『中国VS.世界』安田峰俊(2021年)を読書。
日本人はよく中国を非難するが、世界10ヵ国の対中状況を解説。
詳細な状況を知らなかったが、深く知る事ができた。また私への宿題を多く残した。
他に東南・南アジア(フィリピン、カンボジア、マレーシア、インドネシア、バングラデシュ、スリランカ)の2ヵ国位の状況を知りたかった。
中国に関する政治・経済面での書籍は多いが、本書の様に庶民レベルの話を含む書籍は少ないと思う。
著者は本書の他にも多くの中国関連の書籍を上梓している。
お勧め度:☆☆☆
内容:☆☆☆
キーワード:<はじめに>対中感情、新型コロナ、<イスラエル>ユダヤ人、アリヤー(帰還)、開封、迫害、<ナイジェリア>広州、新型コロナ、石油、酋長、<中国外交と天安門事件>友好関係、ビジネス、襲撃事件、民主主義、<カザフスタン>ドゥンガン人、一帯一路、ウイグル、<エチオピア>世界保健機関、インフラ建設、借款、中国アフリカ協力フォーラム、<オーストラリア>新型コロナ、浸透工作、<孔子学院>儒教、イデオロギー、<セントビンセント・グレナディーン>国家承認、断交ドミノ、<セルビア>新型コロナ、ユーゴスラビア紛争/五八事件、中・東欧、コソヴォ、<カナダ>中国系移民、華人議員、浸透工作、<ドイツ>経済、啓蒙、人権、ナチス、<パキスタン>中印対立、カシミール問題/核保有、一帯一路、債務の罠、<スリナム>プランテーション/金鉱脈、客家、密航者、広義堂、<おわりに>取材
はじめに
・「中国は強権的で、国民を抑圧している」「中国は覇権主義で、世界の秩序を脅かしている」「中国共産党は悪だ」。これは日本で共有されている。日本の一部の若者は中国製アプリを使っているが、これが常識と思われている。しかしこれは日本に限られる。2018年米国のビュー・リサーチ・センターが25ヵ国の対中感情を調査した。それによると「中国を好ましく思う」は、日本17%/米国38%/英国49%/ロシア65%/フィリピン53%などとなった(※抜粋)。数年前、世界は中国に好意的だった。
・2013年国家主席に就任した習近平はカザフスタンで「シルクロード経済ベルト構想」(後の一帯一路)を提唱する。中国は1990年代末から中国資本の海外進出を後押ししており(走出去政策)、習政権になり経済・政治・軍事で海外進出を加速させた。日本人が思うほど世界の対中感情は悪くない。中国を強く嫌うのは、日本/ベトナムなど、政治的摩擦・領土問題を抱える国だけだ。
○嫌中化する世界
・2018年米中貿易摩擦が深刻化する。米国はファーウェイなどをパージし、ウイグルでの弾圧を批判した。2019年末世界はコロナ禍で大混乱に陥る。西側先進国を中心に中国への不信感が決定的になる(※詳細省略)。2020年ビュー・リサーチ・センターが調査した対中感情からも、その暴落ぶりが分かる(※12ヵ国の対中感情の推移がある)。2020年4月広東省広州でのアフリカ系住民へのPCR検査・隔離が非難される。
・一方日本は中国の反日デモ/尖閣問題などの政治的・地理的な要因や中国の商業的な成功により、2005年頃から対中感情は悪い。
○中国の夢
・これらは全体的な傾向だ。世界には190ヵ国以上があり、それぞれの立場で中国と付き合っている。私はこれに興味を覚え、月刊誌『Voice』に『中国VS.世界』と題した連載を寄稿した。本書はそれを加筆した物だ。米国/韓国などを避け、ナイジェリア/カザフスタン/セルビアなどを取り上げた。これらは日本と縁が薄い国だが、中国から見ると全く違う。また各国は一帯一路/米中対立/コロナ禍にどう対応したのか。中国は世界をどう眺め、世界は中国をどう眺めているのかを語ろう。
第1章 イスラエル
○イスラエル国防軍に入隊した中国系男性
・2014年イスラエル(※以下同国)の『タイムズ・オブ・イスラエル』に、中国系ユダヤ人2人(ギデオン・ファン、ヨナタン・シュエ)がイスラエル国防軍への入隊を熱望したとする記事が掲載された(※記事の一部が紹介されているが省略)。彼らは2009年河南省開封からアリヤー(同国に帰還)した「ユダヤ人」だ(※中国にもユダヤ人がいるとは)。SNSで検索すると、ギデオンのフェイスブックを見付けた。今はテルアビブで働いている。他にも中国へ移住した5人の女性が記事になった。
・同国はヘブライ語が話せなくても、訪問歴がなくても、ユダヤ人であれば帰還を認めている。帰還すると免税・減税やヘブライ語教育などの優遇措置を受けられる。帰還する中国系ユダヤ人の大半が「開封のユダヤ人」だ。
○中国史のユダヤ人
・中国は前近代から貿易が盛んで、アラブ人/ペルシア人が中国に定住した。ユダヤ人も11世紀頃から定住したと思われる。開封市博物館にある1489年(※明:1368~1644年)の石碑に、「北宋(※960~1127年)の皇帝がユダヤ系70氏族の居住を許した」とあり、開封のユダヤ人コミュニティの始まりと考えらる。1163年(※南宋:1127~1279年)にはシナゴーグが作られている。※次の元(1271~1368年)も異民族に宥和的だったかな。
・明代、イエズス会宣教師マテオ・リッチ(※1552~1610年)が北京で開封出身の中国系ユダヤ人艾田氏に出会っている。かれらは以下の特徴があった。「開封に住んで500~600年で、戸数が十数世帯ある」「シナゴーグがあり、旧約聖書を受け継ぐ」「偶像崇拝の忌避、幼児の割礼、豚肉を食べないなどの戒律を引き継ぐ」「自分達をイズラエーレと呼んでいる」。当時開封にはユダヤ人が数千人いて、科挙にも合格し、中国社会に適応していた。明代後期、南宋の都・杭州(※正確には臨安で、今は杭州の一部)にもユダヤ人コミュニティが存在し、寧夏/寧波/揚州などにもユダヤ人がいた。※明は海禁令を出したが、密貿易が行われていた。
○消えた民族
・清代(1636~1912年)になると、ユダヤ人コミュニティは開封だけになる。当時の史料『清稗類鈔』によるとユダヤ教は「青回回教」と呼ばれ、イスラム教の一種とされた。開封には趙氏・金氏・艾氏などの六姓七家のユダヤ人がいて、顔立ちも違った。しかし19世紀、戦乱・洪水でシナゴーグは崩壊し、信仰は廃れる。
・中華人民共和国(※1949年~)が成立すると、彼らは「猶太族」と名乗るが、少数民族として認められず、漢族あるいは回族に編入される。1980年代100~200人がユダヤ人との自己認識を持っていたが、「普通の中国人」になった。
※アヘン戦争当時や20世紀前半のポグロム/ホロコーストでユダヤ人が中国に入国した事に触れているが省略。
○シオニズム団体
・最初に紹介したギデオンなどは、今世紀になり「シャーベイ・イスラエル」などのシオニズム団体により無理矢理復活させられたユダヤ人だ。「シャーベイ」も帰還を意味し、ユダヤ人の帰還を推進している。最初はインド北東部の少数民族ブネイ・メナシェを帰還させようとしたが、DNAの繋がりがない事が分かった。そこで「開封のユダヤ人」が注目され、2005年当団体のリーダーが中国を訪問する。宗教書を送るなどしてユダヤ人を復活させた。
・2016年米国のユダヤ系新聞は「開封に1千人のユダヤ人がいる」とした。開封では「ダビデの星」が描かれ、出エジプトを祝う「過越祭」が行われた。さらにユダヤ教学習センター/シナゴーグ/ユダヤ人博物館も作られた。開封からの帰還者は100人を超える。
○迫害されるユダヤ人
・ところが最近は「開封のユダヤ人」は苦しい状況にある。2014年習政権は「スパイ法」を施行し、2017年「域外非政府組織境内活動管理法」を施行し、海外の民間組織の活動を制限している。これは海外の民間組織が民主化やテロリズムを助長する事を警戒しているからだ。中でも非公認のキリスト教教会は弾圧されている(※この対応は宗教で異なるんだろうな)。
・「開封のユダヤ人」も制限を受けている(※東洋史学者・久保田和男の報告は省略)。2020年香港紙『サウスチャイナ・モーニング・ポスト』に「2014年開封のユダヤ人コミュニティ・センターは閉鎖された」とある。中国ユダヤ協会の会長は「習政権になり宗教活動への取締りが強化された」「『未許可の宗教活動』としてシャーベイの学校は閉鎖され、博物館の展示も閉鎖され、マークも取り払われた」と述べている。
・中国は「民族識別工作」で55の少数民族を公認しているが、そこにユダヤ人は含まれていない。仏教・道教・キリスト教・イスラム教の全国団体は共産党の管理下にあるが、ユダヤ教は公認すらされていない。同国の『エルサレム・ポスト』は開封におけるユダヤ人迫害を記事にした(※記事を転記しているが省略)。これはポグロム/ホロコーストを連想させる。
○蜜月関係に刺さる棘
・中国も同国もデジタル・イノベーションで成功した国だ。NASDAQ上場企業数は同国が米国に次ぐ。国民1人当たりのエンジニア数やベンチャーキャピタル投資額は世界最高で、スタートアップ大国だ。同国の市場は小さいので、成功したベンチャー企業を売却するビジネスモデルを取る。
・中国は反西側・反植民地主義のため、パレスチナ/アラブ諸国と関係を築いていた。ところが2013年ネタニヤフ首相が訪中し、スタートアップが提携先に中国企業を選ぶ様になる。米国の圧力でこれは落ち着いてきたが、アリババ/ファーウェイ/シャオミは同国にR&D拠点を置いている。先端技術を持つが市場が小さい同国と、技術に貪欲で資金力・巨大市場を擁する中国は補完関係にある。
・2018年国家副主席・王岐山はエルサレムを訪れ、同国大統領は「両国の尊敬・過去・未来の関係は素晴らしい。この友情は10世紀の開封から始まる」(※概略)と述べる。同国にとって、開封問題は座視できない。この開封問題は中国の最大のアキレス腱の民族・宗教問題に直結しており、蜜月関係の棘になるかもしれない。
※中国は海外への経済進出を積極的に行う一方、国内では強権政治を強行している。本章はそれの典型だな。
第2章 ナイジェリア
○大規模黒人差別事件
・2020年4月1日広東省広州で新型コロナに感染したナイジェリア人が隔離病院から抜け出し、暴行する事件が起こる。この事件を切っ掛けにアフリカ系外国人への強制検査・拘束が強化される。4月14日付けの『環球時報』には広州のアフリカ系外国人4,553人を検査し、111人に陽性反応があったと報じた。これらの報道には、ウイルスが中国発である事を隠蔽する目的もあった。この結果、彼らへの差別待遇が始まる。
・アフリカ系外国人は住居・滞在先から追い出され、レストランへの入店を拒否され、路上生活となった。防疫職員がナイジェリア人を拘束し、パスポートを没収する動画が拡散した。これは外交問題になり、アフリカ連合やアフリカの20ヵ国が抗議を申し入れた。ナイジェリア(※以下同国)では中国資本の工場が焼き討ちされた。
・同国ではイスラム主義集団ボコ・ハラムによるテロが頻発している。1人当たりGDPは2千ドルに過ぎない。しかし人口は2億人でアフリカ最大だ。2050年人口は中国/インドに次ぐ3位になるとされる。
○ビアフラ紛争
・広州には中国で最大のアフリカ人コミュニティがあり、「チョコレート・シティ」「東洋のブルックリン」などと呼ばれる。特にアフリカ系住民が多いのが小北駅付近だ。今世紀になり広州駅裏手の城中村(スラム街)にアフリカ系の人が住む様になった(※小北駅は広州駅の東にあり、広州駅裏手ではない)。2017年私が小北地区に訪れた時、アフリカ各国の人が住んでいた。小北地区から800m離れた瑶台西街にもナイジェリア人が多く住んでいる。当局によれば広州には8.6万人の外国人が住み、アフリカ系は1.4万人としている。実際はもっと多いと思われる(※詳細省略)。彼らの多くはビジネスマンで、中国で電化製品・電子部品・衣料品を買い、自国で売っている。あるいはレストラン経営/携帯電話販売/国際運送/送金サービスなど同胞向けのサービスをしている。アフリカ系の半数がナイジェリア人とされる。
・同国は、北部にイスラム教徒が多いハウサ族/フラニ族(※北部は砂漠かな)、南西部にヨルバ族、南東部にキリスト教徒が多いイボ族が住む。ハウサ族は軍人が多く、現大統領もその出身だ。イボ族は商人が多く、1960年代に独立運動を起こした(ビアフラ紛争。※1967~70年)。近年でもビアフラ独立運動を行っている。※ビアフラ共和国は存在するみたいだが、国際的に承認されていないかな。
○援助と借款
・1960年同国は独立するが、中国との国交はビアフラ紛争が終結した1971年に始まる。同国は台湾(中華民国)とも友好関係を持ち、中華民国を容認する数少ない国だった。中国は石油の中東依存を避けるため、スーダン/アンゴラに続き同国にも接近する。2005年同国大統領が訪中し、両国の関係が深まる。中国の国営石油会社や中興通訊(ZTE)が同国に工場を建設する。中国は同国で高速鉄道/都市交通/橋梁などを整備している。中国からの借款は48億ドルに達している。
○中国人が酋長に
・2018年27歳の中国人・李満虎が同国南部の酋長になる。同国には公的権力とは別に、広い範囲で権威を持つ「土侯」と、その下の部族・村で権威を持つ「酋長」がいる。小さなトラブルは酋長が解決する。彼は中国の国有企業・中地海外集団(CGCOC)で働く入社3年目の社員だった。彼は同国東南部のクロスリバー州エタングで国際橋梁建設プロジェクトを切り回りしていた(※クロスリバー州はビアフラ共和国の東半分)。突如土侯から要請され、彼の第一声は「なんで僕が!」だった。ただし現地でのトラブル解決は免除された。これは同国政府が、建設プロジェクトの責任者が酋長になれば、地域での調整や労働者の管理がスムーズに行えると考えたからだ。
○政権に食い込んだナイジェリア華人
・彼以外にも酋長となった中国人はいる(※幾人か紹介しているが省略)。彼らは現地での深い交流から選ばれたのではなく、現地社会から中国企業・政府への贈り物と言える(※現地を経済的に豊かにしてくれたお礼かな)。この草分けが在住40年以上になる胡介国だ。彼の父はアフリカで綿紡績事業を営む華僑だった。そこで1978年(文化大革命直後)彼は同国に渡航する。
・1997年彼は最大都市ラゴスにホテルを開業する。中国が海外進出政策「走出去」を打ち出した事で彼の重要性が増し、中国和平統一促進会理事/ナイジェリア中国友好協会会長などに任命される。彼は事業を拡大し、資産1億ドル/従業員3万人となった(※詳細省略)。2001年彼は中国人として最初の酋長に任命される。その後、大統領の経済顧問になり、中国と同国が密接になると政商となった。今は武装コマンドー500人に護衛されている。
○「広州 黒人」で検索すると
・広州における差別問題に戻る。国家間の政治・経済関係は密接だが、広州のナイジェリア人コミュニティは地域住民・公安当局と頻繁に摩擦を起こしている。2009年取り調べを受けていたアフリカ系外国人が逃亡し、ビルから飛び降り死亡した。これによりナイジェリア人による暴動が起きそうになる。2012年にも同様の事件で騒ぎが起こった。2014年西アフリカでエボラ出血熱が流行り、広州でもアフリカ系外国人の強制検査や監視が行われた。2017年公安局が三非(不法入国、不法滞在、不法就労)の摘発キャンペーンを行った(※詳細省略)。
・これらの摩擦は、ナイジェリア人が中国社会に溶け込めていないのと、中国人が彼らに差別感情を持っているのが原因だ。元々中国人は肌が黒い人(東南アジアを含む)への忌避感情を持つ。そのため公共の場で露骨な人種差別的な言動が行われている。これはネット空間でも顕著だ。「広州 黒人」で検索すると、ヘイトスピーチと見なされる文言が大量にヒットする。庶民は政府がアフリカ各国にカネをばら撒いている事を批判し、良好な関係を怨嗟している。
・これらから新型コロナの強制検査・隔離がアフリカ系外国人に対し過激に行われた。米国務省はアフリカ系米国人に対し、広州への渡航を避けるよう勧告する。この事件は中国の人権意識の低さを世界に露呈した。2020年4月中国外交部の報道官は「中国とアフリカの友好関係は深い。中国とアフリカは一致団結して新型コロナに立ち向かっている。この関係を仲違いさせようとしても無駄だ」と述べる。中国と同国は石油利権への援助で友好関係を築いたが、これにヒビを入れる事件だった。
<中国の第三世界外交と天安門事件> ウスビ・サコ(東京精華大学学長) ※対談なので以下の形式にします。
○アフリカ諸国は中国が好き
・安田-中国は新疆問題(※ウイグル問題の表記もあるが新疆問題で統一)/香港問題/南シナ海問題で批判されますが、途上国などは擁護しています。
・サコ-アフリカ諸国と中国の関係は1950年代から続いています。最近の中国にはナショナリズム/覇権主義が見られますが、アフリカ諸国は一定の信頼感を持っています。また中国は昔は途上国だったのに今は世界トップクラスの国になり、インパクトがある国です。
・安-アフリカ各国は西洋への反発心が強いと思います。そのため中国に魅力を感じるのでしょうか。
・サ-中国は解決策の1つです。1960年代アフリカ諸国は独立しますが、60年代末になると旧宗主国が裏で糸引くクーデターで軍事政権になります。これで植民地支配は引き継がれました。ところが90年代に入ると、西洋はその政権を非難しています。一方中国はブレずに付き合っています。
・安-中国は内政不干渉で、軍事独裁政権とも友好関係を保っています。※中国自体が権威主義なので、内政不干渉されたら困る。
・サ-中国はどんな政権でも友好関係を保ちます。政権が倒れても、プロジェクトの継続を最も重視します。
・安-2020年広州でアフリカ人を不当に扱う事件が起きました。この背景に中国人の差別感情があるとされます。この事件はアフリカ人の対中感情に影響するでしょうか。
・サ-難しい質問ですね。アフリカ人が本気で中国人を好きかといえば、そうではない。
・安-米国の調査では、ナイジェリア人の80%が中国を支持しています。
・サ-中国の接待などは凄く、また公共工事を安く請け負ってくれるので歓迎します。でもそれだけの事です。
○日本は勝負にならない
・安-西側は中国の海外進出を国威発揚/覇権主義と見ています。しかしアフリカ諸国は「ビジネス」と見ていますか。
・サ-中国はビジネスが上手で、中小企業・個人も参入します(※この前中国人の若者がナイジェリアで工場を作る番組を見た)。中国企業が日本のODAに入札するケースもあります(※日本は紐付きを避ける傾向にあるからな)。日本はアフリカで比較になりません。日本は1993年より「アフリカ開発会議」(TICAD)を開いていますが、国際機関を経由するので、存在感がありません。TICADに日本企業100社が来ますが、「中国アフリカ協力フォーラム」には中国企業が数千社来ます。
・安-日本が遅れている原因は何でしょう。
・サ-日本はリスクを避け、消極的です。私が指摘したいのが、日本の官公庁・企業は在日アフリカ人と交流を持ちません。
○アフリカ人襲撃事件
・安-先生は1985~91年中国に留学し、北京語言大学で中国語、南東大学で建築学を学んでいます。当時はどんな雰囲気でしたか。
・サ-まだ社会主義色が強く、食料は切符制でした。中国人の学生寮では、お湯のシャワーは週1回だけ、部屋も8人部屋でした。一方留学生は学費・寮費はタダで、電気も自由に使えました。
・安-先生は1988年12月中国人学生による反アフリカ人暴動に遭遇していますね。
・サ-中国人は「アフリカは貧しいので、助けなければいけない」と教わっていました。それなのに留学生は自分達より良い生活をしています。留学生は中国からも自国からも奨学金を受けていました。それなのに留学生は「何で中国なんだ」と不満を持ち、大音量で音楽を流したりしていました。流石に襲撃された時は大変で、宿舎を転々としました。※この事件は知らなかった。文化大革命(1966~76年)の時は紅衛兵が動いたな。
・安-中国人にアフリカ人に対する差別感情があったのでしょうか。
・サ-一部の人は持っていたかもしれません。しかし中国人は「あっけらかん」としていて、「おまえら木の上に住んでいるのか」、肌を触って「色が落ちないな」とか言ってきます。ところがその後は家に誘ってくれたりします。
○襲撃事件の理由
・サ-襲撃事件の本当の理由は、政府や社会への怒り/改革への欲求/ナショナリズムだったと思います。この学生パワーが翌年6月の天安門事件を起こしたのです。※最近の学生は夜中にサイクリングしているらしい。これも軽い抵抗かな。
・安-当時の状況を教えて下さい。
・サ-私は南京の南東大学にいました。講義はあったりなかったりで、北京に向かう学生もいました。市内でもデモがあり、外国人は中国を脱出していました。私は香港に逃れる前に北京に寄りましたが、大使館や職員のアパートには銃痕がありました。しかし事件後に「天安門事件をどう思うか」と聞いても、「政府の言う事を聞かなかった私達が間違っていた」と答えるだけでした。
・安-天安門事件の数年後に祖国マリ共和国も民主化しています。天安門事件の経験は人生観・政治観に影響しましたか。
・サ-実は現実感がありません。中国にいると情報が入って来ませんが、外国からの情報はおどろおどろしい話ばかりです。しかし中国での日常は変わらなかった。
○マリでの軍事クーデター
・安-2020年8月マリで政府のイスラム過激派への対処やコロナ対策への不満から軍事クーデターが起き、政権交代しました。
・サ-私は前政権にも現政権にも友人・知人がいるので複雑です。世界から見るとクーデターですが、私達から見ると前大統領へのノーです。暫定政権が成立したので、大丈夫でしょう。
・安-マリは民主主義の優等生と見ていましたが、軍事クーデターが起きました。
・サ-民主主義の優等生だったので、政権交代したのです。未熟だとナアナアになったでしょう。※韓国と同様かな。
・安-マリの国境は直線的ですね。これはフランスが民族分布を無視したからですね。
・サ-私達はこれを望んでいません。私達はガーナ王国/マリ帝国/ソンガイ帝国などに誇りを持ち、マリに帰属意識はありません。私はマリよりソニンケ族の方に意識があります。アフリカ人にとって「国民国家」は失敗作です。※これはアフリカで民族紛争が絶えない根本原因だな。
・安-近年中国などが第三世界諸国の支持を集めています。中国はナショナリズムが強い国民国家で、アフリカの悩みを理解していないのでは。
・サ-中国を心から信頼している訳ではありません。直近の利益に左右される関係です(※中国からすると資源だな)。このまま中国が強いかも分かりません。アフリカの体制が変わっても、中国は付き合い続けました。逆に中国の体制が変わっても、アフリカ諸国は中国と付き合い続けるでしょう。
※ウスビ・サコの経歴は省略。
※大変内容のある対談だった。「債務の罠」の話にならなかったが、マリにそのリスクはないのか。あるのはインド洋諸国・太平洋諸国などで限定的なのかな。
第3章 カザフスタン
○襲撃された中国系少数民族
・2020年2月カザフスタン(※以下同国)東南部ジャンブール州コルダイで騒乱が起き(※コルダイは天山北路の経路にあるかな)、多数系民族カザフ人が少数系民族ドゥンガン人の集落を襲撃する。カザフ人は商店・車両に放火し、鉄パイプなどでドゥンガン人を殺傷した。大統領はこれをポグロムとし、噂・フェイクニュースを取り締まる様に命じた。このドゥンガン人は中国と関係が深く、百数十年前に中国から移住した民族だ。
○中国語を話し、漢民族に似た人達
・ドゥンガン人の祖先は陝西・甘粛・寧夏・新疆などに住み、「回民」と呼ばれていた。中国語を話し、スンナ派イスラム教徒だった。1860年代清の統治が揺れ動いた時、反乱を起こしたが鎮圧される。一部が西のフェルガナ盆地に逃れ、ドゥンガン人となった。※フェルガナ盆地はウズベキスタンが東のキルギスに食い込んだ地域。コーカンドはシルクロードの天山路の重要な中継地だな。
・1991年中央アジア各国が独立し、彼らはキルギス7.4万人/同国7.2万人/タジキスタン6千人などに散在する。彼らは外見的にも文化的にも漢民族に近い。言葉は中国語にロシア語/中央アジア諸語が加わっている。ソ連崩壊後は中国とビジネスしたり、通訳している。中国側も彼らに接近している。
○一帯一路が迫害を招いた?
・2007年より中国は同国に中国語の教育機関「孔子学院」を展開する。多くのドゥンガン人がここで中国語を学んでいる。また中国は彼らを留学生として受け入れ、西北師範大学は240人を受け入れている。国務院は彼らを「一帯一路の特別な使者」とし、華僑と同様な存在としている。だが近年同国は台頭した中国を警戒し、経済的に豊かになったと思われるドゥンガン人とカザフ人との摩擦が増している(※カザフ人の証言は省略)。しかし彼らが実際に豊かになったかは明確でない。
○カザフスタンは超重要国
・襲撃事件の背景に中国の同国への強い入れ込みがある。中国と同国は国境を長く接し、中国が西方と陸路交易する経路になる。2013年習首席が「シルクロード経済ベルト」(一帯一路)を表明したのも同国の首都ヌルスルタン(※現アスタナ)だ。重慶とデュースブルクを結ぶ「ユーラシア横断国際定期貨物列車」(中央班列)も同国を通過する。2011年は17本だったが、2020年は1.24万本までに増えた。中国と中央アジアは軌間が異なり、国境のホルゴスには大規模な物流ターミナルがある。
・同国は石油・天然ガス・クロム・ウラン・銅・鉛・亜鉛・ボーキサイトなど、膨大な地下資源がある。また中国とロシアの軍事的緩衝地帯でもある。同国にとって中国は輸出入で第2位の国だ。同国は「上海協力機構」の原加盟国でもある。2016年同国は外国資本の土地賃借の上限年数を引き上げた。これに「中国人に土地を売るな」と抗議運動が起きた。庶民は中国に警戒心を持ち、新疆問題にも不快感を高めている。中国にはカザフ人が140万人も住んでいる。
○新疆問題の別の当事者
・新疆ウイグル自治区にはウイグル族など、イスラム教を信仰する少数民族が住む(※ウイグル族も少数民族?)。1990年代に社会主義市場経済政策が本格化すると漢民族の移住が増え、都市は漢化する(※都市でモスクが潰され、公共施設にされているらしい)。2010年頃にウイグル族による蜂起が頻発したが、全て鎮圧される。2013年習政権になると弾圧は一層強まり、監視が強化され、抗議運動すら起きなくなった。中国はイスラム教によるテロ防止を理由とするが、実際はマイノリティへの弾圧・同化で、イスラム教徒は無差別に再教育施設に送り込まれている。
・西側のメディアは収容者が100万人に及ぶと報道している。米国などは新疆問題をジェノサイドと批判している。実際中国の内部文書が流出し、再教育施設での拷問・洗脳が明らかになった。
・同国も新疆問題の当事者になっている。同国政府に「親族が再教育施設に送り込まれ、連絡できない」との訴えが寄せられている。同国には23万人のウイグル人が住んでいる。彼らがビジネスで中国に入国した際、当局により拘束されている(※国籍とか確認しないのかな)。また中国には140万人のカザフ人が住んでいるが、彼らも再教育施設に送り込まれている。
・拘束されたカザフ人の事例を紹介する。
オムル・ベカリ-両親はカザフ人とウイグル人。国籍は同国。同国の旅行会社に勤務。2017年3月新疆の両親を訪れ拘束され、再教育施設で拷問や洗脳を受ける。同年秋釈放されるが、父親は再教育施設で死亡。
ギュルバハル・ジャリロワ-ウイグル人。国籍は同国。同国で貿易業を営み、長年国境を行き来。2017年5月新疆で拘束され、再教育施設で虐待や洗脳を受ける。2018年9月釈放され帰国するが、電話で脅迫されるためトルコに亡命。
トゥルスネイ・ジヤウドゥン-ウイグル人。国籍は中国。2018年3月拘束され、12月釈放。その後親類が拘束される。
○カザフ人中国共産党員の亡命
・2018年4月再教育施設で教員をしていた中国籍のカザフ人女性が偽造パスポートで同国に入国し、亡命を求める。同国の裁判所は不法入国として懲役6ヵ月を下す。中国への強制送還には応じず、亡命は認める。彼女の夫・子供が同国に国籍を持っている事が考慮された。彼女は体制側の人物で、中国で保育園の園長をしていた。2016年頃から回りの人が拘束される様になり、夫・子供を同国に出国させ国籍を得る。中国に残った彼女は2017年11月拘束され、再教育施設で中国語・中国史・共産党政策・習近平思想の教員にされる。2018年3月自宅に戻されるが、「思想の純化」のため再教育施設への3年間の入所が必要とされ、中国を脱出する。
○中国人民的老朋友を悩ませる問題
・2019年3月カシムジョマルト・トカエフが同国大統領に就く。彼は中国に留学し、外交官として中国に赴任した経験もある。そのため中国外交部は彼を「中国人民的老朋友」(古い友人)としている。先述した様に同国は中国と密接な関係にある。同国は独立以来、ヌル・オタン党(輝く祖国党)が政権を取り続ける権威主義国家だ。中国は相手国の内政に口を出さないため安心して付き合える。それゆえ新疆問題は頭が痛い。襲撃事件があった様に庶民は中国を警戒している。中国でカザフ人や同じイスラム教徒のウイグル人が弾圧されているのだ。庶民は中国に不満を抱いているが、口を出せない。
第4章 エチオピア
○WHO事務局長の言動
・今なお中国で発生した新型コロナが流行っている。2020年1月20日習政権が情報公開するが、被害は世界に広まった。ここで注目されたのが「世界保健機関」(WHO)の対応で、公衆衛生緊急事態宣言の発表を1週間も控えた。1月30日WHOの事務局長テドロス・アダノムは中国への渡航制限を行わない様に求め、さらに中国を擁護する発言をしている。
・1965年彼はエチオピア(※以下同国)の北にあるエリトリアで生まれる。1986年同国保健省に入り、2005年保健相に就き、2012年外相に就く。2017年「アフリカ連合」(AU)の後押しでWHO事務局長に就く。彼と中国との関係は伺われないが、同国はアフリカで最も中国の影響を受けている国だ。
○借金鉄道
・坂田は鉄道マニアで中国旅行が趣味だ。彼は同国とジプチを旅行し、首都アディスアベバとジプチを結ぶ鉄道(AD鉄道、全長約750Km)に乗った。彼は「郊外の工業地区やインフラ施設は中国そっくり」「AD鉄道は揺れも激しく、本数は2日で1本で、同じ車両が往復している」と言う。AD鉄道は中国からの借款(40億ドル)で、中国国有ゼネコンが施工した。彼は「運転手は中国人、車両も中国のもの、駅舎も中国の駅と同じだった」と言う。
・2015年市電(アディスアベバLRT)が開通しているが、この建設費(4.75億ドル)の85%は中国からの借款による。環状道路/水力発電/高速ビルなども中国が関わっている(※大エチオピア・ルネサンスダムとかあるな)。
○大日本帝国から中華帝国へ
・同国の歴史は古く、13世紀からソロモン朝が支配する帝国だ。親日国で1933年王子が日本人女性を妃に迎えようとした。第2次世界大戦前に5年間イタリアに支配されたが、それ以外は独立している。しかし政情は不安定だ。1974年革命で帝政が倒され、1987年メンギスツ大統領により左派独裁政権になる。1991年「エチオピア人民革命民主戦線」(EPRDF)が内戦に勝利し、新体制を確立する。
・EPRDFは同国北部の少数民族ティグレ族(人口比6%)の影響が強く、ティグレ族が政治を支配している(WHO事務局長テドロスもティグレ族出身)。多数民族オロモ族(※34%)がこれに反発し混乱するが、2018年オロモ族のアビィ・アハメドが首相に就く。しかしこれにティグレ族が反発し、2020年「ティグレ人民解放戦線」(TPLF)と政府軍の衝突が起きている。
・同国はGDP成長率が10%に近いが、1人当たりGDPは853ドルしかない。民主主義指数(125位)/報道の自由度ランキング/経済自由度ランキングなどは低く、権威主義になっている(※詳細省略)。政治経済が脆弱のため、米英日の援助に頼っていたが、近年中国が存在感を増した。中国の対外援助は内政不干渉のため、民主化・人権状況などを求めない。しかし中国の援助は有利子の借款で、インフラ整備などは中国企業が行う。2000~17年の中国への債務総額は137億ドルに達し、アンゴラ(428億ドル)に次ぐ。援助攻勢と歩調を合わせ、同国の最大貿易国も中国になった。
○1960年代の独立ラッシュと中国
・中国は伝統的にアフリカに関心がある。1970年代までは反植民地/第三世界で連携していた。1960年代にアフリカ諸国は独立したが、中国はいち早く承認し、これが逆に中国の国連復帰に作用した。中国はアフリカからの留学生も積極的に受け入れている(※先述のウスビ・サコなどを紹介)。1990年代中国のアフリカ接近は下火になるが、1997年アジア通貨危機が起こり、今世紀に入るとマーケット開拓/国威発揚から再びアフリカを重視している(※中国の急成長もこの頃からだ)。2000年中国とアフリカ諸国の首脳による3年毎の「中国アフリカ協力フォーラム」(FOCAC)が開催される。※日本が主催の「アフリカ開発会議」(TICAD)は1993年初開催で5年毎。中国はその上を狙ったな。
・ただし同国は帝政時代は親西側、メンギスツ時代は親ソ連で、中国とは疎遠だった。同国が中国に接近し始めたのは、1991年EPRDFが内戦に勝利してからだ。1995年メレス・ゼナウィ首相が訪中し、江沢民・国家主席が同国を訪れ、1996年に様々な協定が結ばれる。2003年第2回FOCACはアディスアベバで開かれる。AUの本部はアディスアベバにあり、同国との蜜月化は中国のメリットになる。2006年第3回FOCACで中国はAUの新本部の建設を約束する。この建物はアディスアベバで最も高いビルになった。
○テドロスの忖度
・WHOの事務局長テドロスは同国の外相を務めたが、その2013年はインフラ建設(アディスアベバLRT、AD鉄道など)のため対中債務額(66億ドル)が過去最高になった年だ。中国によるインフラ整備は、カンボジア/ケニアなどで腐敗と利権の温床になっている。中国企業の建設費と中国からの借款額に乖離があり、その差額を政府関係者が懐に収めている(※欧米の武器輸出もそうらしい)。同国は腐敗は少ないとされるが、世界腐敗認識指数は94位とクリーンとは言えない。彼がどうかは不明だが、ティグレ系の政治エスタブリッシュメントが中国利権に関与していたのは明白だ。
・コロナ禍でのWHOの「中国寄り」の姿勢にテドロスが影響したのは確かだろう。中国と同国の蜜月に日本は縁遠いが、回り回って影響した事になる(風が吹けば・・)。
第5章 オーストラリア
・日本にとってオーストラリア(※以下同国)は身近な国だ。米国を介し、間接的に同盟関係で、時差も少なく、留学やワーキングホリデーの行き先でもある。しかし同国にとって東アジアで最も関係が深いのは中国だ。1972年国交を樹立し、良好な関係だが、チベット問題などを批判する「諍友」(諫言する友人)だ。中国が最大の貿易国で、輸出は1/3を中国に頼る。中国は30年に亘る稀有の経済成長を遂げたが、それを支えたのが同国の石炭・鉄鉱石だ。ところが2017年頃より関係が悪化する。
○中国の激怒、オーストラリアの正義
・2020年6月同国首相スコット・モリソンは「我々は開かれた経済活動を行う。他者からの強要でも価値観を変えない」と述べ、中国から受ける貿易・観光における圧力を非難する。これに対し中国は『緩急時報』に「様々な点で中国に敵対するオーストラリアは、なぜ米国の付属国に甘んじるのか」と挑発する。この背景に2018年から激化した米中貿易摩擦がある。しかしこの対立が他の米国同盟国より先鋭的なのは、同国の新型コロナに対する対応にある。
・2020年4月同国外相マリス・ペインは、中国の新型コロナに対する初期対応への「国際調査」を訴え、中国の透明性を強く批判する(※密接なだけに、危機感も高いかな)。モリソン首相も中国寄りの「世界保健機関」(WHO)を排除した国際調査の必要性を主張する。5月この国際調査は「コロナ独立調査委員会」としてWHOの全加盟国の賛成で採択される。6月モリソン首相は海外からの投資の厳格化を表明する。さらに中国が香港で「国家安全維持法」を施行した事に、ファイブ・アイズ(ニュージーランドは除く)が懸念を示す(※ファイブ・アイズは何れも旧英国で香港も同様。その香港で一国二制度が破られたからな)。これらは同国が正義を貫いたに過ぎないが、中国は「許せない」となった。
・中国の報復は露骨だった。4月中国は同国からのワイン輸入の制限や、同国への観光客・留学生の送出制限を匂わせる。5月同国が軟化しなかったため、大手食肉企業からの輸入を停止し、豪州産牛肉の4割を締め出す。さらに大麦に反ダンピング課税73.6%と反補助金関税6.9%を課す。また魚介類/オートミール/果物/乳製品などの関税を強化し、国民にはボイコットを呼び掛けた。※中国は米国以外には徹底的に対抗する。
・6月モリソン首相は「政府機関・公共サービス機関が国家的なサイバー攻撃を受けている」と明かす。人民解放軍による「懲罰攻撃」が行われた様だ。同国はコロナ禍により30年振りのリセッションになり、「泣きっ面に蜂」となった。もっともコロナ禍以前から両国の関係は揺らいでいた。
○豪州を食い荒らすスパイ
・両国関係は良好で、2015年同国は「豪中自由貿易協定」に調印し、「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)への出資も表明する。ところが中国の浸透工作/スパイ活動が明らかになり、両国関係は悪化する。※浸透工作には様々な手法があるみたい。
・発端は、2016年最大野党・労働党(ALP)のサム・ダスティヤリ議員が中国人富豪から献金・利益供与を受けていた事が明らかになる。同国は二大政党制で、中道左派の労働党はその1つで、2007~13年は与党だった。彼は1983年生まれで、4歳の時にイランから移住し、同党の若手ホープだった。同国ジャーナリストの『目に見えぬ侵略』によると、彼は「オーストラリア中国和平統一促進会」の代表で不動産デベロッパーの黄向墨や、シドニー大学孔子学院の理事で「中国人民政治協商会議」の海外代表委員の祝敏申らと結び付いていた。中国和平統一促進会は、対外インテリジェンス工作をする統一戦線部の影響下にある。また孔子学院は語学や中国文化の教育施設だ。彼は弁護士費用など様々な経費を彼らに頼り、何度も中国を訪れていた。2014年頃から彼は尖閣問題/南シナ海問題/香港問題で中国を擁護する言動をしている。また労働党の閣僚経験者らを華僑組織などの政商と引き合わせている。
・黄による80万豪ドルの寄付で「オーストラリア中国関係研究所」が設立され、労働党の重鎮ボブ・カーがその所長に就いている。カーは「北京のボブ」と呼ばれ、「パンダ・ハガー」(親中派)になった。またカーは「日中紛争が起きてもオーストラリアは中立を維持すべき」と述べている。黄らの政商は中道右派の与党・自由党にも献金している。彼らが両党に献金した額は10年間で670豪ドル(4.9億円)とされる。
※同国も米国的かな。日本で企業団体献金が禁止されると、中国政商からの個人献金が頼りになるのかな。まあ外国人からの献金は禁止されているか。
・これらの騒動から2018年彼(ダスティヤリ)は議員を辞職する。自由党のマルコム・ターンブル首相は、これらを「中国による内政干渉」と強く批判する。2019年6月スパイ活動/内政干渉を阻止する複数の法律を整備する。8月5G整備におけるファーウェイ/ZTEの参入を禁止する。両国の蜜月関係は終わり、先述した新型コロナでの対応が最後の一撃になる。
○多文化主義が中国の浸透工作を招いた
・『目に見えぬ侵略』に「オーストラリアが脅威に対する防御力が足らないのは、オーストラリアの開放性/人口の少なさ/大量の中国移民/多文化主義が原因と陳用林が述べた」とある。陳は在シドニー領事館員だったが、2005年同国に亡命する。同国の面積は日本の20倍なのに、人口は2500万人しか居ない。元は白豪主義だったが、1970年代からアジア人も受け入れ、今は華人系が人口の5%を占める。華人の政界進出はまだだが、同国は二大政党制で候補者は華人票の取り込みに必死になっている。
・一方の中国は同国を米国同盟国のウイークポイントとして熱心に浸透工作を行ってきた。同国はポリティカル・コレクトネスを重視するため、中国を脅威とする言説は人種差別的・排外主義的として糾弾される。中国はコロナ禍における国際調査に反発し、同国で人種差別を訴え、対中強硬論を良心的世論で中和させようとした。同国は平和的で軍事力は脆弱、リベラルで開放的な民主主義の国だ。それが中国が介入する要因になっている。
<スパイ養成機関の孔子学院をスパイする>
・中国はビジネス/文化交流まで政治と紐付けられる。企業は一定規模になると共産党から指導を受ける。特に海外に進出している組織は党のシンパを増やしたり、党の価値観をアピールする統一戦線工作を担わされる。西側先進国はこれらを黙認していたが、米中関係の悪化で過剰反応になっている。例えばファーウェイをバッシングしたり、孔子学院/千人計画を槍玉に挙げている。
・孔子学院は中国教育部の傘下にあり、150ヵ国に550施設あり、中国語/中国文化を教えている。日本には立命館大学/早稲田大学など15校が開設している。米国/カナダは2017年頃から孔子学院を閉鎖している(※詳細省略)。
○プロパガンダ機関のリモート講義
・以前から孔子学院に潜入したいと思っていたが、2020年コロナ禍になり、リモート講義が受けられる様になった。M大学の孔子学院は受講期間半年/週1回90分で、学費4万円弱と安い。9月まずはレベルチェックが行われた。画面に現われたのは壮年の中国人男性だ。結果私は最上級の通訳実践講座に割り振られた。
○老師に教わる
・私はレベルチェックを受けた老師から教わる。中国語で「先生」は「老師」で、若い女性の先生でも「老師」となる。彼は地方都市のラジオ局でアナウンサーをしていた。クラスメートは6人だ(※詳細省略)。語学力が伯仲なので、良好な環境だ。私はある程度有名な中国ルポライターなので身元が知られると思ったが、3回目位まで気付かれなかった。授業はアットホームな感じで進められた。※オバマ大統領の娘も中国語を学んだそうだが、孔子学院かな。
○本気の講義
・通訳実践講座は、日本語のニュースを即興で翻訳したり、中国語のニュース文を音読した。英会話教室でよくある日常的な会話はなかった。職業などの個人情報を話す機会はなかった。子供の学習に使われる『三字経』『千字文』、儒教の『大学』(※四書五経の1つ。儒教は四書の『大学』『論語』『孟子』『中庸』の順で学ぶらしい)、歴史書『資治通鑑』(※周から北宋直前までの歴史)などをみっちり教わった。これらは日本の寺小屋や中国の科挙の初歩で行なわれる学習法だ。この内容が彼の趣味なのか、孔子学院のカリキュラムなのかは分からない。どうせ教わるなら格調があった方が良い。文字通り孔子学院は「孔子学院」だった。また現代文学もテキストにされたが、これも勉強になった。
・驚いたのが、中国のあらゆる場所で目にする習政権のスローガン「社会主義核心価値観」(富強、民主、文明、和諧、自由、平等、公正、法治、愛国、敬業、誠信、友善。※西洋思想と変わらないな)や「習近平談治国理政」(※習近平の談話集で、4巻あるみたい)は使われなかった。共産党のイデオロギーや習近平への個人崇拝はなく、国内向けと外国人向けで内容が異なる様だ。イデオロギーを感じたのは、台湾を「中国台湾」と呼んでいたのと、1957年周恩来と日本人が面会したエピソードと、1978年の鄧小平のスピーチ位だ。彼の講義は予復習が必要だが、着いていけない程難しくない。教え方も上手で、学費も安い。
○意識が低いチェーン店「沙県小吃」との共通点
・受講後に孔子学院について調べたが、各大学の孔子学院の実態はバラバラで統一感はなかった(※詳細省略)。ホームページを見ても完全にバラバラで、とても中国の世界政策に思えない。まるで中国のファーストフードチェーン「沙県小吃」を思わせる(※詳細省略)。
○スパイ養成機関
・実際、劉暁波/王丹などの通訳・翻訳をした民主派シンパの日本人研究者が孔子学院の講師をしていた(※日本人が中国語を教える?)。劉暁波は2008年民主化アピール「08憲章」を発表し、ノーベル平和賞を受賞した人だ。王丹は天安門事件の学生リーダーだ。この日本人研究者は孔子学院の通年の講義を担当していた。
・各機関・講師の裁量が大きいが、逆パターンが存在する可能性もある。実際、孔子学院の幹部・講師の経歴を調べると、統一戦線工作と関係が深い人物がいる。
第6章 セントビンセント及びグレナディーン諸島
○人口11万人の小国
・「セントビンセント及びグレナディーン諸島」(※以下同国)、これが正式な国名だ。同国はカリブ海の小アンティル諸島にあり、面積は390㎢で熊本市/山形市と同程度だ。1979年に英国から独立した。政治は二大政党制で、与党は左派の統一労働党(ULP)、野党は中道右派の新民主党(NDP)だ。人口が11万人なので市議会と変わらない。近隣の小国と「カリブ共同体」「東カリブ諸国機構」を結成し、通貨/裁判所を共有している。安全保障は米国の影響下にある。主な産業はバナナ生産と観光業だ。日本との関係は薄く、日本で暮らす同国人は7人、逆に同国で暮らす日本人は3人しかいない。
○台湾が乗り換えに必要な国
・ところが中華圏からすると重要な国だ。同国の主要な貿易相手国に中国は入っていないが、台湾が4位にいる。同国は台湾を国家承認している数少ない国だ。カリブ海諸国には他にも、セントルシア/セントクリストファー・ネイビス/ハイチが台湾を承認している(※セントは聖の意味だな)。
・台湾にとって中南米の国は政治的に重要で、それは「乗り換え」のためだ。台湾は大半の国と正式な国交を持っていない。そのため総統は堂々と米国を訪問できない。ところが抜け道があって、中南米を外遊した際に、「乗り換え」(トランジット)として米国で降機し、政府関係者と接触している。2019年7月蔡英文・総統は先の4ヵ国を訪問した際、往路・復路でそれぞれ米国で2泊している。また同国は2019年6月国連の非常任理事国(任期2年)に選出されている。因みに欧州ではバチカンだけが台湾を承認している(※それでローマ教皇が中国を訪問すると話題になるのか)。
○中国が台湾の「札束外交」を批判した
・中国と台湾の両国を承認する事はできない。これは同じ分断国家の東西ドイツ/南北朝鮮と異なる。それは中国が中華民国との断交を条件としているからだ(※詳細省略)。1969年中国を承認するのが47ヵ国、台湾を承認するのが70ヵ国だった。1971年中国が国連に加盟し、翌年ニクソンが訪中し風向きが変わり、1979年中国121ヵ国/台湾22ヵ国になる。
・しかし1980・90年代台湾は国家承認を取り付ける。同国も独立2年後の1981年に台湾を承認している。これを可能にしたのが台湾の経済力で、1992年台湾は世界2位の外貨準備高を記録している。1990年代の李登輝政権は30ヵ国の承認を獲得している(※これは合計?追加?)。中国は台湾の手段を「札束外交」と批判した。しかし2000年政権基盤が弱い民進党の陳水扁政権になると、中国が巻き返す(※詳細省略)。2008年国民党の馬英九政権になると、両国の国交剥奪作戦は停止する。2016年民進党の蔡英文政権になり、再燃している(※最近太平洋の国で台湾から中国に替えた国があった気がする)。
○断交ドミノ
・蔡英文政権の成立時(2016年)台湾を承認する国は22ヵ国だったが、4年後は15ヵ国に激減する(断交ドミノ)。その7ヵ国を紹介する(※時系列だな)。
サントメ・プリンシペ-人口21万人、西アフリカ。サントメが2.1億ドルの資金援助を要求するが、台湾は断る。2016年12月サントメが断交を通告。
パナマ-清朝時代から中華民国(台湾)と外交関係を保持していた(※中華民国成立は1912年1月、清滅亡は同年2月)。2017年6月断交。前年6月蔡英文がパナマを訪れていた。
ドミニカ共和国-1941年国交樹立。2018年5月ドミニカが断交を通告。中国が30億ドルの支援を約束した。同年3月米国が自国の全政府関係者の台湾訪問を認める「台湾旅行法」を可決しており、その報復と考えられる。※中国らしい。米国との直接対決は避ける。
ブルキナファソ-西アフリカ。2018年5月ブルキナファソが断交を通告。
エルサルバドル-中米。1933年国交樹立。2018年8月断交。2017年1月蔡英文が訪問。2018年7月外交部長が断交を留ませるため訪問し、巨額の資金を求められるが拒否。
ソロモン諸島-南太平洋(※メラネシア)。2019年9月ソロモン諸島外相が訪台。その4日後に断交。同年6月中国が5億ドルの資金援助を約束したとされる。
キリバス-南太平洋(※ミクロネシア)。2019年9月断交。
○習近平の嫌がらせ
・断交ドミノが起きたのは、台湾アイデンティティが強い民進党の蔡英文政権に対する嫌がらせです。またその背景に米中対立の激化があり、断行した国は政治的・軍事的に米国に強く影響される南太平洋やカリブ海・中南米の国です。また中国の外交方針の変化もある。2010年頃までは鄧小平以来の「韜光養晦」(能ある鷹は爪を隠す)だったが、習政権になると米国の縄張りでも容赦なくなった。
・2015年北京で「中国-ラテンアメリカ・カリブ共同体フォーラム」が開かれる。これに中国と国交を持たない国も参加し、中国は一気に食い込む。そして2018年米中対立が激化し、台湾友好国の切り崩しが活発化した。
○断交工作の最有力ターゲット
・同国(セントビンセント及びグレナディーン諸島)に話を戻す。同国は建国以来台湾と国交を結んでいた。2019年5月には「世界保健機関」(WHO)の年次総会で同国の保健相が、台湾のオブザーバー参加を要求しいる(※コロナ禍前だな)。
・しかしこの友好関係も不安含みだ。2016年8月野党・新民主党の党首は「自分達が政権を奪還すれば、中国と国交を結ぶ」と発言し、中国との貿易や投資を評価する。同国の国会は15議席で、当時は与野党の差は1議席しかなかった。2020年5月台湾と断交するとの噂が流れる。これは中国による蔡英文政権2期目への牽制と考えられる。同年11月総選挙が行われ与党が9議席を得て、ひとまず断交の危機を逃れる。国会議員が15人しか居ない国が、人口2,357万人の台湾を動揺させている。
第7章 セルビア
○「習兄さん、ありがとう」
・2020年3月15日セルビア共和国(※以下同国)のアレクサンダー・ブチッチ大統領は新型コロナ流行の緊急事態宣言を行い、「欧州に連帯はない。それはおとぎ話だ」と発言する。これはEU諸国から医療資源が入らない事が原因だ(※コロナ禍は突然だったので、どの国も準備していない)。さらに彼は「私は友人の習近平を信じる。私達を助けられるのは中国だけだ」と発言する。その数日後、中国から医療支援者が到着し、翌日人工呼吸器なども届く。
・この3月10日中国は「安全宣言」を出し、マスク/検査キットなどを輸出する「医療外交」を始めていた。4月首都ベオグラードのあちこちに看板が掲げられ、中国の五星紅旗を背景に習近平が描かれ、「習兄さん、ありがとう」(感謝習大哥)の文字が添えられた。
○旧ユーゴ時代は疎遠だった
・同国はコソヴォ(後述)を除くと面積は北海道と等しく、700万人が住む。元は「ユーゴスラビア社会主義連邦共和国」(旧ユーゴ)だったが、冷戦後に連邦が解体する。「ユーゴスラビア連邦共和国」を継承するが、2003年「セルビア・モンテネグロ共和国」になり、2006年モンテネグロが独立し同国(セルビア共和国)になる(※詳細省略)。
・同国は国際的にイメージが悪い。旧ユーゴの解体期(※ユーゴスラビア紛争、1991年3月~2001年11月)、セルビア共和国大統領ミロシェビッチがスロベニア/クロアチア/北マケドニア/ボスニア・ヘルツェゴビナなどの独立に軍事介入し、NATOとも対立する。1999年コソヴォ紛争(※1998年2月~1999年6月。ユーゴスラビア紛争に含まれるかな)ではNATOの空爆を受ける。2000年ブルドーザー革命でミロシェビッチ政権は崩壊するが、2008年に独立宣言したコソヴォ共和国の独立を認めていない。
・旧ユーゴ時代、中国との関係は良好でなく、朝鮮戦争/チベット騒乱/中台問題/中印紛争/文化大革命などに反対し、非難合戦を展開した。
○中国大使館誤爆事件
・1998年ユーゴスラビア連邦軍(セルビア人主体)がコソヴォ地域の「コソヴォ解放軍」(KLA)を攻撃する。コソヴォ地域のアルバニア人へのジェノサイドがあったとされ、米国クリントン政権は同国(※正確には2003年までユーゴスラビア連邦共和国)への圧力を強める。ロシア/中国は米国による同国への介入を反対するが、1999年3月NATOが同国を空爆する。中国にもチベット問題・新疆問題があり、米国による民族紛争への介入を避けたかった。ユーゴスラビア紛争中、他国は外交官・民間人を同国から退去させたが、逆に中国は増派した。
・こうした中、大事件が起こる。同年5月7日米軍機が駐ユーゴスラビア中国大使館を「誤爆」(中国は意図的な空爆としている)し、中国人記者3人が死亡する。中国世論は沸騰し、中国国内で対米抗議デモが起きる。北京の米国大使館にはペンキ・卵・石などが投げ込まれ、マクドナルド/ケンタッキーなどの店舗が破壊された(五八事件)。2001年4月海南島で中国軍機と米国軍機の衝突事件が起き、最悪の状況になる。ところが9月米国同時多発テロが起き、ウヤムヤになる。
・中国は大使館への「誤爆」を軍事攻撃としており、屈辱的な事件になった。これにより同国と中国は「米国の不当な介入の被害者同士」(血の絆)となった。
・2016年習近平夫妻が同国を訪問し、中国大使館跡で献花する。2018年5月7日『緩急時報』などが五八事件を追悼するキャンペーン報道をする(※詳細省略)。五八事件は中国国力が不十分な時期で、弱腰外交と米国への遺恨の象徴になっている。習政権は米国への対決姿勢を強めており、五八事件が再度スポットライトを浴びている。
○セルビアはEUから仲間外れ
・同国と中国の関係が緊密化している。2016年両国は「包括的戦略的パートナーシップ」を結ぶ。中国が欧州で最も良好なのが同国だ。そもそも中国は中・東欧を欧州の橋頭堡としている。2012年中国と中・東欧16ヵ国が「中国-中・東欧諸国首脳会議」(16+1協力システム)を開催する。その内のバルカン5ヵ国はEUに加盟していない。
・2013年第2回会議で中国はブタペスト(ハンガリー)からベオグラードまでの高速鉄道の建設を提案する。この路線は欧州の裏街道で、単線のゆっくりした鉄道だった(※共にドナウ川が流れ、東欧の大動脈と思ったが、水運があるので、陸運は軽視かな)。因みにハンガリーも親中国だ。この高速鉄道は旅客より貨物が主になり、事業規模は30億ドルだ。将来的にはギリシャから買収したピレウス港に繋げる計画だ。他にも同国の旧国営企業スメデレボ製鉄所を買収し、火力発電所/高速道路の建設をしている。同国はEU未加盟のため、中国に期待している。
○セルビア-コソヴォ関係と中台関係
・五八事件により両国関係は「血の絆」になり、政治・軍事面でも距離が近くなった。2010年劉暁波がノーベル平和賞を受賞するが、同国は授賞式をボイコットする。チベット問題・台湾問題・南シナ海問題・新疆問題・新型コロナ問題でも中国を支持する。香港での国家安全維持法の施行もブチッチ大統領は支持を明言した。彼は国内でジャーナリストを迫害するなど、強権的な政治を行っている。
・軍事・インテリジェンス面でも接近している。同国はNATOに加盟するが、中国製ドローンを配備し、中国製ミサイルの購入を検討している。またファーウェイとブロードバンド・インターネットを開発(?)している。
・ユーゴスラビア紛争時、同国は「セルビア悪玉説」で批判され、NATOによる空爆で欧米への不信感が根強い。しかし中国に接近する理由は他にもある。同国南部の元自治州コソヴォの問題だ。2008年コソヴォは独立宣言するが、同国は認めていない。これは台湾・香港・新疆の独自性を認めない中国と共通する(※注目される類似性だな)。同国は台湾・香港・新疆の独立に反対し、中国はコソヴォの独立に反対する。
・20年前、同国は米国により「世界の敵」とされた。近年米中対立が深まり、同国は中国に接近する。「欧州の火薬庫」とされたバルカンは再び流動化している。
第8章 カナダ
・カナダ(※以下同国)は広大な国土を有し、政治的にはリベラルで、米国よりのんびりしている。世界幸福度ランキングは11位で、欧州を除くと2位だ(※1位はオーストラリアかな)。国土面積は2位だが、人口は3.8千万人で日本の首都圏程度しか居ない。
・新型コロナで民主主義国は弱点を指摘されたが、中国は2020年春に封じ込め、優位性を強調した。今後は民主主義体制と権威主義体制の対立が深まりそうだが、その最前線が同国だ。
○人口の5%が中国系
・同国は移民の国で、特に西海岸は日本・中国からの移民が多い。日本は戦前にブームがあったが、その後は低調で、10万人程度しか居ない。しかも彼らは日本人意識が薄い。一方中国からの移民は増え続け、190万人とされ、同国人口の5%に達する。
○1990年代、香港人が殺到
・1850年代ロッキー山脈で金鉱脈が発見され、ゴールドラッシュになり、中国人が炭鉱夫として殺到する(※同国の独立は1867年みたいだが、複雑だな)。その後も大陸横断鉄道の建設に労働者(苦力)として流入する。バンクーバーのチャイナタウンは、この時期に成立した。1963年中国人炭鉱夫らが、伝統的な秘密結社「洪門」のカナダ組織を結成する。ただし同国政府は中国系移民に好意的でなく、彼らだけに人頭税を課した。この頃の中国系移民は学歴・収入が低かった。その後中華人民共和国が成立し、これによる政治・経済難民も流入した。
・1990年代に変化が生じる。1989年天安門事件が起き、香港返還(1997年)前、多くの香港人が同じく英国領だった同国に移住する(※英語も共通するし)。この時期台湾でも国民党に見切りを付けた多くの人が移住する。彼らは、これまでの中国系移民と違い、技術・知識・学歴を持つホワイトカラーだ。そのためチャイナタウンを嫌い、郊外に住んだ。バンクーバー郊外のリッチモンドは人口20万人だが、その7割が中国系で、1980・90年代に移住した香港人だ。
・しかし同国に十分な雇用はなく、妻子を同国に残し、本人は香港・台湾に出稼ぎに行った。彼らは「太空人」と呼ばれた(太は妻で、家族から離れて働いたため)。返還後の香港が安定していたため、同国への移住熱は下がる(香港政治が悪化するのは、2014年雨傘革命以降)。
○「裸官」の目的地
・21世紀になると中国大陸からの移民が増える。中国が対外開放され、経済発展した事で、裕福な中国人が移住する様になる。胡錦濤時代(2003~13年)共産党の高級官僚が財産を海外に移転させたり、妻子を移住させたりした。本人は中国に残るので「裸官」と呼ばれた(※米国は出生地主義なので、中国人が米国で出産する話はよく聞く。同国も同様だな)。米国のロサンゼルス郊外には高官の愛人が多く住むローランド・ハイツがある。ここは「二奶村」(愛人村)と呼ばれ、先述のリッチモンドは「大奶村」(本妻村)と呼ばれる。
・前世紀までは共産党に距離を置く人だったが、共産党を肯定する人が急増する。バンクーバーには「四大僑団」が存在するが、何れも共産党を支持しており、尖閣問題/香港問題が起きると中国政府を支持する活動を行っている。
○連邦下院議員
・これらの現象は同国に限らない。ところが同国はそれより先に進んでいる。つまり同国は多様性を重んじるため、各都市・各州・連邦議会で華人議員が増加している。同国に華人は3種類いて、20世紀半ばまでの老華僑、20世紀末の香港・台湾系移民、今世紀の大陸系移民だ。それぞれ言語・価値観・生活習慣が異なる。しかもアイデンティティが強く、人数も多いため選挙に影響する。
・2019年連邦下院選で8人の華人が当選する(6人は現職、2人は新人。※定員は338人。人口比ではまだ少ないな)。8人の所属政党は、中道左派で与党の自由党が4人、二大政党の一角の中道右派の保守党が3人、左派の社会民主主義の新民主党が1人で、政治的にはバラバラだ(※均一に存在する感じ)。ただ当選した選挙区は中国人が多い東海岸のオンタリオ州(トロントなど)と西海岸のブリティッシュコロンビア州(バンクーバーなど)だ。特にリッチモンド中央選挙区は候補者6人中4人が華人で、それぞれ所属政党が異なる3人の華人候補者が争う構図だった(※人口の7割が華人なら不思議でない)。またトロントのスカボロー北選挙区も事実上3人の華人の争いだった。これらは国政レベルだが、地方だともっと華人議員多いと思われる。
○選挙を用いた浸透工作
・華人議員の当選は、同国の寛容性を示し、民主主義が健全な証だ。しかし地方では「残念な真実」も見られる。それは中国政府と近い議員や中国ナショナリズムを煽る議員がいるからだ。下院議員で新民主党のジェニー・クワンやオンタリオ州/ブリティッシュコロンビア州の地方議員は、対日歴史問題(南京大虐殺、慰安婦問題)を持ち出して、華人票を固めている。華人は様々なので、日本批判や祖国愛をテーマにして華人票を固めている。
・深刻だったのは、2015年下院議員に当選したゲン・タンだ。彼は北京生まれ湖南省育ちで、中国で高級エンジニアとして働いていた。その後トロントに留学し、同国に定住した。彼は中国人ビジネスマンからの資金供与で中国に渡航したり、中国大使館への口利きなどを行っていた。つまりオーストラリア(第5章)と似た問題が持ち上がった(※両国は共に米国の同盟国、民主主義を重視、移民受入に積極的で似ている)。結局彼は2019年の下院選の不出馬を表明する。
・同国は米国の隣国なのに遥かに緩るく、多様性を重んじる。そのため中国は手駒を送り、浸透工作を行なってきた。ところが風向きが変わりつつある。2018年ファーウェイの副会長・孟子晩舟がバンクーバーで拘束され、両国関係が悪化する(※米国に移送するとか話題になったかな)。その報復として、中国はカナダ人の外交官と企業家を拘束するが、逆に中国への警戒心が高まった。
<人権大国ドイツは中国を非難しない> マライ・メントライン ※対談なので以下の形式にします。
○東方の理想郷を求めて
・安田-西ドイツが中国と国交を樹立したのは、日本と同じ1972年です。2005年以降日本は反日デモで日中関係がギクシャクしています。ドイツは良好ですが、一般人の対中感情はどうですか。
・マライ-基本的に中国は「遠いアジアの国」で知らない人が多い。ただ近年は中国からの観光客が増え、以前の日本人のステレオタイプ(観光ツアーで訪れ、良いカメラを持っている)と入れ替わっています。
・安-ドイツはかつては分断国家で、東西で対中感情は変わりますか。
・マ-余り変わらないと思います。1960年代は中ソ対立があり、中国は疎遠で、友人は北ベトナムでした。西ドイツでは「東方の理想郷」として『毛沢東語録』がブームになった事があります。
・安-プレスター・ジョン伝説ですね。1984年(改革開放初期)早くもフォルクスワーゲン(VW)が中国に進出しています。
・マ-VWは上海汽車と合弁会社を作ったのですが、この式典にコール首相が出席しています。彼は1993年にも訪中していますが、この時はベンツ/シーメンスなどを引き連れています。
・安-この合弁会社が作った「サンタナ」は国民車になりました。広州・上海の地下鉄の車両はシーメンス製です。リニアモーターカーの上海トランスラピッドにも複数のドイツ企業が関わっています。2000年代までは、ドイツ企業が自動車/輸送インフラを押さえていました(※日本ではないんだ)。2011年直通貨物列車「中欧班列」の運行が始まります。2014年には「包括的戦略的パートナーシップ」を結んでいます。
・マ-メルケル首相は経済を重視し、中国に接近しました。また米国一辺倒を嫌ったのです(※英国は米国寄りだが、仏国・ドイツはそうでもないかな)。近年米国の力が弱まり、相対的に中国の地位が上がったのです。
○啓蒙できると思っていた
・安-業界・政府は「良好」で、庶民は「無関心」ですね。2020年新型コロナで変わりましたか。
・マ-ドイツは日本の数倍の感染者でしたが、英米と比べると少ないので、庶民は日本より楽観的でした。ただし中国に対する警戒心は強まりました。メルケルも世論を無視できなくなり、次世代通信規格5Gでのファーウェイ製品の採用を制限します。
・安-ファーウェイ製品の排除は2018年からの米中貿易摩擦が発端です。中国製ITガジェットによる情報流出も懸念されています。
・マ-ファーウェイによる諜報活動に確たる証拠はありません(※中国企業は政府に従うのが義務なので、今後は分からない)。ドイツは論理を重視するので、根拠がないと規制しませんが、これには新型コロナによる中国への不信感がありました。
・安-日本は中国と地理的に近く、2005年反日デモから中国を警戒する様になり、2008年チベット問題/2010年尖閣問題で固定化します。欧州は米中貿易摩擦やコロナ禍が切っ掛けでしょうか。※直近では中国製EVの問題があるかな。
・マ-私は勤務先の「第2ドイツテレビ」(ZDF)の北京総局からの情報があるので、母国のドイツ人より早くから中国の懸念点を認識しました。しかし多くのドイツ人は中国が国際秩序に挑戦している覇権国と認識していません。
・安-経済のプラグマティックな需要を重視し、問題点から目を背けている様です。日本も2000年代前半までそうでした。
・マ-ドイツはビジネスで交流すれば中国は「啓蒙」され、民主主義になると思い込んでいました。
・安-啓蒙は西側の人でないと使わない言葉ですね。
・マ-欧州人の思い上がりですね。ドイツには成功体験もあります。東ドイツに友好路線で接し、最終的にドイツを統一させたのです。中国の共産党支配も崩壊すると考えていました。
○ウイグル強制収容所
・安-ドイツと中国の間には相反する視点があります。1つは「経済」からの融和姿勢で、もう1つは「人権」からの中国批判です。2017年ノーベル平和賞を受賞した劉暁波の妻はドイツに亡命しています。ウイグル人の世界組織「世界ウイグル会議」の総裁ドルクン・エイサも長らくミュンヘンに滞在していました。
・マ-ドイツは人権団体が強く、法も整備されています。ドイツは高度経済成長期に大勢のトルコ人労働者を受け入れ、巨大なトルコ人コミュニティがあります。※ドイツは移民・難民の受け入れに積極的だが、これは人権より人手不足かな。
・安-イスラム諸国は新疆問題に冷淡です(※確かにそんな感じだな。中国との経済・支援を重視かな)。ただトルコはウイグル人に同情的です。2019年頃から英米がウイグル人を収容する「強制収容所」を批判する様になります。これは2014年習近平が新疆を初訪問した際、死者を出す爆発事件があり、これが作られ始めました。この強制収容所もドイツ人の対中感情に影響を与えたのでは。
・マ-近年ドイツで新疆問題をテーマにした番組が頻繁に作られています。ただしこれはアウシュビッツの様な自国の問題でないので対応が難しくなります。
・安-2020年香港で「国家安全維持法」が施行されます。これに対するメルケルの批判は抑制的でした。それは中国と関係が深い業界(自動車業界など)からの圧力が考えられます。
・マ-自動車業界の発言力は強いので、その様な構図だったと思います。ドイツは「人権大国」を自認するので、本来は無言ではいられません。しかし強く批判できないジレンマに陥っています。※「背に腹は代えられぬ」だな。世界のどの国も同様だな。
○ナチスと中国共産党
・安-第1次世界大戦を引き起こしたドイツ皇帝の評伝『ヴィルヘルム2世』を読み、大戦前のドイツと今の中国が似ていて驚きました。後進農業国が急成長し、傲慢に振る舞う様になり、他国から眉を顰められる。自身に不安があるため、拡張主義の外交を行います。今のドイツに帝政ドイツ(※正確にはプロイセン王国かな)と現代中国をアナロジーする動きはありますか。
・マ-名前は出ませんが、いると思います。当時のドイツに自信がなかったのは、普仏戦争に勝ったけど、ナポレオン戦争がトラウマだったのです。対外的な傲慢は、不安の裏返しです。※今の中ロ朝がそうなのかな。
・安-今の中国も強くなったけど、自信がないので、偉そうにしている。中国のコンプレックスの源泉はアヘン戦争の敗北にあります(※反帝国主義だな)。「ウエスト・インパクト」(西洋の衝撃)は中国の最悪の思い出です。帝国主義の列強に騙され、アヘン漬けにされ、国土を切り取られたのです。そのため今でも「欧米列強は陰謀を企んでいる」「人権や民主主義は中国を騙すための方便」と考えています。新疆問題・香港問題で強く反発したり、外資系企業をボイコットするのは、この心理からです。※この話は、かなり納得。
・マ-ナチスの思想に大きな影響を与えたのがカール・シュミットです(※1888~1985年。彼は知らなかった)。彼は中国でずっと人気です。
・安-『ニューヨーク・タイムズ』に「習近平のブレーンが彼を礼賛している」とありました。ナチスと今の中国には共通の思想があります。
・マ-彼は「友敵理論」で「主権は人間ではなく、国家にある」とし、全体主義が基盤になっています。
・安-中国の香港取り込みは、ナチスのラインラント進駐/ズデーテン併合を連想させます。香港での国家安全維持法の施行(=ズデーテン併合)の次は、台湾侵攻(=ポーランド侵攻)を行うでしょう。何度か示される兆候を黙認すると、中国の対外拡張主義を暴走させるでしょう。
・安-すごく似ていますね。メルケルが香港問題に抗議しなかったので、私も驚きました。2014年ロシアがクリミアを併合した際、ブレーキを掛ける必要があると学んだはずなのに。
・マ-80年前英国チェンバレン首相はズデーテン併合に対し宥和政策を取り、後世の批判を受けます。今その立場にいるのがメルケルです。※英国とドイツの距離と、ドイツと中国の距離は全然違うが。ならば隣国の日本が明確に非難すべきとなるが、日本もしなかったかな。
・安-ドイツが対中国・対ロシアについて発言する場合、EUの枠組みが基本になります。しかしクリミア問題やブレグジットでEUは足並みを揃えられませんでした。これを見て、中国は動いているのかもしれません。※ナチスとの類似なども大変面白い。
※マライ・メントラインの経歴は省略。
第9章 パキスタン
○ヒマラヤより高く、海より深く、蜜より甘い
・中国は隣国に折り合いが悪い国が多い。経済面が良好でも、中国の面子を潰すと、その国を激しく批判し、経済制裁を加える。日本の尖閣問題、韓国のTHAAD配備などがそうだ。ところが半世紀以上もずっと良好なのがパキスタンだ(※以下同国)。この関係は毛沢東時代の1960年代から続き、「全天候型友好関係」と呼ばれる(※「巴鉄」「鉄棹朋友」も解説しているが省略)。同国はこの関係を「ヒマラヤより高く、海より深く、蜜より甘い」と表現している。
○印中パの三国志
・1950年同国は建国半年後の中国を承認する。当時はソ連とインドが接近しており、同国は米国に接近し、「東南アジア条約機構」(SEATO)/「中央条約機構」(CENTO)などの反共軍事同盟に加入していた。そのため中国とは疎遠だった。
・ところが1959年チベット騒乱/ダライ・ラマ14世のインド亡命により中印の軍事対立が始まる。「敵の敵は味方」となり、軍事政権のアユーブ・ハーン大統領は中国に接近する。1962年中パ国境の画定交渉を開始し、「中パ国境協定」が結ばれる。同国は一部の中国領有を認め、中国との関係を好転させた。これによりカシミールの領有権で中国と同国が手を結び、インドと対峙する形になる(※カシミール問題だな)。
・1974年インドが核実験を行う。これに対抗するため、「核開発の父」アブドゥル・カディール・カーンを訪中させ、核兵器の設計図や濃縮ウランを受け取り、潜在的核保有国になる。この時期ソ連はアフガニスタンに侵攻し、米国と中国は良好な関係だったため、米国は同国の核保有に強く反発しなかった。
○中国への信頼、米国への不信
・1989年6月天安門事件が起きるが、同国は孤立する中国を支持する。同年11月李鵬首相が同国を訪問し、原子力発電所の売却を約束する(※建設ではなく売却?)。冷戦が終結すると米国が同国への武器供与を止め、中国による軍事支援が強化される。
・1998年中パ関係が区切りを迎える。インドの核実験に反発し、同国も初の核実験を行う。同国ナワーズ・シャリフ首相は中国に感謝する発言を行う(※詳細省略)。中国は同国の核実験はインドに責任があると発言する。一方米国は実験直後、両国に経済制裁を科す(同国とインドかな)。ところが3年後に米国同時多発テロが起き、アフガニスタンのタリバン政権と戦うため、経済制裁を解き、軍事・経済協力を再開する(※米国は猫の目だな)。
○ビン・ラディン暗殺で急接近
・2010年代同国は一気に中国に傾斜する。中国が大国化した事もあるが、米国がインドに接近した事も要因だ。インドは米国のオフショア開発拠点になった(※詳細省略)。一方中国と同国の関係は一層強化される。2005年温家宝が同国を訪れ、「戦略的パートナーシップ」を締結し、原子力・軍事の協力を強化する。
・2011年アルカイダの指導者オサマ・ビン・ラディンが、首都イスラマバード近郊で殺害される。当時「テロとの戦い」で同国内に大量の犠牲者がいて、さらに事前通告なしで彼を殺害した。これらにより同国の対米感情は著しく悪化する。国際社会は同国が彼を匿っていたとして批判するが、中国は同国に助け舟を出す(※詳細不明)。
○習近平訪問と巨大援助計画
・2015年4月習近平が同国を訪問する。普通はインドなどを同時に訪問するが、同国しか訪れなかった。翌月インドのモディ首相を西安に招待する予定があったので、バランスを取ったのかもしれない(※北京でなく西安?)。ただ同国には、戦闘機の供与、新疆から同国のアラビア海沿岸のグワダル港までの道路・鉄道の整備(カラコルム・ハイウェイ)、電力事業や経済特区を整備する「中国・パキスタン経済回廊」(CPEC)構想を約束する。これは「一帯一路」の旗艦事業となった(※東南アジアの方が大規模に思える)。
○債務の罠とコロナの恩
・ところがCPEC構想は2018年頃から失速する。同国が膨大な債務に対処できなくなり、「債務の罠」が顕在化する。2020年コロナ禍が発生する。1月中国は深刻性を認めるが、3月には習近平が武漢を訪れ、安全宣言を行う。国際社会は中国を批判するが、同国のアルヴィ大統領が北京を訪れ、習近平とマスクを外して握手する。そして中国政府の指導力・動員力を称賛する。これによりCPECはテコ入れされ、グワダル空港建設などの大規模プロジェクトが開始される。
・2020年夏、中印の国境紛争が激化する。中国外交はヒステリックで攻撃的なため「戦狼外交」と呼ばれる。天安門事件/コロナ禍があっても同国は中国に付いて行った。同国は中国にとって貴重な国だ。※最近は同国内で中国人を標的にしたテロがあるみたいだが。
第10章 スリナム
○春節が休日
・スリナム(以下同国)は南米大陸北部にあり、ガイアナとフランス領ギアナに挟まれ、「ギアナ3国」の1つだ。面積は四国より小さく、人口は58万人だ(南米大陸で最小の面積・人口)。カリブ海諸国の国家連合・「カリブ共同体」に加盟している(※同国自体はカリブ海に面していない)。オランダの植民地だったため、オランダ語が公用語だ(※米大陸でオランダ領は珍しいかな)。日本との関係は薄い(※詳細省略)。ただ2019年頃から「ワン切り」で知名度が上がった(※詳細省略)。
・同国は1975年に独立するが、当初から中国を承認した。2019年大統領が訪中し習近平と会談し、戦略的パートナーシップ構築を宣言した。香港での国家安全維持法の施行も支持してた。これらから近年の中国に靡くステレオタイプの国に思えるが、そうでない。同国の人口の10%前後が華人系なのだ。旧暦元旦(春節)が休日なほど、華人が根付いている。
○、金脈の発見
・1667年第2次英蘭戦争が終結し、この時のブレダ条約で英国はニューネーデルラント(後のニューヨーク)を領有し、オランダはギアナ(蘭領ギアナ)を領有する事になる。これが同国の原型だ。当初は黒人奴隷を用いたプランテーションで発展した。1863年奴隷制が廃止され、その代替として、中国(香港、広東)/英領インド/蘭領東インド(インドネシア)から契約労働者(苦力)を入れた。1870年代までに7千人の華人が渡航した。彼らは契約期間を終えても南米に残り、農家・食品小売店・レストラン経営などに転身した。1967年同国で金鉱脈が発見され、英領ギアナ(ガイアナ)/トリニダード・トバゴ/キューバ/米国/香港/ジャワなどから大量の華人鉱山労働者が殺到する。成功した者は家族を呼び寄せ、コミュニティを作り定住した。
○華人大統領
・20世紀半ば以前に同国に定住した華人の多くが「客家」だ。彼らは広東・福建の山岳地帯に暮らし、漢民族の方言を話す。彼らは「東洋のユダヤ人」と呼ばれ、上昇志向が強く、教育熱心で、商売が上手く、政治的野心が強い。そのため同国で財力・権力を握る者が登場する。巨大財閥チン・アー・ジーは、食品・教育・スポーツ・航空・メディア・不動産・政治で影響力を持つ。周友仁・周英鵬兄弟の周氏公司はプラスチック・メーカーだ。
・同国の華人(特に客家)は教育水準が高く、財力があり、政治ポストにも就いた。1975年独立時の首相ヘンク・アロン(阿龍)には華人の血が流れる。1980年客家とクレオールを両親に持つヘンドリック・陳亜先が大統領に就く。この政権では衛生大臣/司法大臣/経済大臣も客家だ(※詳細省略)。陳亜先政権は2年でクーデターで倒されるが、それを倒した軍人デシ・ポーターセも華人だ。(※他の華人閣僚を紹介しているが省略)。同国の華人の政治参加は顕著だ。
○小売の9割が華人
・20世紀末まで同国の華人の人口は数%に留まっていた。増加し始めたのは1980年代からで、移民の受け入れや外国人の商業活動が容易になったからだ。20世紀末からの移民(新移民)には密航者が多い。クーデターが繰り返され政治が不安定で、彼らは上陸できた。彼らの最終目的は米国/ブラジルだったが、検問が強化され、同国に留まり、商店やレストランを経営した(※今でも中米に入国し、それから米国に入国する中国人は多いらしい)。彼らにより総人口の10%に達した。
・経済における華人の影響力は増した。統計によれば商品雑貨店の75%(1940年代)、生活用品店の70%(1970年)が華人資本で、今では小売業の9割が華人資本だ(※何で小売業に強いのかな。小売業は基本的に参入障壁が低いからかな)。首都パラマリボ(人口24万人)に華人商店が1千軒あるとされる。これらから他の民族集団から反発されている。
・2005年同国のオランダ語新聞に「どうやって中国人の侵略に対抗するか」の見出しで、「”カリブ海共同単一市場(CSME)”は”中国スーパーマーケット経済”と思われている」と書かれた。そして華人資本による小売業支配を批判し、中国人不法移民の追い出しを主張した。台湾の『聯合新聞網』にも「中国はスリナムの主要産業である農業/ボーキサイト採掘に投資し、中国人労働者を送り込んでいる」とある。これらから「中国人に国を乗っ取られる」「政府は中国と結託している」とのデマが広がり、2005年頃から華人を標的にした強盗・暗殺が多発している。※華人襲撃事件を幾つか紹介しているが省略。
○秘密結社がルーツ?広義堂と共産党
・同国の華人社会を束ねているのが客家系の「広義堂」だ。これは1880年に結成され、仁・義・侠を重視し、関帝(関羽)を崇拝する。元々は「洪門」などの秘密結社に近い存在で、賭博/売春/アヘン売買/同胞の遺体の送還/手紙の取次などを行う相互扶助組織だったと推測される(※客家・洪門などは宿題だな。洪門は太平天国の指導者・洪秀全が興した様だ)。他にも「中華会館」などがあるが、広義堂が最も影響力があり、中国語テレビ局/中国人学校・老人ホームも運営している。広義堂の式典には、大統領も出席する。
・カナダの「洪門民治党」など、「洪門」「青幇」などの秘密結社をルーツとする華人組織が、中国共産党の統一戦線工作に翼賛している。広義堂も同様で、中国の代表団・民間団体・体育団体が同国を訪れると接待している。また広義堂は中国を度々訪れ、統一戦線工作を担当する「中国致公党」(共産党の衛星政党。※そんなのがあるんだ)の接待を受けている。また広義堂の行事には大使館関係者も参加している。広義堂が発行する中国語新聞『洵南日報』も親中的で、尖閣問題で強烈な対日批判をした。
・客家/経済支配/華人大統領/秘密結社など、同国は胸焼けする程中国と密接な国だ。※世界各地に同様な国があるかな。これらは華僑・中国移民などの歴史的背景があるかな。
おわりに
・「コロナになり、中国に行けなくて大変でしょう」と訊かれる。しかしこれは半分しか当たっていない。中国での取材は、以前から容易でなかった。習政権が成立し、中国は監視社会になり、外国人への警戒も高まった。特にフリーランス記者の取材はハードルが高い。趣味の恐竜の化石/ビジネスの話題/元技能実習生へのインタビューなどは容易だが、政治的な話題になるとハードルが高くなる。そのため以前からカンボジア/ルワンダ/カナダなどの第三国から中国を見ていた。
・世界には華僑・華人が5~6千万人いて、各国にチャイナタウンがある。東南アジア/南北アメリカにある福建・広東系華僑の伝統的コミュニティを調べるのは手応えがある。近年中国は走出去政策/一帯一路政策で海外進出を強め、日本の比でない。中国の存在感や統一戦線工作を調べるには、第三国の方が調べやすい。また第三国であれば政治的な問題でも支障なくできる。