『転形期の世界 パンデミック後のビジョン』Voice編集部(2021年)を読書。
第1部は様々な課題に関する対談で、第2部は論述になっている。
論者が多様なので様々な考え方があり、余り具体的ではないがヒントになる。
パンデミック下での書籍なので、これに関連する内容が大半。
また資本主義/民主主義を問う内容も多い。
お勧め度:☆☆
内容:☆☆
キーワード:<はじめに>転形期、「Voice」、<サスティナビリティと成長>利他主義、使命感、共感、真実、<境界線なき時代>脱炭素、サイエンス/エビデンス、経済安全保障、デジタル、EBPM、<世界一の倫理国家>肌の色、リーダー、SNS、倫理観、<情報処理への偏重>エビデンス重視、情報化/情報処理、コロナ対策、自然淘汰説、猫、<直接民主主義>経済格差、中国、代議制民主主義、日本型民主主義、<環境問題>社会課題、資本主義/民主主義、変化、<ルネサンス>意志、多様性、後ろ盾、分散型、芸術・文化、<新興ウイルス>コウモリ、レトロウイルス、癌、ウイルス学、<ヒューマン・サバイバル>対策病床、数理・データリテラシー、気候変動、<弱さの自覚>リツイート、依存、弱いロボット、悲願のさえずり、<科学理解と寛容>コロナ政策、機能的寛容、トランス・サイエンス、理科教育、日本学術会議、<資本主義と会社>社会契約論、自由、バランス、株主主権論、ポスト産業資本主義、非営利法人、<文明の転換>米中対立、国際政治、帝国文明/西洋文明、脱工業・情報文明、<役に立たない学問>基礎学問、<憲法論>夜の街、経済的自由/精神的自由、営業の自由(憲法22条)、社交の権利、<世界経済の強靭化>先進国・新興国、サプライチェーン、中国、半導体/重要鉱物資源、安全保障関連技術
はじめに
・今2021年8月時点、新型コロナウイルス(※以下コロナ)の感染は収まっていない。このパンデミックについてもメディアやネットで様々な言説が流布している。これにも正解は存在しない。世界はこれ以前から、国際競争/ポピュリズム/温暖化などの難題に直面している。今では「人新世」の言葉もある。今は大きな曲がり角「転形期」にある。
・今何が求められるのか。それには現代を巨視的・複眼的な視座で見る必要がある。近代以降の資本主義を問い直し、今後の社会ビジョンや日本の役割を考える必要がある。そのヒントになるのが月刊『Voice』で、その一部を纏めたのが本書だ。
・様々な研究者・経営者・識者にインタビューし、過去・現在・未来を多角的に論じてもらっている。世の中の変化は速く、不規則だ。そのため問題に対し、1つの分野の積み重ねではなく、様々な分野の積み重ねが必要になる。
・『Voice』は創刊され40年以上になる。松下幸之助の「発刊のことば」に「良心の声を衆知として集め、21世紀の日本を共に考えていきたい」とある。本書により、日本・世界を良くする方策を、共に考えていきたい。
第1部 転形期のビジョンを問う
第1章 サスティナビリティと成長の両立 柳井正
○利己主義から利他主義へ
-コロナが猛威を振るっています。それ以前から地球的課題が問われていました。※第1部は対談のため、この形式にします。
・パンデミックはグローバル化によりますが、根本的には地球環境の変化によります。近代化による人口増/温暖化により地球が耐えれなくなったのです。地球的課題には紛争もあります。ファーストリテイリング(※以下当社)は難民の支援も行っています。一方先進国では貧富の差が拡大しています。
・昨年仏国の思想家ジャック・アタリと対談しました。彼は「利他主義」を主張しました。自国の利益を追求するのではなく、地球全体で連携すべきと言いました。国は国益に縛られるので、それは企業・個人に可能性があり、もっと声を上げるべきです。
-柳井会長はサスティナビリティ(持続可能性)を強調されています。また欧州とアジアで違いはありますか。
・瀬戸内海の豊島などで不法投棄が行われていました。その地にオリーブを植える「瀬戸内オリーブ基金」をやっています(※詳細省略)。これにより17万本のオリーブを植えました。2019年以降スウェーデンのオリンピック・パラリンピック選手にウェアを提供しています。同国と打合せした時、最初に「サスティナビリティ活動をしていますか」と問われました。北欧は環境意識が高いのです。
・中国・ベトナムは日本より環境規制が厳しくなっています。金儲けだけだと歓迎されません。東南アジアは若者が多く、人口増加します。これらの国は「変わらないと生き残れない」と考えています。
○企業の成長とサスティナビリティ
-日本は菅政権が遅まきながら「ネットゼロ」を打ち出しました。欧州では「サーキュラー・エコノミー」(循環型経済)を重視しています。
・当社もそれを認識しています。企業は成長とサスティナビリティを両立させないと生き残れません。
-松下幸之助は塾生から「当落が分からない選挙への出馬に、どういう心構えが必要ですか」と訊ねられ、「私は正しい事は成功すると思い、行動してきた」と話しています。
・政治家には使命感が必須です。自分の当落ではなく、どんな社会にすべきかを考え続けるべきです。彼は政治家に向いていなかったのかもしれません。サスティナビリティも同様で、全人類が最低限わきまえる必要があります。
○企業だから生み出せる共感
-あなたは「国家に代わる、真にグローバルなプラットフォームを作るのが夢」と述べています。
・これには補足が必要です。国には国益の縛りがあります。しかし企業・個人にはこれがなく、無限の可能性があります。当社は「LifeWear」(究極の普段着)を目指しています。これには「共感」が必要で、顧客視点を忘れてはいけません。
-今回のパンデミックで当社はマスク/アイソレーション・ガウン/エアリズムなどを26ヵ国に寄贈しています。
・国は協調より対立が先立ちます。私は松下幸之助のPHP(Peace and Happiness through Prosperity)が大切と思っています。このベースは協調です。パナソニックは「ナショナル」ブランドを展開していましたが、「世界の中の日本」を意識し、戦後の貧しい時代に「水道哲学」を唱え、欲しいものを誰もが手にできるようにしました。
○バックミラー経営
-一方政治には何を期待しますか。
・究極的には世界平和ですが、貧困をなくす努力が必要です。東南アジアの首都は数十年で随分変わりました(※詳細省略)。日本の成長の減速は、復習ばかりの「バックミラー経営」のためと考えます。成功体験の後追いで、変化を無視しています。その結果、平成30年間で情報革命・金融革命に対応できませんでした。「政治が悪い」「会社が良くない」だけでは変化に追従できません。自己責任の意識が必要です。
-あなたは著書『現実を視よ』でアジアの発展を予見しました。
・当社は日常を豊かにする服を提供し続けまず。またブランディングを強化していきます。ブランディングは化粧の様に思われますが、企業を時代に合わせる事で、世界にプラスになる企業になる事です。また経営者は世界を知らなければいけません。そのため当社は世界から人を入れています。バングラデシュ/ロシア/欧州/米国/アジアなど、世界で事業を展開しています。そして社員は「会社は社会の公器」と自覚しています。各国で共感を得られ、存在を認められています。
○現実の先にある真実
-サスティナビリティが地球的課題になっています。日本の経営思想、例えば渋沢栄一の『論語と算盤』をどう考えますか。
・今はそれらが失われています。それは経営者を含め、「給料取り」になったからです。本来ビジネスは相手に首肯させるために、あらゆる手を打つものです。今はその活力がありません。日本は少子高齢化ですが、少子高齢化した国が栄えた事はありません。移民問題/介護は深刻な問題です。企業は海外から優秀な人が来る環境を整備しなくてはいけません。
・人は視たいものしか視ません。しかし自分の考え方と他人の考え方を知り、その先にある真実を突き詰める必要があります。現実の中の真実をインサイト(洞察)する必要があります。また計画や批評だけではダメで、行動が重要です。実行する事で、何が真実か知る事ができます。私は失敗が不通と考えています。そこから何を学ぶかが重要です。※誰かが「何かをやってミスるのは訓練、何もしないのが失敗」と言っていた。「失敗は成功の基」だな。
第2章 境界線なき時代の企業 小林喜光
○ヘビはウイルスだった
-コロナにより大きく様変わりしました。
・私が経済同友会の代表幹事をしていた頃、平成30年の敗北を「茹でカエル」と称していました。打開するにはヘビが必要ですが、それがコロナだったのです。このパンデミックで日本のデジタル化の遅れが明白になった。12兆円の給付金を配るのに、1千億円を費やした。デジタル化はアイデンティフィケーションであり、マイナンバーが1丁目1番地です。2020年5月やっと30%に普及しました。国民は全ての個人情報が国に吸い上げられると誤解したのです。菅政権はデジタル庁を創設し、横串のシステムを構築しようとしています。
・2021年1月国際通貨基金(IMF)は世界の成長率を-3.5%と推定しました。ここで注目したいのがCO2の排出量で、国際エネルギー機関(IEA)は排出量は5.8%減少と推定しました。これはパリ協定の目標を下回っています。それほど厳しい目標である事を、どれ程の人が理解しているのか。そもそも「脱炭素」の言葉が正しく理解されていません。人類は植物が光合成で作った炭化水素を食しており、動物と植物の間の循環炭素社会に生きているのです(※詳細省略。確かに化石燃料の利用は本来はないものだ)。
-菅政権は2050年までのカーボンニュートラルを掲げています。
・温暖化の抑制は喫緊の課題です。所信表明演説で「脱炭素社会」を用いましたが、科学的には正確でありません。これからは政治でもビジネスでもサイエンス/エビデンスをベースにする必要があります。カーボンニュートラルにするには社会構造が変わる必要があります。それなのに政府も国民も科学技術を軽視しています。私は総合科学技術・イノベーション会議の議員だったため、誰が担当大臣になるか注目していましたが、報道されませんでした。担当となった井上信治は「万博担当」として報道されただけでした。
○経済安全保障時代
-経済安全保障時代(軍事力を伴わない戦争)になり、先端技術/知的財産/環境問題が揺れ動いています。
・私はトランプの価値観を理解できません。パリ協定からの離脱、中国への関税強化、ファーウェイの締め出し、エルサレムの首都認定、イラン核合意からの離脱などです。またパンデミックではサイエンスを無視し、マスクを付けなかった。その意味でバイデンになると正常な世界に戻ると期待します。欧州では「グリーン・リカバリー」の言葉が使われていますが、バイデンになると同じ方向に向かうでしょう。同時に菅政権もカーボンニュートラルを掲げました。
-環境対策は企業のコスト負担になるのでは。
・環境問題から逃げる企業は生き残れません。飛行機・自動車を軽量化するなど、「環境に優しい」「社会課題に貢献する」商品にシフトします。どの企業もこれを理解しており、決断次第です。
・化学は研究開発に時間が掛かります。三菱ケミカルホールディングス(※以下当社)は地中に埋めれば水とCO2に分解されるプラスチックを開発したが、20年掛かっています。そのため採算度外視で取り組みます。炭素繊維は当社・東レ・帝人で6~7割を占めますが、いまだに赤字です。これは軍事転用可能な部材です。今は民生と軍事の境界が曖昧になっています。米中ハイテク摩擦では通信・半導体が注目されますが、化学における新素材も該当します。部品のサプライヤーは供給した部品が何に使われているか把握しなければいけません。大学・研究機関も支援を受ける企業を見極める必要があります。デュアルユース技術には、踏み込んだ議論が必要です。※協調主義であれば、不要な作業だな。
○地域単位でビジネスが完結する事業設計
-国や企業と中国の関係が難しくなっています。
・中国を完全に切り離すのは非現実的です。最先端技術(量子コンピュータなど)は米国と歩調を合わせる必要がありますが、環境問題(地球温暖化)や医療・ヘルスケアでは連携すべきでしょう。
・今回のパンデミックにより、特定の国に依存するサプライチェーンが問題になりました。これからは分散化が求められます。しかしこれにはコストが掛かります。国は自国民を優先し、医療用物資を自国に囲い込もうとします。これにより企業は行動変容を求められます。今後は米国/欧州/日本などの地域単位でビジネスが完結する事業設計が必要になります。医療崩壊が叫ばれていますが、これには予備軍の様なシステムが有用です。これは企業のサプライチェーンも同様です。
○企業は心技体を追求せよ
-斎藤幸平は『人新世の「資本論」』で、生産偏重の資本主義では環境問題を解決できないとしています。
・私は資本主義が変容する必要があると考えます。2021年シンガポールのダボス会議で、クラウス・シュワブの「グレート・リセット」がテーマになります。彼は資本主義の枠組みで公共性(コモンズ)を議論できるとしました。当社も「KAITEKI経営」を導入しています。これは儲け/イノベーション/サスティナビリティの3つの総和を企業価値とします。企業は株主に配当を配り、法人税を納めるだけではないのです。利益を新しいテクノロジーの開発に回し、サスティナビリティでは温室効果ガス排出の削減に貢献し、疾病治療にどれだけ貢献したかで評価します。
-日本には売り手/買い手/社会の「三方良し」の精神があります。
・自己資本利益率(ROE)は米国20%、欧州15%、日本10%となっています。企業は儲けて、かつ環境・社会に貢献しなくてはいけません。儲けと企業の社会的責任(CSR)の最適解を目指さなくてはいけません。
○勘・度胸・愛嬌で乗り切れる時代は終わった
-政治・ビジネスがサイエンス/エビデンスに結び付いていないのが課題と感じます。
・会社のトップに私の様な研究畑出身が就くのは稀です。政治家も同様ですが、ドイツのメルケル首相は物理学者です。優秀な理系の学生は、外資系のコンサルティング会社や金融会社に流れています。日本には抜本的な改革が必要です。
・若い人がドクターに進まないなどの問題があります。時代が変化しているのに、それを意識した研究開発への投資も減っています。プラットフォームではGAFAMに比べ致命的に遅れました。これは国民全体が懺悔する必要があります。ところが内閣府の世論調査では、7割の人が生活に満足しています。これが日本の活力のなさに繋がっています。※国の目的は国民を満足させる事だが。
-あなたは規制改革推進会議で「デジタル化時代のマインドセットの転換が重要」とされました。
・基本世界は激しい競争です。イスラエルは人口が数十倍のアラブ諸国に囲まれながらも独立を保持しています。彼らは2千年間国を持たなかったが、国を建国し、ヘブライ語も復活させました。日本人も強靭な自覚が必要です(※茹でガエルかな)。大戦で負け、モノづくりで勝利し、その余韻に浸り、平成の30年間を過ごしました。今は1人当りGDPでシンガポールなどにも負けています。「平等で楽しい」で負けてしまったのです。
・商社・外務省に入ったのに、海外転勤を厭う人がいます。コロナでヘビが放り込まれたのです。政治・ビジネスは置かれた状況を分析し、サイエンス・ベースで対策を判断し、実行しなければいけません。海外ではエビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング(EBPM)の導入が進み、日本でもそれが望まれます。さらに事実に基づき予測するフォーキャスト・ベースト・ポリシー・メイキングによる政策立案が有効です(※これまでもエビデンス・ベースだったと思うが)。勘・度胸・愛嬌で乗り切れる時代は終わったのです。
第3章 日本は世界一の倫理国家 マルクス・ガブリエル ※本章はユニーク。彼は数ヵ国語が話せたかな。
○トランプの倫理的価値観
-トランプ前大統領は倫理的に相応しかったでしょうか。
・彼はモラル・モンスターと云われます(※2つの意味がある。①非道徳的・非倫理的行動を行う、②自身の道徳・倫理を確信し、反する他者を激しく批判する。彼は②かな)。しかし実際のモラル・スコアは過去の大統領より高いのです。彼の時代にISは終焉し、米国は侵攻せず、NATOへの出資を減らしています。バイデンの息子にはウクライナ疑惑があります。親の地位を使ってビジネスしているのです(family ties。※トランプにもありそうだが)。
・国民の多くがハリス副大統領を絶賛し、トランプを「年老いた白人」と批判しました(※こんな批判があったかな)。しかしそれは正にバイデン大統領です。女性の副大統領を絶賛したのは、特権階級の白人男性(※バイデン)が大統領である事を忘れさせるためです。人を肌の色で見てはいけません。オバマ元大統領が黒い肌だからと云って、聖人ではありません。オバマはドローンを使って、多くの一般市民を殺害しました。SNSを使い始めたのはオバマで、これを批判し、闘ったのがトランプです。
-バイデンは矢継ぎ早に大統領令を発しています。
・彼は独裁政治を実行しています。トランプに対しても2度目の弾劾裁判を起こしました(※トランプは複数起訴されているが、その内の1つかな)。これは分断を深めます。今すべきは共和党との対話です。これをヘーゲル哲学で相互承認(mutual recognition)と呼びます。国家像にはなるべく多くの人を含めるべきです。彼が結束を拒むなら、共和党は復讐に出ます。
-あなたは著書『つながり過ぎた世界の先に』でマイク・ペンス前副大統領を批判していますね。
・ペンスはトランプより過激なキリスト教原理主義者です。彼は寡黙で、何を考えているのか分かりません。米国にはそんな原理主義者が多くいます。※ヴァンス副大統領候補もそんな人らしい。トランプは自身より過激な人を選ぶみたい。
-ドイツのメルケルは正しい事を行っていると評価していますが、他にどんなリーダーがいますか。
・皆倫理観に問題があると思います。菅首相は自分の考えを表明しないので、不透明です。マイク・ペンスの様に黒幕で、人事でも女性を好んでいません。
○中国のコロナ対策は成功でない
-国の政策の成功・失敗の判断はどうすれば良いでしょうか。
・まずは分野横断的な基準を設ける必要があります。感染者数だけでなく、コラテラル・ダメージ(巻き添え被害)も加味しないといけません。中国は国境を閉ざし、人を家に閉じ込めたので、成功と言えません。日本は感染を許容し、ロックダウンをしておらず、民主的です。社会的ダメージを考慮しています。
・政策の成否は全体を把握する必要があります。これには哲学者・倫理学者・経済学者・心理学者・学校経営者・清掃作業者などの専門家チームが必要です。しかし今のパンデミック対策は「誰とも会わない」で中世的です。ワクチン接種を推進し、なるべくオープンにすべきです。一時的な対策ではなく、戦略が必要です。ワクチンだけに頼ると、世界人口の7割分が必要になります。
○国を評価する新基準
-あなたは経済力ではなく、倫理的な基準で国を評価すべきと言っています。
・街が奇麗/社会が自由/食べ物が美味しいなどの倫理的な価値観で評価すべきです(※幸福度に近いかな)。これが基準なら、日本はダントツです。中国にはハイテクがありますが、比較になりません。日本料理は世界一サステナブルです。和食は地産地消で、四季に沿っています(※和食でさえ外国産に依存していると思うが)。
-一方あなたは「日本はサイバー独裁を望んでいる」と言っています。
・日本はかつては帝国主義・独裁主義でした。私が2013年初来日した時、皆携帯を見て、「日本はサイバー独裁国家」と感じました(※会話を避けるマナーのためかな)。それなのに日本は民主主義国家です。中国はハイテクを使って思想・生活の自由を奪っています(※監視国家かな)。逆に日本はハイテクを使ってプライバシーを守り、世界をリードして欲しい(※具体例が欲しい)。
○SNSパワーは幻想
-あなたはSNSは止めるべきと言っています。
・SNSは自分の意見を発信し、メディアの抑止力になるとの主張があります。これは幻想です。「アラブの春」はSNSにより起きましたが、BLM運動は街は崩壊しました。SNSは国を破壊する可能性があります(※「効果が絶大で、どの程度の反応が起きるか予測できない」が正しいかな)。まずは米国のプラットフォームと中国のSNS(TickTok、快手)の排除が先決です。※テューリンゲン州知事がClubhouseでメルケル首相を批判した話、中国のアゴラがClubhouseでバックエンド・インフラを提供している話などは省略。
○企業は哲学者を採用せよ ※これもユニークだ。
-あなたは倫理観を持つため、企業は哲学者を採用せよと言っています。
・これには5人の哲学者が必要です。彼らが会社を歩きまわって、様々なアドバイスをするのです。2021年オリンピック組織委員会の森前会長の女性蔑視発言が問題になりました。東芝は早くからダイバーシティに取り組んでいました。その東芝の倫理委員が組織委員会を歩き回り、「女性をそんなに扱ってはいけない」とアドバイスすれば良いのです(※東芝は経営に問題があったかな)。倫理委員会は会社が少しでも良くなるように努めます。この様な倫理観を持った会社は社会が求める製品を生み、経済的にも寄与します。
-あなたは「倫理は文化圏で異ならない」と言っています。しかし今の世界は倫理観が乖離し、分断しています。倫理観を共有できますか。※宗教があるからな。
・誰も平和・繁栄・幸福を求めているので、可能です。子供のために「環境に優しい地球」を求める点も一致します。「美味しい物を食べたい」「面白い映画を観たい」などの願望も一致します。問題は壁(先入観)をどう克服するかです。「欧州人が人権侵害のイメージを持たずに中国人と対話できるか」「中国人が第2次世界大戦を意識しないで日本人と対話できるか」です。
-あなたは「人生の意味は、生きる事」と言っています。
・これは「人生の経験は、生きる事そのもの」を意味します。人生の意味を見出す可能性を破壊するバイオレンスは、モラルに反します。これに苦しんでいる人に、豊かな生活を送り、人生の意味を見出している我々は、倫理・政治を総動員し援助しなくてはいけません。富・精神的自由を世界に広めるのは、使命・義務です。
第4章 情報処理に偏重する人類 養老孟司
○日本はエビデンス重視?
-パンデミックの発生から1年以上経過しました。
・日本は少しは真面に動いています。都市に人が集中し、毎日出勤するのは異常でした。東京一極集中から地方回帰が見られるのは望ましい。私は「参勤交代」を唱えていました。しかしリモートワークの弊害も表れています。いくらデジタル化・合理化を進めても、第1次産業は不可能です。日本は第1次産業の従事者が3.3%、第2次産業が23.7%、第3次産業が73.0%です。都市型の暮らしに限界があります(※何か説明不足に感じる)。今は壮大な社会実験を行っている最中です。何でも科学・数学で予測しようとしますが、簡単ではない。経験から答えを導くしかないのです。
・近年日本でもエビデンス重視が見られますが、社会の雰囲気に流されているのが現実です。典型的なのが森オリンピック組織委員会前会長の発言への批判です。彼の発言は女性蔑視とされたが、これを科学的に論じる向きは見られません。在宅時間が増えた事でメディアへの依存が高まり、雰囲気に流される様になったのでしょう。タバコへの批判も同様で、これも議論されていません。
○失われる身体性
-評論家・山本七平は「空気が人々を動かしている」と言っています。
・これには先程のメディア依存に加え、「情報処理」に偏重し、「情報化」を蔑ろにしている要素もあります。情報化とは1次情報を収集しデータ化する過程です。情報処理とはそのデータをどう扱うかです(※前工程=情報化、後工程=情報処理。この区分は初めて知った)。例えばジャーナリズムでは、記者は現場に赴かず、ネット情報で記事を書いています。これも情報化を怠っています。解剖学でも解剖作業をしない人が増えています。AIでも情報化が軽視されれば、「人間特有の感覚」が失われます。人間特有の感覚とは五感であり、「身体性」です。私は昆虫採集が趣味ですが、これも情報化です。※何事も経験が重要かな。
-情報処理への傾倒で、身体性が失われている。
・これにAIの専門家も気づき、コンピュータに身体性を持たせています。例えば機械のセンサーに感覚器を取り付けています(※どんな感覚器なのか)。ただ機械化し、合理化・単純化すれば幸せになれるかは疑問です(※説明が欲しい)。今は自宅での看取りが難しく、病院でとなっています。できる限りの医療を施すのが美徳だからです。これも平板な情報処理が蔓延っているからで、死は固有の事象なのに、規則化・ルール化へ向かっています。
○後藤新平の実行力
-コロナ収束にはワクチン接種が鍵ですが、日本は進んでいません。
・集団免疫のためには接種率を高める必要があります。アナフラキシー・ショックは注意だが、副反応は過度に恐れる必要はない。何よりもワクチン接種を進めるべきです。
・こんな時アングロサクソン国家(米英)は力を発揮します(※米国は過大な死者を出したのに?)。彼らは細かな事は踏みつぶし、目的に向かって邁進します。イスラエルも同様で、接種回数が世界一です。日本で接種が進まないのは危機感が欠如しているからです。ワクチンを外国に依存するのも情けない。
・今こそ内務省衛生局長・後藤新平の功績を思い返すべきです。日清戦争後帰還兵が帰国しますが、中国でコレラが流行していました。そのため彼は瀬戸内海の3つの島に検疫所を設け、23.2万人を検疫したのです。これ位実行力のある人に任せれば、状況は好転するでしょう。※当時とは社会状況が全く異なる。
○モノから情報へのパラダイムシフト
-パンデミックにより科学の役割が高まっています。
・先日『ダーウィンを数学で証明する』(グレゴリー・チャイティン)を読み、違和感を感じました。人類の進化を数学で証明しているのですが、数学の論理と進化の過程が合致しても、進化を証明できたとは言えません。考えるべきは数学と進化の関連性です。これに必要なのが情報化なのに、これに全く触れていません(※詳細説明が欲しい)。
-コロナ対策で数理モデルが使われています。
・それ(※情報化?)により、その人の頭は整理されるでしょう。しかし実際は複雑で絶対視してはいけません。経済においても理論と現実が合致しない状況が見られます。カネが物神化されていますが、経済はモノではなく情報です(※説明が欲しい)。「現代貨幣理論」(MMT)が典型で、カネを債務と債権の記録としています。そしてそれに価値の裏付けは必要ないとし、現代経済の本質を表しています。2018年『半分生きて、半分死んでいる』を書きました。この頃日本はあらゆる分野が煮詰まり、新しいものがなくなり、そしてMMTの様な情報処理の時代になった。
・MMTは今の時代に合致しています。私はダーウィンの「自然淘汰説」は進化だけでなく、情報伝達にも当て嵌まると考えます。今私が言っている話をあなたがどう思うかで、淘汰されるのです(※この考え方は面白いな。人が信じる情報だけが生き残る)。物理・化学には情報の観点がなく、私の自然淘汰説は受け入れられませんでした。しかしこれからは全ての分野が情報から逃れる事ができなくなります。経済であれ科学であれ、物質的事象と捉えていたものは、情報として見直す必要があります。※この情報論はよく理解できない。科学は明確なものだが、情報は曖昧なものかな。
○猫の物差し
-2020年養老先生の愛猫「まる」が旅立ちました。
・18年(88歳)も生きたので、不足はないでしょう。最近はネットで猫の写真ばかり見ています。猫は何もしませんが、傍にいると気が休まります(※詳細省略)。彼を失い、人生の幅が狭まった気がします。これは科学・数学で説明できません。
・最近「不要不急」の言葉を聞きますが、この判別は個別の事情によります。動物には個々の死があります。それなのに一律化・単純化しようとしています。猫の物差しで世の中を考えると、明日へのヒントが見えるかもしれません。
第5章 現代版「直接民主主義」を構築せよ 宇野重規 ※本章は興味深い。
○ソロンの改革
-パンデミックで世界の分断が広がっています。また民主主義より中国などの権威主義が優位との意見もあります。
・未知のウイルスのため、何が正解か分からない状況でした。各国は感染対策のモデルを打ち出す必要がありました。特に重視されたのが感染者の追跡と隔離です。ところが民主主義国が個人の行動を制限し監視するのは、プライバシーの問題になる。民主主義は全ての人が発言権を持つため、結論を出すまで時間が掛かります。一方で権威主義の中国は迅速な政策決定で収束させました。しかしこれは単純な話ではありません。同じく権威主義のロシア/ブラジル/インドは成功していません。強制的な手法は長続きしません。いつしか社会に不満が蔓延します。結局は国と国民の信頼関係が重要です。
-あなたは著書『民主主義とは何か』で「ソロンの改革」を紹介しています。
・ソロンはアテナイの立法者・改革者です。彼は民主体制の維持に経済的平等が不可欠とします。当時アテナイは多数の市民が貧困に喘ぎ、富裕者から借財し、返済できないと自由人の資格を失っていました(債務奴隷)。市民は民会で発言できますが、兵士になる義務があります。経済的格差が広がり、兵士が減ったのです。そのため彼は債務奴隷を禁止し、経済格差を是正させます。
-現代も経済格差があります。
・これはグローバル化が要因です。トマ・ピケティは『21世紀の資本』でGAFAなどのプラットフォーム企業に課税できないのが原因としています。グローバル化により労働者の競争が行われ、特に先進国で中産階級が没落しました。もはや一国レベルでの再分配で解決できる状況でない。これからはグローバルな資産課税や再分配が議論になります。
○チャイナ・モデルは成功する?
-民主主義と資本主義は相互補完関係がありましたが、バランスが崩れています。
・これにも中国の存在があります。自由民主主義と市場経済の好循環で繁栄すると考えられていました。権威主義国も経済成長により中産階級が成熟すると、韓国・台湾の様に民主化するすると考えられていました。ところがそれが希望的観測と証明されます。胡錦涛政権までは民主主義を目指していましたが、習近平政権になると、欧米的な民主主義を否定し、権威主義を強めています。この現実により、権威主義の方が経済成長できるとの議論が起きています。このチャイナ・モデルが東南アジア・中東で広まっています。
・しかし踏み留まって考えるべきです。権威主義は短期的には成果を出せるかもしれませんが、長期的に持続するでしょうか。今の中国の一党独裁は経済成長が支えです。成長が鈍化すると、体制は維持できないでしょう。自由民主主義でないと市場経済は発展しないとのコンセンサスに回帰するでしょう。
○直接民主主義の復活
-政治思想家アレクシ・ド・トクヴィルは著書『アメリカのデモクラシー』で「米国の中に米国を超えるものを見た」と記しています。彼が今の米国を見て、どう思うでしょうか。
・「歴史は繰り返す」と思うでしょう。彼が訪米したのは1831年で、ワシントン/ジェファーソンなどが退場し、中西部出身のジャクソンが大統領の時代です。ジャクソンは人種差別主義で、東部のエリートに対抗心を持ち、大衆からの圧倒的支持で大統領に選ばれます。彼は貴族出身なのでジャクソンを批判します。そしてジャクソンを押し上げたのは中西部・南部の農民・労働者と冷静に分析します。なので今のトランプをジャクソンと重ね合わせ、辛辣に批判するでしょう。ポピュリスト批判に留まらず、市井の人と民主主義の関係に思いを馳せ、新たな政治体制を構築する事が今後の課題です。
-民主主義の価値はどこにありますか。
・「民主主義が自分達にどう影響しているか分からない」との人が増えています。民主主義には2つの方法があります。直接民主主義と間接民主主義です。近代国家は後者で、代表者を選び、その決定を国の意思としています。私はこの両者は全く異なると考えています。代議制(間接)民主主義はフィクションであり、説得力を持たないと考えます。日本国民も多くがそう思っています。世界の調査でも、年齢が下がるとこの割合が高くなります。若者は自らの意思が政治に反映され、「社会が動いた」手応えが欲しいのです。
・頭の体操ですが、世代別選挙などが考えられます。少子高齢化で若者の意見が反映されなくなっています。そもそも選挙は地域毎に行うべきとの固定観念があります(※ユニークな考えだな)。代議制民主主義は世界で採用されていますが、1860年代の『代議制統治論』(ジョン・スチュワート・ミル)/『英国憲政論』(ウォルター・バジョット)をそのまま引き継いでいます。そろそろ新しい形ができて欲しい。例えばデジタルの活用です。オードリー・タンが注目されるのは、国民の提言に政府がレスポンスする仕組みを構築したからです。
○日本型民主主義
-日本人が民主主義を正常かつ効果的に運用するには。
・日本型の民主主義を再考すべきです。日本人の多くは欧米から取り入れた民主主義をそのまま実行するものと捉えていますが、それでは民主主義に貢献するエネルギーが湧きません。日本には民主主義に通じる文化がありました。例えば「一揆」です。これには「皆で行動を共にする」の意味があります。福沢諭吉は慶應義塾を設立する際、「社中」を使いましたが、これには「同志」の意味があります。明治政府の基本方針「五箇条の御誓文」の第1条は「広く会議を興し、万機公論に決すべし」です。今はデジタルにより横の繋がりが容易になっています。今はグローバル的な価値観が揺らいでおり、「日本型民主主義」を再考すべきです。
第6章 環境問題を解決する資本主義 レベッカ・ヘンダーソン
○企業が環境問題に取り組む潮流
-2020年あなたは『資本主義の再構築 公正で持続可能な世界をどう実現するか』を上梓されました。資本主義が環境破壊などの問題を惹き起こしているとし、その再構築をテーマにしています。
・私は「未来に希望がある。企業は変化を起こす力がある」と伝えたかったのです。私はマサチューセッツ工科大学(MIT)でイノベーションや大組織の自己変革を研究してきましたが、そこで大企業が変化するのに大変苦労している事を知りました。15年位前からエネルギー企業が私を訪ねて来る様になりました。また兄に影響で、環境問題の科学的背景を学ぶ様になりました。
・環境問題は社会の健全性を左右しますが、企業は目を向けていません。経営者が収益や株主への還元を最も重視している点に違和感を感じます(※これが今の資本主義かな)。しかし経営者は雇用や会社を拡大しても、環境破壊すれば社会にマイナスであると分かっています。ここで問題なのは、そう言った人が「私には何もできない」「今さら遅い」と考えている点です。また「環境対策は収益の妨げになる」と考える人もいます。前者には「できる事は沢山ある」と、後者には「公正で持続可能な世界と収益は相反しない」と伝える必要があります。
-格差拡大や中間層の所得低迷が顕著です。コロナは「資本主義の再構築」の転換点になりますか。
・パンデミック前は経営者に気候変動や民主主義の再構築を話しても、手応えはなかった。ところが貧富の格差/ジョージ・フロイド殺害事件/米国議会襲撃などにより、社会課題に目を向ける様になりました(※余りに範囲が広いな)。これらの出来事によりシステムが社会に対応できていな現実が認識され、企業と政府が協業する必要が生じました。
・当書の反響で意外だったのが、多くの若者が資本主義に敵意を持っている事です。「資本主義は奴隷制度の下で作られ、貧富の格差を生み、少数の人が富み、環境を滅ぼす。そんなシステムが良いはずがない」としています。私は「これらの社会課題を解決できる唯一の方法が資本主義」と伝えました。資本主義は生産性/創造性/イノベーションで優れています(※それは自己利益を得られるのが資本主義の原点だからかな)。一方生産や市場を国家に委ねるのは危険です。人が発明した自由市場/民主主義/相互にチェックする社会が唯一可能性のあるシステムです。
○若者が民主主義を支持しない理由
-あなたは「民主主義は必要不可欠と考える人の割合が若者で低い」としています。
・65歳以上では民主主義への支持は高いが、若くなるほど低くなります。その1つの理由は、若者が民主主義で「良い思い」をしていないからです。生産性・創造性の恩恵を受けているのはトップの10%で、実際は「仕事がない」「家が買えない」「別のものが欲しい」となっています。もう1つの理由は、民主主義が崩れつつあるからです。政治家に巨額の資金が流れています。これが民主主義でしょうか。※前者は資本主義、後者は民主主義の問題かな。
・若者には「私は社会主義者」とする人がいます。米国では少しでも「公共」が入ると、社会主義と捉えられます。代替案を掲示できないのは政治の責任です。不満を持つ人がナショナリズム/人種差別に走っています。共和党の政策は他国の極右政党より右に寄っています。民主主義を無視する政党に票が集まるのは危険です。※要するに若者は左へ、不満を持つ人は右に向かっている。
-民主主義の再建は必要でしょうか。
・ビジネスは自由市場・自由競争で成り立ちます。政治はこれを担保する必要があります。政治的権力が一極に集中すると、経済的権力も同じ所に集中します。そうなると新しいアイデアは生まれなくなります。プレイヤーが自由に参加できる環境が不可欠です。今は気候変動/経済格差/社会格差が重要となり、これへの取り組みがビジネス・イメージを左右します。これに政府の協力が欠かせません。
○企業が社会・環境へのインパクトを報告する時代
-資本主義は過剰生産で、気候変動を解決できないとの議論があります。
・企業の利益最大化も株主ファーストも大きな意義があります。しかしこれが企業の唯一の義務とすると、深刻な結果をもたらします。社会から目を背け、自社の利益のみに注力し、これが論理的に正しいとなります。この最たるものが石油企業です。環境に配慮しない事業を推し進め、社会に多大な環境コストや医療費を掛けています。
・また企業は利益最大化のため、従業員の給料を極限まで引き下げています。医療保険会社Aetnaは40億ドルの利益を上げているのに、従業員の12%は最低賃金しかもらっていません。彼らは賃金の向上などを求めましたが、経営陣は「投資家から金を盗み、従業員に渡す気か」と反論しました。僅か2千万ドルで彼らの生活が改善できるのに。
・企業が正しい行いをし、利益を出すのは可能です。ノルウェーの廃棄物処理会社NGは最高利益を上げるごみ処理ビジネスを成立させています。これは創業者が「このビジネスは社会に正しい」との信念があるからです。
-企業が社会に貢献できるビジネスモデルを創造するには。
・企業本来の存在意義を見直す事です(※パーパス経営かな)。企業は顧客のニーズに応えるために存在します。この原点に戻るべきです。その上でビジネスの強みやスキルを活かし、課題にどう取り組むかを解いていくべきです。ここで重要なのが、社内での幅広い対話で、環境問題に対する価値を共有し、重要業績評価指標(KPI)を定め、進捗を管理する必要があります(※詳細省略。ISO14001かな)。環境危機は「待ったなし」で、それを理解し、根本的に変化する必要があります。
-EUの「ESG投資開示規制」(SFDR)はゲームチェンジになるか。※当規制の内容を知らない。
・こうした指標の公表は企業の在り方のインパクトになります。これは資本市場にも大きな影響を与えます。ブラックロックのラリー・フィンク(※物言う株主だな)は企業にネットゼロへの移行計画の開示を求めました。ファミリー・オフィスも世代交代しており、環境に優しい企業への投資を増やしています。またフィンクの投資先は大半がパッシブ・ファンドです。環境問題に対する指標が誕生すれば、全ての企業が環境へのインパクトを報告する日が訪れます。※この辺り投資の専門用語が出る。
○日本にある秘密兵器
-パンデミックにより新たな働き方を模索しています。
・日本の生産性は他の先進国に比べ停滞しています。日本の長時間労働は、かねてから問題です。日本は世界3位の経済大国で、あらゆるものが高水準です。しかし成功している企業ほど、変化に対応できません。しかし日本には秘密兵器があります。連帯感・公共心です。研究によるとコロナ後の生産性は大半が維持あるいは向上となっています。これはコロナによりデジタル化が加速されたためです。
-変化のために必要な視点は。
・人はコントロールを好むため、変化は人を脅かします。一方で変化を楽しむ能力もあります。変化を迎え入れるためには、セーフティーネットが必要です。変化を受け入れ、強みにした企業は、社長・従業員のモチベーションが高く保たれています。
第7章 現代のルネサンス 御立尚資/ヤマザキマリ
○並存の時代
-(御立)私は『テルマエ・ロマエ』を観てからなので、「遅れてきたヤマザキファン」です。あなたの作品は「人間とは」「時代をどう認識するか」などを問うている気がします。今は「並存の時代」と考えます。産業革命による工業化の終盤で、デジタル化・データ化の始まりと考えます。この2つが並存しています。今回のパンデミックは、工業化により人が住む領域が拡大し、ウイルスが棲む領域と接近したためです。一方ワクチンが速やかに開発できたのは、デジタル(ゲノム解析)によります。この並存はルネサンス期に似ています。
-(御)ルネサンス期には、「閉塞感から脱却したい」との強い想いがあり、それに科学・芸術が組み合わさった運動です。反動勢力もいましたが、最終的にポジティブな方向に時代は動きました。以前『Voice』で指摘しましたが、「これから世界はどうなるか」に意味はなく、「これから世界をどう創るか」の意志が重要です。
-(ヤマザキ)ルネサンスはシチリア王・フェデリーコ2世(神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世、1194~1250年。※十字軍を派遣せず、破門されたみたい)が価値観を変えた事が端緒です。彼は極端な人で、十字軍に背きイスラムと和平し、現地の妻を娶り、9つの言語を操り、数学・天文学・詩に通じていました。※こんな人物がいたのか。
-(ヤ)それからルネサンスまでは百年単位の時間が掛かります。現代人の精神構造・創造力・知性に対する怠惰に昏い気持ちになります。百年前スペイン風邪で1億人の死者が出ました。特に過酷だったのがドイツで、この被害や敗戦国としての負債によりファシズムが生まれます。ルネサンスは黒死病の後に興りますが、今のパンデミック後は百年前の再来の方が懸念されます。皆メディア・SNSから縋れる言葉を探し、自分で考えようとしません。日本は「あの言葉もこの言葉も使えない」の忖度意識が強烈です(※そんなに言論が抑圧されているかな)。ルネサンスは寛容性の復興です。今の不寛容な社会では、それは興りません。
○現代人の怠惰性と「ゆとり」の欠如
-(御)私はそれに賛成と異論があります。賛成するのは、ルネサンスが興るのに2~3百年要しています。当時のイタリア都市国家は経済的には発展していましたが、軍事的には劣っていました。その不安・不満の中で様々な人物が現われたのです。
-(ヤ)ルネサンスで大きかったのは、メディチ家などが芸術家を支援した点です。メルケル首相はフリーランサーや芸術家を支援しましたが、これは欧州的発想です。※リベラルアーツにも芸術が含まれている。
-(御)ルネサンスは「技術」「経済」「想い」の結晶です。私は今の先進国には「想い」が溜まっていると考えます。これはあなたと異なる点です。※寛容性と想いだと、大分ずれているかな。
-(ヤ)確かにルサンチマン的なエネルギーは溜まっていると思います(※ルサンチマンは怨恨なので逆の感情では)。ただ日本だと「出る杭は打たれる」ので、創造力は保証されません。先日森喜朗の発言が非難されましたが、クリエイティブな議論がない限り、進歩はありません。日本人は自由/権利/平等をはき違えています。それは「ゆとり」がないからです。ルネサンスの源泉は、規範の端にある「のりしろ」を面白がる精神です。他人の価値観を認めない時代では無理です。
-(御)これは日本に限りません。SNSの負の側面でもあります。情報の表層だけを見て、物事をじっくり考える事がなくなった。
-(ヤ)確かに現代人の怠惰性はネットと関係します。それに匿名による野蛮性が加わっています。文化革命を続けたフェデリーコ2世が出てこないと、突破口が見えてきません(※自身を重ねているのかな)。
○人間の性質の再確認
-(御)友人の宇野常寛は「遅いインターネット」を推奨しています。ノーベル賞を受賞したダニエル・カーネマンは『ファスト&スロー』で「現代人の瞬発的行動では課題解決できず、スローシンキングのリーダーが必要」としています。私はあなたの『ヤマザキマリの偏愛ルネサンス美術論』のフィリッポ・リッピの話が好きです。リッピは修道士なのに30歳位下の修道女と駆け落ちします。そして新しいタイプの絵を描き、社会に認められます。ルネサンス初期に人間の弱さを受容する絵を描きます。
-(ヤ)彼の業績はコジモ・デ・メディチに支えられました。現代であれば、この役割を政治がするか、大企業がするか、異なる存在がするかです(※今は効率が求められ、政治も企業もそんな事をしなくなった。
-(御)「ビル・ゲイツは偉大」とする人がいますが、このモデルは古いと思います。「分散するサポーター」が必要で、クラウドファンディングなどがあります。クラウドファンディングは分散的にお金を集めるだけでなく、アジテート(宣伝)にもなります。
-(ヤ)日本で生産性の重視から、人文系学部は不要との議論がありました。クラウドファンディングはそれに風穴を空けるかもしれません。
-(御)分散型システムは政治でもキーになります。昨今北京コンセンサスで中央集権が注目されますが、分散型の民主主義も考えるべきです。ルネサンスは素晴らしいリーダーだけでなく、大家族・一族郎党のネットワーク型コミュニティが存在し、職人の間にはギルド(同業者組合)が存在しました。これらが収斂して一つの方向に向かったのです(※フィレンツェにはメディチ家がいたが、ミラノ/ジェノバ/ベネチア/ナポリなどにも大富豪がいて、政治・経済・文化に影響を与えたみたい)。しかし今は地域コミュニティは崩壊しています。変革にはネットワーク型コミュニティが必要です。テーマは地球環境+αですが、このαが重要です。
-(ヤ)パンデミックで「人類vsコロナ」とされましたが、人間こそが地球環境を破壊している危険生物です。人間は自分達を「選ばれし存在」と勘違いし、「人として生きている証」などと言っています。変革には「自分達が何か」を再認識するのが重要です。
-(御)私は東洋思想とルネサンスは通じていると思います、それは総合的に考えるからです。東洋は心と技術の身体性と科学(頭)をバランスさせます(※また身体性が出てきた。身体性とは身体を通し外界を認識する事かな)。ところが今は「人間が一番偉い」とのエゴが前面に出ています。これが深刻な環境問題の根本です。禅僧から裸足で苔の上を歩く所作を教わりました(※詳細省略)、これをすると大変心地よい。自然の中の自分を感じ、心・身体・頭のバランスが必要と実感します。技術だけが膨張するのはアンバランスです。
○空気を読んで、前へ出る
-(ヤ)日本で強い発言をすると批判されます。感じた事を言語化できず、民主主義が脆弱です。ルネサンス期のアカデミーは突飛もない発言が飛び交っていました。そして他者の考えを理解する感性を持っていました。※今は保守的かな。
-(御)日本は多様性を受け入れていました。松尾芭蕉が連歌を巻くと、武家も町衆も一緒に楽しみました(※江戸時代は文化的だったかな)。今のアカデミーは縦割りで、対話ができていません。人文系学部廃止の話がありましたが、データにできない部分を研究するのが人文系です。かつて京都学派があり、私はその様な学問的議論の場を作ろうと動いています。
-(ヤ)米国にはディベート文化があります。日本は異なる意見を咀嚼する教育が必要です。
-(御)日本の学校も変わりつつあります(※詳細省略)。30代以下の人には立場の異なる人と話したがる人もいます。過疎化が進んでいる地域では、よそ者・変わり者への抵抗が弱まっています。沖縄科学技術大学院大学は「質の高い論文」で東京大学の40位を凌ぐ9位です。私は多国籍企業の経営会議のメンバーでした。辞める時、「あなたは相手を論破せず、話を通す。なぜだ」と問われたので、「空気を読めるからだ」と応えました。「空気を読む」のが悪いのではなく、「空気を読んで黙っている」のが悪いのです。空気を読んで、前に出てそれを発言すれば良いのです。
-(ヤ)空気が読めるのは日本人の強みです。さらに洒落やユーモアがあれば良い。
-(御)イタリア/米国や大阪・東京の下町にはユーモアがありますが、首都東京の政治・行政にはユーモアがありません。
-(ヤ)漫画・絵・音楽などにはユーモアが必要です。この様な余裕がないと文明は成就しません。落語は失敗を「笑える」「愛せる」「人間は面白い」と回収(?)します。しかし今の教育は、失敗させないための教育になっています。
-(御)立川談志は「落語は業の肯定」と言っています。人間は笑うしかない存在なのです。
-(ヤ)人間は理想主義を追い、人間を特別視し、自然との共生を失っています。イタリアは個々人がバラバラなのに、パンデミックになるとロックダウンに瞬時に従いました。普段は単独で生きているのに、「人は群生の生き物」と認識しているからです。
○芸術が心・身体・頭のバランスをとる
-(御)落語・漫画・アートなどはクオリア(感覚)を伝える重要なツールです。これらは心・身体・頭のバランスをとるのに欠かせません。そこで創造力を奪うネットが、問題になります。
-(ヤ)ネットがない頃は想像力を駆使していました。今はウィキペディアを開けば全て書いてあります。しかし昔は図書館で調べたりして、その言葉の重みが違います。日本だとテレビ画面にテロップが出ます。昔は発言者の言葉を認識する作業が必要でした(※今は要約したテロップが出るな。これは助かる)。
-(御)言語化も重要ですが、言葉にならないものを想像力で把握し、両者を統合する事が重要です。日本は西洋をキャッチアップして来ました。ところがルネサンスにギリシャ/ローマが意味を成した様に、日本古来の文化・言語を統合するのが、日本の役割です。※同意。日本文化も捨てたものではない。
○予定調和の破壊
-(ヤ)先程、批判に慣れていない話をしましたが、日本人は責められる事への恐怖心が強く、無難なゴールを選びます。これではルネサンスは起きません。
-(御)メディチ家が「アカデミア・プラトニカ」を始めて、変な人が集まり、議論したのです(※この辺は初耳。プラトン主義者の会合かな)。予定調和は楽で、人間はそちらに流れます。今は変化が激しい時代なので、それに耐えれる人・組織・地域を作る事が重要になります。
-(ヤ)社会に多元性を生むには、芸術が重要になります。手塚治虫は赤塚不二夫に「立派な漫画家になるには、良い音楽を聴いて、良い小説を読んで、良い演劇を見る事」と言っています。目的地に真っ直ぐ進むのではなく、回り道が必要です(※これも寛容性かな)。
-(御)予定調和を破壊する人が必要です。そんな人にやりたい事を追求してもらいたい。そうした人の居場所が増えている気がします。私は霞が関の会議に出席する事がありますが、違和感を感じます。それは彼らが考えない事を私が提案し、実行してきたからです。
-(ヤ)私もアウェー感を感じる事があります。しかしそれは予定調和を壊せる可能性を表しています。
-(御)日本は明治維新後、エリートを再生産し、キャッチアップに成功しました。これからの未来はその延長線上にないと考える人が増えれば、ルネサンスが興せるでしょう。
第8章 新興ウイルスは何度も現れる 仲野徹/宮沢孝幸 ※本章は専門的だが、中々面白い。
○動物由来のウイルスを知る
-(仲野)私達は大阪大学の微生物病研究所(微研)で出会いました。あなたは「優秀だけど変人」と思われていると思います。あなたの優秀さは着眼点にあります。ネコのエイズウイルスの受容体を発見し、見直しました。動物由来のウイルスを研究している点もユニークです(※動物由来とは動物から人に感染?これが最も重要なのでは)。
-(宮沢)私は人・動物に感染する病原性ウイルスに比べ、動物由来の非病原性ウイルスの研究が進んでいない事を懸念しています。今回のCOVID-19(SARS-CoV-2)/SARS(重症急性呼吸器症候群)/MERS(中東呼吸器症候群)のコロナウイルスはコウモリが媒介します。しかしコウモリは発症しません。そのため動物由来の非病原性ウイルスを研究する必要があるのです。
-(仲)『牛痘』(アマンダ・ケイ・マクヴェティ)を読んだが、大変面白かった。牛痘は牛特有の感染症です。人類が感染症を撲滅できたのは天然痘だけです。20世紀にワクチンが開発され、1980年WHOが根絶宣言を出します。2011年牛痘も撲滅しています。※天然痘ウイルスと牛痘ウイルスは酷似しているのか。
-(宮)鳥インフルエンザがある様に、鳥類・哺乳類・両生類・魚類・昆虫類など全ての生物がウイルスの媒介者です。新型コロナウイルス(※以下新型コロナ)ではコウモリの生態が興味深い。ヒトが感染すると発症しますが、コウモリは腸管で増殖するだけです。コウモリは非常に多くの種類がいます。哺乳類は5400種ですが、齧歯類(リス、ネズミ)が2千種以上で、その次がコウモリの980種です(※共に隕石衝突で生き残り、種類が多いのかな)。新型コロナを媒介したのは「キクガシラコウモリ」ですが、彼らは異種同士で交配するため、種の定義が明確にできていません。
○ウイルスは情報伝達のために存在
-(宮)ウイルスは遺伝情報を包んだ粒子です。その型は2種類あって、DNA型ウイルスとRNA型ウイルスです。何れもタンパク質の殻で包まれています。ヒトはDNAからRNAをコピーし、それを設計図にしてリボソームでタンパク質を合成します。ウイルスにはリボソームがありません。そのため私はウイルスは細胞間の情報伝達のために存在したと考えます。
○レトロウイルスが哺乳類の胎盤を生んだ
-(宮)レトロウイルスはRNA型ウイルスですが、宿主の核に入り込み、DNAを書き換えます(※これは知らなかった)。ヒト免疫不全ウイルス(HIV)がその一種です。ヒトは生殖細胞がレトロウイルスに感染し、変化したと考えます(※レトロウイルスが生物に進入し、複数の個体のDNAに同様の変更を行えば、それはその生物の進化になるな)。レトロウイルスは逆転写酵素を使ってDNAを増やします。この塩基配列をレトロトランスポゾン(逆転写可動遺伝因子)と言います(※DNAを複製する、DNAの一部を変化させる、どっちだ)。これがレトロウイルスの由来と考えます。レトロトランスポゾンによりゲノムは複雑化します。これが細胞外に出たのがレトロウイルスと考えます。※この話は大変興味深い。
-(仲)癌は遺伝子の異常によると分かりましたが、これはレトロウイルスの研究によります。
-(宮)ネコ/マウス/ニワトリの癌を起こすレトロウイルスが見つかりましたが、それは宿主が元々持っていた細胞増殖因子なのです。私もレトロウイルスと癌と関係を研究しています。
-(仲)あなたは「内在性レトロウイルスを壊せば癌の転移は止まる」と仮説しています。
-(宮)その前に「内在性レトロウイルスが哺乳類の胎盤を生んだ」の仮説が存在します。古代レトロウイルス(内在性レトロウイルス)由来のタンパク質が胎盤を作り、癌の転移にも使われています。本来、胎盤は異物なので排除されるはずです。ところがレトロウイルスにより局所的に免疫機能が抑制されるのです。受精卵は細胞分裂し胚盤胞になり、子宮壁に着床します。実際は胚盤胞が子宮壁にめり込んでいき、胎盤が作られます。この時使われるタンパク質が古代レトロウイルスの「シンシチン」です。癌が転移するのは哺乳類だけです。ヒトには免疫から逃れる仕組みがあり、この暴走で癌が発生・転移すると仮説しています。「マウスでメラノーマを発現する内在性レトロウイルスを除去すると、癌は転移しない」とする論文があります。私はメチレーション(メチル化)が低下すると、内在性レトロウイルスが発現すると考えています。※癌の解明・撲滅も近いかな。
○ウイルス学は妄想が許される
-(宮)今は筋肉に興味を持っています。ゴリラやチンパンジーはムキムキです。生物進化の研究者に聞くと、「人間は二足歩行のため、余分の筋肉を付けない」そうです。筋肉の量を制御している遺伝子がミオスタチンです。京都大学の木下政人教授が、タイのミオスタチンを破壊し、「肉厚マダイ」を作りました(※動植物の遺伝子操作だな)。ヒトにレトロトランスポゾン/内在性レトロウイルスが入りミオスタチンが増加したと考えます。
-(仲)ウイルス学は妄想に近い仮説が許される。ウイルスは多種類で未解明が多く、多様な仮説ができる。
-(宮)ウイルスは宿主細胞に入るとバラバラになります。それなのにDNA/RNAにより再形成されます。これは相分離によるとされています(※詳細省略)。
○インフルエンザの減少
-(仲)SARSコロナウイルス/MERSコロナウイルス/SARS-CoV-2はコロナウイルス科です。今後の新興ウイルス感染症もコロナウイルス科によるのでしょうか。
-(宮)実はコロナウイルスは何十年おきに新興ウイルスになっています。1889年「ロシアかぜ」もコロナウイルスと考えられています(※詳細省略。これはロシア帝国崩壊の遠因かな)。
-(仲)国は新興ウイルスの研究に予算を出していません。パンデミック前はインフルエンザには予算を出していました。大学の独立法人化で基礎的研究費が削られています(※日本の教育費は世界的に少ないらしい)。米国と比べると感染症研究者は10分の1もいません。さらに試薬代も3倍位高い。
-(宮)今回のパンデミックでインフルエンザが減少しました。インフルエンザウイルスは南半球と北半球を行き来していたが、それが止まったからかもしれません(※北半球のインフルエンザ・ワクチンの成分構成は、南半球の状況から決める)。ただしインフルエンザウイルスはブタ/ニワトリにも存在するので、撲滅は難しい。ここでも動物由来のウイルスの研究が重要になります。
第2部 日本の進路
第9章 百年後の世界とヒューマン・サバイバル 安宅和人
○対策病床をアジャイルに開拓
・2020年1月COVID-19が日本に上陸し、「withコロナ」対策が見えてきた。本稿ではデータや数字への向き合い方や開疎化(開放×疎)の実践について述べる。またヒューマン・サバイバルについても展望する。
・まずデータへの向き合い方だが、「東京都の新規感染者数X人」と発表されたが、重要なのは現在の感染者数で、特に中等症・重症者数が医療キャパシティに収まっているかだ(※そう言った報道もあったと思う)。鎮静化させるためには、特効薬の登場か集団免疫の2つしかない。特効薬はないため、集団免疫の形成しかないが、これにはワクチンか自然感染が必要だ。日本はワクチン接種が遅れている。早期認可・展開・配布の仕組みが必要だ。
・自然感染を選ぶにしても、医療キャパシティが必要になる。COVID-19の対策病床数57780床/患者数32739人で使用率57%に達している。しかし日本の総病床数は160万床あり、COVID-19の対策病床は3.6%に過ぎない(※対策病床はほんの一部か)。かつて日本は結核が死因のトップで、多くの病院が隔離病棟を抱えていた。政治が強制力を持ち、対策する病院にお金が回る仕組みを作る必要がある。
○数理・データリテラシー
・新規感染者数に右往左往し、数理・データリテラシーが欠けている。分母・分子を的確に捉え、「比較」する事が重要だ。例えば薬の服用だ。「X歳未満は1錠、X歳以上は2錠」とあるが、これを体重に正す必要がある。また「東京都の新規感染者数X人」と発表されるが、これも人口当たりが重要だ。福岡市長はファクトを丁寧に説明し、信頼を得ている(※詳細省略)。政治家はファクトベースで説明すれば、メディアも付いてくる。
○検索とビッグデータ
・数理・データリテラシーが高まれば、マクロのトレンドを確認できる。Yahoo!JAPANがレポートを公開したが、都心の検索数が減少し、郊外の検索数が上昇している。また海・山への関心も高まっている。開疎化が単なるアイデアではなくなっている(※詳細省略)。
○企業の業態変革
・「withコロナ」で個人はどうすべきか。まずはCO₂濃度測定器を持つべきだ。これにより開放された空間かが分かる。外気と同じ450ppm程度であれば開放されており、600ppmを超えると「空気が澱んでいる」となる(※この指標は知らなかった)。なおオフィスでは普通だと1000ppmを超えてしまう(※全然ダメでは)。
・コロナ不況で、飲食店などが打撃を受けている。これには刷新がいる。例えば焼肉店は1時間に10回以上の換気、海岸・河川敷・公園・屋上への店舗移転の優遇などである。開疎化された店舗に「開疎マーク」を掲示するのも良い(※これらの対応はあった気がする)。
○COVID-19の次の難題
・「withコロナ」について述べてきたが、100年後に人類が存在するか危うい状況だ。地球上の大型動物の質量は、人間・家畜が96%で、野生動物は4%に過ぎない。そして野生動物と人間が近接し、COVID-19/AIDS/エボラなどが頻発した。2千年前の人口は4~5億人で、人間・家畜の質量は2~3割だった。人口爆発によりCO₂が排出され(※人の排出量はどれ位なのか)、2100年には気温が4.8℃上昇するとの報告がある。これにより災害多発/食糧危機/生活空間の変化が起きる。ホモサピエンスが現われ15万年経つが、人類文明が発展したここ1.2万年は氷河期が落ち着いている(※この期間は新石器時代で、かつ間氷期かな)。ところが気温が3℃上昇すると永久凍土が溶け、様々な病原体が解け出す。環境省は「2100年最高気温は43~44℃になり、台風の最大瞬間風速は90mになる」としている。
・温暖化による気候変動を抑えるには、1人当たりの環境負荷を劇的に下げるか、人の数を劇的に減らすしかない。米国を除き先進国は人口調整局面にある。地球の森が吸収できるCO₂は50億人分しかない。人口減少を反転させるのではなく、人口減少下において財政破綻させない事が重要になる。
○気候変動以外の脅威
・日本には大震災の脅威もある。南海トラフ地震は30年以内に70~80%の確率で起こる。大阪・名古屋は海抜が低いため、大惨事になる(※詳細省略)。東海・東南海・南海の3連動型になる可能性もある。気候変動・パンデミック・大地震・火山噴火の複合的リスクはSFの世界ではない(※現に能登半島で地震と水害の複合災害が起きた)。
○withコロナからヒューマン・サバイバル
・人類の危機を座して待つ訳にはいかない。ヒューマン・サバイバルを考えるべきだ。テスラは「脱グリッド」(インフラから切り離されてもランできる)を提唱し、自然エネルギーで社会を回そうとしている。日本の起業家・経営者も危機が人類社会に及んでいる事を認識すべきで、ESG(環境、q社会、企業統治)の視点で事業・社会を刷新する必要がある。人類は「Be ready for Pandemic and Disasters」(パンデミックと大災害に備える)を肝に銘じるべきだ。
第10章 「弱さの自覚」が開く生態学的紐帯 森田真生
○危険なリツイート
・大統領選前の2020年10月、ツイッター社はリツイートの仕様を変更した。これはリツイートによる情報拡散の速度を抑制するためだ。ネットでの情報拡散は「バイラル」(viral)と呼び、ウイルスの拡散に例えている。ウイルスに対しマスク・手洗いをする様に、人の言葉を安易に反復するのではなく、自分の言葉を探す迷いや逡巡をエチケットとすべきだ。安易に反復する行為は危険だ。哲学者吉田徹也は『言葉の魂の哲学』で言葉を選び取る迷いや逡巡を「言葉の哲学」としている(※詳細省略)。カール・クラウスは言葉を選び取る事を「責任」とした。これを怠ると、思考は停止し、単一の方向に誘導される。今は強い言葉への同調・反復が技術により容易になっている(※ポピュリズムかな)。
○依存の自覚
・ツイッターが浸透したのは、人に強い言葉に身を委ねたい欲求があるからだ。人には自分で生み出すより、誰かが生み出した「出来合い」のものに委ねる習慣がある(※知の共有はヒトの長所であり短所でもある)。野菜を自分で作るのではなく、スーパーで買う(※これは分業かな)。第1次産業従事者は戦後は5割だったが、今は3.3%だ。私は子供達と裏庭で菜園を始めた。野菜を作るのは初めてだが、これまで気にならなかった事が気になる。大雨になると野菜は大丈夫かと心配になる。トマトが実ると、猿に食われないかと心配になる。自然(太陽、水、土)への対応は発見の連続だった。自分の暮らしが、如何に他者に依存しているかを知った。
・脳性まひで小児科医の熊谷晋一郎は「自立とは、依存先への依存度が極小になり、依存していないと幻想している状況」としている。「自立」と思っているのは、複雑な依存関係を意識しないでいられる状況であろう。現代は「順調な作動」が正義とされる。パソコンを開けばネットに繋がり、ガスコンロのスイッチを入れれば火が着き、アクセルを踏めば車が走る。しかしスマホの「順調な作動」は、鉱物を掘り出す過酷な労働による。ガスコンロの「順調な作動」は、ガス管のメンテナンスや良好な外交関係による。これらが止まった時、その存在に気付く。コロナの感染拡大で、その存在を知る事になった。医療従事者・保育士・店員などはエッセンシャル・ワーカーと呼ばれる。この世に「出来合い」のものはなく、複雑な依存関係による。これが地道に作られ、維持されてきた事を知った。
○存在の弱さ
・物理学者カール・セーガンは「アップルパイをゼロから作るなら、まずは宇宙を発明する必要がある」と言った。そこまで行かなくても菌類/ミミズ/サンゴなどに激励の拍手を送るべきだ。私達は弱く、一人では生き残れない。無数の他者に依存している事を自覚すべきだ。一昨年私は断水している周防大島に滞在した。島の人は逞しかった。井戸水を融通しあった。近代の哲学者は人間を強い存在とする。人間を自然と区別し、特権的存在としている。ところが科学の成果で、私達は弱さを自覚し始めた(※説明が欲しい)。
・古気候学(※過去の気候の研究)によれば、ここ10万年平均気温は頻繁に上下していたが、1.2万年前から温暖で安定している(※間氷期らしい)。この期間に農耕/都市などが発展し、地質区分は「完新世」と呼ばれる。文明の「順調な作動」は、この安定した気候に依存している。ところが平均気温は逸脱し、洪水・旱魃・山火事などが世界を襲っている。気候だけではない。過剰な肥料で水生環境が破壊され、森林は減少し、生物種は異常な速度で絶滅している。人間は「強い存在」としてではなく、「弱い存在」として自覚し直す時期に来ている。※傲慢だから(強い?)からこそ自制すべきかな。
○弱いロボット
・弱さは存在の欠陥ではない。例えば「弱いロボット」は生命らしい動きになる。受動歩行機械は関節を動かすモーターはなく、動作を指令するコンピュータもない。そのため重力に身を委ね、人間らしく見える(※坂を下る機能しかないのかな)。生命らしい知能を実現するため、行動生成のリソースとして身体・環境に依存する方が良い(※説明が欲しい)。1990年代初頭ロボット工学者ロドニー・ブルックスは、この発想で人工知能に変革をもたらした。それまでは「外界のモデルを構築する」のが常識だったが、彼は認知過程を身体を基盤とした「知覚」と「行為」の連関をベースにした(※多分行為の結果からモデルを構築するのかな)。ロボットが部屋を横切る場合、それまでは部屋のモデルを構築し、行動計画を立てていた。ところが彼のロボットは世界の描写は世界自身に任せ、まず動き出す。全身の感覚センサを用い、必要に応じ現実にアクセスする。彼の包摂機構はルンバに実装されている。豊橋技科科学大学の岡田美智雄は「弱いロボット」を幾つも作っている。「ゴミ箱ロボット」は自力でゴミを拾えず、子供の手助けでゴミを集める(※映像を見た覚えがある)。膨大な処理能力が必要の人工知能とは対照的だ。
○悲願のさえずり
・海洋が汚染され、気候が凶暴化し、生物多様性が失われ、新しい疫病が蔓延する。これらに人は「強い人間」として知性・技術で解決しようとする。この自力で解決しようとする発想こそ、弱さを自覚していない証しだ。腸内には無数のバクテリア、各細胞には無数のミトコンドリアがいる。これらのお陰で生きていける。法然院の梶田真章は「悲願」の真意を「他者のために他者の安らかなるを悲しみ願う」とした。自力への諦めは、単なる諦めではない。弱いからこそ、他者と悲しみを分かち合うのだ。これにより大きな力を発揮できる(※詳細省略)。
・歴史研究者の藤原辰史は『「規則正しいレイプ」と地球の危機』で、地球環境の危機の本質をCO₂排出量や温暖化ではなく、地球環境との関係構築の貧困とした。化石燃料による「高速回転」「高速ピストン」で規則正しく地球をレイプしてきたとした。それを計算可能な数値の問題にすり替えた。人は「人間の強さ」の幻想に囚われている。疑似的でなく借り物でない情熱・欲望による関係構築が必要だ(※詳細省略)。鳥のさえずりは異性への求愛で、自己の強い主張ではない。パートナーからの応答を待つ呼び掛けだ。強い言葉が反復されている世界で、悲願のさえずりを放ちたい。
第11章 科学理解と寛容の精神を取り戻せ 村上陽一郎
○新型コロナ対策に正解はない
・2020年はCOVID-19を抜きに語れない。20世紀半ばHIVウイルスが脅威となった。現在は治療薬が生まれ、落ち着いている。2003年SARS(重症急性呼吸器症候群)が流行る。致死率は高いが、左程蔓延しなかった。次にMARS(中東呼吸器症候群)が流行る。これも致死率が高く、韓国・ベトナムでは死者を出したが、日本は無風だった。致死率が高いと罹患者が亡くなり、他者にウイルスを感染させれない。これはエボラ熱も同様だ。COVID-19もコロナウイルスだが、致死率が低く、世界的大流行となった。
・COVID-19について明確に分かっている訳ではないが、東アジアでは被害が軽微に留まっている(※考えられる要因を挙げているが省略)。今の段階で各国のコロナ政策を評価するのは難しい。今できるのは利害得失のバランスのどちらを重視しているかだけだ。米国は失敗し、台湾は利得の多い政策を採り成功していると言える。しかし各国の国情が異なるので、一概に言えない。山中伸弥は人種的要素/生物学的要素/行動原理などを「ファクターX」としている。
・他国で目立つのがスウェーデンの集団免疫政策だ。原則として80歳以上の患者はICUでの治療が控えられ、高齢者の死亡率は高くなっている(※詳細省略)。しかし今の段階で何が正解かは語れない。日本でも生命維持装置が足らないと叫ばれた。この先どの様な状況になるか予測できない。こうなると死生観や歴史的・社会的要素が全面に出る。
・政権の舵取りは難しい。日本の政権担当者が政策の理由・背景を国民に充分説明してきたと思えない。日本の政治家は総じてこれを怠り、「万全を期す」「しっかりとやる」を常套句とし、官僚の文章を読むだけだ。これは言質を取られたくないためで、形式的な発言しかしない。かつての田中角栄/三木武夫などは言いたい放題で、野党の批判を恐れなかった。この状況は野党にも責任がある。彼らは政府の片言隻句を鬼の首を取った様に責め続ける。※話がずれて政治批判になった。
○失われる機能的寛容
・こんな世の中で考えるべきは「寛容」だ。これを「言葉」を例に説明する。私達は言葉によって世界を理解するが、これは言語による。米国の西海岸で虹を見た時、虹が七色である事を米国人に言うと、彼は「なぜ七色と識別できる」と訝しがった。赤・橙・黄・緑・青・藍・紫と指を折ったが、藍色を英語で何と言うのか迷った。その時藍染のインディゴを思い出した。しかし米国人に「インディゴは色か」と言われた。しかし日本人は浴衣などの「藍色」を「鮮やかな色」として認知している。※藍は徳島藩の名産だったらしい。
・言葉があるゆえ、その存在を認識できる。イヌイットには雪の降り方に10種類以上の言葉がある(※英語でも笑う/旅行などは単語が多いな)。言葉は「コミュニケーションの道具」とされるが逆で、世界を捉える「枠組み」を言葉が構築してくれるので、コミュニケーションが成り立つ。そこでネイティブが異なるとコミュニケーションが成立しない訳ではなく、「寛容」により意思疎通が可能になる(※難解)。人は言葉に基づく城の様な「枠組み」を持つ。それは完全に閉じられている訳でなく、幾つかの穴が空いている。それが機能的寛容であり、「ゆとり」「余裕」だ(※何か難しい)。現在はこの機能的寛容を失っている。同じ言葉を持っている人でさえ城壁を堅牢にして、相互理解を拒んでいる。SNSでの他者攻撃がそうだ。
○ネガティブ・ケイパビリティ
・日本人だけが不寛容なのではない。米国ではトランプ支持者に付和雷同が確認できる。そこでパンデミックなどが起きると、異分子を排除する様になる。国旗を馬鹿にしていたリベラルな米国人は9.11が起きると国旗を掲げ、米国と言う「城」に閉じ込まろうとした。戦時中の日本もそうだ。しかし良識人・常識人はエスカレートしない様に呼び掛け、自分の「城」の可塑性を訴えた(※可塑性は可逆性の反対かな)。
・これから必要になるのは「待つ」事だ。作家・帚木蓬生の『ネガティブ・ケイパビリティ』の副題は「答えのない時代に耐える力」で、ネガティブ・ケイパビリティを論じている。今回のパンデミックの様に、全ての正解や解決策が決まっている訳ではない。こんな時、立ち止まり、別の角度から考え直す態度が必要だろう。私は同書を読んで機能的寛容と似た話と感じた。為政者は結果を求められ、対応が遅れると批判される。そのため「ベスト」と思われるものに飛び付く。しかしその姿勢は危険だ。「ベスト」ではなく「ベター」で良いのでは。
○科学の可能性と限界
・「more better」を目指す上で、科学が果たす役割は大きい。今回のパンデミックで日本社会が非科学的な事が露呈した。SNSで「ウイルスは耐熱性がなく、26℃のお湯を飲めば良い」との言説もあった。これは科学リテラシーの低さによる。今回のパンデミックは科学の可能性と限界を突き付けた。
・ここ20年で「トランス・サイエンス」の言葉が用いられている。物理学者アルヴィン・ワインバーグは「科学的に解明されても、問題が全面的に解決する訳ではない」と説く。ワクチンは100人に効いても、101人目には副作用が出るかもしれない。ワクチンは社会防衛・個人防衛だが、個人防衛を優先しワクチン接種に反対する動きもある。何もかも科学で解決できるとする「科学信仰」は持つべきでない。科学が100%解決してくれない事を前提に、科学と付き合うべきだ。※本書にはエビデンス・ベースを主張する章もあった。
○理科教育に必要なのはアクロス・ザ・カリキュラム
・日本の理科教育には問題がある。高校2年生になると文系・理系に分かれ、文系の人は以降自然科学について学ばない。「アクロス・ザ・カリキュラム」の言葉があるが、英語・国語・社会・家庭科などでも理科教育はできる。例えば社会の授業で感染症の話をしても良い。これも「寛容」だ。
・今は日本学術会議の話題が持ち切りだ。同会議は「学問の国会」を自認するが、本来の目的は政府への提言だ(※様々な議論があったが、これは頭に入れときたい)。また特別公務員であり、特定の思想に基づいた議論はお門違いだ。同会議は「研究の場」ではない。任命が否定されても、研究の自由が奪われた訳ではない。ただ慣例の手続きを変えた点は追及されるべきだ。
第12章 変質する資本主義、変貌する会社 岩井克人 ※本章は中々面白い。
○コロナ危機による教訓
・2021年3月時点、世界で1.2億人が感染し、死者は260万人を超えた。これはスペイン風邪(感染者5億人、死者5千万人)を下回るが、大惨事だ。このコロナ危機は国によって被害が大きく異なる。欧米・中南米は100万人当たりの死者が1千人を超えるが、東アジアはこれを下回り、死亡率が2桁も違う。この状況から自由主義・個人主義の国は「失敗」し、権威主義・規律主義の国は「成功」したと考えられる。しかし私はこの考え方を取らない。米国はトランプの下で自由な行動を許し、失敗した。欧州はロックダウンしても大流行した。一方成功した台湾は規律主義だが、対策は民主主義的だった。ニュージーランド/オーストラリアは個人主義なのに成功した。さらに遺伝や交差免疫(※過去に作られた免疫がコロナに有効だった)なども要因と考えられる。※島国かが最大の要因かな。
・コロナ危機で私達は「自由がどの様な仕組みで支えられているか」を知った。コロナ危機は古典的な社会契約論を再現した。個人が自由を追及する「自然状態」は、互いの自由を侵害する「競争状態」である事を示した。ルソーは「自ら定めた法に従う事こそ自由」とした(※=自律だな)。その法は強制されず、破る事ができるのが「競争状態」だ。社会契約論は国家を媒介すれば、利己心で満ちた個人も法に従うとした。なぜなら人間は国家に対し主権者であり国民であり、投票権を持つが遵法義務を負う。これこそ真の「自由」だ。※法で規則と刑罰を定め、これを破ると刑罰があるかな。
・ここで重要なのが、そのバランスだ。米国と中国はこのバランスを壊れ、ディストピアとなった。米国は自由放任が強すぎた。一党独裁の中国は個人の監視が強まり、国民の法への参加は抑圧された。
○資本主義は不安定
・自由のために自由を制限する「逆説」は政治だけでなく経済も同様だ。コロナ危機により世界のGDPは4.3%縮小し、リーマンショックを超える被害になった。カール・マルクスは「貨幣は平等主義」「私が物を買う時、出自/性別/所属/信条などを問われない」「貨幣は普遍的価値」とした。しかし貨幣にモノとしての価値はなく、社会を不安定にする。貨幣を使うのは投機であり、投機にはバブルとパニックがある(※暴騰と暴落かな)。貨幣がバブルになると物価が下がるデフレーションになり、さらに不況・恐慌になる。パニックになると物価が上がるインフレーションになり、さらにハイパーインフレーションになる。すなわち資本主義は不安定で、自由を与えるが、放任すると恐慌/ハイパーインフレーションになり、自由が崩壊する。そのため政府・中央銀行による経済活動の制約が必要になる。経済はリーマンショックで、政治はコロナ危機でバランスの確保が難しい事を知った。また資本主義の放任は不平等化と地球温暖化を進展させる。
○株主主権論の誤謬
・今の時代は会社の在り方も問われる。ミルトン・フリードマンは自由放任的な株主主権を絶対視し、「会社は株主の利益追求の道具」とした。しかし株主主権論は誤謬だ。法人化されていない個人企業と法人化された会社を混同している。個人企業だと経営はオーナー自身が行うか、または雇った経営者に行わせる。一方会社はオフィス/工場を所有し、法人として従業員/仕入れ先/銀行と契約を結ぶ。これを行っているのが経営者だ。この経営者と会社の関係は契約関係ではなく忠実義務を負う信任関係だ。従って経営者は会社を自己利益の道具にできない。ところが米英の資本主義は経営者も株主にして、利益を最大化すれば良いとしている。そのため経営者の報酬はストックオプションが中核になっている。これにより経営者は忠実義務から解放され、会社を自己利益の道具としている。これが天文学的な報酬を得る経営者を登場させ、所得の上位1%が全所得の20%を得る経済格差を生んでいる。
・個人企業はオーナーが全資産を所有する「平屋建て」だ。一方会社は株主が株式として会社を所有し、法人としての会社が資産を所有する「二階建て」だ。そしてその1階で経営者・従業員が経済活動を行う。この1階を強調すれば、従業員の雇用、他のステークホルダーの利益、活動している地域、地球環境などを重視する事になる。この会社は1階と2階をバランスさせ、可能性を無限に広げるための仕組みだ。2階の利益のみを主張する株主主権論は本質を理解していない。
○カネの価値
・資本主義は太古から商業資本主義として存在し、18世紀の産業革命により「産業資本主義」に転換した。これは資本家が機械制工場に投資し、労働者を雇い、利潤を生む資本主義だ。この産業資本主義は、20世紀後半に「ポスト産業資本主義」に転換し始めた。これはイノベーション(新しい製品、新しい技術、新しい市場など)で利潤を生む資本主義だ。すなわち利潤の源泉が機械制工場から人間の創造力に転換した。この創造力は人の頭の中にあり、カネで買えない(※労働者は賃金で雇えるが)。これによりカネは力を失っている(※そんな気はしない)。
・また創造性がある人はカネで買えないモノに価値を置き始めた。自由な時間、尊敬できる仲間、文化的生活などだ。ポスト産業資本主義を牽引するGoogleは、週5日勤務の1日を自由に使える。これにより創造性を高め、資本主義で成功した。会社の社会的責任(CSR)を長期的な株主利益のための手段と切り捨てる事はできる。しかし会社は「二階建て」であり、株主利益以外の目的を追求する仕組みである事を忘れてはいけない。
・近年「非営利法人」が注目されている。これはカネの価値が弱まり、社会的貢献をしたいと思う人が増えた事による。非営利法人は利益を禁じられている訳ではなく、利益を出資者・経営者で分配する事が禁じられている。すなわち会社と非営利法人は連続性がある。会社の株主利益を縮小し、ゼロにしたのが非営利法人だ。そして現在はその中間的な組織・団体が多数存在する。
・この様にカネの力が弱まり、資本主義の形態は変貌し、株主主権論から抜け出しつつある。ただこの変化が繰り返される金融危機/不平等化/環境破壊にどう有効かは不明確だ。※あり得ないが株式会社が廃止されれば(全ての会社が非営利法人になる)、株主利益はゼロになり、不平等化は解消される。ただ個人企業が残れば、それによる不平等化は残る。
○ジョブ型雇用
・ポスト産業資本主義に転換する中、日本の会社も対応が求められる。ここで留意しないといけないのが、「変わらなくて良い部分」と「変わらないといけない部分」だ。「変わらなくて良い部分」は2階だ。日本の会社の多くは株主主権論を採用していないからだ。一方「変わらないといけない部分」が1階だ。それは日本的雇用システムが創造的な人を育成できないからだ。また最近「メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用に転換すべき」との議論がある(※詳細省略)。しかしジョブ型雇用がポスト産業資本主義に適してるとは言い切れない。ジョブ型雇用が普及したのは機械制工場が拡大した時代だ。例えばフォードの生産システムは生産工程を細分化し、それに対応した従業員を配置した。しかしポスト産業資本主義では絶えざる変化が求められ、欧米の会社はジョブ型雇用の見直しが求められている。米国の会社は従業員の解雇が容易だが、欧州は容易でない。そのため欧州は非正規雇用が増大し、経験が乏しい若者の失業が増えている。
・日本の雇用システムは終身雇用/年功序列/会社別組合で成り立つが、これは長期雇用/技能資格/労使自治と呼び変えられる。ここで重要なのが技能資格で、技能に応じ資格を上昇させた。ここでの技能とは多様な職務をこなす経験や、絶えず起こる異常・変化に対応する能力だ。従って日本の雇用システムは変化が常態化したポスト産業資本主義に対応しうる。※日本の雇用システムを「創造的な人を育成できない」と言いながら、「技能資格なのでポスト産業資本主義に対応し得る」としている。
○新しい日本型の会社
・しかしその雇用システムは形骸化した。技能を判定するのが難しく、勤続年数が代理変数となった。ジョブ型雇用は経理・財務・法務などは適しているし、製品開発・研究開発はメンバーシップ型雇用が適さない。今求められているのは技能資格制度を含めた働き方の多様化だ(※副業が可能になったかな)。日本の民主主義は安定し、資本主義の歴史も古い。その中にヒントがあると思う。ポスト産業資本主義の時代に会社をどうするかは、私達の意志次第だ。
第13章 文明の二重転換と日本の役割 中西寛
○パンデミックで転換する認識
・パンデミックにより世界の人がこれまでと異なる生活を営むようになった。まるで列車がトンネルに飛び込み、何時までも抜けられない状況に似ている(※面白い表現)。ワクチンが開発されたが、新型コロナウイルスの変異株が複数発生している。トンネルを抜けた時、世界は大きく変わっているだろう。
・予想されるのは米中対立の激化だ。2021年3月バイデン政権は「中国は経済力・軍事力・技術力を持ち、国際システムに挑戦する潜在力を持つ唯一の競争相手」とした(※詳細省略)。
○加速する米中対立
・米中対立は2008年に始まったと言える。同年米国などが採用した金融緩和策による資産バブルの崩壊が本格化する。中国も転機となる。3月チベットで大規模暴動が起き、世界が非難し、夏の北京オリンピックの聖火リレーは中国国内に限定された。12月世界人権宣言60周年を記念し、劉暁波(2010年ノーベル平和賞)らが「08憲章」を発表する。しかし共産党内の権力闘争から、政府批判への弾圧が強化される。彼は投獄され、2017年癌で病死する。新しく発足した習政権は社会統制を強化し、産業政策を実施し、政権基盤を強化する。2018年憲法を改正し、国家主席の任期を撤廃する。オバマは太平洋へのリバランス政策を実行する。しかし軍事力の行使に消極的で、中国の南シナ海進出に対抗しなかった。続くトランプは米国第一主義で一貫した政策を採らず、同盟国友好国との亀裂が生じる。
・パンデミックは米中対立を加速させる。中国は大規模な感染防止措置で抑え込むが、米国は最大の感染者・死者を記録する。中国は効率的な統治を実現したが、米国は政治的分裂により甚大な被害を受けた。パンデミックの収束は米中関係を改善させるかもしれないが、それは限定的だろう。第1に、米中は経済的紐帯で繋がれていたが、これがデカップリングで弱体化している。中国は国内経済を優先する「双循環」を唱えた。バイデンは巨額な政府投資を打ち出し、「自由貿易は中間層の利益の範囲で追求する」とした。※今は米中関係をデリスキングと表現している。
・第2に、中国は「香港国家安全維持法」を施行し、香港・台湾への曖昧戦略を変えた。香港の一国二制度は反故にされ、台湾の一国二制度が維持される可能性もなくなった。
○冷戦アナロジーの誤り
・米中対立を「米ソ冷戦」と同様に「米中冷戦」と比喩するが、これは誤りだ(※以下にその理由を解説しているが、違って当然かな)。第1に、米中は相互依存し、世界経済の土台になっている。また中国の一帯一路と米国のインド太平洋は重なっている。米ソ間には境界があったが、米中間には境界がない。米中対立が熱戦に変わると、世界経済への影響は甚大になる。※米国は友好国などにも法適用を強要している。
・第2に、米中対立は自由民主主義VS共産主義の体制論に集約できない。中国はどちらかと言えば民族主義的な権威主義だ。また自由民主主義・権威主義・全体主義は相互排他的ではなく、程度の相違に過ぎない。現に中国は民主主義国との関係を強化しているし、米国はベトナムなどの非民主主義国との関係を強化している。※今はグローバルサウスが重視され、民主主義/権威主義などは問われなくなった。
○不確実性が増す世界
・第3に、米ソ対立は西洋先進国同士の対立だったが、米中対立は西洋先進国と非西洋新興国との対立だ。米国は自由主義、ソ連はマルクス主義を標榜したが、これは近代西洋思想の二側面だ。一方米中対立は普遍主義VSナショナリズムの性質が強い。インドは中国と距離を置く新興国だが、中国と同様に帝国主義に反感を持っている。今は西洋主導の国際秩序を肯定し難い。国の数でも西側先進国は60ヵ国に過ぎない。
・第4に、米中の世界への影響力は大きいが、冷戦時代の米ソの支配力には及ばない。例えば米中はミャンマーの軍事政権に干渉するが、制御できていない。
・第5に、米ソ冷戦は工業文明の完成期に行われたが、今は技術的変容期だ。工業文明は農業社会が徐々に近代化する過程だ。ところが80年代以降は資本・技術が移転され、情報技術が発展したため、途上国が一気に先進国に近付く「かえる跳び」が可能になった。今は脱工業化が進み、地球環境の悪化が無視できなくなった。2050年温室効果ガス排出のネットゼロが目標にされているが実現は見えない。
○二重の文明転換
・今後の国際政治は米中対立が基軸になる。新しい秩序の生成は複雑性・不確実性を伴う。今後の国際政治を捉える上で、どの様な観点が重要なのか。1つは、ミクロな事象が大きなうねりになるカオス的視点だ。もう1つは、全体像を見るマクロの視点を保ちながら、より良き秩序の構築を働きかける二重の視点だ。本稿では後者を「二重の文明転換」と呼び、これを述べる。※難読。二重とはマクロと理想の2つの視点かな。まあおいおい理解できるだろう。
・「文明」とは多義的だが、人類の営みを表現する言葉として、国・地域を超えて広範囲に適用できる。また文明は個々の連関性を包摂した文物・制度・価値意識の総体だ。また文化的紐帯を超えた普遍性・開放性を備え、通時的に一定の持続性を持つ。※難読。今の国際政治を語るのに文明が必要だろうか。今はグローバル化・普遍化の時代と思うが。
・この意味で文明は2種類に分類できる。1つは、紀元前の「枢軸時代」に共時的に成立した古代文明(古代メソポタミア、地中海、古代インド、古代中国)が原型だ。これらの文明の文学・世界宗教・普遍的哲学が後の文明に引き継がれる。もう1つは、近代になり普遍的・科学的知識と技術適用を柱とする通時的な文明だ(※要するに古代文明と近代文明かな)。これは機械文明・工業文明である。このアナロジーから近代以前を農耕文明/遊牧文明/狩猟採取文明と区分できる。
・19世紀になり欧州の近代文明が古代文明を引き継ぐ帝国(清、ムガール、オスマンなど)を圧迫し、20世紀初頭これらの帝国は解体される。さらに欧州から派生した米国・ロシア(※ソ連)が世界を支配する。しかしそのソ連は20世紀末に解体され(※解体以降も帝国的だが)、21世紀に入り米国も海洋覇権を縮小している。他方中国・インドは西洋をモデルとするが、反帝国主義のイデオロギーを持ち、帝国的版図を持つ国民国家として再生した(※話はズレるが、国民国家で帝国でない西欧を帝国主義とするのは少し変だな)。イスラム世界・アフリカ世界は分散した諸国家だが、非西洋文明の価値を再発見しつつある(※非西洋文明の説明はない)。欧州は国民国家の枠組みを残しつつ、欧州連合の建設に努めている。米国は国民国家としての自己定義に苦心している。奴隷制の歴史や人種差別の克服が課題になっている。ロシアは国内の少数民族や周辺国に居住するロシア人(※ウクライナなどかな)が課題になっている。※今の世界情勢を説明すると切りがない。
・伝統的な帝国は人種的・民族的差別/専制的な権力/支配関係の曖昧さを持ち、近代的な合理的政治体制にそぐわない。西洋で生まれた幾何学的に定義された領域(※国境が明確?)と統合的な国民(※単一民族?)からなる近代国家は、広域的/多民族/統治領域が曖昧な地域では適用が難しい。今は大規模な主権国家や国家連合が世界を指導している。しかし「近代主権国家原理」だけでなく、伝統文明を下敷きとする「帝国的原理」を取り入れた秩序構築も考える必要がある。※今はグローバルサウスの存在が重視され、統治体制が問われなくなった。
・近代文明は工業文明から脱工業・情報文明に移行している。工業文明は自然を改変し、エネルギーを獲得する手段を増大させたが、地球環境を制御する能力がない。今回のコロナウイルスなどは自然の一部だ。また処分方法が見出せない使用済み核燃料も同様だ。そのため気候変動対策などの自然環境を維持する選択を模索している。共時的な伝統文明の部分的再生(※共時的と限らないと思うが)と通時的な脱工業・情報文明への移行が「二重の文明転換」であり、21世紀の課題だ。そしてこの認識が、国際秩序を構築する上での見取図になる。※世界で人権が普遍的になるまでは、民主主義/権威主義は問われないかな。
○日本の役割-経済貢献から知的貢献
・日本は米中対立の正面にあり、さらに少子高齢化/経済競争力の低下/巨額の政府債務などの制約要因がある。「二重の文明転換」の時代、日本は知的分野で貢献すべきだ。日本は自らの創見によって平和的な国際秩序の構築に貢献すべきだ。日本文化は普遍的・開放的な文明とは言えない。日本は様々な文明の良質なものだけを吸収してきた。日本文化は形あるもの(文学、料理など)より、様々な文明から独特なものを作り出す方法・精神にある。従って日本文化は虚文化であり、柔軟性・吸収性を持ち、共時的に諸文明の相違を超えた共通の価値の構築に資する事ができる。※価値観の構築は主に欧州が牽引している気がする。
・政治体制論は民主主義/権威主義に分類されるが、これは古代ギリシャに端を発する。中国の中央集権制・皇帝独裁制は2千年余りの歴史を持つ。日本の歴史学と政治学が協働すれば、新たな知が生み出されるだろう(※夢に思えるが)。また日本には自然環境への敬意・共感がある。これは脱工業・情報文明の構築に役立つ(※日本は緑が豊かだが、エネルギーを化石燃料に依存している)。今回のパンデミックは科学的・医療的対応だけでは不十分で、社会的対応も必要になる。この点でも日本文化は役立つ(※日本人はパニック時でも冷静沈着かな)。そのため欧州で形成された自然科学/社会科学/人文学の区分を止め、新たな学問体系を作るべきだ。この点は日本が実践的なシンクタンクや政策提案組織を作らなかった事が欠点になっている(※学問の区分とシンクタンク/政策提言組織の有無は余り関係ないかな)。世界の資料と文理の境界を超え、脱工業・情報文明を構想・実験できる施設が必要だ。平成時代に短期的・経済的視点が強くなり過ぎたが、それを立て直す時期だ(※新自由主義が跋扈したかな)。
第14章 役に立たない学問が国を救う 村山斉
○国家の危機と数学
・2020年はパンデミックで歴史的な年になった。これも有事と言える。これを救うのが数学だ。西浦博博士は感染症の数理モデルの研究者だ(※度々テレビに出て、感染者予測をした人かな)。専門家は彼の研究から感染の動向を予測し、対策を立てた。私は素粒子/宇宙の研究をしているが、これは私達の存在に関係している(※ビッグバンなどを説明しているが省略)。日本の未来を作るのは、これらの基礎学問です。
○何で日本はこんなに成功した?
・最近の日本に関する報道は暗いものばかりです。これは日本が大成功した事実を無視している。日本は天然資源が乏しい国です。米国でこの事を話すと、「何で日本はこんなに成功しているんだ」と訊いてきます。米国は原油が採れ、土地もあり、移民で人口は増え続け、成功すべくして成功しました。日本は明治維新までは封建国家でしたが、列強の植民地にならず、近代化を成し遂げます。
・日本が成功した最大の理由は、基礎学力が高かったからです。子供の時に読み書き算盤を習い、識字率が高く、一般人がベストセラーを読んでいました。一部の学者はオランダを通じ、西洋学問を学んでいました。関孝和は微分積分学と似た考えを持ち、一般人は算額を奉納しています。これらにより産業革命を急ピッチで進められたのです。
○iPhoneはどう生まれたか
・日本は戦争でインフラは破壊され、2度のオイルショックを受けながら、GDP世界2位になります。これは頭脳の力によります。日本人は勤勉なだけでなく、先端性を持てたのです。新しい製品はイノベーションによります。イノベーションと言えばiPhoneです。これは政府の補助金で生まれたのではありません。スティーブ・ジョブズは「Appleの強みは、リベラルアーツとテクノロジーの交差」と言っています。リベラルアーツは役に立たない教養・学問です(※リベラルアーツは人文学/社会科学/自然科学/数学・論理学/言語学などで軽視できないと思うが)。しかし人間に不可欠で、これがテクノロジーと交差し、iPhoneが生まれたのです。真のイノベーションは好奇心に基づく基礎学問から生まれるのです。日本はリニア新幹線を建設しますが、これは超電導がコアになります。この超電導は物を冷やす競争をしていて、たまたま発見された現象です。今はリニア新幹線だけでなく、MRIや送電などに使われています。
○基礎学問なくしてイノベーションなし
・今はインターネットなしのビジネスは考えられません。このブラウザ(WWW)は欧州原子核研究機構(CERN)の研究所で生まれました。実験データを世界で共有するのが目的でしたが、それが今は買物するシステムなどに発展しました。これも基礎学問から生まれたのです。極め付けは素因数分解です。これは古代ギリシャのユークリッドが「整数は素数の掛け算で表せる」とした定理ですが、今は暗号の基礎技術になっています。
・基礎学問に日本が投資する意味があるのでしょうか。これにスウェーデンの王立アカデミーのメンバーが「基礎学問の重要性を理解し、それに取り組む研究者がいないと、競争に乗り遅れ、産業が育たない」と答えています。
○日本が勝つために
・日本は資源を持たないため、基礎学問が一層重要になります。それなのに政府の科学技術への投資は少なくなっています(※民間任せかな)。しかしスーパーカミオカンデ/Super KEKB加速器/すばる望遠鏡/J-PARC(大強度陽子加速器)などのユニークな施設があります(※原子物理学が多いな)。ところが政府予算が10年前の半分になり、維持が難しくなっています(※ハイパーカミオカンデの計画はあるらしいが)。
第15章 「夜の街」の憲法論 谷口功一 ※スナックなどに関するユニークな議論。
○左派3紙の憲法特集
・私は憲法記念日(5月3日)に新聞全紙を購入する。2015年は「集団自衛権祭り」で憲法論が盛り上がったが、以降は低調だ。パンデミックで緊急事態宣言が出され、午前0時までしか吞めなくなった。今年(2021年)の紙面に失望した。特に左派3紙(朝日、毎日、東京)が「ジェンダー問題」を掲げている事に驚いた。『毎日新聞』は大見出しを「男女平等の理念 遠い日本」とし、2面で昇進差別・女性活躍・選択的夫婦別姓、5面で「世界のジェンダー平等の歩み」を記事にした。『毎日新聞』は見開きで夫婦別姓問題を取り上げた。『東京新聞』は大見出しを「憲法24条 軽視の1年」とし、有識者が政府に要望した「ジェンダー平等の対策強化」の政府反映度を記事にした。各紙は昨年(2020年)は憲法24条が最も軽視されたとしたが、私は最も軽視されたのは「営業の自由」(憲法22条)と考える。
○苦境に立つスナック
・私はサントリー文化財団に助成され、「スナック研究会」を主催し(※主宰?)、『日本の夜の公共圏 スナック研究序説』も書いている。そのためスナック経営者からパンデミックにおける苦境を随分頂いた。私は昨年4月よりスナック軒数を記録し始めたが、全国で8千軒以上が廃業している(※苦境を詳述しているが省略)。ある地元ではシングルマザーのホステスを地域の会社・工場で臨時に雇っている。「夜の街」はパンデミックの初期から指弾・規制された。地方では「夜の街」は公共圏になっている。人口減少に苦しむ自治体では公的に助成され、「夜の公民館」になり、高齢者に対応させた「介護スナック」になっている。
○「経済的自由」は「表現自由」「報道の自由」より劣る?
・スナックなどの飲食店に対し、「時短」「休業」などが要請されている。この根拠は何なのか。かつての「二重の基準」論争を振り返る。憲法学では「経済的自由」(営業の自由など)の規制は「精神的自由」(表現の自由、報道の自由など)の規制より緩やかな司法審査に服する事になっている。平たく言えば、「営業の自由」は簡単に政府に規制される。井上達夫(法哲学者)は「中卒の人が社長になり事業を興したい気持ちと、大学教授の言論・出版の自由に対する気持ちは変わらない」とした。これに対し長谷部恭男(憲法学者)は「当人にしか意味のない行為は、『公共の福祉』の制約に対抗できない」「個人の自律を尊ぶなら、個人はその責任を負い、そのコストを負担する」とした。この考え方は「選択の運」(ギャンブルなどの結果)や「自然の運」(災害)を踏まえても、パンデミックで通用するのか。※個と公のどちらの利益を優先させるかを明確にするのは難しい。
・「営業の自由」は憲法で明示されていない権利だが、憲法22条(居住・移転・職業選択の自由)から導き出せる。これに石川健治(憲法学者)が緻密な議論を展開している。しかしこれらの議論は大企業を念頭にした消費者保護/環境規制/競争政策に重きを置き、中小事業者の存在/人格実現を定位していない(※消費者保護を優先し、小規模事業者を軽視しているかな)。
・「精神的自由>経済的自由」になっているのは、前者に言論・出版の自由が含まれ、これが失われると回復困難な政治社会になるからだ。しかし各種報道が民主政の守護神になっているとは思えない。感染者数を垂れ流し、不安を煽る報道が正義とは思えない。憲法法典/立憲秩序の正統性が揺らいでいる。
○コミュニティの喪失
・好きな言葉に「独裁者が恐れるのは、経済生活に疎いインテリではなく、独立自営業者」がある。デモクラシーの担い手は自営業者なのに、彼らは「二重の基準」の劣位に置かれている。英国で興味深い論文があった。それは「英国には4.7万店のパブがあるが、秋までに4割が閉店する」と試算していた(※詳細省略)。また別の論文『孤独な吞兵衛/地域の社会的文化荒廃と極右の伸長』には、「パブが閉店し、人々が社会的に孤立し、労働者階級の生活が悪化している」「パブの閉店でコミュニティが失われ、その結果英国独立党(右翼政党)への投票が促進される」としていた(※同党の存在は知らなかった)。日本でも同様な事が考えられる。山羽祥貴は『「密」への権利』で、この「社交の権利」を論じている。※「営業の権利」の次は「社交の権利」か。
○近所の蕎麦屋を守れ
・冒頭に戻るが私が左派3紙に落胆したのは、この物理的危機(生命・健康)/経済的危機(営業規制)の状況で、ジェンダーにおける「承認(アイデンティティ)の政治」(※説明が欲しい)を前面に出し、「再分配の政治」を軽視したからだ。確かにコロナ下での若年女性の自殺は問題になっている。しかしジェンダー構造などの社会文化的意味秩序は一挙全面的に解決できない。
・「承認の政治」なら米国を見たら良い。都市部の大学で文化左翼のエリートが立て籠もっている間、ラストベルトなどの非都市部の「忘れられた人々」によりトランプが大統領になった(※この反エリート思想もユニーク)。日本でも同じ事が起こるのでは(トランプ5秒前)。
・残りの3紙(日経、読売、産経)も記しておく。『日経新聞』は憲法に触れず、『読売新聞』は1面を「巨大IT 言論を左右」とし、共に「営業の自由」に触れなかった。『読売新聞』は1面を菅総理へのインタビューとし、疑わざるを得ない。当社は福田恆在の「保守とは横丁の蕎麦屋を守る事」を拳々服膺した方が良いのでは。ただこの言葉の正確な意味は、「戦争で法隆寺などの伝統的建物を焼失するのを寂しく思う」だ。
・福田歓一(政治学者)は現代の福祉国家を「空前の権力を持つ政治体」とした。公共衛生(防疫)のために権力を行使する政府は、立憲主義的秩序(営業の自由)の前で居住まいを正し、権力行使(営業規制)の根拠を明瞭な言葉で説明し、その重責を自覚すべきだ。
第16章 世界経済の強靭化への貢献 兼原信克
○G7首脳会議
・2021年6月英国コーンウェルでのG7サミットに先立ち、「経済の強靭性に関するG7パネル」が設置され、「コーンウェル・コンセンサス」と政策提言書を発表する。パンデミックでグローバル・サプライチェーンが寸断されたが、地政学によっても寸断されかねない。2018年カナダ・サミットではトランプ大統領と欧州の関係が悲惨となった。これまではG7が世界秩序を支えたが、それが揺らいでいる。G7の製造業は疲弊している。金融緩和で株式市場は加熱しているが、その恩恵は中間層以下に行き渡らない。また多くの先進国が分断に苦しむ。
・一方新興国の比重は高まっている。1980年代からの自由主義経済体制下で投資・技術を呼び込み、多くの新興国が民主主義に舵を切った。G7は彼らに思いを馳せるべきだ。地球環境/健康/デジタル化に対応しつつ、世界規模の市場経済を強靭化する必要がある。先進国と新興国が共に栄えるメッセージ・施策を打ち出す必要がある。
○サプライチェーンの脆弱さ
・パンデミックによりサプライチェーンの脆弱さが露呈した。ソ連崩壊後グローバリゼーションが進み、先進国の工場は新興国に移転した。アジアの国々はこの恩恵を受け、特に中国は躍進した。ところがパンデミックによりサプライチェーンが寸断された。戦略的重要物資(半導体、重要鉱物資源)は、気候変動対策/ESG(環境、社会、ガバナンス)/グリーン・テクノロジーに不可欠だ。これからDX時代(デジタルトランスフォーメーション)になるが、これにも戦略的重要物資は不可欠だ(※詳細省略)。
○半導体市場のリスク
・半導体/重要鉱物資源は供給源が偏っている。半導体は先進国が設計と製造装置を製造し、製造は台湾・中国・韓国が独占している。特に2nm半導体はTSMCが独占する。半導体供給は逼迫しているが、これは地政学からの米中覇権競争が原因だ。中国は習近平首席の下で国際秩序に背を向け、軍事力を増強している。中国の経済的・軍事的な躍進を支えているのが科学技術だ。そして政府・企業・学界・国民・僑民、全てが協力し富国強兵に突き進んでいる(※詳細省略)。
・中国の半導体の進歩は目覚ましい。半導体は民生・軍事に影響し、ドローン/人工知能/画像処理などの軍事技術を支える。これにトランプ大統領は対中デカップリングに出て、中国への先端半導体の販売を禁止した。同時に国内で使う半導体にゼロリスクを求めた。TSMCにアリゾナへの工場誘致を求めた。半導体における巨大リスクが台湾有事だ。台湾は封鎖され、人民解放軍により軍事・政経の中枢は破壊されるだろう(※占領ではなく、破壊するのか)。当然半導体の供給は途絶する。
○重要鉱物資源は中国の売り手市場
・一方、重要鉱物資源市場の脆弱性は明瞭だ。重要鉱物資源とはリチウム/マンガン/コバルト/ニッケル/レアアース(※17種類の鉱物)/プラチナ/タングステンなどで、先端技術を支えている。これらの幾つかは埋蔵量・生産量が中国に偏る。タングステンは埋蔵量の6割が中国で、生産量の95%が中国だ。コバルトは埋蔵量・生産量共にコンゴが半分だが、精錬は中国が一手に握っている。これはコンゴの児童労働を批判し、先進国がコンゴから買い付けていないからだ(※これは知らなかった)。
・この様に重要鉱物資源は中国の売り手市場になり、政治の道具にしている(※2010年尖閣諸島中国漁船衝突事件を紹介しているが省略)。これらに対する対策が「コーンウェル・コンセンサス」で、半導体/重要鉱物資源の需給をG7で共有し、サプライチェーン途絶時のショックを緩和する枠組みの設立を提言している。これに応じ日米欧三極貿易大臣会合などが行われている。これには前例がある。1970年代の石油ショック時、先進国は原油を戦略的備蓄し、産油国に対抗した、
○技術報国の精神
・サプライチェーンの強靭性で、日本は特有の問題を抱える。それは学術界・経済界・経済官庁が安全保障関連技術に忌避感を持ち、開発投資を避け、コミュニティが不在になっている。一方米中は巨額の開発投資を惜しんでいない。米国は年間20兆円の政府研究開発資金が確保している。その半分が国防総省に流れ、軍事技術・デュアルユース技術に限らず、民生技術に投じられる。そしてこの資金が産業界・学界に流れている。一方日本は安全保障関連技術に「軍事技術」のレッテルを貼り、忌避している。日本の研究開発予算は4兆円で、防衛省には2千億円しか充てられていない。日本にも安全保障に貢献したい人がいる。経済官庁・経済界は覚醒すべきだ。
○将来の技術革新のために
・今年4月経済同友会が報告書「強靭な経済安全保障の確立に向けて」を発表した。これからはワシントン・コンセンサスに基づく新自由主義一辺倒ではなく、民生技術に兆円単位を投じるべきだ。そしてこれを経産省・総務省などが推進すべきだ(※今は半導体に資金を投じている)。これは半導体だけでなく、量子・脳科学・遺伝子工学も対象にすべきだ。学界は反自衛隊イデオロギーが強く、学界を避けた別ルートで資金を流せる研究開発拠点が必要だ。見習うべきは、内閣府宇宙開発戦略推進事務局だ。彼らは国産に拘り、準天頂衛星システムを構築した。国家安全保障のためのチャレンジを怠ってはいけない。