCCI)の大株主(2~3割)だ(※BCCIは1972年創立、ルクセンブルク本社)。BCCIはマネーロンダリング/贈収賄/テロ支援/武器密輸に関わっている。サダム・フセインなどの独裁者も利用していたが、1991年に経営破綻する。
・彼はビンラディンに27万ドルを寄付した。1980年代にはムジャヒディンを支援するムワッファク財団を設立し、3000万ドルを支援している。1993年サウジはボーイング製旅客機61機(70億ドル)を購入するが、彼はこれを仲介し、10~12%の謝礼を受けたとされる。この7億ドルは当時国防大臣だったスルタン王子などにも渡った。彼はブッシュ・ファミリーとも関わった。

・ブッシュ大統領はテロとの戦いを唱えたが、アルカイダを育てた富裕層とも関係を持った。彼とブッシュ・ファミリーとの交流は1970年代に始まった。※実業家ジェームズ・バスなどを含めた関係を紹介しているが省略。

○ブッシュ・ファミリーの闇
・1990年バーレーン首相は石油の掘削権をハーケン・エナジーに与える(※これらに外交機密費が必要なのかな)。この首相もBCCIの株主だ。マフフーズの2人の息子は、ブッシュ・ファミリーと関係が深いカーライル・グループ(※PEファンド)に3000万ドルを投資している。サウジの富豪とブッシュ・ファミリーは経済活動を通じ、深い関係にある。※様々な関係を紹介しているが省略。
・カーライル・グループは国土安全保障省から莫大な利益を得る。子会社の調査会社は、民間航空会社の安全に関する調査で数十億ドルを得る。また別の子会社は輸送機/爆撃機/アパッチヘリの装備品を提供している。この様にカーライル・グループはブッシュ大統領が始めた対テロ戦争で莫大な利益を得る。※これらも軍産複合体かな。

・マフフーズは自身のムジャヒディンへの支援を認め、「これはソ連を封じ込めようとする米国の外国政策に沿ったものだ」と主張する。1998年アルカイダがケニア/タンザニアの米大使館爆破事件を起こし、その報復で米国はスーダンの製薬工場を攻撃する。工場はマフフーズの経済仲間のサーレハ・イドリーズが所有しており、米国はイドリーズの資産を凍結する。しかしイドリーズが訴訟を起こすと、凍結を解除する。

○共通項のBCCI
・2007年米議会はサダム・フセインとビンラディンの関係を調査する。両者に協力関係はなかったが、共にBCCIを利用していた。さらに調査はサウジとブッシュ・ファミリーの関係に広がる。BCCIはレーガン政権時代、CIAがサダム・フセイン/ムジャヒディン/アラブ義勇兵/コントラなどへの資金提供に使った銀行だ。1972年パキスタンの銀行家が創設し、UAE大統領が支援した。資金洗浄/麻薬・武器の密輸/独裁者の不正蓄財/武装集団への資金提供に使われた。総合情報庁長官カマール・アドハム(任1963~79年)/トゥルキー王子(任1979~2001年)もBCCIの有力な株主だった。ブッシュ・シニアがCIA長官の時、エア・アメリカの航空機をバスとマフフーズが経営する会社が購入している。ブッシュ・ジュニアのハーケン・エナジーは経営危機に陥るが救済され、サウジ人に与えられるが、これにマフフーズが関係している。

○ビンラディン一族とブッシュ・ファミリー
・1988年ブッシュ・シニアは大統領に選出される。これによりハーケン・エナジーはサーレム・ビンラディン(ビンラディンの兄)/マフフーズなどの投資家を得る。1990年当社はバーレーンの石油掘削権を得るが、それまでに石油掘削の経験はなく、結局掘削に失敗する。バスはサーレムのテキサス州における代理人になる。1991年湾岸戦争で米空軍基地が作られるが、ゼネコンのビンラディン・グループが深く関与している。2000年代には4万人の従業員を抱え、ベイルート/カイロ/アンマン/ドバイなどに拠点を構え、高速道路/住宅/工場/基地/宗教施設を建設した(※サウジの巨大都市NEOMも彼らが建設するのかな)。1996年米国のアメラダ・ヘスとサウジのデルタ石油の合弁会社デルタ・ヘスがアゼルバイジャンの石油開発に取り組むが、これにもマフフーズが関係している。

○タリバンを巡るサウジとチェイニー
・デルタ石油はアフガニスタンを通過するパイプライン計画でタリバンと交渉した。1995年米国の石油会社ユノカルはトルクメニスタンからアフガニスタンを通過し、パキスタンに至るパイプラインを計画する。1997年ユノカルとデルタ石油はトルクメニスタンからアフガニスタンに通じるパイプラインを建設するコンソーシアム「セントガス」を設立する。ユノカルはこれで非OPECの石油の20%を産出できると表明する。1998年タリバンが国土の9割を支配する様になり、パイプラインが現実的になる。しかしタリバン政権が国際社会で認知されず、計画は実現しなかった。
・2001年ユノカルのアフガン・プロジェクトの主任顧問がブッシュ政権の国家安全保障会議(NSC)の中東担当大統領特別補佐官に就く。タリバン利権の関係者がブッシュ政権の要職に就き、ブッシュ政権の矛盾を表している。※政治の表と裏が、これほど混合している政権は珍しいのでは。

第5章 自由と民主主義に反する同盟

○バーレーンの「アラブの春」への弾圧
・2012年3月サウジはバーレーンの民主化運動を壊滅するため軍事介入する。同じ頃リビアでガダフィー政権が民主化運動を抑圧し、これに米国/NATOは空爆するが、サウジの軍事介入には沈黙した。バーレーン市民は憲法に基づいた民主主義を求めたが、支援もしなかった。同国には米海軍の基地があるが、不安定な民主主義より王政が都合が良かった。一方でイランの核開発/人権侵害を批判し、イランは逆に核開発を頑なにする。
・各国で「アラブの春」が起きたが、同国の民主化運動が支持者の割合が最も高く、ハリーファ一族だけでなく、湾岸の王政を動揺させた。サウジは国家防衛隊、UAEは警察部隊、クウェートは海軍を派遣した。これは明らかに内政干渉だ。※同国は島国だが、サウジと橋で繋がっている。

○イランとの危機を深めたバーレーン危機
・同国は3/4がシーア派、1/4がスンニ派だが、ハリーファ一族などのスンニ派が支配している(※イラクと同様だな)。そのため他の「アラブの春」と異なり、宗派の分断があった(※シリア/イラクなど多くの国で混在しているのでは)。サウジはバーレーン王政をイラン封じ込めに必要とした。また同国の民主化は湾岸諸国の「悪い前例」になると恐れた。オバマ政権は湾岸諸国の王政の歓心を引き付けておくため、「民主主義の擁護者」の名誉を捨て、民主化運動を無視した。※「アラブの春」は、王政維持のため弾圧されたのか。

・首都マナーマでは戦車が展開され、デモに催涙ガス・ゴム弾が放たれた。シーア派に対する弾圧は強化された。このバーレーン危機により米サウジとイランの亀裂は深まった。宗派の比率を変えるため、スンニ派6万人を移住させ、シーア派を弾圧する治安部隊に編入した。シーア派は貧困層を構成しており、高官や治安部隊に就けず、王政への不満が積っていた。同国には長年、立憲君主制への要求があり、1994年には国民議会の復活や、全ての国民に市民権を求める要求などがあった。

○民主化運動という脅威
・バーレーン危機のデモ参加者は貧困を改善するため王政を打倒する千載一遇の機会と考えた。これはサウジ王政には脅威であり、この弾圧はサウジ国内で同様な民主化運動が起こっても断固たる姿勢で臨む事を示した。2011年12月湾岸協力理事会(GCC)はサミットを開き、イランと民主化運動を脅威とした。イラクがシーア派体制になり、バーレーン危機が起こり、レバノンでヒズボラが力を付けた。サウジはこれらを厳格なイスラム解釈の劣勢と警戒した。

○エジプトの同胞団への警戒
・1928年ハサン・アル・バンナーがエジプトの「ムスリム同胞団」を創設する(※同胞団はエジプトが発祥かな。同胞団も宿題だ)。これはクルアーンを憲法とし、預言者ムハンマドをモデルにする。彼は「喜捨」により貧民を救い、税は富裕層のみから取り立てるとした(※この点は独裁政権と対立かな)。また「聖戦」を個人の義務とした。またイスラム国家の創設を主張し、イスラム世界での運動の始まりになる。1948年第1次中東戦争が始まり、同胞団は50万人に達し、数百名の義勇兵を派遣できる規模になる。エジプト政府は解散を命じるが、逆に首相が暗殺される。報復として政府は彼を暗殺する。

・ナセル政権(1956~70年)は同胞団を弾圧する。これにより同胞団員はサウジに逃れ、大学で教鞭を執る。1990年代政治改革を求める「サフワ運動」が起こる。サウジ王政は警戒し、弾圧に乗り出す。これにより同胞団員はサウジからも逃れる。※サフワ運動を少し調べたが、分からなかった。
・2012年6月エジプトで民主的選挙が行われ、同胞団系のムハンマド・ムルスィーが大統領になる。しかし2013年7月軍事クーデターが起き、大統領は解任される。サウジはこれを歓迎し、UAE/クウェートを誘い、新しい軍事政権に90億ドルを援助する。※こんな状況なので、権威主義国が増える。

○カタールの内政に干渉するサウジ
・アラブ首長国連邦(UAE)はアラブ人が18%しかおらず、他は外国からの流入者だ。そのため同胞団をカルト集団と考え、王政の脅威とした。サウジ/クウェート/UAE/バーレーンは同胞団をテロ集団に認定し、同胞団を支援するカタールから大使を召還する(※帰国)。カタールの首長は同胞団の指導者と親しく、エジプトから逃れた同胞団員が行政・メディアの職に就いた。カタールは同胞団を介し、チュニジア/リビア/シリア/エジプトに影響を与えた。カタールの衛星放送「アルジャズィーラ」は「アラブの春」を支持している。カタールには同胞団系のシンクタンク(ブルッキング研究所、ランド・コーポレーションなど)があり、サウジはその閉鎖を求めている。
※カタールはサウジから突き出た半島なのに、サウジと対立し、大変だな。また日本が「アラブの春」/民主化運動などを報道しないのは、石油を湾岸諸国に依存するからかな。

○カショギ記者の警告
・サウジは、同胞団/イランと敵対する勢力を支援している。他方イラクはサウジを「イラク国内でスンニ派のテロを扇動している」と批判し、トルコはエジプトの同胞団の非合法化を批判する。
・2018年8月カショギは、「オバマ大統領はアラブ世界での民主化を支持すると宣言するが、エジプトの軍事クーデターに何の措置も取らなかった」と批判する。彼は「中東での同胞団の排除は民主主義を奪い、独裁的・腐敗的体制を維持させる。過激主義/難民を出現させ、これにより欧州は極右が台頭する」と警告する。彼は「アラブ世界での政治改革・民主主義は、同胞団などのイスラムに基づく政治運動に依拠する。同胞団の排除は民主主義の喪失」と主張する。またエジプトの軍事政権が同胞団員などイスラム主義者6万人を逮捕・拘束した事を、「エジプト政治の死滅」とした。一方ヨルダン/チュニジア/モロッコでイスラム主義が政治に参加している点を評価する。※イスラム主義が所々に出てくるが、明確な説明はない。大雑把に言えば、政治のイスラムの協調かな。

○サウジによるカタール包囲網
・2017年6月サウジ/UAEなどGCC諸国はカタールと断交し、経済封鎖する(※カタールもGCCに加盟している)。1995年同国はタミーム・アル・サーニーが父を追放し、元首に就く。サウジ/UAEはこの宮廷革命を好ましくない前例とした。サウジは同国にイランとの断交を要求するが、拒否している。2017年5月トランプはサウジのカタール断交を容認する。さらにカタールに米空軍基地があるにも拘らず、カタールを「最大のテロ資金提供国」と述べた。サウジのカタール包囲はムハンマドにより始められた。サウジは、カタールとイランの関係を脅威に感じている。

○カタール問題で湾岸諸国は分裂
・トルコはカタールに1千人の兵を駐留させ、米国も1万人の兵を駐留させており、サウジがカタールに軍事介入するのは不可能だ。エジプトのシーシ軍事政権はサウジと同盟しているが、カタール包囲に熱心でなく、イエメン戦争にも兵を派遣していない。サウジのカタール政策に同調しているのは、UAEだけだ。トランプ大統領はサウジのカタール政策を支持したが、国務省・国防総省は調停する姿勢を示した(※省略)。
・カタールには3万人のイラン人がおり、アラブ諸国の分裂は好都合だ。トルコのエルドアン政権の公正発展党は議会制民主主義でのイスラム主義の実現を目指し、これは同胞団の理想と一致する。そのため同胞団を支持するカタールを歓迎している。トルコは米国から経済制裁を受けており、カタールとの交流を深めている。2022年カタールでサッカーWCが行われ、トルコのゼネコンの活躍の場になる。イラン核合意により、トルコはイランとの協議を繰り返す様になった。※何となく中東はイスラエル/サウジ/UAE包囲に変わった感じだな。

○パキスタンの神学校は急進的
・2008年ウィキリークスは、「ラホール(パキスタン)の米領事館員が、パンジャーブ州(※同州はパキスタンとインドにある)で若者が過激な組織にリクルートされていると警告した」とリークする。貧困層の子供がアフレ・ハディース派の神学校に送られ、ジハードの哲学が教化され、パキスタン西北で過激な活動を行っていた。

・デーオバンド派/アフレ・ハディース派は、「真のイスラムから離れ、イスラム神秘主義を信仰するのは、貧困が原因」とし、経済的支援を行っている。子供を1人入学させれば、家庭は6500ドルが得られる。デーオバンド派の神学校では古典的なイスラムではなく、戦闘的なジハードが教化される。シーア派には極度に不寛容である。ここで教育された者が、アフガニスタンでのジハードに参加した。デーオバンド派は現実とイスラム原理を調和させたもので、19世紀インドで生まれた。デーオバンド派が硬直的になればなる程、サウジのワッハーブ派と思想的に結び付く。

○アフレ・ハディース派はサラフへの回帰を目指す
・領事館員が警告した「アフレ・ハディース協会」は、1986年サージド・ミールにより創設された(※対ソ戦争中だな)。アフレ・ハディース派は王政を否定するが、サウジの様な厳格なイスラム国家を目指す。その軍事部門は過激派になっている。パキスタンはインドとカシミールで衝突し、民兵組織が必要になっている。※核を持つパキスタンが過激派に頼るのは危険だな。
・アフレ・ハディース派はクルアーンとハディースのみに依拠し、タクリード(模倣)や神学者の解釈を拒絶する(※クルアーンは神の啓示で、ハディースはムハンマドの言行録)。そのため聖者信仰するイスラム神秘主義を否定する。同派は初期世代(サラフ)への回帰を目指すサラフィー運動でもある(※これはシーア派と重ならないのかな)。同派は、1906年「全インド・アフレ・ハディース会議」に始まる。非暴力的組織とするが、暴力的活動を行うグループとオーバーラップしている(※詳細省略)。

○パキスタンの過激派と共鳴するサウジ
・パキスタンはインドに対抗するため軍事的性格が強く、国家予算の42%が軍事費だ。一方教育予算は14%で、女性の非識字率は6割を超える。貧困層の子供が軍事訓練キャンプに送られている(※神学校?)。米国は「テロとの戦い」を目標とするが、同盟するサウジは真逆で、パキスタンの過激なイスラム主義者に共鳴し、宗教学校を支援している。神学校では、過激な宗派主義/非ムスリムへの憎悪/反欧米/反政府思想が吹き込まれる。先の米領事館員は、「パキスタンには食糧支援、起業家への融資、インフラ支援(灌漑、学校など)、リクルートの抑止、対テロ支援、穏健なイスラム・イデオロギーが必要」としている。

○米国の対アフガン政権の綻び
・2011年米国はビンラディンを殺害し、パキスタンへの支援を減らす。一方急進的な過激派組織を支援するサウジを抑制する姿勢は見られない。結果南アジアで暴力を増殖させている。「テロとの戦い」は無関係のイラクに向けられ(※これはサウジからの依頼かな)、アフガニスタンやパキスタンに向けられなかった。そのためアフガニスタンでタリバンが復活する。サウジの説教師がSNSで「異端のシーア派に対する攻撃」を呼び掛けるが、欧米は無関心だった。

・米軍がアフガニスタンで対テロ戦争を始める直前、パキスタンの軍関係者がパキスタンに脱出する。この事は米政府とパキスタン政府が協議していた事を示す(※アフガニスタン紛争は2001~21年で、どの時点だろう。米軍は空爆が中心だったかな)。パキスタンはタリバンを支援していたが、米国はこれを停止させなかった。米軍・NATO軍はパキスタンに駐留するが、タリバンの復活を抑制できなかった。※様々な軍事介入の失敗で、思い通りにならない事を理解してきたかな。

○ペルシャ人はアラブに口出すな
・サウジはパキスタン/アフガニスタンの安定に大きく影響している。パキスタン政治は3A(アーミー、アッラー、アメリカ)に大きく影響している。米国は冷戦時代からパキスタンを重視し、軍事的・経済的支援を続けてきた(※それで核を持てたのか)。パキスタンの軍関係者は米大使館を頻繁に訪れ、賄賂・手数料を受け取ってきた(※米国に依存する国は大概腐敗する)。米国は反米武装集団ハッカニ・グループの壊滅をパキスタン軍に要求するが、ハッカニ・グループはパキスタンとタリバンの橋渡しをしている。
・イランの核開発を警戒するアブドラ国王は米政府に「蛇の頭を切り落とす必要がある」と伝え、イランへの攻撃を要求したとされる。またアブドラ国王はイラン外相に「ペルシャ人はアラブに口出すな」と語ったとされる。

○スーダン革命に介入するサウジ
・2019年4月スーダンで30年に亘って独裁政権を続けたオマル・アル・バシール大統領が辞任する。新たにアフメド・アワド・イブンオウフ国防相が軍政のトップに就くが、翌日辞任する。1989年バシールらが軍事クーデターを起こし、エジプトの同胞団の支部「国民イスラム戦線」による政治が始まる。北部は同胞団/サウジ型など厳格なサラフィー主義、南部は寛容なイスラム神秘主義が信仰されている。

・1992~96年ビンラディンがスーダンを拠点にしている。米国がテロ支援国家として経済制裁し、経済が困窮し、これが2019年スーダン危機の要因になった(※スーダン危機の明確な説明はないが、2019年以降の軍政を指すかな)。ダルフール紛争で死者20万人/難民200万人を出し、国際刑事裁判所がバシール大統領に逮捕状を出す(※ダルフール紛争の説明もないが、2002年から続く東西分裂かな)。スーダンの識字率は2000年61%、2019年58%と下がっている。

・2011年南スーダンが独立し、人口の97%がムスリムになる。しかし油田の3/4が南スーダンにあり、石油収入が激減した。エジプトの民主化はサウジ/UAEの介入で失敗したが、スーダンでも同様になると考えられる。バシール政権はイエメン戦争でサウジ/UAEに協力し、戦闘機/地上軍を送っており、この関係は続くだろう。スーダンの軍部は同胞団を弾圧しているが、これも一致している(※北部では同胞団が信仰されているのでは)。軍部は法源をイスラム法(シャリーア)としており、民政移管を求める勢力と異なる。しかしバシール政権時代から国民は軍部に不信感を募らせている。

○リビア内戦におけるトランプの無責任
・かつてリビアはアフリカでもっとも生活水準が高かった(※石油が取れるからかな)。しかし2011年「アラブの春」以降、混乱している。2019年4月ハフタル将軍が国連が支持する「リビア統一政府」のトリポリを攻撃する。これにトランプはハフタル将軍の武装勢力を支持し、「ハフタル将軍はテロと戦い、石油の確保に努めている」と述べる。トランプには「テロとの戦い」と「石油」しか頭にない。石油を支配するハフタル将軍を味方にしておきたいのだ。
・2016年統一政府のシラージュ首相がトリポリに入り、統一を試みるが、政府の権威を確立できていない。2014年代表議会選挙が行われたが、その議員が東部トブルクに政権を樹立し、統一政府を認めていない。この政権をハフタル将軍が主導している。

○サウジ/UAEは反動勢力を支持
・リビアには様々な武装集団が存在する。イデオロギーは穏健なイスラム主義/王党派/過激主義など様々で、民族的にも様々で、モザイク状態にある。当然民主主義は理解されていない。2017年ハフタル将軍が東部ベンガジを支配し、全土支配が見えてきた。2019年1月彼は南部の油田地帯を支配する。2019年4月トリポリ攻撃直前、サウジを訪問し、攻撃の同意と資金を得ている。彼はロシアも訪れている。米ロはトリポリ攻撃を非難する国連安保理決議に拒否権を行使する。サウジ/UAEはチュニジアでも、「アラブの春」以前に主導権を持った反動勢力を支援している。※「アラブの春」が失敗した原因は明白だな。

第6章 反イラン枢軸

○イランの暴発を期待
・2019年1月トランプは「米国の情報機関は極めてナイーブ」「彼らは学校に戻るべき」とツイートする。これは前日、上院情報特別委員会で国家情報長官/CIA長官が「北朝鮮の核の脅威は続いているが、イランは核合意を順守している」と発言した事による。イランの高官は、「トランプが核合意から離脱すると、イランも離脱する」と述べる。トランプはイランが離脱し、暴発するのを期待している様だ。

・2018年10月カショギが殺害された時も彼は、「イランは危険だ。イエメンで代理戦争を行い、イラクの民主化を不安定にし、レバノンのヒズボラを支援し、独裁者アサドを支援している」と述べる。彼は「イランはテロ支援国家」と言いたいのだが、レバノンでの海兵隊兵舎への自爆攻撃もイラクで米兵が襲撃される事件もイラクの指示ではない。

○トランプの思い込み
・2019年9月トランプは「UAE/サウジ/カタールはシリア/イエメンに数十億ドルを人道支援し、イエメン内戦を停止する」と述べる。一方でサウジはイエメン空爆を加速させ、米軍が空中給油を続けている。2017年5月彼はサウジを訪問した際、「サウジは米国に4500億ドルの投資・輸入をする。その内1100億ドルは武器の購入だ」と述べるが、これは誇張されたものだ。カショギ殺人事件を受け、彼は「もし米国がサウジへの武器売却を停止すれば、ロシアがそれに代わる」と述べる。しかし米国製戦闘機はロシア制爆弾を積めないし、ロシア製パーツで武器の保守はできない。彼の発言は自己アピールや自己の正当化にある。

○米国の同盟はご都合主義
・米国は中東での同盟国を変えてきた。1953年イランで民主的に選出されたモサッデク政権を打倒し、国王による親米政権を樹立する。これはイランにある英国の石油産業をモサッデク政権が国有化した事もあるが、冷戦時代において民主主義体制より独裁体制の方が都合が良かったからだ。しかし1979年王政による弾圧政策/米国化政策/経済格差からイスラム革命が起き、王政が打倒され、反米の共和国になる。

・1980年カーター大統領は「湾岸を支配しようとする外部勢力の試みは、米国の死活的利益への攻撃」(カーター・ドクトリン)と述べる(※外部勢力とはイラン/ソ連かな)。このドクトリンを実行したのが次のレーガン大統領(1981~89年)で、イラン・イラク戦争中にサウジ/クウェートのタンカーに米国旗を掲げさせた。彼はイランの共和国体制を打倒するため、サダム・フセインと同盟する。イラン・イラク戦争はイラクの侵略により始まったが、彼はこれを批判しなかった。またサウジのイエメン空爆と同様にイラクにイラン軍の情報を与え、イラクの化学兵器使用も批判しなかった。欧米諸国はイラクに協力し、戦争は拡大した(※これも大きく見れば米ソの代理戦争かな)。しかし1990年イラクがクウェートに侵攻すると、「フセインは中東のヒトラー」と形容する。この様にサウジとの同盟関係も変わる可能性がある。

○パレスチナ問題で問われる王政の正統性
・カショギ殺害事件によりサウジとイスラエルの関係が注目される。それはカショギの監視にイスラエルのスパイウェアが使われていたからだ。またムハンマド皇太子(※以下ムハンマド)はトランプが唱えるパレスチナ問題の和平案「世紀のディール」を推している。サウジは「イスラムの盟主」を自任するが、聖地エルサレムを国際法に違反し占領するイスラエルに接近している。これはサウジの威信を低下させる。この姿勢はトランプの歓心を買うが、アラブ世界からは好意的に見られない。

・一方サルマン国王はトランプによる大使館のエルサレム移転を苦々しく思い、東エルサレムを首都とするパレスチナ国家の創設を構想している(※王政内・親子でも不一致か)。国王はホワイトハウスに送った書簡でも、トランプの和平案を拒絶している。国王は2002年アラブ連盟が採択した「アラブ和平イニシアチブ」を尊重している。このイニシアチブは、東エルサレムを首都とするパレスチナ国家の創設を支持し、イスラエルの全占領地から撤退を要求し、パレスチナ問題の公正な解決を求めている。ムハンマドのイスラエル接近は、サウジ王政の正統性を問う「刃」になっている。

○米軍のシリア撤退は中東を不安にさせる
・2018年12月トランプは、「米軍はシリアから完全撤退する」とツイートする。これに応じイスラエルのネタニヤフ首相は「イスラエルは米国の支援により対イランを強化する」と述べる。駐イスラエル大使をエルサレムに移転させた様に、トランプの姿勢は親イスラエルが強い。
・トルコのエルドアン政権はシリア北部のマンビジにクルド勢力が及ぶのを望まず、軍事介入をほのめかす。マンビジはクルド人武装勢力(YPG)と米軍がISから奪還した都市で、米軍が撤退すると、トルコが軍事介入する可能性がある。米軍撤退をシリアのアサド政権は、正当性が認められたと捉えた。またイラクはISの復活を懸念する様になる。ロシアはシリアを勢力下に置き、その存在を世界に認識させた。このトランプの性急な決定は国際関係に大きく影響した。

○支離滅裂なシリア政策
・トランプの外交政策は独自の判断で行われ、ナルシスト的発想により混乱を招いている。彼の撤退発言直後、ポンペオ国務長官は中東を訪問し、「ISの台頭を防ぐ」「イランを地域から排除する」などの中東政策が変わらない事を伝える。ボルトン大統領補佐官はクルド武装勢力の支持継続を表明するが、エルドアンはこれに反発し、彼との会談を拒絶する(※米トルコ関係も良くない様だが、詳細を知らない)。結局シリアに駐留した兵力2千はイラクに再配備し、シリアには平和維持部隊200人が残された。

・この支離滅裂なシリア政策はオバマ政権から続いている。2012年からCIAが中心となり、サウジが財政を支援し、トルコが輸送を担当し、反政府武装集団に武器を供給していたが、2017年トランプは終了させる。アサド政権はロシア/イランの支援で権力を強化し、過激主義を根強くしている(※反政府地域への空爆などかな)。エルドアンはシリアのクルド勢力とトルコ国内の「クルド労働者党」(PKK)を同一と見ている。サウジはこれらの状況を苦々しく思い、ロシア/イラン/トルコは歓迎している。

・トランプはシリアから米軍を撤退させるが、空爆の強化を指示している。対イランではタカ派政策を取っている。サウジにはイエメン空爆を継続させ、日本を含む諸外国にイランとの貿易を躊躇させている。2019年1月ポンペオ国務長官は「イランの影響力がガンの様に、イエメン/イラク/シリア/レバノンに広がっている」と述べる。トランプはボルトン大統領補佐官/ポンペオ国務長官などの強硬派やサウジ/イスラエルにそそのかされ、イスラエル・ロビーや福音派に応じ、次期大統領選のためにイラン危機を煽り続けている。

○サウジへの核技術移転
・2019年2月米下院監査・改革委員会はトランプ政権がサウジに核技術を売却しようとしていた事を明らかにする。これを企業グループ「IP3インターナショナル」の元国家安全保障局(NSA)長官アレクサンダー/元陸軍参謀次長キーン/元国家安全保障問題担当大統領補佐官マクファーレンが舵取りをしていた(※各者の実績は省略)。これを推進したのが、大統領補佐官マイケル・フリンだ。計画はサウジに核施設を建設するもので、核が拡散し、中東を不安定化させるものだ。彼らはこれを「中東マーシャル・プラン」と呼んだが、金儲けが目的だ。

○限定的な核戦争
・2019年2月ポーランドで中東の安全保障に関するサミットが開かれる。ポーランドはロシアを脅威に感じ、国内の米軍基地の恒久化を目指し、米国のイラン経済制裁の強化を支持した。2019年1月米エネルギー省国家安全保障局は低出力核弾頭の製造を始める(※エネルギー省が核弾頭?)。これはロシアに対抗するためで、小規模(広島型の1/3)な核使用の可能性を高めた。
・ポーランド・サミットはイスラエルとスンニ派のアラブ諸国の同盟を強め、イランを封じ込めるのが目的だ。しかしアラブ諸国がイスラエルと親密になるのは、その正当性が失われる事になる。同じ時期、対するプーチン大統領/ロウハニ大統領/エルドアンはソチで会談し、シリアの武装勢力掃討で合意している。

・トランプは娘婿クシュナーにより中東和平「世紀のディール」を成立させようとしている。これはエルサレムやパレスチナにある入植地をイスラエルに与え、他方ガザ/ヨルダン川西岸に経済発展を与えるもので、圧倒的にイスラエルが有利な内容だ。トランプは大使館をエルサレムに移転させたり、「国連パレスチナ難民救済事業機関」を閉鎖させるなど、イスラエル寄りの姿勢を露骨に見せている。

○イスラエルへの軍事援助で米国も潤う
・2019年1月ポンペオ国務長官とネタニヤフ首相がブラジルで会談し、米軍はシリアから撤退するが、反イランのためシリア問題で協力する事を確認する。イランの外交政策を「侵略」としたが、この認識は米国/イスラエル/サウジに限られ、国際協調の考え方にはない。IS/アルカイダなどのテロ対策を考えるなら、米国はイランと協調できるのに、彼らを支援するサウジと同盟している。イスラエルも、シリアでヒズボラと戦うスンニ派武装集団を支援している。

・トランプがIS/アルカイダ/イラン/北朝鮮などの脅威を強調するのは、軍産複合体の意向だ。米国はテロ対策としてシリア/イラク/イエメン/ソマリア/アフガニスタンでミサイル攻撃を継続し、サウジ/UAEには大量の武器を売却している。2019年2月トランプは起訴されそなネタニヤフ首相を「彼は偉大な業績を上げ、大量の武器を買ってくれた」と称賛する。しかしネタニヤフ首相には、入植地拡大/ガザ攻撃など、負の業績が明白だ。ネタニヤフ首相は反政府的なメディアへの規制やハリウッドの実力者から3千万円を受け取った件で起訴される見込みだ。米国の対外軍事融資(FMF)は、イスラエルでの武器製造の資金になっている(※政府支出みたいだな。台湾へも融資されているみたい)。このイスラエルへの資金援助は米軍事費の1/4に及ぶ。これによりボーイング/ロッキード・マーティンなどが潤っている(※どちらで製造しているのか?)。

○ゴラン高原
・2019年3月トランプは、イスラエルが第3次中東戦争(1967年)で占領したゴラン高原の主権を認める。これは国連憲章2条に違反し、この措置は中東和平におけるトランプへの信頼を失墜させた。イスラエルがゴラン高原を占領した時、ゴラン高原をシリアに返還するが、イスラエルの生存権を認める国連安保理決議が成立している。占領前ゴラン高原には15万人のシリア人が住んでいたが、多くが難民となった。今は2.5万人のアラブ・ドルーズ派(シーア派)と2万人の入植者が住んでいる(※ヨルダン川西岸と似た感じだな)。
・イスラエルとシリアは交渉を続けていたが、2011年シリアで「アラブの春」が始まると交渉は滞っている。イスラエルは水源の1/3をゴラン高原に依存している。また数十億バレルの石油が埋蔵しているとされる。トランプはイスラエルで人気がある。国際法はゴラン高原の併合を認めていないし、アラブ人もゴラン高原の併合を認めない。アラブ諸国では、米国と親密な王政への信頼が揺らいでいる。※これらが日本で報道されないのは、メディアに米国からの圧力があるからかな。

○妄想男の妄想
・トランプがゴラン高原併合を認めた事は、1930年代にナチスがズデーテン地方を併合した事を彷彿させる。彼はヒトラーの演説集『我が新秩序』を枕元に置いていた。彼の措置は第2次世界大戦中の枢軸国の振る舞いだ。2019年3月欧州委員会副委員長は「28ヵ国を代表し、ゴラン高原でのイスラエルの主権は認めない」と声明する。パレスチナ執行委員会の代表はトランプに対する怒りを露わにした。アラブ・ドルーズ派の指導者はトランプを「妄想男の妄想」と形容した。シリアの各地でトランプに対するデモが起きた。
・ヒトラーは「条約が有効なのは、私に有益な間だけ」と言っている。トランプがゴラン高原併合を認めた際、「反セム主義の毒に敵対する」と述べる(※反セム主義はアラブ人・ユダヤ人に対する差別かな)。彼の行動は、反セム主義を唱え領土を拡大したヒトラーを想起させる。

○許容できないヨルダン川西岸の併合
・2019年4月ネタニヤフ首相は総選挙直前に「ヨルダン川西岸の入植地を併合する」と述べる。パレスチナ人は民族自決の根幹である土地を浸食され続けている。彼は連立する「ユダヤ人の家」「ユダヤ・パワー」の主張に合わせ、パレスチナ問題に強硬姿勢で臨んでいる。「ユダヤ人の家」は極右政党で、パレスチナ国家の創設を認めず、エルサレムはユダヤ人だけの首都とし、ヨルダン川西岸の入植地は確保し続けるとしている。「ユダヤ・パワー」は人種主義的で、イスラエルを神権政治とし、パレスチナ人を排除すべきとする(※詳細省略)。ネタニヤフ首相は選挙キャンペーンで対抗馬のガンツ元軍参謀総長を「彼は弱い左派で、パレスチナ人に領土的譲歩をする」と批判した。ヨルダン川西岸の併合もゴラン高原の併合も国際法に違反する。入植させ既成事実化させようとしているが、国際社会は許容できない。選挙後、ネタニヤフ首相は政権を維持する。

・1993年オセロ合意以降、イスラエルはヨルダン川西岸の入植地を倍にした。パレスチナ人に国家はなく、土地・空間・水を管理していない。入植者はパレスチナ人の生活の糧であるオリーブを伐採している(※これもオリーブ油高騰の要因かな)。ヨルダン川西岸/ガザのパレスチナ人は閉じ込められ、海上・空路での移動ができない。これはナチスがユダヤ人に行った措置と同じだ。ネタニヤフ連立政権に「右翼政党連合」も加わり、民族浄化を強化すると思われる。

○サウジはパレスチナ問題で米国側に付く
・2019年5月レバノンの新聞が、「パレスチナ自治政府(※以下自治政府)が『世紀のディール』を受け入れるなら、自治政府に100億ドルを提供するとサウジが申し入れた」と報じる。記事にはムハンマドが自治政府のアッバース議長に「世紀のディール」を説明し、拠点を東エルサレムではなくヨルダン川西岸に移す提案をした。しかしアッバース議長は「占領が固定化する」と否定する。

・2017年12月トランプがイスラエルの首都はエルサレムと認定する。これにより自治政府と米国の対話は途絶える。サウジが「世紀のディール」に乗る事は、「アラブ・イスラムの大義」の放棄で、サウジ王政の不安定要因になる。2019年3月イランのロウハニ大統領は米国/イスラエル/サウジを呪う様に国民に呼び掛ける。米国の核合意離脱で通貨リアルが下落し、経済が困難になっていると強調し、3国を批判する。

・サウジがイスラエル製サイバー監視システムでカショギを監視した様に、サウジはサイバー分野でイスラエルの支援を受けている。2017年イスラエルのエネルギー相は、イスラエルとサウジは「イランの脅威」に関しハイレベルで接触していると述べる。ネタニヤフ首相はカショギ殺害事件について、「サウジが中東で果たした役割で相殺される」と述べる。2018年ムハンマドはイスラエル国家を認める発言をし、批判された事もある。3国のこれらの行動は国際社会から否定され、孤立し、結局国益を損なうだろう。

○イランとの緊張を煽る枢軸
・2019年6月安倍首相が米国とイランの調停のためハメネイ最高指導者と会見する。その日、日本のタンカーが攻撃を受ける。トランプは「イランがやった」と声明するが、動機が見当たらない(※詳細省略)。サウジ/イスラエルもイランの犯行とするが、これら枢軸の主張は国際社会で広がらなかった。
・2019年6月トランプ政権で北朝鮮の核開発を凍結する案が浮上するが、これは核保有を認める事になる。2019年7月イラン外相が「低濃縮ウランが核合意の300Kgを上回った」と明らかにする。北朝鮮は核兵器に必要な高濃縮ウランだが、イランは原子力発電に必要な低濃縮ウランで、米国の対応は二重基準だ。そもそも核合意はイランが制限を順守する見返りに制裁を解除する内容だが、トランプが違反した。イランの低濃縮ウランは同国の原発で使われた。
・トランプは核合意に違反し、制裁を強化する。世界の企業に対し、イラン石油の輸入を禁止する。2019年7月ネタニヤフ首相は「イランが核開発しているのは明確で、証拠が明らかになるだろう」と米国とイランの緊張を高める発言をする。国際社会は冷静な情報蒐集が求められる。イランとの戦争が始まれば中東は混乱する。トランプの支離滅裂な政策で、その危険性が高まっている。

・2019年6月トランプはムハンマドに「サウジの米国製兵器の購入で米国に100万人の雇用が生まれ、サウジのテロ支援疑惑を払拭させ、世界は感謝している」と伝える。しかし世界が感謝しているとは思えない。2019年4月リビアの最高位イスラム法官がハッジ(メッカ巡礼)のボイコットを呼び掛ける。これは巡礼の利益がイエメン空爆やシリア/リビア/チュニジア/スーダン/アルジェリアへの介入に使われているからだ(※他の高位聖職者の発言は省略)。高位聖職者がハッジのボイコットを呼び掛けた意味は重い(※それほど警戒されているのか)。

第7章 戦争を望む同盟

○トランプは民意より武器産業を重視
・サウジは中東での覇権国を目指すが、カショギ殺害事件により米国も厳しい目を向けるようになる。特にイエメンへの攻撃だ。米国には戦争権限法があり、戦争は大統領と議会の判断が必要になる(※詳細省略)。2019年3月米上院でイエメンを攻撃するサウジへの協力を停止する決議が成立する。この時民主党47議席/共和党53議席で、成立した意味は大きい。サンダース議員は「米国は人道危機を招いているサウジを支援しない意思を示した」「イエメンには爆弾ではなく、食糧・人道支援を与えなければいけない」と述べる。翌月下院でも決議が成立する(※詳細省略)。
・トランプこれに否定的な見解を述べる。それは武器売却が滞るからだ。2013~17年米国の武器輸出の18%がサウジ向けだった。これはオバマ時代からで、2015年フランシスコ法王は米議会でサウジへの武器売却を停止すべきと語っている。イエメンの「国境なき医師団」の施設が空爆され、27人が犠牲になった(※詳細省略)。

○米国の対イラン制裁強化は日本にも直結する
・米国/サウジ/イスラエルによるイラン封じ込めは日本にも影響する。2019年春原油価格が高騰する。これはトランプによるイラン制裁強化が原因で、日本/中国/インド/イタリア/韓国などはイラン原油の輸入禁止から除外されていたが、2019年5月打ち切る。彼はイラン原油の埋め合わせはサウジ/UAEがすると豪語したが、OPEC/非OPECは逆に日量120万バレルの減産で合意する。サウジは米国の同盟国だが、石油政策はOPECと協調している。
・1973年第4次中東戦争で米国がイスラエルを支援したため、アラブ産油国は米国などに禁輸し減産した。そのため石油価格は1972年2.48ドルから1974年11.58ドルに高騰する。これによりインフレになり、第1次石油ショックになり、日本は戦後初めてマイナス成長になる。1990年クウェート侵攻でも石油が高騰し、日本はバブルが崩壊した。

・2019年4月サウジはテロリスト37人を斬首する(内33人はシーア派)。イランは米国がこれを黙認していると非難する。サウジは石油政策では米国に協力しないが、反イラン・反シーア派では協力し、反政府的な動きを容赦しない。そしてこれは米国の価値観と一致しない。

○対イラン強硬政策の中心人物
・2019年5月ポンペオ国務長官は「イランは不安定な国に武器を移転し、中東を混乱させている」と述べる。トランプ政権はイランに対する姿勢を強め、湾岸地域の緊張を高めている。実際に混乱させたのは米国で、1980年代にはアフガニスタンで戦うムジャヒディンに武器を提供した。ここで戦った義勇兵がアルカイダに発展し、イラク戦争で「イラクのアルカイダ」を生み、ISになった。

・米国の対イラン政策の中心にいるのはボルトン大統領補佐官で、イランの体制転換を主張している(※以下ボルトン。安全保障担当大統領補佐官-任2018年4月~19年9月。過激なので1年余りで解任されたのかな)。彼はサウジ/イスラエルの意を受け、対イラン戦争を計画している。トランプ政権はイラン核合意から離脱し、イラン原油禁輸などの制裁を強化する。さらに革命防衛隊をテロ組織に認定する。ボルトンはイランに悪辣なイメージを植え付けようとし、「イランの核の脅威を除くには高位聖職者を排除する事だ」と述べている。

○戦争への夢想を語るボルトン
・ボルトンは就任当初から対イランを主要政策とした。中央軍司令官も彼に同調する発言をしている(※詳細省略)。都合の良い情報を集め、イランとの緊張を煽っている。イランの体制転換を構想しており、イランの反体制勢力「ムジャヒディン・ハルク」と協力関係にある。しかし当組織はイラン国内に支持基盤はない。イラン革命直後は活動していたが、革命政府の抑圧でイラクに拠点を移し、サダム・フセイン政権が倒れると欧米で政治集会・ロビー活動などを行っている。2015年核合意前、彼は「核開発を止めるのは軍事介入しかない」と述べるなど、好戦的行動が顕著になる。

○イラク人はポンぺオ国務長官に騙されない
・2019年4月ポンぺオ国務長官は上院外交委員会で「イランとアルカイダは明白な関係がある」と述べる。2003年米国は「アルカイダとサダム・フセイン政権は関係がある」とし、「対テロ戦争」と称し、無関係のイラクに侵攻する。スンニ派のアルカイダ/ISはシーア派を異端とし、その宗教施設を攻撃しているにも拘らずだ。2019年2月イラクでアルカイダ系がイラン革命防衛隊を襲撃し、27人が犠牲になっている。

・2019年5月イラクはポンペオ国務長官に「駐留米軍はイラクが守る」「イラクはイラン制裁に参加しない」と回答する。そもそもイラン制裁は国連決議/国際法に基づくものではなく、トランプがイラン核合意に違反して行っている。※「金持ち喧嘩せず」ではなく「金持ちは喧嘩したがる」だな。
・イラクのシーア派指導者ムクタダ・サドル師は都市や南部の貧困層に支持されるが、この支持者はイランのイラク政治への影響に反発している(※具体例が欲しい)。サドル師は反帝国主義者で、「イランと米国が戦争すれば、イラクの米大使館を閉鎖し、米国をイラクから追放すべき」「米国がイランを攻撃すれば、我々はイランを守る」と述べている。米国の不当な戦争を受けたイラクには排外的ムードがある。※イラクのスンニ派(特に武装勢力)はイランに敵対するが、シーア派はイランに好意的で、逆に米国に反発しているかな。

・ポンペオ国務長官はネタニヤフ政権と親密で、イラン戦争を起こし石油価格を高騰させ利益を得ようとするコーク兄弟(?)から支援を受けている。これはサウジの目標とも一致する。2019年5月国営サウジアラムコのポンプ施設が無人機攻撃される。2日前にはサウジのタンカーなどが攻撃される。米国のメディアは「イランやその影響を受ける武装勢力による」と報道する。一方トランプのイラン強硬策を非難せず、戦争を抑制するつもりはない。ポンプ施設の攻撃はフーシ派が犯行声明を出しており、メディアはこれを「犯行」と表現する。しかしサウジなどによるイエメン空爆を「犯行」と表現する事はない(※日本のメディアも同調かな)。フーシ派スポークスマンは犯行声明と共に、「サウジ/UAEが政策を変えるまで、攻撃を拡大する」と述べる。

○シーア派の脅威を強調
・2019年5月米国防総省は駐イラク大使館に、イランやその影響を受ける民兵組織から攻撃される可能性があるとし、国外退避を指示する。ヒトラーはズデーテン地方を併合し、第2次世界大戦に向かった。この時ゲッベルス宣伝相は「危険はすぐそこにある。ドイツは素早く行動しないと手遅れになる」と演説している。トランプ政権も一発触発の危機を煽っている。

・トランプは「シーア派の脅威」を強調する。しかしイラクの駐留米軍を守っているのはシーア派主体の政府だ。この駐留米軍はイラクがISと戦うのを支援している。これはイラン革命防衛隊と一致する。2019年4月トランプはイラン革命防衛隊を「テロ組織」に認定する。国家の機関を「テロ組織」に認定するのは非常識だ。イランが米軍を「テロ組織」と形容すると、トランプは「イランはテロ組織とする米軍を攻撃する可能性がある」と主張する。彼の「イラン脅威」に同調するのはイスラエル/サウジ/UAEなどに限られる。英国もサウジに武器を売却するが、イラン核合意を支持し、イラン戦争に加担する気はない。

○イランによるイスラエル解体
・米国とイランの対立は歴史的に形成された。1953年米国は民主的に選ばれたモサッデク首相から王政に転換させ、米国製兵器を大量に売却する。1980年代イラクのサダム・フセイン政権がイランに侵攻するが、これを支援し、化学兵器の使用も黙認する。1988年米海軍がイラン航空の旅客機を撃墜している。
・2012年著者は「中東に和平がもたらされれば、イランによる『イスラエル解体』は説得力がなくなる。オバマ政権がイスラエルの国際法違反を非難している。日本はイスラエルに入植地の拡大を止めるよう要請すべきだ」と書いている。「イスラエル解体」はホメイニ師が唱えたものだが、実現しようとはしていない。これはエルサレム占領に対する抗議だ。その後トランプは大使館をエルサレムに移し、イスラエルは入植地を拡大している。

・英国の大学長がユダヤ人の平和観を書いている。「ユダヤ教は2千年間、権力・政治力を持たず、各地に分散し存続した。その状況下で帝国的な権力に対処してきた。これはキリスト教・イスラム教と対照的だ。搾取・追放に苦しみ、根絶やしにされる危険があり、権力を行使したり、法を制定する事はなかった。そのためユダヤ人には平和を説き勧める精神的な自由を持つ」(※今の好戦性と異なるな)。ところがイスラエルでユダヤ教が多数になり、他者(パレスチナ人)にその法を強制し、イランに対する平和を説かなくなった。クルアーンには「我らは神やヤコブ/アブラハム/モーセ/イエスなどの預言者から与えられたものを信じます。我らは使徒の区別をせず、神に帰依します」とある(※簡略化。こちらはイスラム教で、「アッラー・・」だな)。

○軍事的圧力は自殺行為
・トランプ政権は新たな核合意を求めているが、そのベースになるのが2018年5月ポンペオ国務長官がイランに要求した12項目だ。それはウラン濃縮の完全停止/国際原子力機関(IAEA)による査察の受入/弾道ミサイル開発の停止/武装勢力支援の停止などである。IAEAは査察に入り、核開発からほど遠い事を確認している。弾道ミサイルの開発は自衛権であり、これでイスラエル/サウジを攻撃する兆候もない。一方イスラエルはレバノンに軍事侵攻し(※ゴラン高原?)、サウジはアルカイダ/ISなどを支援している。

・イラン外相は米国が圧力を強めている事について「双方に得はなく、彼らには自殺行為」と述べている。米国はイラク戦争で3兆ドルを使った。イラン戦争になればそれ以上の支出になる。当然国連決議を得られず、国際的支援も望めない(※イラクとイランの人口・軍事力などを比較しているが省略)。2003年イラク開戦前、米陸軍参謀長が戦後処理に80万人の兵力が必要になると試算する。ならばイラン戦争後は300万人以上が必要になるだろう。なおアフガン戦争では北部同盟、イラク戦争ではクルド人組織が米軍に協力したが、イランにそんな勢力はない。

○好戦的なサウジのメディア
・2019年5月サウジのメディアが「ムハンマドが米国にイランを叩く事を要求し、イランに懲罰を与えないのは許されないと述べた」と報じる。これはサウジの石油施設やタンカーへの攻撃を受けての発言だ。さらに「核合意はイランの危険性を認識していないオバマによるもので、トランプはイスラエル/サウジに促され、離脱したと述べた」「ムハンマドはハメネイ師を『中東の新しいヒトラー』と形容し、ヒトラーに宥和政策が通じなかった様に、イランにも通じないと述べた」と報じる。

・米国内には「サウジ/イスラエルによりイランとの戦争に引きずり込まれる」と警戒する論調もある。米国の核合意離脱を受け、イランは自国を救済する政策を作成するための2ヵ月の猶予を他の署名国に与える。独英仏は制裁強化から保護するための特別事業体「貿易取引支援機関」(INSTEX)を2019年1月に設立していた。これによりイランの石油と医薬品・食料などをドルを介さず取引できる。

○嘘で始まった戦争は嘘で終わる
・2019年5月トランプはサウジ/UAE/ヨルダンへの81億ドル(8800億円)の武器売却を決める。日本に1兆円余りのF35を売却し、これに日本人は驚いたが、湾岸では日常茶飯事だ。サウジは外国人を除けば2千万人しかいない。日本も含め各国政府はトランプの歓心を買おうとしている。
・ユニセフの発表によると、イエメンの1千万人余りの子供が人道支援を必要としている。ユニセフは、2019年5月サウジと同盟する武装集団の攻撃で12人が犠牲になり、内7人が子供だったと報告している。

・米国はイスラエルの要請でB52爆撃機を湾岸に派遣する。1972年12月米国はベトナムで「クリスマス爆撃」を行い、B52100機以上で2万トンの爆弾を投下する絨毯爆撃を行った(※詳細省略)。翌年1月「パリ和平協定」で南ベトナムの自決権などが尊重され米軍は「名誉ある撤退」を行う。1976年北ベトナムにより、ベトナムが統一される。
・米国が始める戦争は「嘘で始まり、嘘で終わる」。イラク戦争は開戦から42日後に戦闘終結が宣言されるが、イラクは内戦に陥る。湾岸へのB52派遣はイランを屈服させるのが目的だ。イランの核開発はトランプ/イスラエル/サウジによる「嘘」であり、多くの子供が犠牲にならない事を願う。※既にガザで起きている。現時点犠牲者は3.5万人を超え、子供の犠牲者は2万人近くいるのでは。

おわりに

・日本は石油の4割をサウジに依存し、サウジの混乱は日本経済に大きく影響する。1973年第4次中東戦争でサウジを中心に5%減産し、日本はパニックになる。1980年代後半日本はバブル景気になるが、1990年8月イラクがクウェートに侵攻し、石油価格が上昇し、バブルは崩壊する。イランで政治変動が起き、石油輸入が減った時は、サウジが補った。1979年イラン革命以前は、イランから最も輸入していた。2002年イランの核開発で経済制裁が発動され、サウジからの輸入がさらに増えた。※サウジとイランが戦争すると、日本は危機だな。

○トランプの不合理な中東政策
・2019年5月トランプが令和最初の国賓として来日する(※日程を簡単に説明しているが省略)。2018年7月彼は英国を訪問するが、この時は「ストップ・トランプ・デモ」が起きた。英国での世論調査では、彼を77%が好ましく思っていなかった。2019年1月NHKの調査では、悪い印象54%、良い印象18%だ。
・英国でのデモのオーガナイザーは彼を「偏狭」「不合理な人物」としたが、それは中東政策からも伺える。彼はイランへの制裁を強化し、サウジ/UAEに屈服させようとしている。2018年7月アラブでの世論調査では、彼のパレスチナ政策を87%が否定している。日本が余りにも彼と親密になるのは、日本人の安全にも影響する。

○ペルシア人が最初に残る記録
・トランプは来日前「友人である安倍首相と貿易・軍事について話す」とツイートしている。この軍事が北朝鮮の脅威なのか武器購入なのかは定かでない。来日前彼は議会の承認を経ず、サウジ/UAE/ヨルダンに81億ドルの武器売却を決定する。武器輸出管理法に「緊急事態では議会手続きを省ける」とあり、「イランの脅威」を理由とした。彼は「イランは湾岸/三日月地帯の近接性を利用し、他国に介入している」と非難する。ペルシア人は紀元前1千年頃にイラン高原に来ている。紀元前843年の碑文にパルスア(ペルシア人)の記述がある。※年まで判明できるとは。エジプト王朝が長く存在したからかな。

・2019年5月トランプは中東への米軍1500人の増派を決定する。カタールに米軍1万人が常駐し、バーレーンに海軍基地がある。一方イラン海軍は1.8万人で、駆逐艦・潜水艦・ミサイル艇が主体で、米海軍に及ばない。他に米軍はクウェートに1万人、シリアのクルド地域に2千人、イラクに5千人が駐留している。これらに「イランの脅威」は見られず、増派は政治ショーに過ぎない。米国の中東での武器売却は東アジアでの教訓になる。米国が強調する脅威に日本は慎重に構えるべきだ。

○日本は胆力が試される
・2019年5月日米首脳会談の冒頭でトランプは「安倍首相がイランと良い関係なのは知っている。様子を見ようと思う。既に彼と議論している。誰も悲劇を望んでいない」と述べる。翌月安倍首相がイランを訪問するが、交渉材料は少なかった。米国の核合意復帰が最良だが難しい。翌年選挙があり、トランプはイスラエルを擁護する福音派の意向に応じる必要がある。米国はイランに「テロ支援停止」を要求するが、この確認は難しい。「弾道ミサイルの開発停止」も、イスラエル/サウジには認めているので不公平だ。
・彼が戦争を望んでいなくても、周辺は違うだろう。ボルトンはイラン戦争を提唱し続けている。1990年代米国がイランに数次の介入をしたため、アルカイダなどの武装勢力が伸長した。日本は米国の中東政策に同調し、テロに巻き込まれる様になった。安全保障/経済的メリットを最優先する中東外交を取るべきだ。

○「黒い同盟」の不合理
・サウジとの外交も、米国/イスラエル/サウジアラビアの「黒い同盟」が背景にある事を知っておくべきだ。サウジのワッハーブ派は異端に不寛容だ。ワッハーブ派の影響を受けるアフガニスタンのムジャヒディンはシーア派を異端視し、破壊している。ISもヤジディ派を邪教とし、女性を売買したり、性奴隷にした。これは弱者を保護するイスラムの教義と異なる。過激派はイスラム神秘主義(スーフィズム)の寺院を攻撃している。イスラム神秘主義は神と人間の合一を目指すが、過激派は神のみを信仰の対象にするからだ。※スンニ派とシーア派の対立が基本だが、スンニ派は同胞団も含め各派が対立している。

・サウジはイエメン空爆に毎月50億ドル余りを費やしている。同国は人口の7割が30歳以下のため、経済状況が重要になる(※今のところ、働かなくても生きていける状況かな)。同国はイランのアラブへの介入を望まないが、米国の介入は受け入れている。2011年米国はイエメンのアルカイダの指導者をドローンで殺害する。サウジはこれに基地を提供している。米国のドローン攻撃はイスラム諸国に限られるが、それに「イスラムの盟主」を自任するサウジが協力している。

・米国とサウジは武器売却で強い繋がりがある。米国はこの利益のため、サウジの人権侵害/過激派支援/イエメン空爆に目をつぶり、サダム・フセインを打倒し、シーア派を敵視している。日本はこの不合理な同盟を知った上で、米国の戦争に協力するかを判断すべきだ。

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