top learning-学習

『デジタル・デモクラシーがやってくる!』谷口将紀/宍戸常寿(2020年)を読書。

SNSの政治への影響を知りたくて選択。

ネットディアに関し、6人の識者・専門家にヒアリングしている。
各自がそれぞれの分野の専門家で、詳しい状況を知る事ができる。
3部6章構成で、第1部は情報、第2部は熟議、第3部は制度(デジタル化)がテーマ。

各種ネットメディアの特性を知る事ができた。
討論型世論調査は民意を得る有効な手段。
民主主義の仕組みを理解し、またデジタル化により民主主義の見直しが必要と分かった。

お勧め度:☆☆☆
内容:☆☆☆

キーワード:<はじまり>民主政治、第4次産業革命、<フェイクニュース>エンターテインメント化、分極化、マーケティング、検索サイト、リテラシー/倫理、規制、<政党>情報分析/情報サイクル、中国漁船衝突事件、情報戦略、数理モデル、オルタナティブ・データ、<話し合い>熟議民主主義、情報化、カスタム化/集団分極化/シンギュラリティ、オンライン熟議/情報集約/セレンディピティ、<討論型世論調査>選好集計モデル/熟議・討議モデル、討論フォーラム、公的年金制度/エネルギー・環境政策、CASI方式/オンライン版、<ネット投票>サイバー攻撃、二重封筒方式、選挙無効、在外投票、原理原則、<電子議会>世界電子議会会議、効率化/公開性/関与/連携、<おわりに>憲法/制度、国民、正統性/責任、立法/議事運営、政治参加

はじまり

○なぜ政治は遅れている
・私は大学で現代日本政治を教えています。学者の仕事は「究める事」「広める事」らしい。戦争が終わっても知らなかった人がいたり、毎日の様にマスメディアに出ている人もいる。私はその中間で、本を読んだり、分析したり、論文を書いたり、政治家・経営者・言論人に会ったりしている。
・経営者が政治に関わり始めると、「なんで政治は遅れているんだ」と感じる。ビジネスは即断即決なのに、政治は小田原評定で何も決まらない。この不満をぶつけられると、チャーチルの「民主主義は最悪の形態。これまでの他の形態を除いて」を引用し、「時間を掛けるから、良いものができる」と応える(※民主主義/デモクラシーが併用されているが、民主主義で統一)。国会に会期があるが、今は大阪に2時間半で行け、テレビ会議もできる時代だ。

○それは革命になるか
・「第4次産業革命」によりインターネットはモバイルにより偏在化し、センサーは小型化・低価格化し、人工知能(AI)・機械学習などが活用できる。これらに関する本は書店に山積する。自動運転/スマート家電などへの期待もある。これは政治を変えるのだろうか。「電子政府」の言葉を聞く。2019年「デジタルファースト法」が成立した。様々な手続きがインターネットでできるのは歓迎だ。
・政治(ポリティックス)と技術(テクノロジー)を結合した「ポリテック」の言葉がある。これを推進する政治家もいる。その1つが介護現場でのセンサー/ロボットの導入で、もう1つがスカイプによる「議員レク」だ(※他にもあると思うが)。以前議員にエクセルでの提出をお願いして断れた。議員も随分進化したが、第4次産業革命はそんな宮廷改革に留まる話ではない。

○テクノロジーが前提なら、別の選択肢が
・国際共同プロジェクト「変わるメディア、変わる政治」に参加した。かつて活版印刷/電信/ラジオ/テレビが政治を変えた。今の衛星放送/ケーブルテレビ/インターネットも政治を変えるという話だった(※当然そうなる)。人々は伝統的ニュースから、ドラマチックでセンセーショナルな「ソフトニュース」から政治情報を得る様になった(※この言葉は知らなかった)。米国大統領の一般教書演説はスポーツ選手のステロイド乱用に触れた。日本でも首相がタレントと会食した様子をSNSに上げる。

・「第4次産業革命は政治を根本的に変えるか」。議会の起源は、国王が無節操に課税するのを阻止するためだ。ところが今は国家予算を遥かに超える商取引が電子的に行われている(※銀行決済かな)。政党は、気が合う/合わない、王様を尊重するか/議会を重視するか、強大な政府に賛成/反対などの原理原則の対立から発生した。私達はその原理原則が合った政党に投票する。しかし議案が10あれば、その賛否のパターンは2の10乗もある。そのためテクノロジーを前提にすれば、政治・政党は違う形になったかもしれない(※前例がないので、想像できない)。
・経路依存という言葉がある。過去の決定が今の在り方を決めている(※キーボードのQWERTY配列を説明しているが省略)。テクノロジーを前提にすれば、突然変異や現実との乖離により、制度変更する可能性がある。

○本書で考える3つの側面
・本書は「第4次産業革命が民主政治をどう変えるか」について書きますが、3つの側面から考えます。1つ目は「政治に関する情報流通の変化」です。従来、政党・政治家の情報発信は新聞・テレビなどのマスメディアが媒体でした(門番)。ところがインターネットの発達で、直接発信できる様になります。さらに履歴からプロファイル/選考に応じた情報発信もできます。この情報の解釈も百人百様になります。(※商品に例えて説明しているが省略)これにより政策をパッケージにしてセット販売していた政党は変容を迫られます。この側面は第Ⅰ部で、古田大輔/小口日出彦に伺います。

・2つ目の側面は「民主政治における新しい合意形成の仕組み」です。インターネットは双方向に情報発信でき、パブリックコメント/ネット投票/ネット献金が拡大しています。さらにAIが意思決定を支援するツールになるでしょう。
・私達が「真の利益」を認識するのは難しく、最近「熟議民主主義」が注目されます(※知らなかった)。かつて貴族・市民がコーヒーハウスに集まった様に議論するのです(※一応予算委員会などはテレビ中継されるが)。テクノロジーはこれを促進できます。この側面は第Ⅱ部で、田村哲樹/柳瀬昇に伺います。

・3つ目の側面は「政治制度の更新」です。既に第4次産業革命の政治制度への実装が始まっています。タッチパネルでの投票/インターネットによる投票などが検討されています。議員に対しては資料のデジタル化/産休中の会議参加などが検討されています。この側面は第Ⅲ部で、森源二/川本茉莉に伺います。

○技術的課題の先に、民主主義への問い
・テクノロジーにより必然的に政治が変わる訳ではありません。第4次産業革命と政治の関係は、下部構造と上部構造の関係ではありません。私は「第4次産業革命を政治に実装するには、2つの山がある」と考えています。これは「ばんえい競馬」に例えられます。1つ目の山は越えられても、2つ目の山は難しいのです。1つ目の山は技術的な課題でクリアできますが、2つ目の山は制度設計など民主主義の根本原則に照らし合わせる必要があります。

・誰もが政治情報を発信できる様になれば、反対意見を「良薬口に苦し」としたり、フェイクニュースと隣り合わせである事を覚悟しなければいけません。利益の「集約機能」だけでなく、有権者に情報を提供し説得する「政治的社会化機能」が蔑ろになります(※集約機能も政治的社会化機能もよく理解していない)。AIが最適解を見付けるなら、熟議民主主義は要らないとなります。自宅でパソコンから投票できるメリットは多いが、秘密投票が揺らぐ可能性もあります。電子会議が実現されると、大物政治家や職業政治家も不要なのではとなります。代表の観念も見直す必要があります。

・この本は普通の本と違い、著者が読者に知識を伝えるものではなく、著者が読者の代表になり、スピーカーの話を聞く本です。私はハイテクに弱いので、情報・通信制度/政府/マスメディア/情報通信業に詳しい宍戸さんに手伝ってもらっています。

第Ⅰ部 新しい民意

第1章 読ませる技術とフェイクニュース

○ニュースはネット経由
・宍戸-谷口さんは大学の授業で時事問題を取り上げますか。
・谷口-取り上げます。ただ「朝刊に載っていた・・」と話しても食い付きませんが、「ネットに・・」と言うと、スマホで確認し始めます。
・穴-若い子はニュースをYahoo!(※以下Yahoo)/Google/LINE/SNSで見ています。
・谷-彼らは意識的・能動的に見るのではなく、生活・趣味・コミュニケーションの中で見ています。インターネットから得られる情報は飛躍的に増えました。しかしそれが政治的洗練度を上げたり、民主政治を深化させてはいない様です。その辺りを、朝日新聞の記者と「BuzzFeed Japan」(※以下BF)の伝統的メディアとインターネットの経験がある古田大輔さんに伺います。

○お勧め記事は好みの記事
・古田-インターネットにより新たな問題が発生したと思われていますが、以前からありました。ケーブルテレビの参入でチャンネルが増え、競争が激しくなり、エンターテインメント化が始まりました。視聴者のターゲティングも始まります。FOXは保守層、CNNは中間層などです。さらにインターネットで誰でも情報発信できる様になり、規範のタガが外れます。真実の尊重/情報源の秘匿/中傷・名誉棄損しないなどの自律規範/メディア倫理です(※これは重要ポイントだな)。
・古-さらにテクノロジーによりパーソナライゼーション(個人の好みに合わせる)が可能になり、Google/Facebookがこれを推し進め、「フィルターバブル」(※囲い込みだな)が完成しました。
・穴-フィルターバブルは履歴から表示順やお勧めを変えるフィルタリングで、勝手に情報の範囲が狭められる機能ですね(※これは困るよな)。
・古-これらのエンターテインメント化/ターゲティング/パーソナライゼーション(情報の個別化)/フィルタリングは政治的分極化を促しました。
・谷-自分が好む情報だけに触れる事で、保守的な人は一層保守的になり、リベラルな人は一層リベラルになった。
・古-その対立を背景にフェイクニュースを拡散させる人が現れたのです(※先程のメディア倫理の崩壊だな)。例えば「ヒラリーは悪い」と流せば、それを見た人は「ネットこそ真実」となるのです。※日本もそうなった。米国だと中ロからハイブリッド攻撃を受ける。

○読者を4つの切り口で引き付ける
・穴-この様な状況で古田さんはどう対応したのですか。
・古-私は朝日新聞の記者でした。しかし新聞への反響が薄れていると感じていました。特に強く感じたのが、2011年東日本大震災です。私は情報を伝えたかったので、デジタル編集部に異動させてもらいました。ソチ・オリンピックの「浅田真央 ラストダンス」は大反響でした。しかし政治への反響は低いままで、伝え方の工夫が必要と考えました。マスメディアだと良い記事を書くだけで良かったのです。記事を書けば、販売店経由で読者に届く垂直統合モデルでした。ところが今は記事を書くと、YahooニュースやTwitter経由で読者に届きます。その頃米国のBFが日本に進出すると知り、接触している内に誘われました。

・谷-朝日新聞とBFで何が大きく違いますか。
・古-寿司屋に例えると、朝日新聞は頑固な寿司屋さんで、BFはマーケティングに長けた回転寿司屋です。BFは4つの切り口を持っています。1つ目は読者のアイデンティティに近いもので、「自分の事」「あるある」です。2つ目はエモーショナルなもので、「良い話」「可愛い」「悲しい」など感情に訴えるものです。3つ目はナレッジで、読者に知識を与えるものです。4つ目はアスピレーションで、「自分もできそう」「やってみたい」など憧れを与えるものです。
・谷-明治時代、小新聞(娯楽中心)が大新聞(政論中心)を駆逐したのと似ていますね。
・古-「読者におもねっている」のです。事実を曲げない点は一致していますが、それを伝えるために読者を分析し、工夫したのです。※市場原理だな。情報が溢れ、買手市場になった。

○配信戦略、読者の巻き込み
・谷-伝えるために、コンテンツ戦略以外の工夫は。
・古-まず「ディストリビューション戦略」(配信戦略)です。読者が何から情報を得ているかです。媒体にはTwitter/Instagram/YouTubeなどがあります。世界ではFacebookが圧倒していますが、日本はYouTube/Twitterが強く、LINEはインフラ化しています。次に「エンゲージメント戦略」です。どう読者を巻き込むかです。日本ではSNS/メール/ウェブでニュースを共有する人は世界の1/4です。トランプが政策を打ち出すと万単位のコメントが付きますが、日本だと数十です。ネットメディアの人は、シェア/コメントの数、記事・動画をどこまで見たかなどを分析しています。

○BuzzFeed Japanの仕組み
・穴-BFはニュースからエンターテインメントまで幅広く発信しています。社内体制はどうなっていますか。
・古-3つのグループに分かれ、ニュース/エンターテインメントやライフハック/ビデオです。スタッフは若く、男女半々です。若い人の感性が重要です。コンテンツは文字を少なくし、ビジュアルを強くしています。動画も感情に訴えるものを多く作ります。昔ながらのニュース/特ダネ/調査報道も作ります。
・谷-ニュースとエンターテインメントの割合は。
・古-エンタメが少し多いです。しかし閲覧数はエンタメが2~3倍で、多い時は10倍です。BFの収益源は、記事と同様に表示される広告「ネイティブアド」です。他にバーナー広告もあります。またコンテンツを作成してプラットフォームに販売する「コンテンツ・シンジケーション」もやっています。ただし課金制はやっていません(※詳細省略)。

○フェイクニュースの拡散
・谷-BFは3つの戦略を駆使していますが、同様な戦略でフェイクニュースをばら撒く人もいるのでは。※面白い考え方だ。
・古-netgeekは民主党系政治家/韓国/中国を批判し、炎上する記事を書いています。米BFが2016年大統領選でCNN/ワシントン・ポスト/ニューヨーク・タイムズより捏造サイトの記事が読まれたと書き、世界的な話題になりました。私も総選挙を同様に分析し、朝日新聞/NHKよりnetgeekの記事が拡散していると分かりました。米国程ではありませんが、日本もそんな人がいます(※昨年は様々な選挙で露呈した)。
・古-他にもあります。2017年サイト「大韓民国民間報道」が「韓国人による日本人女児強姦事件で、裁判所が無罪判決」との記事を書き、拡散します。しかしプロの記者が書く記事ではない。しかもこのサイトしか報道していない。取材し、サイト運営者にインタビューすると、「すべて嘘です」と認めます。彼はお金目的で記事を書いたのです。彼はマーケティングが優秀でした。フェイクニュースを拡散させるため、「在日特権を許さない市民の会」の桜井誠に接近していたのです(※詳細省略)

○フェイクニュースと検索サイト
・穴-フェイクニュースの拡散に、Yahoo/Googleなどの検索サイトも関係しています。
・古-ホロコーストの検索結果で大炎上した事があります。Googleで「ホロコースト」で検索し、そのトップに否定派の記事が出たのです。Googleは批判され、表示順を変えました。その時私は「従軍慰安婦」「南京虐殺」で検索したのですが、否定派・幻派の記事がドッと出ました。最近これも修正され、個人の記事(CGM、Consumer Generated Media)の順位を落とし、新聞社/公式サイト/政府系サイトの順位を上げました。この信頼性を重視した判断は正しいと思います。

○選挙を狙うフェイクニュース
・谷-2016年米国大統領選の様な例は日本でもありますか。
・古-2018年沖縄県知事選で「沖縄知事選サイト」などが複数作られました。公式サイトに見えますが、玉城デニー候補を批判する記事ばかりです。その幾つかの運営者を調べると同一人物でした。「このサイトに実態がない」と書くと、直ぐにサイトが削除されました。こうした人が増えています。
・谷-選挙の時に怪文書が見られますが、それがもっともらしく見えます。
・古-私は政治的に中立ですが、自民党を利するフェイクニュースが多いです。その方が読まれるからです。これは米国も同様で、トランプよりヒラリーを攻撃するフェイクニュースが圧倒的に多かった。これは金銭が目的なのです。※トランプを記事にすれば話題になるので、メディアはよく書いた。極右/ロシアの介入もあったかな。
・古-デジタル時代には、①コンテンツ戦略(記事内容)、②ディストリビューション戦略(配信)、③エンゲージメント戦略(読者巻き込み)が必要です。それなのに日本の新聞/テレビはやっていません。フェイクニュースの方が「良い仕事」をしています(悪貨は良貨を駆逐する)。

○変化が示した希望
・古-マスコミの民主化の観点からは悪い事ばかりではない。新聞社の社員は地方での取材から始まり、本社で記事を書く様になります。そんな高学歴の日本人男性が情報を独占していました。これが民主化されたのです。2018年米国の高校で銃乱射事件が起きます。そこで生き残った人が「#NeverAgain運動」を起こし、それが銃規制する「#MarchForOurLives」に発展し、世界的に広まります。※同様な運動は一杯あるな。「#BlackLivesMatter」「#MeToo」もあった。ボトムアップ/草の根かな。

○ファクトチェックの重要性
・穴-古田さんは楽観していますか。
・古-楽観していません。2016年大統領選でトランプが卑猥な発言をしている録音が暴露されました。これは本物でしたが、今の技術なら音声も動画も自由に作れ、真偽の判定は困難です。

・古-「ファーストドラフト」なる組織がフェイクニュースと闘っています(※初耳。詳細を知りたい)。これにCNN/ABC/ワシントン・ポスト/BF/Twitter/YouTube/研究機関が協力しています。しかし参加している日本メディアはありません。日本にはメディア倫理を教えるジャーナリズム・スクールの様な組織もありません(※最近情報学部の新設をよく聞くが、ハードウェア/ソフトウェアなどで、情報利用には触れていないのかな)。そもそもメディアで働いている人の「メディア・リテラシー」が不足しています。
・古-2018年関西空港が浸水し、利用客が空港内に取り残されます。この時「中国大使館はバスを出し救出したが、台湾の領事館は何もしなかった」との情報が台湾で報道されます。これを見た台湾人が外交部(外務省)に電話する事態になり、領事が自殺します。これはフェイクニュースでした。報道する前に真偽の確認が必要でした。台湾だけでなく、日本のメディアも騙されるでしょう。メディア側にもメディア・リテラシーが必要です。さらに言えば、広告業界もメディア・リテラシーが必要です(※詳細省略)。

○プラットフォームによる規制と責任
・穴-古田さんが考えているメディア・リテラシー/メディア倫理は自主規制ですか、法規制ですか。
・古-国で対応が異なります。欧州ではプラットフォームにフェイクニュースが流れ、異議申し立てがあり、対応しないと罰金が科されます。一方米国は法規制していません。合衆国憲法の第1条に言論の自由/表現の自由があり、これには嘘を付く自由も含まれます。そのためジャーナリズムは「これは嘘だ」と検証しなければいけない。私は米国の方が良いと思います。なぜなら規制する場合、判断基準が難しいからです。そのための業界団体を作るべきと考えます。「運営者を明確にする」など基本的な事から決めていくべきです。

・谷-これは良い案ですね。ただGAFA/Yahoo/LINEなどの責任はもっと重いと思います。
・古-プラットフォームの責任はまだあると思います。Facebookのザッカーバーグが公聴会に呼ばれ「Facebookはパブリッシャー(発行元)か」と訊かれ、「我々はIT企業、プラットフォーム」と答えていますが、詭弁です。巨大メディア企業のCEOは、「YouTubeには沢山のCGMが寄稿され、雑誌と同じで、パブリッシャーだ。それなのに『我々はプラットフォーム』と言って、コンテンツのチェックを逃れている」と言っています。私も同感です。メディア・エコシステムは、コンテンツを作る側にもっとお金を還元しないと、システムは崩壊します。還元する金額の桁が足らないと思います。※詳しくないが、YouTubeなどでは十分還元されているのでは。それと還元を増やすとフェイクニュースが減る?

○ネットメディアの公共性
・谷-総務省に「プラットフォームサービスに関する研究会」があり、偽情報の流通(ディスインフォメーション)への対策として、プラットフォーム事業者に行動規範を求める検討をしています。将来新聞が衰退した時、ネットメディアが健全な民主政治を維持できるか疑念があります。古田さんやBFはこれを意識し、Yahoo/Googleなどのプラットフォームも責任を自覚していると思います。しかし彼らも営利目的なので、どこまで公共性を持てるでしょうか。
・穴-米国には「プロパブリカ」などの非営利の報道機関が活躍しています。日本には「ワセダクロニクル」があります(※共に知らない)。
・谷-コンテンツ・プロバイダーからプラットフォーム/デバイスまでの生態系を一気通貫で再建するのは無理です。ただ日本では全国紙がまだ強く、テレビのキー局とも連携しています。さらにプラットフォームも統合型ポータルサイトではYahoo、検索ではGoogleが圧倒しており、対象は限られます。マスメディア対ネットメディア/読売新聞対朝日新聞など以前に、共通敵(フェイクニュース)に立ち向かうべきです。
・穴-ただ政治的コミュニケーションを議論するのであれば、伝統的マスメディア(新聞、テレビ)とネットメディアの関係だけでなく、政党・政治家による情報発信にも目を向ける必要があります。

第2章 政党による情報発信

○テクノロジーは政党の機能不全を立て直すか
・穴戸-テクノロジーにより人々は政治情報に接触できる様になり、メール/SNS/ブログなどで情報発信もできる様になりました。これに政党も対応が必要様です。
・谷口-政党には人々の要求を集約する機能と、人々に情報を提供し、説得する機能(政治的社会化機能、※初耳)が必要です。
・穴-2019年参院選で「れいわ新撰組」「NHKから国民を守る会」がネットを活用し、議席を獲得しました。
・谷-古田さん(第1章)はメディアには、コンテンツ戦略/配信戦略/エンゲージメント戦略が必要としていました。政党も同様の戦略が必要です。これまではイデオロギー/組織的基盤で票を固めていましたが、これからは世論に直接訴える事が重要になります。そのためには宣伝/マーケティングの専門家が必要です。
・穴-情報通信技術(※以下ICT)と政党の関係を、自民党の情報戦略を担当されたパースペクティブ・メディアの小口日出彦さんに伺います。

○政権奪還のための情報分析
・小口-2009~13年私は政権奪還を目指す自民党の情報戦略を引き受けました。情報戦略には「分析」「表現」の2つの側面があります。分析で情報を整理し、どの様に見えるか評価します。情報にはポジティブな見え方とネガティブな見え方があり、ポジティブなものはよりポジティブに、ネガティブなものはニュートラルに戻すのです。そしてこれが表現になります。※この情報は政党の評価?政策の評価?一般的事象の評価?
・小-『情報参謀』にも書きましたが、自民党が自動車、運転手が党幹部、私がカーナビです。「道が荒れています」「障害物があります」「道が空いているので、アクセルを踏みましょう」などを伝えます。
・谷-どの様な情報を分析しますか。
・小-私の会社はテレビが得意です。一定期間に報道された政治トピックをグラフにします。具体的には、報道番組の全ての要素をテキストにして、分解します(テレビメタデータ。※AIと同じ原理かな)。これを時系列にして、「朝に何が一番報道されたか」などを把握します。テレビ局の担当者は視聴者が何を求めているか知って番組を組み立てるので、放送内容は収斂されます。そこから視聴者は何を問題としているか、何を求めているかが分かります。※賛否の判断は難しいと思うが。

○見るのは単語の出現頻度
・小-2018年10月16~22日からの推移を見ると、16日は消費税の引き上げ表明がトップです(※表あり)。19日は片山大臣の口利き疑惑、20日は消費税です。18日普天間基地移設での政府の対抗措置が7位に入っています。沖縄関連は上位ではないですが、報道されます。これから「税」「政治とカネ」「基地」がキーワードになります。ただし政治報道はスポーツ・芸能に全くかないません。

・谷-インターネットの分析はやっていますか。
・小-協力関係にある「ホットリンク」がブログ/掲示板などのメタデータを分析しています。彼らも同様に、「安倍首相」「消費税」「サウジアラビア」「自民党」などの出現頻度を調べます。
・小-2018年10月8~21日からの推移を見ると、15日頃に「消費税」がピークになっています(※グラフあり)。3万件/日で大した盛り上がれではありません。森友学園問題では10万件/日を超えました。またピークの形も様々で、一瞬だけ高くなる場合もあれば、低くても長く続く場合もあります。

○攻め所と守り所
・穴-分析結果をどう活かすのですか。
・小-キーワードの変遷や量的・質的な変化からトレンドがポジティブかネガティブか判別し、攻め所/守り所を報告します。情報分析会議で打ち込み/打ち返しが必要となったら、打ち出しします。「打ち出し」は、国会開会中なら質問・討論で、街頭演説/記者会見/取材対応/ぶら下がりもあります。自民党本部にあるネット放送スタジオの「カフェスタ」からの発信もあります。また組織運動本部によるイベント/キャラバンや、新聞・雑誌/ポスターなどの出版活動もあります(※よく分からないが、多数の媒体を持っている様だ)。こうして打ち出した情報への反応を再度評価し、この情報サイクルを回します(※図解あり)。

○自民党を変えた事件
・谷-印象に残った出来事はありますか。
・小-最も衝撃的だったのは、2010年尖閣での中国漁船と海上保安庁巡視船の衝突事件です。映像がYouTubeに流れましたが、これでテレビとネットの立場が逆転します。これがフェイクかもしれないので、報道機関は困惑したと思います。この映像がアップされたのは11月4日の午後9時頃で、翌早朝に日本テレビが取り上げ、8時頃NHKがウェブに映像の一部を公開します。テレビが入手していない素材をネットが上げる決定的な出来事になりました。
・小-これは政治とネットの関係も変えます。それまでの自民党の情報分析では、ネットはマイナーな存在でした。総務室・幹事長室はネットを軽視していましたが、一部の議員は映像を秘密会で見て、本物と見抜きます。自民党も素早く対応し、その日の夕方、石破政調会長はニコニコ動画に出演し、応答しています。実は前日、民主党の小沢一郎がニコニコ動画に出演し、1時間半もしゃべり、20万人が聞いていたのです。地元の集会でも500人集めるのは大変です。この事件を切っ掛けに、自民党の雰囲気も変わりました。

○分析結果を争点やキーワードに
・穴-安倍内閣は情報戦略を重視している様ですが。
・小-安倍内閣には、野党時代に情報分析を経験した人が多く入閣しています。茂木報道局長(当時)は総合商社/新聞社/コンサルティング会社の経験があり、情報の価値・活用の見識を持ちます。その後広報本部長/政調会長/経産大臣などを歴任し、今は外務大臣です。世耕幹事長代理(当時)も第2次安倍内閣で内閣官房副長官になり、経産大臣を経て参議院の幹事長です。平井報道局次長(当時)はネットメディア局長になり、ネット放送局「カフェスタ」を立ち上げました。その結果、自民党のYouTube再生回数/公式ツイート数/Facebookのいいね数は断トツです。彼はIT担当大臣にもなります。他にも梶山広報戦略局(当時)/塩崎報道局長(当時)/加藤報道局長(当時)がいます。※錚々たるメンバーが報道・広報から出ている。

・谷-政権を奪還し、情報戦略は変わりましたか。
・小-2012年末総選挙で大勝し、党全体での情報共有を進めました。情報サイクルでテレビ/ネットニュース/SNSを分析し、日次・週次・月次で報告し、さらに1つの事象にリアルタイムで分析する事もあります。分析結果を表現活動(国会質疑、カフェスタ、街頭演説、テレビ出演、記者会見)に積極的に結び付けました。2013年7月参院選で大勝し、ねじれを解消します。そしてT2(Truth Team)が結成されます(※情報戦略を推進する組織みたい)。しかし日本の政党は、まだまだ遅れています。

○無党派層を動かす情報爆発
・穴-情報戦略において注目すべき変化はありますか。
・小-2016年舛添都知事がスキャンダルで辞任しましたが、テレビが変わったと感じました。彼の不祥事のニュースが1ヵ月半も独走したのです。この間に伊勢志摩サミットがあり、オバマ大統領が広島訪問しましたが、それ以外はトップを続けました。占有率は5割で、半分は彼のニュースでした(情報爆発)。これは政治家のスキャンダルは視聴率が取れると認識したからです。

・小-この結果、小池百合子が都知事になりますが、今度は彼女がトップを独占します。私は全国各地を回っていましたが、そこで「私は小池さん推しだよ」などを聞きました。
・谷-小池知事が誕生し、翌年7月都議員選挙で「都民ファースト」が第1党になります。ところが10月の総選挙で失速します。
・小-暴力的な集中報道でボラティリティ(不安定)が増します。依然テレビの影響力は強く、情報爆発が起こると、世論調査に大きく影響します。2018年3月安倍内閣の支持率が逆転します。これも森友問題が発覚したからです(※詳細省略)。

・小-普段は無党派が5割近くいますが、選挙になると3割に減ります。普段は選挙に関心はないのに、政治情報に触発され、支持政党を決めるからです(※悪い事ではないかな)。それなのにスキャンダルが出ると、簡単に支持を止めてしまします。

○天気予報の様な社会現象
・穴-そのため小口さんの様な情報分析が重宝されるのですね。
・小-今は「分衆の時代」です(※分断の手前かな)。その中で「ヒット現象」を予測する数理モデルを作ろうとしており、世界的な動きです。日本には鳥取大学・石井教授が主査の「計算社会科学研究会」があり、観客動員数を予測する方程式を作りました。人はテレビ/雑誌に載っている事に影響されます。朝テレビがバナナダイエットを放送すると、昼にバナナが売り切れたりします。

・小-選挙もこれと同じです。予測が外れるのは、データ点が少ないからです。これを天気予報で説明しましょう。昔は天気予報は観天望気でした(※詳細省略。初耳)。これは今でも通用しますが、大域的な予測は困難です。(※台風の予測を説明)これを可能にするのが広域に亘る大量のデータです。今は無人観測点や衛星画像があり、この大量の基礎データからコンピュータを駆使し分析します。
・小-社会現象の予測もデータ点を急ピッチに増やしています。スマートフォンのGPSから、人がどこで何をしたか把握できます。アマゾン/Google/Facebookも同様の分析をしています。

・小-オルタナティブ・データをご存じですか。
・穴-政府統計/企業の決算報告などの公式なデータでない、投資判断などに使われるデータですね。※今はデータがお金になる時代。
・小-シリコンバレーにオルタナティブ・データを提供している企業「Orbital Insight」があります。例えば米国にはウォルマート/ターゲットの2つの量販店がありますが、その駐車場の状況から両社の売上を予測します。これを両社の公式な発表前に提供します。これは機関投資家の重要な予測情報になります。

○個人情報の扱い
・小-先日米国でオルタナティブ・データを扱っている人が来て、「日本では同じ事が起きないのか」と訊いてきました。日本では個人情報の扱いが難しいのです(※JR東日本の事例を紹介しているが省略)。ところが彼らは「俺たちは日本人のデータも持っているよ」と言うのです。Google/Facebookはそれを持っているのです。しかし自民党がそれをやれば、大きな問題になるでしょう(※詳細省略)。
・穴-社会現象を予測する訳ですが、国民の行動をコントロールする様に思われますね。

・小-メディア・テクノロジーからすれば、人々に情報を送り込むのは「五感直撃型」のデバイスになります。戦場にロボットが送られ、その実状が視聴者に配信される様になると、その衝撃は絶大でしょう(※詳細省略。戦場カメラマンの比でないな)。AIが発達すると、心・頭の働きを外在化させ、その仕掛けをシェアできます(※意味不明)。「あの人は認められない」と思っていても、脳に侵入してきて、気持ちを変える様になるでしょう(※これもよく分からない。洗脳みたいな話かな)。
・小-これに対応する法体系はありません。倫理や情報と政治の問題になります。世の中が進歩する中で、「政党とは何か」「その役割は何か」が問われています。

○政党の役割
・谷-自民党も変わりました。英国の労働党は、10年以上前から戸別訪問し、支持政党/家族構成/関心事などを収集してデータベース化し、活用しています。日本の政党もオルタナティブ・データまで行かなくても、データ活用に積極的になるべきでは。
・穴-小口さんは、「メディアは人々が好む情報を提供しているが、その行動パターンを変えるべき」「プッシュ型の情報発信をして、説得を受け入れる柔軟な国民や世論構造に変える」と示唆していました。※メディアが人を説得する?
・谷-政党も同じです。色々な情報を集め、各有権者が何を求め、施策にどう反応するかを把握し、対応をカスタム化すれば民意の集約機能が向上します(※政治のパーソナル化かな)。これとは逆の「政治的社会化機能」(人は成長する過程で政治を学習し、政治的傾向を確立する事。※前の説明では情報を提供し、説得する事だったが)、特に痛みを伴う政策を受け入れる様に説得する役割が政党にはあります。
・穴-今はパッシブな情報分析ですが、これからはポジティブな情報発信で政党の機能が強化されます。※今でも情報分析を行った後、行動を起こしているが。

第Ⅱ部 新しい熟議

第3章 情報化が導く、話し合いの必要性

○民主主義の更新
・谷口-英国に「選挙区で代表が選ばれるが、選ばれた代表はその瞬間から、選挙区ではなく、本国議会の成員になる」と演説した政治家がいる。
・穴戸-「有権者一人ひとりにかまっていられない。国の利益を追求する」と言っているのですね。
・谷-そんな政治家がいたら、SNSは炎上しますね。
・穴-昔はエリートが首都に集まって、国の利益を議論していたが、今は各代表が意見を持ち寄る事が可能です。
・谷-政治家だけでなく、一般人が主体となってじっくり議論し、合意形成し、民主主義を更新する「熟議民主主義」(討議民主主義)の理論ですね。
・穴-今は交通・通信が発展し、熟議民主主義に追い風です。
・谷-第Ⅱ部は「情報」がテーマです。情報化と熟議民主主義の関係について、熟議民主主義の専門家・田村哲樹さんに伺います。

○民主主義の基礎は話し合い
・田村-熟議は単純化すると「話し合い」です。熟議民主主義は「民主主義の基礎は話し合い」との考えです。従って投票・多数決を基礎とする民主主義や、ロビイング・圧力行動を基礎とする民主主義と異なります(※こちらの方が普遍的かな)。この話し合いは正当性と反省からなります。正当性は理由・根拠を述べる事です。反省は時には自分の意見を見直す事です。
・谷-無作為に選ばれた人が集まり熟議し、その結果を政策に活かす「ミニ・パブリックス」が試みられていますね。
・田-私は熟議はそれ以上のものだと考えています。熟議は様式で、制度ではありません。国会は制度ですが、審議は国会以外の様々な場で、様々な形態で行われます。

○情報化は民主主義にプラス?
・穴-インターネットの発達は熟議にプラスでしょうか。
・田-世紀の替わり目は楽観的なシナリオでした。政策中枢にいなくても交流・意見表明でき、影響を及ぼせれると考えたからです。しかし次第に悲観的なシナリオが増えます。2018年ジェイミー・バートレットが『操られる民主主義』(原題:人民対技術)を書きます。彼は情報化が民主主義を危機に追いやるとします。政治システムの重要な要素(政府の支配力・強制性、議会の主権、経済的な平等、市民社会、正しく判断できる市民)が蝕まれているとしました。
・谷-フィルターバブルなどですか。
・田-はい。情報が個人の好みに合わせカスタム化・パーソナル化されます。これを「デイリー・ミー」(個人のために編集された日刊紙)と言う人もいます。インターネットには無限の情報がありますが、自分が興味ある情報しか見ないのです。さらに「集団分極化」も起きます。右翼は極右に、左翼は極左になります。バートレットはこれを「部族化」と言っています。また彼は「モラルないし政治的なシンギュラリティ」を言っており、道徳・政治の判断をコンピュータに委ねる時が来るとしています。

○オンライン熟議の活用
・田-情報化のポジティブな面も見てみます。1つ目の活用例は「オンライン熟議」です。先のミニ・パブリックスをオンラインで行うのです。東京工業大学・坂野先生がオンラインで討論型世論調査をしました。オンラインだと時間的・物理的・経費的なメリットがあります(※詳細省略)。デメリットとしてはデジタルデバイドがあります(※詳細省略)。私は表情・しぐさなどの感情面の欠如が心配です。

○情報集約を有意義に
・田-2つ目の活用例は「情報集約の下での熟議」です。水谷英嗣朗が多摩市長選に立候補した松田道人に授業内講演をしてもらいました。その際、市議会の議事録をAIに読み込ませ、そこから多摩市の問題を講演しました。先のミニ・パブリックスでは事前にレクチャーしたり、資料を渡す必要があります。
・谷-これらを教育分野に当てはめれば、1つ目は遠隔授業、2つ目はテスト結果から理解度に応じた教材の提供ですね。

○思いがけない意見と出会う
・田-3つ目の活用例は「セレンディピティの機会の創出」で、熟議を荒れなくするのです。セレンディピティは「思いがけない出会い」で、その機会を重視するのです(※初耳)。これをキャス・サンスティーンが強調しています。東浩紀が旅を提唱するのも、これです。これは情報のカスタム化と逆のランダム化です。
・穴-具体的な方策は。
・田-具体的な方策は思い付きませんが、私が言ってきた「熟議のためのナッジ(nudge)」と関係します。これは「選択の自由」を確保しつつ、特定の行動を推奨する仕組みです。
・谷-元々の意味は「軽く肘で突く」で、特定の行動を取らせる切っ掛けを与えるイメージですね。
・田-外出した際、公園・道路などでの演説・デモを耳にして、公共的問題を知ったなどがセレンディピティです。インターネット/SNSだと、「熟議するドメインを作る」「反対ボタン/セレンディピティ・ボタンを作る」などもそうです。

○一般意志か新しいロビイングか
・穴-ICTの発達によるポジティブ面とネガティブ面を教えてもらいました。情報化と民主政治の関係とはレベルが違う気がしました。
・田-最後に「情報化が進んでも熟議は必要か」「そもそも民主主義は必要か」について述べます。東さんは「民主主義2.0」を提唱しています。議会の審議をインターネットで中継し、リアルタイムで市民からコメントを受けるのです。これで政治家・議員の反省性は高まります。「そんな事も知らないのか」などとコメントされるかもしれません。これは熟議/一般意志ではなく、利益表出/ロビイングです。しかしこの仕組みはあり得ます。多くの人の意見を捕捉し、政策決定者に伝える事は技術的に可能です。ならば「熟議は必要か」が問われます。
・谷-熟議を経ず、ICTの活用で民主主義を更新する構想ですね。

○熟議は要らない
・田-あり得るシナリオが3つあります。まずは「①熟議は要らない」です。情報化で熟議が不要になり、AIにより「政治による集合的決定」も不要になります。これは良い感じがしませんが、悪い理由もありません。
・穴-これだと民主主義の前提の「治者と被治者の自同性」自体が揺らぎますね。
・田-少しましなのが「②データを基にした熟議」です。先の2つ目の活用例「情報集約の下での熟議」です。スパコン/AIは情報を収集するのが得意です。これは市民討論会/ミニ・パブリックスだけでなく、国会でも可能です。

○なぜ熟議が必要か
・田-私は熟議民主主義論者で、「③熟議は必要」です。根拠は3つあり、1つ目は「情報社会化で熟議は不可避になる」との理由です。先にナッジを説明しましたが、これを設計・導入するにも熟議が必要です(※これは政治的な熟議?)。ビットコインが参考になります。ビットコインに管理主体はなく、コミュニティで仕組みを決めています。情報化を進めれば進める程、その仕組みを取り決めるための熟議が必要です(※政治的な熟議?)。
・田-2つ目の根拠は、「民主主義は単なる意見の表明と集約ではなく、情報社会化に熟議は必要」との見方です(※これは根拠ではなく結論では?)。多くの熟議民主主義論者は、「民主主義は個別的・私的な利害の集約ではなく、公共的な意見の作成」と考えています。「人々はコミュニティ/政治体を形成し、維持するためのコミットメント・義務・責任を負う」との考え方です。これは古代ギリシアの共和主義的な考え方です。さらに「民主主義は複数の集団的・集合的利害がベース」と考える人もいます。これは政党民主主義の考え方です。熟議は公共的な意見/コミットメントの感覚/集合的な利害を生みます。そのため熟議は必要です。
・田-3つ目の根拠は、「情報化で政治が分権化・多元化しても、熟議は生き残る」との考え方です。暗号資産もそうですが、情報化で国家・政府をすり抜ける交流/交通/コミュニケーションが生まれ、国家レベルの民主主義とは異なる政治形態が拡がる可能性があります。熟議は国家レベルだけでなく、市民社会/公共空間/私的空間に存在します。新しい政治形態に熟議が組み合わされる事が考えられます。※今は国家レベルの政治における熟議を問うているのでは。

○熟議の主体
・谷-熟議民主主義を掲げる人は、熟議民主主義は要らないと考えている人より先にハイテクを使う必要があると感じました。
・穴-これまでは熟議が実現できない問題がありましたが、情報化により実現できます。例えば寝たきりやしゃべれない障碍者が熟議に参画できます。また私の様に話が纏まらない人でも理路整然とした意見を伝えられます。田村さんの最後の話に関係しますが、国境を超えて、例えば東京とカリフォルニアの専門家が話し合えば、良い意見が生まれます。この様なレイヤーの組み換えも、情報化により可能です。
・谷-その際、熟議のプラットフォームを提供するのは誰になるのか。政府・大学ではないし、Googleかな。
・穴-公的な事柄を決めるプラットフォームをGoogleが提供したら、世界で革命が起きます。※これは反Googleではなく、反政府かな。実際Facebookにより「アラブの春」が起きた。

第4章 新しい公共空間の可能性

○輿論を測る
・谷口-熟議民主主義の具体的な活用を実際に試みている人に話を伺います。※熟議民主主義が頻出するので略したいが、止めます。
・穴戸-様々な試みがありますが、最も大規模なのは「討論型世論調査」です。福島第1原発事故後の2012年、「エネルギー・環境の選択肢に関する討論型世論調査」が行われました。
・谷-政府は2030年の原発依存度で、0%/15%/20~25%の選択肢を掲示しました。政府は15%を予想していましたが、討論の結果、0%支持が増えました。
・穴-輿論(よろん)と世論(せろん)は異なるとの説があります。輿論は熟慮した上での意見で、世論は感情・空気の様なものとの説です(※以前はそうだったみたい)。これに従えば、今回の討論型世論調査は「輿論を測る試み」になります。
・谷-討論型世論調査をリードしてきたは慶応義塾大学の曽根泰教名誉教授ですが、その大番頭の日本大学・柳瀬昇教授に話を伺います。

○選好集計モデルと熟慮・討論モデル
・柳瀬-ロバート・グッディンによると民主主義理論は3つの波で発展しました。最初はヨゼフ・シュンペーター/ロバート・ダールなどによる「エリート民主主義」です。シュンペーターは「民主政治は選挙前の投票の獲得競争」(※簡略化)としています。これに反発したのが第2の「参加民主主義」で、ジェーン・マンスブリッジ/キャロル・ペイトマンなどです。彼らは民主主義の本質は直接民主主義で、政治参加は選挙以外でも行われるとします。そして私が信奉しているのが第3の「討議民主主義」です。私は「Deliberative Democracy」を討議民主主義と訳していますが、熟議民主主義が普及しているので、こちらを使います。

・穴-エリート民主主義と参加民主主義は代表制民主主義と直接民主主義で分かりやすいが、熟議民主主義の特徴はなんですか。
・柳-アイリス・ヤングが「選好集計モデル」と「熟議・討議モデル」を提唱しています。選好集計モデルは、人々の選好を集計し、多くの人が望んだ政策が実現されるべきと考えます(※多数決かな)。私的選好・私的利益の競争過程を民主的過程としています。政治はそれぞれの選好を歪める事なく、効率的・公正に集計します。※選好集計モデルは熟議民主主義に含まれるのかな?
・柳-熟議・討議モデルは、参加者が問題解決のための提案をし、それを説得すべく議論をします。議論により提案は吟味・拒絶・洗練され、最も理に適ったものに決定します。

○代表制民主主義に熟議を埋め込む
・谷-熟議・討議モデルの参加者は有権者ですか。
・柳-これには2つの立場があり、私は議会・裁判所などの立憲的制度における熟議を重視しています。これに対し、市民社会における熟議を熟議民主主義とする立場もあります。これは熟議民主主義を流行語にした篠原一の影響です。しかし熟議民主主義は国民投票などを礼賛する参加民主主義の対抗理論で、参加民主主義の兄弟ではありません。熟議民主主義はジョゼフ・ベゼットが使い使い始めましたが、彼は立憲的制度における熟議を重視しました。
・穴-熟議民主主義は代表制民主主義を迂回・補助するだけでなく、代表制民主主義に熟議を埋め込むのですね。

・柳-強調したい事が2つあります。1つは熟議を重視するなら、立憲的制度を信頼し、鍛錬すべきです。キャス・サスティーンは「米国憲法は熟議的な民主政治を創造すべく制度設計されている」「上院議員の選出方法/二院制/大統領の間接選挙/裁判所での違憲審査制度などは熟議民主主義的な仕組み」「憲法は人々の利己的・党派的な選好による統治でなく、熟議に基づく民主政治を志向している」と言っています。

・谷-「討論型世論調査」から話が逸れていませんか。
・柳-ここで市民が登場します。市民社会での熟議は、単に話し合えば良いのではありません。同じ意見の人だけで話し合うと、「集団極性化」します。民主的な熟議のためには工夫が必要なのです。そこで紹介するのが討論型世論調査です。通常の世論調査と異なり、情報に基づき熟慮し、他者と討議して形成された意見を調査します(※理解できる。単純なYes/Noではなく、熟議を経て調査結果とするのか)。これはジェイムズ・フィシュキンが考案し、1994年最初の実験が行われています。

○討論型世論調査のやり方
・穴-討論型世論調査のやり方を説明して下さい。
・柳-討論型世論調査は通常の世論調査と「討論フォーラム」で構成されます。まず母集団から無作為に抽出した人に、政策課題の世論調査をします。次に回答者から、討論フォーラムの参加者を選出します。そのため市民運動に参加していない一般人(サイレント・マジョリティ)になります。討論フォーラム前に参加者に資料を送り、読んでおいてもらいます。討論フォーラムは基本休日に行います。その討論前にアンケート調査します。次に15人程度の小グループに分け、90分討論します。次に全員が集まり、専門家に質疑します(90分)。この小グループ討論と全会議を繰り返します。最後に再度アンケート調査します。この3回のアンケート調査で意見形成を分析します(※調査結果を取得するのが目的なら、最後のアンケート調査だけで良いが)。

○公的年金制度を巡る調査
・谷-柳瀬さんが携わった討論型世論調査のテーマは。
・柳-「スタンフォード大学熟議民主主義研究センター」が公認する討論型世論調査は、2009年以降日本で7回行われています(※標準があるんだ)。私が企画・運営したその内2つを紹介します。1つは、2011年公的年金制度の在り方を巡る討論型世論調査です。これは科学研究費補助金の助成を受け、曽根教授と共に行いました。まず全国の3千人に世論調査し、300人で討論フォーラムを開く予定でした。ところが東日本大震災で127人による討論フォーラムになりました。
・柳-主な論点は2つで、1つ目は基礎年金を「社会保険方式」(保険料納付)で行うか、「全額税方式」で行うかです(※今は中間かな)。最初の世論調査では、全額税方式に賛成する人は半数以下でした。ところが討論を続けると税負担の抵抗がなくなり、賛成が過半数を超えます。第2の論点は公的年金制度の財政方式で、自分が納めた保険料を今の年金給付に使う「賦課方式」か、自分の将来の年金給付に使う「積立方式」かです。最初の世論調査では、1割が賦課方式/7割が積立方式でしたが、討論を経ると半々になりました。普段は余り考えないテーマを、自己利益からだけでなく多くの人々の立場に立って考える事ができたのです。

○エネルギー・環境政策を巡る調査
・柳-東日本大震災後、政府は新たなエネルギー・環境政策の策定を決定します。これに討論型世論調査が行われます。国からの要請で、私/曽根教授/柳下正治・上智大学教授が実行委員会を担当しました。まず全国1.2万人に世論調査し、7千人弱の回答を得ます。その内285人に1泊2日の討論フォーラムに参加してもらいました。これらは政府予算で行われ、政策決定の参考にされました。

・柳-主な論点は2つです。1つはエネルギー・環境政策で何を重視すべきか、もう1つは2030年の原発依存度をどうするかです。第1の論点は、最初の世論調査で「安全性」が7割で、討論を経ると8割に増えました。一方「地球温暖化防止」は7%から2%に減りました。ただし事故直後に行われた点を考慮しなければいけません。第2の論点は、原発依存度で0%/15%/20~25%の3つのシナリオを設定しました。0%シナリオは最初の世論調査で3割強でしたが、討論を経ると5割弱に増えました。
・柳-原発には元々賛成・反対がありました。福島原発事故で原発維持・推進派と反原発派の対立が深まり、相手の意見に耳を傾けない状況でした。ところがこの討論型世論調査は、壁を超えて熟議する事ができました。

○ネットでの公共的熟議
・穴-討論型世論調査には大きな意義がありますね。ところが費用が莫大に掛かるのでは。
・柳-インターネット以前(1980年代後半)は、ニフティサーブなどのパソコン通信にテーマ毎にフォーラムが作られ、議論されました。これは会員だけが利用できます。インターネットが普及すると電子掲示板が利用される様になります。またYahooのニュースにはコメント欄が設けられました。今ではTwitterなどのSNSで個人が自由に発言しています。ここに議論空間を形成できますが、文字数制限や炎上の危険があります。
・柳-公共機関が議論の場を提供した例として、1997年に開設された藤沢市の電子会議室があります。事業計画をインターネットにアップし、市民に意見を述べてもらい、市政に反映させました。市民側が意見を纏め、アップする場合もありました(※無秩序ではなさそうだな。記名だったのかな)。これが成功した要因は、①デモレーターが機能した、②市側が的確に応答したからです。

○熟慮のためのツール
・穴-討論型世論調査を電子化する取り組みはありますか。
・柳-注目している試みが2つあります。1つは早稲田大学・田中愛治教授による「CASI方式世論調査」(Computer Assisted Self-Administered Interview)です(※自己管理型インタビューって何?)。母集団から抽出された人に対する世論調査をタブレットPCで行います(※これは討論フォーラムの段階かな)。この際、資料を提供すると知識を得られたり、「分からない」と回答する人が減る事が分かりました(※まだ実験か。当然だが資料があると理解が深まる)。別の世論調査では、前に行われたCASI調査/ミニ・パブリックスの結果を提供すると、「分からない」と回答する人が減り、さらに提供された調査結果に沿う意見になりました(※これも当然別の結果に同調するかな)。
・谷-彼らは「熟議」と「熟慮」を区別しています。大勢によるミニ・パブリックスは熟議で、様々な情報から一人で回答するのが熟慮です。※集団で話し合うのが熟議、一人で考えるのが熟慮。これも当然だ。
・柳-「他人の意見に流されただけ」と評価する人がいますが、大きな意義がありました。ただ参加者は300人いたのに、フォーラムは40人で行われ、全員が会する熟議がなかったのは残念です。また紙媒体を電子媒体にしただけで「電子化」と言えるかは議論が分かれます。

○熟議のためのツール
・柳-次に紹介するのは、東京工業大学・坂野達郎教授による「オンライン討論型世論調査」です。通常、参加者の抽出は住民基本台帳が利用され、選ばれた人を訪ねたり、調査票を郵送します。この調査はインターネット調査会社に登録されたモニター125人を対象にしました(※母集団が125人?討議フォーラムの参加者が125人?)。これは「電子化」と言えます。
・谷-回答者がインターネット利用者なので、バイアスがありますね。ただ調査費用は大幅に削減されますね(※個別訪問/郵送がない)。
・柳-彼らがより電子的なのは、討議フォーラムをWeb会議システムで行った点です。ただ参加者はインターネット調査会社に登録された人で、かつWeb会議システムを使いこなせる人のため、一般市民を代表していると言えません。実際70歳以上の人はいませんでした。またWeb会議システムとフェイス・トゥ・フェイスの差異も検証しなくてはいけません。ただオンライン討論型世論調査が費用的に優位な点は確かです。

○新しい公共空間が生まれるか
・谷-熟議の電子化は解決しつつあると前向きに考えましょう。今は70歳以上の人でも十分インターネットを使えます。ミネルヴァ大学は全ての授業をオンラインでやっています。
・穴-討論型世論調査を電子化する上での技術的な課題ですね。後は「身体性」の問題です。
・谷-オンラインだと、リアリティ/ライブ感/雰囲気/空気が欠けます。
・穴-逆にそんな議論空間にいたくない人、意見を持っているが発言するのが苦手な人もいます。これはバイアスの選択の問題ですね。
・谷-最近はスポーツ中継を見ながら「いいぞ!」「バカヤロー」などをコメントする「ビューワータリアート」(viewertariat。※視聴者と労働者の造語)が増えています。これは公共空間とは呼べませんが、今後は公共空間のデザインが重要になります。

第Ⅲ部 新しい制度

第5章 ネット投票 ※ネット投票とネット選挙が混在するが、ネット投票で統一。
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○選挙のやり方
・宍戸-これからの2章は「制度」に注目します。まずは選挙制度です。
・谷口-この前の参院選挙(2019年)は投票率48.8%で酷かった。消費税率引上げ/年金制度が争点にならなかった。
・宍-西日本は大雨になり、電子投票ができれば良いですね。2002年電磁記録投票法が施行され、新見市の市長選・市議選など25回電子投票が行われました。しかし翌年の可児市の市議選で機械が故障するトラブルがあり、以降行われていません。
・谷-日本のはタッチパネルで集計は楽ですが、投票所に行かなければいけません。
・宍-今はスマホもあり、テクノロジーが違います。
・谷-行政手続きを電子申請にする「デジタルファースト法」が成立したのに、選挙の方は進んでいません。本章は総務省前選挙課長・森源二さんに伺います。

○公正/透明/秘密の鼎立
・森-選挙には公正/透明/秘密の原則があります。公正が担保されていないと、選挙は無効になります。電子投票でも、これらが保障されなければいけません(※詳細省略)。
・谷-日本は厳密過ぎませんか。スタンフォード大学に留学してた時、投票所を見学したいと頼むと、投票ブースまで入れてくれました。その時使われていたのが悪名高いパンチカード式でした。
・森-米国ではDREと言う電子投票に切り替わりましたが、誰も見ていない所で投票するため、今は同時にVVPATと言う紙の保管が必要です(※詳細省略)。米国は鷹揚で、オレゴン州では郵便投票も可能です。アラスカ州ではPDFによる投票が認められ、そこには「投票の秘密が侵される場合がある」と記されています。

・穴-2016年大統領選では外国からサイバー攻撃がありましたね。
・森-エストニアでもサイバー攻撃がありました。米国では大統領選の関係者/選挙管理機関への攻撃もありました。有権者登録データベース/電子投票機なども攻撃されています(※様々攻撃を説明しているが省略)。

○エストニアのネット投票
・森-エストニアは進んでいて、誰でも期日前投票ができます。電子IDでログインして、投票内容を公開鍵で暗号化し、電子署名を付して送信します。投票期間なら何度でも変更できます。スイスでは郵送でセキュリティコードを送り、障碍者/海外移住者が「インターネット投票」(※以下ネット投票)できます。ノルウェー/フランスではセキュリティの問題でネット投票を止めています。※この辺り言い訳かな。各国の実例の図解あり。

・穴-エストニアのやり方を教えて下さい。
・森-まずは「二重封筒方式」です。内封筒に投票用紙を入れます。これには投票者は書かれていません。外封筒に内封筒を入れ、投票者の名前を書きます。これは不在者投票と同じ方法です。投票内容は選挙管理委員会(※以下選管)の公開鍵で暗号化します。外封筒は有権者(※投票者?)本人の電子署名を付します。選管は電子署名をチェックして切り離し、誰が投票したか分からなくなります。これを開票日に秘密鍵で開いて集計します。※図解あり。

○日本での試み
・谷-日本でも学会/役員選挙で紙媒体の二重封筒方式が行われています。このネット投票が日本に導入されますか。
・森-日本でも検討していますが、そこまでに3段階あります。第1段階は投票所での機械化で、一部の地方選挙で行われています。第2段階は有権者名簿を共有し、立会人がいる他の投票所で投票できる様にするのです(※立会人の必須がネックか)。第3段階がインターネットでの投票です。これには投票資格情報/候補者情報の共有が必要になります。今は第3段階が議論されています。

・穴-日本では第1段階も広まっていませんが。
・森-日本はタッチパネル式の電子投票です。開票作業は何時間も掛かりますが、2002年新見市の電子投票は30分で終わりました。ところが2003年可児市の選挙で機械が故障し、選挙争訟になり、2005年選挙が無効になります。この件で電子投票は下火になります。

○可児市での選挙無効
・谷-可児市は、なぜトラブルになったのですか。
・森-投票所は複数の電子投票機と1台のクライアント・サーバーで構成されていました。このサーバーのMOが加熱し、記録できなくなったのです(※MOは常時読み書きすると加熱する。基本的な使い方の間違い)。これにより投票できなくなり、さらに間違った対応で投票記録を削除したのです。投票数と投票者数で24票の差が生じます。市議会選で逆転の可能性もあり、名古屋高裁は選挙無効とし(※詳細省略)、最高裁は上告棄却し、再選挙となります。

・穴-公職選挙法は厳しいですね。
・森-公職選挙法205条に、「選挙結果に影響する違反があった場合、裁判所は無効判決しなければいけない」とあります。この規定があるため、暇疵により訴訟になった時、堪え得るかが課題です(※詳細省略)。
・森-この件により、マニュアルの作成/技術的条件の変更/電子投票機の適合確認などの対応をします。電子投票を国政選挙にも導入しようとしましたが、法案は衆議院は通過しましたが、参議院で継続審議となりました。衆議院小選挙区は候補者は10人以下ですが、参議院比例区は100人以上です。これをどう表示するかも問題でした(※こんな問題もあるのか)。

・森-総務省「投票環境の向上方策等に関する研究会」で、「在外投票」に「ネット投票」を導入する検討をしました。
・谷-私も留学時に在外投票しましたが、面倒ですね(※詳細省略)。
・森-在外投票には「郵便等投票」「在外公館投票」「帰国して投票」の3方法があります。また出国時に在外選挙人登録できるなど、制度を改善しています。海外在留者は100万人いますが、選挙人登録しているのは10万人で、実際投票する人は2万人です。在外公館投票だと期日1週間前位に締め切るので、実際に投票できるのは数日になります。

○在外投票のネット投票の検討
・森-在外投票を「ネット投票」にする検討をしています。(※以下簡略化)まずは在外選挙人の名簿です。これは自治体毎に作成します。またネット投票以外の郵便等投票/在外公館投票も可能にします。自治体の選管は候補者の情報をシステムにアップロードします。選挙人はマイナンバーカードで個人認証し、画面に表示された候補者に投票します。先に説明した二重封筒方式で、選管に送信されます。開票になると選管がシステムから投票結果を得て、紙での投票結果に加算します。これらのシステムはファイアウォールで守る必要があります。

○立合人と再投票の問題
・谷-これは国内の投票でも適用できるのでは。
・森-原則、投票には投票管理者/立会人が必要です。例外として在外邦人は認められています。これが国内で認められるかが議論になります。またトランザクションの増加も問題です。
・谷-エストニアでは再投票ができますね。
・森-この点が一番の問題です。郵便等投票は1回しかできないのに、ネット投票は何回でもできるのは不平等です。そのためネット投票でも1回としています。

・穴-在外投票のネット投票化のスケジュールを教えて下さい。
・森-2019年にプロトタイプで実証実験しますが、その先は決まっていません。
・穴-これを自治体が管理するのは難しいと思います。
・森-1つのところ(※自治体?民間?)に委託するか、国が行うかです。ただ名簿は住民基本台帳から作成するので、それを国が取り上げるのは悩ましい。※住民基本台帳は各自治体が管理。システム化すると手順も変わるので大変だな。
・穴-選挙は全体で見ると、自治体が管理しないといけないが、国がプラットフォームを提供し、そのアプリケーションを自治体(選管)が利用する形にしなければいけませんね。
・森-今総務省が「自治体クラウド」の検討をやっています。地方は人口が減少しているので、システム化が必要です。

○新しい選挙の考え方
・谷-ネット投票が技術的に可能でも、立会人の問題があると、原理原則の問題になりますね。
・穴-このままでは若者が投票しなくなります。
・谷-エストニアではネット投票を導入すると、逆に高齢者の方が投票率が上がったそうです。
・穴-投票所に行くのが大変な人ですね。

・谷-ネット投票の慎重論者は「選挙はやり直しができない」と言います。しかしネット投票だと簡単にやり直しできます。ネットで商取引している人に「あなたはやり直しができます」と言うのは失礼です。※契約はやり直しされると困るが、投票はやり直しできても良いかな。
・穴-選挙法理は、投票者の投票が集まり、大きな選挙人団の1つの集合的行為としています。そのためそのパーツの一部に汚染があると、全体が汚染されたとなります。ところが今のICTは分散的で、一部が汚染されても全体でリスクを低減させる世界観です。この調和が必要です(※選挙の原則とシステムの技術的能力の比較は意味がないと思う)。ICTの議論に乗ると、既存の投票用紙/投票方式などの制限から解放されると思います。

第6章 効率化からより良き民主主義へ

○不発に終わった国会改革
・穴戸-前章は議員を選ぶ話でしたが、本章は議会へのテクノロジーの導入です。
・谷口-2018年「『平成のうちに』衆議院改革実現会議」が、タブレット端末/ICT化/妊娠・出産時の代理投票などを提案しました。タブレット端末はデジタルファースト法案の委員会審査で使われましたが、本会議はPC/タブレットの持ち込みが禁止されています。
・穴-衆議院規則に「新聞・書籍の閲読は禁止」とあります。会社では在り得ないですね。産休・育休時の代理投票(遠隔投票)は検討されたが、実現していません。憲法に出席議員の規定があり、遠隔投票は認められないのです。
・谷-スペインも同様の憲法ですが、出産・育児・病気時の遠隔投票が認められています。日本はデジタル活用で遅れています。
・穴-世界での議会制度へのテクノロジー導入について、NIRA総合研究開発機構の川本茉莉さんに伺います。

○「e」は効率性(effectiveness)
・川本-2018年「世界電子議会会議」(World e-Parliament Conference)に参加しました。同会議は2007年に始まり、各国議会のICT利用の促進が目的です。今回は8回目で、60ヵ国の国会議員/シンクタンク/関連団体など250名が参加しました。
・穴-電子議会(e-Parliament)は何を指しますか。
・川-当初は「ICTを活用し、オープンで透明性が高く、説明責任を果たす」でしたが、今は「議会プロセスの中心にテクノロジー/知識/規範を据え、協調/包摂/参画/公開などの価値を形にする」となっています。「e」は当初は電子化でしたが、今は効率性です(※電子議会は変わらないのでは)。

・川-今回は4つの柱がありました。1つは「議会の効率化」(Effective Parliaments)で、技術を活用した各国の事例が紹介されました。イタリアは2つのモバイルアプリを作成しました。1つは議会・委員会のスケジュールを確認したり、法案の署名・提出ができます。もう1つは書類管理アプリで、法令/決議/調査資料などの関連書類が閲覧できます。※日本でもある程度は提供できているのでは。
・谷-機能はそれ程珍しくないけど、法案の署名・提出は画期的ですね。

・川-スリナムでは議員間のコミュニケーションや生産性向上のため、議員用のプラットフォームを提供しています。カレンダー/ファイル共有/プロフィール/コミュニティなどがあります。
・穴-スリナムは南米の小さな国ですね。
・川-ラテンアメリカ/アフリカの新興国は情報化に積極的です。しかし安全性・信頼性の不安があります。

・谷-日本の憲法には「両議院の会議は公開」となっています。原則公開なのに、なぜですか。
・川-情報漏洩・改竄やシステム障害への不安・不信がある様です。しかし技術的には問題ありません。政治家・議会に関わるスタッフのITリテラシー向上が必要です。今回の会議でも、情報化の課題は技術ではなく、文化/理解不足/スキル不足との声がありました。

○議会の公開性
・川-残りの3つの柱は、議会の公開性(Open Parliaments)/関与(Engaged Parliaments)/連携(Connected Parliaments)です。
・谷-公開性は透明性とも言えますか。
・川-はい。インターネット/スマートフォン/SNSなどの発展で公開性は高まっています。会議の動画を簡単にネットで閲覧できます。インドネシアは進んでいて、モバイルアプリで動画だけでなく議員のデータ/法案/会議日程/議事録まで閲覧できます(※凄いな)。
・谷-日本でも請願は国民の権利ですが、請願書の提出は大変手間です。モバイルからできると、政治への関心も高まりますね。

・穴-2009年オバマ大統領が「オープンガバメント覚書」を発表し、行政のオープン化が世界的に広がりました。
・川-議員は議会の透明性を高めないといけないと認識していますが、課題が多くあります。PDFの会議録を公開するだけでは不十分です。これはエンドユーザーの利便性を考えておらず、むしろ公開性の障害です。

○議会への関与を高める
・穴-次の関与(Engaged)は市民の関与でしょうか。
・川-はい。公開性を高める事で、市民の議会への関与も深まると思います。今回の会議では、ソーシャルツール/フェイクニュースなどを議論しました。ウェブサイト/ブログに比べソーシャルメディアは議員自身が書き込んでいます(※ソーシャルツール/ソーシャルメディアが出てくるが、以下はSNSで統一)。そのためSNSは市民と政治家の距離を縮めます。ただし使い方を間違えると炎上したりします。

・谷-議員の教育は党がすべきでは。フェイクニュースを作られる政治家は、市民やメディアとは異なる視点がありますか。
・川-これは政治家には頭が痛い課題です。ただ立法府としては、言論の自由を妨げたり、批判的な発言を封じ込めてはいけません。
・谷-フェイクニュースと言論の自由は簡単に区別できそうですが、批判された政治家は「フェイクニュースだ!」と反論するので、区別は難しいですね。

・穴-海外でSNSを活用した面白い事例はありますか。
・川-ブラジルでは上院での法案提出・審議をSNSで公開し、市民参加が可能になっています。市民は法案のアイデアを、そのプラットフォームで発案・公表できます。多くの支持が得られると、議会も審議します。また審議中の法案にコメントできます。また法案の賛否に投票できますが、法的拘束力はありません。
・谷-世論調査の様に国民全体の意見ではありませんが、法案に強い関心を持つ人の意見分布が可視化できますね。

○各国議会の連携
・穴-残りの1つは連携(Connected)です。議会は何と繋がりますか。
・川-これは各国議会間の連携です。単独でICTを活用するのは難しいため、各国間で協調・協力し、ノウハウ・問題点を共有します。それなのに日本の国会議員は誰も参加せず、残念です。※日本の政治改革は超保守的。
・谷-この時は臨時国会の終盤でしたが、許可されない案件ではなかったと思います(※詳細省略)。
・川-国会議員だけでなく、国会職員/行政/民間の参加もありませんでした。私達NIRA総研だけです。2012年衆参議員各1名が参加したのが最後です。

・穴-日本は国会改革が盛り上がっているのに。欧州では連携が進んでいる様ですね。
・川-1977年ECPRD(European Centre for Parliamentary Research and Documentation)が設立され、情報交換しています。ウェブサイトではアイデアを共有したり、課題に対する解決法を出し合っています。
・穴-欧州以外では。
・川-今回の会議で「議会革新センター」(CIP、Centre for Innovation in Parliament)が発足します。これは列国議会同盟(※1889年設立、166ヵ国が加盟)と各国議会のパートナーシップで、議会でのデジタルツール活用とイノベーションが目的です。2016年前回の会議から列国議会同盟とコアグループが準備したものです。
・谷-コアグループの構成は。
・川-欧州議会/ポルトガル/ブラジル/チリ/ザンビアです。分散型構造になっており、欧州議会はガバナンス、ポルトガルは資金調達、ブラジルはオープンデータ、チリはラテンアメリカのハブ、ザンビアは南部アフリカのハブを担当します。

○ICT化の余地は大きい
・穴-先程アンケートの話がありましたが、各国の状況はどうですか。
・川-85ヵ国の議会・議員にICT活用に関する質問票を送り、114議会/議員168名から回答を得ました。「デジタル発達度」が算出されていますが、上位20位には欧州/南北アメリカの国が多くなっています。下位20位は、2016年の調査ではアフリカ/アジアが多かったのですが、2018年の調査ではアフリカが減りました。
・谷-国の経済力と関係しますか。
・川-経済力とICT力は比例します。先のイタリア/スリナムのアプリは、「立法マネージメントシステム」と総称されます。この導入割合は国民1人当りの所得に比例します。

・穴-世界電子議会会議は8回目で、その間もICTは進歩しています。その間の変遷が分かるのは有意義ですね。
・川-議会のICT化を集中的に議論できるのは有意義です。先進国でも先端技術を実装できていません。AIのセッションでも、翻訳/議事録の自動作成に留まっています。

○電子化による議会の新しい在り方
・穴-議会には、議員間の調整で成案を得る「変換型議会」と与野党が議論を闘わす「アリーナ型議会」があります。※変換型議会のイメージが湧かないが、小委員の感じかな。
・谷-日本は内閣提出法案がほぼ修正なしで成立しますが、アリーナ型ですね。
・穴-そのため日本は公開性の向上に取り組むべきです。変換型であれば、議員間の議論を支援すべきです。

・谷-自治体を先行させるために、「議会革新センター」を作ってはどうでしょうか。※自治体クラウドが進められていると思うが。これは地方議会ではなく、地方行政が対象かな。
・穴-総務省が「町村議会の在り方に関する研究会」を作り、新たな選択肢を提言しています。その1つに別に職業を持つ非常勤があり、これは電子議会と相性が良いと思います。
・谷-ブラジルの様に市民がSNSで議会審議に加わる様になれば、熟議民主主義/討論型世論調査と接続できます。
・穴-例えば討論型世論調査の討論フォーラムで、市民が賛成派/反対派の議員に質問するとかですね。
・谷-代表制民主主義の議会を市民の熟議が支える体制を「二回路制民主政治」と呼びます。テクノロジーでこれを追求すべきです。

・穴-議会の公開/市民参画の最後は議決ですね。
・谷-採決に加われなくなるため、女性議員が妊娠・出産を躊躇するのはおかしい(※そんな問題があるのか)。
・穴-2019年参院選で重い身体障碍者が当選し、本会議場が改修されました。妊娠中・出産後/障碍者/病気・事故などで議場に来れなくても、代表としての役割を果たせるようにすべきです。

おわりに

○規範的な問題の議論
・谷口-第4次産業革命が政治に与える影響を見てきました。感想はどうですか。
・穴戸-私は情報法(※情報に関する様々な法律の総称)を勉強していますが、驚く事が多かった。
・谷-ばんえい競馬の話をしましたが、技術的な課題と民主主義への問いがあると思っています。1つ目の山は越えられると思います。
・穴-私もそう思います。2つ目の山はどうですか。
・谷-こちらは「どうあるべきか」の規範的な問題です。これを憲法学者の宍戸さんに伺います。

○憲法と政治の仕組み
・穴-まず憲法が「政治の仕組み」にどう関わっているか話します。一般的に「憲法学者は、憲法9条/自衛隊と基本的人権ばかり考えている」と思われています。ところが憲法は政治の仕組み(統治機構)を定める法です。統治機構を支える理念は3つあり、①自由の確保、②国民による自己統治(民主主義)、③責任ある実効的な統治と権力行使の確保です。これから生じるリベラル民主主義の基本原理が、法の支配/権力分立/国民主権です。
・谷-日本は議員内閣制、米国は大統領制で違いますが。
・穴-基本原理をどう制度にするかは、時代や国で異なります。
・谷-制度の運用も重要ですね。学者が一生懸命考えても上手くいかなかったり、逆に急いで作った制度が上手くいったり。
・穴-この問題は、政治学・政治史から教わる事が多い。政治のあるべき姿、理念と制度設計の問題、作動するための条件などを考える必要があります。

○国民はデザインされた存在
・谷-日本の制度はどうなっていますか。
・穴-憲法第1条は国民主権が書かれています。その「国民」は様々な存在である事を認識しなくてはいけません。直接民主主義で考えると、目の前の「有権者」だけが大事ですが、主権者は過去・現在・未来を通じた「全国民」です。この場にいなくても、彼らが統治機構を作り、支えるのです。※面白い話だな。
・谷-第43条には、国会議員を「全国民を代表する」とあります。
・穴-全国民を代表する国会議員は、選挙された議員である必要があります。有権者は現実に存在すると思われますが、憲法/公職選挙法で作られた存在です。
・谷-私達有権者は投票以外にもSNSで政治を議論します。
・穴-それが3番目の国民です(※1番目が全国民?2番目が有権者?)。表現の自由を行使し、ネットで意見を述べたり、デモに参加したり、国会議員に働き掛けます。さらに表現の自由に深く関係するのが「マスコミ」です。新聞・放送は私達の選挙行動に大きく影響します。※面白い集団論だな。
・谷-民主主義は多様の国民の組み合わせですね。教科書に「直接民主主義には限界がある」とありますが、同じ考えですね。※基本的な疑問だが、日本は間接民主主義では。国会議員は選挙された議員なので直接民主主義?

・穴-もう1つの視点として、憲法は統治機構を「正統性」と「責任」を組み合わせて設計しています。選挙で国会議員が選ばれ、国会が首相を指名し、首相が内閣を組閣し、行政各部を指揮監督します。権力行使の根拠が正統性です。行政各部の権限行使(※=権力行使?)に問題があれば、内閣が国会に対し責任を取り、有権者が選挙で国会の責任を追及します。
・谷-独裁国家でも選挙をやっていれば、正統性と責任の連鎖があると言えませんか。
・穴-日本は議会で与野党が審議するため、手続き的正しさが確保されます。また行政各部も正しい必要があり、公務員は「全体の奉仕者」である必要があり、裁判所から行政訴訟などのチェックを受けます。

○第4次産業革命によるリスクとチャンス
・谷-この民主主義の設計にどんな問題がありますか。
・穴-憲法は複数の政党が選挙/国会で競争する事で正統性が満たされ、責任が追及されるとしています。現状はこれが上手くいっていない気がします。二大政党制に至らず、一強多弱になっています。参議院が衆議院と同等の権限を持つのも問題です。「ねじれ」になると国会は停滞し、多数派が同じになると参議院は無用の長物になります。
・谷-これは古典的な問題ですね。さらに今は第4次産業革命による問題が加わっている。
・穴-第Ⅰ部は政治情報流通の変化、第Ⅱ部は合意形成の仕組み、第Ⅲ部は政治制度の更新を議論しました(※各章の概要を説明しているが省略)。第4次産業革命は民主主義を壊すかもしれないし、バージョンアップさせるかもしれない。

○立法・審議の在り方が変わる
・穴-ここから規範的な問題を個別に議論しましょう。憲法の本丸の国会と第4次産業革命の関係は、「立法」の在り方と「議事運営」の在り方が問題になります。
・谷-立法はアウトプット、議事運営はプロセスですね。
・穴-今の立法は、抽象的な正義の実現になっていません。社会の不満/公益の増進のために事実(立法事実)を調べ、それにフィットする法律を作っています。※抽象的立法ではなく、具体的立法の方が現実的では。
・谷-立法事実とビッグデータは繋がりますね。ビッグデータを立法事実に変換し、それを立法で活用できます。
・穴-私も同意です。これを政策手段にすれば、事実の評価・予測ができます。この評価・予測が難しいため、国民に責任を負う国会が「えい」と決める権限を与えられています(立法裁量)。AIなどを駆使すれば、評価・予測の精度を上げられます。※究極的にはAIが政治をする。
・谷-これまでは立法されると、改正・廃止されるまで効力を持ちましたが、これも変わりそうですね。※有効無効が流動的だと、国民が困る。
・穴-予測が外れると自動的に廃止されるかもしれません。
・谷-特別措置法がありますが、これも継続の条件を書き込んでおき、それから外れると廃止となるかもしれません。

・穴-議事運営も変わります。政府のデータは公開が原則です。オープンデータ・バイ・デザイン(※詳細不明)の考え方があり、立法資料はICTを使って公開すべきです。
・谷-国会はデータベースを構築する必要がありますね。国会図書館は議員のために資料を作成していますが、その現代版ですね。
・穴-国会での投票もICT化すべきです。立法事実に誤情報が含まれない事が重要です。内閣が立法事実を国会に提出しますが、それをデータサイエンティスト/AIなどが検証すべきです。
・谷-これは参考人質疑/公聴会のAI化ですね。※多所でのICT化が考えられる。

○国会中継をAIが解説
・穴-自然言語の学習・分析が進化しています。そのため首相の発言がこれまでと変わったなどが判断できます。
・谷-将棋の観戦でAIが使われるのと一緒ですね。国会中継でAIが「今は財政再建派より経済成長派が優勢」とコメントするかも。
・穴-AIは世代間の公正を実現できるかもしれません。国民主権における国民は「全国民」で、有権者も国会議員も未来を考え行動するのが理想です。ところがシルバー民主主義が問題になっています。国会で将来世代のアバターが「あなた達がこの法律を作ったので、私達は困っている」と証言するのはどうでしょうか。
・谷-政治家とAIによる討論も聞いてみたいですね。
・穴-AIの学習データにバイアスがある事は考えられます(※今のAIは既存データを学習するので、全く新しい発想は難しいかな)。これからは「AIがこう言っています」となるかも。
・谷-将棋のAIは数手進めば予想も変わります。政治も同じで、数十年後の唯一の解を出すのではなく、幾つかの候補を出す使い方になるでしょう。
・穴-AI同士を学習させて、政策の賛成・反対の理由を述べさせたり、条件によりどう変わるかなどの議論の補強に使われるのが現実的でしょうか。衆参両議院は自律権を保障されているので、この辺はできると思います。問題は国会がICT導入に消極的な事です。「国会審議デジタル化法」を成立させるべきです。

○政治参加の確保
・谷-国会の外の「政治参加」も問題で、これも第4次産業革命が影響を与えられるのでは。
・穴-国民の政治参加は義務ではなく権利です。憲法に政党に関する規定はなく、集会結社/政治活動の自由を保障しているだけです。
・谷-その結果、政治参加する人はお金・時間を掛ける奇特な人に限られている。そのため政治活動は政党/圧力団体などの組織に限定されています。
・穴-ICTで変わるかもしれないが、現状は政党/圧力団体が強力です。

・谷-若い人の政治参加をどう思いますか。
・穴-第1章でやりましたが、政治的コミュニケーションの媒体は世代で二極化し、若い世代はネット、年配の世代はテレビとなっています。そうなると戦略的な操作が加わる恐れがあります。ただネットでの議論に参加するだけでは、政治が変わった実感を持てず、政治参加の気力は起きないのでは。※今は十分、ネットが政治を動かしている。
・谷-「社会システムデザイン論」に「体験の提供」があり、ICTはそれに向いています。
・穴-ICTが重視されると、「ICTを使える、使えない」「AIを理解している」などの力量の差が不公平を生じさせます。AIによって政治的影響力のある人とそうでない人の格差も拡大します。※常に出てくるデジタルデバイドだが、既存メディアでも格差があるのでは。
・谷-法律家は心配だな。
・穴-「全国民」のための政治や良き政治のために政治参加が必要と考えるなら、これを自発性に任せて良いのか。リベラル民主主義は、「自由を保障すれば勝手に政治参加してくれる」としています。選挙は「公務」とされており、政治参加もデザインする必要があるのでは。
・谷-第3章の田村さんの様な熟議民主主義の人は、市民の政治参加を義務とする共和主義者です。宍戸さんも同じですね。
・穴-憲法学者には、選挙前に集まって熟議する日を設けてはとする人もいます。ただこれには民主主義のアーキテクチャを設計・管理する必要があります。私はこれにより民主主義が操作されるのが恐い。
・谷-今の主権者教育は自発的な政治参加を促すだけですが、不十分では。
・穴-これにICT/AIが役立てばと思っています。
・谷-それは国政より地方政治の方が適しています。「民主主義の学校」になるのを期待します。※どちらかと言うと、地方政治より国政の方が関心がある。

○選挙制度を変える
・穴-同じ事は「デザインされた制度」の最たる「選挙」にも言えます。「電子投票」にすると連記制(複数候補者に投票する)が可能になります。電子投票にすると可能性が広がり、デザインの見直しができます。
・谷-これは「選挙の公正」を揺るがすので、宍戸さんには取り難い発想ですね。
・穴-選択肢が広がると、それを誰が、どう調整するかの問題が生じます。またエストニアでは再投票ができますが、そうなると選挙のイメージも変わります。
・谷-選挙期間が変わると、選挙運動の規制も変わりますね。※選挙制度改革は、アジャイル的/トライ&エラー的な手法が望ましいのでは。
・穴-選挙区の考え方も変わります。選挙区は候補者の人格が分かる範囲が望ましい。しかしICTによりその範囲が広がるかもしれない。
・谷-そもそも選挙区を固定する必要があるのか。AIなどで毎回区割りしては。
・穴-選挙制度・選挙区をいじるとゲルマンダリング(特定の政党に有利になる様に調整する)が行われる恐れがある(※今でも「一票の格差」など、そうなのでは)。また「1人1票原則」も考える必要がある(※子供の有無、年代別、地域別とか考えられるな)。
・谷-憲法学者なら「法の下での平等」(憲法第14条)から1人1票原則は当然では。
・穴-私は、選挙に熱意・関心・知識があるなどで重み付けできると考えています。

・谷-第4次産業革命の下での選挙はどうでしょうか。
・穴-選挙は全国民の代表者を選ぶ重要な制度です。しかし割り切りは必要で、選ばれた政治家がしっかり議論する事が、市民が政治参加する価値を高めると思います。

○プラットフォームとメディア
・谷-第1章のメディア/SNSについて議論しましょう。
・穴-SNS/プラットフォームに対し、フィルターバブル/フェイクニュースなどの影の側面が強調されています。この問題を解消するための選挙運動規制・政治運動規制は相当難しい。またプラットフォームが社会基盤になった事を忘れてはいけない。ある意味、日本企業よりGAFAの方が表現の自由/プライバシーを大事にし、多様な政治的コミュニケーションを可能にしている。
・谷-海外企業が政治的コミュニケーションを握っている事に、気持ち悪くないですか。
・穴-彼らにより民主主義が死ぬのは恐いので、最後は政府が「やめてくれ」と言える必要がある(※何と無策な)。これはフェイクニュースを野放しにするだけでなく、政治的に正しい投稿を削除する場合にも言える(※偽情報の野放しと、正情報の削除の問題があるのか)。そのため彼らとメディア/市民/ファクトチェック団体がフォーラムを作り、信頼関係を維持する必要がある。
・谷-宍戸さんが座長をされた「プラットフォームサービスに関する研究会」の最終報告書がそんな内容でした。
・穴-古田さん(第1章)の話から、第4次産業革命により既存メディア(新聞、放送)のビジネスモデルや企業ジャーナリズムの在り方は変わらざるを得ないと感じました。複数政党制とメディアの多元性がリベラル民主主義の礎石であり、メディアの経営基盤と質の高い競争が望まれます。※そんなもので、既存メディアの存在感を保てるだろうか。

○ポリテックの対象は政治
・穴-行政の在り方も議論しましょう。
・谷-近年「電子民主主義」「電子政府」などが議論されていますが、これは行政が中心です。永田町で「ポリテック」と言われていますが、これは介護ロボットによる効率化などです(※政治とほぼ関係ない)。そもそも議会も歴史的経緯で作られた制度です。私の今回の問題意識は、第4次産業革命による行政の電子化が既存プロセスに与えるインパクトでした。1つ目が電子投票/電子議会などの技術的な課題で、2つ目が規範的ば課題です。今回様々な議論をし、問題の在り方が見えてきました。例えば議会だと、技術的には可能だが、議院自律権/国会中心主義などの原理原則に関わってくる。選挙だと、秘密投票の原則に関わってくる。ジャーナリズムだと、企業ジャーナリズム中心に関わってくる。これらの原理原則をゼロベースで考える必要があると感じました。そのため政治家はポリテックを実現するために、新しい原則を論じる必要がある。
・穴-私もICTによる新しい問題だけでなく、新しい制度や新しく光が当たる側面があると感じました。
・谷-政治家が国会改革を議論していると原理原則を考えざるを得ない。最後は「全国民の代表は何か」にぶち当たる。私達が「ポリテックの対象は政治」と言えば、政治家も「そうなんだよ」と思うはず。さらに政治的コミュニケーション/熟議/選挙など民主主義の全てが関わる事に気付く。
・穴-本書を読んで、全ての国民が同じ事を感じてもらえば良いです。

あとがき

・本書は「事実に基づくフィクション」です。本書はNIRA総合研究開発機構が実施したプロジェクト「第4次産業革命期の民主政治に関する研究」のヒアリングが基になっています。編集したため事実とフィクションが混在します(※詳述しているが省略)。

・本書は「第4次産業革命が、どう政治に影響を及ぼしているか」だけでなく、「デジタル化が民主政治の本質を、どう変えるか」にも注力しました。冒頭で「ばんえい競馬」に例え、2つの山があるとしました。実装するには2つ目の山の民主政治の原理原則の見直しが不可欠です。それは政治的コミュニケーション/政党/合意形成/選挙制度/国会での審議・議決などの原理原則です。

・デジタル化は民主政治にマイナス面だけでなくプラス面ももたらします。インターネット/IoT/SNS/AI/VRは人間の能力を拡張させます。これはリスクにもチャンスにもなります。2016年英国でEU離脱の国民投票が行われ、離脱派により誇張した情報が流されます。また米国の大統領選ではヒラリーに対するフェイクニュースが流されます。これらは「ポスト・トゥルース」と呼ばれました。しかし本書はネットでの情報伝達を肯定的に捉えています。